校長便り46「道徳の教科化に思う・その3」 平成27年6月16日(火)

校長便り46「道徳の教科化に思う・その3」
平成27年6月16日(火)
修学旅行、お疲れ様でした。少し雨には降られましたが、とても充実した旅行に
なりました。子どもたちも、規律正しい集団行動などができました。改めて、子ど
もたちの成長を感じたところです。先生方や添乗員の方々、本当にありがとうござ
いました。
明日からは、5年生の集団宿泊学習です。私も、日程の前半に参加させていただ
きます。楽しみにしています。関係の先生方、よろしくお願いいたします。
さて、今回の校長便りは、「道徳の教科化に思う・その3」として「5 道徳授
業の誤った認識」「6 生命尊重の精神に基づく価値観を育てる道徳授業」につい
ての資料をお届けします。
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5 道徳授業の誤った認識
道徳の時間は、一人一人の児童生徒がこれまでの自己の生き方を見つめ、道徳
的 価値を内面から自覚し、望ましい道徳性を身に付けていく時間です。つまり、
児童 生徒が自己のもっている価値観をじっくり見つめ直すために、多様な考えを
出し合 い、それらにふれ合いながら自ら内面的に道徳的価値を自覚する時間であ
るという ことです。そのためには、自己の考えをもち、それを述べたり他者の考
えを受け入 れたりする態度や意欲が必要です。資料中の主人公や自他の生き方に
関しての考え が出されることにより多様な考えが表出し、他者の考えを意識しな
がら自己の価値 観を振り返り自己を見つめ、ひいては道徳的価値を自覚すること
になるからです。 そこには、授業の「ねらい」に真に迫っていく授業者の意図が
あります。
しかし、一方で授業者の認識の不足により、単に基本発問に対して児童生徒が考
を出し合うだけの授業も多く見られます。例えば、児童生徒に自分の考えをカー
ドに書かせ、板書に組み入れるなどの授業も見られることがありますが、それだけ
では道徳授業として成立しません。また、道徳授業での児童生徒の発言は、どんな
内容であろうとすべて良しとする考え方では、授業者としての責務を果たせません。
「拠り所」のない「何でもあり」の道徳授業につながるものであると考えます。的
確な「ねらい」を設定する授業者としての力量が求められます。「ねらい」 に迫
ってこそ道徳授業なのです。「ねらい」に迫るための45分間(50分間)の シ
ナリオのある発問構成があってこそ道徳授業なのです。
今回の教科化への動きは、こうした道徳授業への警鐘とも言えるものであると
考えます。
6
生命尊重の精神に基づく価値観を育てる道徳授業~「拠り所の柱」
本来道徳教育は、人間尊重の精神や生命に対する畏敬の念の育成を目指した道徳
性の高揚をねらって行われるものであり、その根底には「個人の尊厳」の理念 があ
ります。「個人の尊厳」とは、個々の生命の尊重と人間としての生き方についての
理念の尊重です。生命体としてのひとりの人間の生命そのものが尊ばれるのみなら
ず、ひとりの人間が生きていく理念(見方、考え方、感じ方、行動の仕方)が尊ば
れることなくして、個人の尊厳は存在しえません。生命尊重の精神とは、人間尊重
の精神なのです。
しかし、これまでの道徳教育を振り返ってみると、「生命尊重」の捉え方が、基
本的な生活習慣や健康安全、動植物愛護という狭い範囲で問題にされる傾向があっ
たのではないかと考えます。個人の尊厳、生命の尊重・理念の尊重という一連の考
え方に立つ時、「生命尊重」をこれまで以上にさらに広い立場や多様な捉え方の中
で、道徳教育、なかんずく道徳授業の在り方を見直し、生命尊重の精神を授業構築
の「拠り所」の柱として重視したいと思います。
そのためには、生命尊重の精神が生命体としてのひとりの人間の生命を尊重する
だけでなく、その人間の生き方(見方、考え方、感じ方、行動の仕方)をも尊重す
る精神であることを踏まえ、道徳の時間においては、その精神を「生命尊重」に関
する内容項目においてのみ指導するのではなく、すべての内容項目にお いて指導
しなければなりません。
それは、価値を実現する「人間としての強さ」の中に見い出すことができます。
価値の実現へ人間を突き動かすものは、自他を尊重しようとする精神(生命 尊重
の精神)・(人間尊重の精神)であるからです。「どうしても自分を偽るこ とが
できない」「どうしても他者を救いたい」など、自己を犠牲にする価値観で はな
く自己の生き方をより良いものにしようとする積み上げられた「人間として の強
さ」がそこにはあります。
読み物資料においては、ほとんどの資料の中に生命尊重の精神が位置付けられ
ています。道徳授業では、「人間としての強さ」について気付かせる(把握させ る)
指導の工夫が求められます。また「人間としての強さ」とともに、価値を実 現で
きない「人間としての弱さ」についても取り扱うことが、より道徳授業を深 まり
のあるものにすると考えます。