Discovery-Driven Planning (仮説指向計画法)の紹介

 【マネジメント】
Discovery-Driven Planning(仮説指向計画法)の紹介
∼新規 R & D テーマの意思決定において
経営者が納得できる事業計画をどう作るか?∼
小川 康 インテグラート(株) 代表取締役社長
〒 102-0093 東京都千代田区平河町 1-8-3 Tel:03-5212-5533 Fax:03-5212-5534
E-mail:[email protected]
《PROFILE》
略歴:
1989 年
1989 年∼ 98 年
1998 年∼ 99 年
1999 年∼ 2001 年
2001 年∼ 03 年
2003 年
2008 年
東京大学工学部都市工学科卒
東京海上火災保険(営業・営業企画・国際)
インテグラートでインターン
ペンシルバニア大学ウォートンスクールにて MBA 取得(MBA,起業学・ファイナンス)
留学中,マクミラン教授の研究センターに勤務
米国系戦略コンサルティングファーム ブーズ&カンパニー勤務
インテグラートに復帰
社長就任,現在に至る
所属学会:研究・技術計画学会,日本価値創造 ERM 学会,日本リアルオプション学会
仮説指向計画法(DDP),戦略意思決定手法(SDM)に基づくビジネスシミュレーションソフトを開発し,
製薬会社の製品開発,電力・ガス・化学メーカー等の投資意思決定支援に豊富な実績を持つ。
筆者は,1999 年から 2001 年までの 2 年間,マクミラン教授の研究センターに勤務し,直接指導を受ける機会に恵ま
れた。現在も折に触れマクミラン教授に助言を受け,不確実性下の計画立案とシミュレーション手法の開発に取り組
んでいる。
2 Discovery-Driven Planning とは
1 はじめに
新規 R & D テーマの意思決定において,経営者を説
Discovery-Driven Planning(DDP)は,ペンシルバニ
得する数字を出そうと,多々苦心した経験をお持ちの方
ア大学ウォートンスクールのイアン・マクミラン教授
は多いと思う。そして,数字を出しながら,こんな数字
とコロンビアビジネススクールのリタ・マグラス教授
を出しても絵に描いた餅ではないか,と不本意ながら自
によって考案された。DDP では,事業計画は多くの仮
分で思われた方もおられると思う。製品開発や新規事業
説で構成されており,その仮説は外れることがある,と
の不確実性を考慮すると,稟議書に記載する数字が外れ
考える。従って,いつ・どうやって・どの仮説を検証
るだろうと察するのは,むしろ妥当なことである。外れ
するかを設計することが計画には不可欠である,と定
るものであれば,事業計画にその不確実性を織り込まな
義する計画法である。DDP の Discovery は,「発見」と
ければならない。本稿では,このように不確実性を直視
いうよりも,「気付き・学び」というニュアンスに近い。
した考え方に基づく計画法 Discovery-Driven Planning
Discovery-Driven とは,学びに基づいて計画を実行して
をご紹介する。
いこう,という意味であり,学習ベースの計画法と呼ぶ
実行重視の
見切り発車
DDP
(仮説指向計画法)
経営目標
柔軟性のない計画
経営目標
経営目標
経営目標:あいまい
推進方法:小さく,とりあ
えず状況に合わせて変更
経営目標:明確
推進方法:計画実行に伴い学んだ
知識(discovery)を活用し計画を
修正しながら目標に進む
経営目標:明確
推進方法:全計画を決定。
状況が変わっても続行
図 1 DDP と他の計画法の違い
研究開発リーダー Vol.9, No.4 2012
17
こともできる。見切り発車や固定的な計画ではなく,あ
を定義する。値に幅を付けない項目は,不確実性を考慮
らかじめ洗い出した仮説を検証する学習プロセス,およ
しなくて良いものである。下記の図 2 は,利益を因数
び学習に基づく修正を計画し,学習と修正を目標達成ま
分解して仮説を洗い出し,仮説の値に幅を付けたイメー
で継続することが DDP の大きな特徴である。
ジである。
DDP は,「逆損益計算法」と「マイルストン計画法」
値を考える際には,過去の事例や類似製品等からベン
で構成されている。「逆損益計算法」によってまず仮説
チマークを探して参照することが望ましい。そして,幅
を洗い出し,「マイルストン計画法」で仮説検証のタイ
を考える際に,どのような場合に最大値(High)が達
ミング・方法を検討する。以下,それぞれについて解説
成可能となるのか,どうすれば最小値(Low)を避ける
する。
ことができるかを考える。このように一つ一つの仮説に
関して検討を進め,事業計画の成功要因と失敗要因の理
解を深めていく。
2.1 逆損益計算法
どのように,あるいは,どこまで細かく因数分解すれ
逆損益計算法とは,損益計算書が最後に利益を計算す
ば良いか,という点に対しては,具体的に計画の実行活
るのに対して,利益からスタートし,利益を因数分解す
動と結び付くレベル,具体的に最小値(Low),最大値
ることによって,利益を生み出す要素を洗い出す手法で
(High)を考えられるレベルが適切である。例えば,販
ある。利益はまず売上と費用に因数分解されるが,特に
売活動が地域別に行われるのであれば地域別,法人規模
重要なのは,売上の因数分解である。新製品や新規事業
に分けて行われるのであれば法人規模別に因数分解する
の初期段階では,どこの誰が何をいくらで買ってくれる
とよい。因数分解の方法は,一つの事業にも様々な分解
と想定するのか,計画が曖昧になりがちである。この因
の形がありうるので,実行活動と結び付いた因数分解が
数分解は,曖昧な考えに明確化を促すプランニングの重
できるように,具体的な議論ができるように,試行錯誤
要なステップであり,この段階を難しく感じるというこ
が必要である。
とは,事業の理解が不足していることに他ならない。費
逆損益計算法は,利益や売上は,単なる計算結果に過
用の因数分解は,売上の因数分解よりも一般的には容易
ぎないと考え,その構成要因に注目する。構成要因を考
であり,時間をかけても新たな気付きは売上ほどには得
える因数分解と,値の幅を考えるプロセスは,事業構造
られにくい。
の検討を深め,リスク(確からしさ)について理解する
利益を因数分解して得られた項目の内,値が確定して
プロセスである。逆損益計算のプロセスを一通り終える
いないものを仮説と呼び,値の幅を考える。幅について
と,その事業計画を構成する仮説と,それぞれの仮説に
は,基準値(Base)と,最小値(Low)
・最大値(High)
幅が設定された一覧表が作成される。
利益の構成要因を因数分解
確定していないデータを
仮説と呼ぶ
最小値
利益(NPV) −
収入
費用
×
+
基準値
製品価格
市場規模
3,000 台 ∼5,500 台 ∼12,000 台
開発費
製造原価
販売管理費
初期投資
18 億円 ∼ 36 億円 ∼
研究開発リーダー Vol.9, No.4 2012
54 億円
仮説
24 億円 ∼ 80 億円 ∼ 180 億円
40 億円 ∼ 60 億円 ∼
90 億円
20 億円(契約によって確定済み
=仮説ではない)
図 2 利益の因数分解と,仮説の洗い出しのイメージ
18
最大値
300 万円 ∼400 万円 ∼ 450 万円
Discovery-Driven Planning(仮説指向計画法)の紹介
仮説名
基準値
初年度市場規模
最小値
最大値
マイルストン計画法も,逆損益計算法と同様に,極め
5,500
3,000
12,000
てシンプルで理解しやすい考え方である。いつ・何を・
8.90
8.70
9.30
どうやって確かめるかというのは,まさに時間軸に沿っ
6
5.4
6.6
20
18
21
て事業計画を考えることそのものである。とりあえず
5%
3%
8%
30%
20%
43%
いう重要な学習機会を見過ごすおそれがある。時間軸に
5%
4%
6%
沿ってマイルストンを考えることによって,事業の理解
製造原価
製造要員人件費 / 一人
ライン当り必要製造要員数
市場成長率(5 年間)
ピーク時シェア
修繕費率
実行してみよう,という進め方では,仮説を検証すると
16
12
18
が一段と深まり,リスクへの備えが可能となるのである。
価格下落率(5 年間)
5%
2%
8%
また,マイルストン計画法では,次のマイルストンに
ライン当り建設費
450
420
500
ライン当り光熱費
2
1.6
2.4
注文当り必要訪問回数
7
5
10
販売員人件費 / 一人
8
6.4
12
れていることに注意が必要である。この点,過去投資を
一人当り訪問可能回数
2
1
3
評価せず,マイルストンごとに今後の投資の意思決定を
製品価格
初期投資
20
仮説ではない
移行する条件を確認することが重要なのではなく,各マ
イルストンで仮説を検証し,学習することに重点が置か
行う考え方とは,大きな違いがある。もちろん,今後の
投資の意思決定に,今までの活動から学んだ知識を反映
図 3 仮説一覧表
すれば良いのだが,現状では学習する仕組みが確立され
ていない企業が多いのではないだろうか。
2.2 マイルストン計画法
逆損益計算法で設定された仮説は,外れることがある。
マイルストン計画法では,外れることがあることを踏ま
2.3 DDP とステージゲート方式の違い
えて,いつ・どうやって・どのように仮説を検証するか
DDP がステージゲート方式に似ているように感じる
を計画する。当初には持っていなかった知識を計画的に
方もおられると思うが,イノベーションのジレンマを指
獲得し,その知識に応じて以降の計画を修正する,とい
摘したことで有名なハーバードビジネススクールのクリ
う考え方である。この考え方に基づいて,各仮説を検証
ステンセン教授は,伝統的なステージゲート方式では,
するタイミングを設定したのが下の表である。
仮説を曖昧にしたまま財務予測を判断基準に用いがちで
マイルストン
マイルストン 1 マイルストン 2 マイルストン 3 マイルストン 4 マイルストン 5 マイルストン 6 マイルストン 7 マイルストン 8
フィージビリティ
・スタディ
製品開発
×
×
×
製造要員人件費 / 一人
×
×
×
×
ライン当り必要製造要員数
×
×
×
×
仮説名
コンセプト完成
初年度市場規模
×
製造原価
×
市場検証
生産開始
×
販売開始
競合他社品への 損益分岐点への
初期対応
到達
×
×
×
市場成長率(5 年間)
×
×
×
×
×
ピーク時シェア
×
×
×
×
×
修繕費率
×
×
×
×
製品価格
×
×
×
×
×
価格下落率(5 年間)
×
×
×
×
×
ライン当り建設費
×
×
ライン当り光熱費
×
×
×
×
×
注文当り必要訪問回数
×
×
販売員人件費 / 一人
×
×
×
×
×
一人当り訪問可能回数
×
×
×
図 4 マイルストン一覧表
研究開発リーダー Vol.9, No.4 2012
19
あるのに対し,DDP では仮説の検証と修正に注目する
点を主な違いとして挙げている
※ 1)
。仮説が曖昧であれ
ば,鉛筆をナメて稟議を通すことは簡単だ,というよう
な,なかなか言いにくいことを鋭く指摘しており,関心
のある方には引用文献のご一読をお勧めしたい。
DDP は,実にシンプルで,かつ要点を押さえた方法
である。しかも,学習に重点を置いているため,自社の
強みを強化するためにも有用と言えるだろう。とはいえ,
実際に運用してみると,利益の因数分解や,マイルスト
ンの設定に苦労することは多い。仮説の検証が,多忙に
かまけておろそかになることもあるかもしれない。この
ような苦労の意義を,クリステンセン教授は以下のよう
に表現している
※ 1)
。
イノベーションの失敗はたいてい,重要な質問を
しなかったことがそもそもの原因であり,答えが不
正確だったことではない。
なぜその因数分解なのか,どこにマイルストンが設
定できるのか,なぜその仮説を適切と考えるのか,DDP
の考え方を活用して,新たに重要な質問を投げかけてみ
てはいかがだろうか。DDP が各位の新たな製品・サー
ビス実現の一助となれば,誠に幸いである。
引用文献
※ 1)「財務分析がイノベーションを殺す」クレイトン M. クリステンセ
ン他,DIAMOND ハーバードビジネスレビュー 2008 年 9 月号
参考文献
1)「未知の分野を制覇する仮説のマネジメント」リタ・G・マグラス,
イアン・C・マクミラン,DIAMOND ハーバードビジネスレビュー
1995 年 10-11 月号
2)「コーポレートベンチャリング―実証研究・成長し続ける企業の条
件」Z・ブロック,I・C・マクミラン,ダイヤモンド社
3)「アントレプレナーの戦略思考技術―不確実性をビジネスチャンスに
変える」リタ・マグレイス,イアン・マクミラン,ダイヤモンド社
4)「儲けの戦略―新規事業の計画・評価・検証」大江建,北原康富,
東洋経済新報社
5)「不確実性分析実践講座」福澤英弘,小川康,ファーストプレス
20
研究開発リーダー Vol.9, No.4 2012