スーパービジョン~スーパーバイジーとしての役割~

スーパービジョン~スーパーバイジーとしての役割~
石塚綾子
酒井貴美 中嶋暖子
1.はじめに
私たちは、社会福祉援助技術現場実習(以下、実習とする)での、自己の体験を振り返
った。そして、メンバーの共通点に自分の思っていること・考えていることをスーパーバ
イジー(以下、バイジーとする)としてスーパーバイザー(以下、バイザーとする)に、
伝えることをしなかったということがあった。
この共通点から、実習担当教員との面談を通し自分たちの課題について話し合ったとこ
ろ、メンバー間での自己開示の理解が異なっていたことに気がついた。そして、話し合い
を進めていくと自己開示そのものを理解していなかったことがわかった。また、自分の気
持ちを伝える前に、自分の行ったことをバイザーに伝えていなかった。そのため、スーパ
ービジョンのサイクルが成り立っておらず、自分の課題の解決に至らなかったのだと考え
た。そこで、スーパービジョンについての文献を調べていると、バイジーの役割として、
指導の結果をバイザーに報告しなければならないということがあげられていた。このこと
から、私たちはバイジーとしての役割を果たせていなかったことがわかった。そのため自
己の専門性の向上につなげることができなかったのではないかと考える。
そこで、自分たちのバイジー体験と関連付けて、バイジーとしての役割を研究していき
たいと考え、このテーマを設定した。
2.研究の方法
①実習中のバイジー体験について話し合う
②共通する課題と実習担当教員からの助言をもとに、テーマを設定する
③スーパービジョンについて資料・文献を収集し、定義する
④バイザーとバイジーとしての役割について資料を収集する
⑤収集した資料・文献をもとに、スーパービジョンモデルを作成する
⑥実習の体験をもとに、仮事例を作成する
⑦仮事例を検討し、バイジーとしての役割を考察する
⑧今後の課題を明確にする
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3.定義
【スーパービジョンの定義】
ソーシャルワークにおけるスーパービジョンとは、ソーシャルワークを行う施設や機関
において、スーパーバイザーによって行われる専門職としてのソーシャルワーカーを養成
する過程である。
(引用文献:社会福祉士養成講座編集委員会編『新・社会福祉士養成講座8
中央法規
2010 年
相談援助の理論と方法Ⅱ』
p. 185)
【スーパーバイザーとスーパーバイジーの定義】
スーパーバイザー
スーパービジョン関係において指導・助言する側であり、実践の経験や知識・技術を
持った熟練した援助者を指す。
スーパーバイジー
スーパービジョン関係において指導・助言を受ける側であり、経験の浅い援助者を指
す。
(引用文献:柳沢孝主・坂野憲司編『相談援助の理論と方法Ⅱ――ソーシャルワーク』弘文堂
2009 年
p.97)
【スーパービジョンのサイクル】
図1
実践
助言
計画
吟味
開示
スーパーバイジー
評価
スーパーバイザー
考察
(社会福祉援助技術総論の講義ノートを参考に加工して作成)
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【スーパービジョンの機能】
Ⅰ.管理的機能
スーパーバイジーが“何をしたか”、“これから何をしようとしているか”を確認するこ
とにより、組織の一員として活動するために、能力を発揮できる職場環境を整えることに
つながる。
Ⅱ.教育的機能
スーパーバイジーに、新たな知識、技術を教えることだけでなく、今まで得た知識、技
術を業務に結び付け、すでに業務に用いられていることを意識化させる。また、今後学ば
なければならない内容や分野などの不足部分を明確化する。
Ⅲ.支持的機能
悩み、不安、自信のなさなどをスーパーバイザーに確認してもらうことで、スーパーバ
イジーは自分が専門職としてどの状態にいるのかを明確化できる。
【スーパーバイザーがスーパービジョンを実施する際、確認すること】
図2
機能の確認
明確にするポイント
Ⅰ.管理的機能
・自分のおかれている立場
“何をしたか”
・援助目的、計画援助期間
“何をしようとしているか”
援助内容、具体的効果
・理論、知識
・技術、情報、効果
・価値、限界
Ⅱ.教育的機能
・課題
“何が不足しているか”
Ⅲ.支持的機能
・悩み、不安、自信がない
“何を悩んでいるか”
(福山和女編著『ソーシャルワークのスーパービジョン―人の理解の研究―』ミネルヴァ書房
2005 年
P.205 図2.スーパービジョンのチェックリストを参考に作成)
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4.先行研究からの考察
『3.定義』の【スーパーバイザーがスーパービジョンを実施する際、確認すること】か
ら考えられるバイジーの役割を考察した。
図3
バイジーの役割
バイザーが明確にするポイント
Ⅰ.管理的機能
(1)利用者と関わった目的
・自分のおかれている立場
(2)いつ・どこで
・援助目的
(3)活用した技術
・計画援助機関
(4)活用した知識
・援助内容
(5)技術・知識を活用した効果
・具体的効果
(6)価値観
・理論、知識
を明確にする。
・技術、情報、効果
・価値、限界
Ⅱ.教育的機能
(7)課題
課題
を具体的にする。
Ⅲ.支持的機能
(8)悩み・不安・自信のないこと
悩み、不安、自信がない
を開示し、自己受容する。
5.スーパービジョンモデル
※以下、
をバイザー、
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をバイジーとして表す。
【スーパービジョンモデル】
吟味①
実践したことを確認する
実践したことを自己開示する
【管理的機能】
バイジーは、バイザーが声をかけてきてきたことをスーパービジョンの機会であると
意識する。
吟味②
具体的な内容の開示を促す
(1)利用者と関わった目的
(2)いつ・どこで
(3)活用した技術
(4)活用した知識
(5)技術・知識を活用した効果
(6)価値観
バイザーに対し、ただ出来事だけを話すだけではなく、ソーシャルワークを意識した
かどうかを、(1)~(6)に当てはめて開示する。
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吟味③
不足部分の開示を促す
(1)~(6)で足りなかったと
思ったこと・考えたこと
【教育的機能】
利用者との関わる上で、(1)~(6)のうち、『何が不足していたか』を、考えたことを
開示する。
考察・評価①
助言・指導
助言・指導により考えたこと
『何を補足すべきか』をバイザーからの助言や自分のこれまで学んできた知識と関連
づけて考察し、バイザーに開示する。
考察・評価②
課題の開示を促す
(7)自己の課題
考察と評価から考えられる自己の課題をあげ、バイザーに開示する。
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計画①
助言・指導
課題と助言から計画を立てる
(1)利用者と関わる目的
(2)いつ・どこで
(3)活用する技術
(4)活用する知識
(5)技術・知識を活用し予測される効果
(6)価値観
自己の課題とバイザーの助言から、これらを明確にし、バイザーに開示する。
計画②
悩みや不安の開示を促す
(8)不安・悩み
自信がないことがあれば伝える
【支持的機能】
『何に悩んでいるのか』
、
『何が不安なのか』、
『何に自信がないのか』をバイザーに
開示する。
次の実践へ
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6.仮事例概要
《基本属性》
利用者A(男性、30 歳、脳性麻痺)
・車椅子を使用
・意思疎通は可能
・簡単な会話は可能
スーパーバイザー:実習担当職員
スーパーバイジー:実習生
実習生は利用者Aの生活場面面接を創作活動時間に試行しようと思い、実習生は利用
者Aが貼り絵の作業を行っている時に話しかけた。実習生は利用者Aに対して「Aさん、
何を作っているのですか?」と聞いたが、利用者Aは実習生の言葉に反応せず、そのま
ま作業を続けていた。利用者Aのこの反応に対して、実習生はどう理解していいのかわ
からず戸惑っていた。その日の実習終了後、この体験を実習担当職員に打ち明けた。
【仮事例】
吟味①
今日の実習どうだった?
利用者Aさんと
コミュニケーションが
うまく取れませんでした。
自己開示ではなく、ただの報告になっている。
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吟味②
どういうこと?
Aさんの(1)障害の理解と介助の方法を学ぼうと
思って、(2)創作活動の時にAさんと
コミュニケーションをとろうと思ったんです。
…
ここでのバイジーの開示した内容を(1)~(6)の役割に当てはめてみると、
(1)利用者Aと関わった目的
(2)いつ・どこで
については開示されているが、
(3)活用した技術
(4)活用した知識
(5)技術・知識を活用した効果
(6)価値観
については開示されていない。
考察・評価
Aさんの反応について
あなたはどう思ったの?
どうすればよかったと思う?
私は具体的な質問ができていませんでした。
Aさんは言語コミュニケーションが苦手だと思うので
『○○が気になるのですか?』と具体的な質問をして
Aさんの意思を確認すればよかったと思います。
利用者Aとの関わる上で、(1)~(6)のうち、
『何が不足していたか』を、考えたことを
開示する。しかし、バイジーはなぜそう思ったのか・考えたのかを開示していない。
●場面4
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計画①
そうですね。Aさんは脳性麻痺で言語障害があるので、
開かれた質問に答えるのは難しいです。
職員の関わり方を観察してみてはどうでしょうか。
Aさんは脳性麻痺だから
言語コミュニケーションが苦手なんだ。
Aさんについての情報収集が不足しているな。
わかりました。
バイザーの助言から、バイジーは自分が利用者Aについての情報不足と、障害につい
ての知識不足だということが理解したが、このことをバイザーに開示していない。
計画②
何か不安なことはある?
不安はあるけど……。
いえ、特にありません。
バイジーは利用者Aとのこれからの関わりについて不安を抱いているが、その気持ち
をバイザーに打ち明けなかった。
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仮事例の考察
仮事例の『吟味①』において、バイジーは自己開示ではなく、ただの報告になっている
ことから、スーパービジョンを意識していなかったことがわかる。スーパービジョンはバ
イザーとバイジーが双方向に意識して成り立つものである。そのため、スーパービジョン
を成り立たせるためには、バイジーはバイザーとの関わりを常にスーパービジョンの機会
であると意識する必要があると考える。さらに自己開示の内容が具体的でないと、バイザ
ーは具体的な助言をすることができない。そのため、スーパービジョンの『吟味②』のよ
うに(1)~(6)を意識し、自己の体験を言葉に置き換えて、バイザーへ具体的に開示する必要
がある。それにより、改めて自己の体験を吟味し、考察が深められると考えた。また、そ
の考察から、自己の専門性を評価することで、自己の課題に気づき、次の計画・実践につ
なげることができるのではないかと考える。さらに、スーパービジョンモデルの『計画②』
のように、自己の感情を言葉に置き換えることで、バイザーがその感情に対して助言・指
導することができ、バイジーの自己覚知にもつながるのではないかと考えた。
7.総合的な考察
私たちは、スーパービジョンモデルと仮事例をもとに、自己のスーパービジョン体験を
振り返ったところ、スーパービジョンを活用できるかできないかは、自己開示を理解して
いているか否かによって変化することが分かった。自己開示とは、実践したことだけを伝
えるだけではなく、自己の持っている知識、技術、価値観を自己の体験と関連づけて、開
示することがバイジーの役割だと理解した。そして、バイジーが役割を果たすことで、初
めてバイザーは、バイジーに対して適切な助言・指導をすることができるのだと分かった。
実習終了時、実習担当職員から「今後、専門職として情報の“ひきだし”を増やしてい
って下さい」という言葉をいただいた。そのときは、“知識を増やし、自己の経験値を上げ
ること”だと理解していたが、この研究を進めていくにあたり、私たちは、スーパービジ
ョンを活用することを“ひきだしを整理すること”と捉え、
“ひきだし”は増やすだけでは
なく“整理”することも大切であると感じた。
その“ひきだし”の中には専門職としての知識、技術、価値観が入っているとする。利
用者支援の際、スーパービジョンを活用することができれば、自己の知識、技術、価値観
の“ひきだし”を“整理”することができる。つまり、スーパービジョンを活用しないと
いうことは、
“ひきだし”を“整理”せず、散乱した状態でそのままにしていると言えるの
ではないかと考えた。また、
“ひきだし”の中身を増やすことは、自己の経験や見本となる
バイザーの姿を観察することで、自力で増やすことが可能であると気がついた。そして、
中身を増やしていくだけではなく、
“整理”をしていくことで、自己の専門性の向上につな
がるのではないかと考えた。実践後、そのひきだしを整理することで、知識、技術、価値
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観を改めて見直すことができ、また自己の課題を見つけることができる。そして、次の実
践につなげることができるのではないかと考え、このことは自己の専門職としての成長に
結びつくのではないかと思った。
今回の研究を通して、スーパービジョンは、自己のソーシャルワークを振り返り、専門
性を高めるための大切な過程であることを再認識した。自己の専門性を高めるということ
は、将来関わるであろう利用者の支援につながるとともに、利用者の最善の利益につなげ
ていけるのではないかと考えた。私たちは今後、専門職としての“ひきだし”を増やし、
その都度スーパービジョンを活用して“整理”をしていきたいと思う。
8.終わりに
私たちの発表を最後まで聞いて下さいまして、ありがとうございました。実習施設の職
員の皆様、利用児・者の皆様、大学の教員の皆様、家族、友人、これまで関わってきたす
べての方々に感謝の気持ちでいっぱいです。今日にいたるまでの道のりは、決して簡単な
ものではありませんでした。何度もくじけそうになり、時には投げ出したくなる時もあり
ましたが、実習で得たものを伝えたいという気持ちの方が大きく、私たちは今日この場に
立つことができました。また、多くの方々と関わり、自分たちは支えられて生きているの
だということを実感しました。この経験を自分の宝物とし、胸を張って夢に向かって進ん
でいきたいと思います。
本当に、ありがとうございました。
9.参考文献
・社会福祉士養成講座編集委員会編『新・社会福祉士養成講座8
央法規
2010 年
・社会福祉士養成講座編集委員会編『新・社会福祉士養成講座8
央法規
相談援助の理論と方法Ⅰ』中
相談援助の理論と方法Ⅱ』中
2010 年
・柳沢孝主・坂野憲司編『相談援助の理論と方法Ⅱ――ソーシャルワーク』弘文堂
2009 年
・福山和女編著『ソーシャルワークのスーパービジョン―人の理解の研究―』ミネルヴァ書房
2005 年
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