玉露の官能評価にみる「旨味」

融合文化研究
第 10 号
pp.082-089
December
2007
玉露の官能評価にみる「旨味」の英語表現
How Is “Umami” Described in English?
長田 朱美
OSADA Akemi
Abstract: In Japanese, “umami” is one of the five basic words used to describe taste
and is also becoming more relevant in modern English.
Umami is hard to describe
and impossible to translate directly into English as it is not a single taste, but rather
a word whose meaning changes depending on the food it is describing.
When used in
cooking it means “savoury”, “meaty”, “tasty”, and “good” because it is often used to
describe the taste of meaty, hearty foods (mushrooms, cheese, soup stock, etc.).
In
Japan, Gyokuro tea is often described with the word “umami”.
Although umami is acceptable in English, it is not a common phrase.
Another
interesting point is that when “umami” is used to describe Gyokuro tea, it is typically
translated simply as “sweet” or “tasty”. The problem with this translation is its lack of
a clear meaning to describe the taste of Gyokuro tea.
This paper reports a collection
of some of the expressions used by native English speakers when attempting to
describe Gyokuro tea and its “umami” taste.
Keywords: Gyokuro tea,
sensory evaluation, umami,
玉露、官能評価、旨味
1.
はじめに
日本語の「旨味」という言葉は、英語においても umami として用いられる。これは、英
単語に旨味を表す言葉がないからであるが日常的に使用される単語ではない。そのため、
文脈に合わせて“savoury”、“meaty”、 “tasty”、“good”などと英訳されることが多い。
日本茶の玉露は、旨味を持つお茶であると表現される。今まで、玉露の旨味を英語で表
現するときには、“sweet”“tasty”などと英訳されることが多かったが、玉露の旨味を表現
するのに適切な単語とは言えない。そこで、英語を母国語とするパネラーが、旨味のある
玉露を飲んだときにどのような言葉で、その味を表現するのかを調べるために官能調査を
行うこととした。
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長田
2.
朱美
玉露の官能評価にみる「旨味」の英語表現
方法
玉露は、日本茶の中でも旨味成分であるアミノ酸類を最も多く含有している。茶葉のア
ミノ酸類は、一般に水に溶けやすく、苦渋味成分のタンニン(カテキン類)は、80℃以上の
湯でないと溶け出しにくい。苦味成分のカフェインも湯の温度が高いと抽出されるが、温
度が低いとやや溶けにくい傾向にある。つまり、低い温度で玉露をいれれば、アミノ酸類
は溶出されるが、カテキン類等の苦渋味の溶出が抑えられるので、旨味のあるお茶をいれ
ることができる。また、玉露の香気成分であるジメチルスルフィドは、青海苔のような香
りを持つ。英語を母国語とするものにとっては、海苔の香りは不快臭となる可能性もある。
香気成分は、温度の高いお湯で入れたときにたちやすい。以上の点から、軟水のミネラル
ウォーター1 リットルに玉露茶葉 30g をいれ、冷蔵庫で 8 時間抽出した水出しの玉露をサ
ンプルとして用いることとした。茶葉の量は、通常の水出し茶よりも多いが、これは、使
った茶葉が水出し用のものではないということと、サンプルとして用いた茶葉の特性によ
り決定したものである(1)。パネラーは、無作為に選んだ英語を母国語とする者 25 人(男性
13 人・女性 12 人)を対象とし、サンプルの玉露茶を飲んだ後に、味を単語で表現してもら
うこととした。飲む量、時間などは制限をしなかった。
パネラーから得られた語彙は、和訳し、食嗜好用語コードを用いることにより、茶の嗜
好表現を客観的に数値化して、用語の構成内容を比較することとした。食嗜好用語コード
は、大森(1991)によって発表された(2)。嗜好調査を行った際に「好き」「嫌い」の理由を
自由記載させて出現した単語を形容詞、形容動詞、及び形容詞的、形容動詞的として分類
し、同義語・類義語をまとめてコード化したものである。単語を「外観」「香気」
「味」「組
成」に関して用いられる語として分類し、十進法 3 桁に整理して、さらにその 4 桁目に具
体的用語を割り付けて食嗜好を表現する用語をまとめている。現在までに作成された項目
数は、853 件で、収録された用語は、約 1750 語である。
表 1 は、コード表を抜粋したものである。大項目では、度量衡(場所、条件)、食物(食品、
食糧、容器)、外観特性、香気特性、味特性、組成特性、操作特性、その他のように分類さ
れ、それぞれの項目に 0 から 9 までの番号を振り分けてある。たとえば香気特性の 3 は、
中項目では、30 で香気特性一般を表し、香気特性のなかを細分化して、31 嗜好、情感特性、
32 五感特性と展開する。このように 32 の五感特性は、小項目において、320 で五感特性一
般を表し、五感特性の中をさらに細分化して、321 視覚特性、322 触覚的特性と展開してい
く。324 の味覚特性は、さらに細項目において、3240 で味覚特性一般を表し、味覚特性の
中をさらに細分化して 3241 甘い、甘そうな、3242 苦いと展開していく。つまり、3242 の
「苦い」は、「五感で感じる味覚的な特性をもった苦い香気である」と分類される。
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表 1 食嗜好用語コード(抜粋)
3.
大項目
中項目
小項目
0 度量衡、場所、
条件
1 食物、食品、
食糧、食器
2 外観特性
3 香気特性
4 味特性
5 組成特性
6 操作特性
30 同上一般
31 嗜好、情感特性
32 五感特性
33 物、及びその
320 同上一般
321 視覚的特性
322 触覚的特性
323 聴覚的特性
324 味覚的特性
325 臭覚的特性
326 未分化感覚
特性
9 その他
39 その他
類似特性
34 化学、物理特性
329 その他
細項目
3240 同上一般
3241 甘い、
甘そうな
3242 苦い
3243 辛い
3244 塩辛い、
しょっぱい
3245 渋い、渋そう
3246 酸っぱい
3247 甘酸っぱい
3248 まるい
3249その他
結果
3.1. 結果 1
図 1 は、パネラーから得られた語彙 52 語を出現頻度の多い順に並べ、横軸に出現回数、
縦軸に出現語彙をとったものである。一番多く出現したのは、“fresh”で 7 回だった。そ
の後、
“bitter”が 6 回、“strong”が 5 回、“refreshing”、“dry”、“grass”“aftertaste”
が各 4 回、
“vegetable”、“smooth”、“lingering”
“initial”、
“herbal”、
“green”、
“acid”、
が各 2 回出現した。その他の語は、それぞれ 1 回ずつしか出現しなかった。
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朱美
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図1
語彙
官能評価による出現語彙
fresh
bitter
strong
refreshing
grass
dry
after taste
vegetable
smooth
lingering
initial
herbal
green
acid
stout
whispery
weak
water down
uncomforta
malty
thin
tasty
sweet
spinach
sour
soft
pungent
pecan
organic
not special
not full
not acid
no bitter
melon
mild
light
inoffensive
citrus
healthy
hangs
gooseberry
good
fruity
flower
flavorsome
fine
dull
clensing
broth
broccoli
boring
alfalfa
0
3.2. 結果 2
2
4
出現回数(回)
6
8
食嗜好用語コードによる分類
官能評価において出現した語彙の構成を比較するために、嗜好用語コード表を用いて大
項目、中項目、小項目の 3 桁のコード化を行った。また、味と香りは、密接な関係にある
ため、出現した語は、香気特性、味特性の両方でコード化した。
表 2 は出現した語を香気特性においてコード化した一覧である。図 2 はコード化による
構成の割合をグラフ化したものである。構成要素としては、コード 3320 で表される植物的
特性に分類される用語が、24%(13 語)で一番多い。
その後、コード 3240 味覚特性 15%(8 語)、
食嗜好コード表に掲載されていない語である 3000 の香気特性一般 13%(7 語)、コード 3440
物質的特性 12%(6 語)の順となった。
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表2
香気特性のコード化一覧
code
word
code
word
code
word
code
word
3000
after taste
3150
good
3240
pungent
3320
spinach
3000
broth
3150
inoffensive
3240
sour
3320
malty
3000
cleansing
3150
uncomfortable
3240
sweet
3320
vegetable
3000
hangs
3170
flavorsome
3240
tasty
3330
stout
3000
healthy
3190
strong
3320
alfalfa
3440
light
3000
lingering
3190
thin
3320
broccoli
3440
mild
3000
organic
3190
not full body
3320
flower
3440
not special
3130
dry
3210
green
3320
fruity
3440
water down
3130
fresh
3220
smooth
3320
gooseberry
3440
weak
3130
refreshing
3220
soft
3320
grass
3440
whispery
3140
boring
3240
acid
3320
herbal
3140
dull
3240
bitter
3320
citrus
3140
initial
3240
no acid
3320
melon
3150
fine
3240
no bitterness
3320
pecan
図2
香気特性コード化による構成割合
3220
4%
3210
2%
3170
2%
3330
2%
3140
6%
3240 味覚的特性
3000 香気特性
3320
24%
3190
6%
3130
6%
3150
8%
3320 植物的特性
3440 物質的特性
3150 快・不快特性
3130 新旧特性
3240
15%
3440
12%
3000
13%
3190 その他
3140 性格特性
3220 触覚的特性
3210 視覚的特性
3170 ムード特性
3330 動物的特性
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朱美
玉露の官能評価にみる「旨味」の英語表現
表 3 は出現した語を味特性においてコード化した一覧である。図 3 はコード化による構
成の割合をグラフ化したものである。構成要素としては、コード 4120、4130 で表される刺
激特性に分類される用語が、53%(29 語)で一番多い。その後、4110 嗜好情感特性、食嗜好
コード表に掲載されていない語である 4000 の味特性一般、4260 渋さ特性、4270 酸い特性
の順となった。
表3
味特性のコード化一覧
code
word
code
word
code
word
code
word
4000
beef stout
4120
broccoli
4120
strong
4150
good
4000
clensing
4120
flavorsome
4120
thin
4160
after taste
4000
hangs
4120
flower
4120
malty
4160
lingering
4000
healthy
4120
fruity
4120
vegetable
4210
sweet
4110
fine
4120
gooseberry
4130
dry
4260
bitter
4110
broth
4120
grass
4130
fresh
4260
no bitterness
4110
tasty
4120
green
4130
organic
4260
pungent
4110
uncomfortable
4120
herbal
4130
refreshing
4270
acid
4110
boring
4120
citrus
4130
smooth
4270
no acid
4110
initial
4120
musk melon
4130
soft
4270
sour
4110
inoffensive
4120
not full body
4130
water down
4110
light
4120
no special
4130
whispery
4110
mild
4120
pecan
4130
weak
4120
alfalfa
4120
spinach
4130
dull
3 味特性コード化による構成割合
4160
4%
4150
2%
4270
6%
4210
2%
4120・4130 刺激特性
4000 味特性
4110 嗜好・情感特性
4260
8%
4120
35%
4000
8%
4260 渋さ特性
4270 酸い特性
4160 持続特性
4130
18%
4110
17%
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4150 さわやかさ特性
4210 甘さ特性
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結論
英語を母国語とするもの25人による玉露の官能評価により、52語が得られた。今まで、
玉露の味を表す英単語としてとして、“sweet”、“tasty”などが用いられてきたが、こ
れらの語が訳語として適切ではないのではないかという疑問は、茶業関係者の間でも問題
視されていた。しかし、適当な訳語が見つからず、結局、玉露の説明を英訳する時には、
上記の2語が慣用的に使われるようになっていた。本調査では、これらの語が、それぞれ1
度ずつしか出現していないことからみても、玉露の味、旨味を表すのに不十分であったと
いうことができる。
嗜好コードを使った分類の結果として、香気特性では、12 種類の語に分類され、特に植
物的特性を表す語が多く出現した。これは、玉露を他の香りで例えようとして、身近な果
物や野菜の名前などが挙がった結果だと考えられる。これらの語の共通点として、青臭さ
を持つ果物・野菜だということが言える。次いで味覚特性を表す語が多くあがったが、酸
味、渋味、甘味、苦味など玉露のなかにさまざまな味・香りを感じていたことが伺える。
また“fresh”“refreshing”のような新鮮味を表す言葉が合わせて 10 回出現した。これ
は、植物的特性を持つ語との関連が深いと考えられる。また後味を表す“after taste”、
“lingering”が合わせて 5 回出現している点については、日本人が玉露の味は、後味、余
韻をひく甘味が特徴であると表現することから考えても、とても興味深い結果である。味
特性では、9 種類の語に分類され、刺激特性に分類される語が語彙中の 53%を占めた。これ
より、パネラーが玉露の味を刺激的な特性を持つ味だと感じていたことがわかる。なかで
も“strong”が 4 回出現したが、これと相反する“water down”、
“whispery”、
“weak”、
“dull”
が挙がっている点については、“strong”が後味の長さを表現しているのに対して、飲み始
めの軽さを表現しているものと捉えられる。味特性に由来する語から見ても、今まで表現
されてきた「甘味」に属するものは、2%に過ぎない。
以上の結果より、「旨味」の直訳である“umami”は、一般的な語でないことがわかった。
また、飲用後の出現語彙からすると、英語を母国語とするものにとっては、玉露の味のな
かに「旨味」を特別に強く感じているかどうかは疑問である。つまり、従来のように玉露
の味を「旨味」を中心に説明しても、その魅力は伝わりにくいということができる。そこ
で、玉露の味を英語で説明する場合には、“tasty”、“sweet”のように「旨味」だけを
とりあげるのではなく、複数の語を説明的に使うことが適当だと考えられる。
本研究は、日本の茶の中でも上級の茶であり、世界の茶の生産方法の中でも伝統的で独
特な技法で作られる玉露の魅力が世界中に広く伝えられることを願うものである。
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長田
朱美
玉露の官能評価にみる「旨味」の英語表現
註
(1)長野新作商店の玉露を使用
(2)大森正司(1991)、『言語表現のコード化による記述分析の可能性と、キーワード法に適
用される原理の援用による実証の試み―食嗜好表現用語の展開による嗜好調査の新しい展
開』、情報の科学と技術41巻5号
参考文献
小西友七編集(1994)、『ジーニアス英和辞典≪改訂版≫』、大修館書店
特定非営利活動法人日本茶インストラクター協会(2003)、『日本茶インストラクター講座
Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ』、特定非営利活動法人日本茶インストラクター協会
日本茶業技術協会(1999)、『茶の科学用語辞典』、日本茶業技術協会
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