NBL851 アセット・ベースト・レンディング普及のために

NBL
論説
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No. 851 (2007.2.15)
NBL851
アセット・ベースト・レンディング普及のために
―
米国での実態調査を踏まえて
㈱産業再生機構・産業再生委員長
高木新二郎
動産債権担保融資またはアセット・バックト・レンディングの試行されている。融資拡大のた
めには在庫品等の棚卸資産や機械設備などの償却資産である動産と売掛金等の受取勘定債権の
担保価値を活用することが有効であるが、その活用は不動産根抵当に象徴される安全確実な担保
から早期に担保価値を実現することが可能な担保へと、担保物に対する考え方のコペルニクス転
回をも迫るものである。本稿は ABL 融資の持つ厳しい側面にも着目しつつ、その正しい活用が
事業の活性化や早期迅速再生に役立つと説く。
1
経産省等による ABL 融資普及の試み
2
長い歴史がある英米の浮動担保権(フローティング・チャージ)
3
米国統一商法典第9編の担保権としてシェイプ・アップ
4
同じく浮動担保をとるにしても在来型融資とは違う ABL 融資
5
在来型の財務諸表融資と ABL 融資との相違点
6
担保物特に在庫品の評価とモニタリングが鍵
7
リキデーター(清算人)がアプレイザー(評価人)を兼任
8
清算専門会社のノウハウ
9
有名大手小売専門店も店舗閉鎖に清算専門業者を使用
10
ABL は担保物の評価額によって融資限度額を設定するクレジットライン運転資金融資
11
担保物の質量が下落し評価額が減額されると融資限度額も減額
12
売掛金は指定ロックボックスに送金され自動的に返済に充当
13
大銀行や大企業も ABL 融資を活用
14
担保権を実行するために担保物の占有を取得する方法
15
担保物の換価方法
16
チャプター・イレブン手続中の ABL による DIP ファイナンスの担保権の実行
17
不動産担保に代わる動産債権担保という位置付け
18
商工中金型と政投銀型の動産債権担保(ABL)融資
19
担保動産・担保債権のモニタリング能力開発の必要性
20
1
担保物の評価額の変化に応じて融資限度額を増減する仕組みは早期事業再生に有益
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経産省等による ABL 融資普及の試み
1
債権と動産を譲渡担保にとっての融資の試みが始まっており、また地域金融機関による中小企
業に対する融資の方法としても注目されている。経済産業省は、「ABL(Asset Based Lending 又
は Asset Backed Lending)研究会」を発足させて研究を重ね、2006年5月に研究会報告書を
公表し、その普及を奨励するとともに、適正な ABL を育成するための方策についても検討し実
行に移そうとしている。経産省の「企業法制研究会(担保制度研究会)」は、2003年にも不
動産担保重視の金融から事業の収益性重視の融資の移行を提唱し、事業用資産を一括して担保に
できるような制度の整備が望ましいが、とりあえずは動産担保に関する法制度の整備が急務であ
ることを提言したが、2005年の「動産・債権譲渡特例法」の成立を受けて、さらに動産担保
等の活用を図るために踏み込んだものである。折角、動産を担保に融資しても担保としての適格
性が認められないとすると、金融検査にあたって支障を生ずるおそれがあるので、金融庁も20
09年の早い時期に、動産担保の適格性に関する金融検査マニュアル等を改正するために準備中
である。経産省と金融庁の ABL に関する施策は安部内閣の再チャレンジ政策の一環としての中
小企業活性化のための方策としても位置付けられている。
2
長い歴史がある英米の浮動担保権(フローティング・チャージ)
アセット・ベースト・レンディング(以下「ABL」という)は1970年代から米国において
普及した。もともと英国では古くから浮動担保(floating charge)の制度があり、銀行は、事業継
続中は増減変動する動産、債権、不動産上の権利、知的財産権など全ての事業用資産を担保にと
るのが一般的であり、融資先企業がデフォルト(債務不履行)に陥ると、担保物(collateral)の内
容がその時点で確定し、銀行がレシーバー(receiver、古くから「収益管理人」と訳されている)
を選任して結晶化(crystallize、内容物が確定)した担保物の占有を取得して換価処分して担保債権
の弁済に充当する。事業を継続しつつ継続企業価値(going concern)で売却するのが望ましく、
また事業そのものとともに売却できれば企業価値として売却できるだけでなく雇用の維持にも
つながるが、担保債権者である銀行の利益のためには、早期に清算することに力点が置かれてい
た。1985年英国倒産法に続いて2002年英国企業法は、レシーバーの選任を制限するなど
して事業再生を徐々に優先させる傾向にある。
3
米国統一商法典第9編の担保権としてシェイプ・アップ
米国にも英国類似の浮動担保制度があったが、1962年に作られた統一商法典 (Uniform
Commercial Code、以下「UCC」という。数回の改訂を経た。最新の改訂は1999年に行われ
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た。多少の相違はあっても、全ての州で州法として採用した) 第9編により、floating lien とし
て制定法上の約定担保権とされ、簡便なファイリング・システム(登録制度)とともに便利な制
度として活用されている。米国では売掛金等の受取勘定債権(accounts receivable、以下「売掛
金等債権」という)と棚卸資産(inventory、在庫商品、仕掛品、原材料等)や機械や設備
(equipments)を担保にとる場合には、その他の事業用資産である知的財産権や工場やプラント
などの土地の定着物(fixture)と土地についての使用権原(賃借権である leasehold につき停止条
件付譲渡契約を締結することが多いが、所有権である単純封土権 fee simple に譲渡抵当
(mortgage)の設定を受けることもある)について担保の設定を受けることにより、事業用資産の
殆ど全部について担保権を取得することが多い。こうして事業用資産全部を担保の対象とするこ
とによって、担保権実行にあたって担保物を速やかに売却することが可能になるし、事業用資産
全部を売却により実質的な事業譲渡を行うことができ、継続企業価値を担保権実行によっても実
現することが可能になるからである。なお ABL 融資を行う場合には、売掛金等債権と棚卸資産
だけでなくそれ以外の資産も担保にとることが多いが、ABL 融資の担保物の中心的なものは売掛
金等債権と棚卸資産である。
4
同じく浮動担保をとるにしても在来型融資とは違う ABL 融資
英米の銀行などの金融機関による貸付けは、こうした浮動担保を含む担保融資によって行われ
ることが多いが、伝統的な融資は与信先企業の貸借対照表や損益計算書やキャッシュフロー計算
書に表現される企業の財務内容や収益性やキャッシュフローによって決められる信用力や返済
能力に応じて、その可否が判断されて実行されるものであって、担保物の価値に依存した融資で
はない。ところが ABL は、同じく浮動担保権の設定を受ける点で外形は全く変わらないが、収
益性やキャッシュフローに着目するのではなく、担保物の価値そのものに依存する点で全く異な
る。担保物の価値それも清算価値(同じ liquidation value でもバッタ売り fire sale や強制売却
forced sale ではない秩序ある売却による orderly liquidation value)であることが望ましい。在
来型の伝統的な銀行融資とは異なり、売掛金等債権や棚卸資産を含む動産を担保物とする ABL
融資は、1970年代にノンバンクのファイナンス会社によって始められたが、高金利などによ
る高収益性がある一方で、安全確実であることが経験上知られるに及んで、1990年代に入っ
てからは、銀行が ABL 融資のノウハウを持つノンバンクを買収して子会社として、さらには銀
行の一部門が自ら ABL 融資を行うようになり飛躍的に増加した。米国の2005年末における
ABL 融資残高は4000億ドルを超え、米国企業(非金融事業)の借入残高全体の20%を占め
るに至った。
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在来型の財務諸表融資と ABL 融資との相違点
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アセット・ベースト・レンディングという用語は、在来型の財務諸表に表現された信用力に依
拠した financial statements lending(以下「財務諸表融資」または「FSL 融資」という)に対
する呼び名である。1978年連邦倒産法による DIP ファイナンスは、チャプター・イレブン申
立後に融資を受ける制度であるが、在庫品や売掛金等債権に担保権の設定を受けて実施される
ABL であることが通常である。ABL が普及し始めた時期と DIP ファイナンスや LBO(レバレ
ッジド・バイアウト、買収対象企業の資産を担保に融資を受ける)が盛んになった時期が重なっ
ていることから推測すると、DIP ファイナンス発達や LBO 普及のために ABL が果たした役割が
大きかったと思われる。ABL 融資が始まった1970年代頃には、様々な理由により財務諸表が
表現する収益力やキャッシュフローが貸出基準を満たしていないために、銀行が貸すことが出来
ないが、清算価値のある優良な資産を有する企業が ABL 融資の対象であると考えられていた。
DIP ファイナンスや LBO や未だ実績(トラックレコード)が乏しい起業後間もない企業などが
その典型であった。つまりハイリスク・ハイリターンの融資形態として考えられていた。それが
ために ABL 融資はノンバンクの仕事と思われていたが、前述のように安全確実でしかも収益性
が高いことが認識されて銀行等が参入することによって飛躍的に増え今なお増え続けているの
である。債務者区分でいえば要注意先はもとより破綻懸念先や破綻して再建中の企業も融資対象
となる。
6
担保物特に在庫品の評価とモニタリングが鍵
約30年に亘って ABL のプラクティスが積み重ねられノウハウが確立されたが、その概要は
次のとおりである。まず担保評価である。日本の不動産鑑定士のような資格制度は存在しないが、
職業としての評価人(appraiser)は存在する。まず売掛金等債権については額面額があるので厄介
な問題は比較的に少ない。クレームや取引先の倒産などによって回収できなかった割合などを勘
案して、相応な割引を施せば足り、専門家の鑑定に頼るまでもないこともある。また機械、設備、
自動車、航空機、船舶など中古品市場がある程度成立している物の評価もそれ程難しくない。中
古品の取引相場を過去の統計の蓄積に基づいて価格を産出することが可能だからである。そうし
たアセットについては評価人も経験を積んで洗練された鑑定手法を身に付けることが可能であ
る。次は棚卸資産であるが、このうち仕掛品(work in progress)は、その性質上から清算価値
が殆どないといってよかろう。原材料はそのまま使える可能性があり、同業者や仕入先に売り戻
すことによって換価可能であるから困難な問題は少ない。厄介なのは在庫商品である。近頃流行
りのディスカウント・ショップにバッタ売りで換価処分することを前提とすると、おそらくは簿
価の10%の評価も難しいであろう。棚卸資産を簿価から大幅なディスカウントをすることがな
く、しかも担保権実行にあたり現実に換価できる価格で評価できるかどうかが、ABL 融資を有用
なツールとして普及させるための第一の鍵である。第二の鍵であるモニタリングについては随所
で後述する。なお日本の百貨店の多くは小売販売できた段階で仕入れを立てる方式が多く、そう
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すると委託販売(consignment)商品に近いから ABL の担保物とはならないことがある。
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リキデーター(清算人)がアプレイザー(評価人)を兼任
結論からいうと米国では清算専門業者(liquidator)が ABL 融資の実施に先立つ棚卸資産の評価
を行っている。リキデーターは、将来担保権実行が必要になったときに実際に売却することを想
定し実現可能な換価価格を見積もって評価し、実際にも不幸にして担保権実行に至った場合には、
いくつかの前提条件の下に、融資実行にあたって付した評価額で売却処分して、被担保債権の弁
済に充当する。米国ではゴードン・ブラザースを始め複数の大手のリキデーター会社が長年の間
培い更にブラッシュアップしたノウハウを使って、小売店の在庫商品についても簿価の60~8
0%で換価処分しているとのことである。リキデーターは ABL 融資とは直接的な関係がない店
舗閉鎖などの場合に閉店セールを実施する専門業者であり、そのノウハウを ABL 融資にあたっ
ての担保評価に活かしているのである。
8
清算専門会社のノウハウ
3年前にゴードン・ブラザースに吸収合併される前のオザール(Ozer)から、当時ダイエーが
計画していた50数店舗の閉店を請負いたいとの申し出を受けたことがあった。しかも簿価の6
0%以上の価格で予め在庫商品を買取るとのことであった。俄かに信じがたく申し出を拒絶した。
ダイエーは閉店セールには手馴れているし、閉店セールで売れ残った商品は存続するダイエーの
店舗で販売するから、何も閉店セール専門業者に頼むまでもないと断った。おそらく日本の他の
大手小売業者も米国のリキデーターからの申し出を受けた場合の最初の反応は私のそれと大差
はないのではないかと想像される。小売店特に季節性流行性が大きな影響を持つ衣料特に婦人用
衣料の場合には、毎日の小売価格の管理を木目細かく行う必要がある。それを怠るとすぐに大量
の不良在庫であるデッド・ストックを抱え込むことになりかねない。商品によっては正札を付け
て30%オフの赤札を掲げ、販売した都度値引き販売を行うポイント・セールや正札そのものに
元々の値段と値引き後の値段を表示し小売り値段そのものを値下げしてしまって行うディスカ
ウント・セールなど顧客心理を勘案した販売方法を用いているが、日常の販売でもそうした管理
が不可欠である。加えて閉店セールにあたっては更に顧客心理を掴んで、数週間ないし数ヶ月に
及ぶ弊店セールの期間中に、巧みに広告媒体を利用しつつ商品毎に日繰りの値引き管理を木目細
かく行い、場合によっては他店からの他の商品またはリキデーターが手持ちの他の商品を補充し
ながら短期間に全商品を売り切る。多くの場合に閉鎖店舗の従来の店員を使用して、閉店予定の
店舗から商品を移動させないで販売するが、販売管理はリキデーターのスタッフがそのノウハウ
を使って指揮し、広告や価格管理や店員のインセンティブ報酬なども管理する。
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有名大手小売専門店も店舗閉鎖に清算専門業者を使用
米国百貨店最大手フェデレイテッド・ストアーズが同じく数百の店舗網を有する百貨店メーシ
ーズを M&A で取得したが、取得後に閉鎖した約70店舗の閉店作業は全て専門業者に任せたと
いうので担当役員をインタビューした。同社は数年前から閉店業務を全てゴードン・ブラザース
に任せているとのことである。契約内容は店舗毎の換価総額手取りの最低限度額を決め、換価代
金がその額に達しなければ清算会社は無報酬となるが、最低ラインを超えたときは換価代金に応
じて漸増する割合報酬を受け取る内容となっており、依頼者の側も経験豊富なので、かなり洗練
された内容になっているとのことであった。フェデレイテッドの担当役員に対して、もともとフ
ェデレイテッドも小売のプロなのであるから、一度ゴードン・ブラザースに閉店作業を依頼し、
それが成功裡に実行されれば、そのノウハウを身近に知ることができ、その後はゴードン・ブラ
ザースに依頼するまでもなく、自らの手で閉店作業を行えばよいではないかとの無遠慮な質問を
したところ、自分等は通常の小売ビジネスに専念したいので、閉店セールは専門家に任せて行っ
た方が評判を毀損することもなく無事に済ませることが出来るし、長年の実績により期待以上の
成績をあげている専門業者のスキルに信頼を置いているとのことであった。全米とカナダで店舗
展開している大型サイズ男性用カジュアル衣料の製造販売業者にもインタビューをしたが、フェ
デレイテッドとほぼ同様の返答であった。ゴードン・ブラザースはその他にもトイザらスなどの
大型小売り業者の閉店作業を請負っている。私自身もかつて破産管財人弁護士として閉店セール
を行ったこともあったが、いずれもファイヤー・セール(fire sale)であった。ゴードン・ブラザー
ス他のリキデーターによる清算セールは秩序立った清算セール(orderly liquidation)であること
が、その特徴である。ゴードン・ブラザースは英国を始めヨーロッパ諸国にも子会社を置いてい
る。英国のレシーバーは会計士であるのが通常である。専門業者であるリキデーターに業務を委
託することによって、より効率的な清算を行うことができるであろう。また機械設備やプラント
などは先進国では老朽化したものであっても、途上国では実用的価値があるものも少なくない。
私自身、カネボウのブラジル子会社において、日本で昭和30年代まで使われていた綿や絹など
の天然繊維の紡織機械設備がそのまま使われていたのを目撃しており、ウズベキスタンなどなお
綿産業が経済の70%を占める国もあることを考えると、世界的なネットワークを持つリキデー
ターが中古の機械設備やプラントなどを高価で売却できる能力を有することを実感できる。
10
ABL は担保物の評価額によって融資限度額を設定するクレジットライン運転資金融資
再び ABL 融資のメカニズムに戻るが、ABL 融資にとっては融資段階での担保物の評価、およ
び融資後の担保物の質量が融資当時の価値を維持しているかどうかのモニタリングが大切であ
る。ABL 融資は担保物(collateral)の評価額によって融資限度額が決まる。また ABL 融資は通常
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はプロジェクト・ファイナンス(開発資金融資)ではなく、運転資金(operating fund) の融資で
あるがために、融資限度額を定めたクレジットラインとして所定期間中にその限度内において繰
り返し行われるが、融資限度額も担保物の質量とその評価額の変動によって増減変動するからで
ある。まず売掛金等債権のうち担保として不適格なものは除かれる。例えば関連会社に対する債
権(相殺のおそれ)、政府機関等に対する債権(税金等の優先債権と相殺されるおそれ)、3ヶ月
以上支払が遅延している債権、商品にクレームが付いている債権、特定債務者に集中している債
権等などが不適格とされる。こうした不適格債権を除いた売掛金等債権の80%相当額が融資限
度額とされる。在庫品については、まず原材料は汎用性があるので適格担保物とされる。仕掛品
はスクラップにしかならないので例外的な場合を除いて不適格担保物とされる。また取扱商品に
応じて定められる所定期間を超えた在庫品は死蔵品とされて不適格物とされる。こうした不適格
担保物を除いた在庫品の評価額の80%が融資限度額として設定される。毎日毎日、与信先企業
の担当者が売掛金等債権や在庫品の変動の目録をその評価額とともに、融資者の担当者に提出し
て、それによって日々の貸付限度額証明書(borrowing base certificate)が発行されて、与信先
企業はその金額まで運転資金の補充融資を継続して受けられる。逆にいえば担保物である売掛金
等債権や在庫品の質量が悪化し評価額が減額されれば、それだけ借入限度額が減額されかねない
のが ABL 融資である。これらのモニタリングは毎日、毎週、毎月などの定期的に行われる。モ
ニタリングの頻度は与信先の信用度によって異なるようである。これらは書面によるモニタリン
グであるが、毎月、毎四半期、毎年一回などの頻度により定期的な現場倉庫でのフィールド・モ
ニタリングが行われる。その頻度も信用度や業態によって異なるようである。現場モニタリング
の実施者は、目的により、融資者、会計士、評価人、リキデーターなどと異なるようである。
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担保物の質量が下落し評価額が減額されると融資限度額も減額
担保物の質量が下落したために担保物の評価額が下がり、その結果として融資限度額が下がる
ことになるが、そのために必要運転資金を賄えなくなるおそれが出てきたときは、与信先企業と
しては、手っ取り早い方法としては、融資者の同意を得た上で、例えば何ヶ月間も売れない在庫
品を一括処分して、その処分代金を債務の弁済に充てて融資枠の残りを一部復活させることなど
が考えられる。また融資限度額にはもともと若干の余裕が残してあり、その余裕を活用させるか
どうかは融資者の裁量に委ねられているが、与信先企業は、担保物の質量が減少しその結果とし
て評価額が下がった原因を究明した上で、与信者が納得する改善策を立案して実行し、その成果
が現れるまで余裕枠の活用を許容することが考えられる。担保物の質量と評価額のモニタリング
は、与信先企業の担当者が毎日実施して融資者に報告し、それによって日々の運転資金の融資限
度額が決まってくるから、在庫品や売掛金等債権の毎日の点検により、リアルタイムに与信先企
業の経営悪化の兆候を把握することが可能となる。在来型のフィナンシャル・ステートメント・
レンディングでは、財務諸表は早くとも月次決算や四半期決算によって作成され、しかもそれが
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融資者に報告されるまでには、更に1~3ヶ月を要し、その結果、経営悪化の兆候が顕在化する
のは数ヶ月後となり、それから改善策を講ずるとなると遅きに失することとなりかねない。こう
して ABL 融資は与信先企業の早期再生迅速着手にも役立つ。担保物の質量の変化による評価額
の下落は融資限度額の減額につながりかねないが、そうした緊張感のある経営が活力ある与信先
企業の存続に役立つとも考えられる。
12
売掛金は指定ロックボックスに送金され自動的に返済に充当
ABL 融資を支えるメカニズムとして見逃せないのは「ロックトアカウント(locked account)」
「ロックボックス(locked box)」という仕組みである。担保物である売掛金等債権は、取引先から
直接に与信先企業が指定する銀行預金口座(融資者が銀行である場合には、その銀行の指定預金
口座、融資者がノンバンクである場合には、そのノンバンクが与信先企業の名で開設した銀行預
金口座)に振り込み送金させるか、または送金小切手で支払われる場合には、与信先企業名の指
定の郵便局私書箱に郵送させ、それ以外の決済方法はとらないことを与信先企業とその取引先と
の間で確約させる。その上でそれらの銀行預金口座に振り込まれて入金された売掛金等は、同じ
銀行にある融資者の預金口座に自動的に振り替わって、また指定郵便局私書箱は融資者担当者の
手によってのみ開錠されて、送金小切手は融資者の取引銀行から取り立てに回されて決済金は融
資者の銀行預金口座に入金され、いずれも与信先企業の債務の弁済に自動的に充当される。リボ
ルビング方式である。このような仕組みの故に担保物の質量の減少や評価額の下落による融資限
度額の縮小は、直ちに与信先企業の資金繰りに影響を及ぼす。ロックボックスの仕組みにより自
動的に返済されて空いた与信枠の一部は融資限度額の縮小の影響を受けて復活することがない
からである。こうして ABL は担保物の価値に着目することにより、与信先企業の収益力と関わ
りなく与信を提供する一方で、その必然として担保物の価値が減少すれば、たちまちにして与信
枠を減らされるという側面もある。融資者と与信先との間の癒着構造を排除して、早期迅速に事
業再生を図るための極めて効果的なツールであると評することが可能である。
13
大銀行や大企業も ABL 融資を活用
ABL 融資は在来型の FSL 融資を行うことが困難な企業に対する融資方法として考案されたこ
とは前述のとおりであり、その結果、1970年代から80年代にかけては、DIP ファイナンス
や起業後間もないトラックレコードが乏しい企業や法定の会計監査を受けていない中小企業に
対する融資などに活用されたが、その安全確実性や高収益性(高利率)が周知されるに及んで、
1990年代からは、融資者はそれまでのノンバンクから銀行やその子会社等にも広がり、大企
業を与信先相手とする ABL も活発に行われるようになり、ABL 融資による与信残高は急激に拡
大した。かつては米国でも ABL 融資を受けることは汚辱(stigma)と考えられたこともあった
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ようである。古くからの浮動担保の伝統があるとはいえ、銀行が財務諸表による収益力を分析し
て不適格であると判断したにも関わらず、ノンバンクに対して売掛金等債権や棚卸資産を根こそ
ぎ担保に入れてその価値の限度内で融資を受けるという方法は、伝統的な FSL 融資に比べて下に
見られていたのである。現在ではその偏見は解消されているといってよい。実際にもかなりの優
良大企業が日常の運転資金を大銀行からの ABL 融資により調達している。2006年11月2
8日の日本経済新聞朝刊が GM に続いてフォードも資産担保に巨額資金を調達したことを報じて
いたが、その内容を見ると紛れもない ABL 融資であった。なお2007年1月26日の主要各
紙の報道によれば、フォードの06年の純損失は127億ドル余の巨額にのぼった。実際にも
ABL 融資を活用している大企業の CEO と CFO にインタビューして理由を尋ねたが、かつての
ように ABL 融資だからといって高金利であった時代は過ぎ、優良企業に対しては FSL 融資とは
変らない低金利での融資が行われているし担保物の定期的モニタリングも頻繁ではなく、それに
よる煩わしさもないとのことであり、何よりも FSL 融資の場合には、財務比率等を勘案したコベ
ナンツ約款が詳細で、コベナンツにヒットする可能性が低くないのに対して、ABL 融資のコベナ
ンツに含む指標は、最低純利益額(minimum net income)、最低資産額(minimum book worth)、
最低 DSCR(minimum debt service coverage ratio)、最大資本額(maximum capital)、最低総売
上高(minimum gross sales)、最低純売上高(minimum net sales)などの数項目に限られた簡
単なもので、コベナンツのヒットにかかわるトラブルが少ない利点があるとのことであった。
(ABL が普及した理由の一つであるといわれている)企業としては、在庫管理等は日繰りで行う
のが当然で、むしる経営の健全性を維持するには望ましいとの答えが返ってきた。融資者側であ
るウエルス・ファーゴ銀行の担当役員にもインタビューしたが、彼らとしてはコスト面からして
も、むしろ大企業相手の融資と認識しているようである。銀行はかつては買収したノンバンク子
会社に ABL 融資を行わせることが多かったが、監督官庁の金融検査は子会社にも及ぶので、別
会社にしておく必然性はなく特別部門を設けて ABL 融資を行っているとのことであった。ABL
融資の場合の適格担保性が金融検査にあたって問題となることはなく、引き当てを積むことの要
否は融資の実質によっており、金融検査当局も専門家による評価の信頼性について理解を示して
いるようである。
14
担保権を実行するために担保物の占有を取得する方法
法律実務家として一番気になるのはデフォルト(典型的には期日に弁済しないことであるが、
コベナンツにヒットして治癒されず、債権者が期限の利益を喪失させる場合も含まれるが、実際
には後者の方が多い)が生じた場合の担保権の実行方法である。複数の法律事務所の数名の弁護
士にインタビューしたが、実際に担保権を実行した例は皆無であった。担保権について定める
UCC 第9編によれば、まず債権者が平和裏に担保物の占有を取得して、担保物を売却すること
によって担保権を実行する。債務者の物理的抵抗がなく、収納施設を破壊することなく占有を取
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得すれば、平和裏に占有が取得される。どのような場合に平和を破ることなく占有をしたかにつ
いては判例の蓄積がある。例えば債務者の住居の敷地内に駐車中の自動車を、イグニッション・
キーを使わないでエンジンに直結して搬出しても平和裏に占有を取得したものとされる。平和裏
に占有を取得できないときは、レプレバン(replevin、動産占有回復訴訟と訳されており、仮処
分に近い手続であるが、債務者を審尋しないで命令を発するのは合衆国憲法に違反する疑いがあ
る)によるか、占有取得妨害差止のための裁判所の差止命令(injunction)を取得して占有を取
得することになる。前述したように、ディフォルトを停止条件として自動的に、債権者が土地使
用権(leasehold)を取得するについて、事前に土地所有者又は賃貸人の承諾を得ていることが多い
が、その場合には土地の定着物である工場や倉庫とその敷地内に立ち入って棚卸資産や機械設備
などの担保動産の占有を取得できるから、レプレバンによるまでもなく差止命令を取得すれば足
りる。
既述のとおり実際に法的手続により占有を取得した例は聞かれなかったが、差止命令の準備を
しつつ並行して交渉を続け、遂に自主的に占有を引き渡させることに成功した例を聞きことがで
きた。CFO が融資者に対して虚偽の詐欺的な在庫品現在高の報告書を提出していたことが発覚し
たために、債権者はデフォルト宣言をして期限の利益を喪失させ、粘り強く交渉を継続した結果、
債務者企業のオーナーが詐欺的報告をしていた CEO と CFO を解任して担保動産を自主的に引き
渡したので、融資者と債務者は協力して事業用資産を含む事業を売却することにより、円満解決
を図ることができたとのことである。なお米国では詐欺的なモニタリング報告を予防するために、
そうした虚偽の報告をしたことを停止条件として、経営者に個人保証責任を負わせること、個人
資産を担保にとることなどの工夫もなされている。
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担保物の換価方法
売却の方法としては裁判所といっても実際に行うのはクラークやシェリフであるが、司法売却
(judicial sale)と任意売却(non judicial sale)であるが、後者の方が多いようである。担保権実行と
しての売却は受戻権喪失手続(foreclosure)と呼ばれるが、住宅敷地等に対する譲渡抵当
(mortgage)や消費財等については、相当期間中、債務者による受戻権(redemption)行使が認め
られていて、その期間中は事実上最終処分ができないが、州によって異なるもののマサチューセ
ッツ州では商業融資によるフォークロージャー・セールには受戻権は認められていないとのこと
であった。
占有取得のために法的手続に訴えることなく殆どの案件についてトラブルなく平和裏に担保
動産が引き渡されて、速やかに売却処分が実施されるのでなければ、担保動産を秩序だった清算
売却(orderly liquidation)によって高価に売却することができないが、それを可能にしているのが、
それに先立つ前述の担保物の評価額の減少による融資限度額の縮小とロックボックスのメカニ
ズムである。この二つのメカニズムの連携により、債務者は企業の継続のためには、融資者の理
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解が得られる経営改善策を立案して早期迅速再生を図るか、それとも担保動産を含む事業用資産
又はそれを含む事業を売却して実質的清算を実行することの二者択一を迫られることになる。非
情のようだがそれが債務者とその関係者の早期再生につながるし、地域社会の活性化につながる
のである。
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チャプター・イレブン手続中の ABL による DIP ファイナンスの担保権の実行
デフォルトに陥った債務者又はそうなることが確実となった債務者企業は実質的に清算する
か、またはチャプター・イレブンの申立てをして事業再生を図ることになる。チャプター・イレ
ブン申立て前の ABL レンダーは、申立て日初日のファースト・デイ・オーダーにより融資限度
額を決めて DIP ファイナンサーとなることが多い。担保物の内容に熟知しているし、申立て後の
事後取得財産(after acquired property)も申立て前の債権の担保にできるなど数々のメリットが
あるからである。もとより申立て後の DIP ファイナンスも ABL 融資で行われる。チャプター・
イレブンの申し立てがあると、担保権者による担保権の実行は自動的に停止(automatic stay)
されるのが原則である。ところが DIP ファイナンス融資契約は裁判所の承認を得て締結されるが、
その契約によるコベナンツにヒットした場合には、担保権者による自動的停止からの救済(relief
from stay)の申立てに異議を述べないないという条項が入っているのが通常である。チャプタ
ー・イレブンによる再建手続きの途中で、不採算店舗や不採算事業部門の閉鎖を行われることも
あり、また最終的にも再建困難とされて実質的清算の計画案が立案されて実行されることがある
が、そのような過程でゴードン・ブラザーズのような専門のリキデーターが関与し、裁判所もリ
キデーターとの契約内容を検討チェックして承認して、秩序だった担保権の実行による清算が行
われることが少なくない。
以上が2007年1月2日から12日まで米国に滞在して、ABL のプラクティスの実態を調査
した結果、知ることができた情報である。
米国の ABL 融資は30年以上の歴史を持つ。当初はハイリスク・ハイリターンのファイナン
スと認識され、FSL 融資の対象とはならない企業への融資手段とされていたが、そのスキルがブ
ラッシュアップされるにつれて、大銀行が大企業に対しても行う安全確実な融資方法として見直
されて今日の盛行を見ている。
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不動産担保に代わる動産債権担保という位置付け
冒頭に述べた経産省の ABL 研究会報告書は、日本において ABL 融資を普及させることの有用
性必要性を説き、そのためにいくつかの施策を掲げている。それと並行して日本政策投資銀行と
商工組合中央金庫は、民間金融機関と共同して既にいくつかの ABL 融資を試行している。研究
会報告書から伺われるところは、かつての金融機関融資は不動産担保(根抵当権)に頼っていた
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が、バブル崩壊により不動産特に土地の価値は不安定なものになり、まばらにしか利用されなか
った工場団地の中に残された廃業した工場やシャッター街と化した地方の駅前商店跡地に象徴
されるように、その担保価値は下落してもはや不動産は担保の王様ではなくなった。不動産担保
に依存したので地方の中小企業に対する融資は困難になるので、不動産に代わって事業用の債権
や動産を担保として活用することによって、中小企業に対する融資拡大の道を拓き、中小企業の
収益性回復と地域経済の活性化のための再チャレンジを図ろうとするものである。研究会報告書
は、動産債権担保融資を普及させるためにいくつかの施策を掲げ、経産省はそれらの施策を実現
すべく鋭意努力中のようである。担保動産等の評価を適正に行うためのルールの策定や動産債権
担保融資の普及や適切な育成をするための「動産債権担保融資協会」の設立、動産鑑定士制度創
設の是非の検討、動産債権担保融資のための信用保証制度などがそのうちの主なもののようであ
る。
さて動産債権担保融資が中小企業のみならず、企業に対する運転資金融資の有用なツールであ
ることは間違いがないし、経産省、政投銀、商工中金がそのために指導的役割を担っていること
は望ましいことである。少しだけ残念なことは、民間のイニシアティブではなく政府と政府系金
融機関の手で始められたことであり、明治維新からの日本の伝統でありやむを得ないことであろ
うが、いつまでも官が主導するのではなく、民間が自力で市場において動産債権担保を普及して
いけるように誘導することを忘れてはならない。
加えて不動産担保に代わる担保というよりは、事業者が有する動産や債権などの担保価値に着
目した融資という ABL 融資の積極的側面をより強調したい。
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商工中金型と政投銀型の動産債権担保(ABL)融資
すでに実行に移されている日本における動産債権担保融資には大まかに分けて二つのタイプ
がある。商工中金型と政投銀型である。商工中金型動産債権担保融資は、「流動資産一体担保型
融資」と称しておられるように、仕入れた原材料が仕掛品を経て製品商品となり、それが販売さ
れて売掛金債権となって、さらに回収されて入金されるが、その一連の事業の流れを担保にとる
いう考え方に基づいている。その結果、どちらかというと動産よりも売掛金等債権に力点が置か
れているようであり、またキャッシュフローや収益性も重視しており、前述の財務諸表レンディ
ングやキャッシュフローとは異なることを標榜する米国型 ABL とは異なった日本的 ABL という
ことができそうである。売掛金等債権は全て商工中金等(共同して融資者となる金融機関も含む)
の営業店舗の指定預金口座に振込送金されることが前提とされており(そのためには売掛先に決
済方法を特定指定口座振込みに変更することを承知して貰う必要がある)、融資者たる商工中金
等はこの口座預金に根質権を設定して、デフォルトが発生したときは、根質権を実行し又は相殺
により貸付債権を回収する。在庫品等の棚卸資産や機械設備などの担保動産が存在する工場、倉
庫、事業所などに停止条件付使用権を設定しておき、デフォルトが発生したときは、それらの施
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設等の占有を取得することによって担保動産の現実の直接占有を取得する。
これに対して政投銀型の ABL 融資は、不動産よりもキャッシュフローの源泉に近い流動資産
(動産・在庫・売掛金等債権)の換価価値に着目するという点で、商工中金型のそれとは力点の
置き方が異なるようである。現時点で商工中金型と政投銀型とを峻別するのは早計に過ぎ相当で
はなかろう。いずれも揺籃期にあり、より良いプラクティスを確立させる途上にあると思われる
からである。
担保物(債権も含む)の処分価値に着目する米国流 ABL の特色を活かすためには、長年にわ
たる実績により米国で確固たる地位を築き、高い処分価値を実現するリキデーション・ビジネス
が日本においても根付いて、その専門能力(expertise)が活用されるようになることが望ましい。
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担保動産・担保債権のモニタリング能力開発の必要性
動産特に在庫品を含む棚卸資産を管理するのは容易ではない。そこで売掛金債権の入出金の流
れを頻繁に管理することによって、与信先企業が健全な経営を続けているかどうかをチェックす
ることに重点を置いている。予め売掛金先や支払期日や売掛金額が、予定どおりの時期に予め報
告されていたとおりの金額で振込み入金され、同程度の売掛金債権の発生が届け出られていれば、
通常通りの営業が続行されているとの推定が働くのである。不良売掛金債権を発見することは、
訓練を続け経験を重ねることによってある程度は可能となる。例えば同じ金額の売掛金債権が繰
り返し計上されているときは単なる支払の繰延べでないかとの疑いが生ずるし、納品書等とのサ
ンプル的な照合により架空売掛金債権を発見することは、それ程難しいことではない。しかし在
庫品を含む棚卸資産のモニタリングは外部専門業者の力も借りなければ容易ではなく、中小企業
対象の融資の場合にはコスト的に難しい場合がある。そこで中小企業に対する動産債権担保融資
の信用性を補完するために考えられたのが信用保証協会による保証である。すでに行われている
中小企業に対する売掛金債権担保融資の信用保証は100%であるのに対し、動産債権担保融資
のそれは80%を限度とされるようである。動産債権担保融資の普及のためには有効であるが、
地域金融機関職員が過度に信用保証に依拠して、担保物のモニタリング能力の研鑚を怠るときは
健全な金融市場の発展を阻害することになりかねない。リレーションシップバンキング機能を強
化して、与信先企業の現場を訪れ経営悪化の徴候を早めに察知する能力に磨きをかけなければな
らない。財務諸表は人為的粉飾が可能であり後を絶たないが、担保物である動産や債権は嘘を付
かない。現場の金融機関職員にとっては担保物の変動を見逃さないスキルを身に付けることが肝
要である。
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担保物の評価額の変化に応じて融資限度額を増減する仕組みは早期事業再生に有益
担保物の質量の変化による評価額の増減に与信限度額の増減を連動させるプラクティスを採
用することを避けてはならない。厳しいとの批判があり得るが、それこそが破綻倒産前の事業の
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早期再生迅速着手を可能とする ABL 融資の最大の利点である。
こうして日本でも真の意味での ABL 融資を普及させ根付かせることは可能であり。米国で3
0年かかったことを、この2~3年で成し遂げなければならない。法制度もこれにあわせて整備
することが望ましいが、まずプラクティスの改善が急務である。例えば他の金融機関の預金口座
を売掛金等債権の振込指定口座として、それに根質権設定を可能とすることなどは金融機関間の
合意によれば不可能ではないと考えるが如何であろうか。占有改定による譲渡担保との優劣に関
して法改正が望ましいことは言うまでもないが、動産債権担保融資が一般的になれば、登記を調
査しないで占有改定だけで譲渡担保権を取得したときには悪意の推定が事実上働くことが多く
なるのではあるまいか。
かつては米国発の外資の独壇場であったファンドビジネスには、日本に取り入れられて隆盛を
極めており既に国籍はない。加えて道を誤らなければ、ABL 融資も短期間に長足の進歩を遂げる
ことも可能である。
(旧友 Richard Gitlin 弁護士が日本政策投資銀行等の協力を得て、昨年 Gordon Brothers Japan を設立した。
産業再生機構の仕事に追われて協力できなかったが、あらためてその意義と説かれて支持を求められた。Boston
を本拠とする Gordon Brothers の仕事の実際を見て欲しいというのである。正式に招待するとの申し出であった
が、果たして友好的な論文が書けるかどうかは現状では白紙であることを理由に謝絶し、調査費は個人負担とす
ることとして応じた。2007年1月2日から11日まで滞在して、沢山の関係者にインタビューをしてその実
態解明に努めた。Gordon Brothers の会長 Michael G. Frieze 氏、Principal の Billy Weinstein 氏, CEO Mark J.
Schwartz 氏、その他本社各部門の責任者の方々は、沢山の貴重な情報を提供して下さった上に、関係者各位との
面談をセットする労をとって下さった。Federated Department Stores の Mitchell Leventhal 氏、Casual Male
Group の Dennis R Henreich 氏、Wells Fargo Retail Finance の Jim Dore 氏、New York 南部地区破産裁判所
の Burton R. Lifland 判事と Massachusetts 地区破産裁判所の Joel B. Rosenthal 判事、Cooley Godward Kronish
法律事務所の Adam C.Rogoff 氏、Riemer Braunstein 法律事務所の Jonathan Samen と David Berman の両氏
には、いずれも貴重な時間を割いて下さり、無遠慮な質問に気持ちよく応じて下ったことを感謝し、Gordon
Brothers 日本担当の Frank Morton 氏,と Gordon Brothers Japan の宮崎恭一氏と堀池篤氏には、今回の調査の
ための調整に御苦労をおかけした他に、同社の日本における業務の実情についても御教示いただいた。とりわけ
て Billy Weinstein 氏には私の無礼を御寛容下さり、お世話して下さったことに感謝申し上げる。なお米国の調査
に先立ち、経産省産業資金課の林揚哲と新井竜作の両氏、商工組合中央金庫の中村廉平氏、日本政策投資銀行の
高橋太と松木大の両氏から丁寧に御教示頂いた。)
〔参考文献〕
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金融庁「バーゼル II 第 1 の柱に関する告示の一部改正(案)」www.fsa.go.jp/news/18/ginkou/20061227-2.html
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中村廉平「アセット・ベースト・レンディングへの取組み」NBL831号1頁(2006)
中村廉平・藤原総一郎「流動資産一体担保型融資(アセット・ベースト・レンディング)の検討」金融法務事情
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赤羽貴「集合動産担保融資と新法に関する論点」銀行法務 21 648号11頁(2005)
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「アセットファイナンスの新潮流」金融財政事情2007年1月15日号46頁、22日号42頁、29日号4
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トゥルーバグループホールディング株式会社編「アセット・ベースト・レンディング入門」
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旗田庸他編「債権・動産担保実務」(金融財政事情研究会2008)
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永田雅也『アメリカの動産担保権』(商事法務1986)
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高木新二郎『アメリカ連邦倒産法』(商事法務1996)
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