8 老化に伴う皮膚脂質の過酸化物の加齢変化

8 老化に伴う皮膚脂質の過酸化物量の加齢変化
金子孝夫 1)、田原正一 2)、松尾光秀 1)
東京都老人総合研究所アイソトープ部門 1)、同超微形態部門 2)
はじめに
ヒトを含めた多くの生物にとって、酸素は欠かすことのできないものである。呼吸は
化学的には分子状酸素を水に還元する過程であり、分子状酸素はミトコンドリアの電子
伝達系においてスーパーオキシドラジカル、過酸化水素、ヒドロキシルラジカル、最終
的には水へと還元される。呼吸の過程で生成するこれら活性酸素の一部は電子伝達系か
ら常に漏出しており、生体の構成成分である脂質やタンパク質、核酸などに傷害を与え
る。生体は、それらの酸化ストレスに耐えるために、進化の過程で抗酸化防御機構や酸
化傷害修復機構を獲得した。抗酸化防御系としてはスーパーオキシドディスムターゼ
(SOD)、カタラーゼ、グルタチオンペルオキシダーゼなどの抗酸化酵素やグルタチオン、
アスコルビン酸、トコフェロール、β一カロテンなどの抗酸化物質がある。酸化傷害修
復系としてはエンドヌクレアーゼ、グリコシラーゼ、プロテアーゼ、グルタチオンペル
オキシダーゼ、ホスホリパーゼなどの酵素がある。しかし、これらの防御修復系によっ
ても酸化ストレスを完全に消去できるわけではなく、生体成分は常に傷害を受けており、
その傷害の蓄積により動脈硬化や癌などの成人病のほか老化への関与も示唆されている。
皮膚においても、これらの酸化ストレスにより脂質や DNA に傷害が生ずることが知ら
れており、これらの酸化傷害と老化に伴って皮膚に生じるしみやしわのような皮膚老徴
との関連は興味がもたれる。特に本章では、皮膚の脂質過酸化物量の老化に伴う変化に
ついて話を進める。
8.1 皮膚脂質の酸化傷害
皮膚は生体の最も外側に位置して環境と生体との接点となっており、酸素をはじめ光
(紫外線) や放射線の影響を最初に受ける部位であるので、酸化ストレスによる傷害に常
に曝されている[1]。特に、紫外線は皮膚の加齢に関与する最大の環境因子であると
考えられている。放射線は生体の深部まで到達できるが、紫外線はその波長によって透
過性が異なり、UVA(320∼400m)>UVB(290∼320nm)>UVC(200∼290nm) の順に透
過しやすく、照射量によっては UVA や UVB は真皮にまで到達しうる。皮膚中に存在
するメラニン、ポルフィリン、フラビンなどは太陽光からのエネルギーを酸素に添加し
て、スーパーオキシドアニオンラジカルや一重項酸素などの活性酸素を生成する光感作
物質として働く。光による皮膚炎にこれらの光感作物質が関与していると報告されてい
る[2]。UVB や光感作物質の存在下において、UVA が各種のフリーラジカルや活性
酸素 (スーパーオキシド、ヒドロキシルラジカル、一重項酸素など) を産生させることも
知られている。UVC による水の光分解やUVB や UVC による過酸化水素の分解によっ
ても活性酸素は生成する。このようにして産生されたフリーラジカル/活性酸素が、真
皮成分のコラーゲンやエラスチンなどの蛋白や DNA との架橋結合、SOD などの抗酸化
酵素の不活性化、生体膜成分である脂質の過酸化とその結果としての細胞機能の劣化な
どを起こすと考えられる。さらに、炎症や虚血では生体内からもフリーラジカルが発生
する。紫外線によって皮膚中にフリーラジカルが生成することはチオバルビツール酸反
応物 (TBARS) のような脂質過酸化物の検出や 5,5 一ジメチルー1ーピロリンーNーオキ
シド (DMP0) を用いたスピントラップ法によって確認されている。
皮膚が紫外線を浴びても上述のように生体は抗酸化物質や抗酸化酵素を備えており酸
化傷害を回避している。しかし、抗酸化物質が活性酸素を含めたフリーラジカルとの反
応によって消費されて再生または補給されないと、抗酸化酵素が酸化ストレスによって
不活性化され脂質過酸化などが促進されるであろう。実際に、皮膚中のグルタチオン濃
度が紫外線照射によって減少することが観察されている[3]。皮膚 SOD 活性は紫外線
照射によって 1∼2日後には有意に減少し、3日後に正常レベルに回復するという[4]。
コレステロールやリン脂質は生体膜構成脂質として、コレステロールはまた胆汁酸や
ステロイドホルモンの材料として重要である。それらの酸化物は生体に有害であり、動
脈硬化などの疾患との相関が近年注目されている[5]。皮膚中に生成した脂質過酸化
物は皮膚炎を起こすという。これは皮膚中の脂質ヒドロペルオキシドの定常濃度の上昇
がシクロオキシゲナーゼ活性を刺激し、炎症促進のプロスタグランジンやロイコトリエ
ンの形成を起こすためであるといわれている。さらに、コレステロール酸化物のうち、
αーエポキシドには発癌性が認められており、紫外線照射によってヘアレスマウスの皮
膚中に形成されることが知られている [6]。一方、α一トコフェロールやグルタチオン
のような抗酸化物質を皮膚に塗布すると、皮膚コレステロールのαーエポキシドヘの光
変化は阻害される[7]。また、コレステロールをラット肝ミクロゾームにおいて
ADP-Fe 2+によって酸化すると、主酸化物として生成する 7ーヒドロペルオキシドは
DNA 損傷[8]や酸化 LDL の細胞毒性[9]の主要原因物質であるばかりでなく、2 価
鉄などの金属イオンが共存するとコレステロールー7ーオキシラジカルを生じ、脂質過
酸化反応の開始剤になる[10]。さらに、一重項酸素との反応からは、5ーヒドロペル
オキシドが特異的に生成する [11]。皮膚中のリン脂質ヒドロペルオキシドの加齢変化
についてはこれまでに報告されていない。
8.2 脂質過酸化物の測定法
我々は Fischer344 系雄ラットを自由食群と制限食群に分けて飼育し、屠殺後背部の
毛を除去し、皮膚を採取した。以下に、我々の行った脂質過酸化物の測定方法を示す。
a) チオバルビツール酸反応物質 (TBARS)
皮膚を冷 KCl 水溶液中でポリトロンホモジェナイザーを用いてポモジェネートにし、
試験管に移してブチルヒドロキシトルエン (BHT)/氷酢酸、SDS 水溶液、酢酸緩衝液
(pH3.5)、チオバルビツール酸 (TBA) 水溶液と混合し、5℃で 1 時間静置した後、沸騰
水浴中で 1 時間加熱した。混合物を冷却した後、nーブタノール/ピリジンで抽出して
遠心した後、有機層の 532nm の吸光度を測定して TBARS 量を求め、同一試料から測
定した蛋白質当たりの値として表した。
本方法は、TBA が過酸化脂質から生成するマロンジアルデヒドと反応して赤色縮合
体を生成することに基づいている。しかし、TBA はマロンジアルデヒド以外の物質と
も反応することが知られており、TBARS 値がどの程度正確に脂質過酸化を反映するの
かは明確ではないことを認識しておく必要がある。
b) リン脂質 (ホスファチジルコリン) 過酸化物
ヒト疾病への脂質過酸化の関与が示唆されて久しいが、未だに十分に明確な臨床知見
が得られていない理由の一つは、上述のように従来から過酸化脂質分析に用いられてき
た TBA 法の非特異性にある。化学発光法の理論感度は極めて高く、吸光法の 109 倍、
蛍光分析法の 104 倍の感度があるうえ、ヒドロペルオキシド基に特異的に反応するため、
生体中の微量な脂質過酸化物の選択的高感度分析が可能となる。
抗酸化物質として BHT およびジメチルフランを添加したクロロホルム/メタノール混
合液 (2:1) と生理食塩水に皮膚を浸して、ポリトロンホモジェナイサーを用いてポモジェ
ネートにするとともに脂質を抽出した。今回は、リン脂質のうちホスファチジルコリン
について分析した。リン脂質ヒドロペルオキシドは、抽出した総脂質画分から化学発光
(ケミルミネッセンス) 検出器を用いた高速液体クロマトグラフィー[HPLC/CLD;チトク
ローム c、ルミノール (発光増強剤) 使用]によって測定した。ホスファチジルコリンの
総量はコリンオキシダーゼ ・ フェノール法によって測定し、ヒドロペルオキシドのホス
ファチジルコリン全体に対する割合を求めた。
c) コレステロール過酸化物
コレステロールヒドロペルオキシドについても、HPLC/CLD(ミクロペルオキシダー
ゼ、イソルミノール使用) を用いて分析した。遊離コレステロール量はリン脂質の場合
と同様にして抽出した脂質混合物を HPLC/UVD(210nm) によって分離測定した。総
コ レ ス テ ロ ー ル ヒ ド ロ ペ ル オ キ シ ド は 皮 膚 か ら の 脂 質 抽 出 物 を 5%トリトン
X-100/tert-ブタノールとトリスー塩酸緩衝液の混合溶液中で、コレステロールエステ
ラーゼを用いてコレステロールエステルを加水分解した後、クロロホルム/メタノール
混合液 (2:1) で抽出し、遊離コレステロールヒドロペルオキシドの場合と同様にして分
析した。遊離コレステロールヒドロペルオキシドまたは総コレステロールヒドロペルオ
キシドの量は、それぞれ遊離コレステロール全体または総コレステロール全体に対する
割合として求めた。
8.3 皮膚脂質の酸化傷害の加齢変化
紫外線によって生成するフリーラジカル (特に活性酸素) が、日焼けなどの急性炎症の
みでなく、炎症が繰り返されると、光老化や光発癌、白内障などが誘発されることが知
られている。長期にわたる紫外線曝露が、持続性かつ蓄積性の光酸化ストレスとなり、
光老化を生ずると考えられる [12] が、分子機構については解明されていない。紫外線
によって助長される光老化と本来の加齢は区別されるが、光老化は制御可能な皮膚の老
化である。紫外線は皮膚の脂質過酸化を促進するほか、皮膚表面脂質 (表脂) であるスク
ワレンを過酸化することもも確認されている [13]。
a) チオバルビツール酸反応物質 (TBARS) の加齢変化
TBARS は脂質過酸化の指標として従来より広く用いられている。TBARS 値は、試料
と TBA を酸性条件下沸騰水浴中で加熱したときに生ずる赤色物質の比色値である。操
作が簡単なため多くの研究に用いられ、ヒトの脳、水晶体、赤血球、血清などで加齢に
伴い TBARS 値が増加するという。常時太陽光を浴びている人の皮膚では TBARS は上
昇しているという。ヘアレスマウスの皮膚では紫外線照射後 9 時間で TBARS は最高に
なり、約 20 時間後には照射前に戻る[1]。皮膚にα一トコフェロールやβ一カロテン
を塗布しておくと、紫外線照射による TBARS の上昇を減少させることができる。ラッ
ト皮膚中の TBARS 値の加齢に伴う変化についての報告は少ないが、我々は加齢が進行
するとほぼ直線的に増加することを見出した (図 8.1)。
b) 皮膚中のリン脂質過酸化物の加齢変化
ヒト血清中のリン脂質ヒドロペルオキシドは加齢とともに若干の増加傾向を示すのに
対して、高脂血症患者ではリン脂質ヒドロペルオキシド濃度が健常者よりも有意に高く、
しかも加齢による増加が著しく、心筋梗塞を併発した高脂血症患者の半分は極めて高い
値を示すという [14]。アルツハイマー型痴呆患者の赤血球膜には、健常者や老人に比べ
て有意に高いリン脂質ヒドロペルオキシドが蓄積するが、血清中の濃度は健常者と差は
ない [15]。培養細胞 [16]やラットの脳や肝臓 [17]においてリン脂質ヒドロペルオキ
シドが加齢とともに有意に増加することが見出された。しかし、加齢に伴う皮膚中のリ
ン脂質ヒドロペルオキシド量の変化はこれまでに報告されていなかった。今回、我々は
ラット皮膚中のホスファチジルコリンヒドロペルオキシドが加齢に伴ってほぼ直線的に
増加することを見出した (図 8.2)。
c) 皮膚中のコレステロール過酸化物の加齢変化
老化に伴うラット皮膚中の 7ーコレステロールヒドロペルオキシド量の変化が 1 から
45 週齢までの範囲において報告されている [18]。この範囲内では加齢に伴って皮膚中
の 7ーコレステロールヒドロペルオキシドは直線的に増加し、7ーコレステロールヒド
ロペルオキシド量は、遊離型およびエステル型ともβ位がα位よりも約 2∼8 倍高く、
エステル型は遊離型よりも 2∼10 倍高いという。我々はコレステロールヒドロペルオキ
シドが 45 週齢以降から老齢期までにおいても老化の指標になりうるか確かめるため、
30 月齢までのラット皮膚を用いてコレステロールヒドロペルオキシド含量の加齢変化
を検討した。遊離コレステロール中のヒドロペルオキシドは、24 月齢までは加齢に伴っ
て直線的に徐々に増加するが、それ以降は低下した (図 8.3)。遊離型とエステル型を含
む総コレステロールの場合も、遊離コレステロールと同様に 24 月齢までは加齢に伴っ
て増加したが、30 月齢では低下した (図 8.4)。総コレステロール中に比べて遊離コレス
テロール中のヒドロペルオキシドの割合は 2 倍ほど多かった。これは酸化ストレスに曝
された時に、エステル型コレステロールを構成するリノール酸のような不飽和脂肪酸が
コレステロールよりも容易に酸化され易いため、結果的にコレステロールの酸化される
割合が低下するためかもしれない。
8.4 食餌制限の皮膚脂質過酸化物の蓄積に対する影響
ラットの食餌 (給餌量や給餌時間) を制限して蛋白質やエネルギーの摂取量を減少させ
ると寿命が延長されることが知られている。食餌制限による寿命延長の機構は完全には
解明されていないが、成長や老化過程の遅延、代謝速度の低下などが提唱されている。
食餌制限によって種々の疾患の発症頻度の低下や免疫応答能の改善や自己抗体の減少が
認められている。内分泌系、神経系、免疫系などの生体調節系の機能低下の抑制作用や
酸化ストレスによる障害の軽減作用が近年注目されている。今回、食餌制限が皮膚の脂
質における酸化傷害の加齢変化に影響を与えるかを調べるため、隔日給餌法を用いてラッ
トを飼育し、皮膚中の脂質の過酸化物の加齢変化を調べた。上述の自由食群と同様に、
脂質過酸化物として TBARS、リン脂質 (ホスファチジルコリン) ヒドロペルオキシドお
よびコレステロールヒドロペルオキシドを検出定量し、それらの加齢変化を検討した。
TBARS は、制限食群と自由食群の間で加齢変化に差異は認められなかった (図 8.5)。
リン脂質 (ホスファチジルコリン) ヒドロペルオキシドは、若齢時には自由食群と制限食
群の間に差は見られなかったが、自由食群ではその後ほぼ直線的にヒドロペルオキシド
が蓄積していく (図 8.2)のに対して制限食群では 30 月齢まではあまり変化が見られず、
33 月齢になってから急激に増加した。(図 8.6)。
遊離コレステロール中のヒドロペルオキシド量は、制限食群においても加齢に伴って
徐々に増加する傾向を示したが、最高値に達してそれ以降に減少傾向に向かうことはな
く、33 月齢でも増加していた (図 8.7)。総コレ人テロールでは、24 月齢まではヒドロ
ペルオキシド量はあまり変化せず、30 月齢以降になってから若干増加したが、自由食
群に比べてかなり低値を示した (図 8.8)。ただし、遊離コレステロール中のヒドロペル
オキシド量は自由食群と制限食群の間で差が認められなかったが、総コレステロール中
のヒドロペルオキシド量は制限食群では明らかに低下していた。
おわりに
今回測定した皮膚中の脂質過酸化物は、いずれも加齢に伴って増加する傾向を示した。
それらのうち、リン脂質中のヒドロペルオキシドと総コレステロール中のヒドロペルオ
キシドの蓄積が、食餌制限によって老齢期になるまで抑制されることを見出した。今回
は、表皮や真皮を区別せずに脂質を抽出したが、より正確に皮膚の酸化傷害を分析する
には表皮や真皮を区別して脂質の分析をする必要がある。また、加齢に伴って脂質過酸
化物量の変化や食餌制限と抗酸化物質や抗酸化酵素との関連についても今後さらに検討
したい。
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