「『腹膜透析なら仕事も続けられるよ』。担当医の一言で腹膜透析を選びました。仕 事にも復帰。今ではすっかり元の生活に戻っています」 平成19年ですから、今から2年前のことです。1月5日の仕事始めの日に、 勤めている病院で血液検査を受けたら、腎不全と診断されたんです。青天 の霹靂とはこのこと。その前の年の職場健診で、血圧が150?160に上がっ たので、降圧剤を服用していましたが、ほかにはまったく症状がなかった ですし。何年か前からちょっと太ってきたかなというくらい。風邪一つひ かず、元気に毎日働いていました。 昭和24年愛媛県生まれ。松山市在 住。 看護師として活躍しながら結婚、出 産を経て、子育てが一段落した後 に、市内の個人病院に復帰。以来約 20年勤務する。平成19年1月の職場 健診で腎不全がわかり、3ヵ月後、 腹膜透析を導入。今もパートで仕事 を続ける。 同じ時期に、最大の理解者であった 母親が脳梗塞となり、昨秋逝去。 一男一女は独立し、現在は夫と二人 暮らし。 仕事柄、腎臓病の患者さんもたくさん見てきましたが、足のむくみのよう な特徴的な症状もないし、「なぜ自分が?」という思いでいっぱいでし た。県立病院に2週間入院し、食事療法を受けたのですが、退院して3ヵ月 後、クレアチニン値11、BUNが130近くにまでなり腹膜透析に。自分でもど うすればいいか、戸惑うばかりの数ヵ月間でした。 その思いは家族も同じ。当然、仕事は辞めてと反対されました。実は、退 院後もほとんどフルタイムで働いていたんですよ。県立病院の若い先生か らも「仕事のことなんか考えずに、まず自分の身体が大事」といわれまし た。でも、担当の先生はそうじゃなかった。「腹膜透析なら仕事も続けら れるよ」と。血液透析のことはよく知っていたので、透析時間や食事制限 など、導入に対して抵抗があったのですが、話を聞いて、腹膜透析ならな んとかなるかなと思ったのです。 長い間勤めていますし、私が抜けることで、ほかのスタッフに迷惑をかけ たくなかった。そんな思いを察して、先生は腹膜透析をすすめてくださっ たのかもしれません。一日4回、昼間に透析液を交換する腹膜透析 (CAPD)を1ヵ月ほど続けた後、夜寝ている間に器械が自動的に透析液を 交換してくれる腹膜透析(以下APD)に変更して1年半余り。もうすっかり 普段通りの生活に戻っています。最初は液を抜くとき、ズンと身体が浮く ような感じがしましたが、それも徐々になくなり、透析中の小さな器械音 も気にならず、朝までぐっすり寝ています。 1 (注)腹膜透析には、就寝中に器械を用いて自動的に透析液を交換する APDと、日中数回、透析液を交換するCAPDがあります。 仕事も、午前中だけですが続けています。結婚を機に松山に住んでまもな く今の病院に勤め、途中、子育てのため10年ほど休みましたが、子供たち の手がはなれ、アルバイトから再開して、もう20年になります。専門病院 や大規模病院も経験しましたが、個人病院の看護師は特に仕事が煩雑で大 変です。注射、処置、点滴など通常の業務に加え、先生の診察に際して検 査データを事前に見ておくのはもちろん、患者さんの顔色や精神状態など も報告する必要があります。 つねに平常心で当たらなくちゃならないのに、自分が精神的に落ち込んで いては仕事にならないわけです。だから、腎不全になったときは本当に悩 みました。自分の身体がどうのというより、病院や家族や、周囲を心配さ せるのが辛くて。今は、主に点滴、診察補助、うつ病の患者さんのケアな ど、比較的動き回ることの少ない仕事に移りましたが、APDに出会って、 本当によかった。透析のことで患者さんに逆に気を使ってもらうようなこ ともなく、今まで通り元気な看護師で通っています。 去年の11月に、母が89歳で亡くなりました。おととし、私が血液検査をし た日の前日に、脳梗塞で倒れたんです。自分も入院してしまったので、看 病もできず、身を切るような思いでしたが、夫も慣れない家事を引き受け てくれ、娘と息子のお嫁さん、そして同じ看護師の妹が協力して乗り切っ てくれました。妹が見舞いに行くと「お姉ちゃんはどうして来ないの?」 と聞くのだそうです。病気のことも、透析のことも、母には最後まで伏せ たままでした。私に看護師になるようすすめてくれたのも母です。 父を早く亡くし、10歳を頭に4人の子を女手一つで育ててくれた母の口癖 が「これからは女も資格を取って、仕事を持ちなさい」でした。私も母も その前年まで元気に過していただけに、何か不思議な縁を感じます。通夜 の日も、APDをしながら棺に添い寝しました。血液透析でも腹膜透析で も、腎臓移植 でも、その人にとって悔いのない、最良の方法を選べばい い。私の場合は、APDを選んで、家族のありがたさ、仕事を続けられる喜 びを、心からかみしめているところです。 2
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