risperidone の気分障害に対する有用性

risperidone の気分障害に対する有用性
分担研究者:中村
純(産業医科大学精神医学教室)
共同研究者:吉村玲児、後藤牧子、新開浩二、柿原慎吾、山田恭久、加冶恭子、
上田展久(産業医科大学精神医学教室)
抄録
risperidone の気分障害に対する有用性を臨床精神薬理学的観点から検討した。対象
は産業医科大学病院神経精神科の外来および入院患者 33 例である。診断は DSM-IV の
双極性障害躁病エピソード 8 例、双極性障害うつ病エピソード 5 例、精神病症状を伴う
大うつ病性障害(妄想性うつ病)20 例であった。(1)双極性障害躁病エピソードに対し
て risperidone が 2.6±0.7mg/day 投与されており、投与1週後より YMRS 得点は有意
な低下を示した。また血中 HVA と MHPG 濃度は risperidone 投与 4 週後に有意に低
下した。(2)双極性障害うつ病エピソードに対して risperidone1.2±0.4mg/day が投与さ
れていたが、投与4週後までに Ham-D 得点の有意な低下は認めなかった。(3)妄想性う
つ病に対して risperidone が 1.8±0.5mg/day 投与されており、投与4週後までに
Ham-D 得点の有意な低下が認められた。反応群(Ham-D 得点が 50%以上改善した症
例)では非反応群(50%未満の改善症例)に比べて risperidone 投与前の血中 HVA 濃
度が有意に高く、Ham-D 得点の改善率と血中 HVA 濃度の変化に関連が認められた。
以上のことから、risperidone のドパミン神経系への作用が双極性障害躁病エピソード
と妄想性うつ病への効果と関連している可能性が示唆される。
緒言
体阻害によるドパミン神経への影響が陽
我々はこれまでに、非定型抗精神病薬
性症状の改善をもたらしている可能性を
である risperidone の統合失調症に対す
示唆している。(2)risperidone の統合失調
る有効性を臨床精神薬理学的観点から検
症陰性症状に対する効果は血中
討を行ってきた。そして以下のことを明
3-methoxy-4-hydroxyphenylglycol(MH
の
PG) 濃 度 の 増 加 と 関 連 し て い た 。
統合失調症陽性症状に対する効果は血中
risperidone のα2 受容体や noradrenaline
homovanillic acid (HVA)濃度の低下と関
transporter への阻害によるノルアドレ
連 し て お り 、 risperidone へ の 反 応 群
ナリン神経への影響が陰性症状の改善と
(PANSS 陽性症状得点が 50%以上改善)で
関 係 し て い る 可 能 性 が あ る 。
は非反応群と比較して risperidone 投与
(3)risperidone 内用液は統合失調症の興
前の HVA 濃度が高値であった。これらの
奮や攻撃性に対して即効性がある。
ことはすなわち、risperidone の D2 受容
risperidone をはじめとする非定型抗精神
らかにした
1),2),3),4),5),6)。(1)risperidone
病薬はすでに統合失調症治療のファース
Olesen と Linnet の方法 9)で、paroxetine
トラインの薬物として広く用いられてい
の血中濃度は Gupta の方法
る。そしてその適応範囲は統合失調症の
HPLC で測定した。採血は午前 7-10 時の
治療にとどまらず、双極性障害を中心と
間に、30 分以上臥床の後、少なくとも最
する気分障害の治療でも積極的に用いら
終服薬 12 時間以上経ってから行った。血
れるようになっている。そして、その有
中濃度はいずれも duplicate で測定し、そ
効性を示唆する報告も蓄積されて来てい
の平均を測定値として用いた。本研究は
る。今回の研究では、我々は risperidone
産業医科大学倫理委員会の承認を受けて
の気分障害に対する有用性を双極性障害
おり、患者には口頭と書面による説明を
(躁病エピソード/うつ病エピソード)と
行い文書による同意を得た。
10) に従い
妄想性うつ病に焦点を当て、臨床精神薬
理学的観点から検討を加えた。
結果
risperidone の双極性障害躁病エピソー
対象と方法
ドに対する効果(n=8)
対象は産業医科大学神経精神科の外来
(1) 全例、気分安定薬(リチウム 5 例、バ
および入院患者 33 例であり、男性 12 例、
ルプロ酸 3 例)が併用(先行投与)され
女性 21 例、
年齢 22-74 歳(平均 42±19 歳)。
ていた。
DSM-IV 診断は双極性障害躁病エピソー
ド 8 例、双極性障害うつ病エピソード 4
(2) risperidone の投与量は 1-5mg/day
(平均 2.6±0.7)であった。
例、大うつ病性障害(精神病性の特徴を
(3) risperidone 投与前、投与後 1,2,3,4 週
伴うもの)20 例であった。risperidone
の YMRS 得点はそれぞれ 24±5, 15
投与前と投与後 1,2,3,4 週に臨床症状と副
±6, 12±4, 9±5, 4±3 点であり、
作用の評価を行った。臨床症状の評価に
risperidone 投与 1 週後より有意に低
は躁病エピソード患者に対しては Young
下していた(図1)。
Mania Rating Scale(YMRS)、うつ病エピ
(4) SAS 得点は risperidone 投与前、投与
ソード患者に対しては Hamilton Rating
1,2,3,4 週で 0.8±0.4, 1.3±0.6, 1.2±
Scale for Depression (Ham-D)を用いて
0.9, 1.0±0.6, 1.0±0.6 点であり、
行った。副作用の評価は Simpson and
risperidone 投与による錐体外路症状
Angus Scale(SAS) を 用 い て 行 っ た 。
の悪化はみられなかった。
risperiodne 投与前と投与 4 週間後に採血
(5) 血中 HVA 濃度は risperidone 投与前、
を行い、血中 MHPG と HVA 濃度測定は
投与4週間後でそれぞれ 11.8±3.9,
それぞれ Minegishi と Ishizaki の方法 7)
7.9±3.3ng.mL であり、risperidone
および Yeung らの原法
投与により有意に低下していた。
8)を改変した方法
で高速液体クロマトグラフィー(HPLC)
(6) 血中 MHPG 濃度は risperidone 投与
を用いて行った。定常状態での
前、投与 4 週間後でそれぞれ 12.4±
risperidone と そ の 活 性 代 謝 産 物 の
3.8,9.3±2.4ng/mL であり、
risperidone
9-hydroxyrisperidone の 血 中 濃 度 は
投与により有意に低下していた。
risperidone の双極性障害うつ病エピソ
8ng/mL, 非反応群: 15±7ng/mL)およ
ードに対する効果(n=5)
び 9-hydroxyrisperidone 濃度(反応
(1) 4 例 は risperidone 単 剤 、 1 例 は
群 : 29 ± 14ng/mL, 非 反 応 群 : 33 ±
paroxetine(40mg/day) が 投 与 さ れ て
11ng/mL)に関しては両群間に差はな
いた。
かった。
(2) risperidone 投与量は 0.5-2mg/day(平
均 1.2±0.4)であった。
(6) risperidone への反応群では非反応群
と比べて、risperiodne 投与前の血中
(3) risperidone 投与前、投与後 1,2,3,4 週
HVA 濃度が有意に高値であった(反応
の Ham-D 得点はそれぞれ 25±5, 24
群: 9.7±2.4ng/mL, 非反応群: 7.4±
±5, 22±5, 22±4, 21±6 点であり、
2.5ng/mL)(図3)。
risperidone 投与によるうつ状態の改
(7) risperidone 投与前後の血中 HVA 濃
善は少なくとも 4 週後までには認めら
度の変化と Ham-D 得点の改善率との
れなかった。
間には相関が認められた(図4)。
(8) risperidone への反応群、非反応群間
risperidone の妄想性うつ病に対する効
で risperidone 投与前の血中 MHPG
果(n=20)
濃度に差は認められず(反応群: 8.1±
(1) 併 用 薬 と し て paroxetine(7 例 ) 、
1.9ng/mL,非反応群: 7.0±2.8ng/mL)、
milnacipran(3 例)、fluvoxamine(2 例)、
risperidone 投与前後の血中 MHPG
clomipramine(2 例)、lithium(2 例)、
の変化と Ham-D 得点の改善率との間
amitriptyline(1 例)、amoxapine(1 例)
には相関は認められなかった。
が併用されており、risperidone 単剤
投与は 1 例のみであった。
(2) risperidone の投与量は 1-4mg/day(平
均 1.8±0.5)であった。
(3) risperidone 投与前、投与2週後、投
与4週後の Ham-D 得点は、それぞれ
(9) risperidone と paroxetine が併用され
た 8 例に関して、risperidone 投与前
後での血中 paroxetine 濃度に有意は
変化は認められなかった(risperidone
投与前: 161±66ng/mL, risperidone 投
与 2 週後: 163±72ng/mL)
。
26±6, 21±8, 14±10 点であり、投与
4週後に有意な Ham-D 得点の低下が
考察
認められた(図2)。
risperidone の双極性障害躁病エピソー
(4) Ham-D 得点が 50%以上改善した症例
ドに対する有効性
を反応群、改善が 50%未満であった症
risperidone はリチウムやバルプロ酸の
例 を 非 反 応 群 と 定 義 す る と
気分安定薬との併用により YMRS 得点を
risperidone 投与4週後までに 11 例
1 週目から有意に改善させ、4週後までの
(55%)が反応群となった。
改 善 率 は 79.1% で あ っ た 。 ま た 、
(5) risperidone の投与量(反応群: 1.5±
risperidone 投与による錐体外路症状の悪
0.5mg/day,非反応群: 1.8±0.8mg/day)、 化は認められなかった。我々は、先行予
血中 risperidone 濃度(反応群: 13±
備研究 3)で risperidone による錐体外路症
状は1日投与量が 4mg 以下では出現しに
用、あるいは risperidone 単剤投与が躁病
くいこと、4mg を超えた場合には錐体外
エピソードに対して有効である可能性が
路 (SAS 得 点 ) は 1 日 投 与 量 お よ び
ある。また、リチウムやバルプロ酸は
risperidone とその活性代謝産物である
risperidone の血中薬物動態に影響を与え
9-hydroxyrisperidone の血中濃度の総和
ず、特に 4mg/day 以下の risperidone 投
に関連することを報告した。今回、対象
与では錐体外路系の副作用出現も少ない
8症例への平均投与量は 2.6±0.7mg/day
といった利点がある。血中カテコールア
であり 4mg 以下であったことが錐体外路
ミン代謝産物への影響に関しては、
系副作用の出現が少なかったことに関連
risperidone 投与により血中 HVA および
していたと思われる。また、リチウムや
MHPG の低下が認められた。これらのこ
バ ル プ ロ 酸 の 併 用 は risperidone や
とは、躁状態では血中 HVA および MHPG
9-hydroxyrisperidone の血中濃度に影響
が高値を示し、抗精神病薬治療により低
11)がある。
Bowden
下するという過去の報告 15), 16)と一致して
を及ぼさないとの報告
ら 12)は、気分安定薬(リチウムかバルプロ
いた。
酸 ) に risperidone( 平 均 投 与 量 3.8 ±
0.3mg/day)かプラセボを投与した 3 週間
risperidone の双極性障害うつ病エピソ
の double-blind study を行い、その後
ードに対する有効性
risperidone 投与群を 10 週後まで追跡し
risperidone 単剤および risperidone と
た open-label study を行った。
その結果、
paroxetine 併用によるうつ病エピソード
3 週後の時点で risperidone 投与群はプラ
の改善は明らかではなかった。最近
セボ投与群と比較して有意に YMRS 得点
Mclntyre ら 17)は気分安定薬(リチウムか
が低下しており、risperidone 投与群での
バ ル プ ロ 酸 ) に risperidone ま た は
10 週後までの寛解率は 79%であったと報
olanzapine を 併 用 す る こ と に よ り 、
13)は、気分安定
risperidone 群では 6 か月後の Ham-D 得
薬(リチウムかバルプロ酸)と risperidone
点が 17 点から 5 点、olanzapine 群では
の併用で1週後より YMRS の有意な低下
18 点から 7 点に低下したと報告している。
が認められ、12 週での寛解率がリチウム
Mclntyre らの研究での risperidon の平均
との併用群で 80%、バルプロ酸との併用
投与量は 2.88±1.6mg/day であった。今
群で 88%であったと報告している。今回
回我々の研究では、平均投与量は 1.2±
の我々の結果も、Bowden らや Yatham
0.4mg/day、観察期間は4週間で、しかも
らの結果を支持するものであった。また、
症例数はわずか5例であったため、より
最近 Hirschfeld ら 14)は risperidone 単剤
多数例を対象として高用量、長期間での
での抗躁効果を検討しており、その結果 3
検討を行う必要がある。我々は、5例中2例
週後での YMRS 得点が risperidone 投与
に関して血中 brain-derived neurotrophic
群ではプラセボ投与群と比較して有意に
factor (BDNF) の 測 定 を 行 っ た が 、
低下していたと報告している。以上のこ
risperidone 投与前と投与4週後の間で大き
とから、risperidone は気分安定薬との併
な変化は認められなかった。
告している。Yatham ら
risperidone の妄想性うつ病に対する有
つ薬との併用による効果より劣る可能性
効性
を示唆している。risperidone 投与前の血
妄想性うつ病に対して先行投与されて
中 HVA 濃度は反応群で非反応群と比べ
いる抗うつ薬や気分安定薬に risperidone
て有意に高値であった。
一方、血中 MHPG
を併用することにより、4週後までに有
濃度に関しては両群間に差は認められな
意な抑うつ症状の改善が認められた。
かった。また、risperidone 投与前後での
Ham-D 得点の改善率が 50%以上となっ
血中 HVA 濃度の変化と Ham-D 改善率に
たものを反応群と定義すると、
は有意な関連が認められたが、血中
risperidone 投与4週後までに 20 例中 11
MHPG 濃度に関しては Ham-D 改善率と
例(55%)が反応群となった。11 例中 10 例
の間に関連は認められなかった。これら
で併用薬が用いられておりその内訳は、
の結果は、妄想性うつ病患者では
paroxetine 5 例 、 lithium 2 例 、
risperidone 投与前の血中 HVA 濃度の高
clomipramine 1 例、amitriptyline 1 例、
値群が risperidone への反応が良好であ
amoxapine 1 例であった。risperidone 単
り、risperidone による臨床症状の改善に
剤投与は 1 例のみであった。双極性障害
は、risperidone のドパミン神経系への影
うつ病エピソードでの risperidone 単剤
響が関連することを示唆している。我々
での改善率の低さと合わせて考えると、
は 88 例の統合失調症患者を対象にした研
本研究では risperidone のうつ状態に対
究 で 、 risperidone 治 療 へ の 反 応 性 が
する有効性は躁状態ほど顕著ではない可
risperidone 投与前の血中 HVA 高値群
18)
(7.0ng/mL 以上)で良好であり、血中 HVA
の double-blind study での多施設共同研
濃度が risperidone 治療への反応性の指
究 で は 、 risperidone
単 剤 群 、
標となることを報告した。今回の妄想性
amitriptyline と haloperidol 併用群との
うつ病を対象とした結果は上記の統合失
比較を行っている。その結果、6週後の
調症を対象とした我々の先行研究の結果
Ham-D 得点の改善は amitoriptyline と
と同様であった。すなわち、risperidone
haloperidol 併用群の方が大きかった。ま
投与前も血中 HVA 濃度は統合失調症な
た 28 例を対象に olanzapine と fluoxetine
らびに妄想性うつ病に対する risperidone
併用群、olanzapine とプラセボ群、プラ
治療への反応性の指標となる可能性があ
セボ群の3群に割り付けて、double-blind
る。また今回の結果は、妄想性うつ病で
で 8 週間経過を観察した Shelton ら 19)の
は脳脊髄液や血中での HVA やドパミン
報告では、olanzapine と fluoxetine 併用
濃度の上昇が認められること、血中ドパ
群は olanzapine とプラセボ群と比較して
ミンβ水酸化酵素活性の低下が認められ
有意に Ham-D 得点の改善が大きかった。
ることなどの報告 20),21),22)と矛盾しない。
一方、olanzapine とプラセボ群とプラセ
以上のことから、妄想性うつ病はドパミ
ボ群との間には有意差は認められていな
ン神経系の障害が優位であるうつ病の一
い。以上の結果は、非定型抗精神病薬の
亜型であり、抗うつ薬に非定型抗精神病
みでの妄想性うつ病に対する効果は抗う
薬を併用する治療ストラテジーが有効で
能性がある。Müller-Siecheneder ら
ある可能性が示唆される。今回の研究で
ており、risperidone はその D2 受容体阻
は 8 症例で risperidone と paroxetine が
害作用によりドパミン神経の過活動を抑
併 用 さ れ て い た 。 paroxetine は 主 に
制することでこれらの病態を改善してい
cytochromeP450(cyp)2D6 で代謝され、
る可能性がある。今後はさらに症例数を
一部 3A4 もその代謝に関与している。ま
増やし、risperidone 以外の非定型抗精神
た 、 paroxetine は そ れ 自 身 が 強 力 な
病薬に関しても同様の検討を行いたいと
cyp2D6 阻 害 作 用 を 有 す る 。 一 方 、
考えている。
risperidone も主に cyp2D6 で活性代謝産
物である 9-hydroxyrisperidone に代謝さ
れ る 。 し た が っ て 、 paroxetine と
risperidone を 併 用 し た 場 合 に は
paroxetine が risperidone の血中濃度を
上昇させて錐体外路症状を悪化させる可
能 性 が あ る 。 今 回 risperidone と
paroxetine を併用した 8 症例に関しては、
risperidone の平均投与量が 2mg/day と
少量であったため錐体外路症状の悪化は
認められなかった。しかし、両薬剤を併
用する場合には risperidone は少量から
開始することが好ましく、錐体外路症状
の出現には十分に注意を払う必要がある。
さ ら に 、 risperidone 併 用 が 血 中
paroxetine 濃度に及ぼす影響に関しても
検討を行ったが、risperidone 併用の前後
で血中 paroxetine 濃度に有意な変化は認
められなかった。このことは risperidone
の cyp2D6 阻害作用が強力ではないこと
を示唆している。
結語
今回の研究の結果から、双極性障害躁
病エピソードと妄想性うつ病に対する
risperidone の有効性が示された。一方、
双極性障害うつ病エピソードに対する
risperidone の効果は明らかではなかった。
双極性障害躁病エピソードおよび妄想性
うつ病の病態にはドパミン神経が関与し
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