今後の新興市場戦略の方向

理事会講演会
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今後の新興市場戦略の方向
深沢政彦 氏
A.T. カーニー株式会社 パートナー
まず、先進国および発展途上国の人口推移の見込み(図
で進んでいます。
表1)ですが、これは我々が2000年から03年ごろにかけて
このようなかたちで、単純に「新興国」と「老いる先進
講演等で使用していた資料です。将来を見通したときに、
国」という構図ではなく、1つ1つを見る必要があります。
「2020年に向けて、発展途上国の若者人口は爆発的に増大
し、先進国は高齢化現象が起こる」と予想していました。
中国市場はさまざまな点で転換期を迎えている
なぜこのようなことをいうかというと、今日、こうした
そこで、注目の中国マーケットについて紹介します。
予測に対して「的を射ていたのか」
「出遅れていないのか」
経済学者アーサー・ルイスの「ルイスの転換点」という
え
「今からできることは何か」という議論が盛んにされてい
概念があります。経済が発展する過程では農業から工業に
ます。そこで、今後の10年を改めて見通して、もう一度戦
人が移っていきますが、どこかの時点で農業からの人口の
略を作り直そうということです。
移動が底をつき、工業サイドでは賃金が上昇し始めます。
2003年ごろ、BRICsが衰退する先進国に取って代わると
この転換点のことを「ルイスの転換点」といいます。
予想されていました。
「ロシアは豊富な天然資源、中国は
日本では、1960年代末から70年がそんな時期だったとい
豊富な人口、インドはその次だろう。ブラジルは、人口も
われています。
「転換点イコール成長の終わり」ではなく、
天然資源も豊富、政情も安定してきている。一方で、アメ
性格が変わってくるということです。
リカはそろそろ『老いる大国』ではないか。ヨーロッパは、
中国については、1990年頃に学問の世界で来たる「ルイ
さらに高齢化が進んで低成長社会だ。中東は混乱している」
スの転換点」が議論され始めました。それを反映して、中
という感じでした。
国政府の政策は2000年頃にシフトしています。つまり、農
ただ、アメリカ合衆国は、移民と出生率がある程度高い
村からの出稼ぎ労働者の不足感が懸念され始め、その対策
こともあって人口は比較的若く、長くその状態が継続する
を打ち始めたのです。
国です。一方ブラジルは、比較的高齢化が早く進んでいま
「ルイスの転換点」を過ぎると賃金の上昇が始まるので、
す。また当時、西欧諸国の一部の国では出生率の改善が見
企業のコスト面でも、賃金を得ている消費者という観点で
え始めていました。中東は反対に、出生比率が低下して扶
も変化が起き始めます。この時期にやはり、中国で賃金の
養家族が減り、教育が行き届き社会の安定に結び付いてく
上昇、収入の上昇が起きました。
「自宅を除く資産が100万
るというサイクルが見え始めていた時期でした。ロシアは
ドル以上」の富裕層が、2008年時点で「36万4000人」いま
高齢化が進んでいますし、中国も高齢化は大変なスピード
図表1 先進国、発展途上国の人口推移
図表2 中国国内の中間層のより細かなセグメント
1
した。しかし、増えたのは富裕層だけではなく「中間層」
した。その際の入り方としては、ブランドマーケティング
です。年間所得で3000ドルから2万5000ドルぐらいの中間
を重視しました。それに対して、類似業種の現地企業は
層が、劇的に増えました。
Tier 3、Tier 4から地場を固めて、そこから勢力を拡大
ただ、中間層といってもいろいろあります。色々な分け
しました。
方がありますが、ここでは中間層を「新入社員」
「ワーキ
そして、
「誰ももうそんな住み分けをしなくなってきた」
ングプア」
「生活基盤ができつつある中間層」
「退職者」の
というのが、今日の競争環境です。コカ・コーラはTier
4つに分けました(図表2)
。
4からその先の農村部まで広がり始めていますし、ローカ
新製品への感度がとても高くて、新しい製品へのホッピ
ルの企業も、Tier 1、Tier 2に広がってきています。も
ングを繰り返す新入社員セグメントの人たち。製品プロ
う全面戦争の度合いを呈してきているのが今日の現状です。
モーションへの感度が極めて高くて、売場での商品プロ
では、メーカーが中間層を取り込むためにどんな努力を
モーションに反応する低所得の人たち。それから、製品の
していたかというと、2つあります。1つはチャネル強化
品質やサービス、差別化にお金を払う選択を始めた人たち。
とプロモーション、もう1つはブランドポジションの中で
そして実は、退職者層が大きなセグメントとして出てきて
の機能面の強化です。
います。現在は、この各セグメントでの競争というより高
チャネルの強化・プロモーションとは、最初にTier 3、
度な競争の時代になってきていると思います。
Tier 4に入ったときは、現地の問屋とお付き合いをする
加えて、ものをつくっている側にも大きな変化が起こっ
ことで無から有を生み出したわけですが、その地域の小売
ています。図表3を見ると、中国企業の比率が伸びており、
店舗数が増えてくると、当初付き合いを始めた問屋では対
中級乗用車では4分の1しかシェアを取っていなかった中
応ができません。このへんで、問屋のスイッチや、資本の
国現地企業が、販売台数が増加する中、2010年の見込みで
投入、経営層の入れ替えなどのドラマが起こりました。
は3割になってきています。
プロモーションについては、いろいろなトライアルをし
テレビでは、CRT(ブラウン管テレビ)は、2005年の時
て「これは効く」「これは効かない」という判別がついて
点でローカルドミナントになっていました。今はLCDとフ
きました。
ラットパネルの世界でも、4割強が現地の中国企業になっ
こう見てくると、多くの日本企業は中国市場に対し、出
てきています。ここでもすみ分けが崩れつつあります。
遅れ感があります。では、今後のグローバル戦略を考える
もう一つ、
中国の多様性があります。図表4の「Tier(階
図表4 中国の中間層消費者の居住地域
層)1」から「Tier 4」のデフィニション(定義づけ)は、
中国国家が使っているものです。
「Tier 1」は直轄市4市のみ。
「Tier 2」は、その次の
省都や副省級市と呼ばれる大都市。
「Tier 3」
「Tier 4」は、
かなり田舎です。都市の数は、Tier 1とTier 2は4市と
32市、その下は242市、367市と、増えてきます。ですから、
Tier 3、Tier 4まで手を伸ばすということは、中国全土に、
内陸部まで広げるということです。
多くの外資系企業は、Tier 1、Tier 2から入り始めま
図表3 中国ローカル企業のシェアが拡大
2
平成22年10月秋 日本小売業協会発行
図表5 各国のスイートスポットの時期
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にあたり、この出遅れから学ぶべきことは何でしょうか。
では、これらの国の次はどこかというと、欧米の企業と
グローバル戦略の議論をするときは、イラン、チュニジア、
スイートスポット分析で世界のビジネス機会を探る
エジプト、トルコなどが、いずれも人口構成的、人口のボ
「スイートスポット」というのは、最近「人口ボーナス」
リューム的にも魅力的なマーケットになってきそうだと議
という言葉が新聞等で使われていますが、それと類似した
論がされています。
概念です。経済が発展し、次に国の環境が徐々に整うと死
新興国戦略を考えるときに最も重要なことは、どれが一
亡率は減少する一方で、出生率が高止まるために人口の自
番いいかというよりは、全体を見て、数多くの選択肢の中
然増がこの差によって急激に生じます。そして、ある時点
で、どこの国が自社にとっての穴場かと考えることだと思
で死亡率の低下に歯止めがかかり、出生率が落ちて人口停
います。
滞あるいは減少ということが起こります。
そこで、人口増の時期「スイートススポット(人口に占
次の魅力的な国はどこか
める生産年齢の比率が多い時代)
」が、いつ、どこの国で
最後に、A.T. カーニーでは、毎年「グローバル・リテー
来るのかを調べることは、消費者をマクロ的に捉えるため
ル・デベロップメント・インデックス(GRDI)」という、
の重要な視点です。
各国の魅力度を指標にして出しています(図表6)
。
図表5が各国のスイートスポットの時期です。例えば、
このランクは、今後3年ぐらいを見通したときに、さま
ロシアはスイートスポットの時期がずいぶん前に終わって
ざまな企業がどんな国にどんな見方をしているかをまとめ
しまっている。ブラジルはまさにスイートスポットの後半
たものです。1位から10位ぐらいまでは注目度が比較的高
に入っていて、生産年齢の人口が多い。インドはこの先が
いところ、11位から20位ぐらいが「次点グループ」、その
面白い。中国はもうスイートスポットの終わりに近づいて
先の考慮に値するグループです。
おり、今後高齢化が進み、2010年から先、65歳以上の人口
今回は中国が1位でしたが、2010年には中国は成熟期に
比率が急激な勢いで増加します。さらに、今後のGDP成長
入ったマーケットです。
「成熟期に入った」には、いろい
という点からいえば、
「中国の経済発展は目覚しいものだ
ろな意味があります。お客様のサイド、商売のやり方とい
が、各国民が十分に豊かになる前に高齢化を迎えることに
う点でかなり成熟してきているという要素もありますし、
なる」でしょう。2050年の時点で、中国の1人当たりGDP
投資している企業というにとっては、「将来のために投資
はアメリカの半分にとどまるという試算もされています。
を続ける国ではなく、今、利益を出しながら投資を続ける
これは決して、中国には未来はない、ということではあり
マーケットだ」というスタンスに大きく変わっていると思
ません。「中国の消費者すべてが先進国並みになる」とい
います。
う前提は置かないほうがいいかもしれないということです。
中国が稼ぎ頭というグローバル企業がいくつも出てきて
図表6 グローバル・リテール・デベロップメント・インデックス
います。もし、これから中国での活動
をさらに広げていく、活発化するこ
とを考えている企業にとっては、そ
のあたりのバランスを考えることも
必要になってくると思います。
A.T. カーニーが推奨している新
興市場の見方は、人口動態のほかに、
天然資源や環境、テクノロジーやイ
ノベーション、消費者、法規制、さ
らにグローバル化の度合い、ワイル
ドカード(起こる確率は低いが起こ
ると困る事柄)があります。
こういった要素について研究する
ことが、今後の新興市場の戦略、あ
るいは優先順位、どこの国に出てい
くかを考えるときに必要だと考えて
います。
©2010 A.T.Kearney K. K. All Rights Reserved.
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