「2009年度・肩の手術アンケート調査」報告

「2
0
0
9年度・肩の手術アンケート調査」報告
日本肩関節学会
社会保険等委員会委員長
米
田
稔
2
0
1
0年1月に日本肩関節学会の全会員を対象に過去 1年間の肩に関連する手術に対するアンケート調査を実施したの
で、その集計結果の概要を報告すると共に若干の考察を加えた。
アンケート調査の目的
調査の目的は大きく以下の三つである。
1)肩関節手術の術式に対する適切な保険診療報酬を要望するため
①
保険診療点数表(いわゆる青本)には腱板断裂、関節唇損傷という病名すら載っていない。腱板断裂手術、お
よび関節唇形成術に対する適正な手術点数をここ何年も厚労省に要望してきたが、採用されるには至ってい
ない。
(註:その後、2
0
1
0年 4月に肩腱板断裂手術が保険診療点数表に掲載されたことは周知の如くである。)
②
外保連(外科系保険連合会)を通じて厚労省に要望書を提出するが、この際、年間の手術数を必ず記載する必
要がある。
③
厚労省とのヒアリングに際しても要望項目の1年間の手術件数とその根拠となる調査方法について聞かれる。
④
またその手術の平均的な入院日数も聞かれる。
これらをエビデンスとして提出する必要がある。
2)多施設間の学術的なプロジェクトを計画する際の資料とするため
3)日本肩関節学会として本邦における肩関節外科の実態を把握するため
アンケート用紙の作成とその内容
アンケート用紙の作成には日本肩関節学会の社会保険等委員会のメンバー全員とプロジェクト委員会の森澤豊委員長
が携わり、上記目的の達成のために幾度かの修正を重ねたうえで完成をみた。
肩関節領域の手術件数は平成 2
1年 1月から平成 2
1年 1
2月までの1年間に実施された件数とし、同一症例に同時に複
数の手術が行われた場合は、主たる術式についてのみ記入してもらい、主従が付け難い場合はそれぞれの術式を独立した
ものとして別々にカウントしてもらうこととした。
調査対象
アンケート用紙を日本肩関節学会学会員全員に対して郵送し、回答は1施設につき1部とし、同一施設に複数人の会員
がいる場合は代表者1名にアンケートに答えてもらった。
会員個人宛に郵送したアンケート総数は 1
,
3
6
3通であり、会員データをもとに割り出したそれに相当する施設数は 8
9
7
施設であった。 最終的に 2
6
7施設から回答があったので、施設数の割合からみた回答率は 2
9
.
8
%(8
9
7施設中 2
6
7施設)
であった。 2
6
7施設の内訳は、名誉会員 8施設、幹事 2
9施設、大学関係 4
0施設、一般病院 1
7
7施設、その他 1
3施設で
あった。
アンケート集計結果と考察
1)A項目:肩関節領域の全手術件数(表 1
)
アンケートでとりあげた全疾患(1
4項目)に対する手術件数は 1
8
,
1
5
3件であった。そのうち、鏡視下に行われて
いたのは、9
,
4
4
4件であり、約半数(5
2
%)が鏡視下手術で行われていた。
単純には比較することはできないが、日本関節鏡学会が過去に行ったアンケート調査と比較すると、鏡視下手術で
は1
9
9
7年実施(回収率:2
9
.
5
%:
2
3
6
/
8
0
0施設)の 1
,
1
6
4件の約 8倍、また 2
0
0
3年(回収率:2
5
.
7
%:
2
0
5
/
8
0
0施設)
-6
9
7-
の2
,
5
9
3例の約 3
.
6倍にあたる。この 1
0年間での肩の鏡視下手術の急速な増加が示されたといえる。
一方、1施設あたりの平均手術件数は 6
8件(1
8
,
1
5
3件 /
2
6
7施設)と単純に算出できるが、施設によって手術の件
数、専門性、種類もまちまちであるので、この数字自体あまり意味を持たないのではないかと考える。
2)B項目:投球障害肩に対する手術件数(表 2
)
A項目とは別個に、我が国において投球障害肩に対する手術がどれぐらい行われているかを知る目的で調査した。
全部で 1
,
0
3
5件の外科的治療が行われており、そのうち鏡視下に手術が行われた件数は 8
5
8件であった。すなわち
3
%)が鏡視下手術で行われていた。なかでも関節唇損傷に対する修復術はほぼ全例が鏡視下に手術が
8割以上(8
行われていた。投球障害肩における腱板修復術も 2
0
9件と積極的に行われており、術式はオープンと鏡視下手術が
ほぼ同数であった。
3)C項目:肩関節領域の手術における合併症(表 3
)
合併症については 1
0
2施設から 1
2
2件の詳細な回答を得た。一方、6
3施設からは「合併症なし」との回答を得た。
1
2
2件の合併症の概要は表 4のごとくである。
術後の局所感染が 2
6例あり、2例で糖尿病の合併があった。2
6例中少なくとも 5例に障害が残存し、うち 1例で
は上腕骨頭切除が行われていた。
術後 CRPS(肩手症候群)を生じたものが 2
4例あり、症状は軽度から高度なものまで様々であったが、うち 9例
において障害が残存した。
スーチャーアンカーによるトラブルは全部で 1
7例に認められ、うち術後のアンカーの脱転が 1
4例で、術中ではア
ンカーの破損が 2例、骨頭軟骨への貫通が 1例であった。術中の神経損傷については 1
0例認められ、うち術中操
作によるものが 6例、牽引や体位によるものが 3例で、神経ブロックに伴うものが 1例であった。
上腕骨近位端骨折や鎖骨遠位端骨折などに対する骨接合術の術後合併症として、再転位が 5例、インプラント周囲
での再骨折が 2例、プレートの折損が 1例、肩関節脱臼 1例が認められた。
腱板修復術に関するものとしては、術後の再断裂の報告が 7例であった。これは諸家の報告からしても極めて少な
い数と考えられ、反復性前方脱臼手術後の再脱臼を合併症と捉えていないのと同様で、おそらく会員の多くが腱板
修復後の再断裂を合併症として捉えていないことによる結果ではないかと考えられた。また、鏡視下腱板修復後
の肩峰下面の骨浸食が 2例報告されていた。
鏡視下手術に用いる器具の術中破損は 6例に認められ、その内訳は、縫合器具の針の折損が 3例、VAPRプロー
ブ、カニューラ、ドリルビットの破損が各 1例であった。
高度な肩関節拘縮は 6例に認められ、うち 2例において再手術(授動術)が行われていたが、それ以外の 3例にお
いては拘縮が残存していた。
血管系では、術中静脈損傷が 2例あったが後遺症はなかった。術後合併症としては、深部静脈血栓症が 2例、肺塞
栓が 1例あり、深部静脈血栓症 2例中の 1例では肺塞栓を併発し死亡に至った。
また、術後の脱臼が 3例に認められたが、その内訳は人工関節後が 1例、上腕骨近位端脱臼骨折後が 1例、そして
拘縮解離術(鏡視下授動術)後に生じたものが 1例であった。
反復性脱臼に対する烏口突起移行術(Br
i
s
t
o
w変法など)における移行骨片の脱転が 3例にみられた。
その他、鏡視下手術の際に用いる潅流液の漏出による頚部皮下水腫のための抜管困難症が 1例にみられた。
4)D項目:肩関節不安定症と腱板断裂における平均入院期間(表 4
)
①
肩関節不安定症に対する修復術
オープン手術の平均件数が 1施設当たり年間 3
.
7件に対して、鏡視下手術の平均件数は 1施設当たり年間 1
2
.
1
件と約 3
.
3倍であった。
平均入院期間(在院日数)はオープン手術が 1
5日間に対して、鏡視下手術では 9
.
9日間と 3分の 2であった。
②
肩腱板断裂に対する修復術
オープン手術の平均件数が 1施設当たり年間 1
1件に対して、鏡視下手術の平均件数が 1施設当たり年間 2
7
.
9件
と約 2
.
5倍であった。
-6
9
8-
平均入院期間(在院日数)はオープン手術が 3
3
.
6日間に対して、鏡視下手術では 2
4
.
5日間と 4分の 3であっ
た。
おわりに
8
9
7施設中 2
6
7施設からの回答であり、このたびのアンケートの回収率は 3割にとどまった。 さらに、肩周辺骨折に
ついては、当学会に属していないノン・メンバーの整形外科医によっても多数、骨接合術が行われていると考えられ、当
アンケート調査が決して全国的な数字を代表しているとはいえない。しかし、腱板断裂や反復性脱臼といった比較的専
門的な領域と考えられる肩関節疾患については、アンケート回収率が 3割程度にとどまったものの、回答されてきた施設
にそれらの手術は集中しているものと考えられ、全国的な数字をある程度反映しているのではないかと思う。ただ今回、
肩の手術を比較的専門にしていると思われる 7
、8施設から回答が得られなかったので、やや少なく計上されている可能
性は否めない。特にそれらの施設では鏡視下手術が主に行われていることから、肩手術のより全容を把握するために、次
回のアンケート調査ではできるだけ回収率の向上に向けて努力してゆくと共に、アンケート内容の改善にも関係者一同
取り組んでゆきたいと考えている。合併症に関するアンケート調査では、具体的な例を挙げない各施設の自発的な申告
形式をとったため、その回答内容にかなりバラツキが生じていた。次回の調査では、今回の調査結果をもとに、合併症に
関しても手術件数のように具体例を提示した記入形式へと改善したい。また合併症はもともと発生数が少ないことより
1年間の件数の調査では不十分な可能性があり、合併症に関しては複数年数における発生数を集計し、より正確な実体把
握に努めてゆきたい。
我が国における肩関節外科の発展のために 3年ないし 4年に一回はこのアンケート調査を実施してゆく方針である。ど
うか会員の皆様にもご周知いただき、さらなるご協力を切にお願いする次第です。
(以上)
-6
9
9-
表1.肩関節領域の前手術件数
① 2パート 骨折
1.上腕骨近位端骨折
② 3パート 骨折
③ 4パート 骨折
2.肩甲骨骨折
①肩峰、肩甲棘骨折
②烏口突起骨折
③肩甲骨体部骨折
④関節窩骨折
Ⅰ.外傷
3.鎖骨骨折
①鎖骨遠位端骨折
②鎖骨体部骨折
①前方
4.肩関節脱臼
②後方
5.胸鎖骨関節脱臼
③腋窩
①前方
②後方
①前方
6.肩鎖関節脱臼
②その他
Ⅱ.肩関節不安定症
1.前
方:修復術
2.後
方:修復術
3.多方向:修復術
1.インピンジメント 症候群
2.腱板疎部損傷
3.不全断裂
関節面
滑液包面
Ⅲ.腱板障害
腱内
4.小断裂(1c
m未満)
5.中断裂(1c
m以上 3c
m未満)
6.大断裂(3c
m以上 5c
m未満)
-7
0
0-
骨接合術
オープン
鏡視下
骨接合術
人工骨頭置換術
骨接合術
人工骨頭置換術
骨接合術
骨接合術
骨接合術
骨接合術
オープン
鏡視下
骨接合術
骨接合術
観血的整復術
オープン
鏡視下
観血的整復術
オープン
鏡視下
観血的整復術
観血的整復術
観血的整復術
観血的整復術
オープン
鏡視下
件数
オープン
鏡視下
その他
オープン
鏡視下
その他
オープン
鏡視下
その他
肩峰形成術:オープン
鏡視下
修復術:オープン
鏡視下
修復術:オープン
鏡視下
修復術:オープン
鏡視下
修復術:オープン
鏡視下
修復術:オープン
鏡視下
修復術:オープン
鏡視下
修復術:オープン
鏡視下
パッチ法:オープン
鏡視下
その他
836
773
44
592
48
182
157
35
56
9
134
53
86
784
1176
264
117
136
16
14
3
1
3
10
388
376
16
26
204
1741
18
13
35
0
22
59
0
90
596
12
80
288
382
24
492
10
60
71
744
283
1891
469
1089
21
25
7
7.広範囲断裂(5cm以上)
1.胸郭出口症候
2.腕神経叢麻痺(分娩麻痺を含む)
3.副神経麻痺
Ⅳ.末梢神経障害
4.長胸神経麻痺
5.腋窩神経麻痺
6.肩甲上神経麻痺
7.ガングリオンによる肩甲上神経麻痺
Ⅴ.石灰性腱炎
石灰除去術
石灰除去術 +腱板修復術
Ⅵ.拘縮肩
関節授動術
関節形成術
Ⅶ.変形性肩関節症
滑膜切除術
Ⅷ.関節リウマチ
-7
0
1-
修復術:オープン
鏡視下
部分修復術:オープン
鏡視下
デブリド マン:オープン
鏡視下
パッチ法:オープン
鏡視下
筋腱移行術
人工骨頭置換術
その他
第一助骨切除
前斜角筋切除
神経剥離術
肋間神経移行術
神経交差縫合術
筋腱移行術
筋肉移植術
神経剥離術
神経縫合術
神経移植術
筋腱移行術
神経剥離術
神経縫合術
神経移植術
筋腱移行術
神経剥離術
神経縫合術
神経移植術
筋腱移行術
神経剥離術
オープン
鏡視下
神経縫合術
神経移植術
筋腱移行術
切除術:オープン
鏡視下
オープン
鏡視下
オープン
鏡視下
オープン
鏡視下
その他
オープン
鏡視下
人工骨頭置換術
人工関節置換術
関節固定術
その他
オープン
鏡視下
人工骨頭置換術
人工関節置換術
関節固定術
その他
289
462
36
145
5
66
85
86
81
23
38
14
4
14
22
15
17
3
0
3
5
0
0
0
0
0
3
1
2
0
10
9
14
0
1
1
3
60
9
106
10
100
34
487
10
19
50
79
92
1
1
10
33
34
31
0
2
c
o
r
ed
e
c
o
mp
r
e
s
s
i
o
n
Ⅸ.上腕骨頭壊死
Ⅹ.上方関節唇損傷
切除術
修復術
XI
.上腕二頭筋
1.上腕二頭筋長頭腱(部分)断裂
長頭腱障害
2.上腕二頭筋長頭腱(亜)脱臼
XI
I
.化膿性肩関節炎
関節洗浄
1.良性骨腫瘍:上腕骨発生
:肩甲骨発生
:鎖骨発生
2.悪性骨腫瘍:上腕骨発生
:肩甲骨発生
:鎖骨発生
XI
I
I
.腫瘍
3.良性軟部腫瘍:上腕部発生
:肩甲骨周辺発生
:鎖骨周辺発生
4.悪性軟部腫瘍:上腕部発生
:肩甲骨周辺発生
:鎖骨周辺発生
1.PVS 病巣切除
XI
V.その他
2.肩ベネット 骨棘障害:切除形成術
A. 合
計
-7
0
2-
オープン
鏡視下
人工骨頭置換術
人工関節置換術
関節固定術
その他
オープン
鏡視下
オープン
鏡視下
修復術
腱固定術
切腱術
整復術
腱固定術
切腱術
オープン
鏡視下
その他
病巣掻爬骨移植
病巣掻爬 HA充填
その他
病巣掻爬骨移植
病巣掻爬 HA充填
その他
病巣掻爬骨移植
病巣掻爬 HA充填
その他
病巣切除再建術
離断術
その他
病巣切除再建術
離断術
その他
病巣切除再建術
離断術
その他
腫瘍摘出術
摘出及び再建術
その他
腫瘍摘出術
摘出及び再建術
その他
腫瘍摘出術
摘出及び再建術
その他
病巣切除再建術
離断術
その他
病巣切除再建術
離断術
その他
腫瘍摘出術
摘出及び再建術
その他
オープン
鏡視下
オープン
鏡視下
件数
1
4
28
5
0
1
0
323
0
318
56
143
145
98
63
48
58
76
6
22
24
30
4
7
12
0
1
0
28
5
4
14
2
1
3
1
3
161
1
5
101
10
1
15
0
0
22
1
3
19
2
3
3
0
2
1
12
4
35
173
18,
153
表 2.投球障害肩に対する手術件数
切除形成術:オープン
1.ベネット 骨棘障害
鏡視下形成術
オープン
2.インピンジメント 症候群:肩峰形成術
鏡視下
オープン
3.腱板損傷:デブリド マン
:修復術
4.不安定症
修復術
7.拘縮
鏡視下
97
オープン
31
鏡視下
オープン
鏡視下
オープン
鏡視下
8.その他
件数
B. 合
計
-7
0
3-
5
112
オープン
授動術
70
オープン
鏡視下
:修復術
5
145
オープン
6.上方関節唇損傷:デブリド マン
30
鏡視下
鏡視下
5.腱板疎部損傷 修復術
1
167
8
37
0
134
3
140
8
38
4
1,
035
表 3.合併症一覧
・術後の局所感染
・術後 CRPS
(肩手症候群)
・スーチャーアンカーのト ラブル
26
24
17
術中アンカーの破損
2
骨頭軟骨への貫通
1
術後のアンカーの脱転
14
・術中の神経損傷
10
術中操作によるもの
6
牽引や体位によるもの
3
神経ブロックに伴うもの
1
・骨接合術術後合併症
8
再転位
5
インプラント 周囲での再骨折
2
プレート の折損
1
(肩関節脱臼 1)
・腱板修復術後の再断裂
7
・鏡視下手術器具の術中破損
6
縫合器具の針の折損
3
VAPRプローブの破損
1
カニューラの破損
1
ド リルビ ット の破損
1
・術後の高度な肩関節拘縮
6
・術後血管合併症
3
深部静脈血栓症
2
(上記 2例中 1例が肺塞栓を併発し死亡)
肺塞栓
1
・術後の肩関節脱臼
3
人工関節置換術後
1
上腕骨近位端骨折骨接合術術後
1
鏡視下関節授動術術後
1
・Br
i
s
t
o
w変法などの移行骨片の脱転
3
・術中血管(静脈)損傷
2
・腱板修復術後の肩峰下面の骨浸食
2
・関節鏡用潅流液の漏出による頚部皮下水腫
1
・その他
4
C. 合
計
-7
0
4-
122
表4.代表的疾患手術の平均入院期間
1.肩関節不安定症に対する修復術
オープン手術の平均件数(228件 /
62施設)
3.
7件
平均入院期間(71施設)
15日
鏡視下手術の平均件数(1729件 /
143施設)
平均入院期間(157施設)
オープン手術の平均件数(1326件 /
121施設)
2.腱板断裂に対する修復術
12.
1件
9.
9日
11件
平均入院期間(129施設)
6日
33.
鏡視下手術の平均件数(4242件 /
152施設)
27.
9件
平均入院期間(168施設)
24.
5日
-7
0
5-