「アジアの風・中東の嵐」 第9回 日本とASEANの夜明け㊦ 2015 年のASEAN経済統合に向けて(連載 2 回目のうちの最終回) ASEAN(東南アジア諸国連合・加盟 10 カ国)が 2015 年に経済統合される。最終 回の今回は、ASEAN加盟各国の強みと特徴を考察、なぜASEAN経済共同体(A EC)が必用なのかを考える。また、世界の自由貿易協定の中でのASEAN経済共同 体の立ち位置と、その特色を考察する。さらには、世界貿易の全体像の中からASEA N経済共同体の方向性、日本の課題を考察する。日本とASENの夜明けとは、日本に とっては、アジアの真の友人を求め、互恵平和の精神で、経済、政治、ハイテク、文化 などあらゆる分野で、関係を深める悠久なる旅の時代の到来を告げている。 ◎米ソ冷戦を引きずっていたASEAN 「『昔はチャイナ・プラスワン』と言ったが、今ではチャイナ・リスク、チャイナ・ パッシング、あるいはチャイナ・スルーという。日本の特命全権大使の公用車の日本国 旗をもいでも謝罪しなかったり、暴徒が日本企業を襲撃したり、日本人を嫌いだと公言 する人々は、真の友人なのかと、疑問が出てくるのは自然なことだ。しかもPM2・5、 毒入り食品、鶏インフルエンザ、国家お雇いのサイバー・テロ部隊と、次から次へと出 てきて、一体どうなっているのかと、考え込んでしまう。善良なる隣人と付き合いたい のは、国も町内会も一緒。それでは、悪意のない隣人を探すということになるのは自然 のことです」とジャカルタの商社員。 筆者(牛久保)は産経新聞バンコク支局長時代のアジアの取材といえば、戦争と紛争 が主な仕事だった。 カンボジア紛争はヘン・サムリン政権に対して、シアヌーク派、ソンサン派、ポル・ ポト派がゲリラ闘争を展開、ベトナム軍がカンボジアに 10 年間も駐留していて、いつ まで戦うのかと思ったものだ。今では、プノンペンは平和な街に戻った。 ミャンマーは、ネ・ウインが裏で糸を引いている軍事政権側が、少数民族への攻撃の 手を緩めず、野党指導者アウン・サン・スーチー女史をヤンゴンの自宅に軟禁したまま、 残酷なる手法で民主化を求める反政府勢力を容赦なく弾圧した。 フィリピンでは、マラカニアン宮殿陥落を現地取材、外国人客が遠のいて、外国から の投資が冷え込み、マニラには強盗団が出没していた。 1 ベトナムでは、米兵 5 万 8000 人、北ベトナム人 178 万 5000 人以上が死亡したベトナ ム戦争の後遺症が残り、米・ベトナム関係が冷え切っていた。今では、ベトナムにとっ て米国は頼りがいのある友人で、したたかにも米国を中国牽制の盾に使っている。まさ に、隔世の感のあるASEANではある。 目を南西アジアに移すと、当時はインドのラジブ・ガンジー首相暗殺、パキスタンの ジア・ウルハク大統領暗殺(専用機の爆破テロ)などを取材、タイとアフガンの難民キ ャンプに取材に行くと、目を見張る数の難民の痛々しいやせ衰えた姿に圧倒されたもの だ。 このように、アジアは戦争と紛争と残酷が絶えなかったのである。今のASEANは どうか。そんな所はない。どこへ行っても、一応、平和であり、一応、安全だ。 米ソ冷戦の東南アジアにおける米国の友邦としてASEANは発足、長い間、米ソ冷 戦の影響を引きずっていたが、旧ソ連が消えてロシアに生まれ変わった今、ASEAN 各国はそれぞれ自分の考えで、歩みを進めているのである。 ◎ASEAN10 は別の顔 ASEAN各国はそれぞれ別の強みと特色を持つ。 まず、タイだ。東南アジアで植民地にならなかったただ一つの国で、独自の文化を歩 んできた。国民の大半が仏教徒であり、仏教は民族、国王とともに国家を統合する大き な柱だ。人口は 6815 万人、GDPは 3188 億ドル。1980 年代以降、日本をはじめ外国 の企業の受け入れを積極的に行い、経済発展に成功した。日本とタイは 600 年以上の交 流の歴史があり、伝統的に友好国だ。タイにとって、日本は最大の貿易相手国で、日本 へのコンピューター、魚介類、肉類、半導体などの電子部品が輸出されている。日本へ の輸出額は、1 兆 4952 億円にのぼる。ASEAN屈指の製造業中進国の位置にあり、 タイの魅力は①サポート産業の充実②充実したインフラ③地政学的メリット④ASE AN総括拠点――だ。 次に、シンガポールだ。貿易・金融の中心としてASEANの経済をリードした。東 洋と西洋の交流する場所に位置する多民族国家だ。エレクトロニクス産業によって急速 な発展を遂げた。人口は 514 万、GDPは 2227 億ドル。東南アジアで活動する日系企 業のビジネスの拠点でもある。2002 年に締結した「日本・シンガポール新時代経済連 携協定」は貿易や投資・金融・情報処理・人材育成などを含めて、二国間経済連携を目 的にしたもので、日本にとって初めての経済連携協定だ。シンンガポールから日本への 輸出は、半導体などの電子部品、コンピューター、化学製品、石油製品などで、5705 億円だ。シンガポールの魅力は①投資政策②情報・金融のセンター③アクセス良好④英 語と人材――にある。 3 番目は、インドネシアだ。赤道直下に 1 万 8110 の島々から成る多民族国家、AS EAN最大の世界 4 位の人口を持ち、世界で一番、イスラム教徒の多い国だが、信仰は 2 自由である。人口は 2 億 3252 万人、GDPは 7066 億ドル。多様な文化・民族・宗教を 尊重し、 「多様性の中の統一」が特色。1997 年のアジア通貨危機では、経済的に大きな 影響を受けたが、その後は、民間消費や輸出に支えられて経済は回復し、現在は世界か らの投資誘致に積極的に取り組んでいる。日本はインドネシアにとり最大の貿易国、イ ンドネシアは日本にとって重要なエネルギー供給国だ。インドネシアに旅行する日本人 は年間 48 万人と、世界 2 位であり、日本人旅行者の人気の旅行先でもある。インドネ シアの強みは①若くて豊富な人口②安定的な政治基盤と堅調な経済成長③豊かな天然 資源④内需主導型経済と増加する中間層⑤親日的な国民⑥広大な国土(日本の 5・1 倍) ――である。さらには①海外からの直接投資(1 兆 5000 億円=2011 年)②投資優遇策 ③外部格付が高い――などが挙げられる。 4 番目は、カンボジアだ。世界遺産のアンコール遺産を持つ農業国。インドシナ半島 の中央に位置し、母なる大河メコン川と広大なトンレサップ湖の恵みで豊かな自然に囲 まれている。北部国境地帯の大部分が森林地帯である森林国だ。長い間、内戦で苦しん できたが、1991 年に和平が実現、現在では外国投資や外国人観光客も増えている。A SEAN加盟は 1999 年と遅れたが、カンボジア加盟により懸案のASEAN10 が実現 した。主要な産業は、農業とアンコール遺産に代表される観光業。日本との関係は古く、 朱印船貿易時代に、日本町があった。カンボジアの強みは①今後の成長が見込める②ホ ーチミン市(ベトナム)とのコネクティビリティー②タイ東北部とのコネクティビリテ ィーなどである。 5 番目は、ベトナムである。16 世紀から日本との交流、近年は観光地として人気があ る。1976 年に南北統一し、50%以上が農業に携わり、市場経済システムを導入し、外 国に対して開放的なドイモイ政策(刷新)により、目覚ましい発展を遂げている。人口 は 8836 万人、GDPは 1036 億ドル。南北に長い地形が生む地域色や、中国、フランス の文化が色濃く残っている。過去 10 年間で日本人観光客が倍増、両国間で政治・経済・ 文化など様々な交流が行われている。ベトナムの魅力は①廉価で豊富な労働力②地政学 的なメリット③安定政情と、良好な治安④国内市場の成長――である。 残りの 5 カ国は、長くなるので、省略する。 ◎ASEANの貿易の特色 ASEAN10 カ国の輸出と輸入を見ると、輸出は 1 兆 2671 ドル、輸入は 1 兆 2254 ドル。輸出の場合、域内輸出が 24・5%、中国 12・9%、EU10・4%、日本 10・1%、 米国 8・7%、香港 6・5%、韓国 4・3%、インド 3・4%などが続く。輸入の場合は、域 内輸入が 24・6%、中国 14・3%、日本 10・7%、EU8・9%、中東 8・1%、米国 7・6%、 韓国 7・61%などとなっている。 一方、日本の対ASEAN貿易(輸出+輸入)は、約 19 兆 8000 億円で、対世界貿易 (約 134 兆円)の 14・8%を占める。日本の貿易相手国・地域の内訳は、ASEAN14・ 3 8%、中国 20・6%、韓国 6・3%、台湾 4・4%、香港 2・7%など東アジア地域が 48・8% を占める。他には、米国 11・9%、中東 11・1%、EU10・5%となっている。 また、2011 年の日本の対ASEAN直接投資は 1 兆 5491 億円、日本の対外直接投資 9 兆 1262 億円の 17%を締めている。 ◎ASEAN経済共同体の狙い 外務省や日本経済研究センターのレポートなどによると、日本企業がASEANに注 目する理由は、4 つある。①高成長に伴う域内市場の拡大②ミャンマー、カンボジア、 ラオスの「CLM」と呼ばれる後進諸国の胎動③2015 年に結成されるASEAN経済 共同体への取り組み④ASEANが日本、中国、韓国に個別に提携した自由貿易協定網 ――である。 第 1 の「域内需要の拡大」は、ASEANの人口は現在、加盟 10 カ国の合計で 6 億 人、日本と比べて 5 倍程度、2050 年にはASEAN総人口はさらに 1 億 7000 万人増え て 7 億 7000 万人に膨張、日本の 7 倍規模となる。ASEANの中では、インドネシア (2 億 4000 万人)、フィリピン(9300 万人) 、ベトナム(8800 万人)が人口が多く、こ れらの国の市場が注目される。またASEAN10 の名目GDPの合計は 2011 年には日 本の 38%だったが、2016 年に 50%を超え、2020 年には、2 兆 2000 億ドルと、2008 年 の 2・6 倍に跳ね上がる見通しだ。ASEANの内需拡大は楽しみだ。 第 2 の「CLM」3 カ国の胎動だが、とくに注目されるのが、ミャンマーだ。2011 年 にテイン・セイン大統領率いる新政権が発足、日本企業の進出などミャンマー・ブーム が続いている。6000 万人を超える市場、廉価な労働力、膨大なインフラ需要を当て込 んで、日本企業が続々と進出している。カンボジアは 2012 年、日本の進出企業数では 40 件と、前年の 2 倍に増えた。 第 3 のASEAN経済共同体への取り組みであるが、2015 年の結成を決め、ASE AN「単一の市場と生産基地」が誕生する。域内での物品・サービス貿易、資本移動、 熟練労働者の移動などが自由化される。物品貿易の域内関税撤廃は、2010 年 1 月から シンガポール、タイなど先行 6 カ国が実施、2015 年には残るカンボジア、ラオス、ミ ャンマー、ベトナムの 4 カ国が追随する予定だ。ASEANが政治ではなくて、経済で 1 つになる意味は、日本にとっても大きいのだ。 第 4 のASEANと日本、韓国、中国と個別に提携した自由貿易協定(FTA)網で あるが、ASEANは既に日本、中国、韓国、インド、オーストラリア、ニュージーラ ンドとの間で「ASEAN+1」という形で、個別にFTAを発動した。このFTA網 を通じて、ASEAN域内から域外へと製品を輸出することが出来るようになった。日 本から中国への製品輸出も、日本企業がASEAN・FTAを利用して、ASEAN域 内の工業から中国へ輸出することが可能になる。 こうして、日本企業のASEAN重視の勢いがつく。中国から、インドネシア、ミャ 4 ンマー、ベトナム、タイ、フィリピン、マレーシアなどに投資をシフトする日本企業が 増えている。アジアの日本の「真の友」を求めて、日本の製造業だけでなく、非製造業 も進出を本格化させている。同様に、欧米、中国、韓国企業などもASEANに注目、 生産設備や販売網の拡大を模索している。 ◎ASEANの魅力 ASEANを他の地域経済統合体と比較する。ASEANは人口 5 億 9791 万人、G DP2 兆 1351 億ドル、一人当たりGDP3571 ドル、貿易額 2 兆 4925 億ドル。欧州連合 (EU、加盟 27 カ国)は人口 4 億 9526 万人、GDPは 17 兆 5522 億ドル、一人当たり GDPは 3 万 5440 ドル、貿易は 11 兆 8131 億ドル。北米自由貿易協定(NAFTA、 加盟 3 カ国)は人口 4 億 6087 万人、GDPは 17 兆 9854 億ドル、一人当たりGDPは 3 万 9025 ドル、貿易は 5 兆 3800 億ドル。南米共同市場(MERCOSUR、加盟 5 カ 国)は、人口 2 億 7663 万人、GDPは 3 兆 3097 億ドル、一人当たりGDOは 1 万 1964 ドル、貿易は 8472 億ドル。 ASEANは人口規模では他の地域経済共同体を上回っているが、経済規模ではEU、 NAFTAを大きく下回る。ASEANは、人口増に加えて、経済活動が活発になるこ とが見込まれ、将来は、大きく飛躍することになるだろう。 ◎日本も新しい対応を ASEANを舞台に米国と中国の主導権争いが始まっている。米国はミャンマーを取 り込み、ベトナム、フィリピン、シンガポールを味方につけた。一方、中国はカンボジ ア、ラオスと仲が良い。米中等距離で模様眺めなのが、インドネシア、タイ、マレーシ ア、ブルネイである。 日本は 1977 年、ASEAN外交の基本原則として福田ドクトリンを発表、①日本は 軍事大国にはならない②心と心の触れ合い③対等のパートナーの3本柱を宣言した。A SEANでの米中角逐が勢いを増す中、ASEAN経済統合に向けた、日本の新しい外 交の基本原則となる安倍ドクトリンを打ち出すことを期待したい。 (JaLSA主任研究員、元産経新聞バンコク支局長、埼玉県参与、牛久保順一) 5
© Copyright 2024 Paperzz