情報化社会と経済

情報化社会と経済
情報化社会の見方
第1回 情報化社会と経済、IT 投資と経済成長
1、情報通信技術の発達と情報化社会
1990 年に入り、コンピュータとインターネットを中心とした情報通信技術
(IT:Information Technology)の発達と経済活動への投資(IT 投資)が加速
化し、経済や社会への影響・変革まで含めた「IT 革命」という言葉が強調され
るようになった。
日 本 で も 経 済 の 低 迷 が 続 い た 90 年 代 の 後 半 か ら 情 報 通 信 技 術 ( IT :
Information Technology)とその投資(IT 投資)の遅れが要因であると認識さ
れるようになり、「IT 革命」という言葉が強調されるようになった。そして 2001
年には政府によって「5 年以内に世界最先端の IT 国家となることを目指す」と
した「e-Japan 戦略」が発表され、超高速ネットワークインフラの整備の他、
電子商取引の推進、電子政府の実現などの政策目標が掲げられた。その結果、
ブロードバンド1を中心としたネットワークインフラ(情報基盤)の整備はこの
数年間に急速に進み、2014 末のインターネット利用者数は、10,018 万人、人口
普及率は 82.8%となった。(図 1-1 参照)。
図 1-1 インターネットの利用者数と人口普及率の推移
平成 27 年度 情報通信白書 より
光ファイバーや CATV、ADSL などの有線通信技術や、FWA(無線 LAN)
、IMT-2000
(第三世代携帯電話の通信規格)といった無線通信技術をラストワンマイル(各家庭)ま
で直接接続することによって実現される高速通信回線のこと。
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2000 年代中ごろから、従来(Web1.0)とは異なる新しいウェブの世界を構築す
る概念として Web2.0 が使われるようになった。
Web2.0 とは、特定の技術やサービス、製品ではなく従来(Web1.0)とは異
なる新しいウェブの世界の特徴、環境変化、トレンドを総称したものである。
テクノロジー関連のマニュアルや書籍の出版社である米国の O'reilly Media の
CEO、Tim O'Reilly によって提唱された。「2.0」という表現が使われたのは、
1990 年代半ば頃から普及・発展してきた従来型の Web の延長ではない、質的
な変化が起きているという認識が込めたからである。
従来の Web は製作者が作った状態で完結しており、利用者は単にそれを利用
するだけの関係であったが、Web2.0 では先にあげたブログ、SNS、そして
Wikipedia に代表されるように、多くのユーザが参加して双方向で情報を出し
合うことで、その蓄積が全体として巨大な「集合知」を形成すると点が象徴的
である。そして、供給者と消費者のネットワーク取引においてロングテール現
象(小規模で多様に存在する需要が取引として実現すること)等が生じ、利用
者の様々なニーズが充足されることなどが考えられる。
2000 年代後半からは、ネットワークを経由した新コンピュータの利用形態と
して、クラウドコンピューティング2という言葉が登場した。そしてインターネ
ット上に莫大な「情報」が集まることによって 2012 年頃から「ビッグデータ」
という言葉も登場してきている。その名の通り巨大なデータベースを意味する
が、これらのデータを利用したビジネスまで含めて、マーケティング用語とし
て使われるケースが多い。(→第 8 回、第 9 回)。
2006 年、Google の CEO、エリック・シュミット(Eric Emerson Schmidt, 1955-)が命
名した言葉だと言われている。もともとインターネットを図示する際に雲の絵が描かれて
いたが、シュミットは、インターネット上に浮かぶ巨大なコンピュータ群をクラウド=雲
と定義した。
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また、近年では超高速ネットワークの普及・通信の高速化・大容量化に加え、
利用形態もパソコンから携帯電話、スマートフォンへの端末の変化などの通信
技術の発達、通信端末の高度化も進んでいる。
図 1-2 インターネットの利用端末保有率の推移
平成 27 年度 情報通信白書 より
さらに、さらに AI(Artificial Intelligence:人工知能)3や IoT(Internet of Things:
モノのインターネット)4は情報産業の産業構造だけでなく、経済構造、さらに雇用
や社会生活を大きく変革させるものである。
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人間の脳が行っている知的な作業をコンピュータで模倣したソフトウェアやシステム。具
体的には、人間の使う自然言語を理解したり、論理的な推論を行ったり、経験から学習し
たりするコンピュータプログラムなど。
4
コンピュータなどの情報・通信機器だけでなく、世の中に存在する様々な物体(モノ)
に通信機能を持たせ、インターネットに接続したり、相互に通信することにより、自動認
識や自動制御、遠隔計測などを行うこと。
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2、IT 投資(情報化投資)と経済成長
一方、日本と米国の 1990 年から 2005 年までの IT 投資=情報化投資の推移
を比較すると、日本では約 1.9 倍に増加しているのに対して、米国では約 6.2 倍
に増加しており、増加率は日本の 3 倍以上となっている。同期間中の GDP の推
移を比較すると、日本は 1.2 倍の伸びにとどまっているのに対し、米国は日本を
上回る約 1.5 倍の伸びとなっている。
このことは、情報化のための旺盛な投資需要が、当該期間中の GDP 成長をけ
ん引してきたことを示唆するものと考えられ、また、1990 年代後半以降の米国
経済の繁栄は企業の活発な情報化投資に支えられていたことを示している。
(1990年=100として指数化)
図11-7 日米の情報化投資額及びGDPの推移
700.0
600.0
500.0
400.0
300.0
200.0
100.0
0.0
1990年
1995年
日本情報化投資額
(指数)
日本GDP
(指数)
2000年
180.0
160.0
140.0
120.0
100.0
80.0
60.0
40.0
20.0
0.0
2005年
米国情報化投資額
(指数)
米国GDP
(指数)
IT 投資と経済成長の関係
OECD(2009)“General Statistics Country statistical profiles 2009”により作成
http://stats.oecd.org/WBOS/index.aspx
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1990 年代に入って登場した米国のクリン
トン政権は情報スーパーハイウェイ構想(→
第 3 回、第 4 回)を掲げ、この政策によって
アメリカではコンピュータやインターネット
などの IT 投資=情報化投資が増えた。その結
果アメリカ経済は、2000 年に至るまで長期の
景気拡張を、低い失業率とインフレ率で達成
した(第 4 回~第 6 回)。
特に IT 投資を中心とした設備投資が、需要の側面から景気拡大に貢献しただ
けでなく、供給の面(サプライサイド)を活性化させ、労働の生産性を高め長
期的な景気拡大を生み出したと言われる。ここから IT 投資を中心とした技術革
新と経済成長を結びつける経済学「ニュー・エコノミー論」も生まれた(→第 3
回)
。
日本は 90 年代始めのバブル経済崩壊以降景気後退を続け、民間設備投資が長
期低迷し、情報化の分野でも致命的な出遅れを生み出した(「失われた 10 年」
経済審議会、1998)が、1990 年代末より企業が生産性を向上させ国際競争力を
強化するために「IT 革命」が叫ばれるようになり、2000 年代に入ると企業の
IT 投資も伸びていくようになった(→第 6 回)。
2000 年代になるとアメリカ経
済全体の低迷、情報通信機器・サ
ービスへの需要の一巡等により、
情報通信産業は低迷しはじめた。
2001 年に入ると 90 年代に新規参
入した通信事業者のうち、中小の
事業者を中心として倒産する会社
が相次いだ。いわゆる IT バブル
の崩壊である。
アメリカから始まった IT バブルの崩壊、IT 不況は、日本のネット系ベンチャ
ー企業の株価も暴落させ、「ネットバブル」の象徴であったソフトバンク、光通
信などの株が大幅下落し日本の「未成熟ネットバブル」
(『日経ビジネス』(日本
経済新聞社 2000.12 による命名)は崩壊した(→第 7 回)。
しかしながら、これは IT 自体の崩壊を意味するものではなく、むしろ IT 産
業自体のリストラが進められてより強い IT 産業、IT 企業が生き残ったのである。
IT 産業を中心に新たなイノベーションが起こっていると考えられる。
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3、情報化社会と情報格差、経済格差
一方、インターネットや携帯電話などの IT 機器の利用には、機器の購入と利用
に関する知識が必要であるため、世代別、性別、地域別、年収別、さらに障が
いの有無などの面での利用格差=情報格差(Digital Divide)が生じるのが現状
である。これはインターネット利用自体の格差であるが、情報化社会において
はインターネットの利用が生活、労働、企業活動(ビジネス)、地域間など、さ
まざまな分野で格差が広がっていく。インターネットの利用格差=情報格差
(Digital Divide)はそのまま経済格差につながっていく。
IT を駆使した供給者と消費者のネットワーク取引は「消費者」にとっては自
分の欲望する商品をオンラインで生産させ、市場がより競争的になることであ
るが、生産過程においては「労働者」に非常に過酷で厳しい競争、そしてリス
トラが待ち構えているのである。(第 10 回、第 11 回)
一方で、IT を活用することによって情報格差や、さらに経済格差を克服しよ
うとする取組みも地域を中心にみられる。(第 12 回、第 13 回)
このように「情報化社会」と IT=情報通信技術と経済の側面から見ると、現
代社会が抱える矛盾、そして可能性も見えてくる。
さて「情報化社会」という考え方は、現在になって登場したものではない。
確かに 90 年代以降は IT 革命=情報技術革命と経済成長が強く結びついたので
あるが、情報化と経済を関係づける理論は第二次世界大戦後まで遡ることがで
きる。そこで、次回(第 2 回)は戦後の情報化社会論~情報経済論の系譜を辿
り、次々回(第 3 回)で 90 年代になって登場した「ニュー・エコノミー」論を
概観し、第 4 回以降の IT(情報技術)と経済の具体的な分析に入っていこう。
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