アーカイブ室新聞 (2008 年 11 月 27 日 第 100 号) 国立天文台・天文情報センター・アーカイブ室 * 中桐正夫 アーカイブ室新聞 100 号記念号(藤田先生 100 歳お祝いの会の DVD 入手) 藤田良雄先生は 2008 年 9 月 28 日、100 歳のお誕生日をお迎えになった。そのお祝いの会 がお住まいの近くのレストランを借り切って催された。集まったのは先生のお弟子さんと 先生と同時期に東京大学天文学教室に在職された方々、東京学芸大学 OBOG を中心とされた 藤田先生を囲む「レグルスの会」の方々であったと聞いている。 この祝賀会の様子をビデオ撮影され、DVD を製作されたのは藤田先生の孫弟子(藤田先生 の弟子の内海和彦氏の学生)にあたられる科学文化形成ユニットの伊東さんである。氏の お許しを得て、この DVD をアーカイブデータとしたいと考えている。 藤田先生は、福井県のお生まれであり、名誉福井市民と伺っている。藤田先生のお生ま れになった 1908 年は日本天文学会が寺尾寿らによって発足した年でもある。 福井県で発行されていた福井新聞の編集長を務めた藤田貞造氏の長男として生まれ、 1931 年に東京帝国大学理学部天文学科をご卒業である。萩原雄祐のお弟子だが、萩原雄祐 は天体力学の権威であったが、藤田先生は天体物理学、特に低温度星の研究で大きな業績 をあげられ、恒星分光を中心に観測天文学の権威であった。藤田先生の略歴は、 1931 年:東京帝国大学理学部天文学科卒業 1931 年:東京帝国大学理学部助手 1937 年:東京帝国大学理学部講師、東京帝国大学理学部助教授 1951 年:東京大学理学部教授 1969 年 3 月:定年退官 1969 年 5 月:東京大学名誉教授 1971 年 1 月:ペンシルバニア州立大学客員教授 1972 年 7 月:へール天文台客員研究員 1999 年 1 月:歌会始召人 そして、1955 年には学士院恩賜賞受賞、1978 年には勲二等瑞宝章受章を受賞され、1996 年に文化功労者、1996 年から 2000 年まで日本学士院長を務められた学会の重鎮である。 この略歴には出てこないが、藤田先生は太陽分光写真儀(塔太陽分光望遠鏡:この望遠 鏡は以前からアインシュタイン塔と呼ぶこともあったが、通常は塔望遠鏡と言った。現在 ではアインシュタイン塔の呼び名で公開されている)を立ち上げたとお聞きしている。1931 年天文学教室の助手になられているが、塔望遠鏡室(アインシュタイン塔)は 1926 年に完 成しており、塔望遠鏡は 1928 年購入、1930 年に完成した塔望遠鏡を手がけられたようであ る。東京天文台 75 年史の太陽物理部に兼任としてお名前がある。 筆者は、藤田先生とは開設間もない岡山天体物理観測所で初めてお目にかかった。まだ 岡山天体物理観測所の 188cm 望遠鏡の共同利用が始まる前であった。先生はお弟子さんを 常に 3~4 人引き連れて観測に来ていた。その中には、山下泰正、辻隆、上条文夫、成相恭 二、下田真弘、内海和彦の各氏などがいた。藤田先生のご専門は低温度星で赤い星である から、かなりの曇天でも観測が可能で、「藤田晴れ」という言葉が岡山では使われた。多 少の雲があっても粘り強く露出を続けられていた。ある一晩中薄雲のある曇天が続く中、2 夜に渡って露出を続けた乾板に何も写っていない事件が起こった。2 夜も続けて露出した乾 板を明け方現像したが、その乾板には何も写っていなかったのである。いくら曇天の中の 観測で星のスペクトルが写っていなくても、星のスペクトルの両側に撮影されるコンパリ ソンラインは写るはずが、その乾板には何も写っていなかった。失敗の原因が検討された のは当然であったが、何かミスを犯したことは明らかで、お弟子さんは蒼白になり、藤田 先生は黙りこくったまま、夜が白々と明け、陽がさして来ても誰も動けなかった。結論は 観測所がわが用意してあった現像液と定着液を間違えて使ったようであった。ついに先ご ろ亡くなった清水実氏が、「さあ、寝よう」と声をかけ、既に高く上った太陽の下を宿舎 に向かったことを覚えている。この事件以来、現像液など観測に使われる薬品は観測者が 責任をもって調合するようになった。 そして時は移り、筆者がハワイ、マウナケア山頂で「すばる」建設に携わり、観測が始 まった頃、92 歳になった藤田先生が観測にこられたことがあった。92 歳で外国旅行ができ ることにも驚いたが、空気の薄い高山への観測登山にはもっと驚かされた。 この祝賀会に参加された方々で、DVD から筆者が確認できた方々は、DVD の表の写真から 加藤正二、辻隆、日江井栄二郎、田中済、前原英夫、山下泰正、尾崎洋二、下田真弘、鵜 沢敬子、古在夫人、堀源一郎、古在由秀、海野和三郎、藤田先生本人、小尾信也、高瀬文 志郎の各氏、その他に藤田さんの息子、日江井夫人、内海和彦、比田井昌英、西村史朗、 平井正則、石田和子の諸氏が参加されていることが確認された。 藤田先生の 100 歳を祝う祝賀会の DVD をアーカイブ室の収蔵品としたい。写真 1 が DVD である。 写真1 藤田先生 100 歳を祝う会の DVD 写真 2 は、昭和 32 年 4 月の日本天文学会春季年会の記念写真の一部である。前列右から 3 人目が藤田先生、その右は東北大学の一柳寿一、前列左から、石田五郎、畑中武夫、2 列 目右から高瀬文志郎、高窪啓弥、清水実、下田真弘、一人おいて下保茂、そのほか、この 中には科学博物館の村山定男、堀源一郎、森本雅樹、西村史朗、牧田貢、安田春雄、松波 直幸、山下泰正、近藤雅之、石田恵一らの顔も見える。既に 51 年前の写真である。 写真 2 昭和 32 年 4 月 27 日 日本天文学会春季年会記念撮影
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