素材に応じた最適解 - 近畿車輌株式会社

特集 特集 構体製作適材適所 ∼素材を生かした車両製作∼
∼素材を生かした車両製作∼
素材に応じた最適解
─前頭デザインとマテリアル ─
西谷 克司 車両事業本部 車両エンジニアリング部
近年の鉄道車両は、鋼製構体・ステンレス鋼製構体・
素材とデザイン
アルミニウム合金製構体の3種類に大別できる。当社は顧
客の要望に柔軟に対応できるよう、いずれの素材でも高
品質・低コストな構体製作を実現できる生産システムを構
機器や道具を開発するにあたって、安全で使いやすく
築してきた。
使用者の愛着に応えられるものにできるよう、物理的・工
素材の利点に応じて構造や加工方法もそれぞれ違って
学的あるいは心理的・芸術的な側面から工夫を重ねるの
くるが、デザインもそれらの違いを活かしたものでなけれ
が、工業デザインの使命である。機能性能の充実、市場
ばならない。室内は主構造が内装材で覆われるため、構
で通用する価格設定、効率のよい生産手段、無理無駄の
体素材の違いによる差はあまり目立たないが、外観デザイ
ない素材選定など、デザインを左右する諸条件は数多く
ンにおいてはその差は顕著であり素材選定の影響は大き
あり、多岐にわたる。これらの条件は、時には壁となり
い。本稿では素材と外観デザイン、とくに前頭デザインと
ハードルとなってデザイナーを刺激・挑発し、あるいは踏
素材の関係について考察したい。
み台となって励まし、また、新たな視点を発見する窓とな
近畿 車 輌技報 第15号
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る。とくに素材は基本性能を満たす合理的な解答の一要
の何か、ニュアンスをうまく利用しアレンジしなければなら
素として、製品仕様決定段階ですでに選定されている場
ない。ねらったイメージを実現させるためには、構造・機
合が多い。デザインの自由度を高めるために、基本素材
能部品・諸条件そして造形や色彩などすべてを制御しな
の選定がデザイナーにゆだねられる場合もあるが鉄道車
がら最適解を探し続けるべきである。
両デザインにおいてはまれであり、通常は設定された素材
「印象」については論理的な説明には限界があり、反応
の特性をいかに応用して料理してみせるかがデザイナーの
も人それぞれ違ったものになりがちで、それだけにどのよ
腕の見せどころとなる。丈夫で美しく、現実世界で末永く
うに見せたいのか、開発サイドには明確なビジョンが求め
役立つモノを生産するためには、素材の特性や加工に際
られる。また印象の解釈は自由であるから、
「顔」が伝え
して配慮すべき点などを十分把握しておくことが大変重要
るメッセージはできる限りシンプルで分かりやすいものが
である。
望ましい。たとえ造形や色彩に関して秘伝の手練手管が
実際には駆使してあっても、個人的な好みに偏り過ぎす
先頭デザインの重要性
ぎたり、身内だけの自己満足に陥ったりするようでは、車
両デザインのメッセージ力への理解が低いとの評価を頂戴
一般に電車の運転席は編成の端部に設定される。電
することとなる。
車が進んで行く先で何が起きているか常時確認し対応す
るために都合がよいからである。電車全体の視覚センサー
であり、運転を制御する頭脳の一部でもある運転士が先
端部に配備される点は、ヘビや昆虫、四ツ足の動物にお
ける脳と体幹の関係に相似した構成である。自然界と人
工世界とで機能追求の果てに一致した解決策が採用され
ており、興味深い。編成先端にある運転席エリアを
「先頭
部」
「前頭部」
「顔」などと表現することがよくあるが、動物
の頭部をイメージした比喩表現がわかりやすく、的を射て
いるからであろうと思われる。
前頭部デザインは、その車両の印象を左右する大きな
鉄道車両は公共の乗り物でサイズも大きく、利用しな
要素として重要視される。視野視界条件を満足する窓・
い第三者の視界にも無断で侵入するため、視覚ノイズとな
動作空間の確保・効率的な機器配置・強度に配慮した構
ってご迷惑をおかけすることがないよう、デザインにおい
造など運転台として必要な機能の設定、また、各種灯具・
ても謙虚な姿勢が大切で、一般的な基準に照らして少な
表示類や貫通扉、衝緩装置やステップなど編成の端部に
くとも見苦しくない造形が大前提であり、その上でポジテ
求められる設備配置などが機能面での条件として設定さ
ィブなメッセージが込められているべきである。目指すべ
れるが、それらを組合せるだけではデザインは成立しな
きイメージとしては、信頼性・安全性・親しみやすさ・ス
い。
「顔」には、その車両・その路線・その運用に合致し
ピード感・堅牢さ・やさしさ・タフネス・しなやかさ・滑ら
たイメージを演出する使命があり、そのためには機能以外
かさ・先進性・未来感覚・清潔感・穏やかさ・格調高さ・
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精密感・オリジナリティなどが挙げられる。機能から導か
なければならないところが前頭造形の醍醐味である。
れる造形条件と求めるイメージ設定を組合せながら
「顔」
素材について
の印象が定められてゆくのである。
運賃を支払い実際に乗車している乗客には前頭部分は
現在鉄道車両の構体主要材料は、鋼・ステンレス鋼・
見えない。前頭造形の工夫が走行安定性や騒音の低減な
アルミ合金の3種である。物性・機能・加工性・仕上がり
どに有効な場合はあるが、前頭デザインが客室にいる乗
感・入手性・単価や加工費などについてそれぞれ長短が
客にとっての居心地乗り心地の向上にダイレクトに寄与す
あり、ある素材が別の素材を駆逐するような局面には至
るわけではない。しかしながら、その列車を利用する乗
っていない。
客は、乗車するまで、または降車後に前頭部を眺めるか
鋼
もしれず、眺める経験が旅への期待や快適な車内の記憶
と密接に結びつくなら、これはサービス機能のひとつとな
る。つまり前頭部の意匠上の機能は
「見られること」、イメ
素材として柔軟性が高く変形加工に向いており、溶接
ージの持つ機能である。移動の安全と快適を連想させる
などの接合技術にも広く対応できる素材である。構体材
信頼感の演出、そして旅情を高めステータスを感じさせる
料が鋼製である場合、先頭部も鋼構成とするのが一般的
など、乗車する快感の提供を通じて、あらゆる乗客と乗
である。防錆のため塗装されるので、塗装直前の微細な
客予備軍へアピールすることがイメージの機能である。つ
面の修正にはパテを用いる。完成品では一般構体との継
まり前頭部は運行を制御する高度な機能設備であると同
ぎ目やパテ補正部分など見分けがつかない。必然的に一
時に、車両全体の、あるいは路線や運用、さらには鉄道
般構体との一体感を活かしたデザインとなる場合が多い。
会社のメッセージ、またさらにはその地域のアピールや住
制御が難しい曲面製作ではプレス型などを部分的に使用
む人々の誇りを背負う使命も持っていることになる。運用
する場合もあるが、おおむね職人の手作業で成立する一
上の機能を満足させながらイメージづくりの要請にも応え
品生産に近い。
ドライバーレス運転台
(ドバイ道路交通局殿向ドバイメトロ)
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鋼製前頭構体
(近畿日本鉄道殿向21020系アーバンライナー NEXT)
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徐変
(例えば稜線をR50で丸めて、終端部 800mmの間
工夫が施されており、苦労の跡を見せないあっけない仕
にR50をR20に変化させる、など)処理などは、各部寸法
上がりこそ、関係者の誇りとしているところである。
を細かく指示するより、造形のねらいや意図を伝えて、
ステンレス素材を前頭に用いる場合は、面そのものの
アレンジは作業者にまかせてしまう方が美しく仕上がるこ
平滑度や滑らかさ、稜線のシャープさなどを重視し美しく
とが多い。逆に言えば、鋼製を前提としたデザインを検
仕上げることを目指すべきで、そのためにはシンプルな面
討する場合には、ディテールを作業者の裁量にまかせて
の組合せが最適である。奇をてらわないスタンダードな造
も破綻しないようなおおらかで弾力性のある造形が望まし
形を目指し、いかにバランスよくアレンジするか、正攻法
い。その意味では意匠性を高めるためだけに凹凸を設け
の手腕が問われるデザイン課題を常に含んでいる素材で
たり溝状・フィン状の飾りを加えたりするのではなく、大
ある。また、一般にステンレスが採用される背景にはメン
きな面の流れをどう構成するかがデザインの勝負どころと
テナンスフリーの意図がある場合が多く、結果として表面
なる。
仕上げはステンレスそのものである。ヘアライン仕上げな
ど施してもハードな印象は残るため、この金属光沢にふさ
ステンレス鋼
わしいイメージ設定が重要である。球面などを挿入したフ
ァンシーでやさしい造形をねらっても、実際には激しい光
堅牢な素材でありその分加工が難しく、自由な造形に
の反射や相対的に濃い陰影が現れ、予想以上に重い印
は不向きであるが、素材特性に逆らわずに使えば表面の
象になりがちなため注意すべきである。
美しさを活かしたアレンジができる。たとえば大阪市交通
アルミ合金
局殿向け30000系は、前頭部もステンレスで構成した車
両である。どのような工作が合理的に実現できるのか、
製造部門と設計・デザインチームが互いに知恵を出し合い
切削に向いた特性を利用して、最近のアルミ先頭構体
ながら造形の限界を探った結果到達できた前頭形状であ
には3次元切削部品が用いられる例が増えてきた。とくに
る。シンプルな造形であるが、見えない部分にさまざまな
新幹線など空力特性を突き詰めた造形では、各種シミュ
レーションや検証をクリアした精緻な3次元データの厳密
な再現が重要であり、これなど3次元切削手法が多用され
る主な要因であると考えられる。NC加工による切削部品
の組合 せで先頭構体が構成されるということはすなわ
ち、形状データの3次元化が求められるということである。
車両製造業界でも3次元CADは広く採用されており、
当社デザイン部門でも車内外の造形検討には3次元CAD
を使用し、検討データをレンダリングし客先提案に用いて
いる。またそのデータを設計部門やサプライヤーに渡し活
用していただいている。3次元データが実物の造形に直
結するとなると、鋼製構体のように作業者の技が入り込む
ステンレス製前頭の一例(大阪市交通局殿向30000系)
余地が少なくなるため、デザイン面ではデータの完成度が
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∼素材を生かした車両製作∼
厳しく問われることになる。これまでデザイナーや設計者
としてふさわしいものであるとはいえない。
がカバーできておらず、現場の匠の技でアレンジしてもら
FRP
っていた部分まで、しっかりと3次元データ化しておく必
要が出てきている。
切削手法であれば、トーチとハンマーでは手間がかかり
前頭部分のみ一般構体とは異素材を採用する場合があ
すぎるような意匠の再現も可能であり、溝・フランジ・段
り、その代表的なものがFRPである。FRPは型を起こし
差・ドット・紋様などこれまで使いにくかった意匠アイテム
て製造するため、ある程度の量産効果を求める場合に有
を外板に施すことができる。ただし、その際気をつけた
効な手法である。形状データから起こした原型に、強度
いのは、最終的な仕上げはヘアラインなどの表面加工か、
を確保する繊維層を載せ樹脂を含浸・硬化させて雌型と
塗装、あるいはフィルム材ラッピングとなる点、および客
し、それを使って同様の手段で実物
(原型と表面形状は
先での周期的なメンテナンス事情である。最終仕上げを
同じもの)を製作する手法が一般的である。離型の際の
施して美しく仕上がる意匠でなければ意味がないし、再
作業性や強度上の配慮から、割れや歪の原因となるよう
塗装などのメンテナンスを乗り越えて意匠性を維持できる
なシャープな折れ線や溝の再現は困難であるが、かなり
ものでなければ、長寿命製品である鉄道車両のデザイン
自由な造形が可能である。基になる原型が実現できるか
アルミ合金製前頭構体
(西日本旅客鉄道殿向N700系新幹線電車)
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ぎり、FRPで再現できると考えることができる。通常、原
で仕上げられるのである。熟練した職人が仕上げた面は
型は一体化したもので、離型のために型が分割され複雑
滑らかで、あるいは温もりさえ感じさせるかもしれないが、
にさまざまな方向へ動いて外れるような特殊な成形手法
作業担当者による造形の解釈の違いやスキルの違いが原
はとられない。単純に一方向へ型を外す手法が主流であ
型に反映される可能性は否定できない。原型に対しては、
り、すなわち造形の際には抜き勾配に対する配慮が必要
曲面の構成やエッジの処理、面の張り具合や緩急、稜線
である。金属の板を曲げたり溶接したりして作る形状と違
が集まるポイントの処理などが意図どおりに再現されてい
って、緩やかに変化する3次元曲面や、滑らかな凹凸の再
るか、担当デザイナーが直接確認すべきである。木製の
現には最適な手法である。面造形の自由度が上がるとつ
原型は形状再現のために大小さまざまな木材の組合せで
い有機的な曲面アレンジに飛びつきがちだが、窓ガラスや
パッチワーク状に構成されており、色や艶も均質ではな
ライト類、ワイパーその他機能部品の中には、有機的な
い。この状態で曲面の表情そのものを評価するにはそれ
造形となじみにくい印象のものもあるので、バランスをど
なりの工夫と経験が必要である。また、熟練の木工作業
うアレンジするかが重要である。
者たちに対して、問題点を指摘し造形の解釈をレクチャー
自由曲面の再現に適しているため、3次元CADを活用し
し、納得と共感を引出して、望ましい対応と成果を得る
て思うがままの造形が可能であるかのような印象を受ける
ためには、高度なコミュニケーション能力やそれなりの人
格的魅力のようなものが必要になってくる。そのためには
場数を踏み、経験値を上げていくしかないのかもしれな
いが、これは業種を問わず必要な修業であるように思う。
3次元CADデータを作成しCG化して客先の承認を受け、
データを設計者に渡せばデザイナーとしての仕事は完了で
はない。実現するまでがデザインである。
最終的に仕上がるのは前頭部を覆う膜状の造形物で
窓やライトのために開口部が設けられたものになってい
る。FRPカバーそのものは車体の強度部材としては扱え
ないが、一体物として成立させるためにはしかるべき強度
が必要である。補強用部材が内側に取付けられる場合も
FRP製前頭部(ドバイ道路交通局殿向ドバイメトロ)
多いが、本来は造形そのもので剛性が保たれていること
が、油断はできない。鉄道車両前頭部の大きさと数量を
が望ましい。剛性確保に貢献できる適切な箇所を意識し
前提としてFRPを採用する場合、型製作のための原型は
ながら段差やカット面、稜線などを挿入すれば、単なる意
木製で、職人技による手作りであることが多い。3次元C
匠ではない造形上のポイントとしてデザインの整合性をア
ADで作成したデジタル情報があっても、NC加工用データ
ピールできる。強度が必要な箇所に造形上の変化が現れ
に変換されるのではなく、適度な間隔で設定された断面
る例は、動物の骨や植物など自然物の中に発見すること
図をなぞった合板やアルミの型板に置き換えられ、造形の
ができる。我々人類は自然の造形物に多くの美を発見し
基準ラインとなる。基準ラインで囲まれた曲面は作業者の
てきた文化を持っており、人工物に美を与えるためには、
経験と技、丁寧なチェックを頼りに、鉋とサンドペーパー
あらためて自然を観察し、構造と美の関係を探る努力が
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特集 特集 構体製作適材適所 ∼素材を生かした車両製作∼
∼素材を生かした車両製作∼
重要であると考える。ただし、生物の造形には生き延び
課題である。前頭部正面を大きく傾斜させスピード感を強
るための工夫と構造が生む美があるが、そのまま人工物
調したものの、一般構体と接合した垂直線がその傾斜さ
に取込むと有機的形状独特の
「生々しさ」が目立ってしまう
せた勢いを削いでしまっている例も見られる。垂直の接
場合が多い。エッセンスをうまく抜き出しながら、工法や
合線を意識しながら造形することも必要であるし、逆にイ
素材特性に合わせた簡潔な構成要素に置き換えて再構成
メージを優先して、欧州の車両に見られるように接合線を
する工夫が必須である。
傾斜あるいは曲線化などして前頭部の演出をサポートする
考え方もある。
境界
外観デザインだけではなく、あらゆるモノとモノ、ヒト
とモノとの境界にこそデザインすべき要素が多く潜んでい
一般構体と前頭部に異素材を用いる場合、課題となる
る。
「オサマリ」
「インターフェイス」
「コミュニケーション」
「変
のが境界の処理である。前頭部の取付けに手間取ったり
化・変質」
「融合」
「触媒」
「摩擦」
「切り口」
「ずれや段差」
「勝
うまく仕上げられなかったりするようでは、あえて異素材
ち負け」
「オスメス」
「アソビ」
「着脱」
「組合せ」など、重要な
を用いる工程・コスト面での効果が半減してしまう。振動
キーワードは
「境界」で生まれる。
「素材をどう扱うか」とい
や変形のストレスが集中しやすい箇所であり、処理の違い
う命題は、
「異素材が隣接する部分をどう管理・演出する
から注目されやすい箇所でもある。境界をいかに目立た
か」という命題に直結している。重要なテーマとして意識
せないか、あるいはうまく見せて演出するかがデザインの
し、精進を続けたい。
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