白クマ君もぐったり 夏の決まり文句

白クマ君もぐったり
■新編集講座 ウェブ版
夏の決まり文句
第56号
2016/7/15
毎日新聞社 技術本部長(元・大阪本社編集制作センター室長)
三宅 直人
7月も中旬に入り、いよいよ夏本番。紙面にはよく、暑さを伝える記事や写真が掲載されます。こんな時に、しばしば
登場するのが決まり文句の見出しです。編集者はあれこれ考えずに見出しが付くし、読者もすぐ意味が分かる……。
「手あかの付いた表現。独創性がない」と批判もありますが、「マンネリにはマンネリの味がある」との見方もあります。
■ 南伸坊さんからのエール
夏と言うと白クマ。イラストレーターでエッセイストの南伸坊さ
ん=写真=は、私が新人編集者だった頃、こう書きました。
(前略)古来、白クマくんが話題になるのは、暑いさかりで、例
外なく彼は「グッタリ」とか「ウンザリ」するのである。
新聞に9センチ×17 センチくらいの、大きな写真が掲載されて
いて、それが北極グマらしいのを認めたボクの間髪を入れずに、口
をついたフレーズがすなわち「あっ、白クマくんもぐったり!」だ
(上)
南伸坊さん
(右)
週刊朝日
から引用
(下)①08/7/21 朝刊社会面(東京)
ったわけで、確認のために、本文にあたってみると、まさしく白ク
マくんはぐったりしているのだった(後略)。週刊朝日 1985/9/27=右上図
ただ南さんは、「白クマくん」を批判しているわけではありませ
ん。同じ記事には「『夏の風物詩』というほうがあたっている」と
の一節もあり、好意的に受け止めておられるようです。
南さんの記事が出てから 30 年以上たちましたが、社内のデータ
ベースで調べると、「白クマ」と「ぐったり」のペアは毎年のよう
(下)②「白クマ」と「お中元」が登場する記事
に登場し、近年も健在でした =図①。この例の場合、氷をもらって
「ぐったりからシャキッ」へ変化しています。この「白クマ」と「(氷
の)お中元」もデータベースを検索すると、複数の事例が出てきま
した=図②。これもまた、「夏の風物詩」ですね。
(
左
)
③
00
/
5
/
24
■ サルも、ペンギンも、トナカイも
暑さで「ぐったり」するのは、白クマ君だけではありません。同
様に調べると、いろいろな動物の例が見つかりました。
まずはサルから。いかにもだるそうなサルの写真を添えた「サル
長
野 鳥
版 取
版
もぐったり」という例=図③=が長野なら、真夏日で「ニホンザル
もぐったり」=図④=が鳥取と、列島の東西を問いません。
各地で今年の最高気温を記録すれば、北極圏に生息しクリスマス
がお似合いの「トナカイもぐったり」するでしょう=図⑤。
川崎で気温が 33.6 度に達すれば、「暑さにぐったりレッサーパ
(下)⑤
14/5/13 秋田版
ンダ」も無理ありません=図⑥。姫路でも同様です=図⑦。
主に南極大陸に生息するペンギンも、暑さには勝てません。最高
気温が 35 度以上の猛暑日が続く名古屋では、
「ペンギンぐったり」
(
下
)
④
14
/
7
/
9
(右)⑥02/7/10 川崎版
(下)⑦13/7/10 播磨・姫路版
=図⑧=という光景が動物園で見られたのでした。
「暑いのは人間だけではない」という共感や、写真を添え視覚的
に暑さを強調できる点が、「動物ぐったり」頻出の理由でしょう。
(上)⑧13/8/16 夕刊社会面(中部)
■ 「水銀柱」と「ウナギ登り」
夏の決まり文句では「水銀柱もウナギ登り」も有名です。気温
と言えば水銀柱のイメージには根強いものがあります=写真。
データベースでは、そのものずばりの「水銀柱もウナギ登り」
は見当たらなかったものの、「水銀柱あがって町は夏姿」=図⑨、
「水銀柱急上昇」=図⑩、「水銀柱ぐんぐん」=図⑪=など、「ウナ
ギ登り」とほぼ同じ意味の事例がありました。「急上昇」の例は、
に使うのは難しいようで、最近の使用例はありませんでした。
一方、「ウナギ登り」の方は、今も「急上昇」の代名詞として
多用されています。紙面の事例では、「ビアガーデン人気ウナギ
登り」=図⑫=や「ウナどん
(
右
)
⑩
01
/
4
/
20
岐
阜
版
)
ただ水銀の使用規制が進む現在、「水銀柱」を温度計の代名詞
(
左
)
⑨
71
/
5
/
12
夕
刊
社
会
面
東
京
(
見出しの背後に直射日光風の斜線を描く凝りようです。
(
右
)
埼
玉
県
熊
谷
市
の
温
度
表
示
板
。
表
示
は
手
動
。
(左)⑪03/8/7
朝刊1面(北海道)
ウナギ登り」=図⑬=のように、気温
よりも、人気や価格の急騰に用いる方が多いようです。
■ 「暑いゾウ」「暑いでごザル」
(上)⑫13/7/12 朝刊社会面(東京)
(下)⑬70/6/8 朝刊社会面(東京)
白クマ君にニホンザルやトナカイ、ペンギン、それにウナギと、
夏の決まり文句には動物が多用されていますが、その変形版とし
(左)⑭69/8/14
夕刊社会面(東京)
(下)⑮06/7/12
朝刊社会面(東京)
て、動物を使っただじゃれ見出しもあります。
すぐ思いつく「暑いゾウ」は、まさか実際には紙面化されてい
まいと思いつつも、念のため調べると、実例がありました =図⑭。
ぐったりしたゾウの写真にぴったりかもしれませんが、ちょっと
恥ずかしい。冬が来たら「寒いゾウ」にするのでしょうか。
サルがぐったりした写真に添えた「ニホンは暑いでごザル」の
見出しもありました=図⑮。暑いとぼやくだけでなく、氷をもらっ
て喜ぶ「涼しいでごザル」というパターンもあります=図⑯。
決まり文句の変形としては、動物ではなく雷様 =写真右下=を使
(下)⑯00/7/31 札幌版
った見出しも時折見かけます。いえ、「雷様」と敬意をもって呼
びかけるのではなく、「早朝、雷公暴れる」=図⑰=とか、「雷公
ひと暴れ」=図⑱=とか、「雷公」呼ばわりしています。
このうち「ひと暴れ」の見出しは、文字の背景に稲妻を連想さ
せる渦巻きをあしらっています。視覚的に雷を強調する編集者の
手法ですが、最近はこうした「地紋」(見出しの背景の模様)を
見かけなくなりました。この事情は別の機会に取り上げましょう。
■ いつも同じで安心
さて、夏の決まり文句について、前に私が書いたコラムを再掲
します=図㉓。全体に自虐的トーンですが、「夏の風物詩」で結ぶ
あたり、冒頭でご紹介した南伸坊さんの影響がうかがえます。
その南さんは、先の週刊朝日の記事の中で、「白クマ君」など
新聞の決まり文句について、こうも語っておられます。
毎年、やはり白クマ君にはすまないが、残暑にはグッタリした
り、ウンザリしてもらうのがいいのだろう。我々は次々に目先を
かえてほしいと思っているけど、一方、いつも同じで安心する、
ホッとする時間もやはり愛しているのである。
言い訳するのではありませんが(してるけど)、マンネリには
マンネリの味があると支持して下さる方もいらっしゃるのです。
=
高
精
細
デ
ジ
タ
ル
複
製
、
建
仁
寺
提
供
(
上
)
「
風
神
雷
神
図
屏
風
」
の
「
雷
神
図
」
(右)⑰75/9/5
夕刊社会面
(東京)
朝
刊
社
会
面
(
東
京
)
朝
刊
社
会
面
(
大
阪
)
(
左
)
⑱
75
/
5
/
28
(
左
)
⑲
97
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7
/
1