高台の菊池さん家『井戸端アートギャラリー』開催によせて

2014 年 10 月 12 日
高台の菊池さん家『井戸端アートギャラリー』開催によせて
この度、常陸太田アーティスト・イン・レジデンスは『ヒタチオオタ芸術会議 2014』の一環
として、現代美術家の津田翔平、および踊り手の東山佳永をゲストアーティストとして招聘し、
ここ「高台の菊池さん家」にて『井戸端アートギャラリー』を開催する運びとなりました。
このお宅の家主であった菊池昇さんとサクさんご夫妻は、サクさんが今年3月に 92 歳で亡く
なられるまで、この家で数十年の月日を過ごされました。歪んだ柱、昇さんの手によって補修
を重ねられた壁、そして基礎が腐ってしまった床など。この家には、その年月の中で辿ったお
二人の軌跡がそこここに刻み込まれています。
サクさんは晩年、結束バンドやビーズ、手芸用のリリアーンなど、おもに身の回りに溢れる
大量生産品を材料として数多くの作品を制作していきました。単体では無味乾燥なそれらの既
製品は、様々な素材と組み合わされてサクさんの作品の一部になった瞬間から、あらかじめ想
定された用途や生産者の意図をこえて固有の意味あいが付与されます。ものとして独自の個性
を獲得すると言うこともできるでしょう。
事実、サクさんの作品は彼女と近しい関係にあった人々にとっては無二の思い出の品となっ
ています。さらにはサクさんを直接的に知らないわたしたちも、作品を通してご本人の几帳面
な人柄を垣間見られるだけではなく、作品の持つ豊かな色彩感覚とユーモアについ笑みがこぼ
れ、さらにその圧倒的な手間数を目の当たりにして言葉を失うのです。
何と言うことのない、ありふれた素材を使って編まれた唯一無ニの作品たち。それらは、見
慣れたものを普段とは違う視点で眺めることによって生まれる創造力の存在を私たちに教えて
くれます。ものごとを元あった文脈から引き剥がし、別の文脈へと再配置すること。サクさん
が無意識的に実践してきたそのような営みは、多くの現代アートの作家たちが取り入れてきた
制作手法と不思議な重なりあいを見せていることもまた言及しておくべきでしょう。
サクさんの目には、世界はどのように見えていたのでしょうか。ご本人が亡くなった今とな
っては知る由もありませんが、残されたわたしたちに出来ることは、サクさんを特殊な才能を
持ったアーティストとして崇めることでも、膨大な量の作品群を単なる手慰みと軽んじること
でもありません。私たちはむしろ、サクさんの作品を通じて日常的な実践に潜む創造性に目を
向け、彼女の人生の楽しみ方に積極的に学んでいくべきではないでしょうか。
今回の『井戸端アートギャラリー』展覧会では、2部屋を使ってサクさんが残した膨大な量
の作品群の中から一部を展示構成します。さらには、既にそこにあるものの解体/再構築を通じ
てサイトスペシフィックな空間作品を制作する津田翔平のインスタレーション、および天下野
の郷土文化保存伝承施設『こしらえ館』を拠点に、長年にわたり精力的な制作活動を続ける陶
芸クラブ「陶水会」メンバーによる作品の展示、同じく『こしらえ館』を利用する方々を中心
に自然発生的に制作されている常陸太田市子育て支援キャラクター「じょうづるさん」の陶器
作品を展示するほか、水府地区滞在アーティストのミヤタユキがライフワークとして行ってい
る鯉のぼり再利用プロジェクト SCOI、同じく林友深のグラスデコ作品の展示も合わせて行いま
す。さらに会期最終日には、踊り手である東山佳永によるパフォーマンスも行われ、非常に充
実した一週間となります。民家という一続きの空間に展示された、現代美術作家たちによる作
品と、地元の方々によってあくまでも生活を彩るために制作された作品たちは、いかなる親和
もしくは反発を生むのでしょうか。ぜひご刮目ください。
最後になりましたが、ご両親との思い出の場所であるこの家をギャラリーとして使用するこ
とをご快諾下さった菊池覚さん、政子さんご夫妻をはじめ、難しい要望を見事に形にしてくだ
さった菊池工業建設の菊池政也さん、常陸太田アーティスト・イン・レジデンスと「こしらえ
館」の橋渡し役としてご尽力下さっている根本聡子さん、その他今回の展示に向けてご支援を
いただいた全ての方々に最大限の謝意を表し、展覧会開催に寄せる声明とさせていただきます。
ヒタチオオタ芸術会議 2014
高台の菊池さん家『井戸端アートギャラリー』ゲストキュレーター
佐藤慎一郎