-1- うちの子育ては本当に大変でした。一人息子が言うことを全く聞かず

うちの子育ては本当に大変でした。一人息子が言うことを全く聞かず、思い通り育てる
ことはできませんでした。子どもが何人もいれば、一人くらいはいいやという気持ちにな
ったかもしれませんが、一人しかいませんでしたので何とか理想の子どもに育てようとし
ましたが全く言うことを聞かず反抗ばかりしていました。それでも今は医学療法士になり
結婚もしています。今は、息子がどんな顔して子育てをしていくのかが楽しみです。
私は、今は本を執筆したり、講演をしてまわったりして仕事をしているのですが、私の
ところに子育ての相談に来る人が何人もいるんです。それは仕事にはしていません。つま
り、お金は一切いただかず無料で行っています。だいたい常に10人くらいの相談者を抱
えています。
そこで、見えてきていることは、「今の子どもたちは本音を言えなくなっている。親に
も友達にも本音を言えなくなってきている。」ということです。
小さな幼児を持つお母さんが、よく「いじめにあっている。」
という相談に来るんです。私は「2~3歳までは、いじめでな
く喧嘩なんですよ。喧嘩は大切です。ちょっとのケガをするこ
とによって、このくらいやれば、このくらいの血が出て、この
くらい痛いんだというように限度を知ることになる。また、同
じことをしても、すぐに怒る子、怒らない子、その場では怒らなくてもいつまでも根に持
つ子がいるんだな。など人によってさまざまな違いがあることも、喧嘩によって知ること
ができるんですよ。」と話をするんです。
そういうことを今の若いお母さんに話すとすぐにその論拠は何ですかとくる。
今の親は異様にトラブルを恐れる。したがって子どもたちも、もつれあいの体験がない。
様々な体験をしないで入学してくるので1~2年は大変である。本当は小さいトラブルが
大切であり、それはいじめではないんですよ。いじめは出てくるとしたら小学校の2~3
年生くらいから出てくる。子どもの間の役割が変わるようであればそれはいじめでありま
せん。やられる子がいつもきまっているような固定化をしてくればそれはいじめです。
いじめられる子は親には絶対に知られたくない。がっかりさせたくない。悲しませたく
ないと思っている。
うちの息子も何かを問いかけてもだんだん、知らない、別に、うっせーなというように
なってきた。子どもはだんだん何でもないことはしゃべるが大事なことは言わなくなって
くる。こんな事ではいけない。「こちらからも声かけなくては」と思いあるとき、思い切
って息子が家に帰ってくるのを待ち構えて「お帰りなさい」と言ったんです。そうしたら、
息子は何と言ったかというと「何で無駄なことを言うの」と言われた。この頃から、本当
に我が子わからなくなった。
あるお母さんの相談を受けているときに「我が子の考えていることがわからない」とい
うので何歳かと聞いたら「3歳」だという。3歳の子なんて何も考えているわけがない。
お母さん方は「母親は何でも知っていなければならない」という世の中の情報に惑わされ
ているんですね。
私はよくお母さん方を相手に紙を2つに折って右と左にわけてまず左側に自分の子ども
の腹の立つことを書かせるんです。そして、右側にその反対の理想の子ども像を書かせる
んです。
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(腹の立つこと)
(理想の子ども像)
・朝は寝坊をして、いくら起こしてもおきな ・朝は起こさなくてもさっと起きて、「お
い。あげくに「なぜ、起こさなかった」と
早うございます」というさわやかな挨拶
言って、あわてて忘れ物をして出ていく。
をして、自分でしたくをさっと行う。
・学校では、授業中に落ち着きがなく、先生 ・学校では、先生の話に落ち着いて静かに
の話も全然聞かず、成績もまったくふるわ
耳を傾け、元気よくはいと手をあげて授
ない。
業に取り組む。
・いつも家の中に閉じこもり、ゲームばかり ・みんなの先頭に立って元気よく遊び、い
している。
つも明るくさわやかである。
・テレビのお笑い番組ばかり見ていて、読書 ・本をよく読み、感受性豊かで道に作く草
や勉強はいくら言ってもやらない。
花に感動する。
・よく外であばれたりけんかをして、汚れた ・友達誰とも優しく仲良くしてあげる。
り切れたりした服を放り投げっぱなしにす ・家に「ただいま」と明るく帰ってきて、
る。
何もいわなくてもさっとお手伝いをして
・だまって帰ってきて、何もしゃべらず、身
くれる。
の回りのものは投げっぱなしで、夕飯も好 ・夕飯は好き嫌いは言わず出されたものは
き嫌いをいって好きなものしか食べない。
何でもおいしいといってきれいに食べる。
・ゲームをやったり、テレビを見ていて夜遅 ・夜はテレビを見ず、家庭学習をよくして
くまで起きている。
すすんで風呂に入り、さっと寝る。
こんな親が満足するような文句のつけどころのない理想の子はあり
得ないんです。今日のみなさんは理想の子ども像で笑ってくれたけど、
今どきの聴衆は、笑わない人が増えてきている。非常にやりにくいん
です。それが幻であり得ないという論拠はなんですかとなる。だから、
最近は論拠はという人には細かく論拠を言って対応することにしてい
るんです。私があり得ないと言った論拠は、「2つの異なった感性が
同時に発露はない」ということです。
うちの子どもは何でも先頭に並ぶのが好きなんです。運動会のときなど前に先に並んだ
子を押しのけて先頭に並んでるんです。私は恥ずかしくてうちの子じゃないような顔をし
てるんですけど、こっち向いて自慢げにピースなんかしてるんですよ。私はそういうのが
大嫌いなんです。
ところが、あるお母さんはうちの息子のようなのがうらやましいって言うんですよ。そ
のお母さんの息子さんは、地面に咲いてる花や虫が大好きで見つけると地面にうづくまっ
てジーっと見つめちゃうんですね。そんなの両方できる子なんていないんですね。地に咲
く花に感動してジーっと見つめていたかと思うといきなり走り出して友達を押しのけて先
頭に並んじゃう子なんてね。
親が幻の子ども像を追いかけ過ぎてしまうと子どもが幻の子ども像に近づこうとするん
ですね。弱さをさらけ出さない。こんな小さな時から「強くなくてはならない」というふ
うにね。
少年犯罪は最近ずうーっと減ってるんですね。ところが70%の人が増えてると思って
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るんですね。情報の出され方にも問題がある。家庭や地域や先生方の努力のせいで今は少
年犯罪は減っているんです。しかし、凶悪な犯罪ほど報道されてしまう。
ただし、少年犯罪の高年齢化が今は問題なんです。20歳以上になってから爆発してし
まうんです。1999年7月、28歳の若者が羽田でハイジャック事件を起こしました。
機長が刺され死亡しています。その2週間後23歳の男が池袋で無差別殺人を起こし、2
人死亡。その3週間後に35歳の男が下関駅で5人を殺しています。2000年には17
歳がバスジャックで一人を殺人。2006年にはセレブと言われる妻が夫を殺し、バラバ
ラ事件を起こしました。同じ年奈良で16歳が自宅に放火し家族3人を殺しました。20
07年会津で切断した母の首持って警察に出頭。そして、2008年にあの秋葉原の無差
別殺人事件が起き、7人が殺されています。これらの事件に共通しているのは、すべて「自
分がやりました。」と認めていること。さらに、みんな地元のその地域で偏差値がトップ
の進学校に入っている。しかし、大学には思うような進学ができなかったり高校を卒業で
きなかったりしているのです。みんな15、16歳まではうまくいっていたんですが、そ
の後挫折をしています。
多くの子は、挫折を小3、4、5くらいで味わう。大多数の子は10歳前後で幻を降り
るんです。その時「うちの子は悪くなった」となるんですね。それまでは、お母様なんて
言ってくれてたのが、クソバアとなる。でもこれは早ければ早い方がいいんです。悪い姿
をさらけ出すんです。いい姿を演じ続けていてはいけないんです。
あの秋葉原の加藤は、しつけではなくあれは虐待と言っていいです。母親は青森高校に
どうしても息子を入れたかった。ところがこの子はやることが遅くご飯を食べるのも遅か
ったんですね。それで母親はあるとき床に広げた新聞広告にごはんと味噌汁をぶちまけて、
それを食べろと言ったんですね。母親はいつまでも幻の子ども像を追いかけてしまったん
ですね。家庭が安心して生きられるところになっていない。私は幻という言い方をよく使
って話をするんです。幻の嫁、幻の教師、幻の母親像ってのもある。学校は下手をすると
幻の教師像と幻の母親像の求め合いになってしまっている。
現代は、「仲良し」「友達」も変化してきてしまっている。本音を言えるのが友達では
なく、友達をつくって安心しているんです。
私が相談をうけている不登校児で小4でおもらしをしてしまった女の子がいる。小4で
おもらしをしてしまうと、ちょっときついかも知れない。私はヅケヅケ聞く方なので、そ
の子に「おもらしをした授業の前の休み時間に、どうしてトイレ
に行っておかなかったのか」って聞いたんですね。そうしたら涙
をこぼしながら言うんです。「ひとりぼっちでトイレに行くとこ
ろを見られたくなかった。」って言うんですね。「友達がいないと
いう姿」を見られるのが怖いんです。
今の子は、ある年代から自分を殺して、自分を人に合わせてつきあうんですね。昔だっ
たら、いやな事を言う子がいたら、「そんな子と友達にならくていい」と言うのが母親だ
った。ところがある子がお母さんに「友だちとうまく合わせられない」って言ったら、
「ど
じ、うまく付き合え」って、お母さんに言われたって言うんですね。
また、最近では学校から子どもが帰ると母親が「今日は、誰と話したの?」「お友達は
できたの?何人くらいお友達がいるの?」という風に、『お友達プレッシャー』をかける
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っていうんですね。
学校家庭地域の連携は大切ですが、それぞれ価値観の違いがあっていいのではないです
かね。そうしないといつでもどこでもよい子を求められると、子どもは逃げ場がなくなっ
てしまうんですね。
最後に「家庭と社会で何ができるか。」という2点についてお話をします。
まず、家庭です。子どもが休める場になって欲しい。学校や地域が舞台だとしたら家庭は
楽屋になってほしい。学校は活躍する場所。地域は例えばスイミングとか何かの大会など
で活躍する場と考えたときに家庭は一休みのできる楽屋になってほしい。いじめにあった
時に「つらい」という弱音をはける場所になってほしい。
いろいろな幻の情報に踊らされず、幻から早く降りたほうがいい。今はそれを邪魔をす
る幻の情報が多い。たとえば子育てに関する情報など。いい母、いい妻、いい嫁。そう言
う幻からは早く降りた方がいいんです。私は、一番降りやすかったいい妻から降りました。
子育てを邪魔する幻の情報に「3歳くらいまでは母親に育てられるべきだ」なんてのもあ
、、、、、
る。あれは、「3歳くらいまでは母親なる者の手で育てられるべきだ」です。そうでなけ
れば母親がノイローゼになってしまう。夫婦いっしょに子育てをするんです。シングルの
お母さんは大変ですが、この後お話をする社会や地域も力になってくれます。
私はスポ根てのも嫌いです。うちの主人は大学まで野球をやっておりバリバリのスポ根
人間だった。私は勉強をさせたかったのにね。息子の子育てでもよくぶつかったものです。
息子が高校で野球部に入るのをやめようとしたときも意見がぶつかりました。主人は「お
前はフラフラし過ぎる。」と言ったんですが、私は自分で決めることが大切で野球だけや
っていればいいってもんではないって言ったんです。ある時は、私が受験勉強をもっとが
んばれと言っていると、主人が「気晴らしにラーメン食いに行こう」なんて連れていっち
ゃうんです。でも、息子は今までを振り返って「僕は、その時々で、親子3人の中で2対
1の2の方にいられてよかった」と言っているんです。
次に社会的に何ができるかというと子どもはいろいろな人に育てられるということで
す。
私は、四万十川の近くで生まれ育ち、父は元職業軍人、母は教員であった。その父が酔
って私をすごく殴るんです。殴られて殴られていつも怖い思いをして、私は自分がきらい
になり、私はここにいてはいけないと思うようになりました。中1、13歳の時に自殺を
考えました。そのとき中学校の先生で吃音のあるたどたどしくしゃべる先生が私に近寄っ
て来て「よう、がんばりゆ」と言ってくれた。しばらくすると、また「よう、がんばりゆ」
と言ってくれる。この「ゆ」は、「よくがんばってるなあ」という意
味なんです。「がんばれよ」ではないんです。その言葉で私は救われ
た。生きのびることができたんです。子どもは、いろいろな人によ
って育てられるんです。その後、その先生が生きているうちには、
会うことはできず、感謝の気持ちを伝えることはできませんでした。
でも、その感謝の気持ちを胸に秘めながら、今のこのような仕事を
がんばっているんです。
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