タイ語を母語とする日本語学習者における条件表現「と・ば・たら・なら」の

〔2015(平成 27 年度) 第 7 回日本語教育学会研究集会(香川県・香川大学)発表要旨〕
タイ語を母語とする日本語学習者における条件表現「と・ば・たら・なら」の
習得上の問題点
オンター・タナボディー
(2015.10.24)
本研究では,タイ語を母語とする日本語学習者における条件表現「と・ば・たら・なら」
の習得上の問題点を明らかにすることを目的として,タイに住む中級レベルの学習者 210
名に「と・ば・たら・なら」の適切性判断テストを行った。調査項目は,ニャンジャロー
ンスック(2001)および市川(2005)を参照して設定した 7 種類(①仮定条件,②仮定条
件(
「なら」しか使用できない文)
,③仮定条件(モダリティ制約:状態性述語),④仮定条
件(モダリティ制約:動作性述語),⑤一般条件,⑥仮定条件(発見,きっかけ),⑦反事
実)である。その結果,学習者は,②に対して「ば・たら」も使用できると判断してしま
う傾向が見られ,また,④では,
「たら」だけでなく「ば・なら」も使用できると判断して
しまう傾向が見られた。タイ語の条件を表す接続詞には,一般的に「phoo」と「thaa」の
二つの形式が用いられるのであるが,学習者は「と=phoo」,「ば・たら・なら=thaa」と
考える傾向があるため,
「なら」しか使用できない文に対して「ば・たら」も,「たら」し
か使用できない文に対して「ば・なら」も使用できると判断してしまったのであろう。③
は,全体的には正答率が高く,一見するとニャンジャローンスック(1999, 2001)の指摘
どおり学習者に定着しているように思えたが,本研究では,状態性述語を動詞だけでなく
イ形容詞も用いて調査しており,イ形容詞の場合には正答率が低いという結果が得られた。
つまり,同じ状態性述語であっても,イ形容詞の場合のモダリティ制約は習得できていな
いと考えられるのである。
以上の結果により,日本語の条件表現「と・ば・たら・なら」を中級レベルのタイ語母
語話者に教える際には,これらの表現が「phoo」
「thaa」と完全には対応しないことを意識
させることと,イ形容詞の場合のモダリティ制約を強調すべきであることが分かった。
(鳴門教育大学大学院生)
〔2015(平成 27 年度) 第 7 回日本語教育学会研究集会(香川県・香川大学)発表要旨〕
敬語習得において学習者が身につけるべき優先順位についての考察
―日本語母語話者の使用(感覚)との比較から―
孫維嬌
(2015.10.24)
本研究では,日本語学習者が日本語のどの種類の敬語を間違えやすいのかをアンケート
調査によって明らかにし,それを日本人のアンケート結果と比較することによって,敬語
習得においてどの側面を特に重視すべきであるかを見極めることを目的とした。
まず,李・宋(2011)に基づき,誤用が観察されやすい敬語の観点を 10 種類(①丁寧語・
丁寧表現の使用,②「~(て)くださる」と「~(て)いただく」の使い分け,③「ご/
お~くださる」と「ご/お~してくださる」の使い分け,④「お~になる」と「お~する
」の使い分け,⑤相手の行為に対する敬語表現の使用,⑥自分の行為に対する敬語表現の
使用,⑦「内」と「外」の使い分け,⑧二重敬語,⑨美化語の使用,⑩その他)設定した。
そして,各観点の問題を5問ずつ含むアンケート調査を日本語学習者を対象として実施し
た。その結果,特に間違いが多かったのは②,④,⑧であった。そこで,日本語母語話者
にも同様のアンケートを実施したところ,②に関してはまったく間違いが見られなかった
のに対して,⑧は間違いが多かった。日本人でも間違いが多いということは,それだけ日
本人の中でも揺れがあるということであり,実際の使用場面において必ずしも「正解」が
固定しているわけではないことから,日本語学習者からしてみれば,⑧は身につけるべき
優先順位が低いことになる。一方,②のように,日本人に間違いがないものについては,
日本語学習者も正しく使い分けられるようにならなければ,日本人とのコミュニケーショ
ンで齟齬を生み出すことにつながってしまうので,注意が必要である。
つまり,日本語学習者による敬語の誤用には様々な種類が見られるが,全てを同列に捉
える(学習する・教える)べきなのではなく,日本語母語話者の実際の使用(感覚)に基
づいて優先順位をつけるべきなのである。
(鳴門教育大学大学院生)
〔2015(平成 27 年度) 第 7 回日本語教育学会研究集会(香川県・香川大学)発表要旨〕
教師の専門性開発のための内省について
―教師教育への一提言―
緒方尚美
(2015.10.24)
内省は教師の質的基盤であり内省サイクルの中核でもある。Schön(1983)によって提唱さ
れた専門性開発における内省という概念については吟味もされてきたが,その意味につい
ては明確さが欠けるとの指摘もある(Moon, 1998)。Schönによる内省の主な概念には「行為
中の内省」と「行為後の内省」という二つの内省がある(Schön, 1983; 1992)。これらは認
知プロセスという点では共通する一方,二つを「行為中の知」(Schön, 1983)と比較すると,
その内省行為に対する実践者の気付きには違いがある。つまり,これら三つは認知プロセ
スの点では共通するが,その行為を行う目的やどの程度内省行為を行うかという点には違
いがあると言える。こうした内省の主な目的は問題解決と学びである。問題解決は問題発
見プロセスと問題成形プロセスから成る大きなプロセスである。また、学びはピアジェに
よる認知的学習理論の枠組みで捉えられ,内省はその中で起こる認知プロセスでもあり学
びに繋がると考えられる。これらは,どの程度の内省行為が必要とされるかにも影響を受
けるのだが,それは知能と関係している。実践者の知能の使い方次第で内省の質も変化し,
内省プロセスの働きも影響を受ける。
これらのことから,教師の専門性開発においてどのような目的をもって内省を行うのか
ということが内省行為の成否にも関わってくると考えられる。また、高いレベルでの内省
行為には知能の応用レベルも問題となるため,教師教育や教育実践での指導者の手助けが
重要となるであろう。つまり,日本語教育においても内省は教師の成長へと繋がる教師の
学びの効果的な手段として有効に使われるよう理論的に明確に提示される必要があり,本
研究では,Schönによる内省の概念について認知プロセスの視点から改めて検討し,それが
教師の学びや教育実践にどう繋がるのか理論的に捉えることとした。
(九州大学大学院生)
〔2015(平成 27 年度) 第 7 回日本語教育学会研究集会(香川県・香川大学)発表要旨〕
中国人留学生が母国で学んだ作文の書き方
―作文参考書の利用についてのインタビューから―
大野早苗・莊嚴
(2015.10.24)
留学生を対象とした作文教育にあたって,留学生が出身国の国語教育の中でどのような
書き方を学んできたかを知ることは重要である。たとえば,渡邉(2007) が日米仏の生徒に
同様の作文課題を与えると文章の内容や展開にそれぞれの国の国語教育のあり方を反映し
た特徴が現れることを指摘したように,何を,どのように書くかには,その人が受けてき
た国語教育が影響を与えると思われるからである。本研究は,中国において,学校の国語
(語文)の作文課題でよい評価を得るための市販参考書の類(模範作文集,素材集,引用
のための辞典など)が広く利用されていることに着目し,中国人留学生(元留学生を含む)
に市販参考書の利用についてインタビューを行って,彼らがどのような文章が良い文章だ
と学んできたか,良い文章を書くために何をすればよいと考えてきたかを考察するもので
ある。
インタビュー協力者は,首都圏の大学の大学院生2名,元留学生(学部卒業生)1名,
学部生3名である。6名のインタビューから,彼らが作文の書き方と参考書の利用につい
て次のように考えていることが示唆された。①ジャンルやテーマによって望ましい文章展
開の方法があり,それに則して書かれた作文がよい作文である。文章展開の方法を学ぶに
は,模範作文集に掲載された良い作文を模倣することが効果的である。②良い書き手は修
辞的技法に長けている。模範作文集から美しい表現,印象的な言い回し,効果的な比喩表
現を書き出して覚えることは,修辞的技法の習得のために役立つ。③古典的な名句,偉人
の言葉などの引用は,古典などの権威を利用して文章の説得力を高めると同時に,書き手
の教養を示し,結果として作文の評価を高めるものである。引用のための辞典は,よい文
章にするために有用なものである。
(大野-順天堂大学, 莊-秀明大学)
〔2015(平成 27 年度) 第 7 回日本語教育学会研究集会(香川県・香川大学)発表要旨〕
形容詞「多い」の意味と構文的特徴について
佐野由紀子
(2015.10.24)
形容詞「多い」については,これまで幾つかの先行研究において,「ある(いる)」等と共
に「存在」を表す表現であることが述べられてきた。本発表では,存在動詞との比較から,
「多い」固有の意味・構文的特徴について考察することが目的である。
..
そもそも多くの形容詞は,ある物事の存在を前提としてその性質や状態を述べるもので
あることに加え,「多い」は数・量に関わる表現である。このため,当然「多い」と「あ
る(いる)」とは意味的に類似し,特に「多い」とより意味的類似性をもつ「たくさんある
(いる)
」との間で,互いに置き換え可能な例は多い。
しかしその一方で,両者が置き換えられないケースも少なからず存在する。
(1)ウサギの足跡が雪の上にたくさんある(*多い)。
(2)女性が教えている大学はほかにもたくさんある(*多い)のよ。
(3)小包の内容は魚,野菜,肉等の生活必需品が多い(*たくさんある)。
(4)好奇心の強い人ほど驚く回数が多い(*たくさんある)のだ。
本発表では,このような置き換え不可の例の分析をもとに,以下の3点について述べる。
・
「多い」は,場所と物の関係が臨時的で偶発的な場合には用いられない(ただし,ガ格名
詞の数量が他と比べて相対的に大きいことを表す場合は可)
。
・「―(に)は―が多い」といった構文における「―が」は独立性が低く,「―が多い」全
体でひとまとまりの形容詞のごとく働き,主題に対する説明内容を表す。
・「ある(「たくさんある」など数量を表す副詞的要素がついたものも含める)」は「存在
の有無」に関して,存在が有すること自体を表すのに対し,
「多い」は「存在の多寡」に
関して,数・量的な程度が高いことを表す。
(高知大学)
〔2015(平成 27 年度) 第 7 回日本語教育学会研究集会(香川県・香川大学)発表要旨〕
短期受け入れプログラムの成果と課題
―香川大学「日本語語学研修プログラム」10 年間の取り組みを振り返って―
塩井実香・高水徹
(2015.10.24)
香川大学留学生センターでは,平成 17 年度から 26 年度までの 10 年間,計 20 回に渡っ
て短期(1~4週間)の日本語語学研修プログラムを実施してきた。本プログラムは,海
外交流協定校等の学生を受け入れ,日本語教育の提供,日本,特に香川の歴史や文化等の
紹介,日本人学生や地域社会との交流を行うことを目的として開始したものであり,併せ
てそれらの体験をより長期の本学への留学につなげたいという,言わば呼び水効果も狙っ
ていた。節目の第 20 回を以て終了した後,それまで培った運営方法等は 26 年度開始の新
プログラム(別発表の「さぬきプログラム」
)に活かされることとなった。本発表では,計
20 回のプログラムを総括し,成果と課題を明らかにする。プログラムの特徴としては次の
4点が挙げられる。すなわち,
「①初級修了以上の日本語能力を持つ者が対象,②研修内容
は主に日本語・日本事情の授業と体験学習・学外実習より成る,③日本人宅でのホームス
テイあり,④課外では日本人学生と交流する」というものである。目標言語による交流は,
滞日中の生活の充実やさらなる言語学習意欲につながる。各回終了時のアンケート結果を
見ると研修生の満足度は総じて高く,特にホームステイは好評であった。ホストファミリ
ーのみならず,文化体験のボランティア講師,見学先の企業や歴史・文化施設等,関係各
者の協力なくして本プログラムは成り立たず,そのことも,いわゆる座学だけではない本
プログラムの意義であったと言えよう。後に改めて日本留学した者,日本語を使う職に就
いた者,期間中知り合った人々と交流を続けている者等さまざまだが,期待していた本学
への長期留学者は少なかった。これは本学の学部・研究科と学生の希望分野(日本語学,
観光学等)が一致しにくかったことに一因があると思われる。留学ニーズと受け入れ可能
性を考慮しつつ,今後の短期留学者がその後の長期留学増につながるよう努めていきたい。
(香川大学)
〔2015(平成 27 年度) 第 7 回日本語教育学会研究集会(香川県・香川大学)発表要旨〕
日本語サポーターとともに作る対話活動型日本語教室
―「生活者としての外国人」に対する日本語教育の現場から―
元木佳江
(2015.10.24)
徳島県国際交流協会では文化庁の委託を受け,地域日本語教育実践プログラムとして「徳
島で暮らす外国人のための日本語教育事業」を実施している。この事業で文化庁が示す日
本語教育とは「生活者としての外国人」に対する日本語教育で,その目的は,日本語に関
する知識を蓄えることではなく,日本語を使っていろいろな生活上の行為ができるように
なることを目指すとしている。しかし,事業の対象となる日本語教室において,この目的
に沿った授業を行うには,従来の文法積み上げ式のテキストを用いた教室活動とは異なる
新しい教室活動のデザインが求められる。
「日本語サポーターとともに作る対話活動型日本
語教室」は,従来の教室形態を保ちつつ,
「生活者としての外国人」に対する日本語教育の
目的を踏まえ取り組んだ新しい教室活動である。授業は,次の3点を中心にデザインした。
(1)テキストのシラバスを用いて進めること
(2)対話活動を取り入れること
(3)対話活動は日本語サポーターとともに行うこと
学習者自身が学習の成果を実感できることは実践において最も重要な目的であったが,
教室活動をデザインする上ではいくつかの検討すべき課題があった。まず,日本語の知識
を積み上げていくテキストと対話活動をどのように組み合わせるのか,次に,対話活動を
効果的に取り入れるにはどのような授業デザインが可能であるのか,そして,日本語サポ
ーターにどのように関わってもらえば有効な活動が行えるのかといった点である。
本発表では,これらの課題に取り組みながら行った,対話と活動を取り入れた新しい日
本語教育実践について報告する。また,新しい取り組みが学習者にどのように受け止めら
れたかについても言及したい。
(四国大学)
〔2015(平成 27 年度) 第 7 回日本語教育学会研究集会(香川県・香川大学)発表要旨〕
移住者の参加と発信を目指す地域日本語教育リソースの開発
―インタビューの「語り」を生かした実践を目指して―
八木真奈美・坂内泰子・池上摩希子・矢部まゆみ
(2015.10.24)
法務省による外国人登録者数は平成26 年度末時点で212 万人を超え,リーマンショック
後,再び増加傾向にある。中でも,永住者は年々増加を続け,登録者数の3割を超えた。
日本は「移民」を認めていないが,この永住者の増加は外国人の移住が確実に進んでいる
ことを裏付けるものといえよう。移住してきた人に対する日本語教育については,さまざ
まな支援の体制が整えられてはきたが,実質的には地域の日本語教室に委ねられているの
が現状であり,その教室では,まさに「教室」として既存の教材を文法に沿って学習して
いるところが少なくない。そこで,本研究では移住者の参加と声の発信を目指した地域日
本語学習リソースを開発することとした。具体的には,インタビューを行い,その「語り」
の一部を組み込む形で,読解教材やトピック教材を作成している。本発表では,リソース
の紹介とパイロットスタディとして行った実践の報告を行う。
実践は都市部の自治体の主催する教室の「中級読解」と「上級総合」のクラスで実施し
た。中級読解では全5回の読解授業の1 回に単発教材として利用した。3名の学習者の参
加があった(中国2,マレーシア1)。上級総合では,トピック教材として3つのエピソ
ードを連続的に利用した。3名の学習者(中国2,フィリピン1)の参加があった。教材
については「(語っている人は)本当の人か」と質問が出たり,文章化されていない部分
についても「この人は××に勤めるまでは何をしていたのか」と聞かれたりするなど,興
味が持てたようで,学習者にはおおむね好評であった。語りの内容に触発されて自分の将
来計画を語る学習者もいた。今後は,この実践のフィードバックをもとに,語りを提供し
てくれた研究協力者の参加を得て,リソースを修正,さらなる実践を進めたいと考えている。
(八木-駿河台大学・坂内-神奈川県立国際言語文化アカデミア・池上-早稲田大学・
矢部-横浜国立大学)
〔2015(平成 27 年度) 第 7 回日本語教育学会研究集会(香川県・香川大学)発表要旨〕
学部2年生を対象にした就職活動のための日本語教育
重田美咲
(2015.10.24)
近年,大学教育においてキャリア教育が重視されるようになり,様々なキャリア関連科
目が開講されている。しかし,それは,日本人学生を対象としたものであり,留学生にと
っては,それらのキャリア教育を受けるレディネスが整っていないことも多い。そこで,
本実践では,学部2年生の留学生を対象に,就職活動のための日本語教育を行った。
本実践は,2015年度前期に行ったものであり,受講者は11名(中国語母語話者10名,ベ
トナム語母語話者1名)であった。授業は全15回で,1回目に就職活動に関する知識を問う
質問紙調査とSPIの実力テストを行った。2回目,3回目に就職活動における日本文化
について,4回目にエントリーシート,履歴書の書き方について解説した。5回目からは
自己PR文の書き方,その後は,企業研究と志望動機の書き方を,個々人が発表し,全員
でディスカッションする形式で授業を進めた。それと並行して,授業のはじめの時間に,
SPIの問題を取り上げた。最後の授業では,本実践に関する質問紙調査を行った。
実践の過程において,まず,学部2年生の留学生には,日本の就職活動に関する知識が
殆どないことが明らかになった。自己PR文の活動では,自分のPRポイントが分からな
かった留学生が他の受講者とのインタラクションを通して,「自分」を捉え直す場面が多
く見られた。企業研究は新たな語彙の習得の機会となっていた。志望動機の活動では,自
分が本当にしたいこと,自分に足りないものを見つめ直し,キャリアデザインを積極的に
行い始めた学生も見られた。SPIについては,全般的に留学生は非常に難しいと感じる
ことが明らかになった。学部2年生で就職活動を取り上げるというのは早いと思われがち
であるが、本実践で、学部2年生を対象にした日本語教育がキャリア教育としても有効で
あることが明らかになった。
(下関市立大学)
〔2015(平成 27 年度) 第 7 回日本語教育学会研究集会(香川県・香川大学)発表要旨〕
日本語教育の視点から見た「米国 JET 記念高校生訪日研修」
―初級日本語の運用例として―
岩澤和宏
(2015.10.24)
国際交流基金関西国際センターでは,2011 年より 5 年間「米国 JET 記念高校生訪日研修」
を実施している。この研修は 2011 年の東日本大震災により不幸にも一命を落としたアメリ
カ人指導助手テイラー・アンダーソンさんとモンゴメリー・ディクソンさんの業績を讃え
るとともに,日米をつなぐ若者の育成を目的とした研修である。両指導助手とも「語学指
導等を行なう外国青年招致事業(JET プログラム)
」での来日であり,本研修名に「JET」と
あるのはそのためである。
本研修では 32 名のアメリカ人日本語学習者を招聘し,関西国際センターでの日本語研修
の他、東北研修旅行で両指導助手が指導を行なった学校を訪問し児童・生徒と交流したり,
被災地の「いま」を学ぶ活動を行なったりする。
世間の注目を浴びる活動だけに新聞やテレビ等マスコミで報道されることも多いが,高
校生訪日研修の「日本語教育」に焦点を当てたものは多くない。しかし,児童・生徒と交
流するにも震災後の「いま」を知るにも日本文化を学ぶにも,一定レベルの日本語運用能
力は不可欠である。
本研修は日本語の能力の高い学習者だけを選りすぐって招聘したものではない。事実,
研修参加者の多くは初級前半の日本語レベルである。英語による助けも皆無ではないが,
初級前半レベルの日本語学習者が日本語で交流や訪問・発表などを行なうに当たっては,
裏方の日本語教師の側にはそれなりの工夫が必要である。
発表では日本語教育の視点から本研修の実践を報告する。マスコミ等により交流やネッ
トワーク作りに焦点が当てられる中,その背後で行なわれている日本語教師の工夫や努力
に着目する。それは本研修以外の交流活動等にも応用できるものである。
(国際交流基金関西国際センター)
〔2015(平成 27 年度) 第 7 回日本語教育学会研究集会(香川県・香川大学)発表要旨〕
カタカナ語とその類義語の使い分けに関する調査
畑ゆかり・山下直子・轟木靖子
(2015.10.24)
外来語などのカタカナは,日本語学習者にとって学習が難しいものの一つであり,カタ
カナ語彙教育が必要であることが先行研究において指摘されている。しかし,実際には日
本語教育の現場で十分な指導がされているとはいえない現状である。そこで,日本語学習
者に対する明示的な指導法・教材を検討するため,カタカナ語(カタカナで表記される語)
の「意味と使用」に着目し,カタカナ語とその類義語との使い分けに関して調査を行い,
結果の分析を行う。
従来,カタカナ語は周辺的な存在とされてきたが,その一部は基本語彙として定着しつ
つあると指摘されており,カタカナ語がこれまで使われていた類義語に代わって使用され
たり,類義語と共存するようになった。本発表では,カタカナ語の意味や使用に焦点をあ
て,カタカナ語とその類義語との使い分けに関して日本語母語話者 62 名に調査を行い,分
析した結果を報告する。調査方法は,カタカナ語とその類義である漢語や和語との使い分
けに関する質問紙調査である。調査に用いる語は,先行研究で広範囲・高頻度に用いら
れ定着しているとされるカタカナ語のスル動詞(サ変動詞)のうち,初中級の日本語教
育の教科書で扱われるものから選択した。質問項目は,①カタカナ語とその類義語(
「カ
ットする・切る」など 14 ペア)を提示して思いつく文を書いてもらう問いと,②両者
の違いや気づいたことについての自由記述である。
調査の結果,類義語との使い分けに個人差やゆれのある語がみられる一方で,カタカ
ナ語は特定の使用に限られる,あるいは付加的な意味が加わることで類義語と役割分担し
ている語や,カタカナ語のほうが多義的で使える範囲が広い語があるなど,母語話者が使
い分けの基準を持っていることが明らかになった。
(畑-穴吹ビジネスカレッジ,山下・轟木-香川大学)
〔2015(平成 27 年度) 第 7 回日本語教育学会研究集会(香川県・香川大学)発表要旨〕
引用と伝聞の「タ」
「テイル」「テイタ」に関する一考察
―日本語の「言う」と中国語の「说」を中心に―
曹倩
(2015.10.24)
日本語では,他者の発言を引用する際に,以下のような三通りの表現が用いられる。
① 僕の好きなコメディアンはこう言っている。「名言は好きだが,名言をいおうと
する奴は嫌いだ」
。
② しかし織田信長も,
『絶対は絶対にない。』と言ったように,その考え方にすら固
着しないようにする柔軟性を持ちたい。
③ 若いのに堂々としてるじゃないか。江上検事が言ってたよ。
これらの使い分けは学習者にとって困難なものである。特に論文等では,
「~と言ってい
る」の形を使うのが一般的であるが,中国人日本語学習者の場合は,
「~と言った」を使っ
てしまう傾向がある。また,日常会話の中では,
「彼は~と言ったことがある」のような誤
用も見られる。これは母語の干渉によるものだと思われる。
中国語では,他者の発言を表すには,完了相の「说了」と経験相の「说过」を用いるだ
けでなく,以下のように「说」の現在形で示すことも一般的である。
(A)他昨天说他去。
(B)哥伦布说创造难,模仿容易。
(A)と(B)の中国語を日本語に直訳した場合,
「昨日,彼は行くと言う」
,「コロンブスは想
像はむずかしく,模倣は容易いと言う」となるが,日本語ではこのような表現は許容され
にくい。以上のように,引用表現において,日中両言語はいくつかの差異が見られるが,
それぞれの表現に関する研究,及び対照研究については盛んではない。
本研究は日中両言語から動詞の「言う」と「说」に的を絞って考察を行い,両言語の引
用表現がそれぞれどのような特徴を持っているのか,また,そこにはどのような共通点と
差異があるのかを明らかにする。
(拓殖大学大学院生)
〔2015(平成 27 年度) 第 7 回日本語教育学会研究集会(香川県・香川大学)発表要旨〕
中国人留学生に対する大学院進学指導の実践報告
黄美花
(2015.10.24)
日本語教育振興協会(2015)の報告によると,2013 年度の日本語教育機関における進学
者のうち,大学院へ進学した留学生数(正規課程,研究生等含む)は 2,748 名である。その
うち,中国人留学生の大学院進学者は 2,452 名で,大学院進学者全体の 89.2%を占めてい
る。専門知識や研究計画書の作成等を要する「研究」の要素が入る大学院進学指導は,従
来の日本語学校の指導体制とは異なる課題の一つして浮かび上がっている。本報告は,日
本語教育振興協会認定の日本語学校における中国人留学生に対する大学院進学個別指導の
実践報告である。本報告では,教育現場の実践に基づき,
「中国人留学生に対する大学院進
学指導の4つの類型」「専門研究認知<学部と大学院の専門の非連続>」「研究テーマの発
見から研究計画書作成まで―指導と学生の探究心の変容―」について詳細に考察を加え,
その上で「中国人留学生に対する大学院進学指導における4つの提言」を試みる。4つの
提言とは,
(1)大学院受験の実態・困難性についての認知指導 (2)「先行研究の蓄積」
指導
(3)研究計画書の添削指導
(4)大学院進学課程の「指導の方法・枠組み」を
構築するためのプロジェクト設立についての提言である。
【引用文献】
日本語教育振興協会(2015)
「平成 26 年度日本語教育機関実態調査結果報告」一般財団法
人日本語教育振興協会編集・発行
(北海道大学 ※2015.10.1 より)
〔2015(平成 27 年度) 第 7 回日本語教育学会研究集会(香川県・香川大学)発表要旨〕
アクセント句を中心とした音声指導の一考察
―アクセント句に関するテスト結果から―
大山理惠
(2015.10.24)
日本語教育における音声指導,特にプロソディー指導の効果を検証するため,留学生を
対象としてアクセント句に注目したプロソディー中心の授業を実践し,前後のテストの結
果を比較することにより効果を検証した。指導前後のテストでは (1)アクセントテスト:
音声を再生し,アクセント位置によって対立している二語または二文(例:「今だ」「居間
だ」
)の正しい方を選択 (2)イントネーションテスト:文音声を再生し,文末の上がり下が
りを解答(3) アクセント句の知識とリスニングテスト:初めに,音声を聞かずに提示され
た単語が起伏型か平板型かを解答した後,同じ単語を教師が発話し,それが起伏型か平板
型かを選択する課題の3種類のアクセント・イントネーションに関する試験(100 点満点)
を行った。指導は授業8回(約 20 分)に分けて行い,各回ではフレージングが図示された
会話文のあるテキストを使用し,フレージングに着目した発音練習授業を実施した。用い
た会話文のフレーズは単一のアクセント句で構成されていた。(1)単語アクセントの平均点
は指導前後で 60 点から 80 点。
(2)イントネーションテストの平均点は 91 点から 95 点。(3)
のアクセント句の知識とリスニングテストの結果は指導前後の平均点は音声なしでは, 47
点→58 点,音声ありでは,47 点→61.8 点となった。さらに,(1)(2)(3)のテストの指導前
の平均点と指導後の平均点の差が統計的に有意かを確かめるために有意水準5%で両側 t 検
定を行ったところ,p<.0.5 であり,指導前後の平均点の差はいずれも有意であることが
わかった。
「アクセント句」は音韻上の区切りであるが,統語上の文節における区切りとは
ずれがあることが知られている。学習者がアクセント句を習得していないことにより,ア
クセント・イントネーションの誤りが増加している可能性がある。プロソディー知識を得,
アクセント句を練習することの重要性が示唆された。
(同志社大学)
〔2015(平成 27 年度) 第 7 回日本語教育学会研究集会(香川県・香川大学)発表要旨〕
ピア・ラーニングを取り入れたアカデミックライティング
―研究テーマの選定に与えたピアの影響について―
吉澤真由美
(2015.10.24)
外国人留学生が日本語で論文やレポートを書く際,研究テーマを絞り込んだり,決めた
りすることは大変な作業の一つとなる。日本語能力がまだ十分ではなかったり,日本語で
の論文の書き方や情報収集の手段について十分に知識がなかったりするためである。本発
表では,ピア(仲間)
・ラーニングを研究テーマ選定において活用する取り組みについて実
践報告を行う。なお,ピア・ラーニングとは,
「対話をとおして学習者同士が互いの力を発
揮し,協力して学ぶ学習方法」とされる。ピア・ラーニングでは,学習者は,仲間同士の
対等な関係の中で,互いに貢献し,学び合う(舘岡 2007)ことが可能となる。
発表者は,東京の大学で日本語・日本文化研修留学生(以下,日研生)を対象にアカデ
ミックライティングの授業を複数年にわたり担当した。その大学では,毎年 10 名程度の日
研生が欧米やアジアなどから留学してくる。日研生には,1年間という限られた期間で,
研究テーマを決め,調査を行い,レポートにまとめ,口頭発表することが求められた。
授業では,それらの全段階で日研生のサポートを行った。様々な背景を持つ学生の多様
性を活かすこと,学生が主体的に学ぶことを目的に,研究テーマの絞り込み,レポートの
構成や内容の検討,口頭発表の練習などにおいて,学生同士でコメントを出し合うピア・
ラーニングをできる限り多く取り入れた。その内,各自の研究テーマについて数人のグル
ープで検討し合う活動では,学生間で率直な意見や感想,疑問などが出されていた。その
結果,複数のテーマで迷っていた学生が,来日直後に複数回にわたり行われたピアでの活
動を通して,自分が本当にしたいことに気付き,研究テーマを絞り込んでいくプロセスが
見られた。本発表では,そのケースを事例として,ピア・ラーニングをアカデミックライ
ティングに取り入れる利点について報告するとともに,課題についても考える。
(徳島大学)
〔2015(平成 27 年度) 第 7 回日本語教育学会研究集会(香川県・香川大学)発表要旨〕
日本語教育における「言語と心理」分野の理解度と有用度
―現職日本語教員と教員養成課程の学部生を対象に―
福田倫子・小林明子
(2015.10.24)
近年,日本語学習者の多様化,若年化はますます進んでおり,教師が学習者の心理や異
文化に対応していく必要性が高まっている。文化庁「日本語教員養成において必要とされ
る教育内容」(2000)のガイドラインで示されているように,「言語と心理」に関わる知識
は,日本語教師にとって必須の学習分野であると言える。日本語教育に関わる心理分野は,
認知心理学,教育心理学,異文化間心理学など多岐にわたっているため,教員養成課程に
おいては,これらの分野を総合的に扱うとともに全体を整理して教えることが必要となる。
この課題を考える上では理論的な検討が必要となるが,それとともに現職教員や教員養成
課程の学生が,このような心理的知識についてどのような認識を持っているかを知り,そ
こから「言語と心理」に関わる教育内容を整理していくことも必要だと考えられる。そこ
で本発表では,日本語教師及び日本語教員養成課程の学生を対象として「言語と心理」分
野に関してどのような知識を持っているのか,またどのような知識が有用だと考えている
のか明らかにすることを目的とした。調査では,
「言語と心理」分野から 35 個の用語を選
定し,各用語について理解度と有用度を聞いた。分析対象は日本語教師 25 名,日本語教員
養成課程の学生 75 名であった。分析結果から,理解度で教員と学生に共通して得点が高い
のは「カルチャーショック」等7項目,有用度で共通して高いのは「多文化共生」等5項
目であることが分かった。また,理解度と有用度に関してクラスター分析を行ったところ,
教員では7群に分けられ,学生は6群に分けられた。この結果を散布図と併用して分析し
たところ,全体の理解度は低いが,理解している人にとっては有用度が高いとされる項目
が明らかになった。その傾向が教員と学生で強く表れたのは「判断停止(エポケー)」
,「言
語不安」であった。これらの項目は重点的に理解を高める必要があると言える。
(福田-文教大学,小林-島根県立大学)
〔2015(平成 27 年度) 第 7 回日本語教育学会研究集会(香川県・香川大学)発表要旨〕
外国人住民に対する防災の日本語学習の試みと課題
―災害情報を理解するための素材作成から―
児島由佳・谷祐喜子
(2015.10.24)
公益財団法人香川県国際交流協会では,地域社会の一員である外国人住民を災害弱者に
しないために,大規模災害発生初期から長期化する頃までの避難所生活を想定した実践的
な訓練を,平成 25 年度より外国人住民や通訳ボランティアを対象に実施している。そのな
かで,外国人住民が災害時のニュースから最低限必要な情報を読み取り,正しく行動する
ために必要となる漢字や語彙を学習できるようなプログラムも併せて行っている。
災害時に出される情報は漢字による表記が多く,日本語でのコミュニケーションが不十
分な外国人住民にとって,それらの情報を正確に理解することは非常に困難な場合が多い。
そのため,災害時の漢字や語彙を学習する場が求められてきたが,実際にそのような機会
が少ないのが現状である。そこで発表者らは,特に香川県に居住する外国人住民が目にす
るであろう災害時の情報を中心に取り上げ,県内各地で行われる外国人住民を対象とした
防災訓練などで使用できるような素材・教材を作成し,実践を試みながら改良・修正を行
っているところである。
これまでの実践で問題となった点は,外国人住民が実際に利用する情報ツールにより近
づける必要があること,参加者の日本語力にばらつきがある場合は,通訳ボランティア等
のサポートが必須であること,教材等で使用する映像・画像などの使用についての問題(著
作権)などであった。また,外国人住民の多くは日本で起こる災害についての知識が少な
いため,語彙学習の前に必ず基礎知識を勉強する時間を設ける必要もあった。
本発表では,これまで行った実践とそこから見えてきた問題点について報告するととも
に,実用的な知識につなげるためのより効果的な学習への課題について考察する。
(児島-香川大学,谷-香川県国際交流協会)
〔2015(平成 27 年度) 第 7 回日本語教育学会研究集会(香川県・香川大学)発表要旨〕
交換留学生のための学習支援
―教員と学生の意識調査をもとに―
鈴木美穂・竹田裕姫
(2015.10.24)
目白大学では近年,学部履修をしている交換留学生から日本語の授業を希望する声が多
くなったため,2014年度より交換留学生を対象に,希望の多かった読解,口頭表現,文化
体験を中心とする日本語学習支援クラスを新設した。毎学期後には学生にアンケートを行
い,授業の内容を振り返り,次学期のコースデザインに反映させている。2014年度秋学期
は,アンケートに加えインタビューも行い,日本語学習支援クラスを履修した理由,学部
の授業にどのように役に立ったかなどについて調査した。多くの学生が「日本語の向上の
ため」という理由で履修を希望していた。「学部の授業に役に立ったか」の質問には「役
に立った」と答えた学生は100%だった。
しかし調査を通して,学部の授業の難しさ,会話力・聴解力など日本語技能の必要性な
どを訴えるコメントもあり,学生のニーズだけではなく,実際に学部の授業を担当,指導
をしている教員が交換留学生に求める日本語も考えていかなければならないと感じた。そ
こで,目白大学教員17名に学部講義やゼミに求められる日本語力は何かについてアンケー
トを行った。留学生に求める日本語技能について質問したところ,70%の教員が「レポート
作成」のための日本語力が必要だと回答した。次に「聴解」59%,「読解」53%と続いた。
また,日本語の技能の中で特に必要なもの上位3つを上げてもらったところ,一番多かっ
たのは「レポート作成」で次に多かったのは「口頭表現」だった。
本発表では,教員,留学生2つの調査結果をもとに学部の授業に必要な日本語力は何か
を明確にし,今後の留学生日本語支援クラスの役割や,留学生のためのアカデミックジャ
パニーズについて考察する。
(目白大学)
以上