契約書には管轄条項よりも仲裁条項を

契約書には管轄条項よりも仲裁条項を
平成 24 年 3 月 99 日
弁護士
山
田
裕
輝
■管轄裁判所は札幌地裁にしておけば大丈夫か
国内企業同士の取引では,契約書に「本契約に関して紛争が生じたときは,札幌地方裁判所を
第1審の専属管轄裁判所とする。」というような管轄に関する条項を入れる例がよくあります。
日本の企業がロシアや中国など外国の企業と取引をする際にも,これと全く同じように,札幌
地方裁判所を管轄裁判所とする条項を入れる例があるようです。
貿易実務に関する書籍でも,「外国企業と取引するときは,契約書には必ず『紛争が生じたと
きは日本の裁判所で日本の法律で裁判をする』と入れておきましょう。」などと書かれてある
ものがあります。
しかし,取引相手によっては,このような条項は意味がなく,かえって有害なものともなり得
ます。
■いざというときに意味があるか
契約書に先のような管轄条項を入れていて,いざ,商品を引き渡したのに取引相手が代金を払
ってくれない事態が生じたとき,どうなるのでしょうか。
管轄条項どおりに札幌地方裁判所に訴訟を提起し,無事,勝訴判決を得て確定したとします。
それでも取引相手が任意に代金を支払ってくれないときは,判決に基づいて,取引相手の財産
に対して強制執行をするしかありません。
取引相手の財産が日本国内にあれば,札幌地方裁判所の判決に基づいてその財産を差し押える
ことができます。
しかし,取引相手がロシアの企業であれば,その取引相手の財産はロシア国内にしかないこと
がほとんどであろうと思います。取引相手の財産がロシアにあったとしても,ロシアでは,日
本の裁判所の判決で強制執行をすることはできません。
取引相手の財産が日本国内になければ,札幌地方裁判所で勝訴判決をもらってもあまり意味が
ないということなります。
■ではロシアの裁判所で訴訟をするか
取引相手の財産がロシアにあるならば,ロシアで強制執行ができるように,ロシアの裁判所に
訴訟を提起すればよいようにも思えます。
しかし,契約書に札幌地方裁判所を管轄裁判所とする条項があれば,仮にロシアの裁判所に訴
えても,管轄違いとして却下される可能性も高いと思われます。もし,そうなると,「札幌地
方裁判所を管轄裁判所とする」という条項を入れてしまったばっかりに,代金を強制的に回収
する術を事実上失ってしまうことになります。
では,最初から契約書に管轄裁判所をロシアの裁判所とする旨の条項を入れておけばよかった
のでしょうか。ロシアの企業から代金を回収するという観点だけから見れば,管轄を札幌地方
裁判所とする条項を入れるよりはましだと思いますが,ロシアの裁判所が公正,公平であるか
どうかについては疑問も呈されているようですし,実際に,ロシアに赴いて,ロシアの法律に
従って訴訟手続を遂行しなければならないこととなる負担は,相当大きいものと思われます。
■仲裁合意が上策
ロシアや中国の企業との取引を行う際には,契約書には,管轄裁判所を定めるよりも,紛争は
仲裁手続によって解決することを合意する旨の仲裁条項を入れておくのが上策のようです。
仲裁というのは,当事者が自分たちで仲裁人を選び,その仲裁人の判断(仲裁判断)によって
紛争を最終的に解決する手続です。
裁判所の判決とは異なり,「仲裁判断」は,多くの国で,これに基づく強制執行を行うことが
可能です。外国仲裁判断の承認及び執行に関する条約(ニューヨーク条約)においてその旨が
定められており,多くの国がこの条約に署名しているからです。144か国がニューヨーク条
約の締約国となっており,日本,ロシア,中国も締約しています。
日本の裁判所で判決を得てもロシアでは強制執行はできませんが,仲裁判断であれば,日本で
もロシアでも中国でもアメリカでも韓国でも,ニューヨーク条約締約国であれば,取引相手の
財産がある場所で強制執行を行うことができます。
仲裁条項とはどういうものかというと,たとえば,JCAA(社団法人日本商事仲裁協会)の
ウェブサイトには,JCAAの商事仲裁規則に従って仲裁を行う旨の仲裁合意条項の推薦例と
して,以下のような条項が記載されています。
この契約からまたはこの契約に関連して、当事者の間に生ずることがあるすべての紛争、
論争または意見の相違は、一般社団法人日本商事仲裁協会の商事仲裁規則に従って、(都
市名)において仲裁により最終的に解決されるものとする。
All disputes, controversies or differences which may arise between the parties hereto, out of or in
relation to or in connection with this Agreement shall be finally settled by arbitration in ( name of
city), in accordance with the Commercial Arbitration Rules of The Japan Commercial Arbitration
Association.
JCAA以外の常設仲裁機関の仲裁規則に従ってもよいですし,当事者が独自にルールを定め
ても構いませんが,よく理解せずに決めてしまって,あとで想定外の損害を被るようなことが
ないように,契約締結前に内容をよく精査し,理解して検討した上で,取引相手と十分協議し
て,契約条項を定める必要があります。
また,そのほかにも,準拠法はどうするか,仲裁地をどこにするか,仲裁人の数を何人にする
か,仲裁手続での使用言語はどうするか,などについても,契約書に定めておいた方がよいで
しょう。
以
上