大雪山旭岳に侵入した低地植物の種子発芽特性

北海道教育大学大雪山自然教育研究施設研究報告 第33 号
大雪山旭岳に侵入した低地植物の種子発芽特性
Reports of the Taisetsuzan Institute of Science No. 33
平成 11 年 3 月
March 1999
大雪山旭岳に侵入した低地植物の種子発芽特性
竹内 健 *・橘 ヒサ子
北海道教育大学旭川校生物学研究室
Seed Germination Characteristics of the Ruderal Plants Established on Mt.
Asahidake, the Taisetsu Mountains
Ken TAKEUCHI* and Hisako TACHIBANA
Biological Laboratory, Asahikawa Campus, Hokkaido University of Education,
Asahikawa, 070-8621 Japan
Abstract
We examined the thermal response of the seed germination of ten ruderal plant species
established on disturbed bare grounds on Mt. Asahidake, of the Taisetsu Mountains. The
seeds of lowland populations of these species were collected from Asahikawa city (100 m
alt.) and those of the upland populations from different altitudes of Mt. Asahidake (above
1,100 m alt. ). Among them, the germination of non-dormancy seeds of the five species such
as Petasites japonicus var. giganteus Kitam., Artemisia montana Pamp., Senecio cannabifolius
Less., Polygonum sachalinensis F. Schmidt. and Rumex obtusifolius L. had begun under the
various thermal conditions after sowing during several days, while the dormancy seeds of the
four species such as Stellaria media L., Poa annua L., Rudobekia laciniata L. and Rumex
accetosella L. were accelerated in germination by the moist chilling and the air drying treatments
conducted from one month to three months before incubations. The hard-coated seeds of
Trifolium repens L. were also accelerated in germination by the abrasive treatment of seed
coats rendering the seeds permeable to water. Except for the seeds of R. obtusifolius, the
remarkable differences of the thermal response of seed germination of the species examined
were not found between the lowland and upland populations. The seeds of three species such
as P. japonicus var. giganteus, S. media and P. annua, which were established on the high
altitudes of Mt. Asahidake (above 1,600m) showed siginificantly high germination rates and
a high speed of germination under the wide range of temperature regimes or even under the
low temperature regimes of 10 to 15℃. On the other hand, the seed of R. laciniata, whose
distribution was restricted to the low altitudes below 430m, had not begun in germination
under low temperature regimes of below 20℃, while the seeds of other six species established
on the middle altitudes (below 1,600 m) showed high germination rates under low temperature
regimes of below 20℃. These results suggested that the seed germination behaviors of the
ruderal plants established on Mt. Asahidake were favorable for colonization in the upland
environments in terms of low temperature and the short growing season.
現所属:Present address
* 美深町立仁宇布小学校 Niupu Elementary School, Bihuka, 098-2208, Japan
− 19 −
竹内 健・橘 ヒサ子
はじめに
大雪山旭岳では昭和 43 年(1968)に旭岳温泉(標高 1,100m)から姿見の池(標高 1,600m)までロー
プウェイが開設され,観光施設や道路の整備・充実に伴って観光客の入り込み数が増加し,車や物
資の搬入なども増大した.植物の種子は風や動物による散布のほかに人や物資に付着して運ばれる
ことが多いため,観光開発等の人為作用が強くなるにつれて低地から高地への移動が激しくなる.
旭岳では標高1,670mの姿見の池石室付近にまで低地に生育する人里植物が侵入し,定着しているこ
とが報告されている(橘ほか,1991). 同様の現象は日本各地からも報告されており,また侵入定着で
きる植物は種類が限られることや侵入高度の種による違いなども明らかにされている (Tachibana,
1968; Sugawara & Iizumi, 1971; 清水 , 1973, 1974; 森・山本 , 1973; 浅川 , 1974; 飯泉ほか , 1975 など).
また,高地に侵入した低地植物の種子発芽特性に関しては,山本(1975)やShibata (1981)の報告があ
る.
本研究は前報 (橘ほか,1991) に引き続き,大雪山旭岳ロープウェイ駅周辺に侵入した低地植物の
種子発芽特性,特に温度反応について調べ,これらの植物の高地への侵入と定着のメカニズムを探
ろうとしたものである.種子の採集と発芽実験は 1989 年 5 月から 12 月の間に行われた.
Ⅰ . 旭岳周辺に侵入した植物の概況
旭川市街地から東川町を経て旭岳ロープウェイ駅までの路傍,および旭岳温泉から天人が原を経
て姿見の池に至るロープウェイ沿いに侵入した低地植物(人里植物, 沼田 1976)について,その分布
高度で区分すると大きく 4 つの地域に分けることができる (橘ほか , 1991). 第 1 区分は旭川市街地
(標高 100m)から天人峡温泉分岐点(標高 430m)までの車道沿いである.ここにはカモガヤ,ナガハ
グサ,ヒロハノウシノケグサなどのイネ科植物を中心にオオハンゴンソウ,ヒメスイバ,ヒメジョ
オン,アレチマツヨイグサ,セイヨウタンポポ,シロツメクサ,スギナなどが高頻度で出現する.
第2区分は天人峡温泉分岐点から旭岳温泉ロープウェイ駅(標高1,100m)までの区間である.ここか
らは人家もなくなり,山岳観光道路となる.ここではオオハンゴンソウが消えてハンゴンソウに置
き換わるなど,山地の植物が多く出現するようになるが,依然として低地雑草のイネ科植物やオオ
バコ,エゾノギシギシ,シロツメクサ,セイヨウタンポポ,アキタブキ,スギナが高頻度で出現す
る.第 3 区分は旭岳温泉からロープウェイ終点の姿見の池駅(標高 1,600m)までの区間である.特に
駅周辺は最も観光客が集中するところであり,食堂のある休憩所も設置されていることから,物資
の搬入頻度も高く,低地植物の種子が運ばれる機会が多いと考えられる.ここにはハコベ,スズメ
ノカタビラ,ナガハグサ,オオヨモギ,アキタブキ,セイヨウタンポポ,エゾノギシギシなどが出
現する.第 4 区分は標高 1,670m 地点にある姿見の池石室周辺である.この付近は踏みつけのほかに
排泄物の影響もあり,立地は肥沃になっているものと推測される.また,雪解け水に涵養され,日
当たりのよい風陰地でもあることから低地植物の生活できる環境ともなっている.ここにはアキタ
ブキ,ナガハグサ,スズメノカタビラ,セイヨウタンポポのほか,畑地雑草のハコベが侵入してい
る.これ以高の登山道沿いには低地植物の侵入はみられない.
旭川市の過去30 年間の月別平均気温を参考にして,山岳の気温逓減率−0.55℃/100m 高度で求め
た種子採集地点の温度環境を推定してみると,第2区分の上限にあたる標高1,100m地点では最暖月
平均気温(8 月)15℃, 最寒月平均気温(1 月)− 13.9℃, 暖かさの指数は 31.5m.d. である.また,こ
− 20 −
大雪山旭岳に侵入した低地植物の種子発芽特性
の地点の植物の生育期間は 5 月下旬の融雪期から 9 月下旬の降雪期までの約 4ヵ月間である.第 3 区
分の上限および第 4 区分にあたる標高 1,670m 地点では,暖かさの指数は 17.3m.d. で亜高山帯上限
域に近く,最暖月(8 月)平均気温も 11℃前後である.また,春の融雪が遅く,7 月中旬まで残雪があ
り,9 月上旬には初雪そして下旬から積雪をみる.従って植物の生育期間は約2ヵ月たらずで極めて
短い.
Ⅱ.材料と方法
1. 種子採集地と採集日
旭岳ロープウェイ駅周辺に侵入した低地植物のうち,分布高度の異なるものから次の10種を選ん
で実験に供した.すなわち,標高 1,670m の最も高所に侵入したアキタブキ Petasites japonicus var.
giganteus Kitam., スズメノカタビラ Poa annua L.,ハコベ Stellaria media L. の 3 種,標高 1,600m
の姿見の池駅周辺まで侵入したオオヨモギ Artemisia montana Pamp., エゾノギシギシ Rumex
obtusifolius L.,シロツメクサ Trifolium repens L. の 3 種,標高 1,100m まで分布するオオイタドリ
Polygonum sachalinensis F. Schmidt.,ヒメスイバ Rumex acetosella L.,ハンゴンソウ Senecio
cannabifolius Less. の 3 種,そして標高 430m まで分布し,それ以高には上昇していないオオハンゴ
ンソウ Rudbeckia laciniata L. である.このうち,在来人里植物はアキタブキ,オオヨモギ,ハンゴ
ンソウ,オオイタドリ,ハコベ,スズメノカタビラの 6 種であり,他は帰化植物である.各種子の
採集地と採集日は表 1 に示した . いずれも低地産種子は旭川市内北海道教育大学構内とその周辺路
表 1 . 種子採集地と採集日一覧
実験材料(種名)
アキタブキ
Petasites japonicusvar. giganteus Kitam
オオオモギ
Artemisia montanaPamp.
ハンゴンソウ
Senecio cannabifoliusLess.
オオハンゴンソウ
Rudobeckia laciniataL.
ハコベ
Stellaria mediaL.
オオイタドリ
Polygonum sachalinensisF. Schmidt.
エゾノギシギシ
Rumex obtusifolius L.
ヒメスイバ
Rumex acetosella L.
スズメノカタビラ
Poa annua L.
シロツメクサ
Trifolium repens L.
採集地
北海道教育大学
旭岳
黒岳
北海道教育大学
石狩川
旭岳
旭岳
天人峡分岐
北海道教育大学
北門町10丁目
北海道教育大学
旭岳
旭岳
石狩川
石狩川
旭岳
北海道教育大学
北海道教育大学
旭岳
北門町10丁目
旭岳
北海道教育大学
旭岳
北海道教育大学
北海道教育大学
旭岳
* 室温で保存しておいた乾燥種子
− 21 −
標高(m)
100
1,100
1,500
100
100
1,100
430
採集年月日
1989.05.16.
1989.07.16.
1989.07.18.
1984.10.*
1989.10.18.
1989.10.19.
1989.09.06.
100
100
100
1,400
1,670
100
100
1,100
100
100
1,100
100
1,100
100
1,100
100
100
1,100
1989.09.14.
1988.10.*
1989.09.24.
1989.09.09.
1989.09.09.
1989.10.18.
1988.10.*
1989.10.20.
1989.8.19/11.03
1984.09.*
1989.09.22.
1989.08.02.
1989.08.29.
1989.10.01.
1989.10.12.
1989.07.26.
1982.07.07*
1989.10.29.
竹内 健・橘 ヒサ子
傍および石狩川河畔から,高地産種子は標高 1,100m の旭岳ロープウェイ駅周辺と標高
1,600~1,670m の姿見の池駅と石室周辺,および標高 1,500m の黒岳リフト終点駅周辺である.ただ
し,ハンゴンソウ種子は標高 430m 地点の路傍から採集した.
2. 実験方法
2-1. 種子の前処理
実験に供した 10 種の種子(果実)は採集後数日以内に播種するとりまきのほか , 冷湿処理,風乾処
理および種皮処理の前処理を行った.多くの種子はこれらの処理によって休眠が解除されることが
知られている(藤伊,1980; Mayer & Poljakoff-Mayer,1982; 鷲谷 , 1989 など). ただし,アキタブキ
とオオヨモギについては採集時果実が未熟であったため,果実をつけた植物体を実験室で水栽培し,
完熟して自然に落下したものを用いた.風乾処理は採種後紙封筒に入れ,室温で 1 ∼ 3 ケ月間保存
した.冷湿処理は湿った脱脂綿とろ紙を敷いたペトリ皿に適当量播種した後,ビニールテープで密
封し,5℃以下の冷蔵庫で 10~30 日間保存した.一般にマメ科,アカザ科などの種子は硬実であり,
種皮が不透水性を示す休眠種子が多い(藤伊 , 1980) ので,シロツメクサ種子についてはサンドペー
パーで種皮に傷をつける処理を行った.その他,本実験では培養中のカビの発生を防ぐため,エゾ
ノギシギシ,オオイタドリ,シロツメクサの内花被や花被片,およびキク科のそう果の冠毛など果
実の附属物はできるだけ取り除いた.ただし,スズメノカタビラの苞穎やヒメスイバの内花被は除
去が困難であったのでそのまま用いた.ハコベは落下時の種子を用いた.
2-2. 発芽実験法
本研究では発芽の温度反応を探ることを中心課題としているので,水分,酸素,光条件一定のも
とで,培養温度を 10℃, 15℃, 20℃, 25℃, 30℃の 5 段階とする実験モデルを設定し,必要に応じて
5℃と 35℃を追加した.光条件は白色蛍光灯(15W)連続照射の明条件とし,インキュベータは
SANYO, MIR252 を用いた . 1つの実験区の供試数は1ペトリ皿当たり 50 粒または 100 粒とし,そ
れを 3 反復から 5 反復で行った.すなわち,1種につき1実験区当たり最低 150 粒,最高 500 粒の
種子を実験に供したことになる.発芽床には 0.6% 寒天培地を用いた.発芽数の計測は発芽開始後,
連続して2日間発芽がみられなくなるまで毎日行った.
Ⅲ . 結 果
1. 発芽の温度反応に対する前処理の効果
旭川市内の北海道教育大学旭川校構内,石狩川河川敷および路傍から採集した低地産種子を用い
て,とりまき(無処理)実験によって非休眠種子と休眠種子を調べ,後者については冷湿,風乾,
種皮損傷等の休眠打破処理の効果について検討した.
1-1. とりまき実験の結果
とりまき実験の結果は表2に示すように,発芽温度反応から3つのグループに大別できた.第1
グループは設定温度の広い範囲で短期間に高い発芽率を示したアキタブキとエゾノギシギシの2種
である.アキタブキは 10℃ではやや発芽の遅れがみられるが,15~30 ℃の広い温度域で播種後2日
以内に 90%以上の高い発芽率を示した.さらに 5℃以下の低温域でも発芽は遅れるが90%以上の発
− 22 −
− 23 −
種皮処理
風乾処理
a:30日
b:60日
c:90日
冷湿処理
a:10日
b:30日
とりまき
(無処理)
前処理
積算発芽率
(%)
アキタブキ
97.7±3.3
エゾノギシギシ
オオイタドリ
オオヨモギ
ハンゴンソウ
ハコベ
ヒメスイバ
オオハンゴンソウ
スズメノカタビラ
シロツメクサ
オオヨモギa
ハンゴンソウa
ハンゴンソウb
ハコベb
オオハンゴンソウa
オオハンゴンソウb
スズメノカタビラa
アキタブキa
89.4±7.2
アキタブキb
64.2±7.5
オオイタドリa
オオイタドリb
オオヨモギa
オオヨモギb
ハコベa
ハコベb
ハコベc
ヒメスイバa
ヒメスイバb
ヒメスイバc
オオハンゴンソウa
オオハンゴンソウb
オオハンゴンソウc
スズメノカタビラa
スズメノカタビラb
スズメノカタビラc
シロツメクサ
55.3±1.9
*:発芽率50%に達する日数
培養温度(℃)
5
勢(日)
4
8
12
16
*発芽
10
積算発芽率
*発芽
(%)
勢(日)
98.8±1.0
2
86.8±6.0
12
0
0
0
3.0±1.0
7.0±2.2
0
5.0±1.4
4.8±1.6
0.7±0.9
18.7±4.2
91.2±3.5
4
70.2±5.1
6
12.7±2.5
84.7±3.8
4
8.0±2.8
9.7±1.7
61.0±3.7
8
57.3±1.7
14
98.0±1.6
4
15
積算発芽率
発芽
(%)
勢(日)
98.5±1.1
1
96.0±1.5
4
4.0±1.4
24.0±5.7
21.3±3.3
11.5±0.5
4.0±2.2
0
11.3±2.5
5.7±3.3
96.3±6.9
2
20.3±3.4
80.0±4.3
1
0
4.7±1.9
18.3±2.5
16.7±1.9
50.0±1.6
6
99.0±0
4
50.7±10.5
8
44.0±4.3
66.7±6.8
3
92.0±4.9
3
44.7±8.2
63.3±8.0
8
89.0±8.6
6
42.0±4.3
60.0±6.8
10
74.7±6.0
8
99.0±1.4
4
20
積算発芽率
発芽
(%)
勢(日)
97.7±2.2
1
93.7±4.6
4
23.3±5.8
90.7±3.1
4
27.3±3.9
10.5±3.5
20.0±3.7
1.3±0.5
1.3±0.5
5.4±1.6
99.7±0.5
1
69.7±6.1
4
98.0±1.6
1
55.5±2.5
16.0±5.0
37.3±0.9
29.0±4.5
97.6±1.4
1
66.6±4.4
2
52.0±1.6
6
82.7±4.7
4
99.0±0.8
4
96.0±4.3
2
34.7±0.9
64.0±3.3
3
94.0±4.3
2
37.0±4.5
72.3±2.9
6
69.0±5.0
4
1.7±1.2
1.3±1.9
6.7±5.2
14.0±5.7
74.7±6.0
8
28.7±3.1
91.7±1.2
4
表2.各種子の発芽に対する冷湿処理,風乾処理,種皮処理の効果(平均値と標準誤差)
25
積算発芽率
発芽
(%)
勢(日)
100.0±0.0
1
95.7±1.7
4
71.0±4.3
6
49.3±3.1
14
34.3±7.6
7.7±1.8
1.3±0.9
5.7±3.3
100
1
63.7±5.2
4
92.7±3.4
1
31.7±0.9
58.0±4.3
4
19.3±5.2
82.7±4.1
2
89.3±3.4
4
94.7±3.8
4
98.0±0.9
2
20.7±7.7
50.7±14.6
4
90.7±2.5
1
11.7±1.2
44.0±8.6
72.0±4.3
4
0.7±0.9
28.7±3.1
20.0±2.8
91.3±3.9
4
30
積算発芽率
発芽
(%)
勢(日)
98.5±1.1
1
31.0±7.5
92.3±3.4
4
23.3±8.8
57.7±4.9
14
3.0±1.0
7.0±1.0
3.0±0.8
0
9.4±2.3
97.7±1.2
1
60.0±7.3
8
91.3±2.5
1
3.0±2.2
25.3±2.5
14.0±5.0
76.0±9.3
4
20.6±4.2
93.3±3.7
2
98.0±2.8
2
66.3±5.0
8
100±0
2
14.0±3.3
13.3±5.0
51.3±2.5
4
7.7±4.1
41.0±0.8
69.7±9.8
4
4.7±0.9
36.6±5.7
58.0±4.9
6
1.3±1.9
20.0±2.8
39.0±12.8
-
大雪山旭岳に侵入した低地植物の種子発芽特性
竹内 健・橘 ヒサ子
芽率を示した.エゾノギシギシも同様に 10~25 ℃で約 90%の高い発芽率を示したが,30℃では 30%
前後で高温抑制がみられた.発芽勢(発芽率 50%に達する日数)では 15~25 ℃でほぼ同調していた
が,10℃では極めて遅く,約 3 倍の日数を要した.第2グループは狭い温度域で高発芽率を示すも
ので,オオイタドリ,オオヨモギ,ハンゴンソウなど比較的山地まで分布する在来多年草が含まれ
る.オオイタドリの発芽率は 30℃の高温域で最も高く 90%以上に達したが,25℃では 70% とやや
抑制を受け始め,それ以下では 20%以下,さらに 10℃では全く発芽しなかった.最適温度下での発
芽勢は 3 日であった.オオヨモギの発芽最適温度は 20℃であり,また,25℃で 50%,15℃と 30℃で
は 20%と低下し,10℃では全く発芽しなかった.最適温度下での発芽勢は 4 日で,オオイタドリよ
りやや遅れた.ハンゴンソウもオオイタドリと類似した発芽温度反応を示し,30℃で最も高い発芽
率を示した.しかし,他の温度域では 30%前後と低く,また最適温度での発芽勢も 10 日を要した.
第3グループはいずれの設定温度でもほとんど発芽しない休眠種子であり,ハコベ,ヒメスイバ,
オオハンゴンソウ,スズメノカタビラ,シロツメクサの5種が含まれる.
第1グループのアキタブキとエゾノギシギシについて,さらに高温側と低温側に温度域を広げ,
その発芽反応を調べた.その結果,アキタブキは高温域の 35℃で発芽率が 65%に低下し,高温抑制
がみられた.一方,低温域の 2.5~7.5 ℃では発芽はかなり遅れるが,いずれも 90%以上の高発芽率を
示し,アキタブキは低温域の広い範囲で発芽できることが明らかになった.エゾノギシギシは先に
述べたように,30℃になると高温抑制を受け,低温域の 5℃では全く発芽しなかった.
1-2. 冷湿処理効果
とりまき実験で殆ど発芽しなかった第3グループと発芽温度域の狭かった第2グループについて
冷湿処理効果を調べた.第3グループではスズメノカタビラ,オオハンゴンソウ,ハコベの3種が
発芽しその効果がみられた.スズメノカタビラは 10 日間処理によって 20℃で約 30%の発芽率を示
した.オオハンゴンソウは 10 日間処理によって 25℃で有意に発芽率が高くなり,さらに 30 日間処
理では25℃で50%以上の発芽率を示し,処理日数と共に発芽率の上昇傾向がみられた.ハコベは30
日間処理によって20℃で50%の発芽促進が観察され,とりまき実験の約5倍の発芽率に達した.第
2グループではオオヨモギとハンゴンソウで発芽率,発芽速度,温度域の拡大にその効果があらわ
れた.オオヨモギでは 10 日間処理した場合,15~30 ℃で 90%以上の発芽率を示し,とりまきと比較
して低温域と高温域でよく発芽するようになる.また最適温度での発芽速度でもとりまきの約5倍
速くなり,有意な差がみられた.ハンゴンソウも同様に 10 日間処理によって 20~30 ℃で発芽率が上
昇し,さらに 30 日間処理では 90%以上に達し,とりまきと比較して有意な差がみられた.また最
適温度が低温域の 20℃に移行することも注目される.第3グループのうち,ヒメスイバとシロツメ
クサでは冷湿処理効果はみられなかった.
1-3. 風乾処理効果
第3グループと第2グループに風乾処理を行い,その効果について検討した.その結果,冷湿処
理効果のなかったヒメスイバをはじめ,第3グループのハコベ,スズメノカタビラ,オオハンゴン
ソウの発芽率が上昇し,また第2グループのオオイタドリとオオヨモギも発芽温度域が拡大した
(表2).ヒメスイバは 15~30 ℃で発芽し,処理期間の長さに比例して発芽率が上昇した.発芽の最
適温度は 20℃であった.しかし,10℃では風乾処理効果はみられなかった.ハコベも同様に処理日
数に比例して発芽率が上昇し,最適温度 15℃での発芽率はとりまきと比較して有意な差がみられ,
発芽の温度域も 10~25 ℃と広くなり,全温度域で 90%前後の高発芽率を示した.スズメノカタビラ
− 24 −
大雪山旭岳に侵入した低地植物の種子発芽特性
の最適温度はハコベと同様 15℃であり,風乾処理日数に比
30
積算発芽率
発芽
(%)
勢(日)
95.7±1.7
4
93.3±0.9
2
92.3±3.4
4
95.3±1.2
1
3.0±0.8
40.3±0.5
39.0±12.8
77.0±7.1
2
例して発芽率が上昇し,とりまきとの有意な差がみられた.
しかし,冷湿処理効果のあった 20℃と 25℃では風乾処理効
果はみられず,また 30℃では全く発芽せず,複雑な発芽温
度反応を示した.ヒメスイバ,ハコベ,スズメノカタビラの
3種が 20℃以下の低温域に最適発芽温度があり,この温度
域で風乾処理効果が顕著であったのに対して,オオハンゴ
芽率が低かったが,3ケ月間風乾処理によって 50%以上の
発芽率を示し,温度域が広がった.オオヨモギも同様にとり
まきでは 20℃に最適温度があり,他の温度域では低い発芽
率を示したが,風乾処理を行うと 25℃と 30℃の高温域での
発芽率が有意に上昇し,さらに 15℃でも発芽がみられ,発
1-4. 種皮処理効果
とりまきと冷湿処理では余り発芽しなかったシロツメクサ
に対して種皮処理効果を検討した.その結果,5~25 ℃の広い
温度域で90%前後の高い発芽率を示し,処理効果が顕著に現
われた.30℃では発芽率が低下し,高温抑制がみられた.
2. 種子の寿命と発芽活性
実験に用いた種子の中で,シロツメクサ,エゾノギシギ
シ,オオイタドリ,オオハンゴンソウ,オオヨモギの5種に
ついて,1年以上前に採集し,風乾後スチロール製容器に入
れて室温で保存しておいた種子の発芽率を調べてみた(表3).
種皮処理を施した 1982 年産シロツメクサ種子は 10~25 ℃の
広い温度域で 90%以上発芽し,当年産(1989 年産)のものと
大差がなかったが,30℃ではむしろ 1982 年産の方が高い発
芽率を示した.1984 年産エゾノギシギシもシロツメクサと
同様に15~25 ℃の温度域で高い発芽率を示し,当年産のもの
と比較して有意な差がなかった.しかし,30℃では当年産種
子が高温抑制を受けたのに対し,1984 年産のものは有意に
高い発芽率を示した.また,当年産オオイタドリ種子は 20
℃以下の低温域で発芽抑制がみられたが,1988 年産種子で
は 90%以上の高い発芽率を示し,風乾状態で1年以上保存
された種子の方が15~30 ℃の広い温度域でよく発芽した.当
年生オオハンゴンソウ種子はとりまきでは発芽が悪かった
が,採集後1年以上風乾状態で保存された 1988 年産種子は
− 25 −
表3.各種子の発芽に対する保存期間の影響(平均値と標準誤差)
芽温度域が拡大した.
培養温度(℃)
第2グループのオオイタドリはとりまきでは低温域での発
前処理
℃, 3ケ月間処理区ではとりまきの約10 倍の発芽率に達した.
10
15
20
積算発芽率
*発芽
積算発芽率
発芽
積算発芽率
発芽
(%)
勢(日)
(%)
勢(日)
(%)
勢(日)
エゾノギシギシ89a
86.8±6.0
12
96.0±1.5
4
エゾノギシギシ84b
92.0±2.8
4
89.7±3.1
3
a:とりまき
オオイタドリ89a
4.0±1.4
23.3±5.8
b:風乾処理
オオイタドリ88b
96.7±2.5
6
96.0±0.8
4
c:種皮処理
オオハンゴンソウ89a
0
1.3±0.5
オオハンゴンソウ88b
0.7±0.5
2.3±1.2
シロツメクサ89c
98.0±1.6
4
99.0±1.4
4
91.7±1.2
4
シロツメクサ82c
96.0±3.3
4
91.7±5.6
2
97.7±1.7
1
注)89: 1989年産種子(当年産種子),88: 1988年産種子,1984:1984年産種子,1982:1982年産種子
25
積算発芽率
発芽
(%)
勢(日)
93.7±4.6
4
96.0±1.6
2
71.0±4.3
6
93.7±2.1
4
7.7±1.8
58.7±2.4
8
91.3±3.9
4
96.7±0.9
1
ンソウは 25℃と 30℃の高温域で発芽率が上昇した.特に 25
竹内 健・橘 ヒサ子
25℃と 30℃で 50%前後の発芽率を示し,風乾処理や冷湿処理をした当年産種子の発芽率と比較し
て差がみられなかった.以上の4種はいずれも乾燥種子として1年以上(硬実種子のシロツメクサ
は7年以上)高い発芽活性を維持していることが明らかになった.
一方,表 3 には掲載しなかったが,1984 年産オオヨモギ種子はいずれの温度でも全く発芽せず,
寿命が短いものと考えられた.同様のことはアキタブキ種子についてもいえる.すなわち,表2の
風乾処理日数と発芽率の関係をみると,1 ケ月間処理の種子はまだよく発芽しているが,2 ケ月間処
理から次第に発芽率が低下し始め,30℃では完全に高温抑制が現われている.また,表には掲載し
ていないが,3 ケ月間処理では全く発芽しなかった.
3. 高地産種子と低地産種子の発芽特性の比較
本実験で用いた 10 種のうち,ハンゴンソウとオオハンゴンソウを除く8種について,侵入・定着
した高度と発芽特性の間に違いがあるかどうかを調べた.方法は高地産種子と低地産種子でとりま
き実験を行い,また休眠種子については休眠解除処理を行った後に培養し,一定期間後の発芽率を
比較した(表4). その結果,エゾノギシギシを除く7種では高地産種子と低地産種子との間に明瞭な
差はみられなかった.とりまき実験で両者に明らかに有意な差がみられたのはエゾノギシギシ種子
だけであったが,そのほか,ヒメスイバとハコベでは休眠解除後の発芽率に有意な差が現われた. ア
キタブキは高標高地の黒岳産種子が30℃の高温域でやや発芽率が低下し,発芽も遅れる傾向がみら
れたが,5~25 ℃の最適温度域では分布高度による差は全くみられず,低地産と高地産の違いはない .
同様のことは種皮処理をしたシロツメクサ種子や風乾処理と冷湿処理を組み合わせた前処理で休眠
解除したスズメノカタビラ種子の発芽反応についてもいえる.
オオイタドリは30℃の高温域で高地産種子の発芽率がやや低下するが, 最適温度での発芽率には
有意な差はみられない.オオヨモギはオオイタドリとは逆に高温域で高地産種子の発芽率が上回っ
たが,最適温度では両者に差がなかった.3 ケ月間風乾処理によって休眠が解除されたヒメスイバ
とハコベの低地産種子と高地産種子は逆の発芽反応を示し,前者では低地産種子の方が,また後者
では高地産種子の方が各最適温度での発芽率が高かった.特に,ハコベ種子の場合,最適温度が低
地産種子で低く(15℃),高地産種子で高く(20℃),かつ 25℃の高温域でも 50%以上の発芽率を示し
たことは興味深い.
エゾノギシギシの低地産種子はとりまきでよく発芽し,最適温度は 25℃であった.それに対して
高地産種子はとりまきでは発芽率が極めて低く,明らかに休眠性を示した.10 日間の冷湿処理をす
ると,非休眠性の低地産種子は温度域が拡大し,15~30 ℃で 90%以上の高発芽率を示した(表4で
は省略).一方,休眠性の高地産種子は冷湿処理によって休眠が解除され,15~25 ℃の温度域で発芽
率が上昇したが,10℃の低温域と25℃以上の高温域では低地産種子より有意に低い発芽率を示した.
また,発芽最適温度は低地産種子では15~25 ℃で広い温度域をもつのに対し,高地産種子は15~20 ℃
で温度域が狭く,低地産種子より 5℃低温側でよく発芽することが明らかになった.
Ⅳ . 考 察
これまでの研究報告(柴田・新井 ,1970; 柴田 , 1981,1985; 山本 , 1975; Mariko, et al. 1993; Kibe &
Masuzawa, 1994; 増沢 , 1997, Nishitani & Masuzawa, 1996 など)によると,高地に侵入・定着できる
植物の種子は,(1) 発芽温度域が広く,しかも低温域でも発芽可能であること,(2) 休眠性を備えてい
− 26 −
− 27 −
HA:旭岳産
HK:黒岳産
H:高地産
(標高1100∼
1670m)
L:低地産
(標高100m)
a:とりまき
(無処理)
b:冷湿処理
c:風乾処理
d:種皮処理
前処理
及び
産地
L アキタブキa
HAアキタブキa
HKアキタブキa
L エゾノギシギシa
H エゾノギシギシa
H エゾノギシギシb
L オオイタドリa
H オオイタドリa
L オオヨモギa
H オオヨモギa
L ハコベa
L ハコベc
H ハコベa
H ハコベc
L ヒメスイバa
L ヒメスイバc
H ヒメスイバa
H ヒメスイバc
L スズメノカタビラa
L スズメノカタビラb
L スズメノカタビラc
H スズメノカタビラa
H スズメノカタビラb+c
L シロツメクサa
L シロツメクサd
H シロツメクサa
H シロツメクサd
培養温度(℃)
積算発芽率
(%)
97.7±3.3
95.4±4.3
97.4±2.0
55.3±1.9
-
5
勢(日)
4
4
6
16
-
*発芽
10
積算発芽率
*発芽
(%)
勢(日)
98.8±1.0
1
92.6±4.6
1
93.0±8.5
2
86.8±6.0
12
5.0±3.2
54.3±8.2
12
3.0±1.0
12.7±2.5
4.0±0
25.0±8.2
7.0±2.2
61.0±3.7
8
5.0±1.4
18.7±4.2
57.3±1.7
14
4.8±1.6
98.0±1.6
4
17.3±6.6
91.7±3.7
4
15
積算発芽率
発芽
(%)
勢(日)
98.5±1.1
1
96.0±1.5
4
20.3±1.2
86.3±6.6
4
4.0±1.4
7.7±0.9
24.0±5.7
53.3±3.1
14
11.5±0.5
44.0±4.3
3.0±0
65.3±12.4
3
4.0±2.2
89.0±8.6
6
6.7±1.2
18.3±2.4
11.3±2.5
18.3±2.5
74.7±6.0
8
6.7±2.3
6.8±1.6
5.7±3.3
99.0±1.4
4
17.3±2.9
91.0±0.9
4
表 4 .低地産種子と高地産種子の発芽特性比較(平均値と標準誤差)
20
積算発芽率
発芽
(%)
勢(日)
97.7±2.2
1
96.8±1.7
1
99.4±0.8
1
93.7±4.6
4
13.4±4.7
81.0±1.6
2
23.3±5.8
44.0±0.8
90.7±3.1
4
93.0±4.9
4
10.5±3.5
34.7±0.9
17.0±0
76.712.7
2
20.0±3.7
69.0±5.0
4
2.7±1.7
30.7±6.1
1.3±0.5
29.0±4.5
28.7±3.1
2.0±1.6
5.0±2.5
5.4±1.6
91.7±1.2
4
16.7±3.8
85.7±2.4
4
25
積算発芽率
発芽
(%)
勢(日)
100.0±0.0
1
95.7±1.7
4
4.3±1.7
44.3±3.9
71.0±4.3
6
79.0±2.2
6
49.3±3.1
14
71.7±3.1
6
20.7±7.7
58.7±8.2
2
1.3±0.9
19.3±5.2
20.0±2.8
4.7±2.5
36.3±2.1
5.7±3.3
91.3±3.9
4
15.3±6.1
90.0±6.4
6
30
積算発芽率
発芽
(%)
勢(日)
98.5±1.1
1
96.8±1.5
1
79.4±8.4
2
31.0±7.5
2.1±1.6
9.0±3.7
92.3±3.4
4
75.7±5.9
6
23.3±8.8
55.3±6.6
6
3.0±1.0
14.0±3.3
4.0±0
7.0±1.0
69.7±9.8
4
3.3±2.6
14.0±1.4
0
14.0±5.0
2.0±1.6
63.7±8.7
4
9.4±2.3
39.0±12.8
17.3±4.1
60.7±7.4
16
大雪山旭岳に侵入した低地植物の種子発芽特性
竹内 健・橘 ヒサ子
ること,(3) 発芽速度が速いこと,(4) 高度や結実期の温度環境に合わせて発芽温度反応を変化させる
ことができること,(5) 種子サイズが大きいこと,(6) 種子寿命が長いことなど,変化しやすい気象条
件や標高とともに低下する気温,短い生育期間など山岳の温度環境に適応した発芽特性を備えてい
ることが必要であるとされている.
表5-a,bは今回実験に用いた種子の高地における結実期,休眠性の有無,発芽温度特性についてま
とめたものである.侵入植物の中で最も高標高地の姿見の池石室周辺(標高 1,670m) に定着したも
のはアキタブキ,スズメノカタビラ,ハコベの 3 種である.アキタブキは短期間に広い温度域で高
発芽率を示し,発芽速度も極めて速い.低温による発芽抑制のないアキタブキ種子は早春に開花結
実し冠毛で広い範囲に散布された後,水分条件が整えば直ちに発芽して生育地を獲得できると考え
られる.一方,スズメノカタビラとハコベの秋種子は休眠性である.休眠解除処理を行うと 15~20
℃の低温域でよく発芽するようになり,発芽温度域も拡大する.従って,野外では越冬期間中に休
眠が解除されるので,春には低温でも発芽が可能になる.また,これらの植物は一年草であり,発
芽したその年に種子を生産することができ,繁殖力も旺盛である.さらにハコベ種子は土中で10 年
以上の寿命があり(飯泉,1981) , 埋土種子として長期間生存することが可能である.以上のように ,
旭岳石室付近の侵入種の発芽特性は,①結実期が早く休眠性がないか,もしくは一年生植物で結実
期が遅く休眠性があり,しかも埋土種子としての寿命が長いこと,②発芽の温度域が広く,最適温
度が低温域にあり,10℃でも発芽可能であることの2点にまとめることができる.
標高1,600mの姿見の池ロープウェイ駅周辺まで侵入したものはオオヨモギ,エゾノギシギシ,シ
ロツメクサの3種である.オオヨモギは休眠性がなく,20℃に発芽最適温度があるが , 温度域は狭
い.結実する 10 月は降雪期になるため,当年産種子は発芽できず二次休眠(強制休眠)に入る.越冬
期間中に冷湿処理を受け,発芽温度域が拡大し,翌春地温が 15℃に達すると発芽可能になる.これ
は旭川市の初期二次遷移の機構を研究した阿部(1985)の実験結果とも一致する.シロツメクサ種子
の発芽については,山本(1975) が山形県の蔵王山に侵入した植物の発芽実験の中で扱っている.そ
れによると,シロツメクサ種子は冷湿処理でも発芽率が上昇しなかったことから,高地への侵入は
種子ではなくほふく茎など栄養繁殖体によって移動すると報告している.しかし,先にも述べたよ
うに, シロツメクサは種皮に物理的損傷を加えると吸水可能となり,10~25 ℃の温度域でよく発芽す
るようになる.野外では土壌微生物などの働きで種皮が破れ吸水が可能になれば発芽すると思われ
る.従って,種子による高地への侵入が全く不可能とはいえない.
エゾノギシギシは低地産種子は休眠性がなく,高地産種子は休眠性を示した.低地に生育するエ
ゾノギシギシの結実は 8 月中旬から始まり,地上部が枯死する 11 月中旬まで続く.しかし,高地で
は 9 月下旬に結実期を迎える.実験に供した低地産のものは 8 月に採集した夏種子である.従って,
表 4 に示したとりまきの結果には結実期の違いがあらわれた可能性がある.そこで高地産種子を採
集した 9 月下旬の旭岳温泉の気温に近い 11 月初旬に大学構内で種子を採集し , とりまき実験をして
みたところ , 高地産種子と同じ発芽温度反応を示した.エゾノギシギシの場合,気温が高く,長日
条件下で生産された種子は , 散布後直ちに発芽しロゼット葉で越冬するが,気温が低く,短日条件
下で生産された秋種子は二次休眠に入り,種子で越冬するものと考えられる.実際に , 旭岳温泉周
辺の結実期の遅い秋種子は, 地上に落下した時はすでに休眠状態に入っていることが今回に実験に
よって確かめられた.このような種子形成期間の長い植物の発芽に,結実期の日長と温度が関係し
ていることについては,山本(1983)がオオバコの研究でも報告している.高地の環境下において二
次休眠に入ったエゾノギシギシは越冬期間中に冷湿処理を受けると10~25 ℃の広い温度域で発芽可
能になる(表 4). また,埋土種子の寿命も数 10 年という報告があり(飯泉 ,1981), 一旦,高地に定着
− 28 −
表 5 - a . 実験植物種子の発芽特性(高地産種子無処理)
− 29 −
アキタブキ
スズメノカタビラ
ハコベ
オオヨモギ
シロツメクサ
エゾノギシギシ
ヒメスイバ
ハンゴンソウ
オオイタドリ
オオハンゴンソウ
植物名
最終発芽率 発芽速度
(%)
(日)
96
1
7
−
17
−
93
4
17
−
20
7
−
58
12
79
6
8
−
結実期
(月)
6-7
7-10
9-10
10
8-9
9-10
8-9
8-9
10
9-10
無
自発
自発
無・強制
自発
自発
自発
無・強制
無・強制
自発
休眠性
/ / /
/ / /
/ / / /
温度域(℃)
10 15 20 25 30
/ / / / /
/
/
/
最適温度(℃)
10 15 20 25 30
/ / / / /
/ /
/ /
抑制温度(℃)
10 15 20 25 30
430
1100
1600
分布高度
(m)
1670
アキタブキ
スズメノカタビラ
ハコベ
オオヨモギ
シロツメクサ
エゾノギシギシ
ヒメスイバ
ハンゴンソウ
オオイタドリ
オオハンゴンソウ
植物名
最終発芽率 発芽速度
(%)
(日)
97
1
64
4
77
2
93
4
92
4
86
4
31
6
98
1
98
2
58
4
結実期
(月)
6-7
7-10
9-10
10
8-9
9-10
8-9
8-9
10
9-10
無
自発
自発
無・強制
自発
自発
自発
無・強制
無・強制
自発
休眠性
温度域(℃)
10 15 20 25
/ / / /
* * * /
/ / /
/ / /
/ / / /
/ / / /
* /* /* *
/ / /
/ / /
/ /
*
/
/
/
/
30
/
/
最適温度(℃)
10 15 20 25 30
/ / / / /
*
/
/
/
/ / / /
/ /
* /
/ / /
/ /
/
/ /
/ /
/
/
/
抑制温度(℃)
10 15 20 25 30
発芽速度:最適温度で発芽率50%に達するのに要した日数, 温度域 :最適温度の最終発芽率を100としたとき50以上の発芽率を示した温度
最適温度:短期間に最も高い発芽率を示した温度, 抑制温度:最適温度の最終発芽率を100としたとき50以下の発芽率を示した温度
結実期 :高地での結実期
休眠性 :高地での休眠タイプ
*低地産種子, 風乾処理のみ
表 5 - b . 実験植物種子の発芽特性(高地産種子休眠解除処理)
430
1100
1600
分布高度
(m)
1670
発芽速度:最適温度で発芽率50%に達するのに要した日数, 温度域 :最適温度の最終発芽率を100としたとき50以上の発芽率を示した温度
最適温度:短期間に最も高い発芽率を示した温度, 抑制温度:最適温度の最終発芽率を100としたとき50以下の発芽率を示した温度
結実期 :高地での結実期
休眠性 :高地での休眠タイプ
大雪山旭岳に侵入した低地植物の種子発芽特性
してニッチを獲得すると確実に種子で増殖することが可能な植物といえる.
標高1,100mの旭岳ロープウェイ駅まで侵入,あるいは自生する植物はオオイタドリ,ハンゴンソ
ウ,ヒメスイバの 3 種である.オオイタドリとハンゴンソウには休眠性がない.両者は共に秋に結
実するが,最適発芽温度が 20℃以上の高温域にあり,15℃以下では発芽抑制が起こる.しかし,冷
湿処理や風乾処理を行うと15℃でもよく発芽するようになり,温度域が15~30 ℃に拡大することが
竹内 健・橘 ヒサ子
確かめられた.従って,結実期の旭岳の気温下ではこれらの種子は二次休眠に入り,越冬期間中に
低温処理を受け,春先の低温下でも発芽可能になると考えられる.同様の現象は富士山のオンタデ
やイタドリ種子でも報告されている (Nishitani & Masuzawa, 1996). また,柴田・新井(1970) と
Mariko,et al (1993) は低地産と高地産のイタドリ種子の発芽比較実験を行い,低地産のものは種子
サイズが小さく休眠性,高地産のものは大きい種子で非休眠性であること,また,15/10℃の変温条
件下で最適発芽率が得られ,発芽速度も速いことなどを見い出し,このような発芽特性はイタドリ
が高山の低温環境に適応した結果であると報告している.しかし,今回扱ったオオイタドリ種子に
はこのような傾向はみられなかった.ヒメスイバは 8 月中旬に結実し,結実期が比較的早いが,地
上に散布された種子は未熟であり,直ぐには発芽できない.後熟には 1 ケ月以上を要するので野外
では多くの種子が発芽できずに越冬するものと考えられる.風乾処理日数が 3 ケ月以上になると,
10~30 ℃の広い温度域で発芽可能になるため,埋土種子として高地に侵入することができる.また,
高地産種子の方が休眠性が強いことも今回の実験で確かめられた.
今回実験に供した種子のうち,標高 430m の天人峡分岐点に侵入し,それ以高には上昇していな
いものは帰化植物のオオハンゴンソウである.オオハンゴンソウ種子は休眠性であり,休眠解除後
は 25℃で最もよく発芽する.しかし,発芽温度域は狭く 20~25 ℃に限られ,15℃では発芽しない.
このことが高地に侵入できない要因の一つであり , 標高 430m を境にしたオオハンゴンソウとハン
ゴンソウのすみわけ現象に関係しているものと考えられる.
以上のように,本研究で扱った10 種の侵入植物のうち,非休眠性種子をもつものは帰化種エゾノ
ギシギシを除いて,いずれも山地帯まで分布する在来多年草である.それに対して休眠性種子をも
つ残り 5 種は人間の生活域に密着して生育している畑地雑草や帰化植物である.これらの人里植物
が高地に侵入できる条件の一つが休眠性をもつことであり,また休眠種子でない場合にはエゾノギ
シギシ種子のように種子生産期の日長や温度環境に同調した発芽特性をもつものであることが明ら
かになった.
Ⅴ.要 約
1. 大雪山旭岳の人為的撹乱地に侵入した 10 種の低地植物について,異なった分布高度から種子
(果実)を採集し,低地産種子と高地産種子の発芽温度特性を調べた.
2. とりまきの結果,低地の路傍や空き地に生育するハコベ,スズメノカタビラ,オオハンゴンソ
ウ,ヒメスイバ,シロツメクサの 5 種は休眠性を示したが,残りの 5 種は非休眠性で,日当りの
よい山地にも生育する在来多年草のアキタブキ,オオイタドリ,ハンゴンソウ,オオヨモギと帰
化種のエゾノギシギシであった.
3. 休眠種子のうち,ハコベ,スズメノカタビラ,オオハンゴンソウは冷湿処理で,ヒメスイバは
風乾処理で,シロツメクサは種皮損傷処理で休眠が解除され,解除後は各種に固有の発芽温度域
でよく発芽した.
4. 低地産種子と高地産種子の発芽温度反応には顕著な差が認められなかったが,エゾノギシギシ
高地産種子は休眠性に変異していた.
5. 標高 1,670m に侵入した植物は広い温度域で速く発芽する非休眠性種子のアキタブキと 10 ∼ 15
℃の低温域でも発芽可能な休眠性種子のハコベとスズメノカタビラであった.一方,標高1,100 ∼
1,600m に侵入した 6 種は 20℃以下でもよく発芽し,標高 430m 以高には上昇できないオオハンゴ
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大雪山旭岳に侵入した低地植物の種子発芽特性
ンソウは 20℃以下の低温域では発芽できない休眠性種子であった.以上の結果から,種子の発芽
特性が低地植物の高地への侵入と定着の重要な条件の一つになっていることが示唆された.
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