開発学を通して BOP ビジネスを考察する

Student Essays of Osaka University Strategic Management Seminar
大阪大学経済学部中川功一ゼミ論文(2014)2,116-126.
開発学を通して BOP ビジネスを考察する
大阪大学経済学部 4 年
小西
未紗
BOP とは Bottom Of the economic Pyramid もしくは Base Of the economic Pyramid を
指す。BOP ビジネスとは、企業、NGO 開発援助機関、そして BOP 層によるパートナーシップ
でビジネスを行い、企業の本業としての収益の確保、貧困層の課題解決、貧困削減を目指
そうというものである。
BOP ビジネスでは、これまで搾取によって成り立っていた先進国と途上国の関係を「対等
な」パートナーとして、ビジネスにより持続可能な方法で貧困問題の解決を目指す、とい
う革新的なアイデアであるということばかりが強調され、素晴らしいビジネスだというよ
うに持ち上げられてきた面があると思われる。ただ貧困問題を解決するというミッション
の達成を BOP 層と手を取り合って行うことをアピールするのみで、BOP 層の文化や立場への
配慮がなされていないと感じている。そこで、開発学を通じて、BOP ビジネスを考察し、今
後の BOP ビジネスの在り方について考えたい。
開発学を通して BOP ビジネスを考察したいと考える根拠には、両者に共通する動機と定
義がある。
「開発」という行為の根本にあるのも、BOP ビジネスと同じく世界の不均衡である。貧困
は人類の歴史において昔から存在していた。しかし現在、向上する技術によって不均衡な
状態はより一層深刻になり、また、貧困は解決の可能性がある問題になっている。「開発」
は、貧困や、貧困に伴う病理を撲滅しようという世界規模での取り組みといえる。
開発と BOP ビジネスに 2 つ目に共通していることは、
「改良」
「エンパワーメント」
「参加」
という定義の重要性だ。開発におけるこれらの定義が意味することは、現地の人々が価値
あるものと認識する事柄を改善するために、現地住民に計画立案やマネジメントする力を
つけ、社会の成員が現在そして未来における自らの生活に影響を与える決定にかかわる、
ということだ。
BOP ビジネスにおいても、貧困によってあらゆる追加的コストを払わなければならないと
いう BOP ペナルティを負った状況を「改良」するために、BOP 層を「エンパワーメント」し
て、BOP 層が改良のプロセスに「参加」することを重視する。
1.BOP ビジネス概要
世界の約 56 億人からなる経済ピラミッドのうち、TOP 層とよばれる年間所得 20,000 ドル
以上の層が約 1.75 億人存在し、その次に来るのが MOP 層と呼ばれる年間所得 3,000 ドル
以上の層で約 14 億人が該当する。BOP ビジネスで対象となる消費者とは経済ピラミッドの
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最下層にいるといわれる 40 億人である。この 40 億人の家計所得は日本の実質 GDP に匹敵
する 5 兆ドルにも達すると言われ、各国で BOP ビジネスに注目する動きがみられる事にも
納得できる。
プラハラードの BOP ビジネスの発想の原点になった一つの疑問「優れた技術や、経営の
ノウハウ、投資する力を持ちながら、世界中に広がる貧困や公民権はく奪の問題に少しも
貢献できないのはなぜなのか?」のように、われわれがさまざまなものを持っているその
一方で持たざる者としての 40 億人の存在は解決すべき大きな問題である。これまでにも援
助活動や補助金などという形での解決策は提案されてきたが、40 億人を救うには至ってい
ない。また、援助活動や補助金といった方法にはしばしば貧困層の依存や、政府に汚職が
蔓延し本当に助けを必要としている人に援助が届いていない可能性があることなどが指摘
され、貧困問題の解決策として適当であるのかは疑問が残る。
そこで、現地の消費者や労働者、先進国企業、NGO や NPO などが協力して「企業利益と社
会利益を同時に実現」しようという試みが BOP ビジネスである。BOP ビジネスはこの、多様
なアクターがそれぞれ利益を得ることができる win-win の、さらには win-win-win のビジ
ネスであるといわれる。
BOP ビジネスは慈善事業や社会貢献活動ではない、そして貧困層からの搾取を目的とする
ものでもない。「低所得の人たちを、上から目線で見るのではなく、同じ人間として尊重」
し、同じ目線でパートナーシップを結ぶことで貧困問題に立ち向かう新しい試みなのだ、
というのが BOP ビジネスの説明でよく見かける一文だ。
では、BOP ビジネスにどのようなアクターが存在し、BOP ビジネスにおいてどのような役
割を担い、どのような意義を持って BOP ビジネスに参加するのか、ということを見てみた
い。
[1]企業
(ⅰ)BOP ビジネスにおける企業の役割
企業は、その資金調達力、技術資源、組織運営のノウハウ、合理性、企業家精神といっ
た、これまでは社会的課題解決のために必要とは考えられてこなかった資源を BOP 層の抱
える社会的課題の解決に活かすことである。
(ⅱ)企業にとっての BOP ビジネス参入への壁
日本において BOP ビジネスは広がり始めたばかりであり、広く認識されているとは言い
難いのが現状である。それ故、社内や民間の投資家からの理解を得られず、資金の調達が
困難である。自前で資金調達をできないために政府系援助資金に頼らざるをえないという
状況になっている。
(ⅲ)企業にとっての BOP ビジネスへの期待
日本や欧米といった先進国市場が成熟、縮小傾向にある今、新興国・途上国市場はこ
れから大きく発展する可能性がある。その新興市場に他の企業よりも早く進出すれば、競
争優位を築くことができるのだ。また、アジアには BOP 層約 40 億人のうちの 7 割に当たる
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約 28 億人がおり、
日本企業が BOP ビジネスに力を注ぐことは非常に有意義であると言える。
また、BOP 市場においては先進国市場にはない制約が数多く存在しており、今までとはま
ったく新しいビジネスへのアプローチが必要になる。BOP 市場で成功するために革新的なイ
ノベーションを起こさなければならない。そのイノベーションが BOP 市場での成功はもち
ろん、企業の全体にとってもプラスに働くことが理想的である。
[2]BOP 層
(ⅰ)BOP ビジネスにおける BOP 層の人々の役割
BOP ビジネスは当初、貧困層をいまだ手つかずの巨大市場と考え、貧困層を顧客にする、
というものであったが、この第一世代と呼ばれる BOP ビジネスから、貧困層をパートナー
に、という第二世代の BOP ビジネスへと変化がおこった。消費者としてのみならず、販売
者として、生産者として、共同開発者として、BOP 層をとらえる考え方だ。つまり、BOP 層
はビジネスにおける企業の新たなパートナーとして、富を共創する役割を担っている。
(ⅱ)BOP 層にとって BOP ビジネス参入への壁
BOP 層の中にはこれまでビジネスにかかわったことのない人々も多く含まれる。そういっ
た人々は、これまで慣れ親しんできたやり方を捨て、全く新しいやり方に変えることに抵
抗を感じる人もいる。(ⅲ)BOP 層が期待する BOP ビジネスのあり方
貧困層は生活に必要なものやサービスに対して、裕福な消費者よりも余計に金銭や労働
といったコストを支払わなければならないということが往々にしてある。これを「BOP ペナ
ルティ」と呼ぶ。こういった貧しいが故の問題を、誰かが解決してくれる、というのでは
なく自らも解決のプロセスに関わるということが重要であろう。BOP ビジネスに参加するこ
とで働き口を得、収入が定期的に確保できるというだけではなく、自らが持つ力を知り未
来へのあこがれや夢を持つことができる。
[3]NGO
NGO はこれまで、貧困問題の解決という大きな問題に長く、深く関わってきた。その NGO
がビジネスというアプローチで自らの目標を達成しようとすることの障壁となることや意
義は何だろうか。
(ⅰ)BOP ビジネスにおける NGO の役割
NGO は、BOP の支援を他のアクターよりも BOP 層に近い距離で、行ってきた。そのため、
BOP 層のニーズを発掘することや、BOP ビジネスを行う上で必要なネットワークの構築にそ
れまで蓄積してきたノウハウや経験を活かすことができる。また、BOP ビジネスには BOP 層
からの信頼が欠かせない。NGO は企業や政府よりもコミュニティに溶け込んでいるため、そ
の現地密着性を活かして、地域の人々の協力を仰いだり、人々を集め、研修や人材育成と
いった啓発・教育活動を行うことができる。
(ⅱ)NGO にとっての BOP ビジネス参入への壁
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途上国の貧困層を市場経済に組み込むことは、新たな格差を生むのではないかという懸
念がある。その結果、対象社会の相互扶助のシステムが崩壊し、コミュニティが崩壊して
しまうのではないか、そして更なる貧困という結末に陥るのではないかという思いが NGO
にはあるのだ。
(ⅲ)NGO にとっての BOP ビジネスに対する期待
NGO にとっての BOP ビジネスに参加することの意義とは、他のアクターとの協働によって
NGO が取り組む社会的課題の早期解決が望めることだ。
[4]先進国開発援助機関(ここでは、日本を例に挙げる)
(ⅰ)開発援助機関の BOP ビジネスにおける役割
開発援助機関の役割は、その影響力の大きさを活かした、BOP ビジネスの普及・啓発活動
や F/S 調査、実際にプロジェクトが動き始めてからのそれぞれの段階でのパートナーシッ
プ支援や資金援助である。
それぞれ細かい条件はあるものの、JICA 等日本の開発援助機関は企業が BOP ビジネスに
取り組む際に通過するステップごとにきめ細かい支援のための施策を用意している。これ
まで行われてきた BOP ビジネスへの取り組みを具体的にみると、まず BOP ビジネスという
概念の普及のための情報発信である。貿易振興機構(以下ジェトロ)による市場調査や海
外駐在員や専門アドバイザーによる情報提供などがある。次にパートナーシップの構築支
援である。ジェトロによるアポイントメント代行取得サービスや展示会の開催、JICA によ
る NGO の紹介などがある。現地では現地の BOP 層や関係者への普及啓発の支援を行う。JICA
により専門職員の派遣などによって支援が行われる。資金面では JBIC や中小企業向けには
日本政策金融公庫などによる融資や出資、補助金等による支援がある。技術開発の段階で
は JICA による技術協力やジェトロの展示会でのマッチング支援、さらには中小企業庁等に
よる資金支援も行われる。そのほか途上国のビジネスインフラ整備の促進のために、JICA
の技術協力や経済産業省による円借款等の支援がある。
(ⅱ)開発援助機関の BOP ビジネス参入への壁
開発援助機関による BOP ビジネスへの具体的な取り組みを見ればわかるとおり、日本で
は、開発を担う機関が経済産業省や日本貿易振興機関、外務省、JICA 等と分散している。
このことから、日本は欧米に 10 年遅れをとっていると指摘されるような状況が生じたと考
えられる。
その点において、たとえばアメリカでは、米国国際開発庁(USAID)はグローバル開発ア
ライアンス(GDA)と呼ばれる官民連携モデルをスタートさせた。この GDA においては、NGO
や民間企業をはじめ、コンサルタント、大学、財団などが提案した開発事業を USAID とと
もに実施する。NGO、コンサルタント、大学、財団が実施団体としての役割を担い、USAID
や企業が資金提供者となる。さらに USAID は DIV と呼ばれる開発イノベーションファンド
を立ち上げている。大学や企業、NGO が提案した事業の中から選ばれると助成金が出される
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のだ。このような支援アプローチの工夫はアメリカだけでなく、イギリス、ドイツなどに
も見られる。
(ⅲ)開発援助機関にとっての BOP ビジネスへの期待
新興国の発展に貢献するのみならず、自国の企業の海外展開の促進や日本企業の認知度
向上にもつながるため、自国の利益にも資することができるという期待がある。
BOP ビジネスはこれらのアクターが一つのプロジェクトの中で互いに補いながら、一つの
問題に取り組む、パートナーシップによる貧困問題解決アプローチである。従来タッグを
組むことのなかった主体が集まり、一つの問題への解決方法を探ることで、これまでにな
い革新的な方法、つまりイノベーションが生まれることが期待できるのだ。
例えば、BOP ビジネスの例としてよくあげられる、日本ポリグルの例。日本ポリグルは「世
界の人々が安心して生水を飲めるようにする」という理念のもと、水質浄化剤の販売を行
う中小企業である。企業の理念を実現するために、安全な水へのアクセスの乏しい地域へ
の進出を目指していたが、進出前は全く土地に精通しておらず、流通や販売方法が確立さ
れていなかった。そこで、現地の女性を雇用することで、日本ポリグルとしては全く土地
に精通していなかったにもかかわらず、製品を流通させることができ、製品の使用方法に
ついても正しい知識を浸透させることができた。BOP 層にとっては、消費者として、安全な
水を飲むことができること、そして雇用された女性たちは、働き口を得、収入を得ること
ができるようになった。
ヤマハ発動機の例では、NGO と企業のパートナーシップを見ることができる。アフリカ・
セネガルで、ヤマハ発動機は 30 年以上にわたり、船外機の発売を行っている。ある時、ヤ
マハ発動機のスタッフが、ベルギーの NGO であるメグゾップが農業支援を行っている場に
出くわしたことがきっかけで、ヤマハ発動機のポンプを使った、「点滴灌水」と呼ばれる農
法が考案されることになった。セネガルでは、熱帯乾燥気候のため、砂漠化と慢性的水不
足によって、水撒きの手間が農民にとって大きな負担となることが農業分野の足かせとな
っていた。そこで、農業の実情を知るメグゾップと、技術をもつヤマハによる新農法の開
発に至ったのだ。両者の協力によって、新しい製品が生まれたことはもちろん、発売して
間もなくはメグゾップがヤマハ発動機からポンプを買い上げて、農民にリースする、とい
う形で製品を浸透させることができた。メグゾップは農業指導を行う NGO であるので、農
民にポンプをリースする役割を果たしながら、ポンプを使った農法の普及も行った。
このように、立場の異なるアクターの出会いによって、これまでになかった、ビジネス
が生まれるのだ。そして、関わりあったアクターそれぞれが利益を得ることから、BOP ビジ
ネスは Win-Win の、Win-Win-Win のビジネスであると言われる。
2.開発学を通して BOP ビジネスを考える
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開発学の中でも「参加型」といわれるものに着目したい。
開発学の中で「参加型」はメインストリームであると言われる。先述したとおり、「開発」
は貧困問題の解決を目指す、という動機が BOP ビジネスと共通しているうえ、「参加型」開
発は受益者となる弱者の声を反映させることを期待して行われる、という点において BOP
ビジネスと理念が共通していると言えるので、「参加型」開発を通して BOP ビジネスの問題
点を考察することができるのではないか、と考えた。
「参加型」開発に関しては、「参加型」という言葉や概念が独り歩きし、本来の理念が実現
されているような面がある。
「参加型」という言葉、英語で言う Participatry という言葉
に惑わされ、
「参加型ツール」を使えば「参加型」の指す理念が達成できるかのような認識
が広まってしまったのだ。そこで、「参加型」開発の理念や問題点をめぐっては様々な議論
がなされている。その中でも、「参加型」が必ず事業の成功につながるのか、女性の参加は
本当に彼女たちに利益をもたらすのか、「参加型」開発の評価について、以上に関する先行
の考察を取り上げ、それを通して現行の BOP ビジネスの問題点を考えたい。
(イ)「参加型」にすれば成功するのか
BOP ビジネスにおいては住民参加のアプローチがミッション達成の鍵であるように言わ
れることが多いが、
「参加型」にすれば必ず目的を達成できるというのだろうか。開発学に
おいては参加型にすればうまくいくのか、という問題がすでに議論されている。
野田直人氏はまず、
「開発」を開発行為の主体と受益者の関係から 3 つのタイプに分類す
る。
まず、開発の主体が外部者で受益者も外部者のタイプ。これは、ゴルフ場開発や発電所建
設のようなパターンのもので外部からやってきたものが主導し、その開発の利益は住民以
外が享受するものである
次に、開発の主体が内部者で受益者も内部者のタイプ。
住民が、自分たちの生活向上の
ために道路建設を計画し、建設し、それを利用することによって利益をえるのも住民つま
り内部者であるといったものである。そして、開発の主体が内部者と外部者どちらも想定
され、受益者は内部者であるタイプ。これは、学校教育の例で、教員は国が派遣するが、
校舎は住民の手で建設しなければならない場合などである。
以上の 3 つの分類のうち、
「参加型」であるとはっきりといえるのは、内部主体で受益者
も内部となるタイプであり、主体が内部者と外部者どちらも想定される場合を考える際に、
「開発型」という言葉のあいまいさが問題となってくるとされる。
「参加型」という言葉の意味するところを考えるために、野田氏はさらに、外部者と内
部者の関係性を住民の「参加レベル」によって分類する。一つ目が住民に労働力の提供を
求めるもの。これは、プロジェクト自体は外部発信で行われるが、実際に労働を行うのは
地域の住民である場合である。二つ目が住民との相談レベルである。計画段階から住民の
意見を求めるものであるが、あくまでも「相談」の段階であるので、計画そのものは外部
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者が作成する。住民の意見は反映されているといえども、目標となるゴールそのものは外
部者の満足するようなレベルに定められる。最後に、住民が主導権をとるレベル。ここで
は、住民からの発案に対し、外部者が場所や情報の提供を行う。住民発信のプロジェクト
であるのでゴールも住民によって定められる。
野田氏は、あらゆる開発がこれらの 3 つの分類にきれいにあてはまることはないと断り
ながらも、住民が主導権を握るような形で遂行されるプロジェクトこそが「参加型開発」
と呼べる、としている。住民の主体性や自主性にこそ「参加型」であることの意義を求め、
労働力を提供するために「動員する」ことや調査や住民の合意を得るためだけのワークシ
ョップへの「出席」を住民の「参加」としてしまうことに疑問を投げかけている。
住民が主導権を握り、自らのためにプロジェクトを立ち上げ、運営していくことが、住
民参加の意義であり、持続可能性にもつながる。これを「参加型」の理念と呼ぶことがで
きる。この、
「参加型」の理念を満たすものだけを「参加型」と呼ぶべきで、外部者による
目的設定や期限設定があるものは「参加型」と言うべきではない、と野田氏は考える。
この、開発における「参加型」の意義を考慮すると、BOP ビジネスは本当の意味で住民の
参加を実現しているといえるか疑問である。BOP ビジネスでは先進国による途上国からの搾
取という構図を乗り越えた、価値の共創があるといわれるが、外部者の基準ではかられた
「便利さ」や「豊かさ」を目標として、外部者の満足いくような形での計画がなされ、労
働力のための「動員」や、住民の合意を目的とした「出席」を「参加」としている場合が
少なからずあるのではないだろうか。
(ロ)女性の参加について
開発において、女性の参加は重要視されてきた。たとえば衛生教育においては、家族の
健康を預かる立場の女性に衛生教育を行うことで、たとえば手を清潔に保つことが下痢な
どの疾患を予防することになるといった理由からだ。
しかし、こういった女性にスポットを当てた開発事業には問題も発生した。先にあげた
衛生教育の例では、女性のみを選んで教育を行ったことで、衛生の重要性を知らない男性
たちから女性が孤立してしまったのだ。結局、女性のみに絞って教育を行ったことがかえ
ってコミュニティ全体への衛生観念の浸透を阻害してしまう結果を招くことになってしま
った。
また、女性の参加が開発に効果的であるという考え方はドナーの側の理論であって、現
地の人々にとっては負担の増加になるという指摘がある。水道衛生分野において、男性が
維持管理、女性が衛生教育という役割分担が伝統的に行われてきた。しかし、ユニセフの
プロジェクトでジェンダーの視点が取り入れられた際に、女性に維持管理、男性に衛生教
育という役割分担を行った。ここで起こったことは、女性に維持管理を任せるためには、
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肉体労働のため男性よりも多くの人数を割かなければならないという状況であり、時間も
余分に必要となったため女性たちはプライベートな時間をやりくりして仕事を行った。女
性たちはボランティアで水道の管理業務を行っていたが、一方で男性たちがゴミ捨てなど
の仕事を有給で行っていたうえ、男性たちからは女性たちの仕事を無給であることが妥当
であるという風に考えられ、女性たち自身もそれを受け入れていた。女性にフッ素処理の
技術を教えるというプロジェクトにおいても、女性の就業を期待して行われたものであっ
たにもかかわらず、女性はその技術を家庭内でのみ利用し、技術を使って仕事をすること
ができたのは男性であったという事例がある。
このように、効率性のために、女性に衛生教育を行うことが行われることは多いが、結
果的にニーズの充足や権限の拡大につながるとは限らず、一方で時間や作業、財政的負担
を強いることになる場合もある。
開発への女性の参加が指摘するこれらの問題は、女性を男性や他の仕事から切り離して、
ただ「女性を参加させる」ことにのみに重点を置くのではなく、男女の役割分担、権利と
の関係を考えたうえで女性を参加させることを考える必要があることを示唆している。
BOP ビジネスにおいても、女性の参加は重視されることが多い。これは女性が家計を管理
している場合が多いことや、女性を教育することで、間接的に子供たちを教育することに
もなり、次世代への教育という効果が得られるからである。さらには途上国においてはし
ばしば女性の地位というのは低いものである。そこで、女性に仕事を与え、収入を得られ
るようにすることで女性の地位の向上を目指しているのだ。
「レディ方式」と呼ばれる手法が BOP ビジネスではしばしば採用されてきた。これは、ヤ
クルトや水質浄化剤といった日常で使用される消耗品の販売員として BOP 層の女性を雇用
するものである。彼女たちを雇用することは、ただ単に製品を普及させるための人員の確
保という意味だけではなく、途上国では少ない女性の働き口の創出や、女性の収入源を確
保することによる女性の地位向上にもつながる。また、消費者に近い存在であることから、
消費者の製品への安心や信頼にもつながることや、製品の正しい使い方を浸透させること
ができる、という効果も期待される。
地域によっては、女性が働いていると、夫が稼ぐ能力がないので妻を働かせている、と
いうように思われることを懸念して、男性は妻を働かせることに積極的でない、といった
ことや、そもそも物売りという職業自体があまり好意的にとらえられないといったことが
ある。そうした地域の女性たちを、「雇用創出」「所得向上」といった、外部の理念のため
に口説き落として BOP ビジネスに取り込むことは、はたして彼女たちの利益となるのだろ
うか。所得を得るようになった女性がコミュニティや家庭で疎外されることはないだろう
か。また、もともと女性たちが担っていた仕事の上にさらに仕事を課すことにはならない
だろうか。これらの点が BOP ビジネスを論じるうえで考慮されていなかったと思われる。
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(ハ)「参加型」の評価の難しさ
真崎克彦氏は、あらかじめ外部の主体によって想定された筋書き通りに計画が進行する
ことを「成功」とみる目的論的・機械論的見方を脱し、対象社会で起きる様々な現象との
関係において開発プロジェクトを捉えることを提案している。
目的論的・機械論的な見方は、都合のよい部分にだけ焦点を当て、もっともらしく論じ
ただけのものにすぎない。次世代に環境問題や貧困問題を残すことなく、現在の世代のニ
ーズを満たす「持続可能な開発」という考え方についても、
「持続可能性」とは、持続とい
う目標を達成するために考えられた、方法の達成度合いをみる目的論的・機械論的思考で
あると指摘する。
「思わぬ展開や帰結」が起こる可能性を念頭に置いた事業評価の仕方の重
要性を真崎氏は強調する。
真崎氏があげているネパールのマジュワ村の例を取り上げたい。マジュワ村の例では、
19 世紀に先住民タルが、意図的に送り込まれた移民パハディによって「開発」のために土
地の没収や無償労働をさせられていた。ネパールの民主化をきっかけに移民による先住民
の支配という構図を解消し、先住民の意見が反映されるような開発運営を目指そうという
機運が高まった。そこで、
「ローカル・ガバナンス・プログラム」が施行され、外部介入を
含めた地域主導の開発運営が進められた。外部介入によって、先住民の要望やニーズへの
配慮もなされ、先住民の希望に沿う開発事業がおこなわれることになった。一見「成功し
た」開発事業のようであるが、このような評価の仕方を真崎氏は、住民参加の制度を作っ
たことで開発運営に先住民の声が反映されるようになった、という因果関係に基づく機械
論的な説明であり、地域開発の効率化のための参加型ガバナンスの実現に向けて活動を進
めるという目的論的な説明である、と指摘する。そして一元的な見方をやめ、同じ開発プ
ロジェクトから、様々に生み出された波及効果への注目を促す。マジュワ村で採用された
開発計画は、埋設溝計画であった。確かにこの、水路を埋設するという先住民の要望はか
なえられたが、水路の埋設が必要となる背景にある社会構造は変えることができなかった。
先住民が水路の埋設を必要とした事情は、移民の地主の下で小作人や労働者として荷車を
ひいて働かなければならないからだ。水路を埋設したことによって移民による先住民の使
役への不満をあいまいなものにしたうえ、水路の埋設作業も、先住民の手によって行われ
た。目的論的・機械論的な見方では弱者である先住民を開発運営に積極的に関与させるこ
とには成功しているという評価になるが、目的論的・機械論的な見方をやめ、ほかの面に
も目を向けると、問題の根本を温存したままであることが分かる。
単純に開発が成功したのか失敗に終わったのか、という評価ではなく、
「想定していなか
ったような」展開や帰結に着目した事業評価が必要であるのだ。
BOP ビジネスでは、このような目的論的・機械論的評価が行われてきたと言えるのではな
いだろうか。利益を上げる、という目標を達成したのか否か、製品やサービスが浸透、機
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能するようになったのか否か、という評価の仕方がなされてきたように感じる。BOP ビジネ
スはそれまで社会になかった製品やサービスを対象社会に持ち込むものであるので、「想定
していなかったような」ことが起こりうることは容易に想像できる。そのため、目的論的、
機械論的評価ではなく、「筋書き」以外の影響や効果にも着目する必要があるだろう。
3.従来の BOP ビジネスの在り方への反省と新しい BOP ビジネスの在り方の考察
初期の BOP ビジネスは対象社会の貧困層を消費者としてのみ見ていたが、その、搾取
の構図を乗り越えて、次世代の BOP ビジネスでは貧困層と、企業など他のアクターによる
価値の「共創」が行われているというように説明されることが多い。しかし、販売員とし
て、製造過程の人員として、BOP 層をビジネスに取り込むことは、確かに製品やサービスに
付加価値を与えるものではあるが、イコールパートナーとして価値の共創を行っていると
言えるのだろうか。
開発、とくに「参加型」開発をめぐる議論を通じて、BOP ビジネスの在り方、そして BOP ビ
ジネスに関する議論においてこれまで注目されてこなかった問題点を考察してきた。
まず、「参加型」の理念をめぐる議論から、外部者の設定した目標や手法にのっとって住
民を「動員」することやワークショップ等への「出席」は「参加」と呼ぶことはできない。住民
の主導で目標を設定し、運営していくような BOP ビジネスの在り方が求められる。
次に、女性の参加をめぐる議論から、「女性の参加」ということだけに重点をおいては、
コミュニティの中での女性の立場を危うくしたり、機会の拡大どころか、かえって女性の
負担を増やしてしまうことになりかねないことが分かった。対象社会にもともと根付いて
いる、男女の役割分担や権利の関係の中での女性の参加の仕方を探る必要がある。
そして、目的論的、機械論的評価方法では強い立場の者に都合のよい部分にだけしか焦
点が当てられない、という指摘からは、「想定していなかったような」展開や帰結にも着目
して評価することが必要であるということが分かる。新しい製品やサービスを対象社会に
持ち込む BOP ビジネスにおいては特に、あらかじめ想定されていた「筋書き」以外の影響や
効果について目を向けることが必要であろう。
これらの、「参加型」開発を通して明らかになった BOP ビジネスの問題点を克服するため
には、文化的文脈の重要性の再確認が必要であると考える。
これまでにも、事前調査の重要性や、現地へ何度も足を運ぶことの意義は強調されてき
た。しかし、それらは市場調査という意味合いのものであった。それは、BOP ビジネスが、
受益者たる貧困層以外の、企業などがあらかじめ作った「貧困脱出プラン」を持ち込み、貧
困層を「参加させる」ものであるからだ。しかし、先進国による弱者からの搾取という構
造を脱し、貧困層と価値を共創することを目指すならば、そのような BOP ビジネスの在り
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方は変革しなければならないだろう。
文化的文脈の理解のため、エスノグラフィ調査を取り入れた BOP ビジネスの在り方を提
案したい。従来の BOP ビジネスでの現地調査は、定性調査と呼ばれる類のものであった。
それは、あらかじめ問題を設定して仮説をたてたうえで調査に臨み、調査の段階でも、基
本的には用意した質問によって進められるものである。対して、エスノグラフィ調査とは、
対象となる社会の人々の目線で世界を捉えようという実践である。仮説を設定して調査に
臨むのではなく、調査の過程を通してテーマを設定し過程を組み立てていくやり方である。
エスノグラフィ調査では基本的には対象となる人々の語りや、調査者による観察によって
進められる。そのようなプロセスからスタートすれば、先ほどあげた BOP ビジネスの問題
点を克服することが望めるのではないか。対象となる人々と問題を共有することができる
ため、受益者主体でプロジェクトを進めることができる、対象社会を内側から見ることで、
権利の関係や役割分担を理解することができる、「こちら側」の設定する手段や結果にとら
われない評価を行うことができる、といった具合に。
BOP ビジネスでは「持続可能性」が長所としてあげられてきたが、それは、ビジネスに組
み込むことによって実現する財政的持続可能性や、環境に配慮した手段を選択することに
よる環境の持続可能性であった。エスノグラフィ調査を取り入れることによって社会的持
続可能性の実現が期待できる。人びとに選択される、という意味での持続可能性である。
文献目録
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