報告書 [研究課題名] レトロウイルスによる病原性発現機構の解明

報告書
[研究課題名] レトロウイルスによる病原性発現機構の解明
Studies of molecular mechanisms on retrovirus-induced pathogenesis
[研究担当者] 間 陽子
[研究室] 分子ウイルス学研究ユニット
1.研究目的(500 字程度)
レトロウイルスの特徴は逆転写酵素を使ってウイルス遺伝子(RNA)を DNA
に転写し、それを宿主染色体 DNA に組み込みプロウイルスとして持続感染を
成立させることである。このプロウイルスは宿主遺伝子と共に複製させるが、
プロウイルスからウイルス RNA が転写され、そのウイルス遺伝子産物が発現
して細胞の癌化や免疫不全などの病態を引き起こす。本研究では、成人 T 細
胞白血病を誘発するヒト T 細胞白血病ウイルス(HTLV) 、地方病性牛白血病
を誘発する牛白血病ウイルス(BLV)、およびエイズを誘発するヒト免疫不全ウ
イルス(HIV) のように、他のレトロウイルスには認められない調節遺伝子や
アクセサリー遺伝子群による複雑で多様な増殖制御機構を獲得してきたウイ
ルスの焦点を当てて、調節遺伝子やアクセサリー遺伝子産物の機能発現に関
与する宿主因子の同定、それらとの相互作用を介して制御されるウイルスの
増殖および病原性発現機構の明らかにする。特に、ウイルス感染が惹起する、
核ー細胞質間輸送、スプライシング、細胞内情報伝達及び細胞増殖制御の破
綻機構の解明を目指す。
2.平成 14 年度の研究目標(500 字程度)
平成 14 年度は、HIV-1 のアクセサリー遺伝子の一つである vpr の遺伝子産
物の核移行に焦点をあてて研究を行った。Vpr はエイズ患者の血清中に多量
に存在し、ウイルス感染効率の上昇、及び HIV-1 潜伏感染細胞からのウイル
ス産生を惹起するなど、エイズ発症の keyfactor として注目されている。ま
た、Vpr は G2 期 arrest、分化、多倍体化及びアポトーシス誘導能など、細
胞に対して様々な効果をもたらすことも明らかとなっている。一方、Vpr は
ウイルス粒子内に取り込まれ、ウイルス核酸とウイルス蛋白からなる
preintegrationcomplex(PIC)を形成することにより、マクロファージ等
の非分裂細胞への HIV-1 の感染を可能にすることが示されている。しかしな
がら、その詳細な核移行の分子機構については不明のままである。そこで、PIC
が如何に核膜孔を通過するかという機序の解明を最終目標に、本年度は Vpr
単独の核移行機序の解明を目指す。これらの解析により、マクロファージに
おける HIV-1 複製の初期過程の分子機序を明らかにできるばかりではなく、
核—細胞質間機能分子輸送の分野にも貢献することが期待される。
3.平成 14 年度の研究成果(1000 2000 字程度)
HIV-1Vpr蛋白は、96アミノ酸からなる約15-kDaの蛋白質で、α-helix、
ロイシンジッパー様、アルギニンに富むドメインを保有している。これまで
に我々はVprの核移行には二つのα-helixドメインが共に必須であること、各々
単独でも核移行シグナルとして機能することを報告してきた。そこで本年度
は、Vprの核移行を詳細に解析するために、Vprの核移行に必要な最小領域で
あるN17C74及び二つのα-helixドメインに点変異を導入した変異体をGFPと
の融合蛋白質として調製して、nuclear import assayを行った。Digitonin処
理によりHeLa細胞の細胞膜に穴を開け、可溶性の因子を全て除去し、GFPと
の融合蛋白として調製した種々の可溶性因子存在下でインキュベートした。
Argonレーザーで励起することによりGFPとの融合蛋白である基質蛋白の核
移行の有無を検出した。また、インキュベート後の細胞を、抗Flag抗体及びCy3
結合二次抗体で蛍光染色することで、核膜への局在を検出した。その結果、αH1
が核内への移行に、αH2が核膜へのtargetingに寄与することを明らかにした。
さらに、Vprの核移行に必要な可溶性因子(Imp α/β, RanGDP, P10及び
Energy再生系)の検討を行った結果、Vprの移行をImp αが促進することが
明らかとなった。一方、核膜孔複合体には多くnucleoporinが存在し、それら
の多くがFG repeatを有することが報告されている。これまでに、FG repeat
を有するnucleoporinの内、POM121とNsp1p(ヒトp62の酵母ホモローグ)が
yeast-two hybrid法により、また、Nup1p(ヒトNUP153の酵母ホモローグ
と予想されている)、p58とp54がpull-down assayにより、FG repeat領域を
介してVprと結合しうることが示されている。そこで、p62、POM121および
NUP153のVprの核移行における意義をnuclearimportassayによって解析し
た。N17C74の核膜結合はImpαおよびβ存在下で影響されなかったが、p62の
存在下で著しく抑制された。この時、Imp α存在的な核内移行も見られなかっ
た。同様の結果がPOM121およびNUP153の解析からも得られた。以上の結
果から、Vprは核膜孔複合体の構成因子 Nucleoporinとの結合を介して核膜
孔に結合した後、アダプター分子Importin αとの間接結合を介して核移行す
ることが示唆された。
アダプター分子 importinαのみを介して核移行が促進される蛋白質は Vpr
が初めてであることから、Vpr と importinαによる新規の核移行機序を明ら
かにするために、核移行に関与する Impαのドメイン解析を行った。Impαは
N 末から順に、Imp β binding (IBB) ドメイン、NLS 認識領域であるアルマ
ジロ構造、CAS 結合ドメインを有する。そこでこれらの機能ドメインを欠損
した6種類の変異体を精製し、それらを用いた invitroNuclearImportassay
を行った。IBB ドメイン欠失変異体を加えた場合は、importinαを加えない
場合と同様に、Vpr の強い核膜局在が観察された。一方、CAS 結合領域のみ
では、野生型 Vpr とほぼ同じ様な核移行能を示した。以上の結果から、Vpr
の核移行には importantαの CAS 結合ドメインが必要であることが明らかと
なった。次に、Vpr と importinαとの相互作用を確認するために、同じ変異
体を用いて pull-down assay を行った。Vpr の核移行に重要であった CAS
結合ドメインでは Vpr との結合が見られず、Vpr の核移行に関与しなかった
IBB ドメインで Vpr との結合が見られた。以上の結果から、Vpr は、核移行
に関与する CAS 結合ドメインではなく、IBB ドメインと直接的に結合するこ
とが明らかとなった。更に、Imp αと結合する Vpr 側のドメイン解析を Vpr
発現細胞抽出液を用いた pull down assay で解析した。上述の解析で Imp α
と直接結合を示さなかったαH2 が Imp αと間接的な結合を示した。これらの
結果から、核移行には CAS 結合ドメインが必要であり、この過程は Vpr とあ
る種の細胞内因子を介した Imp αとの間接結合を介して行われる可能性が示
唆された。
importinαには複数の isoform が存在するが、それらは3つのサブファミ
リーを形成しており、それぞれ約 50%のアミノ酸相同性がある。まず、Vpr
の核移行に必要なヒト isoform を invitronuclearimportassay を用いて同
定した。3つの isoform、Rch1、Qip1 及び NPI-1 の内、Rch1 と NPI-1 に
より核移行が促進された。その効果は Rch1 の方が強かった。更に、これら
の isoform がマクロファージに発現しているか否かを各 isoform を特異的に
認識するプライマーを用いた定量的 RT-PCR により解析した。M-CSF で分
化させたマクロファージにおいて、HIV-1 感染の有無にかかわらず、3つの
isoform の発現が認められた。また、それらの発現量は活性化 CD4T 細胞、
HeLa 細胞、Jurkat 細胞と同レベルであった。以上のことから、Vpr の核移
行は実際にマクロファージにおいて、Rch1 及び NPI-1 により優位に促進さ
れる可能性が考えられた。
4. 目的と成果の要約(100-200 字程度.年報原稿用)
HIV-1Vpr の 核 移 行 機 序 を 解 析 し 、 Vpr は 核 膜 孔 複 合 体 の 構 成 因 子
Nucleoporin と の 結 合 を 介 し て 核 膜 孔 に 結 合 し た 後 、 ア ダ プ タ ー 分 子
Importinαとの間接結合を介して核移行することを明らかにした。 この成果
は、これまでの核内輸送担体 Importin β依存的な核移行とは異なる新規の核
移行機序を提唱するものである。次に、複数ある importinαの isoform の内、
M-CSF で分化させたマクロファージにおいて高レベルな発現が認められた
Rch1 が、Vpr の核移行を最も促進することを見出した。
We demonstrate here that Vpr accessory gene product of human immunodeficiency
virus type 1 (HIV-1), a member of the lentivirus subfamily of retroviruses, accesses the
nuclear pore complex directly, via interactions with FG-repeat nucleoporins, and then
it traverses the NPC in an importin α-dependent manner.
5. 平成 14 年度誌上発表(英文のみ)
(1) 原著論文
Tajima S. and Aida Y. (2002) Mutant Tax proteins from bovine leukemia virus with
enhanced ability to activate the expression of c-fos. J. Virol. 76: 2557-2562.
Takeshima S., Nakai Y., Ohta M. and Aida Y. (2002) Characterization of DRB3 alleles
in the MHC of Japanese Shorthorn cattle by polymerase chain reaction-sequencebased typing. J. Dairy Sci. 85: 1630-1632.
Tajima S., Takahashi M., Takeshima S., Konnai S., Yin S. A., Watarai S., Tana, Tanaka
Y., Onuma M., Okada K. and Aida Y. (2003) A mutant form of the Tax protein of
bovine leukemia virus (BLV) with enhanced transactivation activiy, increases
expression and propagation of BLV in vitro but not in vivo. J. Virol. 77: 18941903.
Konnai S., Takeshima S., Tajima S., Yin S. A., Okada K., Onuma M. and Aida Y.
(2003) The influence of ovine MHC class II DRB1 alleles on immune response
in bovine leukemia virus infection. Microbiol. Immunol. 47: 223-232.
Tajima S., Tsukamoto M. and Aida Y. (2003) Latency of viral expression in vivo is not
related to CpG methylation in the U3 region and part of the R region of the long
teminal repeart of bovine leukemia virus.
J. Virol. 77:4423-4430
(2)その他
Takeshima S., Nakai Y., Ohta M. and Aida Y. (2001) Typing method of bovine major
histocompatibility complex.
Bulletin of the experimental Farm, Tohoku
University, 17:19-28.
Aida Y. (2001) Analysis of bovine genome and disease resistance (1).
Agriculture
and Horticulture, 76:1187-1193.
Aida Y. (2001) Analysis of bovine genome and disease resistance (2).
Agriculture
and Horticulture, 76:1289-1294.
6. メンバー
間 陽子 Yoko AIDA
7. 共同研究者
田島 茂 Shigeru TAJIMA
竹嶋伸之輔 Shin-nosuke TAKESHIMA
蒲田政和 Masakazu KAMATA(HS 振興財団、Jpn. Health Sci. Found)
我妻昭彦 Akihiko AZUMA(HS 振興財団、Jpn. Health Sci. Found)
仁田原優子 Yuko NITAHARA(HS 振興財団、Jpn. Health Sci. Found)
高橋雅彦 Masahiko TAKAHASHI(筑波大学、Tsukuba University)
飯島沙幸 Sayuki IIJIMA(筑波大学、Tsukuba University)
橋爪智恵子 Chieko HASHIZUME(筑波大学、Tsukuba University)
倉光 球 Madoka KURAMITSU(筑波大学、Tsukuba University)
田仲可昌 Yoshimasa TANAKA(筑波大学、Tsukuba University)
塚本雅子 Masako TSUKAMOTO(東京医薬専門学校、Tokyo Coll. Med.-Pharm.
Technol.)
岡田幸助 Kosuke OKADA(岩手大学 Iwate University)
尹 善愛 Shan Ai Yin(岩手大学 Iwate University)
小沼 操 Misao ONUMA(北海道大学 Hokkaido University)
今内 覚 Satoru KONNAI(北海道大学 Hokkaido University)
中井 裕 Yutaka NAKAI(東北大学 Tohoku University)
太田 實 Minoru OHTA(東北大学 Tohoku University)
安田二郎 Jiro YASUDA(東京大学、The University of Tokyo)
宮尾圭紀 Tamaki MIYAO(東京大学、The University of Tokyo)
岩倉洋一郎 Yoichiro IWAKURA(東京大学、The University of Tokyo)
渡来 仁 Shinobu WATARAI(大阪府立大学、Osaka Prefecture University)
Tana(大阪府立大学、Osaka Prefecture University)