KPM成功事例詳細紹介 第10回:株式会社第一印刷所様

KPM成功事例詳細紹介
第10回:株式会社第一印刷所様
新潟県新潟市に本社を置く株式会社第一印刷所様(堀一社長)は、「恒常進化企業」を目指す総合印
刷会社です。
「“ありがとう”といわれる製品を、私達が責任を持って作ります」と言う品質方針を掲
げ、ISO9001認証取得・ISO14001認証取得・プライバシーマーク付与認定・ISMS
認証取得・グリーンプリンティング工場認定などによって、「信頼」を届けようとしています。
1.EPC―JAPANの研究合宿
同社はEPC―JAPAN(Excellent
Japan
Printing
Community
of
優れた印刷企業の共同体)に加盟しています。EPC―JAPANは1974年に企業
グループとして誕生しましたが、2006年4月に事業協同組合に生まれ変わり、現在参画するメン
バーは全国地域の中堅印刷企業16社です。経営基盤が整備されている優良組合の証である「官公需
適格組合」として認証もされています。(図1)
図1.同社の会社案内から
そこでは「印刷技術研修」が開催されており、毎年7月に全国から代表が東京に集まり研修合宿を行
っています。06年と07年の2回の主要テーマは「予防保全」であり、筆者がその講師を2回とも
引き受けました。
同社でもこの研修合宿を契機にして、06年9月から本格的な予防保全活動に取り組み始め、1年
半を経て大きな成果を出したのです。その全体像を紹介します。
2.修繕費の削減
同社では製造本部全体の修繕に関する前年比実績データを集計しています。製造本部では以下の機械
が稼動しています。枚葉印刷機13台54ユニット(小森製1台4ユニット、H製10台46ユニッ
ト、S製2台4ユニット)、オフセット輪転機3台12ユニット(すべて小森製)
、フォーム輪転印刷
機8台26ユニット、追刷機1台、平台機2台、印刷機附帯設備(湿し水ろ過装置、インキ供給装置等)2
2台、製本設備35台、DPS機器・封入封緘機等18台、検査試験装置3台、監視測定機器29台が稼
動しています。
これらの機械全体の修繕に関するデータをご覧ください。(表2)07年度の修繕費の総額は62
45万円です。それは前年比536万円減、7.9%の削減なのです。予防保全は06年の9月から
本格的に開始されたのですが、07年にその成果が顕著に現れているのがわかります。
製造本部
2006年度
2007年度
全体
06年1月~12月
07年1月~12月
67,811千円
62,447千円
修繕費
前年対比
削減率
▲5,364千円
7.9%
表2.製造本部の修繕費用比較表
ところで同社では、あらかじめ修繕費の年度予算を作成しています。07年に関して言えば、「予
防保全予算」として定期点検・エアーホース交換やメインモータ交換・電装品交換等、「消耗部品交
換予算」としてローラー交換・反転ジャケット交換・UVランプやドライヤー触媒の交換等、「保守
費予算」として保守契約・クイックメンテナンス等、
「修理費予算」は2種類あり、
「予定修理」とし
て機械劣化回復整備(たとえばブレーキ交換・ベルト交換・タッチパネル交換等)、そして「突発修
理予算」として約700万円を計上しているのです。つまり修繕費の内の大半は予定されたものなの
です。
では536万円の削減は、どのような意味を持つのでしょうか。表3の突発故障のデータをご覧く
ださい。
件数で55件減、21.4%減であり、停止時間は221時間減、47.2%減です。どちらも削
減されていますが、件数の削減に比して停止時間削減が非常に大きいことが特徴的です。このことは
故障1件あたりの停止時間が長かったものが減ったということです。つまりメーカーなどを呼んでの
大掛かりな突発修理が激減したことを意味しているのです。費用と時間がかかる突発故障の激減、そ
の金銭的成果が先の修繕費の削減として現れているのです。
製造本部全体
突発故障停止時間
突発故障件数
時間/件
2006年度
2007年度
06年1月~12月
07年1月~12月
467.8時間
257件
前年対比
削減率
246.8時間
▲221時間
47.2%
202件
▲55件
21.4%
1.82時間/件 1.22時間/件 ▲0.6時間/件
33.0%
表3.突発故障時間・件数の比較表
近田和弘製造管理部部長は、「突発故障を少なくすることを狙っています。やることをやっていれ
ば、メーカーを呼ぶような大きな事故にはならないのです。そのためにはお金も時間もかかりますが、
それなくして計画生産と品質のアップはありません。」と、満足そうに語っています。
3.突発故障の内実の変化
突発故障についてはその都度、号機・発生年月日・停止時間・メーカー修理か否か・状況・処置の内
容が事細かに分析されています。たとえば、H製菊全5色の07年11月の突発故障は3件でした。
「胴入りエアーシリンダーのエアーホースよりエアー漏れがしていたため、オペレータがホースの先
端を切り落とし再度接続して直して」30分。「ブラン洗浄装置からのエアー漏れを、オペレータが
インシュロックで固定して応急対応し」30分、後日部品交換して完了となる。「インキ呼び出し量
が高速回転時に変化しなかったため、当社に在庫しているインキクラッチをメーカーに交換してもら
い直して」60分、であったのです。
このように、オペレータで出来ることは自分たちで行っています。特に、エアー漏れを応急処置し
た柔軟さは、オペレータの保全に対する問題意識と保全技術力の高さを示していると言ってよいでし
ょう。「この位のことはできるだろう」という読者もいると思いますが、筆者の経験では「俺のせい
ではない」と無関心であったり、「専門外だから」と触れようともしなかったり、
「よくわからない」
とあきらめたりするのが常です。簡単そうに見えるちょっとした工夫が出来るには、それ相応の蓄積
が必要なのだと思います。
南清人製造技術部製造開発課課長は「突発の故障修理の時には必ずオペレータをつけます。技術指
導をしてもらって、出来るものは2回目からは自分たちでやります。技術部と現場とメーカーの三者
でコミュニケーションしながら、修理のすみわけを図っています」と語っています。このような会社
全体で計画された積み重ねがあって初めて、臨機応変な対応力がつくのです。
しかも南氏は「フルメンテナンスなどは良くないと思います。お任せになってしまい自分で見るこ
とも修理することもできなくなります。機械ですから時には止まることもあるでしよう。しかしそれ
がコントロールできているかいないかではまったく異なります」と、語っているのです。このような
機械とオペレータに対する考え方が現場の常識となっているからこそ、継続的活動と教育が可能とな
るのでしょう。それは、おのずと結果と成果を生むことになります。
この故障の件数削減に比して時間削減が極端に多くなると言う特徴は、第 7 回の王子パッケージン
グ株式会社様の事例でも詳しく紹介していますので、再度確認していただければ、予防保全の効果を
実感いただけると思います。
4.生産性と仕損事故の改善
同社では生産性の「標準」を機械毎に作成し、その達成率を管理しています。機械毎の「平均印刷能
力」(時間当たりの印刷枚数)、準備時間である「作業前時間」と「作業始末時間」、そして「台替時
間」
(版交換時間のこと)の、4つの標準と実績のデータ集計です。そのために考え出されたものが、
作業内容を事細かに掴むバーコード管理です。印刷現場で何を何分やっているのかを、簡単なバーコ
ードを自社作成し、それをオペレータに記録させているのです。(写真4)
そうすることによって、
「自課ロス」
(機
械故障・ブラン交換・水棒洗浄等々)は
何件で何時間かかったか、
「他課ロス」
(版
待ち・刷版不良・紙待ち・確認待ち等々)
はどうか、
「その他および機械を止めての
作業」
(朝礼会議・機械保守・終業時の後
始末・予定外保守等々)はどうか、を掴
むのです。それらを課毎に集計し、改善
の方策を出すのです。
表5は平版二課(菊全2色機5台)の
予防保全開始以降の「平均印刷能力」
が、
100%達成されているかのデータです。
16ヶ月の平均は、なんと105.3%
写真4.バーコード管理
です。
16ヶ月平均
105.3%
表5.平版二課(菊全2色5台)の平均印刷能力比較表
もちろん品質の向上も同様です。全社の仕損事故件数は、2006年度を100とすると、200
7年度は94%であり、6%削減しています。
5.印刷現場の予防保全の実態
具体的な予防保全活動はどのように行っているのでしょうか。図6.7 は「保守点検作業予定・実施
確認表」です。毎日・毎週・毎月の項目が記されているだけでなく、あらかじめスケジュール化され
ています。やった場合に赤字でチェックを入れ、責任者と所属長が確認をするようになっています。
ですから「予定・実施確認表」と名前がついているのです。特筆すべきは、個々の項目のメンテナン
ス予定時間を策定するばかりか、1ヶ月のスケジュールの中にそれぞれを組み込み、時間管理してい
る点です。
「オペレータにまかせている」とか、
「暇な時にやっている」とよく耳にしますが、実際に
は仕事に追われ後回しにされて、放置されていることが多いのが、実態ではないでしょうか。
図6.保守点検作業予定・実施確認表(表面)
図7.保守点検作業予定・実施確認表(裏面)
更に点検実施項目の具体的なやり方を記した「マニュアル」が作られています。図8.9.10は
その一部です。
図8.9
保守点検マニュアル
図10.保守点検マニュアル
実際に保守活動をしていくと、実施者による凸凹が問題になってきます。メンテナンスも技術力(保
全力)が必要だからです。同社において「マニュアル」が作られたと言うことそれ自体が、掛け値な
しで現場が苦労しながら保全活動を実施してきたことを証明しています。
しかもこのマニュアルは、世界に一つしかない自社製なのです。機械メーカーなどからもらうマニ
ュアルは一般化されて書かれています。しかし各社それぞれ現場は異なるのです。実施するオペレー
タ・機械・仕様・要求品質などが異なるのです。だから現場に即した具体化が必要になってくるので
す。その大小強弱は現場によって異なるとしてもそうでしょう。つまりこれまでの失敗や教訓から導
き出された自社にあったもの、現場に密着したものこそ、本当に効果を生み出すマニュアルとなるの
です。
「大型連休前後のメンテナンス表」(図11)も、当社作成のものを参考にしながら、使いやすい
ように改定されています。
改
定
図11.大型連休前後のメンテナンス表
そればかりではありません。
「オフセット印刷教育プログラム」
(図12)を作成し、一つ一つのト
ラブルとその克服を大事にして、全社教育に生かそうとしています。それは機械トラブル、品質トラ
ブル等すべてにわたっているのです。
このように、自社・現場に合った物を作りそれを実施し検証していく。不足部分を改善し、より高
度なものに改変していく。機械もオペレータも、そして技術も教育も、常に自分たちの足元を見つめ
ながら高めていこうとする姿勢が、そこに見て取れます。
図12.オフセット印刷教育プログラム(一部)
6.設備表示板の運用
自社にあったものを自社で作成すると言う姿勢から産みだされた、すばらしいものを最後に紹介しま
しょう。
図13は機械責任者のメンテナンスのモチベーションを高めるために考え出されたものです。「メ
ンテナンス不良に起因する機械故障やミスやロスによる事故」を発生させなかった場合、無事故の印
である赤の●印がもらえると言うものです。この特徴は、
「メンテナンスに起因する」とした点です。
たとえば、粉のボタ落ちなどはその中に入りますが、印刷技術などからくる事故は入らないのです。
毎月●印がつき1年経過すると黄色の★印がつきます。すべての機械に設置されており、一目でわか
るようになっています。特にそれによる罰則はありませんが、やはりみっともないし、プライドが傷
きます。
1年間無事
故で★授与
各月間無事
故で●授与
図13.設備表示板
この目的は、「機械責任者はメンテナンス起因による機械故障及びミス・ロスをなくそうと努力す
るため、メンテナンスに対するモチベーションが向上します。その結果、稼働率の向上と修繕費の削
減にもつながることになります」と言われています。既に紹介したいくつかの成果も、このような独
自の取り組みの相乗効果が生み出したものと言えるでしょう。
7.今後の方向性
同社はD’sNETと呼ばれている「第一印刷所グループ」を形成しています。その中で生産設備を
持っている会社(DTP・クロスメディアの㈱プレスメディア、オンデマンド印刷の㈱太陽印刷所、
製本の㈱あけぼの、在庫管理・配発送の㈱第一製品流通)を統合した、「設備会議」を強化したいと
言うのです。
小林義明製造技術部次長は「第一印刷所での成功を基礎にして、保全にどのくらいの金・時間・人
等がかかるのか情報を流します。そして大型保守の必要性などを再確認して効果的な保守をしていき
たいのです。その中にはトラブル情報の報告も入れ、各社に水平展開し、自分たちの保全の方向性を
導き出したいのです」と語っています。更に「予防保全については製造技術部が核になって引っ張っ
てきました。ともすると現場は技術部やメーカーに依存しかねない側面があります。ですから現場が
主体と成るように、いくつかのプログラムを考えています。設備会議の強化もその一環です」と、こ
れからの課題と方向性を語っています。
筆者がEPC―JAPANの研修合宿で指導させていただいたことは、小森機をベースとした筆者
自身の経験をベースにした理論と実践の指針でした。それを、小森機だけでなく、異なる機械メーカ
ーの保全に適用し具体化し、そして成果を出したのはほかならぬ、同社の製造本部の皆さんです。
(写
真14)
この1年半にわたる予防保全活動を振り返る時、そこには自分たちの現場に降り立って、自分たち
で一つ一つ具体的で現実的な活動をしてきた地道で着実な轍の跡が、はっきりと残っています。この
轍の跡は企業風土となっており決して消えることはありませんし、未来へと向かうレールとなってま
っすぐに延びているのです。
写真14:オフ輪課の皆様
文責:予防保全チーフアドバイザー
川名
茂樹
なお本稿は、
『印刷雑誌』
(日本印刷学界機関誌、印刷学会出版部発行)2008 年6月号「続・印刷
現場の予防保全」連載第6回、の内容と同等のものです。