第8号(平成27年度) - 皇學館大学教育学部のホームページ

ISSN 1883‐7727
平成27年度
2015
皇學館大学
教育学部研究報告集
<教育学科
40周年記念号>
教育学部改組をふりかえる
教育学科創設 40 周年記念の年に
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深草
教育学科の略年史 
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井上
【論
正博(
1)
兼一( 55)
文】
1930 年代における初等教育の教科課程改造
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井上
兼一( 61)
座位行動を即時にフィードバックできる身体活動量計は
大学生の身体活動量の増加および座位行動の減少に貢献するか
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片山
靖富( 89)
教育審議会における「幹事試案」の構造の再検討
バドミントンのゲーム内容に関する一考察
大学女子選手の場合
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叶
俊文(105)
障害のある子どもの教育・発達支援に携わる人々に求められる
「向き合う姿勢」についての一考察(Ⅱ)
「まみえる」ということ,「聴く」ということを手がかりとして
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栗原
輝雄(119)
ゲーム・リテラシー教育に関する基礎的研究 
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小孫
康平(137)
テキストマイニングを用いたシリアスゲームの教育利用の分析 
小孫
康平(151)
絵本への興味付け
∼尾鷲市における絵本の読み聞かせの経験から∼ 
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中條
敦仁(163)
市町村における5歳児健診の実際と課題
名張市子ども発達支援センターの事例を中心に
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檜垣
【研究報告集編集要項・編集後記】
第8号
皇學館大学教育学部
博子(173)
教育学部改組をふりかえる
― 教育学科創設 40 周年記念の年に ―
深
草
正
博
はじめに
本学に文学部教育学科が創設されたのが昭和50年 4 月のことであり,その文
学部から改組という形で独立し,教育学部教育学科が設置されたのが,平成20
年 4 月のことであった.そして今年度でめでたくも教育学科創設40周年の記念
の日を迎えた.
ところで,私事にわたって恐縮であるが,私自身はこの間ちょうど30年を勤
めたことになり,今年度で定年退職を迎える.教職員や学生から「教育学科の
生き字引」とまでいわれるようになった.過去 6 年間教育学部長も務めさせて
いただき,大学運営にも関わらせていただいた.そうした経験から, 8 年以上
前の学部改組をめぐる状況や,
『歩み』や『大学要覧』等に書かせていただい
たものも含めて,今一度この改組の経過を振り返りつつ,今後の展望を考える
ことは決して無駄なことではないであろう.そしてこの40周年を契機として,
教育学部がさらなる飛躍を果たすことを強く願うものである.
1.改組の必要性
平成18年にいたって,内外の情勢(山積する教育課題,他大学の教育系学科
設置の情報,本学に対する社会的要請など)は,文学部教育学科の今後の存続
について,このままでは難しいのではないかという,切迫した事態をもたらし
た.そこで新年度早々に,教育学科内に,「教育学部構想委員会」を立ち上げ,
検討することとなった.メンバーは,掛本勲夫,市川千秋,勝美芳雄,吉田直
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皇學館大学教育学部研究報告集
第8号
樹,小木曽一之そして私の 6 名であった.そしてそこでの数回の議論の後,7
月27日に,第 1 回教育学部構想委員会でたたき台として提出したものが以下の
ものである.そのままの形で掲載する(以下ことわりなきかぎり同様とする)
.
第 1 回教育学部構想委員会
平成18年 7 月27日
1.構想の基礎
( 1 )学部小構想か大構想か
( 2 )教育学科のみで構想するか社会福祉学部やコミュニケーション学科も
考慮に入れるか→定員をどうするかと関わる
( 3 )どの領域・段階までカヴァーするか−保・幼・小・中・高・生涯
( 4 )大学院構想との絡み−①教科教育の増設
② 6 年一貫
③専門職大学
院など
2.小か大か
( 1 )小構想…現在の教育学科に若干名の定員を増やして内容の充実を図る
〈参考例〉幾央大学教育学部
( 2 )大構想…いくつかの学科やコースを設定する→かなりの教員の加増を
はからねばならない
〈例〉①
◆教育学部
幼・保教育学科
小・中教育学科
生涯学習支援学科
〈例〉②(市川案)
◆教育学部
学校教育学科
小・幼(保)モデル
小・中モデル
学校心理特別支援学科
小・特モデル
小・学心モデル
伝統文化(心理)学科
→センターないし研究所
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教育学部改組をふりかえる
見られるように,ここでの最も大きな課題は,文学部の教育学科に手を入れ
て内容の拡充を図るか(小構想),いくつかの学科やコースを設定し,教員の
大幅な増加によって新たな学部を設置するか(大構想)どうかであった.まだ
この時点では,小構想も考えていた点は注意したい.そしてここでの議論をふ
まえ, 8 月 4 日に,学科会議にかけたのが,以下の報告書である.
第1回教育学部構想委員会報告
委員
平成18年 8 月 4 日
深草正博 掛本勲夫 市川千秋 勝美芳雄 吉田直樹 小木曽一之
1.教育学部立ち上げの必要性
( 1 )近隣の県における情勢の変化に対する危機感→対応しないと立ち後れ
てしまうのでないか
幾央大学教育学部→18年度開設 椙山女学園大学教育学部→19年度開設
愛知淑徳大学文学部教育学科→19年度開設
名古屋芸術大学人間発達
学部子ども発達学科→19年度開設
さらに三重中京大学の動きも気になるところ
( 2 )学生を集めるためには,学部と学科ではイメージが全く違う
( 3 )公立学校教員の年齢構成を見ると,ここ10年ほどは教員採用数が増加
することが見込まれ,その需要にも応えたい
( 4 )神社ネットワークなどに載せることによって,あくまでも全国区レベ
ルの学部を目指す
2.学部構想と定員
学校教育コース 120…幼・小ないし小・中・高一種
→従来の教員数でよい
◆教育学部 180
スポーツ・健康科学コース 30…中・高一種
→ 3 名の教員が必要
伝統文化教育コース 30…神話・日本文化の研究や教材
化など
→ 2 名の教員が必要
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皇學館大学教育学部研究報告集
第8号
( 1 )教員は全体で 5 名の増員が必要
( 2 )スポーツ・健康コースで教員が増えることは,スポーツ推薦において
種目を増やすことにもつながる…現在は柔道と陸上のみ→剣道やバ
レーも可能になる
( 3 )大学院構想(①教科教育の増設② 6 年一貫③教職大学院)とも絡ませ
る必要
ここでは,先に見た小構想は消えている.やはり1の( 1 )に見られるよう
な,近隣の県における情勢の変化に対する危機感が大きかった(三重中京大学
はその後閉鎖されている).その他,受験生に与える学部と学科のイメージの
違いや,教員採用数,あるいは本学の特性を生かす神社ネットワークなども考
慮された.さらにここでは具体的な定員やコースの案が出てきた.このコース
に関しては,結果からすれば,学校教育コースとスポーツ健康科学コースは残
るが,次に見るように伝統文化コースは議論の中で賛同は得られず立ち消える
ことになる.また,ここには幼児教育コースや特別支援教育コースは出てきて
いない.なお,この時点で大学院の構想も出てきていることには注目しておき
たい.
さて,この 8 月 4 日の学科での審議を経て, 8 月 20 日に第 2 回学部構想委
員会が開かれた.以下にその時のペーパーを掲載する.
第 2 回学部構想委員会
平成18年 8 月20日
1.前回の委員会報告( 8 月 4 日)における議論の集約
( 1 )伝統文化教育コースについてはあまり賛同が得られなかった(他学科
との違いは何か,何をやるのかへの疑問)→「伝統文化」は教育学部
全体の冠とした方がよい
( 2 )スポーツ・健康科学コースに関しては積極的な肯定も否定もなかった
→残してもよいのではないか
( 3 )幼稚園に勤める際にも保育士資格を持っていなければならないところ
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教育学部改組をふりかえる
が増加してきたことに鑑み,幼稚園教員と保育士養成をカップリング
すべきだとする意見がきわめて強力であった→ひとつのコースとして
設定する必要がある
( 4 )学部の特色=ユニークさをどのように出すか…新1号館の設計にも関
わる
( 5 )教員養成に強い関心のある教員を集める必要がある
2 .学部構想と定員
保育・幼稚園教育コース 50…保・幼・小の免許
◆教育学部 180
小・中学校教育コース 100…小・中・高一種の免許
スポーツ・健康科学コース 30…小・中・高一種の免許
( 1 )スポーツ・健康科学コースで教員が3名必要となる
( 2 )保育士課程は 6 系列(①保育の本質・目的の理解②保育の対象の理解
に関する科目③保育の内容・方法の理解に関する科目④基礎技能⑤保
育実習⑥総合演習)で 6 人必要→本学では福祉関係と保健関係の最低
2 人必要か? 同大学内で 2 つの同じ保育士課程設置は可能か→学生確
保と就職可能性を保証した上で県の健康福祉部子ども家庭課へ確認・
相談に行かねばならない
( 3 )保健体育・社会・国語・英語の中・高の免許を取らせるだけで,果た
して学部としての体をなすか
ここでは,伝統文化コースについて賛同が得られなかった一方で,これまで
の教育学科で取得可能であった幼稚園教員免許に加えて,幼稚園に勤める際に
も保育士資格が必要とされる状況に鑑み,その両者を取得できるようにする,
保育・幼稚園教育コースをぜひとも設置する必要があるのではないかという強
い意見が出てきた.その際,名張学舎にも保育士課程があるので,同じ大学内
で 2 つ設置が可能かという疑問も提出されている.
もう 1 つ, 2 の( 3 )にみられる,保健体育・社会・国語・英語の中高免許
を取らせるだけで,果たして学部としての体をなすのかという議論は,現在で
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皇學館大学教育学部研究報告集
第8号
も教育学部のネックにはなっている.しかも文学部の助力の上で可能であるの
で,これがいわゆる国公立大学の教育学部と比べると, 1 つのハンディになっ
ていることは事実である.しかも,その中に理数系がないというのが大きな
ウーイークポイントである.
この委員会の議論の集約を, 8 月24日の学科会に提出したものが以下の報告
書である.
第 2 回学部構想委員会報告
平成18年 8 月24日
1.学部構想と定員
学校教育コース 100…小・中・高の一種免許
◆教育学部教育学科 190
保育・幼稚園教育コース 30…保・幼・小の免許
学校心理学コース 30…小・中一種の免許
スポーツ・健康科学コース 30…小・中・高一種の
免許
2 .基本的理念・方向
( 1 )これまでの内外の評価や実績・伝統に鑑み,あくまでも小学校教員養
成に主眼をおき,全国レベルの学部を目指す
( 2 )日本の伝統文化に精通した教員を養成する→◆本学部の特色・コンセ
プト
( 3 )①幼稚園教員になるにも保育士の資格が必要となる所が増えてきたこ
と,②幼稚園にも 4 年生大学の出身者が要請され始めてきたこと.以
上の2点に鑑み,保育・幼稚園コースを置く
( 4 )学校カウンセリングも今や時代の要請となり,また希望する学生はか
なり多いことが見込まれる事もあって,学校心理学コースを設置しては
どうか.特別支援,生徒指導も視野にいれる?
( 5 )立派な体育館も完成したこと,またスポーツ推薦とも連動して,保健
体育の教員養成のためのスポーツ・健康科学コースを置いたらどうか
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教育学部改組をふりかえる
3 .必要な教員数
保育・幼稚園コースが最低 2 名,学校心理学コースが 3 名,スポーツ・健
康科学コースが 3 名,他に,学部として全科目をそろえる必要があること
から,家庭科担当教員 1 名の,計 9 名ほどが必要となる
ここでの特筆すべきこととしては,学校心理コースを置いたらどうかという
意見が出てきたことである.高校生の心理学に対する憧れはきわめて強く,も
しこのようなコースを設置できれば,多くの高校生を引きつけることになるの
ではないかということであった.結果としては,整えるべき教員の人数の点で
これはかなわなかったが,この時点で,特別支援や生徒指導が視野に入ってい
ることには注目したい.
この学科での議論を集約して,11月15日,大学の将来構想委員会にて報告を
行ったのが以下の資料である.
文学部教育学科学部再編構想
平成18年11月15日
すでに教育学科ではこの構想のための委員(深草正博,掛本勲夫,市川千秋,
勝美芳雄,吉田直樹,小木曽一之)を選出し,本年 5 月になってから幾度かの
会議を開き,学科の承認を経て8月初頭の段階で,以下のような学科再編構想
を打ち出している.
1.教育学部立ち上げの必要性
まずもってこの立ち上げが早急に必要になった理由を以下にまとめる.
( 1 )近隣の県における情勢の変化に対する危機感がある.早くこれに対応
しないと本学が立ち後れてしまうのでないか.
畿央大学教育学部→18年度開設
椙山女学園大学教育学部→19年度開設
愛知淑徳大学文学部教育学科→19年度開設
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皇學館大学教育学部研究報告集
名古屋芸術大学人間発達学部子
第8号
学科→19年度開設
さらに三重中京大学の動きも気になるところ
◆入試課の情報によれば,来年度教育学科指定校推薦において,北勢
がマイナス10人,中勢(津・鈴鹿以北)がマイナス13人と大幅に減
少したのは,間違いなく上記椙山と淑徳の影響であるとのことである.
( 2 )学生を集めるためには,学部と学科ではイメージが全く違う.現在で
は多くの受験生がまずもってインターネットで自分の志望する大学の
情報を得ようとする.その際学科ではネットに載らないので,当然本
学に対する注目度は低くなる.
◆入試課からの情報であるが,北勢の中小の塾では本学の名前すら知
らないところが多々あったという.まして県を一歩出てしまうと,
愛知県ですら本学の知名度はきわめて低いのが現状である.
( 3 )公立学校教員の年齢構成を見ると(別紙資料 1・2 .省略)
,ここ10年
ほどは教員採用数が増加することが見込まれ,その需要にも応えたい.
なお教員需要タイプから見れば本県は「急増急減型」とのことである
(別紙資料 3,省略).
(4)
( 2 )とも深く関わるが,神社ネットワークなどに載せることによって,
あくまでも全国区レベルの学部を目指したい.
( 5 )これまで自分の学問には強い関心を抱き,研究熱心でも,教員養成に
関して同等の関心を持つ教員が必ずしも多かったとはいえない.今後
は教員養成にも強い関心と熱意のある教員を求めたい.
2 .学部構想と定員
次にこれまで構想されてきた学部構想を図にしてみると以下のようになる.
1 学部 4 コースの設定である.定員は190名で,学校教育コースを中心に,保
育・幼稚園教育コース30名,学校心理コース30名,スポーツ・健康科学コース
30名を置く.取得できる免許は図に記したとおりである(参考までに三重大学
の定員を示した−別紙資料 4,省略).
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教育学部改組をふりかえる
学校教育コース 100…小・中・高の一種免許
◆教育学部教育学科 190
保育・幼稚園教育コース 30…保・幼・小の免許
学校心理学コース 30…小・中・高一種の免許
スポーツ・健康科学コース 30…小・中・高一種の
免許
3 .基本的理念・方向
以上のような学部構想の基本理念と今後の方向は,以下の 5 点にまとめられる.
( 1 )これまでの内外の評価や実績・伝統に鑑み,あくまでも小学校教員養
成に主眼をおき,全国レベルの学部を目指す.
( 2 )日本の伝統文化に精通した教員を養成する→●本学部の特色・コンセ
プトとしたい.
これは現在の政府が考えている教育再生の方向とも一致する.その
ためにも,日本の伝統文化を究明し,伝統精神文化への造詣を深める
ための教材を開発し,学校と地域の再生にも活かす.
( 3 )①幼稚園教員になるにも保育士の資格が必要となる所が増えてきたこ
と,②幼稚園にも 4 年生大学の出身者が要請され始めてきたこと.以
上の 2 点に鑑み,保育・幼稚園教育コースを置く.
( 4 )学校カウンセリングも今や時代の要請となり,また希望する学生はか
なり多いことが見込まれる事もあって(推薦入試の面接で聞いても心
理学やカウンセリングに関心を持つ学生は多いし,出前授業に行って
も心理学に対する高校生の関心はきわめて高いことを実感する)
,学
校心理学コースを設置してはどうか.さらに将来的には特別支援,生
徒指導も視野にいれる必要があるかもしれない.
( 5 )立派な体育館も完成したこと,またスポーツ推薦とも連動して,保健
体育の教員養成のためのスポーツ・健康科学コースを置いたらどうか.
スポーツ・健康科学コースで教員が増えることは,スポーツ推薦にお
いても種目を増やすことにもつながると考えられる(現在は柔道と陸
上のみ→剣道やバレーも可能になる).
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皇學館大学教育学部研究報告集
第8号
4 .必要な教員数
以上のような学部構想のためには,保育・幼稚園教育コースが最低 2 名,学
校心理学コースが 3 名,スポーツ・健康科学コースが 3 名,他に,学部として
全科目をそろえる必要があることから,教育方法学,家庭科担当教員それぞれ
1 名,さらに国語・社会など特定教科教員複数名が,最低限必要となる.
5 .教育学部構想「保育・幼稚園教育コース」と社会福祉学部構想の「児童福
祉学科」との関係をどのように考えるか
( 1 )まず,教育学部は19年度申請,20年度発足で進行させる.したがって,
社会福祉学部で「児童福祉学科」を設置した後,教育学科に「保育士
課程」を設置するという案は受け入れることができない.もし両学部
が設置するとすればあくまでも同時進行となろう.
( 2 )教育学部に上記のコースを設置する場合,現社会福祉学部の教員受け
入れは前提としない.仮にそういう場合でも,教育学部で改めて独自
に資格審査をする.
( 3 )社会福祉学部に児童福祉学科を設置した場合,一体どれほどの学生が
集まるかははなはだ不透明である.前回局長から指摘があったとお
り,修士課程,保育士資格の取得,教職課程を含む 4 コースを導入し
て魅力化に取り組んだにも関わらず,志願者増,入学者の安定確保に
至っていない.入試課の想定によれば,来年度の社会福祉学部の学生
数は大幅に減る(どんなに多く見積もっても170∼180名)ことが予想
されている.児童福祉学科を設置しても,学生増にはつながらないの
ではないだろうか.それに,
社会福祉に幼稚園課程を導入することは,
本来の学部の性格からズレることにならないだろうか.
それに対して,教育学部に「保育・幼稚園教育コース」を設置する
ことには,以下のようなきわめて大きなメリットがある.
第1に,最近の傾向として,特に公立幼稚園では,保育士資格を同
時に持っていることが採用の条件になっていることが多く(平成18年
度募集で本学就職課に届いたものでは,三重県四日市市・亀山市・朝
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教育学部改組をふりかえる
日町・東員町,島根県松江市,兵庫県加古川市),幼稚園教諭を目指
す場合,保育士資格を取得しておく必要性が高くなってきている.現
在までのところ,別紙資料 5(省略)にも示したように,幼稚園就職
者は過去10年間の間に増減はあるが倍以上に増加している( 9 →20
名).保育士資格が内部で取得可能であれば,さらに希望者は増加するこ
とが見込めるのである.他方,保育園就職者はここ 2 年間いなくなっ
てしまったが,保育士資格が取得できれば,また就職者も増える可能
性がある.したがって定員30名を設定することには,何ら無理がない.
第 2 に,幼児教育志望学生は,幼・保の資格に加えて小学校免許を
持っていることが有用であり,各幼稚園が短大卒ばかりでなく, 4 大
卒も希望する現状を鑑みる時,これは時代のニーズにかなっていると
ともに,これはまさしく教育学部でこそ可能であろう.
第 3 に,教育学科はこれまで多年にわたり幼稚園教員養成の成果を
上げてきた.その成果の上にさらに保育士資格取得を可能にすること
は,そのより一層の飛躍を望める大いなる展望があると思われる.
( 4 )保育士課程は 6 系列(①保育の本質・目的の理解②保育の対象の理解
に関する科目③保育の内容・方法の理解に関する科目④基礎技能⑤保
育実習⑥総合演習)で,教員は 6 名必要であるが,教育学部では福祉
関係と保育関係の最低 2 人が必要である.他は現有の教員(音楽や図
画工作など)でカバーできる.
( 5 )社会福祉学部と教育学部に同時に同じ保育士資格取得のための課程設
置が可能かということについては,可能であるとの回答を全国保育士
養成協議会常務理事より得ている.
( 6 )結論として,社会福祉学部に「児童福祉学科」を設置しても,期待通
りの学生増は望めないのではなかろうか.保育士の資格は残しつつ,
現状認識をふまえ,学部の専門性から根本的に別のあり方を再考すべ
きではなかろうか.
それに対して,最低でも教育学科の学部改組によって,神道学科,
コミュニケーション学科を含めて,文学部では定員確保の可能性が増
すことになるであろう.
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皇學館大学教育学部研究報告集
第8号
ここでは,その後の方向のおおよそが出かかっているが,この時点では学校
心理コースを視野にいれていることに改めて注意をうながしておきたい.先に
述べたように教員の人数確保の点で今なお設置は困難ではあるが,将来性を
持ったコースではあるからである.
この時点で,もうひとつ社会福祉学部が,学生確保の観点から,児童福祉学
科を設置しようとしていたことで,教育学部の「保育・幼稚園教育コース」と
の整合性が大きな課題となっていたことである.しかし,この問題は平成 20
年 4 月,社会福祉学部が現代日本社会学部に改組されることによって,保育士
課程が伊勢学舎に一元化され,解消されることになる.
そのほぼ 1 月後,今度は12月27日の第 8 回大学評議会での説明のために,以
下の報告書が認められ,これをベースにして,その要約されたものが報告された.
なぜ教育学科を教育学部にしなければならないのか
深草正博・勝美芳雄
今緊急に学科を学部に改組しなければならない理由を,以下に箇条書きの形
で認めます.
1.まず何といっても外部の状況の大きな変化である.すでに岐阜聖徳学園
大学が採用試験において大きな成果を上げ,多くの学生を吸収して,本学
の手強い競争相手となっていることは周知のところであるが,近年とりわ
け近隣の県の動向に対して大きな危機感がある.すなわち,奈良県におけ
る畿央大学の教育学部がすでに平成18年度に開設され多くの学生を集めて
いる.さらに平成19年度には,愛知県の椙山女学園大学が教育学部を,愛
知淑徳大学が文学部教育学科を,名古屋芸術大学が人間発達学部子ども学
科を開設する運びになっている.入試課の分析によれば,この影響がすで
に本学の入試に現れているという.すなわち来年度教育学科指定校推薦に
おいて,北勢がマイナス10,中勢(津・鈴鹿以北)がマイナス13と大幅に
減少したのは,間違いなく,上記の愛知県の新たな情勢の変化に求められ
― 12 ―
教育学部改組をふりかえる
るとのことである.さらに三重中京大学の動きも気になるところである.
このような近隣の動向を見る時,本学が従来の学科組織のままでは限界
があり,とても太刀打ちできない.対応が遅れると立ち後れてしまうので
ないかという危機感が強い.そのためにも早急に学部に改組し,学部独自
のカリキュラム,魅力ある新たなコースを作るなどして組織を強力にし,
このような情勢に立ち向かわねばならない.
2 .今,教師になろうとする者にとって,求められる資質とは何であろうか.
平成18年 7 月に出された中央教育審議会「答申」では,①教職に対する強
い情熱②教育の専門家としての確かな力量③総合的な人間力,の 3 点を挙
げている.これまで教育学科は30年の実績があるが,①に関して,すなわ
ち「教師の仕事に対する使命感や誇り,子どもに対する愛情や責任感」に
ついては,本学科卒業生はこれまで教育界からもきわめて高い評価を受け
てきたし,三重大学に比べてもこの点に関しては格段の差があると自負し
ている.が,三重大学も近年学生指導を強力に推進しており,本学も学部
改組による指導力の強化によって,これからもこの点に関しては何として
も高い評価を堅持していかなければならない.
②に関して具体的には,「子ども理解力,児童・生徒指導力,集団指導
の力,学級づくりの力,学習指導・授業づくりの力,教材解釈の力」など
が挙げられている.これも全般的にはこれまで卒業生はおおむね高い評価
を受けている.が,かつて教育委員会関係筋から理数系が弱いとの指摘を
受けたことがある.そして採用試験にもこれが 1 つのウイークポイントと
なっていることは事実である.この点特に学部への改組によって,少人数
教育の実施と理数系カリキュラムの充実を図って行かねばならない.
さて,③については,「豊かな人間性や社会性,常識と教養,礼儀作法
をはじめ対人関係能力,コミュニケーション能力などの人格的資質,教職
員全体と同僚として協力していくこと」が挙げられている.教育学科はこ
れまでも建学の精神=神道精神に基づいて,学生の人間力を磨くことに力
を注いできた.元々神道を核とする日本の伝統文化は,人間の相互関係と
― 13 ―
皇學館大学教育学部研究報告集
第8号
コミュニケーションを重視し,礼儀と和を尊んできた.ところが,社会の
欧米化・グローバル化が進み,地域共同体の解体,個人主義・自己中心主
義がはびこることによって,これまであった日本の良さが失われてきた.
大きく見て子どものモラル低下や少年犯罪の激増の原因もここにあると
いってよい.それゆえに今こそ,社会再生・教育再生のためにも日本文化
が元々持っていた良さを見直すべき時ではなかろうか.そうして良き日本
の伝統文化を体現した学生を育て,教師として社会に送り出すことこそが
本学部の最も重要な使命となるのではなかろうか.ところで,昭和49年の
「教育学科増設計画書」には「真に日本にふさわしい教育を担当して,国
民の信頼に応えるような,正義と勇気を持った教師を世に送り出したいと
決意しました.教育の正常化は,結局,正しい立派な教師を育て,世に送
り出すことだと考えます」とある.今改めてこの言葉を確認し,
「日本の
伝統文化に精通した教員を養成する」
ことを本学部設置理念の根幹におき,
その特色・コンセプトとしたい.そしてこれは,本学「中期計画策定委員
会(第二次)答申」(平成18年11月)でいう本学の教育目標,すなわち①
我が国の歴史・伝統を継承・究明・応用して社会の要請に応える学園の創
造②神道精神に基づく人間性豊かな立派な日本人の育成③自立心に富み,
社会の各領域においてリーダーとして貢献できる人材の育成,と完全に一
致する.しかもこれは,現在の政府が考えている日本の伝統文化を重要視
する教育再生の方向とも進路を同じくするものと考える.そして学部改組
によって,日本の伝統文化を究明し,伝統文化への造詣を深めるための教
育プログラムを設置し,学校と地域再生のための教材開発研究を行うこと
によってこそ,先の③の「総合的な人間力」の育成を強力に押し進めるこ
とが可能であろう.
最後の 6 に示す如く,私学で教育学部を持っているのはわずかに11大学
にすぎないが,本学科が改組してそれに加わるとすれば,これほど大学に
元々ある建学の精神と国家の教育政策の方向が一致する大学は他になく,
この点でも本学部の独自性を今後国の内外にアピールできるのではないか.
― 14 ―
教育学部改組をふりかえる
3 .学生を集めるためには,学部と学科ではイメージが全く違う.現在では
多くの受験生がまずもってインターネットで自分の志望する大学の情報を
得ようとする.その際学科ではネットに載ることが少なく,当然本学に対
する注目度は低くなってしまう.入試課からの情報では,北勢の中小の塾
では本学の名前すら知らないところが多々あったという.まして県を一歩
出てしまうと,愛知県ですら本学の知名度はきわめて低いのが現状である.
これまでの広報活動だけでは限界がある.
さらに,元日本開発構想研究所吉田一郎氏によれば,やはり文学部教育
学科では受験生にわかりづらいという.しかも学問が分野ごとに成熟し,
教育学・保育学は文学関係とはもはやかなり違った領域であり,文科省の
出している「学位の種類及び分野の変更等に関する基準」でも,文学関係
と教育学・保育関係とは別の分野として設定されている.こうした点を勘
案すれば,教育学は文学部から引き離して独立したものとして設置するこ
とが自然で望ましい流れではないかという.そしてそれは社会的認知を得
ることにもなり,受験生にも見えやすくなるのではないか.教育学・保育
学も進化し,内容も学際的になっており,それらに対応する意味でも,文
学部より教育学部に改組して教員をより組織化する必要があるとのアドバ
イスを受けた.
4 .ちょうどここ 10 年ほどは団塊の世代が退職していくため,三重県でも
教員採用数が増加することが見込まれている.学部への改組によってこう
した需要に応える千載一遇のチャンスであるとも考えられる.
しかも,内外,とりわけ教育界・社会からの要請がある.すなわち,現
在の採用のあり方(複免を持っている者が有利)への対応のためにも,学
部を作り中学校一種・高等学校一種を取得できるよう,その期待に応えて
ほしいという強い要望がある.
5 .大学院の充実を図るためにも,学部への改組が必要となる.すなわち,
文科省の「大学院教育振興施策要綱」によれば,今や大学院の進学率の上
― 15 ―
皇學館大学教育学部研究報告集
第8号
昇,社会人や留学生など多様な学生の増加,あるいは知識基盤社会が到来
する中,大学院の重要性が飛躍的に増大するという社会状況が生じてきた.
そのため,大学院教育の組織的な展開の強化,国際的な通用性,信頼性の
向上が必要であると謳っている.これまでの学科組織の上に載せた大学院
ではスタッフ・組織とも脆弱で,これに十分な対応ができない.
さらに,現職教員の再教育,あるいは教職免許を持つ社会人を対象にし
た教員養成を図る専門職大学院を構想するためにも,ぜひとも改組によっ
てスタッフの充実・組織の強化が必要である.幸い県内にも本学出身の現
職教員は多数存在するため,この後者の構想が実現できれば,彼らの多く
を取り込めるのではないか.
6 .最後に,教育学部を置く私立大学は,芦屋大学,川村学園女子大学,畿
央大学,岐阜聖徳学園大学,聖和大学,常葉学園大学,創価大学,玉川大
学,佛教大学,文教大学,早稲田大学の11校しかない.本学が改組するこ
とによって,私学の教育系で注目度が高まるとともに,国立系に太刀打ち
できる内実が備わることになると思われる.
ここでは学科から学部への改組の必要性を説くと共に,平成18年 7 月に出さ
れた中央審議会「答申」と,本学の建学の精神およびそれに基づく教育学部の
教学理念が,基本線において一致することを述べた.また大学院の必要性につ
いても論じた.
ところで,この「答申」に基づいて,ついに「教育基本法」が改正されるこ
とになる.この点学部の教学理念の根幹に触れることになるので,教育学会発
行の『歩み』に載せた私の挨拶を再掲したい.
『歩み』あいさつ
平成19年 3 月
今年度は教育法規上きわめて大きな改革があった.いうまでもなく「教育基
本法」の改正である.かつて GHQ の支配のもとで,
「アメリカ教育使節団報
― 16 ―
教育学部改組をふりかえる
告書」に基づいて作成された旧「基本法」が,やっと日本人の手で書き直され
たということは,まことに喜ばしい限りである.本文中でとりわけ私の関心を
ひくのは,
「前文」の「伝統を継承し,新しい文化の創造を目指す教育を推進
する」,および第一章第二条 5「伝統と文化を尊重し,それらをはぐくんでき
た我が国と郷土を愛するとともに,他国を尊重し,国際社会の平和と発展に寄
与する態度を養うこと」の 2 箇所である.かつて否定的に扱われた「伝統と文
化」が,ようやく日の目を見たというべきか.
しかし,私は今回の改正が当然のことに思えてならなかった. 1 つは私の専
門からである.国際理解教育に携わるものとして,真の国際人とは何かと問う
とき,その答えは自ずと日本人としてのアイデンティティーをしっかり持って
いる人だといえる.いいかえれば日本の文化・伝統を大切にできる人のことで
ある.そして,そうした人のみがまた他国をも尊重できるのである.が,もう
ひとつより一層積極的な理由として,そもそも本学が建学の理念としてきたも
のが,今回打ち出された政府の目指す教育方向と一致しているということであ
る.言葉は悪いかもしれないが,こんな愉快なことはない.わたしたちが長年
考えてきたことが,国家的に承認されたということでもある.天下ひろしとい
えどもこんな一致を見る大学は他にない.わたしたちはこれをこれからもっと
前面に押し出していこうと思っている.いよいよ本学教育学科の出番である.
(『歩み』新18号)
2 .文部科学省への提出
以上述べてきたように,大変長い時間をかけて文学部教育学科から教育学部
教育学科へ改組する段取りがようやく整った.次には文部科学省へ伺いを立て
ねばならない.日本開発構想研究所とも相談しながら,練りに練った文書「皇
學館大学教育学部設置の趣旨及び特に設置を必要とする理由」が,次に示すも
のである.
― 17 ―
皇學館大学教育学部研究報告集
第8号
皇学館大学教育学部設置の趣旨及び特に設置を必要とする理由
ア
設置の趣旨および必要性
(a)教育研究上の理念,目的
本学は昭和37年,旧神宮皇学館および神宮皇学館大学の建学の精神を継
承し,文学部(国文学科・国史学科)として発足した.神宮皇学館は明治
15年に創立されたが,その建学の精神の主旨は,明治33年賀陽宮邦憲王の
令旨にある.すなわち「我が国の歴史に根ざした学問を明らかにし,これ
を実践して,公正健全な道徳生活を確立し,文明を発展させるべし」と.
この建学の精神は昭和15年官立大学に昇格した神宮皇学館大学の建学の精
神として受け継がれ,さらに私学として再興した本学もまたこれを継承し
ている.
本学は再興後いち早く,昭和41年 4 月には大学院修士課程,同48年には
同博士課程を開設,以来それぞれの専門分野において,教育・研究機関と
しての役割を果たしてきた.その後,昭和50年 4 月には地域社会の要望に
応えて教育学科を増設し,教育学の研究とともに,小学校及び幼稚園の教
員養成に努めてその実績をあげてきた.また,昭和52年 4 月には建学の精
神をいっそう具現するため神道学科を設置し,さらに昭和56年 4 月に神道
学専攻科,平成 2 年 4 月には神道学専攻修士課程を設置して,高等神職養
成機関としての役割も果たしつつある.その後も大学は発展し続け,平成
10年 4 月には名張市に,神道精神を基盤に人と自然・地域の共生を目指す
社会福祉学部が創設され,続いて平成12年 4 月には文学部に日本文化の伝
達及び異文化理解を根本におくコミュニケーション学科が設置された.そ
して平成14年 4 月には社会福祉学部に修士課程が,平成16年 4 月には神道
学科に博士後期課程と教育学科に修士課程が設置され,多くの優れた人材
を輩出して今日に及んでいる.その間,各種公開講座などによる生涯学習
活動も積極的に行い,開かれた大学として社会に貢献してきた.
このような教育・研究の体制を整え,それを実践してきた本学において
これまでも多くの優れた教員を世に送り出し,教育界においてきわめて高
― 18 ―
教育学部改組をふりかえる
い評価を得てきたことは本学科の自負するところである.しかし,ここ数
年来懸案になってきたのは,教育学科を文学部から独立させ,教育学部と
して再編成し,新たな社会の要請に応えるべきではないか,ということで
あった.
そこで,学部設置の要は,第一に,いわゆる団塊の世代が定年を迎える
時期になって,
新たに多くの教員が必要とされるようになってきたこと(教
員の数量確保の問題),第二に,県の内外から複数の免許を持つ教員を育
ててほしいとの強い要望があること(教員の質的向上の問題)
,第三に,
「教
育基本法」の改正によって,戦後教育の見直しと是正および日本の伝統文
化の継承の問題が重要視されてきたこと,そして最後に,文部科学省が出
している「学位の種類及び分野の変更に関する基準」において,文学関係
と教育学関係とは別の分野として設定されているように,今や学問が分野
ごとに成熟し,教育学は文学関係とは違った領域になっていること,それ
ゆえに教育学は文学部から引き離して独立したものとして設置することの
方が自然であること,以上である.先にも触れた本学の建学の精神は,ま
さしくこの第三の「教育基本法」改正に則った課題に対応すること.した
がって,本学教育学部こそ国家の教育方針に沿った教員を育てるのに最も
ふさわしい学部となる,と結論するに至ったのである.文学部教育学科と
してこれまでにも十分な教員組織と施設設備は整ってはいたが,ここに従
来の教育学科の成果の上に,学部改組によってより一層の体制の整備充実
をはかり,教育政策への万全の対応を期すべく,教育学部を設置するもの
である.
(b)どのような人材を養成するのか
平成18年 7 月に出された中央教育審議会「答申」では,今求められる教
師の資として,①教職に対する強い情熱②教育の専門家としての確かな力
量③総合的な人間力,の 3 点があげられている.
これまで教育学科は30年の実績があり,①に関して,すなわち「教師の
仕事に対する使命感や誇り,子どもに対する愛情や責任感」については,
― 19 ―
皇學館大学教育学部研究報告集
第8号
本学卒業生はこれまで教育界からもきわめて高い評価を受けてきたし,今
後も学部改組による指導力の強化によって,今まで以上に高い評価を受け
るべく努力していきたいと考えているところである.
②に関して具体的には,「子ども理解力,児童・生徒指導力,集団指導
の力,学級づくりの力,学習指導・授業づくりの力,教材解釈の力」など
があげられている.この点についても全般的にはこれまで卒業生は高い評
価を受けている.が,理数系が若干弱いとの指摘を受けたこともあり,学
部改組による少人数教育やカリキュラムの充実などによって学生にその方
面での力をつけなければならないと考えている.
最後に③については,「豊かな人間性や社会性,常識と教養,礼儀作法
をはじめ対人関係能力,コミュニケーション能力などの人格的資質,教職
員全体と同僚として協力していくこと」があげられている.教育学科はこ
れまでも建学の精神に基づいて,学生の人間力を磨くことに力を注いできた.
元々神道を核とする日本の伝統文化は人間の相互関係とコミュニケー
ションを重視し,礼儀と和を尊んできた.ところが,社会の欧米化・グロー
バル化が進み,地域共同体の解体,個人主義・自己中心主義がはびこるこ
とによって,これまであった日本の良さが失われてきた.大きく見たとき
子どものモラル低下やいじめ,少年犯罪の激増の原因もここにあるといっ
てよい.
それゆえ今こそ,社会再生・教育再生のためにも日本文化が元々持って
いた良さを見直し,学部改組によって,日本の伝統文化を究明し,伝統文
化への造詣を高めるための教育プログラムを設置し,もってそうした良き
日本の伝統文化を体現した学生を育て,教師として社会に送り出すことこ
そ,本学部の最も重要な使命であるとの認識を持つものである.
この方針は,本学「中期計画策定委員会(第二次)答申」
(平成18年11月)
でいう本学の教育目標,すなわち①我が国の歴史・伝統を継承・究明・応
用して社会の要請に応える学園の創造
立派な日本人の育成
②神道精神に基づく人間性豊かな
③自立心に富み,社会の各領域においてリーダーと
して貢献できる人材の育成,をベースに置いている.
― 20 ―
教育学部改組をふりかえる
イ
学部,学科の特色
新時代の高等教育は,全体としては多様化の方向に進みつつある.ユニ
バーサル段階の高等教育にあっては,大学の個性を一層前面に押し出す必
要のあることが,平成17年 1 月28日の文部科学相「我が国の高等教育の将
来像(答申)」にも謳われている.そこには中央教育審議会が提示した将
来の大学の機能が 7 つに分類されている.すなわち,①世界的研究・教育
拠点②高度専門職業人養成③幅広い職業人養成④総合的教養教育⑤特定の
専門分野(芸術や体育)の教育研究⑥地域の生涯学習機会の拠点⑦社会貢
献(地域貢献・産学官連携等)の 7 つである.この中で本学教育学部が特
に求めるものは②の高度専門職業人養成であるが,それに対しては本学部
には現国家の期待に応えうる,自負すべききわめて強い個性・特色がある
と考えている.すなわち,はやくも昭和49年の本学「教育学科増設計画書」
には「真に日本にふさわしい教育を担当して,国民の信頼に応えるような,
正義と勇気を持った教師を世に送り出したいと決意しました.教育の正常
化は,結局,正しい立派な教師を育て,世に送り出すことだと考えます」
とある.
「教育基本法」が改正されて,伝統と文化の継承と尊重がきわめ
て重要な課題となってきた今,建学の精神を基に本学が早くからこの問題
に正面から取り組んできたことを誇りに思うとともに,改めてこの言葉を
確認し,
「日本の伝統文化に精通した教員を養成する」ことを本学部,学
科設置理念の根本に置き,その特色・コンセプトとしたい.
ウ
学部,学科の名称及び学位の名称
・これまでは文学部教育学科であったが,文部科学省の「学位の種類及び分
野の変更に関する基準」においても,文学関係と教育学関係とでは領域が
異なっていること,団塊の世代の定年にともなって多数の教員養成が急務
であること,内外の要請に応えて複数の免許を持つ教員を育成する必要が
あること,さらに国家の教育政策の方向すなわち日本の伝統文化の継承と
尊重といった課題を果たすため,
「日本の伝統文化に精通した教員」をこ
れまで以上に数多く育てる必要があること.このような理由から,これま
― 21 ―
皇學館大学教育学部研究報告集
第8号
での学科を新たに教育学部に再編することでこれらの要請に対応しなけれ
ばならない.よって学部・学科の名称は以上をふまえ「皇学館大学教育学
部教育学科」とすることがふさわしいと考えるものである.
・本学部,学科では,
「日本伝統文化教育論」「神話教育」などの伝統文化教
育に関する科目,「教育哲学」「教育史」などの教育学に関する科目,
「環
境教育」「国際理解教育」など教科・領域教育学に関する科目,「国語科教
育法」「社会科教育法」など教職に関する科目,「発達心理学演習」
「教育
行政学演習」など演習,を履修することになっており,学位の名称はここ
で述べた専攻分野をふまえ,「学士(教育学)
」とすることがふさわしいと
考える.
・(英文)
教育学部
Faculty of Education
教育学科
Department of Education
学士(教育学)
エ
Bachelor of Education
教育課程の編成の考え方及び特色
教育学部教育学科における教育課程の編成については,設置の趣旨及び
人材養成の目的を十分ふまえた上で,これまで文学部教育学科で培ってき
た教育分野の学問体系を基盤として,当該専門分野における基礎的な知識
や能力を習得させなければならない.が,さらにこれに加えて,主体的に
変化に対応しうる幅広い視野と総合的な判断力,実践的な問題分析の能力
や課題解決能力を養成するための教育研究の展開を目指した教育課程を編
成している.
より具体的には,これまでの文学部教育学科において展開してきた教育
学分野を中心に据え,それに関する基礎的な知識や能力の確実な修得のも
とに,学生の多様な学習意欲とニーズに応じた専門分野における専門的な
知識や実践的な能力を習得するための授業科目を配置するとともに,学部
教育の特色としての伝統文化教育に関する授業科目を配置することによ
り,教育課程の充実を図ることとした.
また,専門教育科目においては,授業科目間の関係や履修の順序に留意
― 22 ―
教育学部改組をふりかえる
しつつ,基礎から応用までを体系的に履修することが可能となるように配
慮している.すなわち,専門科目を体系的に学習する上での導入科目とし
ての「基礎科目」
,基礎科目を受けて学習する専門教育の幹となる「基幹
科目」,基幹科目を受けて学習する応用科目としての「展開科目」,学部教
育の特色とする「関連科目」の 4 科目群からカリキュラムを編成している.
具体的には,
「基礎科目」として,教育学概論,教育哲学,教育史,教
育社会学,生涯学習論,教育心理学を,「基幹科目」として,教職論,教
育方法学,教育課程論,児童心理学,学校心理学,保育内容総論,保育原
理,国語科教育法,社会科教育法などの教科教育法,児童国語,児童社会
などの教科内容論を,「展開科目」として,教育工学,教育法規,教育行
政学,学校経営学,教育相談,環境教育,国際理解教育,英語教育,国語
科教育研究,社会科教育研究などの教科教育研究,生徒進路指導論,衛生
学,体育実技などを,
「関連科目」として,神話の教育心理学,神話教育,
家庭と教育,教育に生かす書道,日本伝統文化教育論,和算を使った数学
教育,日本の科学・技術の歩みと教育,伝統音楽と教育,伝統美術と教育,
日本の食育文化,武道と教育をそれぞれ設置した.
さらに,教育学分野における基礎理論に基づく実践的能力を身に付けさ
せるための体験学習に力点を置くことから,教育現場を実地体験する「実
習科目」を充実して配置するとともに,学生の興味と関心に応じた主体的
な学習のあり方やアカデミックスキル教育に加えて,深く専門的知識を研
究し体得させる目的から,「演習科目」を必修科目として 2 年次から 4 年
次まで継続的に配置している.
これも具体的には,「実習科目」として,教育実習(幼稚園,小学校,
中学・高等学校)
,介護等体験実習,教育実習事前事後指導,保育所実習,
児童福祉施設等実習,保育実習事前事後指導,保育実習Ⅱを,
「演習科目」
として,教育研究基礎演習,教育研究演習Ⅰ,教育研究演習Ⅱ,教職実践
演習,卒業研究を設置する.
最後に,本学部が施す教養教育について言及しなければならない.平成
14年 2 月21日の中央教育審議会の「新しい時代における教養教育の在り方
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皇學館大学教育学部研究報告集
第8号
について(答申)」には,大学における教養教育の課題として,それが学
生にグローバル化や科学技術の進展など社会の激しい変化に対応しうる統
合された知の基盤を与えるものでなければならないこと,そのためにはす
べての教員の教養教育に対する意識改革なしにはそれが実現できないこ
と,質の高い教育を提供できない大学は将来的に淘汰されざるを得ないと
いう覚悟で教養教養教育の再建に取り組む必要があることなど,厳しくも
重要な指摘がある.本学においてもとりわけカリキュラム改革や指導方法
の改善を図り,
「答申」にいうところの「感銘と感動を与え知的好奇心を
喚起する授業」の創造に努力してきた.しかもそれは本学部の特色と一体
化するものでなければならない.そこで,何よりも大学の建学の精神を知
らしめるための
「初学び」,
日本及び伊勢を中心とする地域を考えさせる「皇
学」,古来からの日本の精神を体得させるための「武道」を必修科目とし
て設定してある.これらを核にした教養科目の履修の上に,本学部の教育
課程が編成されているのである.
オ
教員組織の編成の考え方及び特色
本教育学部教育学科では高度の専門的職業人を養成するために,以下の
3 つの主要な目的にしたがって,教育課程と教員組織を編成している.
すなわち第一に,従来の文学部教育学科の成果の上に,さらに専門的な
能力や実践的能力を備えた小学校を中心とした教師を養成すること.
第二に,従来の幼稚園教員の免許とともに,保育士の資格をも取得可能
とするもので,これは近年幼稚園教員採用にも保育士資格を同時に求める
地域が増えてきたことに対応するとともに,短期大学ではなく,4 年生大
学出身の幼稚園教員を求める声も高くなり,より一層高度な知識と実践能
力をつけさせるものである.
そして第三に,従来のスポーツが持つ競技的な側面だけではなく,生涯
にわたって心身の健康を維持していくための身体運動について,その意義
や方法について学び,子どもたちをはじめとするさまざまな人々に,身体
運動のすばらしさやその重要性を伝えていくことができる人材を育てること.
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教育学部改組をふりかえる
以上 3 つの目的を果たすために,教育学部教育学科では次のような教員
組織を編成している.
まず,教科に関する科目を担当する教員には,初等教育免許に関わる者
として,教授 2 名(うち博士 1 名)
,准教授 4 名(うち博士 1 名,特任 1 名)
,
講師 1 名,助教 1 名の計 8 名を,幼稚園免許に関わる者として,教授 1 名,
准教授 3 名(うち博士 1 名)
,講師 1 名,助教 1 名の計 6 名を配置した.
次に,教職に関する科目を担当する教員には,初等教育免許に関わる者
として,教授 4 名(うち特任 1 名)
,准教授 2 名,講師 1 名,助教 1 名の
計 8 名を,幼稚園免許に関わる者として,教授 3 名(うち特任 1 名),准
教授 2 名,講師 1 名,助教 1 名の計 7 名を,中等教育免許に関わる者とし
て,教授 3 名(うち特任 1 名),准教授 1 名,助教 1 名(博士)の計 5 名
を配置した.
カ
入学者選抜の概要
本学部では,先のオに示したように, 3 つの明確な教育目標を持ってい
るので,入学者選抜はそれに応じた学生を求めるべく実施することとする.
とりわけ AO 入試には目標に応じたそれぞれの特色を出したいと考えて
いる.
具体的には,AO 入試では,学生の関心に応じたミニ講義などをいくつ
か行い,受験生はそれを聴いて,その概要と自分の感想・意見などを記し
た後,面接を受けることになる.なお,先のオの第三の目的に関心の強い
学生に関しては,高等学校在学時の実技成績をも重視することになるであ
ろう.
次に一般推薦入試では,小論文を課した選抜の形をとり,最後のいわゆ
る一般入試においては,これまでも文学部においてなされてきた選抜方法
(記述型,マーク型など)を踏襲しながら,学部全体として入学するにふ
さわしい学生を求めたい.
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皇學館大学教育学部研究報告集
第8号
改めて解説する必要はないであろうが,教員数やカリキュラム,入試選抜の
あり方が具体的になって来ていることが注目される.また,上記オ「教員組織
の編成の考え方及び特色」において,学校心理コースがなくなっていることと
その理由は,先に示したとおりである.なお,この時点では,特別支援コース
はまだ視野に入っていないことにも注意したい.
しかしその後,以上の文章ではなおかつ不十分な点や,さらに書き加えなけ
ればならない項目もあり,実際文科省に提出されたものは以下の如く大幅に書
き換えられ,9 以下の項目の付け足しが行われた.「平成20年度開設予定の大
学の学部等設置について」と題され,19年 4 月26日に届け出提出,同年 6 月25
日付けで公表された.
皇学館大学教育学部設置の趣旨及び特に設置を必要とする理由
1 .設置の趣旨および必要性
(a)教育研究上の理念,目的
本学の文学部においては昭和50年 4 月,地域社会の要請を受けて教育学
科を増設し,教育学の研究とともに,小学校および幼稚園の教員養成に努
めてきた.以来,教育理念の具現化にむけて,常に教育課程の改編を重ね,
地域社会や受験生のニーズに対応した教育内容の整備をはじめ,教員の教
育研究業績の充実や教育指導方法の改善に努めてきたが,高等教育を取り
巻く社会環境の変化の中で,学部教育の目的をより一層明確化する必要が
生じてきている.
一方,本学の文学部教育学科では,教育者や指導者として必要な基礎的
な知識や技能の修得を中心とする実践的な教育研究を展開してきたが,現
代社会における教育問題の高度化や多様化による社会的な重要性が高まり
をみせており,教育学分野における教育研究の質的な向上と教育研究体制
の整備充実が求められている.
このような,社会環境の変化や学術研究の進展に伴う教育学分野におけ
る社会的な要請に積極的に応えるべく,これまで既設の文学部教育学科に
― 26 ―
教育学部改組をふりかえる
おいて展開してきた教育内容を基礎としつつ,その教育課程や教員組織,
施設設備等を基に,新たに教育学部教育学科を設置することとした.
なお,教育学部教育学科における教育研究上の目的は,教育学分野を中
心的な研究対象として,当該専門分野に関する基礎的,基本的な資質や能
力を培うとともに,教育現場において求められている専門分野に関する基
礎的な理論と実践との融合を意識した学部教育を展開することとしている.
しかも,「教育基本法」の改正によって,戦後教育の見直しと是正およ
び日本の伝統文化の継承の問題が重視されてきたことは,本学教育学部に
とって特に重要な意味を持っている.なぜなら本学の建学の精神はまさし
くこの改正に沿った課題に対応し,したがって本学教育学部こそ国家の教
育方針にかなった教員を育てるのに,もっともふさわしい学部となると考
えるからである.
(b)どのような人材を養成するのか
今日,子供たちの学ぶ意欲の低下や規範意識,自律心の低下,社会性の
不足,いじめや不登校等の深刻な状況など,学校教育の現場が抱える課題
が一層複雑化,多様化しており,このような教育現場の諸課題に対応し得
る高度な専門性と豊かな人間性や社会性を備えた力量ある人材が求められ
ている.
また,乳幼児たちの基本的な生活習慣の未習得,体力の低下,小学校生
活への不適応など核家族化の進行や地域関係の希薄化による家庭や地域の
子育て力の低下や育児補完能力の衰えなど,乳幼児教育に関する今日的課
題が増加しており,乳幼児教育の多様な展開に対応することができる資質
と専門性を備えた人材が求められている.
このような社会的な要請を踏まえたうえで,教育学部教育学科が目指す
人材養成機能としては,小学校や幼稚園などの学校現場における教育職と
して,あるいは,保育所や児童相談所などの幼児関連施設や児童関連施設
などにおける専門職として求められる専門的な知識と実践的な能力を育成
することを目的としている.
具体的な人材養成の在り方としては,教育学分野における基礎的な知識
― 27 ―
皇學館大学教育学部研究報告集
第8号
や能力の習得に加えて,教科指導や生徒指導などの教育実践に関する基本
的な能力の習得を目指すとともに,今後の教育の在り方を踏まえた教育形
態や指導方法などにも対応することができる応用実践能力や問題解決能力
を備えた人材の養成を目的とする.
以上に加えて,
本学の根本精神である神道を核に持つ日本の伝統文化は,
もともと人間の相互関係とコミュニケーションを重視し,和と礼儀を重ん
じてきたのであり,先に見たさまざまな問題点も,このような日本文化の
よさを見直すことによって解決できる部分も少なくないと思われる.それ
ゆえ日本の伝統文化を究明し,それへの造詣を高めるための教育プログラ
ムを設置し,伝統文化を体現した学生を養成することは本学部の使命であ
るとの認識を持っている.
2 .学部,学科の特色
教育学部教育学科では,教育学分野における基礎的な知識や能力の習得に
加えて,教科指導や生徒指導などの教育実践に関する基本的な能力の習得を
目指すとともに,今後の教育の在り方を踏まえた教育形態や指導方法などに
も対応することができる応用実践能力や課題解決能力を身につけるための教
育内容とすることにより,地域社会における教育関連分野で活躍する人材の
養成を目的とする.
このことから,教育学部が担う機能と特色としては,中央教育審議会答申
「我が国の高等教育の将来像」の提言する「高等教育の多様な機能と個性・
特色の明確化」を踏まえ,教育学分野の教育と研究を重点的に担うとともに,
教育関連分野における幅広い職業人養成の機能と総合的教養教育の機能を併
有することにより,特色の明確化を図ることとしている.
ところで,昭和49年の本学「教育学科増設計画書」には,「真に日本にふ
さわしい教育を担当して,国民の信頼に応えるような,正義と勇気を持った
教師を世に送り出したいと決意しました.教育の正常化は,結局,正しい立
派な教師を育て,世に送り出すことだと考えます」とある.
「教育基本法」
の改正によって,伝統と文化の継承と尊重がきわめて重要な課題となってき
― 28 ―
教育学部改組をふりかえる
た今,改めてこの言葉を確認し,
「日本の伝統文化に精通した教員を養成する」
ことをもうひとつの大きな本学部の特色としたい.
3 .学部,学科の名称及び学位の名称
今般,設置を計画している教育学部教育学科は,既設の文学部教育学科を
基礎としており,教育研究上の目的は,教育学分野を中心的な研究対象とし
ていることから,学部名称については「教育学部」
,学科名称については「教
育学科」とし,学位に付記する専攻分野の名称については「教育学」とする
とともに,英訳名称については,「Faculty of Education」
「Department of
Education」
「Bachelor of Education」とすることとした.
4 .教育課程の編成の考え方及び特色
(a)教育課程編成の考え方
教育学部教育学科においては,これまで文学部教育学科で培ってきた教
育学分野の学問体系を基盤として,教育学分野における基礎的な知識や能
力の習得に加えて,教科指導や生徒指導などの教育実践に関する基本的な
能力の習得を目指すとともに,今後の教育の在り方を踏まえた教育形態や
指導方法などにも対応することができる応用実践能力や課題解決能力を養
成するための教育課程の編成としている.
具体的には,これまでの文学部教育学科において展開してきた教育学分
野を中心に据え,教育学分野に関する基礎的な知識や能力の確実な習得の
もとに,学生の多様な学習意欲に応じた専門分野における専門的な知識や
実践的な能力を習得するための授業科目を配置するとともに,学部教育の
特色としての伝統文化教育に関する授業科目を配置することにより教育課
程の充実を図っている.
また,教養教育科目においては,大学設置基準における教養教育の目的
を踏まえるとともに,中央教育審議会をはじめとするこれまでの答申を踏
まえたうえで,教養教育は極めて重要であるという認識のもとに,教養教
育としての教育理念や教育目標を設定したうえで,幅広い視野と豊かな人
― 29 ―
皇學館大学教育学部研究報告集
第8号
間性,社会人としての基本的な素養の習得が可能となる教育課程として編
成している.
(b)教育課程編成の特色
専門教育科目の編成においては,授業科目間の関係や履修の順序に留意
しつつ,基礎から応用までを体系的に履修することが可能となるように配
慮することから,専門教育を体系的に学習するうえでの導入科目としての
基礎科目,基礎科目を受けて学習する専門教育の幹となる基幹科目,基幹
科目を受けて学習する応用科目としての展開科目,学部教育の特色とする
関連科目の 4 科目群から編成している.
具体的には,基礎科目として,教育学概論,教育哲学,教育史,教育社
会学,生涯学習論,教育心理学を配置し,基幹科目として,教職論,教育
方法学,教育課程論,児童心理学,学校心理学,保育内容総論,保育原理,
各教科教育法,各教科内容論を配置するとともに,展開科目として,教育
工学,教育法規,教育行政学,学校経営学,教育相談,生徒進路指導論な
どの授業科目を配置することにより編成している.
また,教育学分野における基礎理論に基づく実践的能力を身に付けさせ
るための体験的学習に力点を置くことから,教育現場などを実地体験する
実習科目を充実して配置するとともに,学生の興味と関心に応じた主体的
な学習の在り方やアカデミックスキル教育に加えて,深く専門的知識を研
究し体得させる目的から,演習科目を必修科目として 2 年次から 4 年次ま
で継続的に配置している.
具体的には,実習科目として,幼稚園や小学校,中学校,高等学校など
における教育実習をはじめ,教育実習事前事後指導,介護等体験実習,保
育所実習Ⅰ,児童福祉施設等実習,保育実習事前事後指導,保育実習Ⅱを
配置するとともに,演習科目として,教育研究基礎演習,教育研究演習Ⅰ,
教育研究演習Ⅱ,教職実践演習,卒業研究を設置することにより,実践教
育に力点を置いた編成としている.
― 30 ―
教育学部改組をふりかえる
5 .教員組織の編成の考え方及び特色
教育学部教育学科における人材養成機能は,教育学分野における基礎的な
知識や能力に加えて,教科指導や生徒指導などの教育実践に関する基本的な
能力を備えた人材の養成を目的としており,教育課程においても教育学分野
を構成する主要科目による編成としていることから,専任教員の配置計画に
ついては,これらの主要科目を中心に配置する計画としている.
具体的には,導入科目として位置づけている基礎科目及び基礎科目を受け
て学習する専門科目の幹となる基幹科目,教育学分野における基礎的理論に
基づく実践的能力を身につけさせるための実習科目を中心として,当該専門
分野における博士号等(博士号 5 人,修士号 14 人)の学位や十分な研究業
績に加えて,大学における教育実績を有した専任教員( 4 人)の配置を計画
している.
なお,専任教員の配置計画においては,本学が定める「学校法人皇學館専
任職員の停年に関する規程」において,既に停年に達している者及び学年進
行中に停年に達する者を専任教員として配置する計画としているが,停年に
達した者の任用については当該規定において,別途,規定されていることか
ら,専任教員の配置計画における支障はないものと考えている.
6 .教育方法,履修指導方法及び卒業要件
(a)教育方法
教育学部教育学科では,18歳人口の減少期における高等教育の現状と今
後の展開を見据えるとともに,大学審議会等の答申の趣旨を十分に踏まえ
たうえで,多様な学生の能カに応じた適切な教育を行い効果を高める目的
から,以下の教育方法を実施する.
(1)明確なシラバスの策定
授業科目を履修する際の目的意識を明確にさせ,学生の主体的学習の
促進や厳格な成績評価の実施,卒業時の質の確保,さらには,教員相互
の授業内容の調整や学生の授業評価等に活用することを目的として,各
授業科目について,その目的,内容および評価についての詳細な授業計
― 31 ―
皇學館大学教育学部研究報告集
第8号
画を策定するとともに,あらかじめ学生に対して提示する明確なシラバス
を作成する.
(2)演習形式授業の充実
専門教育への円滑な導入を図りつつ,主体的な学習のあり方やアカデ
ミックスキル教育を行うとともに,深く専門知識を探究し体得させるこ
とを目的とした演習形式による授業の充実を図ることから,2 年次に「教
育研究基礎演習」
,3 年次に「教育研究演習Ⅰ」
,及び 4 年次に「教育研
究演習Ⅱ」を配置する.また,これらの演習によって培われた知識や技
能を活かして卒業研究に取り組ませる.
(b)履修指導方法
学生が修了後の進路を踏まえたうえで,各自の興味と関心に応じた体系
的な学習のための科目履修が可能となるよう配慮するとともに,きめ細や
かな履修指導を行う目的から,修了後の進路に応じた典型的な履修モデル
(資料 1,省略)を明示するとともに,オフィスアワーや履修指導担当教
員の配置による履修指導体制を充実することにより,入学から卒業までの
継続的な履修指導を行うこととする.
① 履修モデルA
小学校教育や児童福祉施設において児童教育に従事する人材の養成を
目的とする履修モデルであり,児童教育のために必要となる専門知識の
習得を目指すとともに,学校現場における複雑化かつ高度化する児童教
育を取り巻く諸課題を解決するために必要な実践的な応用能力の育成を
目指す.
② 履修モデルB
幼稚園や保育所において乳幼児教育に従事する人材の養成を目的とす
る履修モデルであり,小学校入学以前の乳幼児に対する保育や教育のた
めに必要となる高度な専門知識の習得を目指すとともに,乳幼児教育の
質の向上と課題解決のために必要となる実践的な指導能力及び管理能力
の育成を目指す.
― 32 ―
教育学部改組をふりかえる
③ 履修モデルC
中学校や高等学校,あるいは健康関連機関などにおいて保健体育教育
やスポーツ健康指導に従事する人材の養成を目的とする履修モデルであ
り,学校保健や体育指導に関する基礎知識や実践能力の習得を目指すと
ともに,学校現場や地域社会において,健康教育を行うために必要とな
る専門的な能力の育成を目指す.
(c)卒業要件
卒業要件としては,体系的な授業科目の履修による単位の修得を行うこ
ととして,共通科目については 30 単位( 7 単位必修を含む)以上,専門
科目については 80 単位(28 単位必修を含む)以上を修得し,卒業に要す
る履修単位数として 124 単位以上を修得することとする.
7 .施設,設備等の整備計画
(a)校地,運動場,校舎等施設の整備計画
本学伊勢キャンパスは,現在86,428㎡の校地面積と22,823㎡の校舎面積
を有している.改組後の文学部(神道学科・国文学科・国史学科・コミュ
ニケーション学科)並びに教育学部(教育学科) 2 学部 5 学科の収容定員
1,920名体制で,校地面積は学生 1 人当たり10㎡の基準を充分に満たして
おり,校舎面積も基準面積を満たしている.
校地・校舎の状況は,校地校舎等の配置図面でも確認できるように,校
地については学生が休息その他課外活動で利用できる空地の確保がされて
おり,大学専用の運動場も整備されている.また,校舎についても 1 号館
(講議室・演習室・音楽室・学科研究室・教員研究室等)
,2 号館(講議室),
3 号館(教員研究室・学科研究室・会議室),4 号館(講議室・情報処理室)
,
5 号館(講議室・情報処理室・会議室),家庭科演習室,工作演習室,記
念講堂(事務室・講堂・会議室)
,図書館,総合体育館(平成17年度末竣工),
倉陵会館(演習室・和室・学生食堂・喫茶室・事務室),神道博物館,祭
式教室,記念館など充実した教育研究環境を整えている.
今般の教育学部教育学科の設置は,文学部教育学科を改組する計画のた
― 33 ―
皇學館大学教育学部研究報告集
第8号
め,昭和50年 4 月に文学部教育学科増設以来32年間に亘り小学校・幼稚園
の教員養成を行ってきており,既に教員養成に必要な音楽演習室,個人指
導室,器楽練習室,家庭科演習室,工作演習室,物理学実験室,化学演習
室,生物学演習室など充実した教育研究環境を整えている.
以上の状況からして,今般の文学部教育学科を改組して教育学部教育学
科の設置に伴う,校地・校舎等施設の整備計画については特に予定してお
らず,将来の検討課題と考えている.
(b)図書等の資料及び図書館の整備計画
本学伊勢キャンパスでは,昭和37年 4 月再興以来,常に図書館機能の整
備充実に積極的に取り組んできた.
そこで,現在の図書館(4,244㎡)においては,1,005㎡の閲覧室に233
席の閲覧席を設けており,各閲覧室には,各学科の専門図書を中心とする
図書242,697冊,
「教育科学国語」
,
「教育科学算数」
,
「教育科学社会科教育」,
「教育美術」,「体育科教育」等学術雑誌4,694種,視聴覚資料281点を整え
ているとともに,学術情報検索のための情報システムを整備している.
また,カウンターでは国内の雑誌データファイルを一括して検索できる
統合データベースのマガジンプラス,1984年以降の朝日新聞の記事が検索
できる朝日新聞聞蔵,明治,大正時代の新聞の記事が検索できる読売新聞
等といったデータベースを提供するなどして,利用者へは教育研究の基と
なる学術情報の整備充実を目指している.
しかし,電子ジャーナル等はまだ導入していないが,今後は他大学と共
同で購入するコンソーシアムも視野に入れながら,導入するかどうかを検
討している.
今般,文学部教育学科を基に教育学部教育学科を設置するため,既に教
育学・保育学分野13,521冊,自然学分野(数学・物理・化学・生物)2,115
冊,心理学分野1,257冊,芸術分野(美術・音楽・体育)9,140冊等,関連
分野の図書を完備している.
また,現在の教育学科研究室にも教育学・保育学分野を始めとする約12,
500冊の図書を整備し,利用提供を行なっている.今後も引続き図書館お
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教育学部改組をふりかえる
よび教育学科研究室との連携を保ち,資料の充実を図りながら,図書およ
び学術情報の基盤を整備していきたいと考えている.
8 .入学者選抜の概要
教育学部教育学科では,教育学分野における基礎的な知識や能力の習得
に加えて,教科指導や生徒指導などの教育実践に関する基本的な能力の習
得を目指すとともに,今後の教育の在り方を踏まえた教育形態や指導方法
などにも対応することができる応用実践能力や課題解決能力を身につける
ための教育内容とすることにより,地域社会における教育関連分野で活躍
する人材の育成を目的としている.
このことから,教育学部教育学科における入学者受入れに基本方針とし
ては,教育に対する興味や関心を有している者を積極的に受け入れること
を原則とするとともに,入学者選抜の基本的な考え方としては,教育学部
教育学科において学習する基礎的な知識や能力を習得するために求められ
る基本的な学力や能力を有している者を受け入れることとしている.
また,教育学部教育学科における入学者選抜の具体的な実施方法として
は,入学者受入れの基本方針と入学者選抜の基本的な考え方を踏まえたう
えで,開設年度においては,一般推薦入試と一般入試,AO 入試により実
施することとしており,一般推薦入試では,書類審査と小論文を課した選
抜を行い,AO 入試では,講義及び面接による選抜を行うこととしている.
9 .資格取得を目的とする場合
(a)取得可能な資格
教育学部において定められた保育士資格取得科目を履修し,資格取得に
必要な単位を習得することにより,保育士の資格取得が可能になる.
(b)実習の具体的計画
①
実習計画の概要
・
実習目標
保育実習を通して次のことを習得させる.
― 35 ―
皇學館大学教育学部研究報告集
第8号
児童福祉施設での実習を円滑に進めるために具体的な目的,学習内
容,課題などを明確にし,実習中の態度や心構えについて理解させる.
保育所の保育を実際に実践し,児童や福祉についての基礎的な理論
や技術を体験的に学び,保育士の役割と職務の理解を図る.
入所型児童福祉施設において様々な環境や境遇におかれている児童
と生活を共にして,子どもの心身の発達や健康について学び適切な処
遇のあり方を身につける.
子ども理解,子ども支援,子育て支援など保育をめぐる問題を総合
的に分析し,解決するための能力を育てる.
子どもの最善の利益を実現するために,保育・福祉の現場で保護者・
職員と連携して取り組むことのできる姿勢と職業倫理観を身につけさ
せる.
・
実習単位,主な内容,実習施設,時期,学生の配置等
「指定保育士養成施設の指定及び運営の基準について」で示される
「保育実習実施基準」に従い以下の科目を置く.
法令科目
保育実習
保育実習Ⅱ
保育実習Ⅲ
単位数
5
本学開講科目(期間等)
保育所実習Ⅰ、2 週間
児童福祉施設等実習、2 週間
保育実習事前事後指導、30 時間
〔2〕 保育所実習Ⅱ、2 週間
〔2〕
単位数
履修学年
履修条件
2
2
1
2年2月
3年9月
2 年秋学期
必修
必修
必修
2
3年2月
選択必修
実習施設確保の状況
保育所実習Ⅰ・Ⅱについては,大学所在地の伊勢市内23保育所から
61∼77名,隣接の鳥羽市,松阪市,玉城町,明和町も含めて,合計62
保育所から147∼167名の承諾を得ており,学生数を十分に上回ってい
る.また,児童福祉施設等からは32施設91∼93名の受け入れ承諾を得
ている.(資料 2,省略)
今回対象としていない保育所・施設であっても学生が出身地(ただ
し三重県内)で実習を希望する場合は実習施設としての適格性を検討
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教育学部改組をふりかえる
したうえで,個別に認める方針である.
・
問題対応,きめ細やかな指導を行うための実習委員会の設置等
学生の保育士資格取得に関する履修上の問題,実習に関する事項,
評価,その他については必要に応じて教育学部教員,事務担当職員か
ら成る「保育士課程担当者会議(仮称)」において協議決定する.
・
学生へのオリエンテーションの内容,方法
保育実習事前事後指導として下記のねらいと内容で,2 年生 9 月∼
翌年 3 月を中心に行う.別途実務的な業務は学生に指示をして随時実
施する.
ねらい 実習に先立って、多様な児童福祉施設の役割の概要、対象児童に対する支援
の基本、指導者としてふさわしい行動規範を理解させ、期待を持って実習に
臨ませる。実習終了後は体験に基づく反省を行い、後の学内の学びに反映さ
せ、保育士としての専門性の育成につなげる。
内
・
容
1 .保育実習Ⅰ、Ⅱの意義、目的、内容を理解させ、実習の概要を知る。
2 .子ども理解と保育支援の方法をそれぞれの児童福祉施設利用者の実態に
合わせて理解する。
3 .実習生としての心構えについて理解させ、適切な服装や言葉遣いが実践
できるようにするとともに、利用者の人権尊重、プライバシーの保護等
についても理解させる。
4 .それぞれの実習における自己課題を明確にさせ、目的を持って実習に臨
ませる。
5 .指導計画立案の方法、日々の記録の書き方などについて学ばせ、効果的
な実習になるよう指導する。
6 .実習施設へ事前訪問を行い、施設の概要・役割、福祉の目標、支援の計
画等を理解し、実習生としての心構えについて指導を受ける。
7 .指示のあった実習に関する手続きを主体的に行い、意欲的に実習に臨む。
8 .実習中に大学教員が保育所・施設を訪問して代表者・指導者に挨拶をし、
実習の様子を把握したうえで連携して指導にあたることを理解させる。
9 .実習終了後は実習で得た成果と課題を報告させ、実習生全員の学びにつ
なげ、今後の実習あるいは学内の学びにつなげさせる。
10.実習指導担当教員は実習日誌への記録状況を読み取り、実習施設からの
評価と合わせて個々の学生に自己課題が明確になるよう指導する。
実習までの抗体検査,予防接種等
乳幼児および抵抗力の弱い児童が集団で生活する児童福祉施設にお
いて実習を行う場合は,保健衛生面において十分な配慮が求められる.
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皇學館大学教育学部研究報告集
第8号
担当機関・園・施設から求められる諸検査(腸内細菌検査・健康診断
等)を実施したうえで実習に臨むよう指導する.
・
損害賠償責任保険,損害保険等の対策
学生は入学時に「学生教育研究災害傷害保険」に全員が加入する.
したがって実習中(通常ルートにおける往復時も含む)に発生する本
人の災害や傷害に関して救済措置が図られている.また実習中児童に
怪我を負わせた場合,器物を破損した場合等に係る賠償についても適
用が受けられる.
②
実習指導体制と方法
・
巡回指導計画
実習にあたっては大学の実習指導担当教員および事務担当職員が実
習施設の実習担当職員と密接に連絡を取り,学生が滞りなく実習に入
れるように配慮する.
実習期間中には学科所属教員の協力を得てすべての実習保育所,施
設へ訪問指導を行い,実習先の代表者,担当者と評価・課題を確認し,
協同して実習生への面談・指導・助言にあたる.またそこで把握した
実習生の状況については訪問指導記録に残し,保育士養成に係る学科
教員全員で共通理解し,今後の実習に反映させる.
・
学生の実習中,実習終了後のレポート作成・提出等
「保育実習日誌(検討中)」の「指導記録」「反省・感想」を毎日記
録し,翌朝実習担当指導保育士へ提出し,指導を受ける.初日には「実
習計画」を,最終日には「まとめ」を実習園・施設へ提出し指導を受
ける.
保育実習終了後はすべてをまとめ学内反省会に臨み,実習報告を行
い相互評価すると共に学内教員による指導を受ける.
③
施設との連携体制と方法
・
施設との連携の具体的方法,内容
保育所実習実施にあたっては,実習園・施設との実務連絡を十分に
行い,学生の実習に支障を来たすことの無いよう配慮する.またオリ
― 38 ―
教育学部改組をふりかえる
エンテーションにおける学生の訪問等でも,事前の連絡・調整を図り,
不備が無いように指導する.
教員による実習園・施設訪問時には実習担当者と協力して学生への
指導を行い,実習成果があがるようにする.
・
相互の指導者の連絡会議設置の予定等
保育所実習Ⅰ・Ⅱ終了後と児童福祉施設実習終了後の 2 回,適当な
時期に実習保育所・施設代表者の出席を求め懇談会を実施し,本学の
実習指導方針について理解を得て今後更なる協力体制を強める.また
実習における学生の取り組みについて報告を受け,成果と今後への課
題を明確にして,保育実習Ⅰ・Ⅱ並びに児童福祉施設等実習の充実に
努める.
全国保育士養成協議会および三重県の指定保育士養成施設連絡協議
会(保育系教員連絡協議会)に所属し,指定保育士養成施設相互の連
携を深めるとともに,保育士養成にかかる喫緊の課題の把握と実践に
努める.
④
単位認定等評価方法
実習の評価については実習施設における評価を重視するが,前述の
訪問指導時における状況,指導計画・実習日誌の記載内容,保育実習
事前事後指導における学生の意欲・態度などを総合して「保育士課程
担当者会議(仮称)」において行う.
なお,評価表については三重県の指定保育士養成施設の連絡協議会
(保育系教員連絡協議会)に加盟したうえで当協議会が作成した三重
県統一様式を採用する.
10.自己点検・評価
本学においては,本学の建学の精神・教育理念に照らして,教育研究・管
理運営の状況を点検・評価することにより,現状を正確に把握・認識すると
ともに,その達成状況を評価し,評価結果に基づく改善を図ることにより,
教育研究・管理運営上の目標を達成するために,自己点検評価委員会を設置
― 39 ―
皇學館大学教育学部研究報告集
第8号
し組織的な取り組みを行なって来ている.
(1)
「教学体制検討委員会」設置(平成 3 年 4 月∼平成 4 年 3 月)
① 本学諸問題の明確化
② 教学体制の見直し
③ 建学の精神を踏まえた本学の将来の考究
( 2 ) 「将来計画・自己点検評価委員会」を設置(平成 6 年 4 月∼平成 7 年 3 月)
,
① 第 1 次(試行)自己点検の実施
② 関係 4 規程の制定
○学校法人皇學館自己点検・評価規程
○学校法人皇學館全学自己点検・評価委員会規程
○学校法人皇學館教育研究自己点検・評価委員会規程
○学校法人皇學館管理運営自己点検・評価委員会規程
③ 「皇學館大学自己点検(第 1 次)報告」の作成(平成 7 年 3 月)
(参考)
【自己点検・評価実施項目】
◎
全学自己点検・評価委員会
①建学の精神について
◎
教育研究委員会
①本学の教育活動について
A.本学における教育活動の現状
②本学の研究活動について
A.本学の研究組織
B.研究活動の状況
C.研究成果の公表
◎
管理運営委員会
①本学の管理運営について
A.学校法人の管理・運営の組織及びその活動状況
B.学校法人の財務
C.学校法人の業務の執行状況
― 40 ―
教育学部改組をふりかえる
( 3 )第 1 回自己点検・評価の実施(平成 7 年 9 月∼平成 9 年 3 月)
① 「皇學館大学自己点検報告書−現状と課題−平成 7 年度」の刊行(平
成 8 年 7 月)
② 「皇學館大学自己点検報告書−学生生活と就職−平成 7・8 年度」の
刊行(平成 9 年12月)
( 4 )第 2 回自己点検・評価の実施(平成 9 年 4 月∼平成11年 3 月)
① 問題点の具体的な解決方法の提示
② 新たな課題についての点検・評価
③ 「皇學館大学自己点検・評価報告書−平成 9・10年度」の刊行(平
成12年 5 月)
( 5 )第 3 回自己点検・評価の実施(平成11年 4 月∼平成13年 3 月)
① 相互評価調整室を設置(平成12年 4 月 1 日)
② 「皇學館大学自己点検・評価報告書」を(財)大学基準協会へ提出(平
成13年 8 月)
③(財)大学基準協会の相互評価に係る実地視察及びヒアリング(平成
13年12月)
④(財)大学基準協会の相互評価の「大学基準」適合の認定(平成14年
3 月)
⑤「皇學館大学自己点検・評価報告書−大学基準協会相互評価報告書−
平成13年度」の刊行(平成14年 3 月)
⑥ 「改善報告書」を(財)大学基準協会へ提出(平成17年 7 月)
( 6 )第 4 回自己点検・評価の実施予定(平成19年 4 月∼平成20年12月)
①
平成21年度に(財)大学基準協会による第三者評価を受ける予定
11.情報の提供
本学における情報提供の具体的な方法としては,ホームページでは法人の
財務の状況(予算・決算・事業計画・事業実績報告),教育研究目標や計画(大
学院・学部・学科・専攻科の教育目標・教員一覧・取得資格一覧・カリキュ
ラム・シラバス等),入学試験に関する情報,学習機会(科目等履修生・研
― 41 ―
皇學館大学教育学部研究報告集
第8号
究生)に関する情報,キャンパスライフ,卒業後の進路(就職・進路支援)
に関する情報,附置機関(神道研究所・史料編纂所)
・附属図書館・出版部・
神道博物館・公開講座・学園報(PDF)などの情報を積極的に公表している.
また,大学要覧及び大学案内,K−らいふ(学園報),館友をはじめとする
各種媒体において,関係者に提供すべき情報を整理し,効果的かつ有効的な
情報の提供を行なっている.更に,学生による授業評価アンケートについて
は,学内ホームページ並びに冊子にして,学生・教職員に公表しており,教
員の履歴・業績についても,教職員ネットワークに公表している.
以上のように現在も情報の公表を行っているが,私立学校法第47条の規定
に基づき,情報公開規程(学校法人皇學館情報公開規程を学内審議中)の具
体的な整備を進めている.
開示内容
①収支予算及び事業計画書
②決算及び事業報告書
③学生・生徒数
④教職員数
⑤入学試験実施状況
⑥卒業生就職状況
⑦評価結果(第三者評価及び自己点検・評価)
⑧その他理事長が必要と認めた情報
12.教員の資質の維持向上の方策
文学部ではこれまで教員の教育内容及び教育指導のあり方を検討するため
の自立的システムとして,学生による授業評価をアンケート調査の方式で各
学期末に実施している.この回答結果は,教務委員会によって集計表に纏め
られて学生・教職員に学内ホームページ並びに冊子として公開している.学
生からのアンケート結果が悪い教員については,教務委員会委員長から授業
改善を求めている.また,FD 委員会を立ち上げて,FD 講演会の開催・教
員相互の授業内容の調整・シラバスの策定・専任教員と兼任教員の定期的な
― 42 ―
教育学部改組をふりかえる
連絡会の開催などを実施している.
さらには,教員の資質の維持向上のために,中期計画策定委員会答申を受
けて教職員研修(初任者・定期)をスタートさせると共に,授業内容や授業
方法を改善し向上させるための組織的な取り組みとして,教員相互の授業参
観の実施・授業方法の研究会の開催・教員相互の授業内容の調整・効果的な
教育プログラムの開発などを現在計画し押し進めている最中である.
教育学部教育学科もこの方策を継承して進めていく.
実施状況
平成 17 年
・春学期授業効果アンケート実施
・第 1 回 FD 講演会開催
講師:関西国際大学学長
濱名
篤
氏
演題:「高等教育のユニバーサル化をどう対応していくか
∼学習支援と初年次教育∼」
・日本福祉大学及び大同工業大学へ FD 視察
・金沢工業大学へ FD 視察
・秋学期授業効果アンケート実施
平成18年
・シンポジウム「日本でのリベラル・アーツ教育をどう広めるか」
(於
国際基督教大学)
・第 2 回 FD 講演会開催
講師:河合塾大学事業本部評価研究部部長
滝
紀子
氏
演題:「学生による授業評価
∼14 大学の授業評価制度の総括と今後の課題」
・大学コンソーシアム京都主催
第11回 FD フォーラム出席
・2006 年度第 4 回高等教育政策研究セミナー「FD の義務化に向けて」
・(財)大学コンソーシアム京都「第12回 FD フォーラム」
テーマ「学生が伸びる大学教育」
― 43 ―
皇學館大学教育学部研究報告集
第8号
3 .新学部開設と広報活動
こうして,ついに教育学部に学生を迎える準備はできたのである.次の仕事
はこれを受験生に広く伝えるための広報活動である.以下は,掲載紙が不明で
あるが,高校生向けのパンフレットで,私が「学校教育コース」を紹介したも
のである.
学校教育コース
本コースはこれまであった文学部教育学科の教育方針を受け継ぎつつ,さら
に新しいニーズに応えようとするものです.さまざまな教科の指導が適切にで
きることはもちろんのこと,何よりも子どものことを思い,子どもを育てるこ
とに献身的に努力する使命観と情熱にあふれた教師を育てます.しかも平成18
年12月には,教育基本法が改められました.そこには日本の文化と伝統の継承
がうたわれております.本学の建学の精神はまさにこの内容を先取りするもの
です.そのためのカリキュラムを豊富に用意しております.日本文化をしっか
りと学びそれを体現している人こそ立派な国際人であるという信念の下に,ま
すます進展している国際社会に対応できる教師をも育てます.
現代社会はきわめて変化が激しく,子どもをめぐる環境もめまぐるしく変化
しており,それに対応できない教師のもとで,学級崩壊など深刻な問題が生じ
ております.この変化に対応できるためには時代を先取りし,創造的に物事を
判断できる能力と資質が必要です.本コースでは特にそのことに心がけた教育
を行います.
これまでも学生たちは大学へ来ることが楽しくて仕方がないといいます.そ
れだけ皆さんを引きつけるものがあると確信しております.
ついで,学内の『歩み』(平成20年 1 月)に,新学部開設に次のような期待
をこめて書いた.
― 44 ―
教育学部改組をふりかえる
『歩み』あいさつ
2008年 1 月
いよいよ教育学部開設
この 4 月から本学科もこれまでの文学部から独り立ちして,教育学部教育学
科として装いを新たにすることになった.これまでの伝統を継承した学校教育
コース,保育士資格も取得できる幼児教育コース,主として中高の保健体育教
師を目指すスポーツ健康科学コースの 3 本立てになる.教員数もこれまでの15
人から段階的に24人に増えることによって,一層充実した体制になる.正直
言ってこの 1 年間文科省や厚労省の裁可を受ける作業で教職員一同大変であっ
た.が,幸いにも多くの受験生が集まってくれた.4 月からの彼らの期待を思
うと今から武者震いがする.
さて,この学部改組記念として,昨平成19年 9 月29日には京都大学名誉教授
市村真一先生をお迎えして,教育講演会を開催した.県内の大学から幼稚園ま
での教育関係者が幅広く集って下さり,大変盛会であったし,本学部に対する
期待も大変大きなものであることを実感した.先生のお話は,教育基本法の改
正が旧法に欠落していた「愛国心」を明記したこと,親子の敬愛の重要性,皇
室を中心に団結して国を作ってきた我らの祖先の苦心と叡智,その日本の神々
への信仰の中心が皇祖天照大神で,それをお祭りしている皇大神宮こそは世界
でも数少ない宗教的聖地であること,その聖地にある皇学館大学こそ日本の教
学の精神的中核となるべきこと,よき教育者の要件とはなにか(学力に優れた
者,親切で敬虔な心の持ち主,品位の向上に心がける)など,多岐にわたった
内容で,多くの参加者に大きな感銘を与えた.私も自分の心の中に 1 つの指針
が備わったような気がした.もとより文学部教育学科もまだ 3 年続く.そちら
も大切にしながら新 1 年生共々頑張っていきたい.
(『歩み』新19号)
私自身文中にもあるように,4 月からの新入生に武者震いするような気分を
味わったことを懐かしく思い出すのである.次いで,
『教育学部要覧』(平成20
年 4 月)に書いた文章も載せておく.
― 45 ―
皇學館大学教育学部研究報告集
第8号
教育学部教育学科
教育学科は平成20年度から文学部から独り立ちして,教育学部教育学科とし
て再編成された.現代の抱えるさまざまな教育問題に適切に対応するために
は,教育学部として組織・教員を拡大する必要があると判断したためである.
しかも「教育基本法」の改正によって,これまで本学科が建学の精神の下に培っ
てきた教育理念,すなわち日本文化の伝統の重視が追認されることになったの
はまことに喜ばしい限りである.今回の改組によって,国家の教育方針にか
なった教員を育てるのに最もふさわしい学部となったのではないかと自負する
ものである.
さて,昭和50年に教育学科が創設されて以来,小学校や幼稚園の教員を養成
することを目的として,これまで30年以上にもわたって研究・教育に熱心な教
授陣と学生間に敬愛の念に根ざした心の交流が保たれ,厳しくも伸びやかに学
びあえる雰囲気が醸し出されてきた.そしてそこから育つ初等教育・幼児教育
に望まれる献身性を秘めた教員は,教育界に高く評価され,全国各地に赴任し
た卒業生は,地域社会の重要な役割を担うまでになった.
新しい学部になっても以上のようなこれまでの優れた伝統は継承しつつ,し
かも激しく変動する時代に求められる新しい教師像を描き出そうとしている.
それは先に述べた文化の伝統とさらに心の問題を重視しつつ,自己教育力に優
れ,国際化と未来社会に対応できる問題解決能力をもった実行力と創造力を備
えた,人間性豊かな教師である.
このような教師を育成するために,本学科では 2 年次からそれぞれの目的の
違いに応じて,3 つのコース,すなわち学校教育コース・幼児教育コース・健
康スポーツ科学コースを設定している.
学校教育コースは,これまでの文学部教育学科の方針を発展的に継承するも
ので,さまざまな教科の指導が適切にできることはもちろんのこと,何より子
どものことを思い,子どもを育てることに献身的に努力する,使命観と情熱に
あふれた教師を育てることを主眼においている.激しい社会の変化によって,
子どもをめぐる環境もめまぐるしく変化しており,それに対応できない教師の
― 46 ―
教育学部改組をふりかえる
下で学級崩壊など深刻な問題が発生している.こうした変化に対応できる能力
や,時代を先取りし創造的に物事を判断できる能力と資質を養うことにも努力
したい.このコースでは,小学校教諭一種免許状を中心にして,中学校一種(国
語・英語・社会・保健体育から 1 つ)および高等学校一種免許状(国語・英語・
地理歴史・保健体育から 1 つ)
,幼稚園教諭一種免許状などが取得可能である.
幼児教育コースは,めざましい発達を見せる乳幼児期の子どもたちの心を受
け止め,きめ細やかな支援と豊かな保育内容を提供できる新しい時代の幼児教
育者になることを目指している.保育所と幼稚園にはそれぞれ異なる役割があ
るが,近年では幼保一元化が叫ばれ,そこで働く先生には保育士資格と幼稚園
教諭免許状の両資格が求められるようになった.しかも 4 年生大学出身の先生
を必要とする動きも強まっている.こうした社会の要請に応えようとするのが
このコースである.取得できる資格は,保育士および幼稚園教諭一種免許状を
中心にして,小学校一種免許状などである.
スポーツ健康科学コースは,現在の急激な生活習慣病の増加や子どもたちの
体力・運動能力の低下といった深刻な問題に応えようとするものである.その
ために身体運動がもつ競技的な側面だけではなく,生涯にわたって心身の健康
を維持していくための身体運動についてその意義や方法について学び,子ども
たちをはじめとする様々な人々に身体運動のすばらしさやその重要性を伝えて
いくことのできる,実践力のある教師を育てることを目的としている.同時に,
地域社会のなかで一般の人々の健康増進に貢献して行くことのできる指導者と
しての能力をも育てたい.取得できる資格は,中学校教諭一種免許状(保健体
育)および高等学校教諭一種免許状(保健体育)を中心にして,小学校教諭一
種免許状などである.
4 .文学部教育学科の終焉と旧 1 号館の解体
その間に,文学部教育学科の学生は卒業して行き,ついにその35年間の幕を
閉じることになった.その間の私の感慨を,『歩み』(平成23年 4 月)に見るこ
とができるので引用したい.
― 47 ―
皇學館大学教育学部研究報告集
『歩み』・会長挨拶
第8号
閉幕と開幕
ついにこの 3 月で文学部教育学科は35年間の幕を閉じることになる.私自身
は25年間文学部の教育学科の教育に携わってきただけに一抹の寂しさを覚え
る.振り返れば,内外の要請によって,本学短期大学を改組する形で教育学科
が昭和50年に創設されて以来,三重県を中心に小学校教員約1700名,幼稚園教
諭・保育士あわせて約300名を輩出し,地域社会に大きな貢献をしてきた.初
期の頃の卒業生はその多くがいまや管理職の立場に立ちつつあるのは喜ばしい
限りである.私が本学に赴任して最初に送り出した学生たちももう50歳に近づ
きつつある.時のたつ速さを改めて思う今日この頃である.
もとより過去を振り返って感傷にひたっているわけにはいかない.これまた
内外の強い要請によって文学部教育学科を改組して,新たに教育学部として一
本立ちしてからすでに丸 3 年が経過し,来る 4 月に入学してくる学生によって
1 学年から 4 学年まですべて学部学生が籍をうめることになるからである.文
学部時代に比べると 1 学年の定員はほぼ倍になり,4 学年合わせると約1000人
の大所帯になる.今年度増設した特別支援コースも実質には来年度から歩みだ
すことになり,これまでの 3 コースと合わせて,いよいよ学部として充実して
きたと思う.教員も若干増えることになるが,もともと少人数教育を売りにし
てきただけに,それぞれの教員が講義に演習にどう対応すべきか,苦慮してい
るところである.
ところで,この原稿を認めている時に,未曾有の東日本大震災が勃発した.
被災者の労苦を思うと胸が痛む.自分のできることは何かないか,皆が思って
いることであろう.少しでも力になりたい.そして日々の生活を見直し,毎日
を真剣に生きなければならないと,今回ほど強く思ったことはない.
最後に期待である.今春から 4 年生になる学生諸君が,来年どのような成果
を出してくれるのか.私は彼らに非常なパワーを感じる.間違いなく立派な結
果を出してくれると信じている.
(
『歩み』新22号)
― 48 ―
教育学部改組をふりかえる
実際,教育学部第 1 回生の卒業の翌年には,三重県小学校採用試験において,
三重大学を凌ぐことになるのである.それは現時点(平成 28 年 4 月)まで,4
年間続いている.
その後,学外向けのパンフレットに 2 度にわたり(平成23年 5 月と同24年 3
月),「学部長メッセージ」として書いたものを,内容がほぼ同じであるので,
後者のみ掲載する.
楽しくて充実した学び舎
平成20年度にそれまでの文学部教育学科を改組して,新たに教育学部教育学
科を創設してから早くも 5 年たち,今春には学部第 1 回卒業生を送り出すこと
ができました.当初からあった学校教育コース,幼児教育コース,スポーツ健
康科学コース,それに一昨年加わった特別支援コースの 4 コースによって,ス
タッフも充実し,これによって教育のあらゆる問題に対応することができるよ
うになりました.すでにこれまでにも小学校を中心に幼保も含めて約2000人の
教育者を世に送り出し,社会に多大の貢献をしてきました.
本学の理論的かつ実践的な学びを通して,教育者としての必要な資質を身に
つけることができ,これが採用試験の高い合格率につながっていると確信して
います.学生は大学が楽しくてしかたがないと言っています.模擬授業などで
お互いに切磋琢磨し,将来の優れた教師が育っていくのです.
こうして多くの期待がこめられてスタートした教育学部は,もちろんさまざ
まな問題・課題はあるにしても,船出して 5 年間がなんとか順調に経過したこ
とが,この文章からわかるが,その間に,本学創立130年再興50年という大事
業が迫っていた.とりわけ教育学部の先生方にとっては,旧 1 号館から記念事
業のために新しい建物へ移るという大変な作業が待っていた.それも短期間に
移らなければならないため,学生を大量動員していわば引っ越しをおこなった
のである.私自身も住み慣れた研究室から,大量の書籍や資料を運び出すのに
本当に大変であった.
― 49 ―
皇學館大学教育学部研究報告集
第8号
次の文章は,それが一段落して,学部長室から旧 1 号館跡を眺めて,感慨と
今後について『歩み』
(平成24年 3 月)に綴っているものである(写真は省略)
.
ありがとう.そして,さよなら 1 号館.
毎日学部長室の窓から,整備されつつあるグランドを見る.初めて見る人は,
ここについこの間まで,50年前の本学再興時の大きな校舎が建っていたとは
まったく思えないであろう.私はいまだに心にぽっかり穴があいたようで,25
年半暮らした研究室が幻のごとく浮かんでくる.何か自分のアイデンティティ
が失われてしまったような気がする.校舎が壊されつつある時,せめてその一
部でもと事務の人に話していたら,気を利かして持ってきてくださった.最初
の写真がそれである.普通の人には何でもない単なる瓦礫であるが,今や私の
宝物で,部屋のガラスケースに大切に展示してある.来る学生ごとに話をして
いる.2 番目のものは研究室の外に掲げてあった私の名札である.裏は朱で名
前が記してある.私が赴任して以来,一体何度ひっくり返したことだろう.
ずーと私を見つめ続けてくれた.3 番目のものは,第30期卒業生が,ゼミごと
に作製して先生方にプレゼントしてくれた卒業記念品である.裏には作製者た
ちの名前が記してある.表には「Magic House 深草」とあり,その下に居場
所(会議室,図書館など)を表示してある.これも研究室の外に掲げて本当に
大切に使い続けたが,今は部屋の中の棚に立ててあるだけになってしまった.
以上,回顧の言葉だけに終始した.しかし,実際にはこれから新しい時代が
始まろうとしている.いよいよ創立130周年,再興50周年が目前である.新た
な気持ちで再出発したい.それにしても,ああーこの校舎で学生たちと一緒に
なって,教師の道を目指したんだなーと,1 号館の跡地を見るにつけ,涙とと
もに芭蕉の句が思い起こされる.
「夏草や
兵どもが
夢の跡」
(
『歩み』新23号)
― 50 ―
教育学部改組をふりかえる
5 .大学院
叙述のほとんどを学部に費やしてしまったが,大学院についても若干ではあ
るが触れないわけにはいかない.
すでに文学部の教育学科の時に,すなわち平成16年 4 月段階で,文学研究科
教育学専攻修士課程が設置された.しかし,文学部から離れて,教育学部が平
成20年に設置された時点から,やはり教育学部に独自の大学院を置くべきでは
ないかという意見が持ち上がったのは,当然のことといえよう.山積・多様化
する教育的課題に,学部の 4 年間だけではとても対応できない現状があり,修
士課程までの 6 年間の学修が必要ではないかとの判断からである.他方,すで
に本文中にも指摘したように,文科省の「大学院教育振興施策要綱」には,今
や大学院の進学率の上昇,社会人や留学生など多様な学生の増加,さらに,知
識基盤社会が到来し,大学院の重要性が飛躍的に増大するという社会状況が生
じてきたため,大学院教育の組織的な展開の強化,国際的な通用生,信頼性の
向上が必要であると謳われているのである.
そして,教育学部に教育研究科の設置がかなったのは,平成24年 4 月からで
あった(文科省提出の書類作成の際,中村哲夫教授の力が大であった)
.そこ
で求められた人材は以下のアドミッション・ポリシーに明確に表れている.
1 .幅広い教養と高度な専門的知識を基に,現代的教育諸課題を解決する高
度専門職業人としての幼稚園,小学校,中学校,高等学校における教員
となろうとする意欲のある者.
2 .教育諸科学の学修を基に,教育現場における実践と理論を統合する研究
に携わりたいと意欲を持つ者.
3 .現代の教育諸科学を多面的に理解し,理論的に裏打ちされた対応の仕方
や解決の方策を提示できる,指導的教員になりたいと意欲を持つ者.
4 .学士課程修了ないしそれと同等の学力を持つ者.
― 51 ―
皇學館大学教育学部研究報告集
さらに教育学研究科の特色を『平成 28 年度
第8号
大学院案内・募集要項』より
引用すれば,以下の如くである.
1 .教育学専攻により構成されている研究科であって,わが国の伝統的文化
の究明とその発揚を基にした教育研究に主眼を置いています.
2 .校地は神宮の鎮まります清浄閑静な伊勢の地にあり,本学の設立の趣旨
からも本学と神宮とは密接な関係にあることから教育学の研究には絶好
の位置と環境にあります.
3 .学会の碩学と中堅の教授陣が,緊密な協力のもとに研究と教育を進め,
学生の指導については,各教員の専門分野にお維持徹底した個人教育を
期しています.
4 .教育学専攻においては,現職教員などの社会人受け入れを可能とするた
め昼夜開講制を導入,現代の教育上の諸問題に対する臨床的実践力に重
きを置いた教育研究を行い,総合力・応用力を有する高度職業人として
の教員の養成,実践的な教育研究者の養成,指導的教員の養成をめざし
ます.
5 .有職者等を対象に長期履修制度を設けています.
なお,取得できる資格は,小学校教諭専修免許状,幼稚園教諭専修免許状,
中学校教諭専修免許状(保健体育),高等学校教諭専修免許状(保健体育),で
ある.そして修了者には皇學館大学修士(教育学)の学位が授与される.
さて最後に,本学教育学研究科の今後の課題について触れておきたい.見ら
れるように中学及び高等学校の専修免許が保健体育に限られていることは,ス
タッフが限られている以上現時点ではやむを得ない所もあるが,これを他の科
目にもなんとか拡充できないか,ということである.もう 1 つは,これまでの
大学院入学者は,文学研究科で18名,教育学研究科では21名で,その内訳は平
成24年度 8 名,同25年度 4 名,同26年度 4 名,同27年度 1 名,同28年度 4 名で,
24年度を除けば定員が埋まっていない状況である.いろいろと学生に聞いてみ
― 52 ―
教育学部改組をふりかえる
ると,進学者が少ない理由として,大学 4 年を出て早く子ども達と接したいと
考える学生が多いことと,行きたくても資金面での困難を訴える者が多いこと
が挙げられる.前者に関しては,大学院で学ぶことの意義を十分に知らしめる
ことが重要な課題であるが,後者に関しては,奨学金などをもっと拡充させる
などの手だてが必要となって来るであろう.
6 .資
料
最後に,資料として,これまでのコース選択数を掲げておく.
(平成28年 3 月現在)
入学年度
現学年
総計
学校教育 幼児教育 スポーツ 特別支援
1 期生
H20
H24年 3 月卒業
228
126
59
43
2 期生
H21
H25年 3 月卒業
220
139
41
40
3 期生
H22
H26年 3 月卒業
256
130
69
48
9
4 期生
H23
H27年 3 月卒業
230
151
49
21
9
5 期生
H24
H28年 3 月卒業
230
139
55
25
11
6 期生
H25
4 年生
255
155
50
32
18
7 期生
H26
3 年生
240
135
62
19
24
8 期生
H27
2 年生
257
104
74
55
24
お わ り に
さて,改めて振り返るとき,いくつかの教訓や課題が見えてくる.まず, 1
つの学部を創るということがいかに大変なことか,ということである.構想か
ら実現まで,一体どれほどの人員と時間を要したであろうか.また,文科省提
出の文を何度書き直したことか.しかも本学では,文学部教育学科の基礎が
あったため,その経験を生かすことができた.もしそれがなければ,もっと多
くの時間が費やされたであろう.そして,先生方の英知を結集することである.
いろいろな角度から議論を尽くし,周辺の大学の状況も勘案しながら,最善の
ものを創り出す努力をしなければならない.本論でも構想委員会で議論が紆余
― 53 ―
皇學館大学教育学部研究報告集
第8号
曲折を経ていることが読み取れると思う.さらに本学の場合,日本開発構想研
究所との相談も大きい.私も何度も東京に出向き,いろいろなアドバイスをも
らったことは,大いに役立った.
次に,途中からの変更ないし追加もあり得るということである.特に本学部
において,特別支援コースの設置がそれである.今後特別支援の必要な子ども
が増えることが予想され,そのため社会の要請も強く,これからの教育全体を
考えると必ず必要になってくるとの判断であった.現在でもそれはまちがいな
かったと思っている.県内の特別支援学校からの期待も大きい.
さらに,いったんは構想から消えてしまったが,今後再び浮かび上がってく
るものもあるのではないかと予想する.それは第 1 回の構想委員会に立ち現
れ,第 2 回の委員会にはっきりと姿を現した「学校心理学コース」である.名
称はともかくとして,高校生にとっては心理学に対するイメージには絶大なも
のがあり(大学での現実の研究とは相当な開きがあるが),本文中にも触れた
ように今後の可能性として残しておきたい.
もうひとつ,本文中に幾度も触れているが, 7 ∼ 8 年前には団塊の世代の退
職のため採用数が増えるということであった.しかし,本文を認めている現時
点(平成28年 1 月)ではすでにそのような時期も去り,少子化とあいまって採
用数も減少へと向いつつある.今後,定員数を減らすなどこうした時代の変化
にも柔軟に対応していかねばならないであろう.
最後に,新学部になって赴任された先生方や,これから入ってこられる先生
方にぜひとも本文を読んでいただけたらと期待する.そうして本学教育学部の
成り立ちやそこにこめられた思いを感得していただいて,本学の教育にあたっ
ていただきたいと切に願うものである.
(本稿の 1 部はもともと『大学130年史』に収められるべきものであったが,
諸般の事情によりそれがかなわず,それを大幅に書き加えて,本誌に掲載され
たものである.しかし経緯はそのようであるが,ちょうど教育学科が40周年を
迎えるのに相応しい内容にもなっていると思われるので,ここに掲載されたこ
とでかえって所を得たようにも思う.)
― 54 ―
教育学科の略年 史
皇學館大学教育学部研究報告集
年度
学
長
学部長
学科主任
第8号
教育学科の歩み
昭和37
昭和38
昭和39
初 代
平田貫一
昭和50年度教育学科創設期スタッフ
結城陸郎,西田善男,斉藤 昭,
豊味平太郎,宗林正人
昭和51年度着任 … 西川順土,岡部直裕,
菊池三郎,森下千瑞,
西山嘉代子,萩 吉康,
吉岡 勲
昭和52年度着任 … 阿部達彦
昭和53年度着任 … 西野範夫
昭和40
昭和41
(文)
久保田 収
昭和42
昭和43
昭和44
第2代
高原美忠
昭和45
昭和46
昭和47
教育学科増設,決定
昭和48
昭和49
昭和50
昭和51
第3代
佐藤通次
昭和52
(文)
田中
卓
とりまとめ役
結城陸郎
結城陸郎
昭和53
昭和54
西田善男
昭和55
昭和56
(文)
宗林正人
昭和57
昭和58
昭和59
斉藤
第4代
田中
卓
昭和60
谷
昭和61
昭和62
(文)
省吾
(文)
岡田重精
昭和63
平成元
平成 4
平成 5
谷
第5代
省吾
(文)
西宮一民
教育学科会誌『歩み』(手書き印刷)第 1 号
教育学会『年報』創刊号
昭和55年度着任
昭和56年度着任
昭和57年度着任
昭和58年度着任
昭和59年度着任
昭和61年度着任
…
…
…
…
…
…
小川隆章
矢野由起
池田義徳,伊藤敏雄
掛本勲夫
清水正教
清水富雄,深草正博
教育学科10周年
第 1 回卒業記念ミュージカル
宗林正人
岡部直裕
池田義徳
平成 2
平成 3
昭
文学部教育学科誕生
(平成24年 3 月廃止)
レクリエーション指導者養成課程開設
昭和天皇崩御/卒業記念ミュージカルの公演自粛
教育学科会報『歩み』(活字印刷)創刊号
宗林正人
萩
吉康
― 56 ―
教育学科の略年史
大学復興後の主な出来事
卒業記念ミュージカル演題
皇学館大学開学,文学部国文学科・国史学科設置
第 1 回倉陵祭開催
文学研究科修士課程(国文学専攻・国史学専攻)設置
皇学館女子短期大学開学(昭和51年 3 月廃学)
男女共学により「皇学館短期大学」に改称
第10回倉陵祭開催
創立90周年・再興10周年記念式典挙行
附属図書館竣工
文学研究科博士課程(国文学専攻・国史学専攻)設置
文学部神道学科増設
附置研究所として神道研究所・史料編纂所設置
神道学専攻科設置
第20回倉陵祭開催
創立100周年記念式典挙行
記念講堂・倉陵会館竣工
附属図書館書庫棟竣工
白雪姫・くるみわり人形
ピノキオ・アラジンと魔法のランプ
情報処理講座開設
一休さん・あまんじゃくとうりこ姫
皇学館大学神道博物館設置
(平成17年,佐川記念神道博物館に改称)
くつやとこびと
文学研究科神道学専攻修士課程設置
マッチうりの少女
第30回倉陵祭開催
おむすびころりん・時計屋の店
創立110周年・再興30周年記念式典挙行
さるかに合戦・森はいきている
附属図書館の増改築・(現在の図書館)竣工
館友会百周年記念大会
アンパンマン・やまたのおろち
― 57 ―
皇學館大学教育学部研究報告集
年度
学
長
学部長
平成 6
平成 7
平成 8
平成 9
第6代
西宮一民
(文)
野村茂夫
掛本勲夫
平成11
林
平成12
第7代
大庭
脩
平成14
(文)
武美
(文)
伴 五十嗣郎
伊藤敏雄
平成15
(文)
奥野純一
平成20年度教育学部創設期スタッフ
深草正博,市川千秋,大串兎紀夫,
織田揮準,萩 吉康,掛本勲夫,中村哲夫,
林 武美,松田典祀,松村勝順,
小木曽一之,勝美芳雄,加藤茂外次,
田口鉄久,吉田直樹,今由佳里,古川明子,
片山靖富
平成21年度着任 … 長尾陽子,元塚敏彦,
杉野裕子,中松 豊,
市田敏之,中條敦仁
平成22年度着任 … 小孫康平,錦かよ子,
有門秀記,渡邊 毅
平成23年度着任 … 栗原輝雄
名張学舎から ― 檜垣博子,叶 俊文,
吉田明弘,山本智子
教育学科30周年
第20回卒業記念ミュージカル
文学部教育学科,改組決定
第 1 回「教育 EXPO」開催
平成18
平成19
教育学科20周年
第10回卒業記念ミュージカル
文学研究科教育学専攻修士課程設置
(平成25年 3 月廃止)
平成16
平成17
教育学科の歩み
吉康
森下千瑞
平成10
平成13
学科主任
萩
第8号
第8代
伴 五十嗣郎
(文)
清水
潔
深草正博
(教育)
掛本勲夫
平成20
教育学部教育学科設置
(学校教育,幼児教育,スポーツ健康科学の 3
コースをおく)
『教育学部研究報告集』創刊号
平成21
(既存コースに特別支援教育を加え, 4 コース
とする)
平成22
平成23
(教育)
深草正博
中村哲夫
平成24
平成25
教育学研究科教育学専攻修士課程設置
第9代
清水
潔
平成26
小孫康平
(教育)
中村哲夫
平成27
⋮
1 号館解体前にお別れ会を開催
⋮
⋮
教育学科40周年
第30回卒業記念ミュージカル
⋮
― 58 ―
教育学科の略年史
大学復興後の主な出来事
卒業記念ミュージカル演題
一休さん・どんぐりと山猫
そんごくう・ブレーメンの音楽隊
金のガチョウ
情報処理センター設置
(平成27年 3 月廃止)
オズの魔法使い・はだかの王様
社会福祉学部社会福祉学科【名張学舎】設置
(平成26年 3 月廃止)
ピーターパン
不思議の国のアリス
文学部コミュニケーション学科増設
ヘンゼルとグレーテル
「皇学館大学」から「皇學館大学」に名称変更
第40回倉陵祭開催
ピノキオ
創立120周年・再興40周年記念式典挙行
社会福祉学研究科社会福祉学専攻修士課程設置(平
成24年 3 月廃止),社会福祉学科に保育士課程を設置
オズの魔法使い
地域福祉文化研究所設置(平成25年 3 月廃止)
みつけた☆大切なもの
∼ペーターとリリーの大冒険∼
文学研究科神道学専攻博士後期課程設置
ピーターパン
アラジン
記念館登録有形文化財に認定
社会福祉学部児童福祉学科増設,決定
(教育学科・児童福祉学科の幼保 1 元化を促進)
オズの魔法使い
くるみ割り人形
ブレーメンの音楽隊
∼笑顔と音楽はみんなの宝物∼
教育開発センター設置
青い鳥
∼僕らの見つけた幸せ∼
現代日本社会学部現代日本社会学科設置
西遊記
∼仲間がおしえてくれたもの∼
社会福祉学部社会福祉学科を伊勢学舎に統合
第50回倉陵祭開催
平成忍者にんにん
∼大切なモノをさがして∼
※津公演を開始
創立130周年・再興50周年記念式典挙行
皇學館サービス株式会社設立
ピーターパンとフック船長
∼わすれてはいけないもの∼
研究開発推進センター設置
おもちゃ箱の大冒険!
∼もうひとつのトイ・ストーリー∼
シンドバッドの大冒険!
∼こころのコンパスを信じて∼
ゆうきのヒーローたち
∼3つの大切なこと∼
以上,敬称略
― 59 ―
1930年代における初等教育の教科課程改造
教育審議会における「幹事試案」の構造の再検討
井
上
兼
一
はじめに
本稿は,1937(昭和12)年12月に第一次近衛内閣に設置された教育審議会(総
会・特別委員会・整理委員会によって構成−筆者注)において,論議された初
等教育の教科課程案について再検討を試みるものである.
この当時の教科課程の再編については,教育審議会や国民学校に関する数多
くの先行研究において言及されてきている.すなわち,第 5 回整理委員会にお
いて提示された幹事試案や第10回整理委員会で後藤文夫委員から提出された国
民学校教科課程案の検討,そしてそれに関する審議会委員の発言の整理のほか,
案の修正についての考察がなされている.また,第10回総会で可決された答申,
さらに国民学校令及び同施行規則で規定された教科・科目の構造について述べ
られている.
ところで,幹事試案をめぐる委員の発言については,否定的な意見を多く見
て取ることができる.議事録からは,試案の内容が委員にとって了承できない
ものであったと推察される.例えば,この試案の提示を契機として,教科課程
の再編や合科教授の採用をめぐって繰り返し審議の俎上にあげられ,議事が収
拾していないことからもそのことを窺い知ることができる.
それでは委員たちにとって,どのような点が受け入れがたかったのであろう
か.この疑問に答えるためには,筆者は教育審議会で提示された案と議事の経
過を検討するだけでは不十分であると考える.その検討は必要なことである
が,それよりも同審議会が設置される以前に構想されていた学制改革案やその
― 61 ―
皇學館大学教育学部研究報告集
第8号
際に再編されようとしていた教科課程の構造などを確認した上で,幹事試案と
対比する作業が必要になってくると考える.この作業を通じて両者の相違点を
考察することにより,構造上の特徴やそれが孕んでいた問題点が浮き彫りにな
ると思われる.
この検証作業を進めるために,本稿では教育審議会が発足する直近の学制改
革構想に着目する.すなわち,1936(昭和11)年に義務教育年限を 6 年制から
8 年制に延長して,教科課程の再編を推進した平生釟三郎(1866−1945)文部
大臣(以下,「平生文相」と略称)の構想である.平生文相の構想は,広田内
閣の解散により実現しなかったが,教育審議会での改革案や論議に通底してい
る.また平生文相の構想を受けて,様々な研究団体が制度改革案や教科課程案
を公表している.本稿ではこれら初等教育の教科課程改造案をふまえ,幹事試
案と対比する作業を通じて,その特徴や内包していた諸問題について検証する.
1 .先行研究の概観
わが国の1930年代半ばにおける学制改革について,とりわけ初等教育の教科
課程の再編について論じている先行研究については,数多くの成果が公刊され
てきている1).特に尋常小学校から国民学校への改革に関しては,教育審議会
に焦点が当てられて,そこに提出された幹事試案などの教科課程案の分析を行
うというのが論証の手続きとして一般的である.そして,それらの案にまつわ
る審議会委員の発言の整理や案の修正過程の検討のほか,答申と国民学校令及
び同施行規則に示された教科・科目の構造について言及されている.先行研究
の蓄積については,幹事試案をめぐる議事の経過,合科教授が綜合教授と表現
が変えられて低学年での実施に修正されたこと,そして教科課程の構造の変化
などを理解するためには一定の成果を挙げてきたと評価することができる.
しかしながら,筆者にとっては,「なぜ幹事試案に対して委員の辛辣な批判
が集中したのか」という疑問が拭えないでいる.そもそもこの試案とは,どの
ような経緯で作成され,審議会に提出されたのであろうか.相澤凞によれば,
「最初の初等教育特別委員会では田所委員長の下に数回意見の交換を行ったが,
在来の教育制度論が多く,一向現文部当局の希望する内容革新の核心に触れて
― 62 ―
1930年代における初等教育の教科課程改造
来ないので,伊藤(原文ママ,
「伊東」−引用者注)は別に一個の改革案を作り,
七月六日(昭和十三年)
之を幹事試案と称して特別委員会に提出した」2)という.
その性格については,
「幹事試案とは,伊東(「延吉」−引用者補足)を幹事
長とする審議会幹事等の手になった試案という意味だが,実際は伊東が思想局
長以来の省内の教学刷新グループと教育調査部の日田権一等を相手に練り上げ
たもので,著しく最近の教育理念及びその実際を盛り込んだ,文部省としては
可なり急進的なものであった」3)と評されている.また,その内容については,
「現状に比してあまりに急進的なもの,現状からかけ離れたものであった」4)た
め,林博太郎を委員長とする整理委員会にかけて,修正することになったと審
議会の経過が述べられている.
ここで教育審議会の運営について確認しておくが,同審議会は総会・特別委
員会・整理委員会によって組織されている.それらは,
「下位に進むにしたがっ
てより具体的な実質審議がなされ,そこで上位の会議に上げる原案が作成され
た.教育審議会の最終決定機関は総会であるが,その原案(答申案)は特別委
員会が決定し,特別委員会の原案はその中のテーマ別整理委員会で検討する」5)
という関係であった.はじめに筆者は,第 5 回整理委員会(1938年 7 月 1 日)
で幹事試案が提示されたことを述べたが,そこでは試案の提示と説明だけで
あった.正式な審議の俎上にあげられたのは,相澤が言及した第18回特別委員
会( 7 月 6 日)であり,そこから本格的に試案の検討が進められた.
話を戻すが,相澤が指摘したように同試案が当時において急進的かつ現状か
らかけ離れた内容であったならば,試案のどこに問題があったのか探究するこ
とは,カリキュラム研究において重要な課題であると考える.
本稿の目的は,この試案を再検討することにあるが,先行研究に倣って教育
審議会に提出された案を検討する前に,平生文相在任時に定められていた尋常
小学校の教科課程,そして研究諸団体によって作成された改造案について考察
する.すなわち,試案の構造の特異性を理解するためには,同審議会の設置以
前における学制改革構想の内実について確認する必要があるからである.
平生文相の構想については,文部省内で原案が作成され,また新聞紙上に掲
載されたため,その内容は国民に広く理解されていたと思われる.この構想に
― 63 ―
皇學館大学教育学部研究報告集
第8号
ついては,1937年 1 月には,「義務教育を法制化する義務教育法案をもつくり,
これを議会に提出する」6) 運びになっていた.また,各閣僚の承認を得て,
1938年度から実施の目途が立っていた.しかし,「内閣更迭があり議会への提
出は不可能となり,そのために必要な金額を予算から削除して終わってしまっ
た」7)という.その後に発足した内閣では学制改革は進展しなかった8)が,教
育審議会において教育制度の全体的な刷新に向けての審議が再びなされること
になったという経緯がある9).
さらに,当時の教育関係者にあっては,平生文相の構想の実現を要請する声
が大きかったことを指摘しておこう.それに関する動向として,当時について,
「この間民間においても学制改革問題が種々論議され,義務教育年限延長につ
いても拡充方策をつくって論じていた」10)と指摘されている.どのような団体
が論議していたかと言えば,その代表的なものとしては,「平生釟三郎文相に
よる義務教育年限延長法案の成立を求める運動を行うなど,対外的な意見表明
に関しても積極的であった」11)帝国教育会が挙げられる.また,東京高等師範
学校のほか,関連する諸学校の出身者によって組織される茗渓会も案を公表し
ていた.これらの研究団体から提案された教科課程案というものは,当時の教
育関係者が平生文相の構想をどのように受容していたのかを理解する手立てと
なるであろう12).
さらに,例えば『帝国教育』誌上においては,1936年 7 月の「義務教育延長
促進同盟」の結成13)について紹介されるほか,その他の教育関連雑誌において
も,義務教育の年限延長のほか,小学校教育の内容の改善に関する論考を確認
することができる.こうした一連の動向は,当時における学制改革に期待を寄
せる人々の関心の高さを物語っていると言える.
先行研究における初等教育の教科課程案の検討については,教育審議会にお
ける幹事試案がその出発点となっており,同審議会の発足前における学制改革
の文脈や繋がりについては十分に目配りされていない状況である.そのため,
同審議会の設置前における教科課程案を検討することは,幹事試案に見られる
構造の特質やそれが有していた問題点を明らかにしてくれるものと考える.
本稿では,まず平生文相在任時における尋常小学校の教科課程を確認する.
― 64 ―
1930年代における初等教育の教科課程改造
次に平生文相の構想をふまえて研究諸団体が作成した教科課程の改造案につい
て考察する.最後に,幹事試案の構造の特質とそれが孕んでいた問題点を実証
的に検証する.
2 .平生文相在任時の尋常小学校教科課程及び学制改革構想
(ⅰ)1936年当時における尋常小学校教科課程
本節において,まず平生文相在任時に定められていた教科課程の構造(資料
1)について概観しておく.
この当時は,1900(明治33)年に改正された小学校令及び同施行規則が適用
されていた.この法令については,1907(明治40)年に義務教育年限が延長さ
れ,尋常小学校では 6 年制となり,それにともなって教科課程が修正された.
この教科課程は,何度も中改正がなされており,教授内容や教授時数は変更さ
れたが,1941(昭和16)年 3 月の国民学校令施行規則に改正されるまで初等教
育の基準になるものであったと考えられる14).
資料 1 「尋常小学校の教科課程」について,これは1907年の改正に加え,
1919(大正 8 )年と1927(昭和 2 )年の中改正をふまえて筆者が作成したもの
である.もともとの表記は,紙面の上段から下段にかけて,第 1 学年から第 6
学年の教授内容と教授時数が示されている.しかし,本稿では後で提示する資
料 2 ∼ 4 と対比かつ考察が容易になるように,筆者が逆に表記して作成した15).
なお,紙面の大きさの都合上,合わせて記すことができないが,資料 1 の欄
外には「図画ハ第一学年第二学年ニ於テハ毎週一時之ヲ課スルコトヲ得」「手
工ハ第一学年第二学年第三学年ニ於テハ毎週一時,第四学年第五学年第六学年
ニ於テハ毎週二時之ヲ課スルコトヲ得」という注が記されなければならない16).
1927年以降,尋常小学校の教科課程に関する改正がされていないため,平生
文相が在任していた1936年当時は,資料 1 が尋常小学校に運用されていたと考
えられる.
その特徴としては,第 1 学年から第 6 学年にかけて,7 教科(修身,国語,
算術,図画,唱歌,体操,手工)から11教科(修身,国語,算術,国史,地理,
理科,図画,唱歌,体操,裁縫,手工)に段階的に増加するというものである.
― 65 ―
皇學館大学教育学部研究報告集
資料1
合
計
手
工
裁
縫
簡
易
ナ
ル
細
工
繕ヒ通
ヒ方常
方、ノ
裁衣
チ類
ノ
方縫
、
女男
三二
〇八
唱
歌
遊教体 唱平
技練操 歌易
及
ナ
競
ル
技
単
音
「尋常小学校の教科課程」
図
画
理
科
地
理
国
史
算
術
国
語
修
身
簡
単
ナ
ル
形
体
人化象物植
身学、及物
生上通自、
理ノ常 動
ノ現ノ然物
初 物ノ、
歩象理現鉱
、
理洲前
ノ其学
大ノ年
要他ノ
外続
国キ
地満
前
学
年
ノ
続
キ
︵歩比
珠
例
算合
算
︶
話キ文及日
シ方ノ近常
方、読易須
綴ミナ知
リ方ルノ
、普文
方書通字
、
道
徳
ノ
要
旨
一二
二
二
二
四
九
二
簡
単
ナ
ル
形
体
化象物植
学、及物
上通自、
ノ常 動
現ノ然物
象物ノ、
理現鉱
日
本
地
理
ノ
大
要
国
史
ノ
大
要
一二
二
二
二
簡
単
ナ
ル
形
体
化象物植
学、及物
上通自、
ノ常 動
現ノ然物
象物ノ、
理現鉱
女男
三
簡
易
ナ
ル
細
工
女男
三二
〇八
繕ヒ通
ヒ方常
方、ノ
裁衣
チ類
ノ
方縫
、
三
二
遊教体 唱平
技練操 歌易
及
ナ
競
ル
技
単
音
︵
小整 話キ文及日
珠分
数数数 シ
算ノノノ 方方ノ近常
、読易須
︶
計計計
綴ミナ知
算算算
リ方ルノ
、普文
方書通字
、
道
徳
ノ
要
旨
女男
三
簡
易
ナ
ル
細
工
女男
二二
九七
繕ヒ通運
ヒ方常針
方、ノ法
裁衣
チ類
ノ
方縫
、
二
簡
易
ナ
ル
細
工
二
五
三
二
遊教体 唱平
技練操 歌易
及
ナ
競
ル
技
単
音
三
一
二
三
一
二
遊教体 唱平 形単
技練操 歌易 体形
及
ナ
競
ル
簡
技
単
単
音
ナ
ル
三
簡
易
ナ
ル
細
工
一
四
一
遊教体 唱平 形単
技練操 歌易 体形
及
ナ ︶︵
競
ル
簡
技
単
単
音
ナ
ル
遊教体 唱平 形単
技練操 歌易 体形
及
ナ ︶︵
競
ル
簡
技
単
単
音
ナ
ル
四
― 66 ―
九
計キ数整 話キ文及日
算方ノ数 シ方ノ近常
及唱ノ 方、読易須
簡ヘ計
綴ミナ知
易方算
リ方ルノ
ナ、、
、普文
方書通字
ル書小
、
六
整
数
ノ
計
算
四
簡
易
ナ
ル
細
工
二
一
体
操
第8号
一
二
話キ文及日
シ方ノ近常
方、読易須
綴ミナ知
リ方ルノ
、普文
方書通字
、
二
道
徳
ノ
要
旨
二
道
徳
ノ
要
旨
六
一
二
簡ヘ千
易方以
ナ、下
ル書ノ
計キ数
算方ノ
及唱
リ方ルノ仮
方、普文名
、書通字、
話キ文及日
シ方ノ近常
方、読易須
綴ミナ知
道
徳
ノ
要
旨
五
一
二
二
簡ヘ百
易方以
ナ、下
ル書ノ
計キ数
算方ノ
及唱
綴読易須発
リミナ知音
方方ルノ仮
、、普文名
話書通字、
シキ文及日
方方ノ近常
、
道
徳
ノ
要
旨
五
一
〇
二
二
目科教
学
年
第
六
学
年
授毎
時週
数教
第
五
学
年
授毎
時週
数教
第
四
学
年
授毎
時週
数教
第
三
学
年
授毎
時週
数教
第
二
学
年
授毎
時週
数教
第
一
学
年
授毎
時週
数教
1930年代における初等教育の教科課程改造
理科と裁縫は第 4 学年以降に配置され,国史と地理は第 5 学年以降に配置され
ている.
教授時数で工夫されている点としては,低学年における唱歌と体操が注目で
きるであろう.第 1∼第 2 学年においては,唱歌と体操の別々に時間が配当さ
れず,両教科あわせて週あたり 4 時間が配当されている.また図画については,
第 5 ∼第 6 年では男児に 2 時間,女児に 1 時間が配当されている.この教科で
女児は 1 時間少ないが,その代わりに裁縫において第 4 学年では 2 時間のとこ
ろ,第 5∼第 6 年では 3 時間に増えている.
(ⅱ)平生文相の教科課程改革の方針
教育審議会の設置以前における学制改革の動向として,平生文相の構想を概
観する.平生文相による学制改革については,『学制百年史(記述編)
』におい
て言及されるほか,八本木浄17),久保義三18),伊藤敏行19)によって取り上げられ,
その政策決定についての進展が分析されている.
例えば久保においては,義務教育法案の条文内容や帝国議会での制定にむけ
ての手続きの実態が明らかにされている.八本木においても,久保と同様に制
度改革および政策の内容の検討が行われている.伊藤においては,小学校令か
ら義務教育法案への改正作業に焦点が当てられ,条文の修正について考察され
るほか,枢密院の介入により平生の構想が潰えた状況についても論じられてい
る.これら先行研究においては,史料に基づいて制度改革や政策の変化につい
て研究が進められている.しかしながら,それらの変化が教科課程の再編にど
のように結びついたのかについては十分に論じられていない.
この点について研究が進められているのは,例えば井上兼一20)の論考があげ
られる.井上は,広田内閣の政局及び平生文相の動静をふまえ,義務教育年限
延長と教科課程再編の実態について検討している.本節では,井上の成果を参
考にして平生文相の改革の方針を確認しておく.平生文相による改革案の変遷
については省略するが,彼の案が閣議を通過して実施が決定したのが1936年11
月のことであった21).その決定を受けて,文部省内では改革の最終案をまとめ
る作業を行ったと考えられる.
― 67 ―
皇學館大学教育学部研究報告集
第8号
そこで作成された文部省原案について述べてみたい.井上によれば,この原
案と目される史料として,文部省「義務教育の延長に伴ふ教育内容の改善」
(昭
和11年12月 4 日印刷)22)の存在が指摘されている.また,新聞紙上23)において
も,平生自身の発言が取り上げられている.義務教育年限の 8 年制延長のねら
いは,尋常小学校と高等小学校の教科課程を整理して,教育内容の重複を避け
るなど,両者を一貫したものに改めることであった.
改革の方針について,前者の史料をもとに述べていこう.同史料については,
大きく 2 つの項目に分けられる.すなわち,「第一
一般方針」と「第二
改
正の主要点」である.前者については,6 点の方針が挙げられている.そして,
後者については,
「甲
課程全般に就て」
「乙
尋常小学校に就て」
「丙
高等
小学校に就て」と 3 項目に分けられ,まとめられている.
まず,
「第一
一般方針」については次の通りである.すなわち,「一,義務
教育の早期完了,詰込教授等により児童の健全なる発達を阻害せんとする傾向
あるを改め,身体健康にして快活純真元気充実せる児童の育成を期する.二,
知育と相並びて情意の陶冶及技能の習熟に力を用ひ,特に作業による教授を重
んじ,人格の統一的発達に留意し,知育に偏するなからんことを期する.三,
過多の教材を受動的に修得せしむる弊に陥ることなく,児童の発達に適応し其
の興味と努力を喚起し得る教材を精選し,児童をして自ら進んで学習せしめ,
教授の徹底を期する.四,郷土の体験を基礎とし,郷土に於ける自然及文化を
綜合的に理解せしむると共に郷土愛の精神を養ひ,漸次拡充して,国民生活の
理解と国民としての自覚に導き,
健全なる愛国心を啓培せんことを期する.五,
児童各自の素質及境遇に応じて,適切なる指導を行ひ,特に高等小学校に於て
は将来の生活に必要なる職業的教養に留意する.六,学校生活の全般より道徳
教育を施し,特に協同一致,献身奉公の心情を涵養し,国民精神を体得せしめ,
実践に導かんことを期する.
」24)の 6 点である.
「改正の主要点」の「甲
課程全般に就て」ついては,尋常小学校と高等小
学校の教科課程を整理して,全体を統一に改めることを基調としている.そし
て,「尋常小学校に於ては国民一般に須要なる基礎的教養を施し,中にも(原
文ママ,「中でも」−引用者注)身体の養護と徳性の涵養に力を用ひ」25)る教育
― 68 ―
1930年代における初等教育の教科課程改造
を行うことが記されている.
また,「二,従来六箇年にて義務教育を完了せんが為に,尋常小学校に於て,
已むを得ず授け来れる教材中,特に児童の理解に適し難きもの,及高等小学校
の教材と重複せるものは之を整理し,且尋常小学校及高等小学校の全教科目に
亘りてその教材を精選し児童の心身の発達に応じて適当に排列する.
」「三,課
程全般を通じて各教科,教材の連絡に注意し,特に修身と国語及歴史,歴史と
地理,数学と理科,理科と実業及家事,図画と作業,実業と作業等の如きは最
も緊密なる連関を保たしめ相互に補益せしめる.」など,具体的に改善の内容
が示されている26).
次に,尋常小学校の教科課程に関しては,「乙
尋常小学校に就て」にまと
められている.特に合科教授については,その第一項目に見ることができる.
すなわち,「一,就学前の生活と学校生活との急激なる変化を避け,教科課程
は初め之を綜合的に統制し,児童心身の発達に伴ひ順を逐うて分科せしめ,然
も全体として連絡統合を図ることゝした」27)と記載されている.
それに続いて,「 1
第一学年に於ては特に教科目を分たず,合科的取扱を
以て始め,総て児童の日常生活を中心として綜合的に教授し,第二学期より漸
次分科的取扱を始め,次で来る分科教授への素地を与へる. 2
る分科教授は第二学年より始める. 3
教科目別によ
合科的取扱の継続として第二,第三学
年に於ても説話及観察による教授を行ひ,神話,伝説,史談等により国民的情
操の涵養に資し,且国史教授の素地を養ふと共に郷土の事物及現象等に就て観
察せしめ,郷土を愛し,自然を楽しむの心情を養ひ又おのづから理科及地理の
教授の基礎たらしめる.」というように,3 つの要点が示されている28).ただし,
これらの実施が困難である場合は,当分の間は,従前の規定に依るとされてい
る.これ以降の記述については,各教科の取り扱いや留意事項がまとめられる
ほか,教材の排列について方針が具体的に示されている.
ここまで概観してきた文部省原案の方針については,知育に偏重せず,郷土
を対象とした教育や学校生活全般での道徳教育を通じて豊かな心情をはぐく
み,人格の統一的発達が目指されていた.また児童の発達段階を考慮した教材
の精選と自発的な学習を促すほか,特に高等小学校においては将来に必要な職
― 69 ―
皇學館大学教育学部研究報告集
第8号
業的教養を養うことがあげられていた.
教科課程の構造上の特徴としては,合科教授の採用が注目される.すなわち,
児童の就学前の生活と学校生活との急激な変化を避けるため,第 1 学年では教
科目を分けずに合科的取り扱いを行うこと.そして第 1 学年第 2 学期より漸次
分科的取扱を始めて分科教授への素地を与へ,教科目別による分科教授は第 2
学年から開始するという内容であった.また,教科課程全般を通じて各教科,
教材の連絡がはかられていることも特筆できよう.修身と国語及び歴史,数学
と理科のほか,実業及び家事,実業と作業など緊密に連絡をはかり,相互の教
科学習の成果があがることを目指していたと思われる.
3 .研究諸団体による教科課程改造の提案
前節において,平生文相の学制改革構想の内実について概観した.文部省の
動向と並行して,当時においては様々な研究団体においても学制改革について
論議がなされていた.各団体における個別の活動や案の作成過程について論じ
る余裕はないが,機関誌に掲載された改造案を手がかりにして,諸団体の教科
課程の構造の特徴について検討する.それにより,平生文相の構想をどのよう
に教科課程に反映させ,具体化しようとしていたのか理解する.
まずは,帝国教育会教育調査会が作成した資料 2「小学校教科課程改正案」
である.ここでは,尋常科の教科課程だけを示している.
この改正案を作成した理由として「立案ノ趣旨」を確認すると,「尋常科第
一学年ニ於テハ綜合的取扱ノ精神ヲ尊重シテ教科目ヲ配当シ,学年ノ進ムニ従
ヒ次第ニ分科的取扱ヲナシ,高等科ニ至リテハ,更ニ基本科目,増課科目(原
文ママ,「増加科目」−引用者注)ノ運用ニヨリテ教育ノ地方化,実際化ヲ図
ラントス」29)と示されている.
低学年について見てみれば,修身と国語,図画と手工を合わせて,時数が配
当されている.ここに「綜合的取扱ノ精神ヲ尊重」していることを見て取るこ
とができる.そして,上級学年になるにつれて,教科が分科することを確認す
ることができる.例えば,直観科については,第 2 学年で数学が分科し,そし
て第 5 学年からは,国史・地理・理科というように分かれている.遊戯につい
― 70 ―
1930年代における初等教育の教科課程改造
資料2
体
育
音
楽
女男
三
二
女男
二二
八七
二
六
二
五
男
三
二
女
男
二
数
学
四
理
科
地
理
二
二
目科教
年学
二
授毎
時週
数教
第
六
学
年
授毎
時週
数教
第
五
学
年
二
四
六
二
手
工
図
画
数
学
直
観
科
国
語
修
身
三
二
二
二
四
四
七
二
授毎
時週
数教
第
四
学
年
授毎
時週
数教
第
三
学
年
授毎
時週
数教
第
二
学
年
授毎
時週
数教
第
一
学
年
三
二
五
二
二
六
二
手図
工画
三
三
四
八
二
数
学
直
観
科
国
語
修
身
三
手図
工画
−
−
四
二
二
六
修
身
音
楽
二
二
二
国
語
二
三
二
国
史
体
育
遊
戯
一
八
女
図
画
三
遊
戯
二
二
手
工
二
三
八
直
観
科
国修
語身
四
七
五
八
−
二二
八七
裁
縫
−
合
計
帝国教育会教育調査会「小学校教科課程改正案(尋常科教科課程)」
一
『帝国教育』第 701 号(1937 年3月)64-65 頁から筆者が作成した。
ては,第 3 学年から音楽と体育に分かれている.さらに,図画手工については,
第 3 学年から図画が分かれ,手工については第 5 ∼第 6 学年において,男子が
手工を学び,女子が裁縫を学ぶというように工夫がされている.教科の種類に
ついて,第 1 学年に 4 教科が配当されていたが,第 6 学年までに 11 教科に分
科していることを確認することができる30).
次に,茗渓会教育制度改善委員会が作成した資料 3 「義務教育の内容改善案
―(昭和十一年十二月)―」の特徴を検討する.
この改正案については,前書きが付されている.すなわち,「義務教育年限
が八箇年に延長せられた場合に,その教育内容を如何に改善すべきかに就いて,
若干の根本方針を列挙し,その旨を具体化すべき方案を記し,それに基づく教
科課程の参考案を掲げよう」31)と記されている.「昭和十一年十二月」という表
― 71 ―
皇學館大学教育学部研究報告集
第8号
資料3 茗渓会教育制度改善委員会「義務教育の内容改善案 ―(昭和十一年十二月)―」
二二
八七
二二
八七
二
六
二
五
二
二
裁
縫
体
操
音
楽
手
工
図
画
理
科
地
理
国
史
算
術
国
語
修
身
︵
三
︶
三
二
︵
二
︶
二
二
二
二
四
六
二
裁
縫
体
操
音
楽
手
工
図
画
理
科
地
理
国
史
算
術
国
語
修
身
︵
三
︶
三
二
︵
二
︶
二
二
二
二
四
六
二
体
操
音
楽
手
工
図
画
算
術
国
語
修
身
郷
土
三
二
二
二
四
四
七
二
体
操
音
楽
手
工
図
画
郷
土
算
術
国
語
修
身
三
二
二
二
二
四
八
二
遊
戯
作
業
郷
土
算
術
国
語
修
身
五
︵
遊
戯
四
︶
三
︵
作
業
三
︶
二
三
八
一
二一
〇八
事
物
四
︶
談
話
七
︶
教
科
目
時
数
教
科
目
時
数
教
科
目
時
数
教
科
目
時
数
教
科
目
時
数
第
六
学
年
第
五
学
年
第
四
学
年
尋
常
第
三
学
年
科
第
二
学
年
第
一
学
年
授教的合綜
『帝国教育』第701号(1937年 3 月)69頁から筆者が作成した。
記があり,発表された時期を考慮すると,平生文相の構想の実現を期待して作
成されたものと推察される.
この案の根本方針については,
「一,徳育知育体育の均衡調和を期すこと」
「二,
郷土教育及び,作業教育の精神を採用して,教育内容の具体化と,その的確な
る修得活用を期すること」「三,職業的陶冶を尊重し,実社会の生活に於て有
為有能なる国民を養成すること.」
「四,児童心身の発達に適応し,且つ家庭教
育,学校教育及び社会教育の連絡を円滑ならしむるため,教科目を未分化,分
化,統合の原則に基づいて配序すること」の 4 点があげられている32).
これらの方針のうちで,教科課程の編成に関連するものとしては,方針「一」
の第二項と方針「四」である.すなわち,方針「一」の第二項について,「知
― 72 ―
1930年代における初等教育の教科課程改造
育に就いては,その内容の過重,多岐及び重複を避けて合理的に調整し,且つ,
注入的教授を改めて自律的能動的学習を促し,基本的,実際的なる知能を確実
に修得せしめること」33)である.
そして,方針「四」については,「(一)尋常科第一学年に於ては,その活動
の未分化性に基づき且つ家庭教育及び幼稚園教育より学校教育への連絡を円滑
ならしむるため,未分科的(合科的)教育を施すこと,但し全然の未分科主義
は現今の小学校教師の実力に照して稍
危険を感ずるが故に教科内容を若干の
項目に分ち,特にその綜合的取扱を重視すること.
(二)尋常科第二学年より
漸次に分科主義を採り,五六学年に至つて略
と.」
現行の教科課程と同一にするこ
34)
というものである.
前述の文部省原案において,
「第 1 学年では教科目を分けずに合科的取り扱
いを行うこと」と記されていたが,本案における第 1 学年においては,教科目
が設定されておらず,「(談話)(事物)(作業)(遊戯)」を「綜合的教授」する
ことが示されている.また,第 2 学年以降は,上級学年になるにつれて教科目
が分科して,高学年(第 5 ∼ 6 学年)において教科が現行の教科課程と同一の
ものになる(11教科)という特徴を持っている.
茗渓会教育制度改善委員会によって作成された教科課程の改正案の主旨や特
徴をまとめてみれば,①尋常科第 1 学年では,その活動の未分化性を考慮して,
綜合的な取り扱いを重視すること(合科的な教育を施すこと),②尋常科第 2
学年から教科学習を実施して,学年が進むに従って,順次教科が分科していき,
高学年において現行の教科課程と同一の教科目配当になること,③児童の心身
の発達に即して,家庭教育及び幼稚園教育より学校教育への連絡を円滑にする
こと,④教育内容の過重や重複を避け,注入主義の教育を改め,児童の自律的
能動的学習を通じて,基本的,実際的な知能を習得させることである.
なお,海後宗臣によれば,当時の「教育内容について最も詳細に立案したも
のは茗渓会案」35) であると評価されている.すなわち「郷土教育,作業教育,
職業教育を教育の原理となし,教科目を未分化,分化,統合の原則に基づいて
配序することとし,国民学校第一学年は未分化となし,第二学年より分化して
ほとんど現制に近きものとなり,高等科においては,人文科,理科,技能科,
― 73 ―
皇學館大学教育学部研究報告集
第8号
実業科,体育科,家政科の五科または六科に統合せらるべしとした」36)とその
特徴が記されている.
本節では,当時の学制改革に対して積極的に活動していた帝国教育会と茗渓
会が考案した教科課程の改造案を中心に取り上げた.それぞれの団体による案
は,平生文相の構想をふまえ,実現を目指したものであったと考えられる.と
りわけ,第 1 学年における教育内容の合科的な取り扱い,高学年になるにつれ
て段階的に教科が派生して11教科に増加するという点では共通していた.ま
た,教育内容の重複を避け,注入主義的な教育を改めること,そして児童の自
律的かつ能動的活動を保障して知識の定着をはかることが特質として指摘する
ことができるであろう.
4 .教育審議会における幹事試案の構造の特質と内包する諸問題
広田内閣の解散後,後継の内閣において学制改革は進展しなかったが,近衛
内閣に設置された教育審議会において,教育制度の全体的な刷新に向けての審
議がなされることになった.青年学校に続いて初等教育についての改革が検討
されたが,はじめに指摘した幹事試案の構造とその問題点はどこにあったので
あろうか.
幹事試案は,具体的には「国民学校,国民実修学校要項」と表現され,修業
年限(国民学校 6 年,国民実修学校 2 年,計 8 年)や教科などに言及した 5 項
目の方針があげられている.そして,毎週教授時数案が示されている.両者は
別々に表記されているが,ここでは資料 1 ∼ 3 に倣って,同じような形式の表
を作成して提示する.それが,資料 4「教育審議会(第 5 回整理委員会)にお
ける『幹事試案 /国民学校教科(現在ノ尋常小学校ニ当ル)案」である.
資料 4 のように図示すると,これまでに論じてきた教科課程と構造の対比が
しやすくなると思われる.それでは,幹事試案にはどのような特徴があるか検
討する.
1 つには,
従前の教科構成を廃して新教科を設置したことである.すなわち,
低学年(第 1 ∼第 4 学年)では,皇民科,自然科,訓練科の 3 科とし,高学年
(第 5 ∼第 6 学年)では,皇民科,自然科,体育科,訓練科の 4 科とした(国
― 74 ―
1930年代における初等教育の教科課程改造
資料4
教育審議会(第5回整理委員会)における「幹事試案」
国民学校教科(現在ノ尋常小学校ニ当ル)案
体
育
科
計
三
〇
三
〇
計
訓
練
科
衛教武体
生練道錬
作
業
、
家
事
裁
縫
五
音
楽
、
図
画
、
書
方
、
作
文
、
自
然
科
礼
法
、
行
事
、
地
理
教
材
六
五
二
九
二
五
二
三
二
一
一
〇
八
八
算
数
教
材
東
亜
又
世
界
教
材
国
語
教
材
国
土
教
材
礼
法
、
行
事
、
理
科
教
材
算
数
教
材
七
六
五
二
一
国
史
教
材
公
民
教
材
修
身
教
材
一
二
東
亜
又
世
界
教
材
教
国
語
教
材
国
土
教
材
高
時毎
週
数教
案
授
第
六
学
年
毎
週
教
授
第
五
学
年
学
年
時
数
案
一
二
七
体
錬
、
教
練
、
教
科
目
材
七
六
手唱習遊
工歌字戯
、、、、
図作衛
画文生
、、、
理
科
教
材
皇
民
科
国
史
教
材
修
身
教
材
教
材
一
二
時毎
数週
案教
授
第
四
学
年
一
一
毎
時週
数
案教
授
第
三
学
年
一
〇
時毎
数週
案教
授
第
二
学
年
毎
週
教
授
第
一
学
年
低
学
年
時
数
案
『教育審議会諮問第一号特別委員会整理委員会会議録』第1輯233−235頁から、筆者が
作成した。教科目について、本来は右から皇民科・自然科・体育科・訓練科と記されて
いるが、低学年との繋がりを考慮して体育科と訓練科を並びかえて表記した。
民実修学校ではさらに職業科が加わり 5 教科となる−筆者注).例えば皇民科
では,修身教材・国史教材・国土教材・国語教材・東亜又世界教材というよう
に内容が括られている.
これについては,小学校令施行規則や文部省原案,研究諸団体が提案してい
た,学年が上がるにつれて教科が分科する発想と異なるものである.すなわち,
高学年(第 5 ∼ 6 学年)において教科が現行の教科課程と同一のもの(11教科)
― 75 ―
皇學館大学教育学部研究報告集
第8号
になるという構造ではなくなっている.加えて,第 1 学年から第 4 学年までを
低学年と捉えている点も理解しがたいところである.中学年という発想が見ら
れず,発達段階を考慮したのかが不明である.
このような教科数にしたことについて,伊東幹事長は次のように説明してい
る.すなわち,趣旨としては「人ヲ作ルト云フコトニ主眼ヲ置イタ」37)という.
また,「従来ノ尋常小学校並ニ高等小学校ノ教科ノ配当ヲ見マスト,十数科目
ガ唯横ニズラリト並ビマシテ,サウシテ大体ニ於イテ知識ト云フ立場カラ教育
ヲシテ居ル」38) と,当時の教科課程(資料 1)の現状を指摘している.それに
対して試案については,
「出来ルダケ大掴ミニシテサウシテ皇民科,訓練科,
体育科ト云フ大キナ科目ヲ変設シテ行ツテ,其ノ中ニヤハリ知識ハ十分ニヤル
ト云フ意味ニ於キマシテ,修身,国史,国土等ノ教材ヲ之ニ入レテ,サウシテ
統一シタ,成ルベク少イ学科目デ教ヘテ行ク,サウシテ之ヲ集メテ一ツノ人間
的ナ国民トシテノ錬成ヲヤツテ行ク」39)と述べている.
伊東によれば,このように少ない教科目を設定することにより,内容を統一
して指導することが便利であり,人づくりにも良いことになりはしないか,と
効果が期待される趣旨の発言がされている.
2 つには,1 点目と関連するが,例えば皇民科の場合,この教科の中に修身・
国史・国土・国語・東亜又世界に関する教材が混在するという特徴を指摘する
ことができる.従来は独立した教科であったものが,皇民科という 1 教科の中
に教材として含まれたことが,審議会委員にとって違和感を覚える事項であっ
たと考えられる. 1 つの教科に多様な教材を入れることについては,先の伊東
の発言(脚注39)からも読み取れることである.
あらためて留意したいことは,新教科として設定された皇民科のもとに,従
前の修身や国語という教科が独立した科目としてグループ化されたわけではな
く,多様な教育内容がそれぞれの教科内に集約されたという特質を持っている
のである.試案については,個々の科目の特性や知識の系統性については配慮
されていなかったと思われる.
3 つには,合科教授についての採用の意図が変質したことである.文部省原
案や茗渓会案では,第 2 学年からの教科学習に円滑に移行するために合科教授
― 76 ―
1930年代における初等教育の教科課程改造
を第 1 学年に採用したが,伊東の説明ではそうした趣旨ではない.
例えば,幹事試案の説明において,伊東は次のように発言している.すなわ
ち,「合科教授ト云フノハ二ツ若シクハ三ツ或ハソレ以上ノ科目ヲ集メマシテ,
本人ニ出来ルダケ具体的智能ヲ啓発シテヤラウト云フヤウナ余リ細カク分レル
コトカラ来ル弊害ヲ除去シテモット全的ニ『ゲザムト・ウンターリヒト』ト云
フヤウナ訳デモノヲ教ヘテヤルト云フ立場ニタツモノデアリマス」40).それに
対して,試案については「所謂皇民科,自然科,訓練科ト分チマシタ趣旨ハ,
実ハ人ヲ作ル,而モ皇国青年ヲ作ルト云フコトヲ最モ重大ナ主眼ニ致シテ是ハ
組織」41)したと述べている.例えば,
「皇民科ニ於キマシテハ,修身教材,国史
教材,国土教材,国語教材,東亜及世界教材ト云フモノヲ入レマシテ,サウシ
テ是等ニ付テハ大体ニ於テ全部皇民ト云フ精神ヲ中心ニシテ考ヘテ行ク」42)と
説明している.具体的には,修身であれば皇民意識をもった修養があり,国史
であれば単に史実を明らかにするだけでなく,国体精神を重んじた歴史教育が
あり,地理であれば日本の国土について考えていく.さらに東亜及び世界教材
についても同様の考え方で,「我ガ国ノ立場カラ見テ東亜ト云フモノヲ見,世
界ト云フモノヲ眺メテ,ソコデ皇民科ト云フ教材ヲ成立タテセ(原文ママ,
「成
立サセテ」−引用者注)行ク,斯ウ云フ風ニ考ヘテ居ル」43)と発言されている.
伊東によれば,皇民科については,皇民意識を形成するために必要な教材を
その精神・観念にもとづいて統一かつ集約して,それらを教授して人づくりを
するという発想である.
ところで,この合科については,茗渓会の案に説明が及んでいる場面を確認
することができる.具体的な資料が紹介されず,伊東による口頭説明である.
すなわち,「一寸見タノデアリマスガ,最下級デハ全体ガ合科,段々上ニ進ム
ニ従ツテ合科ノ程度ガ少クナツテ居リマス,五年,六年ニナルト今ノ文部省ノ
横ニ排列シタ項目ノ形式ヲ執ツテ居ルヤウデアリマス・・・」44)と述べていること
から,資料 3 のことと類推される.その議事については,茗渓会案と比べると
試案の方が全体の国民を統一する内容になっているところが進んでおり,合科
の効果を挙げることができるのではないかと考えている,と試案を評価する発
言をしている45).
― 77 ―
皇學館大学教育学部研究報告集
第8号
この後の議事の展開について複数の委員が発言しているが,三国谷三四郎委
員の発言を取り上げてみる.三国谷は,小学校の教科が非常に分科的になって
いるために教育上の欠陥があることを認め,試案の考えに対してある程度の理
解を示している.しかし,合科教育の実践の難しさや効果に対して懸念を持っ
ている発言をしている.三国谷の学校に所属する若い先生の合科教育の成績状
況を紹介しながら,次のように述べている.すなわち,尋常 4 年生に対して合
科教育をやった成績は,合科教育をやらなかった成績の丁度半ばぐらいにしか
達しないという46).
そして,
「尋常一年生ノ一学期位ハ合科教育ノ取扱ト云フモノガ相当有効ニ
出来ルケレドモ,ソレ以後ノ学年ニ於テハ合科教育ト云フモノハ大シタ効果ガ
ナイ,或ハ子供ノ能力ニ対シテ従来ヨリハ低下シタ成績ヲ見ルヤウナ結果ニナ
ルヤウニ大抵実際教育家ハ見テ居ルノデハナイカ」47)と見解を述べている.ま
た「一ツノ教科ト致シマシテ其ノ教科ノ内部ガ内面的ナ原理ニ依ツテ統制サレ
マシテ是ガ系統ノアルモノニナラナケレバ之ヲ一ツノ学科ニスルト云フコトハ
無意味ニナリハシナイカ」48) と試案に対する疑問を呈している.このように,
審議会委員からは厳しい意見が寄せられているのである.
4 つには,この試案と連動した教科書の編纂問題を指摘することができる.
上述した新教科については,1 つの教科内に複数かつ多様な分野の教育内容を
包含している.そして,こうした様々な教材が混在する教科書(綜合教科書)
を作成することが提案されていた.この教科書編纂の実現の可否が,議論を混
乱させる要因であったと思われる.
伊東は教科書の編纂について,
「従来ノヤウナ修身科教科書,
或ハ国史教科書,
地理教科書ト云フ風ナ唯別々ノ横ノ排列ダケノ教科書ヲ作ルト云フコトハシナ
イ考デアリマス」49)と発言している.この教科書の編纂構想についても,各委
員から批判されている.
例えば,第19回特別委員会の様子を紹介する.西村房太郎委員は,教科編成
に関連して,例えば皇民科をやる場合に修身,国史,国土,国語,東亜及世界
といった教材を 1 冊の教科書に含めて行うことについて懸念を示している.す
なわち,「知識ト云フ点カラ見ルト一冊ニ纏メテ教育ガ出来レバ非常ニ結構ダ
― 78 ―
1930年代における初等教育の教科課程改造
ト思ヒマスガ,
(・・・中略・・・)此ノ御趣旨ニ付テハ全ク,賛成デアリマスガ,
唯実際之ヲ行フト云フ上ニ於テ教科書ヲドウ云フ風ニスルカ,幾ツカニ分ケテ
ヤルカ,サウ云フコトヲ考ヘマスト,非常ニ実際上ニ困難ガ横タハツテ来ハシ
ナイカト云フ風ニ考ヘマス」50)と述べ,質疑している.
これに対して伊東は,「確定的ナ決マツタモノガアル訳デハナイ」51)と言いな
がらも,「極ク低学年ノ初ノ所ハ無論一冊」52)にする方が良いと述べ,「或程度
マデ一冊デ行ク,学年ノ進ムニ従ツテ二冊ニスル,或ハ場合ニ依ツテハ三冊ニ
スル,或ハ国語ト云フヤウナ教材ニ付テハ何等カ特別ナモノヲ加ヘテ行クト云
フ特殊ナ学科目ニ付テノ考慮モ必要」53)であると回答している.
このような教科書の編纂構想について,例えば資料 4 における第 1 学年の
「毎
週教授時数」を見てみると,
「二一」という数値だけが表示されているが,こ
こには皇民科・自然科・訓練科の区切りはない.伊東の発言にあったように,
これら 3 教科をまとめた 1 冊の教科書を編纂する考えであったと思われる.
こうした発想や回答に対して,西村は「アチラニ源平ノ話,コチラニ鎌倉時
代ト云フ風ニ断片的ニナツテ,生徒ノ頭ニ我ガ国ノ歴史ガズツト纏マツテ入ル
コトガ困難デハナイカ」54)と,系統性がない教科書では知識の習得が中途半端
になる問題が生じることを心配している.そして,「一国ノ独立ノ基礎ニナル
国語トカ国史ハ,ヤハリ教科書ヲ別ニシタ方ガ良イノデハナイカト云フ感ジヲ
持ツノデアリマス」55)と個人の見解を述べている.
また,松浦鎮次郎委員も試案に対して「斬新ナ面白イ案」56)と評価はしてい
るが,「問題ノ要点ハ如何ニ斬新ニシテ面白イ案デアリマシテモ之ヲ実際ニ行
フ上ニ於テ本当ニ効果ヲ挙ゲ得ルヤウナ実行上ノ可能性アリヤ否ヤト云フコト
ニアル」57)と指摘している.そして,伊東が提案した教科書のあり方について
も,疑問視した発言を行っている.
すなわち,「所謂皇民科ナラ皇民科ノ中ニ沢山ノモノガ含マレテ居ル,自然
科ノ中ニ沢山ノモノガ含マレテ居ル,斯ウ云フコトデアリマスガ,是ハ例ヘバ
教科書ヲ御作リニナルト云フ時ニドウ云フコトニナルノデアリマセウカ,
(・・・中略・・・)其ノ中ニ色々ナモノガ融合サレテ居ルト云フカ,混合サレテ居
ルト云フコトニナルト,ソレデ纏マツタ,統一シタ知識ト云フカ,訓練ヲ与ヘ
― 79 ―
皇學館大学教育学部研究報告集
第8号
ルト云フコトニナルノデアリマセウカ」58)と伊東に問いかけている.
そして,「別々ニ分ケテ見レバ分ケタ学科ニシテモ其ノ間ニ教授スル上ニ先
生ノ注意デ十分連絡ヲ執リ,教科書ニ於テモサウ云フモノヲ十分連絡ヲ執ルト
云フコトニスレバ,無理ニ斯ウ云フ新シイ学科ヲ作ルト云フコトニスル必要ハ
ナイノデハナイカ」59)と,教師が異なる教科の内容を関連づけて教授すること
や教科書そのものにおいても内容の連携をとることを提案している.その上
で,「斯ウ云フコトニスルガ為ニ却ツテ現在ノ教育ヨリモ効果ヲ減殺スルト云
フコトニナリハシナイカト云フコトガ非常ニ虞レラレル」60)と試案そのものを
批判している.
その後,伊東の発言があるが,試案や教科書についての再説明がされ,他の
委員との質疑応答が継続していく.先述の三国谷委員においても,「皇民科,
自然科,訓練科ノ中ヲ見マスト,是デ系統ノアル一ツノ教科書ニ作ルト云フコ
トハ全然不可能デハナイカ」61)と教科書編纂について実現の不可能性を指摘し
ている.
議事の経過についてはひとまずここで終えておくが,こうした議事発言のや
り取りを通じて,資料 4 の幹事試案が既存の教科課程からその構造が著しく異
なっていること,さらにそれに基づいて編纂される教科書の効果に対して疑問
視する委員の姿が浮かび上がってくるのである.
以上のように,幹事試案の構造の特徴を指摘してきた.この試案自体は教科
課程改革及び審議を進展させるものとして伊東幹事長から提案されたわけであ
るが,その構想は従前に文部省や研究諸団体において論議された教科課程案と
一線を画す内容であったと言えよう.また,幹事試案には実現することが困難
な要素を多分に含んでいたことが,幾度と無く審議の俎上にあげられ,論議が
繰り返された理由であったと考えられる.相澤が指摘したように,幹事試案の
内容があまりに急進的で,現状からかけ離れたものであったことが,審議を紛
糾させたと考えることができるであろう.
本節を終えるにあたり,幹事試案をめぐる審議会の状況を描写している史料
があるため,それを記してまとめにかえたい.伊藤文一によれば,
「聞くとこ
ろによれば,幹事会試案(原文ママ,「幹事試案」−引用者注)に於ては科目
― 80 ―
1930年代における初等教育の教科課程改造
制をすてゝ,例えば修身・国語・国史・地理等は科目ではなくして,所謂教材
であり,これ等は『皇民科』なる一教科に綜合するといふ立前であつたが『無
雑作の綜合』は却つて,幼き魂をまよはせ,ために錬成度を低下させる危険が
あるとの理由で,今日われわれの見る教則案が出来たとのことである.かくて,
『上から下へ』と分肢化する体系が出来たのである」62)と述べられている.
本節で取り上げた幹事試案をめぐる議事の内情や,その後の顛末を端的に表
していると思われる.
おわりに
本稿においては,教育審議会で検討された幹事試案を取り上げ,その構造の
特徴やそれが孕んでいた問題点を明らかにするため再検討を試みた.その際,
先行研究と異なる分析視点として,同審議会の設置以前に考案されていた教科
課程案と対比するという作業を入れて論じることにした.
はじめに,平生文相在任時の学制改革構想を取り上げ,それが具体的な方針
として結実した文部省原案の内容をふまえながら,当時の教科課程改革の趣旨
を概観した.それによれば,義務教育年限を 8 年制に延長して,教材を整理・
再編することにより,尋常小学校と高等小学校の教科課程を一貫したものにす
ることが企図されていた.その際,合科教授が第 1 学年に採用されたが,これ
は第 2 学年から開始される教科学習に円滑に移行するための措置であった.
次に,平生文相の構想と並行して検討されていた研究諸団体の教科課程案の
内容を検討した.具体的には帝国教育会と茗渓会の案を中心に取り上げたが,
平生の構想や文部省原案をふまえた内容であった.例えば第 1 学年について,
教科内容を綜合的に取り扱うように工夫されていた.そして第 2 学年以降は,
上級学年になるにつれて教科目が分科して,高学年(第 5 ∼ 6 学年)において
教科が現行の教科課程と同一のものになる(11 教科)という特徴を持っていた.
これらは,児童の心身の発達段階を考慮した措置であったと言えよう.
そして,これらの改革案の内実を理解した上で,教育審議会で提案された幹
事試案について検討を行った.資料 4 で確認したように,それ以前の教科課程
案と著しく構造が異なるものであった.具体的には,①従前の教科を廃して新
― 81 ―
皇學館大学教育学部研究報告集
第8号
教科(低学年〔第 1 ∼ 4 学年〕では,皇民科,自然科,訓練科の 3 科とし,高
学年〔第 5 ∼ 6 学年〕では,皇民科,自然科,体育科,訓練科の 4 科)を設置
したこと,②新教科(例えば皇民科)のなかに,既存の教科内容(例えば修身・
国史・国語など)が教材として混在し,知識の系統性などを考慮せずに内容が
構成されるという問題を指摘することができた.さらに③合科教授の採用の意
図が変質したこと,④幹事試案と関連した教科書の編纂問題が背景にあったこ
とを指摘した.
教育審議会で提案された幹事試案は,何度も審議の俎上にあげられて検討が
加えられていた.議事が混乱して収束しなかった理由としては,同試案が有し
ていた構造や改革の意図が,それ以前に検討されてきた案から著しく変容して
いたことを指摘することができた.そして,その実現化が困難であり,教育効
果が未知数である綜合教科書編纂の構想があったことについても言及した.
なお,綜合教科書の編纂をめぐる議事の顛末や実際に編纂された教科書(特
に低学年の教科書)の特質については,井上兼一63)によって論じられている.
最終的には科目ごとに独立した教科書が編纂されたが,科目間の教材が共通性
を有するよう工夫されたり,教材の目標や内容が関連するように配慮されてい
ることが明らかにされている.
今後においては,批判を受けた幹事試案がどのような修正を余儀なくされた
のか,また後藤文夫委員が提示した教科課程案の検討のほか,教育審議会の答
申がどのような経緯で国民学校令及び同施行規則に具体化したのか,その過程
について探究していきたいと考える.
注
1)例えば,研究図書については,海老原治善『現代日本教育実践史』明治図
書1975年,長浜功『国民学校の研究
皇民化教育の実証的研究』明石書店
1985年,水原克敏『近代日本カリキュラム政策史研究』風間書房1997年,清
水康幸・前田一男・水野真知子・米田俊彦編『資料
教育審議会(総説)』
(野
間教育研究所紀要第34集)1991年,米田俊彦『教育審議会の研究
政改革−付
教育行財
国民学校・幼稚園審議経過−』
(野間教育研究所紀要第44集)
― 82 ―
1930年代における初等教育の教科課程改造
2002年などがあげられる.
研究論文については,小澤熹「教育審議会に提出された小学校制度改革に
関する幹事試案」「教育審議会幹事試案の修正Ⅱ」『東北大学教育学部研究年
報』第16・18集1968・1970年,天野正輝「国民学校教科課程における教科の
『統合』と『綜合教授』について」『東北大学教育学部研究集録』第 7 号1976
年,下村哲夫「国民学校の成立と実態」『季刊
現代史』(第 8 号)現代史の
会1976年,清水毅四郎「『合科・総合』教育論の系譜の研究(6)―国民学校
期『綜合授業』成立の経緯―」
「『合科・総合』教育論の系譜の研究(7)―
国民学校期『綜合授業』成立の経緯―」『信州大学教育学部紀要』第66・67
号1989年などがあげられ,枚挙に遑がない.
2 )相澤凞『日本教育百年史談』学芸図書出版社1952年,458頁.
3 )同上,458頁.
4 )同上,459頁.
5 )清水康幸ほか編,前掲書,31頁.
6 )文部省『学制百年史(記述編)』帝国地方行政学会1972年,466頁.
7 )同上,466頁.
8 )広田内閣から近衛内閣の間にあっては,政局が安定しなかった.例えば,
広田の後継内閣として宇垣一成は組閣の大命を受けたが,陸軍省・参謀本部
の軍人たちの反対により,組閣それ自体ができなかった.また,林銑十郎内
閣については,元老や政党との関係が悪く,短命であった.このような政治
的混乱期であったため,学制改革も進展することができなかったと考えられ
る.「宇垣一成」「宇垣内閣流産事件」の項目,『国史大辞典』(第 2 巻)吉川
弘文館1980年,44−46頁.
「林銑十郎」
「林内閣」の項目,同上書(第11巻)
1990年,681−682,684−685頁を参照.
9 )海後によれば,平生文相によって提出された義務教育 8 年制実施計画要綱
は,多くの人々の注目をひいたとある.しかし,要綱を得たのみで実現しな
かった.その後,「直ちに国民学校案が八ヵ年の義務教育を実施せんとする
計画を樹てた(原文ママ,「立てた」−引用者注)のであるから,平生文部大
臣の提出した年限延長案が再びここに生かされた」と,教育審議会との関連
― 83 ―
皇學館大学教育学部研究報告集
第8号
について言及されている.海後宗臣『日本教育小史』講談社1978年(原著の
出版は1940年),179−180頁.
10)文部省,前掲書,466頁.
11)久保義三・米田俊彦・駒込武・児美川孝一郎編『現代教育史事典』東京書
籍株式会社2001年.「帝国教育会」(米田俊彦執筆)の項目,185頁.
12)茗渓会については,積極的に学制改革について調査や報告,提言をしてい
たことを確認することができる.例えば,「学校系統案」(昭和 3 年)
,「国策
の根本義としての文教の振興」(昭和10年),「教育機構改善案」(昭和11年),
「教育制度改善案」(昭和13年)などが発表されている.また教育審議会の改
革に対しても研究調査が進められていた.茗渓会百年史編集委員会『茗渓会
百年史』茗渓会1982年,386−392頁を参照.
13)『帝国教育』第694号(1936年 8 月)55−63頁.
14)岡津守彦監修『教育課程事典(総論編)』小学館1983年.「日本の教育課程
の歴史」2−21頁を参照.
15)文部省総務局調査課『調査資料第十一輯
国民学校並に幼稚園関係法令の
沿革』太陽印刷株式会社1943年,453頁,529−530頁,613−614頁,696−
697頁を参照.
16)同上,619頁.
17)八本木浄『両大戦間の日本における教育改革の研究』日本図書センター
1982年.
18)久保義三『昭和教育史
上(戦前・戦時下篇)』三一書房1994年.
19)伊藤敏行「幻の法律案『義務教育法』−昭和戦前期における教育立法の勅
令主義問題−」江藤恭二・篠田弘・鈴木正幸編『教育近代化の諸相』名古屋
大学出版会1992年所収.
20)井上兼一「平生釟三郎の学制改革構想としての義務教育年限延長と教科課
程の再編問題−低学年における合科学習の採用を中心として−」
『中部教育
学会紀要』第 6 号2006年.
21)広田内閣における七大国策の決定や文部省における義務教育年限延長案に
ついては,伊藤においても取り上げられている.伊藤,前掲論文294−297頁.
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1930年代における初等教育の教科課程改造
22)石川準吉『総合国策と教育改革案−内閣審議会・内閣調査局記録−』清水
書院1962年,資料篇951−955頁所収.
23)「国民教育の画期的改革案//知育偏重の弊を打破/小学教育の内容一新/
年限延長と共に断行」『東京朝日新聞』
(1936年12月 6 日付).
24)石川,前掲書,951頁.
25)同上,951頁.
26)同上,951頁.
27)同上,952頁.
28)同上,952頁.
29)『帝国教育』第701号(1937年 3 月)
,64頁.
30)同誌においては,
「小学校制度案−(東京文理科大学案 −」
(69−71頁参照)
も掲載されている.教科の時数については数値が異なるが,教科課程の構造
や特徴は,帝国教育会教育調査会が作成した案と類似していると思われる.
31)同上,67頁.
32)同上,67−68頁.
33)同上,67頁.
34)同上,68頁.
35)海後,前掲書,183頁.
36)同上,183頁.
37)「教育審議会諮問第一号特別委員会第五回整理委員会会議録」
,近代日本教
育資料叢書
史料篇三
『教育審議会諮問第一号特別委員会整理委員会会議録』
第 5 巻(第 1 輯,第 2 輯)宣文堂書店1970年,220頁.
38)同上,220頁.
39)同上,221頁.
40)「教育審議会諮問第一号第十八回特別委員会会議録」,近代日本教育資料叢
書
史料篇三『教育審議会諮問第一号特別委員会会議録』第 2 巻(第 5 輯∼
第 8 輯)宣文堂書店1970年,35頁.
41)同上,35頁.
42)同上,35頁.
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皇學館大学教育学部研究報告集
第8号
43)同上,35頁.
44)「教育審議会諮問第一号第十九回特別委員会会議録」
,近代日本教育資料叢
書
史料篇三『教育審議会諮問第一号特別委員会会議録』第 2 巻(第 5 輯∼
第 8 輯)宣文堂書店1970年,86頁.
45)同上,86−87頁を参照.
46)同上,91頁を参照.
47)同上,91頁.
48)同上,91頁.
49)前掲,「教育審議会諮問第一号第十八回特別委員会会議録」
,38頁.
50)前掲,「教育審議会諮問第一号第十九回特別委員会会議録」
,68頁.
51)同上,68頁.
52)同上,68頁.
53)同上,69頁.
54)同上,70頁.
55)同上,70頁.
56)同上,82頁.
57)同上,82頁.
58)同上,82−83頁.
59)同上,83頁.
60)同上,83頁.
61)同上,94頁.
62)伊藤文一『皇国の道と国民学校−其の理念・性格・実践−』三井出版商会
1943年,51−52頁.
63)井上兼一「国民学校の低学年教科書の編纂に関する一考察−『教科書調査
会』に着目して−」『教育方法学研究』第31巻2005年.
付記:本稿の執筆にあたり,引用文の漢字は旧字体を新字体にあらためて表記
した.
― 86 ―
1930年代における初等教育の教科課程改造
謝辞:
史料蒐集に際して,一般社団法人茗渓会の高野力様をはじめ職員の皆様に格
別の便宜を賜る機会を得ました.史料の閲覧また茗渓会の由来や組織について
ご教授いただき,誠にありがとうございます.
本稿は,平成27年度津田学術振興基金の研究助成を受けた成果の一部であ
る.予算の管理と執行については,石橋真由美氏と池山幸志氏にその労をとっ
ていただきました.所蔵調査に際しては,本学附属図書館の職員諸氏にお世話
になりました.末筆ながら,関係各位に対して心より御礼申し上げます.
― 87 ―
座位行動を即時にフィードバックできる
身体活動量計は大学生の身体活動量の増加
および座位行動の減少に貢献するか
片
要
山
靖
富
旨
本研究は座位および臥位状況を即時にフィードバックできる活動量計を用
い,大学生の座位・臥位時間,立位時間,歩行時間,歩数,身体活動量に及ぼ
す影響を明らかにすることで,この活動量計が身体活動量の増加や座位行動の
減少に貢献するプログラムやツールとして有効であるかを検討した.その結
果,座位・臥位時間,立位時間,歩行時間,歩数,身体活動量すべての項目に
有意な変化が認められなかったことから,この活動量計は,大学生における身
体活動の増加や座位・臥位行動の減少への貢献度が小さい可能性が示唆された.
キーワード:活動量計,身体活動増進プログラム,身体活動,座位行動
1.背
景
厚生労働省が中心となって,
「健康づくりのための運動指針2006(エクササ
イズガイド2006)」が策定され,身体活動量の目標値が数値化された1).その
後改定された「健康づくりのための身体活動基準2013」においても,その目標
値がおおむね引き継がれた.健康づくりのための身体活動量の目標値は,18歳
から64歳においては,3 METs 以上の強度の 身体活動 を23METs・時/週以
上,そのうち 4 METs・時/週以上は 運動 で確保することと提唱されてい
る2).23METs・時 / 週 と い う 身 体 活 動 量 は,歩 数 に 換 算 す る と 6, 000 か ら
― 89 ―
皇學館大学教育学部研究報告集
第8号
10,000歩/日程度を 1 週間継続することと同等であることが報告されてい
る3,4).なお,身体活動とは,Caspersen et al.5) によって,
「随意的・意識的
な骨格筋活動により,安静時よりもエネルギー消費が高まるすべての活動」と
定義されており,エクササイズガイド2006や身体活動基準2013においても, 身
体活動 は身体を動かす全ての活動で,運動と生活活動のいずれも含まれる.
なお,エクササイズガイド2006や身体活動基準2013においては, 運動 とは
体力の向上を目的とした意図した身体活動,体力の向上を意図しない身体活動
を 生活活動 と定義され(図 1 )
,18から64歳においては身体活動量の算出
には 3METs 以上の活発な身体活動で計算し,3METs 未満の身体活動は身体
活動量の計算に含めない(65歳以上の高齢者においては,強度を問わず,1 日
40分以上または 10METs・時/週以上の身体活動量が目標値となっている)
.
図 1 .身体活動,運動,生活活動の関係1)
2006年に身体活動量の目標値が示されてから,すでに10年が過ぎようとして
いるが,日本人の身体活動量(歩数)は,2006年(男性7,503歩/日,女性
6,762歩/日)から2014年(男性7,099歩/日,女性で6,249歩/日)にかけて,男
女ともに500歩近くの漸減傾向にある6).日本人全体の歩数の減少は,高齢者
の増加によるものとも考えられるが,60歳代の男性37.3%,女性34.9%が,70
歳以上の男性49.4%,女性37.2%が運動習慣を有し,その割合も年々増加して
いる一方,30歳代の男性は13.1%,女性は12.9%と各年代で最も低く,次いで
― 90 ―
座位行動を即時にフィードバックできる身体活動量計は大学生の身体活動量の増加および座位行動の減少に貢献するか
20歳代の男性16.3%,女性16.8%と続き,身体活動が不足した若年者の増加が
日本人の歩数の減少に寄与している可能性は否めない.高齢者においてはエク
ササイズガイドや身体活動基準の策定が功を奏しているようだが,若年者には
効果が現われておらず,若年者への対策が急務と言える.また,身体活動量に
加え,岡ら7)は,座位・臥位行動や身体不活動(注1)は死亡リスクの独立した要
因であることを検証した複数の研究報告をまとめ,身体活動量だけでなく,こ
れらを把握することの大切さを指摘している.
身体活動量の増加を促すために歩数計(活動量計)(注2)の使用・提供が有効
であることが指摘されている8,9).しかしながら,これまでの活動量計は現在
(実際は過去の情報である)の身体活動量を把握することは可能であるが,そ
れによって十分な身体活動量を確保できないままに 1 日の生活を終えてしまう
ことがある.さらに「目標に足りなかった分は明日以降で賄おう」と思っても,
行動に移せず,また身体活動量が不足し,それが数日続くことで徐々に活動量
計を装着しなくなる.継続して装着し,自己評価をする動機付けが難しい.そ
こで,現在の身体活動量を把握するだけでなく,座位・臥位行動が一定時間続
いていることを即時に知らせ,身体を動かしていないことを認知させることが,
身体活動を促し,身体活動量が不足のまま 1 日が終わることを防ぎ,身体活動
量の増加に貢献するものと期待される.
活動量計を身体活動の促進ツールとして期待され,その効果を検証した研究
の多くは,現在までの身体活動量やエネルギー消費量,歩数を確認できる・
フィードバックされる機種によるものであった.一方,座位・臥位時間や身体
不活動時間は,独立して健康に影響を及ぼすことから,座位・臥位状況,身体
不活動をフィードバックできる活動量計は,身体活動量の増加や身体不活動の
減少を目的としたプログラムやツールとしての有効性に期待を寄せられるが,
その検証は十分でない.座位・臥位行動や身体不活動を減らすための介入研究
の成果を蓄積していく必要性が指摘されていることからも10),本研究はその一
助となろう.
そこで本研究では,運動習慣が無い大学生(20歳代)を対象に,座位・臥位
状態が一定時間継続すると,それを知らせる即時フィードバック機能を有する
― 91 ―
皇學館大学教育学部研究報告集
第8号
活動量計を装着してもらい,座位・臥位状態を即時にフィードバックする活動
量計の使用が,身体活動量や座位・臥位時間,立位時間に及ぼす影響について
検討することを目的とした.
2 .方
法
(1)対 象 者
対象者は内科的・整形外科的疾患がなく,自立して生活ができることと,
運動習慣( 1 回30分以上の運動を週 2 回以上, 1 年以上の継続)の無い大学
生とした.
研究代表者はK大学教育学部 2 年次から 4 年次の20歳代の学生約450名に対
し,研究の内容や方法について口頭および文書にて説明をし,対象者を募った.
その結果,研究内容に同意した 6 名の学生(男子学生 2 名,女子学生 4 名)が
自らボランティアとして集まった.なお, 6 名のうちの女子学生 1 名が活動量
計をほとんど装着することができず,研究方法を遵守できなかったことから,
ドロップアウトしたものと見なし,データ分析の対象からは除外した(分析対
象者は,男子学生 2 名,女子学生 3 名の計 5 名であった)
.
(2)研究方法
①身体的特徴
身長は身長計を用い,0.1㎝刻みで測定した,体重および体脂肪率は身体組
成計(タニタ社製,BC-190)を用い,体重は0.05㎏刻みで測定し,それぞれ
小数第 2 位を四捨五入し,小数第 1 位まで表した.体格指数(body mass index;
BMI)は体重(㎏)を身長(m)の 2 乗で除して表した.
②測定・調査項目とその方法
a)運動習慣の有無
運動習慣の有無については自記式質問紙またはインタビュー形式にて調査
し,運動習慣が無いことを確認した.
b)介入開始前の身体活動量調査(図1)
介入開始前の身体活動量(3 METs 以上の活動,METs・時/週)
, 1 日24時
― 92 ―
座位行動を即時にフィードバックできる身体活動量計は大学生の身体活動量の増加および座位行動の減少に貢献するか
間のうち睡眠を含む座位および臥位状態の占める割合(座位時間率,%)
,立
位状態の占める割合(立位時間率,%),歩行状態の占める割合(歩行時間率,
%),歩数を 1 週間にわたって計測した.それぞれ 3 軸の加速度計を内蔵した
活動量計(activPAL 社製,activPAL3vt)を用いて測定した.この活動量計
の特徴・機能は,サイズが35×35×7㎜,重量が15g,測定周波数が20Hz,
Epoc 長が15秒,座位・臥位状態が一定時間以上継続すると活動量計自身が振
動し,対象者へフィードバックすることができる.座位・臥位の継続時間の
フィードバック設定は分単位でおこなえる.また,この活動量計は座位・臥位
と立位の判別率が95.9%と非常に高く11),この活動量計を用いた身体活動増進
介入への活用が期待されている12,13).対象者には,この活動量計を大腿部前面
に耐水・防水性のテープで貼布してもらった.ただし,水中活動(水泳や入浴)
のように長時間にわたって身体(大腿部)が水没する場合やコンタクトスポー
ツを行う日は装着せず,測定の対象外とした.原則24時間の装着としたが,介
入中(身体不活動が継続するとフィードバックのために活動量計自身が振動す
る)は,起床時から就寝時まで装着していることとした.本研究では,座位・
臥位の活動強度を1.25METs 未満,立位を1.4METs 未満,歩行活動は 3METs
以上で 1 分間あたり100歩以上のペースがあったものを歩行と認識するよう活
動量計の設定をおこなった.
c)介入中の身体活動量調査
最初の 1 週間は10分以上の座位・臥位状態が続くとフィードバックされるよ
う設定され,後の 1 週間は30分に設定された群(10-30群)と,最初の 1 週間
は30分以上の身体不活動が続くとフィードバックされるように活動量計が設定
され,後の 1 週間は10分に設定された群(30-10群)の 2 群に対象者をランダ
ムに分け,合計 2 週間にわたって身体活動量を計測した.最初の 1 週間と後の
1 週間の間には,3∼7 日間のウォッシュアウト期間を設けた.
なお,介入開始前と介入中ともに,活動量計を 1 日10時間以上装着できてい
る日をデータ解析に有効な日とし14), 4 日以上( 1 日は休日を含む)の有効日
のデータを解析した15).有効日が 4 日に満たない場合は 1 週間を超えて活動量
計を装着し, 4 日以上のデータを収集できるまで計測してもらった.
― 93 ―
皇學館大学教育学部研究報告集
第8号
③活動量測定および活動量計装着に関する感想
介入後,対象者に活動量測定および活動量計装着について質問紙およびイン
タビューをし,自由に感想を述べてもらった.
④統計処理
身体活動に関する測定項目(座位時間率,立位時間率,歩行時間率,歩数,
身体活動量)において,介入前と介入中 1 週間目および 2 週間目の平均値の差
の有意性を検証するために,対応のある一元配置分散分析を施した.身体活動
に関する各測定項目の変化における群間差(交互作用の有意性)を検証するた
めに,時間(介入前,後)と群を要因とする繰り返しのある二元配置分散分析
を用いた.結果は,平均値±標準偏差で示した.統計処理は,統計処理ソフト
(SPSS11.5J for Windows,SPSS 社製)を用いておこなわれた.統計的有意水
準は 5%未満に設定した.
(3)倫理的配慮
本研究は皇學館大学研究員会の承認を得て実施された.また,対象者には研
究の内容と個人情報の保護等について口頭および書面にて説明をおこない,同
意を得たうえで実施した.
3 .結
果
(1)対象者の身体的特著
対象者個人ごと,群ごと,全体の身体的特徴を表 1 に示した.
表1
対象者の身体的特徴
― 94 ―
座位行動を即時にフィードバックできる身体活動量計は大学生の身体活動量の増加および座位行動の減少に貢献するか
(2)身体活動量および身体活動時間,歩数の変化
両群ともに,座位時間率,立位時間率,歩行時間率,歩数,身体活動量のす
べてにおいて,介入開始前と10分間の介入時,30分の介入時に有意な差は認め
られなかった.また,両群間に有意な交互作用は認められなかった(表 2 ).
表2
介入前と介入中の座位,立位,歩行の時間率と歩数,身体活動量
(3)身体活動量測定および活動量計装着に関する感想
身体活動量測定および活動量計装着に関する感想を表 3 に示した.
表3
身体活動量測定および活動量計装着に関する感想
― 95 ―
皇學館大学教育学部研究報告集
4 .考
第8号
察
介入前の身体活動量が2.4±0.7 METs・時/日(週当たり16.8 METs・時)
と,エクササイズガイド2006等で定められている身体活動量の目標に達してい
なかったにもかかわらず,介入中においても2.2±0.2METs・時/日(TEST 1
時点),2.4±0.6 METs・時/日(TEST 2 時点)と変化はなかった.
他の先行研究では,活動量計の提供が身体活動量を増加させたとの報告もあ
るが,介入初期の一時的な増加によるもので介入初期から後期にかけて身体活
動量が減少する可能性は否めない16,17).しかしながら,本研究では一時的にも
身体活動量の増加はなかった.
インタビューの結果から,すべての対象者は座位・臥位状態が継続している
ことは認識しているものの,その改善には至らなかった.したがって,本研究
で用いた活動量計は対象者に座位・臥位が継続していることへの認知・認識を
与えるものの,身体活動を増やすための行動に移すことはなく,身体不活動時
間の減少,中強度以上の活発な身体活動や運動の増加には寄与しない,行動変
容にはつながりにくいことが示唆された.
本研究の対象者は教育学部に所属する大学生であり,大学生は社会人と比べ
時間的に余裕があると思われているが,その対象者のうち 2 名( 3 年次生)は
月曜日から土曜日まで, 1 日に 2 ∼ 3 コマ( 1 コマ90分)の授業を履修してい
た.放課後の活動は,文化系のクラブ活動に興じるなど,繁多な学生生活を
送っていた.授業時間中やクラブ活動中に身体不活動を知らせる警告があった
が,活動することはできなかった.
わが国において身体活動量(歩数)が少ないのは30∼50歳代の男性といわれ
ている.身体活動量が少ない理由として,「仕事等が忙しく運動する時間が無
い」こと18),就業者は勤務時中の座位時間の割合が60%を超えることが挙げら
れる19).本研究の対象者が,一般成人男性の特徴に近い社会的特徴を有してい
ると考えれば,この活動量計は一般成人男性の身体不活動時間の減少および身
体活動量の増加が見込めない可能性がある.就業者を対象に,就業中,45分間
のデスクワークが続くとパーソナルコンピュータのモニタ画面上に座位行動を
― 96 ―
座位行動を即時にフィードバックできる身体活動量計は大学生の身体活動量の増加および座位行動の減少に貢献するか
中断するよう提示がある介入研究をおこなった結果,座位時間の減少につな
がった報告があるが20),それは活動できる環境(会社・組織において積極的な
健康づくり支援がおこなわれているなど,健康に対する意識と理解が高いこと)
であったことが考えられる.健康づくりに取り組みやすい職場づくり
(例えば,
勤務状況の改善,施設設備等の配置,健康づくりを目的とした福利厚生の充実
など)といった環境や組織への介入(改善)も必要となろう.
一方, 4 年次生( 3 名)は,授業時間は少なく,クラブ活動も引退をし,卒
業論文の完成を控えつつも,比較的時間に余裕があったり,活動しやすい環境
にあったりしたはずである.しかしながら,身体活動量は増加しなかった.イ
ンタビューの回答に,「身体活動をおこなうことに面倒さや身体活動以外の活
動(身体活動を伴わない趣味)を優先してしまった」という意見が全ての対象
者から得られたことから,身体活動よりも他の活動のほうが「楽しさ」を感じ
ているのかもしれない.座位・臥位状態が続くことの危機感やその理解の欠如
も考えられる.活動量計を用いるだけでなく,同時に健康教育の改善と充実も
図らなければならない.また,卒業論文作成の ストレス が身体活動量減少
の原因であるならば,ストレス耐性を高めたり,身体活動によってストレスを
解消したりするなど,包括的な健康教育を充実させることが求められる.
座位時間と負の相関が認められる 3 METs 未満の低強度の 運動 ではない
自発的な身体活動(non-exercise activity thermogenesis: NEAT)
,エクササ
イズガイドでは生活活動にあたる活動が,健康に関与していることを指摘する
報告も見受けられる21).1 日全体の身体活動に占める NEAT の割合は歩行よ
りも大きいことからも22),座位時間を減らすことと同様,NEAT の時間を増
やす試みがなされている.本研究では座位時間,立位時間,歩行時間すべての
割合が変化していなかったことから,NEAT の増加があったとは考えにくく,
NEAT の増加には寄与しなかった.就業者が非常に忙しくしているわが国に
おいて,NEAT を増やすのは容易ではない.
NEAT は活動強度が低い上,身体活動指針に定義される 運動 ではない
ため,むしろ NEAT を減らし,中強度以上の身体活動量や運動量を増やすこ
とが望ましいとも考えられる.中年男性を対象に運動教室でウォーキングから
― 97 ―
皇學館大学教育学部研究報告集
第8号
ジョギング程度の運動を実施したところ,運動教室で得られる歩数(身体活動)
以外に,教室の無い日に歩数(身体活動)が増加し,それによって健康度が改
善したという報告がある一方23),運動量を増やすべく,運動教室への参加や運
動トレーニングを実施した結果,それが NEAT の減少を引き起こしたという
報告も少なくない.とくに,高齢者や肥満女性といった低体力者や運動強度が
高くなるとその傾向は顕著のようである24).強度の高い運動は心疾患の治療や
リハビリ,肥満解消やメタボリックシンドロームの改善が認められているが25),
一方で,強度の高い運動は長時間実践することができないうえ,疲労等により
座位・臥位時間が増加やそれによって NEAT が減少し,その結果,1 日の身
体活動量や総エネルギー消費量はあまり増えないということも起こりえる.中
強度以上の運動量の増加と NEAT の減少が健康づくりに寄与するかは,今後
も検討が必要である.また,現在は身体活動量の確保,運動習慣の定着が重要
な課題となっている.運動教室の参加によって一時的に身体活動量・運動量が
増えたとしても,教室終了後も高い身体活動量を確保するために運動習慣が定
着しているとは限らない.運動習慣の定着や健康の維持にどのくらい貢献する
かは今後の課題である.
(1)今後どのような活動量計が身体活動の増進に貢献できるか
― インタビューの回答から考えられること ―
インタビューにおいて,
「現在の身体活動量が把握できなかったことが身体
活動の促進につながりにくかったと感じた」と回答した対象者がいる.本研究
で用いた活動量計は座位・臥位状態が延長していることをフィードバックする
ものの,現在の身体活動量などの情報提示がない.本研究で用いた活動量計は
健康づくりにはネガティブな情報をフィードバックするものであったことが,
身体活動量の増加や座位・臥位行動が減少しなかった可能性がある.歩数計等
の提供によって身体活動の増加が認められた研究の多くは,現在の身体活動量
や歩数,GPS 機能より歩行距離などをフィードバックし,目標達成までの差
を示したり,目標達成を伝えたりするなどポジティブな情報をフィードバック
することが主であった.この活動量計による情報だけでなく,このような
― 98 ―
座位行動を即時にフィードバックできる身体活動量計は大学生の身体活動量の増加および座位行動の減少に貢献するか
フィードバックを付加することで,より大きな効果を引き出せるかもしれない.
活動量計を大腿部に装着することの煩わしさを訴えた対象者もいる.腰部や
手足首に装着する活動量計とは違い,脱着に手間がかかる.また,皮膚に貼り
つけることから,テープ等によるかぶれなどが起こりやすい.そこまでして,
身体活動の状況のフィードバックを求めたくないというのが対象者の本音のよ
うである.身体活動増進研究として,精確な測定機器が必要であるが,日常生
活の中で身体活動を促す情報を提供するだけであれば,ここまでして精確性を
求める必要はなく,近年多くのメーカーから発売されているウエアラブル端末
のように,デザイン性や機能性を重視したものでも十分であろう.
(2)身体活動・運動習慣の定着を促すために ― 健康教育や環境介入について ―
時間や仲間,空間(場)が無いことを理由に身体活動が活発にならない者に
は,身体活動やスポーツ・運動の楽しさやその必要性,その理解を高めること
で,他の楽しい趣味と同様,身体活動をおこなうための時間や仲間,場を確保
するよう努めるであろう.身体活動の必要性についての理解を求める時は,
「運
動不足は大きな病気に罹る可能性が大きいよ」といった危機感を扇動するよう
なアプローチよりも,「楽しさ」を伝え自主的に身体活動を促せるようなアプ
ローチを心掛けたい.また,体力や運動能力に自信がなく,人前で運動を行な
うことが恥ずかしいから,なかなか身体活動・運動を行なえない者もいるだろ
う.「できない」から「楽しい」と感じられない者もいるだろう.近年は,学
校教育現場において「勝利至上主義」,「技術向上主義」から,「スポーツの楽
しさ」を主眼においた教育の重要性が指摘され変移しつつあるが,ただ単に,
「楽しい」ことを体験するだけの教育・運動指導に偏り過ぎてはいないだろうか.
昔のような「勝利至上主義」
「技術向上主義」に偏重した教育・指導を肯定す
るものではないが,「できる(た)
」ことを体験させる教育・指導の大切さを忘
れないでいたい.
経済的な理由で身体活動・運動にかける時間を確保できない者がいる.経済
的に余裕のある人は時間的にも余裕があることが多い.ただし,これについて
は個人への健康教育,アプローチだけでは解決しない.社会全体の仕組みの改
― 99 ―
皇學館大学教育学部研究報告集
第8号
善が必要であり,政治・経済学的なアプローチが必要となる.個人でできない
こと(施設設備の整備充実,労働条件の改善,福利厚生の充実などの環境づく
り)は行政や企業が主導しなければならない.今後,国民の身体活動を増やし,
健康の保持増進を図るためには,社会と個人の努力が必要不可欠である.
身体不活動に陥る複数の要因を同時に解決しなければ,身体活動の増加や座
位・臥位行動,身体不活動の減少にはつながらないのかもしれない.
(3)研究の限界
本研究は,標本(対象者数)が少ない.対象者の無作為抽出・無作為割付け
ができていない,そのため正しい統計解析結果が得られず,客観的な検討が充
分でないなど,研究の質の上で課題が残る.症例報告にとどまるものとして理
解されたい.
本研究の対象者は大学生(教育学部)に限られる.とくに教育学部生は他の
学部生と比べ,体育など実技系の授業も多く,身体活動量が多くなる傾向があ
る.今後は,他学部生を集め検証する必要がある.また,20歳代,30歳代の若
年者に対して活動量計の配布と座位・臥位行動や身体不活動のフィードバック
が有効であるかは,大学生に限らず,他の社会的特徴ごとに対象者を集めて検
証しなければならない.
5 .謝
辞
本研究は平成26年度皇學館大学特別研究費および JSPS 科研費(24700737)
の一部支援を受けて遂行されたものである.
6 .利益相反
著者は本論文の研究内容について申告すべき利益相反はない.
7 .注
釈
注1)身体不活動(physical inactivity)とは中強度以上( 3 METs 以上)の
身体活動が不足している状態( 3 METs 未満の低強度の身体活動のみの
状態)を指し,座位・臥位行動(sedentary behavior)とは,座位および
― 100 ―
座位行動を即時にフィードバックできる身体活動量計は大学生の身体活動量の増加および座位行動の減少に貢献するか
臥位における1.5METs 以下のすべての覚醒活動と定義されている26).厳
密には身体不活動と座位・臥位行動は異質のものであり,イコールの関係
ではない.つまり,活動的である(不活動でない,高い強度の運動を習慣
化している)ものの座位・臥位行動が多いため 1 日の身体活動量が総じて
少なくなることがあることや,不活動であるものの座位・臥位行動が少な
いため 1 日の身体活動量が総じて高くなることが起こりえる.
注 2 )歩数計は 1 次元( 1 軸)の加速度計により,機器本体の上下動から歩行
を感知し,歩数を計測する.活動量計には 2 次元または 3 次元加速度計が
内蔵されており,その加速度から歩行だけでなく,歩行を伴わない活動を
把握できる.加速度から活動強度を求め,活動強度と時間との積から身体
活動量(METs・時)を計測する.活動量計から歩数をカウントすること
も可能である.歩数を身体活動量の指標として用いられていることもある
が,歩数はすべての身体活動量を反映できるものではない.本研究では,
歩数計と活動量計を両者とも身体活動量を測定する機器として説明してい
る部分があるが,厳密には,歩数計と活動量計は異なる測定機器であるこ
とを理解しておく必要がある.
7 .参考文献
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に ∼〈エ ク サ サ イ ズ ガ イ ド 2006〉.http: //mhlw. go. jp/shingi/2006/07/dl/
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― 101 ―
皇學館大学教育学部研究報告集
第8号
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座位行動を即時にフィードバックできる身体活動量計は大学生の身体活動量の増加および座位行動の減少に貢献するか
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― 103 ―
バドミントンのゲーム内容に関する一考察
― 大学女子選手の場合 ―
叶
俊
文
快晴の休日などに公園や広い芝の上でバドミントンをする光景は,現在でも
多く見ることができる.二人で打ち合っている姿には子ども同士であったり,
親子であったり,あるいはカップルであることもあり,多様な人たちの遊びの
一つとしてバドミントンは位置づけられている.その人気の要素には,風があ
まり吹いていなければ相互に打つことが容易であり,尚かつ続きやすいことが
挙げられよう.それはシャトルの特性として,打った時の勢いが相手側に到達
する時には減速していくところにある.これによってお互いに打つことができ
て,上手に打つことができれば長くラリーを続けることができるところに楽し
みが生まれていくと思われる.しかし,こうしたラリーがバドミントン競技の
難しさにも繋がっていると考える.
運動効果において,バドミントンを12分続けることで100kcal の消費となる
ことが示されている6).100kcal の消費をみると散歩では35分,速歩で25分,
キャッチボールが18分,階段昇り降りで15分という状況から考えると,バドミ
ントンは楽しみながらも短時間でエネルギー消費量を増やすことができるス
ポーツとなる.心拍数からみると,男子のシングルスの試合では114∼180拍/分,
女子のシングルスでは90∼170拍/分と示されている13).これは試合中の心拍数
の幅であるためチェンジコートや休憩も含まれているが,ゲームに入れば 5 分
ほどで高い方の心拍数に達することから運動強度も高い競技に入ることになろ
う.また,永田は大学での体育授業でのバドミントンの効果を心拍数から検討
し,男女とも130拍/分以上の割合が70%を超える出現を示すことから,運動強
度と運動量を確保することができることを示している5).バドミントンはラ
― 105 ―
皇學館大学教育学部研究報告集
第8号
リーが続けられれば,楽しみながら短時間で高い運動強度を得られるという健
康に対しても効果的な運動になる.
バドミントン競技は「いろいろなストロークを正確に,かつ攻撃的に継続し
て打つことによって,対戦相手にエラーをさせるようにしむける競技」と考え
られている2).エラーをさせるためには相手が嫌がることと,自分が得意とす
ることの組み合わせによって相手に攻撃的に仕掛けていくことができる.特
に,シングルスの競技では,相手のラケットが届かないようなオープンスペー
スに正確に打つことが要求させる.その戦略として次のようなことが言われて
いる7).
・対戦相手がエラーするまでラリーを続ける.
・対戦相手に自分の弱点を攻められないようにする.
・対戦相手の弱点に集中的に攻める.
・対戦相手にプレッシャーを与えるようなショットを継続して打つ.
・対戦相手の得意なショットを拾って自滅させる.
・対戦相手の脚を瞬間止め,反応時間を遅らせる.
・対戦相手の反応時間を遅らせるために,いろいろなショットを打つ.
この戦略から考えられることは,様々なショットを打てること,相手にエラー
をさせること,相手の攻撃を拾えることが重要になってくると思われる.
ショットを考えてみると,相手を奥に追いやるためのクリア,相手の前のス
ペースに落としていくドロップ,相手の甘い球を叩いていくスマッシュなど多
様なショットがみられる.つまり,一つ一つの場面でショットを選択して,正
確に打っていくスキルが必要になる.また,たとえ手元で減速するシャトルで
あっても相手が打ち込んでくるスマッシュなどに反応するスピードや前後左右
に移動するスピードも必要になる.そして,シャトルに反応して打ち続けてい
くためのスタミナも要求される球技である.スタミナが強く要求されたのは,
2006年以前のサーブ権制での試合になるかもしれないが,現在のラリーポイン
ト制においてもスタミナは試合を左右する重要な要素になっている.
バドミントン競技を取り上げた研究は多いが,臨床医学的な怪我についてや
シャトルの動きに注目した流体力学的な研究など多岐にわたっている.ゲーム
― 106 ―
バドミントンのゲーム内容に関する一考察
分析において,関根は世界トップの試合でも男子でエースが69本,ミスが116本,
女子でもエースが23本,ミスが48本と圧倒的にミスが多くなることを示し,バ
ドミントン競技がミスによって進んでいく競技で,試合に勝つためにはミスを
しないことと相手にミスが起こりやすい返球をすることを指摘している10).蘭
は男女のゲーム内容の違いを示し,男子ではスマッシュなどの攻撃的な能力が
重要であるのに対して,女子では攻める能力よりも守りきる能力がより重要で
あることを示している9).ラリーの持続能力は女子選手にとって勝敗を分ける
重要な要素となるのであろう.これは加藤の指摘にもみられる3).男子トップ
選手のラリーが少ないことはスマッシュを中心にしてポイントを取るためであ
り,女子ではラリーを形成してエラーを誘うことや甘い球を引き出しながらポ
イントを取ることによってラリーの時間やストローク数に違いがみられるよう
になる.バドミントンのゲームにおいて,ミスの本数やラリーの時間,ストロー
ク数などが分析するための要素になることが認められる.また,どのような流
れでゲームが進んでいくのかについての分析が少なく,ゲームを構成するうえ
でのパターンを考えることは重要になってくるであろう.
そこで,本研究では大学生のバドミントン競技におけるシングルスの試合に
ついて様々な角度からのゲーム分析を行い,バドミントン競技での基礎的資料
を得ることを目的として進めていく.本研究の結果を基にして,バドミントン
競技選手の技能的なトレーニングに結びつけていけるように考えていきたい.
Ⅱ
方
法
1.対象とする試合
東海大学バドミントン選手権大会女子 1 部の試合を対象の試合とした.K大
学のバドミントン選手を中心にして,シングルスの試合を対象とした.対戦相
手は1部の上位に位置する大学との対戦である.ビデオ収集した試合は 3 試合
6 セットである.
― 107 ―
皇學館大学教育学部研究報告集
第8号
2.ビデオでの試合収集
対 象 と し た 試 合 は ビ デ オ に 収 め る こ と と し た.ビ デ オ カ メ ラ (Canon
iVISHFR11)は選手の後方のスタンドに三脚でビデオカメラを固定して設置し
た.選手の後方からの撮影ということで,バドミントンコートの縦方向に選手
が見えるように設定している.シングルスであることから, 2 名の選手たちは
手前のコートとネットを挟んだ奥のコートに位置する形での撮影となる.
3.試合内容の分析
試合内容を分析するにあたって,ビデオ動画をパーソナルコンピュータ
(dynabookTK/65jsk)に取り込み,分析にあたって DARTFISH Ver.5.5 を用
いてデータの分類を行った.それぞれのセットでは,総得点数,ラリーの時間,
各得点でのラリー数,ラリーでのショットの分類,得点の仕方の分類,ショッ
トの時間を計測した.
ショットの分類ではサーブ,クリア(C),ドロップ(D),ヘアピン(H),スマッ
シュ(S),プッシュ(P)の 6 種類の分類を行った.得点の仕方についてはネッ
トに引っ掛けてのミス,アウトにしたミスを取り出して分類した.
Ⅲ
結果と考察
1.各セットでの基本的分析
それぞれのセットでの総得点,ラリーの時間,各得点でのラリー数,ラリー
でのショットの分類,得点の仕方の分類を測定・記録していった.それぞれの
平均値を表1に示した.
①総得点数
バドミントンの試合は 1 セット21点先取での勝利となる.そのことから
デュースにならない場合の最大の得点は21対19で勝利を決したときの40得点が
試合での最大得点になる.今回のセットではデュースに持ち込まれた試合はな
く,40得点以内の試合となった. 6 セットの総得点の平均は35点であった.勝
者は21点で勝利することから平均では21対14という試合結果の流れになる.
― 108 ―
バドミントンのゲーム内容に関する一考察
表1
1set
総得点数
ラリー時間
ラリー数
各セットの基本的な平均値,割合
2set
3set
4set
5set
6set
全平均
32
30
32
38
40
38
35
6.07
6.27
5.85
5.94
8.17
7.65
6.66
5.59
5
5.37
4.44
4.71
7.15
6.84
クリア
1.41
1.4
1.52
1.36
2.93
2.79
1.90
ドロップ
1.03
1.13
1.03
0.95
1.73
1.53
1.23
ヘアピン
0.88
1.03
0.27
0.54
0.5
0.47
0.62
スマッシュ
0.47
0.57
0.36
0.69
0.83
0.87
0.63
プッシュ
0.19
0.23
0.15
0.08
0.18
0.18
0.17
アウト数
9
12
12
14
10
13
11.67
アウト割合
28.13
40.00
37.5
36.84
25.00
34.21
33.61
ネット数
11
3
9
7
16
8
9
ネット割合
34.38
10.00
28.13
18.42
40.00
21.05
25.33
ミスの合計
20
15
21
21
25
21
20.5
ミス割合
62.50
50.00
65.63
55.26
62.5
55.26
58.53
②ラリーの時間
バトミントンにおいて, 1 点を取るためにシャトルの打ち合いが行われる.
これがラリーになり,ラリー時間がどれくらい長くなるのかを計測した.サー
ブのみによる決定からラリーが何度も続いた結果,得点になることもある.各
セットのラリー時間の平均を基にして全体のラリー時間を算出した結果,6.66
秒という時間が明らかとなった.今回の 6 セットの中では23.98秒が最大のラ
リー時間となった.今回の試合では1ポイントを奪うために6.66秒の時間が費
やされていることになる.
③ラリー数
1点を取るためにシャトルの打ち合いが行われるわけであるが,どれぐらい
のラリーが展開されるのかを計測した.サーブのみによる決定を1回として,
サーブから得点が決定するまでの打ち合いの回数をラリー数として計測した.
各セットでの1得点を得るまでのラリー数を計算して総得点数で割ったもの
をセットのラリー数の平均値とした.各セットの平均値を基にして全体のラ
リー数を計算した結果,ラリー数の平均は5.59回となった.今回の 6 セットの
― 109 ―
皇學館大学教育学部研究報告集
第8号
中では先の23.98秒のラリー時間を費やした時がラリー数も一番長く,21回の
ラリーを続けての1ポイントの獲得となっている.
④ショットの分類
先のラリー数において,どのようなショットを繰り出しながらラリーが展開
されているのかを計測した.バドミントンのショットをサーブ,クリア(C),
ドロップ(D),ヘアピン(H),スマッシュ(S),プッシュ(P)の 6 種類に分類し
た.しかし,サーブはゲームの最初に必ず打たれるためカウントからは除外し,
残りの 5 種類の分類とした.クリア,ヘアピン,スマッシュ,プッシュは明確
に分類できるが,ネットから離れた所から相手のネット際に落とすドロップは
カットとも呼ばれることがある.打ち方として高い打点からネット際に返すの
がドロップとなるが,サイドや下からの打点でネット際に打ち返した打球もド
ロップとして統一した.
それぞれのラリーの中で出されたそれぞれのショットの合計を計測して,総
得点数で割ったものをショットの平均回数とした.全体の平均にした結果,ク
リアは1.90回,ドロップは1.23回,ヘアピンは0.62回,スマッシュは0.63回,
プッシュは0.17回であった.これらの回数は先のラリー数の平均である5.59回
の内訳と見なすことができる.
クリアが多くなるのは,エンドラインから大きく返球するクリアだけではな
く,ドロップで打たれたシャトルをクリアで返す,スマッシュされたシャトル
をクリアで返すという状況が生じるためにクリアを打つ割合が高くなってく
る.また,ドロップの多用が見られる.相手のネット際に落としていくことは,
相手の虚を衝く,あるいはフェイントをかけることになって得点に繋がる場合
が多くなる.そのためにドロップが多用されることになる.その点から考える
と,クリアは繋ぐためのショットになり,ドロップは決めるためのショットに
なる場合が多くなる.意外なのはスマッシュの回数が少ないことである.女子
の試合ということもあり,スマッシュがあまり使われないことも考えられる.
⑤得点の仕方の分類
バドミントンにおいて,得点になるシーンは相手が打ったシャトルがアウト
になるか,ネットに引っ掛けて得点になる場合と自分の打ったシャトルが決
― 110 ―
バドミントンのゲーム内容に関する一考察
まった場合の 2 つに分けられる.そこで,アウトとネットによる得点シーンを
計測してその割合を求めた.
6 セットのすべての得点シーンが210シーンある中で,アウトによる得点は
69得点あり,全得点の33.20%になっている.ネットによる得点は54得点あり,
全得点の25.33%になっている.合計するとミスによる得点は123得点で,全体
の58.53%になる.つまり,試合の 6 割近くがどちらかのミスによって得点さ
れていることになり,自身がシャトルを打って決まる割合よりも多いことにな
る.今回の 6 つのセットの中にはミスによる得点の割合が 6 割を超えるセット
が 3 セットあることから,バドミントンの試合において如何に自身のミスを少
なくすることが勝利に繋がることになっていくことが理解できる.
2.ラリー数とショットの分類からみるゲーム展開
1)サーバーとレシーバーの仕掛けについて
バドミントンのラリーにおいて,どのような展開から得点に結びつくのかを
検討するために,ラリーの内容についての分類を行った.ラリーが奇数回で終
了することは,サーバー側がショットを決めるか,自らがミスすることで終了
することを意味している.逆に,ラリーが偶数回で終了することは,
レシーバー
側がショットを決めるか,自らがミスすることで終了することを意味している.
そこで,奇数回と偶数回のラリーの回数について表 2 に示した.ただし, 8 回
以上のラリーの出現が少ないことから, 8 回以上のラリーはまとめている.ま
表2
ラリー数
全体のラリー数の割合
1set
2set
3set
4set
5set
6set
合計
平均
%
1(サーバー)
0
3
2
1
1
1
8
1.33
3.81
6
4.88
2(レシーバー)
6
7
8
11
5
6
43
7.17
20.48
21
17.07
3(サーバー)
3
3
2
4
4
2
18
3.00
8.57
13
10.57
4(レシーバー)
6
2
7
6
7
3
31
5.17
14.76
24
19.51
5(サーバー)
8
2
5
3
2
7
27
4.50
12.86
13
10.57
6(レシーバー)
2
3
2
5
4
3
19
3.17
9.05
10
8.13
7(サーバー)
2
2
0
1
4
4
13
2.17
6.19
10
8.13
8回以上
5
8
6
7
13
12
51
8.50
24.29
26
21.14
32
30
32
38
40
38
210
― 111 ―
ミス数ミス%
123
皇學館大学教育学部研究報告集
第8号
た, 1 回目のラリーはサーバー側のサーブであることから,強くヒットしてい
るわけではないため,両者がヒットする各 3 回までのラリーを中心に検討する
ために 7 回のラリーまでを単独に表示している.
先ほど終了すると表現したが,偶数回と奇数回というのはサーバー側とレ
シーバー側が仕掛けた結果を示していることにもなる.その仕掛けはどの場面
で遂行されることが多くなるのか.奇数回のラリー,つまりサーバー側をみて
いくと 5 回目で終了する割合が多い.もう一つは 3 回目である.バドミントン
のシングルスにおいてのサーブは,基本的に高いロングサーブが使用される.
特に女子にその傾向は高い.それは高いロングサーブを打つことによって,相
手をエンドラインまで下げることができるからである.一度エンドラインに相
手を下げることで,相手コートの前の部分のスペースが空いてしまい攻撃を仕
掛けることができるようになるわけである.サーバーは自らがサーブを打った
後の相手の返球から仕掛けていく場合( 3 回目)と相手の返球に対応してから仕
掛けていく場合( 5 回目)が多くなるようだ. 3 回目はレシーバーの仕掛けに対
応しなければならないことからミスも多いが, 5 回目は自身が一度レシーバー
の返球に対応することで相手を崩せるためか27本の中でミスが13本となり,成
功する確率が高くなっている.
これに対して,レシーバー側では 2 回目と 4 回目で終えることが多くなって
いる.特に, 2 回目が多くなる傾向がみられる.これは相手のサーブに対する
最初の仕掛けができることが一番の要因となろう.43本の中でミスが21本であ
ることから成功する確率が高くなっている. 4 回目はサーバーの仕掛けを一度
凌いでからの攻撃となる.凌ぎきれない場合が多いのか,31本の中でミスが24
本と多くなっていくことが認められる.
バドミントンにおける仕掛けについてであるが,レシーバー側は先ず相手の
サーブに対して仕掛ける場合が認められる.次に,一本返してからの 4 回目に
仕掛ける傾向がみられる.しかし,この 4 回目はサーバー側の返球によって左
右されることからミスが増えることも考えられるようだ.サーバー側の仕掛け
としては,レシーバー側が一本返球してからの 3 回目に仕掛けることは可能で
あるが, 3 回目にレシーバー側を崩してからの 5 回目に仕掛けることで得点を
― 112 ―
バドミントンのゲーム内容に関する一考察
得ることができるように思われる.ラリー数が 5 回目までに得点が決まる割合
は60.48%と 6 割を超えることになる.サーバー側もレシーバー側もこの 5 回
までの間に最初の仕掛けが展開されることになるようだ.
2)ラリーの内容について
バドミントンでの得点を得るためには,選手自身がどのようなショットを構
成して展開していくのかが重要な要素になっていく.そこで,ゲームの展開に
おいてどのようなショットが選択されているのかを検討していきたい.表 3 に
示したのはラリー数に対するショットの内容である.先の仕掛けも含めて考え
ていきたい.
先ず,サーバー側の奇数回のショットについてみていく.ラリー 1 回はサー
ブの判断によるところが大きい.サーバーは当然のことながらサーブを入れた
いと考えて打っているが,インかアウトの判断はレシーバーに委ねられている.
そのために,アウトになるケースが多くなっている.次ぎに 3 回目で終了する
ショットである.ここではレシーバー側の対応によって 2 つのパターンに分け
られる.レシーバー側がスマッシュかドロップを選択した場合とクリアを選択
した場合である.スマッシュやドロップはレシーバー側の仕掛けになるが,そ
れを返しきれずにミスをしてしまう場合が多くなっている.また,レシーバー
側がクリアを打ってきた場合はサーバー側が打っていけることになり,スマッ
シュやドロップで切り返して得点を得ている.このようにレシーバー側の最初
の対応によって,サーバー側のショットの決定が行われていると考えられる.
次ぎに, 5 回目で終了するショットである.ここではレシーバー側の最初の
ショットの返し方が重要になるようだ.レシーバー側はサーブに対して攻めて
いきたいと考えている.それはラリー数が 2 回で終了する時の決定率の高さか
らも認められる.この最初のレシーバー側の仕掛けを 3 回目で良い形で返球で
きるかどうかになる.良い形で返球できるとサーバー側は 5 回目のショットで
スマッシュやドライブを使って決めていきたいと考えているところがみられ
る.5 回目での決定率が高いことがそれを物語っている.つまり,サーバー側
は 5 回目で決めていくことができるかが得点を取るための鍵になると思われ
る. 7 回目については後に述べたい.
― 113 ―
S
S
1set
3
0
ミス
3
3
ミス
3
アウトになる
2set
2
2
S
8
3
2
1
ミス
2
5
相手のDかSに対応
ミスも出る
1
2
1
1
ミス
3
1
3
2
相手のCを打ちにいく
ミスも出る
4
アウトになる
4set
1
ミス
2
1
1
ミス
2
アウトになる
6set
2
2
7
相手のSかDを切
相手のSをDで返す
り返す
4
アウトになる
5set
ラリー数が 7 回までのラリー内容とミス
アウトになる
2
表3
3set
4
1
1
S
2
― 114 ―
R
6
6
5
3
2
1
2
DかSでしかける
Sが多い
7
1
3
様々に展開するが
Hが続くことも
2
7
DかSでしかける
8
0
7
4
6
1
4
3
6
5
4
3
5
2
6
4
3
Sが多い Dも
Sでのミス
6
2
3
相手のCから攻める 相手がCで返すとC
か、相手のSやDを の打ち合いになる(長
しのいでから打つ
いラリーの始まり)
ほとんどSを打ちにいく DかSを仕掛ける
ミスも出る
11
様々に展開
1
R
2
1
3
1
2
2
5
2
4
2
3
2
32
84.38
総数の割合・
ミスの割合
62.96
17
73.33
30
22
11
81.25
32
26
65.38
17
81.58
38
31
64.52
20
65.00
40
26
61.54
16
68.42
38
26
61.54
16
75.24
210
158
19
30
43
13
27
18
8
61.39
97
10
24
21
10
13
13
6
総回数 総ミス
記述のCはクリア,Dはドロップ,Hはヘアピン,Sはスマッシュ,Pはプッシュを表す
50.00
ラリー数のSはサーバー側,Rはレシーバー側
27
総数
総得点数
DかSを打ってか
Cでつないで仕掛 C,D,Sを打っ DかSを打ってか サーブをCで返す
相手のDにHを入 らの展開
内容
H に も っ て い く か, ける
てから展開する
ら,展開する
と動かされる
れながら展開
Sにもっていくか
6
自 分 で S か D を Cを打ってから、
自分がCで返す
DからHにもっていく DからC、Cから
Cで返してからS
内容
打 っ て か ら 対 応 Sを打ってから次
か,SやDで返す
CからDにもっていく Dにもっていく
やDにもっていく
で,ミスもでる
を狙う
で変わる
4 R
DかSをしかける
内容
Sのミスが多い
2
内容 CとDの応酬
7
相手のSやDをC
相手のSかDを返
相手のSやDを切 相手のSかDから
相手のSを返して
相手のSやDを切
内容 で返して展開
しての展開
り返して
の展開
からの展開
り返して,SやDへ
SかHにもっていく
有利にしたい
SやDで決める
SかDで決めたい
5
相手のSをDで返
相手のCをDへ
内容 そうとする傾向
ネットミスがでる
そしてミス
3
内容
1
ラリー数
ラリーの内容
攻撃的にS,Dを打つと展
開できる
Cを先ず打つと受け身になる
攻 撃 的 に S, D を 先 ず 打 つ
か,Cを打ってから考えるか
レシーバーのヒット
S,Dを仕掛けていくと決
まりも多くなる
サーブへの切り返し
サーブをCで返されると長
くなる傾向がある
この辺りからラリーが増える
相手のS,Dを返してから
の展開へ
決まる確率は高い
サーバーの攻撃
サーブに対して,相手がC➡
打つ
D,S➡返しのミスが多くなる
サーバーのヒット
ミスはアウト
ショートサーブから始まる
と展開は複雑になる
アウトかインか
皇學館大学教育学部研究報告集
第8号
バドミントンのゲーム内容に関する一考察
レシーバー側の偶数回のショットについてみていく.サーブに対する最初の
タッチとなる 2 回目のショットは,スマッシュとドロップでの攻撃的なショッ
トになる.この攻撃で得点を取ることができる割合は高い.ミスもあるけれど
もレシーバー側はここで叩いておきたいと考えるようである.次に, 4 回目で
の終了するショットである.これはレシーバー側の 2 回目のヒットになるが,
1 回目のヒットをスマッシュやドロップで攻撃するのか,クリアで返球するの
かで変わってきている. 1 回目のヒットを攻撃的に打っていくことで次も攻撃
できることになるが,クリアで返球するとサーバー側に攻撃を許すことになり
ミスに繋がることも多くなる.クリアを打ってからでは受け身になり,相手の
攻撃を受ける形になるが,それは 6 回目での終了にもみられる.この 6 回目あ
たりからラリーの展開は複雑になるが,レシーバー側が攻撃的に打ってから展
開するのか,クリアで受け身的に展開するかで分かれている.攻撃的に打って
いくことで最終的に決めていくこともできるが,クリアで返球することで動か
されるという傾向がみられる. 6 回目以降からは展開が増えることで,ドロッ
プをヘアピンで返すという状況もみられるようになり,攻守が逆転する展開も
みられるようになる.これはサーバー側の 7 回目にも同じことが言える.多様
な展開が始まるのが 6, 7 回目からと考える.
7 回目以上で得点されるラリーの傾向であるが,ラリーが長くなるためのい
くつかの傾向がみられる.それはお互いがクリアで返し続ける,途中のドロッ
プにヘアピンで応酬する,連続のスマッシュやドロップをクリアで大きく返し
続けるというものである.特に,スマッシュ➡クリア➡スマッシュ➡クリアと
いうラリーやドロップ➡クリア➡ドロップ➡クリアというラリーは多くなる.
それはバドミントンの練習において,相手の攻撃に対するレシーブ練習が多く
費やされていることからも理解できる.繋いで繋いで,相手のミスを誘うこと
はバドミントン競技の大切な技術の一つになる.ミスをしないことはバドミン
トン競技の鉄則の一つになることは,ミスによって得点になるケースが非常に
多いことを指摘したことと重なるであろう.日常的な練習を重ねているパター
ンになるとラリーは長くなっていくことになる.
― 115 ―
皇學館大学教育学部研究報告集
Ⅳ
第8号
全体的考察
大学女子バドミントンの試合はどのような流れになっているのであろうか.
蘭は北京オリンピックの試合において 1 回戦から徐々に 1 ラリーの時間と打数
が多くなっていくことを指摘し, 1 回戦の 1 ラリー時間が12.1秒から決勝では
15.0秒に,打数は6.9回から11.0回に伸びている9).今回の女子大学生では 1
ラリー時間6.66秒,打数が5.59回というのは非常に少ないものになる.加藤の
シングルスのゲーム分析では,日本の女子トップ選手がラリー時間12.2秒,打
数が11.3回であり,男子大学生ではラリー時間6.9秒,打数が7.3回という結果
を示している3).つまり,女子大学生が男子大学生と同じようなレベルである
ことが認められる.また,男子大学生のラリー時間に対して打数が7.3回とい
うのは 1 回の打数が 1 秒を切る速さで打たれていることになるのに対して,女
子大学生では 1 秒以上の速さになると思われる.しかし,男子大学生のシング
ルスはサービスでショートサービスを使うことが多いが,女子ではロングサー
ビスを使うことが多く,サービスを打ってから相手が打つまでにおよそ2.5秒
を費やすことになる.6.66秒から差し引くと4.14秒の中で4.59回の打ち合いが
行われていることから,速さとしても男女差はあまりないように考える.
ミスについては,関根が世界のトップ女子ではエースに対して1.5倍のミス
が起こっていることを指摘した10).この研究の時期はバドミントンがサーブ権
制で行われていた.ミスしても相手にサーブ権が移るだけということになる
と,選手が思い切った攻撃をしていたことが窺える.今回の調査ではミスの割
合が58.53%となっているが,それでもミスの多い試合になっているように感
じる.バドミントンの試合に勝つためにはミスをしないこと,相手にミスが起
こりやすい返球をすることが言われていることを考えると,如何にミスを少な
くするのかが選手たちの課題になるであろう.
ラリーの内容と得点になるが,サーバー側とレシーバー側での違いがみえて
くる.サーバー側は 5 回目で得点できることが多い.これはレシーバー側の
ショットを崩してからの攻撃になる. 3 回目の時に決めたいということもある
だろうが,サービスがロングサービスになることから,最初の攻撃はレシーバー
― 116 ―
バドミントンのゲーム内容に関する一考察
側になる場面が多くなっている.レシーバー側は 2 回目に得点できることが多
い.相手からのサービスを最初に仕掛ける場合となる.もう一つは 6 回目であ
るが,これは 2 回目と 4 回目のヒットで優位にできれば決められることになる.
繰り出されるショットについては,クリアの割合が多く,次にドロップである.
スマッシュは意外と少ない結果になった.日高らはバドミントンのショットの
構造化を試み,クリアを中心としたスマッシュ,ドロップ,カットのオーバー
ヘッドストローク,ドライブやプッシュのサイドアームストローク,ヘアピン
やサーブなどのアンダーハンドストロークを示した1).その中でも中心はクリ
アであることから,女子大学生でもクリアの割合が一番多くなったことは自然
であろう.ラリーの少ない段階で得点にするにはスマッシュやドロップで仕掛
けることが得策であるが,クリアで繋ぐことによってラリー数は多くなってい
く.特に,スマッシュをクリアで上げることの繰り返しやドロップをクリアで
上げることが繰り返されるとラリー数は多くなっていく.これはバドミントン
の特性でもある「繋いで相手のミスを誘う」というスタイルに持っていくこと
になる. 8 回以上のラリーが25%みられることは,その特徴の現れになるだろう.
最後に,バドミントンのスピードについて示しておく.今回のすべてのセッ
トの中から,使われたショットの多かったクリア,ドロップ,スマッシュの判
断しやすい映像を調べて,ショットが打たれてから相手に達するまでの時間を
計測した.クリアは1.222±0.189秒,ドロップは0.887±0.123秒,スマッシュ
は0.522±0.084秒であった.選手たちはこの時間の間に打たれたシャトルへの
反応をしていることになる.先に指摘したように,女子のシングルスではロン
グサービスが多いことから4.14秒の中で4.59回の打ち合い,つまり4.14/4.59
=0.90秒の打ち合いというスピードのゲームを行っている.その中で,吹田ら
は上位選手が積極的な予測をすること,判断のタイミングが早いことを指摘し
た12).また,清水らは視覚認知の中でも周辺視のトレーニングの有効性を示し
ている11).短時間に様々なタイミングの時間に反応できるようなトレーニング
やビジョントレーニングの周辺視トレーニングを行っていくことが選手育成の
うえで大切なことになるように考える.同時に,バドミントン選手の反応時間
や周辺視トレーニングについて検討することを今後の課題としたい.
― 117 ―
皇學館大学教育学部研究報告集
第8号
参考文献
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目でみるバドミントンの技術とトレーニング
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7)日本バドミントン協会(2001)
医歯薬出版
バドミントン教本
ベースボールマガジ
ン社
8)大束忠司・陶山智・関根義雄(2013)
バドミントン競技者の注意スタイル
とシングルス・ダブルスの志向,前衛・後衛志向およびピークパフォーマ
ンスとの関係
9)蘭
日本体育大学紀要 42-2:91-101.
和真(2009)
北京オリンピックバドミントン競技における女子シング
ルスのゲーム分析 ― ゲーム時間および1ラリー当たりの時間とストロー
ク数に着目して ―
10)関根義雄(1987)
東海学院大学紀要 3:11-16.
バドミントンのゲーム分析に関する一考察
日本体育大
学紀要 17-1:55-62.
11)清水安夫・煙山千尋・尼崎光洋(2010)
スポーツ競技者の視覚認知とパ
フォーマンスとの関係 ― バドミントン選手の動体視力とパフォーマンス
変数を指標とした検討 ―
桜美林論考自然科学・総合科学研究 1:81-95.
12)吹田真士・磯下由貴子・木塚朝博他(2007)
術的技能(予測段階)に関する一考察
バドミントンプレーヤーの戦
筑波大学体育科学系紀要 30:
145-147.
13)山地啓司(1981)
運動処方のための心拍数の科学
― 118 ―
大修館書店
障害のある子どもの教育・発達支援に携わる人々
に求められる「向き合う姿勢」についての一考察(Ⅱ)
「まみえる」ということ,「聴く」ということ
を手がかりとして
栗
原
輝
雄
要 旨
本稿は本研究報告書第 7 号(2015)において報告したテーマ(障害のある子
どもの教育・発達支援に携わる人々に求められる子どもと「向き合う姿勢」)
についてさらに考察を行ったものである.本稿では「まみえる」ということ,
「聴く」ということの意味についての吟味を通して検討を進めた.
障害のある子どもの教育・発達支援に携わる教師・支援者が子どもたち一人
ひとりのニーズを的確に把握し,これらに適切に応えていくためには,①子ど
もたち一人ひとりからそのニーズを豊かに感じ取らせてもらうことこそが大切
であること.②そしてそのためには,子どもたち一人ひとりが教師・支援者の
方を向いて心を開いてくれることが大前提となること.③とすれば,まず第一
に,教師・支援者は一人の人として,子どもたち一人ひとりに「まみえる」姿
勢をしっかり持つことが何をおいても大切になってくる.④そしてあわせて,
子どもたち一人ひとりのニーズ(思い等)をきちんと「聴く」ことのできる「耳」
を備えていることが不可欠である.以上のことが今回の考察を通して改めて確
認できたように思われる.障害のある子どもの教育・発達支援に携わる人々
(筆
者も含めてであるが)の子どもと「向き合う姿勢」として是非心に留めておき
たいことであると考えられた.
以上のことは障害のある子どもの教育・発達支援における場合に限られたこ
とではなく,すべての子どもの教育・発達支援においても基本的には全く同様
― 119 ―
皇學館大学教育学部研究報告集
第8号
であろうことを改めて教えられた.
今後は教育・発達支援のあり方(理念・すすめ方等)についての検討をさら
に深めながら,障害のある子どもの教育・発達支援に携わる教師・支援者の子
どもと「向き合う姿勢」についてなお一層の掘り下げをはかっていくことが求
められていると考えられる.
1.問題および目的
教育・発達支援はそれぞれの子どもの内側にあるものが外に現れていくよう
にすることであるという考え方に立てば(1)(2)(3),その目指すところは,子ども
の「特性」
(いわゆる障害も含めて)の如何によって変わるものではないはず
である.(4)(5)
しかし,そうは言うものの,現実には一人ひとりの子どもたちはそれぞれの
「特性」を持ちつつ,それぞれの環境や時間の流れ等の中で生きている.この
ことを考えると,それぞれの子どもの内側にあるものが外に現れるその道筋は
同じであるとは言い難い.一人ひとりの子どもの状況(実態)に合わせた教育・
発達支援のプロセスの多様性も,一方においては当然求められてくるであろう.
例えば,
「ICF(WHO 国際生活機能分類)
」の考え方は支援のプロセスの多
様性に着目しているという点で,教育・発達支援にとっても,そのより一層き
め細やかな推進を検討していく上で大変示唆的である.そこでは,それぞれの
人の「健康状態」や「個人因子」,「環境因子」を考慮しながら,「できる活動」
(「能力」)を「している活動」
(「実行状況」)へと変えていくための支援のあり
方を具体的に引き出そうとしている.(6)
教育・発達支援においては,その目指すところに到達するために,子どもた
ち一人ひとりの実態に即応したさまざまな方法(技法)が必要とされる.しか
し,そうした方法(技法)が真の意味で生きて働くためには,教師・支援者の
子どもたち一人ひとりとの「向き合う姿勢」のあり方が大きく問われてくる.
方法(技法)はもともと「媒介的なもの」であると考えられているからであ
る.(7)(8)(9)(10)それほどにこの「向き合う姿勢」は大切な意味を有していると言え
よう.(注1)
― 120 ―
障害のある子どもの教育・発達支援に携わる人々に求められる「向き合う姿勢」についての一考察(Ⅱ)
前回の報告(栗原,2015)(11)では,この「向き合う姿勢」ということについて,
「臨床」という言葉の意味についての考察(栗原,2014)(12) から得られた諸知
見をもとに検討した.前回の報告(栗原,2015)(13)において,一人の教師が障
害のある子どもたちと「向き合う姿勢」について筆者に語ってくれた言葉を紹
介させてもらった.「重症心身障害」,「自閉症」,
「知的障害」等があって「対
人関係が苦手であったり,言語による表現能力が乏しかったりする子ども」と
のかかわりの中から,体験的に感じ取ったことを言葉にしてくれたものである.
これらの子どもたちは自分たちに対し,周囲の人たちが人としての真摯な向き
合い方で接することを心の底から望んでいることを,行動を通して静かに,か
つ熱くアピールしているというメッセージである.本テーマについて考察する
上で,重要な示唆をいくつも含んでいると筆者は考えている.そして,事実,
この教師の言葉から,筆者は障害のある子どもの教育・発達支援に携わる人々
に求められる子どもと「向き合う姿勢」についてはもちろんのこと,教育・発
達支援のあり方そのものに関しても多くのことを考えさせてもらった.前回の
報告(14)で記したのはその一部であった.
本稿は前回の報告(2015)(15)の発展である.ここでは,栗原(2014)(16)にお
いて「臨床」― 障害のある子どもの教育・発達支援もその重要な一つの分野
であると筆者はとらえている ― ということを考えていくうえでのキーワード
になることが浮き彫りにされた「まみえる」ということ(関係)と「聴く」と
いうことの二語を手がかりとして,障害のある子どもの教育・発達支援に携わ
る人々に求められる「向き合う姿勢」について引き続き考察をすすめていきた
い.なお,本稿においても障害のある子どもの教育・発達支援における場合を
前面に出したかたちで検討しているが,考察内容はすべての子どもの教育・発
達支援において基本的には当てはまるものと筆者は考えている.したがって,
以下のところで「子ども」と表記しているところは,障害のある子どものこと
を念頭に置いてはいるものの,すべての子どもをも含んだ表現であることを
断っておきたい.
― 121 ―
皇學館大学教育学部研究報告集
第8号
2.
「向き合う」ということ
「向き合う」という言葉の意味について最初に整理しておきたい.
「向き合う」
ということは「互いに体の正面を向け合う」ということであると辞書には記さ
れている.(17)筆者としては,この定義の中の「互いに」と「向け合う」という
二つの言葉に注目したいと思う.この二つの言葉を念頭に置いて考えると,
「向
き合う」ということは双方の人の自主的自律的な行為であることが示唆される.
互いに自分が相手の人の方に「自分の正面が位置をとるようにする」(18)という
ことであると考えられる.そしてまた,これは単に「体」というところに限定
されるのではなく,「心」を「向け合う」ということでもあると思われる.な
ぜなら,
「体」は「心」が動かしているからであり,いわば,
「体」は「心」
」
(そ
の人自身)の象徴的存在であると考えられるからである.したがって,
「向き
合う」ということは,互いの「心」が相手に向かって自主的自律的に開かれた
状態であるということになろう.
しかも,上述の定義の中にある「体の正面
を」という言葉に注目すれば,自身の「心」が相手に向かって全開にされた状
態にあるということをも意味しているのであろう.
ではなぜ,互いの「心」が
相手の「心」に向けて主体的自律的に開かれる
のであろうか.それは,相互に「心」を結びつけ合う(引かれ合う)ものがそ
こに存在しているからだということではなかろうか.ボルノウ(2006)が教育
における教師と子どもとの関係について述べているところを教育・発達支援に
おける教師・支援者と子どもとの関係に援用させてもらうと,教師・支援者の
側からの子どもに対する「信頼,「善意」,
「忍耐」,「責任ある対応」と,子ど
もの側の教師・支援者に対する「信頼」
,「感謝と従順」
,「愛と尊敬」が「呼応
する態度」としてそこに存在するからであると言ってよいように思われる.(19)
「向き合う」ということについても,本来,このように「包括的」なもの,
「相
互作用関係」としてとらえることが適切であると思われるが(20),本稿では,テー
マとの関連から,教師・支援者に焦点を当てたかたちで考察を進めていくこと
を断っておきたい.(注2)
「向き合う」ことは互いが互いの心を想像し合うことができるようになるこ
― 122 ―
障害のある子どもの教育・発達支援に携わる人々に求められる「向き合う姿勢」についての一考察(Ⅱ)
とである.そして,
「向き合う」ことは「
『出会い』が生まれ」ることであり,
教育・発達支援ということにおいて,教師・支援者と子どもとの間に「共同の
取り組みが開始されていく」強固な基盤をなすものとして,きわめて大きな意
味をもつものであると考えられる.(21)
3.
「まみえる」ということ(関係)
― 臨床の営みとして教育・発達支援をすすめていくために ―
上述のように,教育・発達支援は教師・支援者が子どもに一方的に働きかけ
を行うことで成り立つものでなく,子どもとの「共同の取り組み」の上に成り
立つものであるとすれば,教師・支援者と子どもとが心と心とで「向き合う」
ことなくしては展開し得ない.このようなかたちで教師・支援者が子どもと
「向
き合う」関係こそ,「臨床」という営み(関係)そのものであると言うことが
できる.(22)こうした営み(関係)として教育・発達支援をすすめていくために
は,何が「臨床」という関係を成り立たせているのかということについて折々
振り返っておくことは十分に意義のあることであろうし,必要なことでもある
と思われる.改めてこの点についての振り返りと考察をしておきたい.
最初に結論めいたことを述べるようであるが,筆者の考えは以下のようで
ある.
教育・発達支援に携わる人々は「まみえる」という姿勢で子どもに接してい
かなければ,子どもと「向き合う」ことはできない.(23) なぜなら,子どもは自
分にかかわろうとする人々が人として自分を尊重し心配りをしてくれている
― これが「まみえる」
(「おめにかかる」
)ということの意味であるが(24) ― と
感じられなければ「家」の扉を開けてくれない.すなわち,前者は後者に「ま
みえる」ことができない.子どもが「家」の扉を開けてくれなければ,教師・
支援者と子どもとの間につながりは生まれない.つながりのないところに協働
活動は創造されない.つまり,教育・発達支援は土台を失ってしまう.(25)
「 1 .問題および目的」のところで紹介した一人の教師の言葉の中には,人
と人との間に関係(つながり)が形成されるようになるためにはどのようなこ
とが必要とされるか ― 「臨床」的関係の原点とも言うべきもの ― ということ
― 123 ―
皇學館大学教育学部研究報告集
第8号
について,私たちに根本的な問いを投げかけてくれるものが数多く含まれてい
ると思われる.ここではさらに,この教師の言葉を手がかりとしながら,教師・
支援者と子どもとの関係づくりの根本要因を,子どもの側から考えてみたい.
(子どもの側から考えることは,
「まみえ」(
「おめにかか」ら)させてもらう立
場にある教師・支援者の「向き合う姿勢」を考えていく上で多くの示唆を与え
てくれることになると筆者は考えている.)
この教師の言葉をここで改めて紹介し,この言葉と対比させながら論述をす
すめていくことにする.(引用にあたっては,ご本人の許諾を得ていることを
記し,重ねて深謝の意を表したい.)
「どんなに対人関係が苦手であったり,言語による表現能力が乏しかった
りする子どもであっても,自分のことを相手の人が真剣に,大切に思って
くれているかどうかは心の奥深くできちんと感じ分けていると思います.
自分のことを真剣に,大切に思って接してくれていると感じる人に対して
は,時間はかかっても,いつかは自分の方から近づいてきて,接触を求め
てきてくれるようになると思います.」
「対人関係が苦手であったり,言語による表現能力が乏しかったりする子ど
も」というのは,直接的にはこの教師がかかわっていた「重症心身障害」
,「自
閉症」,「知的障害」等のある子どもたちのことである.しかし,こうした状態
にある子どもというのは,この教師がかかわっていた子どもたちに限ったこと
ではなく,実は,すべての人の誕生直後の共通した姿でもあると言えよう.そ
して,人は誰もがこのような時期を経て,やがては「対人関係」と「言語によ
る表現」の基盤となるものも身に付けながら,周囲の人々とそれぞれのかたち
でかかわりを深めていくのであろう.このように考えると,すべての人が誕生
後間もない頃に,こうした状況の中でいかにして「対人関係」や「言語による
表現」の基盤となるものを身に付けていくのか,その様子をていねいに振り
返ってみることで,子ども(この教師が言及している「重症心身障害」等のあ
る子どもたちを含むすべての子ども)が周囲の人々にどのような姿勢で自分に
― 124 ―
障害のある子どもの教育・発達支援に携わる人々に求められる「向き合う姿勢」についての一考察(Ⅱ)
接することを求めているのかを仔細に感知することができるのではないかと考
えられる.筆者自身も自身の子育ての経験や身近なところでかかわってきた乳
児たちの姿からこの点について多くを学ばせてもらい,また,
気づかせてもらっ
た.「重症心身障害」や「自閉症」
,「知的障害」などがあって「対人関係が苦
手であったり,言語による表現能力が乏しかったりする子ども」と周囲の大人
たち(教師・支援者)が向き合っていくとき,どのような姿勢がその大人たち
(教師,支援者)には求められるのか.誕生後間もない子どもたちの発達過程
からこの点について多くのことが示唆されるものと思われる.
ダニフ・マウラ&チャールズ・マウラ(1992)(26)の所説は大きなヒントを与
えてくれていると思われる.彼らは「赤ちゃん」(「対人関係が苦手」
,「言語に
よる表現能力が乏しい」と言えば,そういうことになるであろうか)について
述べているが,
「赤ちゃん」の人間関係 ―「対人関係」も「言語による表現」
もこの中の重要な側面と考えられる ― の形成過程は人と人との関係づくりの
原初的な部分に深くかかわっているわけであるから,どの年齢段階のどのよう
な子どものことを考えていくにも「基本形」を表していると思われる.その意
味で,
「赤ちゃん」の周囲の人々とのかかわりの姿はすべての子どもの周囲の
人々とのかかわりの形成について考えていくうえで非常に重要な点を示唆して
くれると筆者は考えている.(前段で記したように筆者の体験からも強く感じ
ている.)
教師・支援者と子どもの関係形成の根本要因−それは要するに,教師・支援
者は「子どもの世界」を子どもの視点で(子どもの目線に立って)あくまでも
共感的に理解する(つまり,これが「子どもから教えてもらう」ということで
あろうが)という姿勢に立つことではないかと思われる.(27)(28)(29)言葉を換えれ
ば,教師・支援者は子どもの心をどのように「聴く」か,つまり,「聴く力」
をいかに豊かに育んでいくかということであろうと考えられる.(30)(「聴く力」
とここで述べたが,これは耳で「聴く」ということに限られたわけではなく,
(五感に加えて)心によって感じ取るということを念頭に置いておきたい.詳
細については後のところで述べる.)
話をもとに戻そう.ダニフ・マウラ&チャールズ・マウラ(1992)は次のよ
― 125 ―
皇學館大学教育学部研究報告集
第8号
うに述べている.
「まず赤ちゃんの要求と望みを考えて,それに応えてあげることだ.
(中
略)赤ちゃんがむずかっているのが多少でもわかれば,
(周囲の大人たち
は ― 引用者注)聰明な選択ができる.」(31)
上記引用文中の「赤ちゃん」を「子ども」,「周囲の大人たち」を「教師・支
援者」と置き換えれば,このダニフら(1992)の言葉は教師・支援者に求めら
れる子どもと「向き合う姿勢」を端的に言い表していると考えられる.このよ
うな姿勢,すなわち,あくまでも子どもの視点に立って教師・支援者が子ども
の心を感じ取らせてもらおう(教えてもらおう)とする姿勢で子どもに接すれ
ば,前記の教師の言葉にあるように,子どもは「自分のことを相手の人(目の
前にいる教師・支援者 ― 栗原注)が真剣に,大切に思ってくれている」こと
を「心の奥深くできちんと感じ分けて」
,安心して「家」の扉を開け,教師・
支援者を自分の「家」に招き入れてくれるようになるということであろう.み
ずからが「自閉症」とともに生きているドナ・ウィリアムズ(1996)が語って
いるように,
「わたしの中にある要求を見つけ,認め,それに歩み寄り,それ
をかなえてくれる人」,「あなたといると,安心で」「あなたは,わたしが『属
している』と感じることのできる人」,(「『特別な絆(スペシャルシップ)』を
感じる人)(32),と子どもが受けとめることのできる教師・支援者であってこそ,
子どもはそうした人に「自分の方から近づいてきて,接触を求めてきてくれる
ようになる」のであろう.もちろん,「時間はかか」るであろうが.教師・支
援者が子どもと向き合う際,子どもに「まみえる」という姿勢の意味と重要性
とがここで大きく浮上してくる.
4.
「向き合う姿勢」の根本は「まみえる姿勢」
なるほど,「まみえる」という言葉は,「目(ま)見える」と表記され,文語
形では「まみ・ゆ」で(33),「見られるがその原義」であると辞書には記されて
いる.(34)とすれば,ある人(Aさんとする)がある人(Bさんとする)に「ま
― 126 ―
障害のある子どもの教育・発達支援に携わる人々に求められる「向き合う姿勢」についての一考察(Ⅱ)
みえる」ということは,AさんがBさんに何らかの理由で「見られる」という
ことである.「見られる」だけの何かがAさんの方に存在するからBさんはA
さんの方を見る.言い方を換えれば,Bさんに「見られる」だけの何かがAさ
んの方に存在しないことにはBさんはAさんの方を見てくれないということに
なる.(注3)例えば,「人として相手を尊重し心配りをするといった精神」は人と
人との関係においてはきわめて大切なことである.これがAさんの中に存在す
ることをBさんが「いわば直感的に見て取」ったとき,BさんはAさんの方に
心を向ける(BさんはAさんを見る)ということが起こるのであろう.(注4)この
時,AさんはBさんに「まみえる」
(「おめにかかる」
「お会いする」
)(35)ことが
できたというわけなのであろう.
以上のことを教育・発達支援ということに焦点を当てて考えれば,子ども(上
の例でいえばBさん)の目に教師・支援者(上に例でいえばAさん)がどのよ
うに映るかによって,教育・発達支援ということが成り立つかどうか,そして
また,それがどのように進展していくかは大きく左右されるということが示唆
されている.
教育・発達支援は教師・支援者と子どもとが一体となって取り組まれていく
ものである.(36)そのためには,教師・支援者がみずからの心を開いて子どもと
向き合うことは当然のことであろう.(37)しかし,教育・発達支援は同時に,一
方においては子どもが教師・支援者に対し心を開くということが大前提として
あってのことである.(38)(39)この,子どもが教師・支援者に心を開くということ
こそ,子どもが教師・支援者の方に自分の目を向けるということ ― というこ
とは,教師・支援者が子どもに「見られる」ということ ― であり,上述の文
脈で言えば,教師・支援者は子どもに「まみえる」ことができたということを
意味すると考えられる.
例えば,心理療法において,心理的接触が困難なクライエントに対するセラ
ピストの応対の仕方として,「セラピストの働きかけは〈中略〉相手にとって
侵襲的にならないこと」であることが大切であると言われている.(40)「侵襲的」
の「侵」は,
「しだいにはいりこむ」,「襲」は「おそう」の意味があり,「他人
の詩文などを自分のものにする」などのニュアンスを有しているという.(41)相
― 127 ―
皇學館大学教育学部研究報告集
第8号
手の人の心にじわじわと入り込んでその人の心を「自分のものにする」 ― 相
手の人から見れば,自分の心に一方的に入り込まれ,心が不安になる状態 ―
ということになろう.(42)「まみえる」姿勢とははるかに遠い向き合い方である.
上記の「クライエント」を「子ども」,「セラピスト」を「教師・支援者」と
置き換えて考えてみると,「対人関係が苦手であったり,言語による表現能力
乏しかったりする子ども」に対する場合はもちろんであるが,どの子どもに対
する場合でも,子どもに「まみえる」ことを許されるためには教師・支援者は
忘れてはならない姿勢であろう.
「まみえる」ことは「教えてもらうこと」でもある.教師・支援者が「まみ
える」姿勢をもって子どもと向き合うことができたとき,子どもは心を開いて
内にある自身の様々な思いや能力,個性等々を教師・支援者に示してくれるよ
うになるのではなかろうか.
(教師・支援者が「教えてもらう」というのはこ
のようなことであろう.(43))そして,子どものこうした思い等々をきちんと受
け止めることができるためには,教師・支援者がしっかりとこれを聴き取る力
(「聴く力」)を持っていることが求められるであろう.
5.
「聴く」ということ,「聴く力」ということ
筆者はかつて拙著の中で次のように記した.
子どもたちは自分たちにかかわる大人の「こころの内側はすべてお見通
しずみなのだという畏れの気持ちをもって,子どもと向き合っていくこと
が求められている」.(44)
こうした姿勢で周囲の人たちが子どもたち一人ひとりに接することで子ども
たちと「こころがつながる,コミュニケーションが始まる」のであろう.(45) ―
つまり,これが教師・支援者が子どもに「まみえる」ということに他ならない.
そして併せて,周囲の大人たち(教育・発達支援に携わる人々はなおのこと)
は子どもの心の奥深くにあるものをきちんと受けとめられる感性の豊かさをも
持ち合わせていることが求められるのであろう.しっかり「聴く」ことができ
― 128 ―
障害のある子どもの教育・発達支援に携わる人々に求められる「向き合う姿勢」についての一考察(Ⅱ)
るということ,「聴く力」の豊かさということである.
「聴く」そしてまた「聴く力」の豊かさということは,感度のよい「耳」を
持ち合わせていることと深く関係していると思われる.その「耳」とは,人と
しての生き方や人としての思い等々に共振しうる「耳」である.(46)(47)
ところで,「耳」と言えば,人間には二つの「耳」があると考えられている.
一つは「現実の耳」,もう一つは「現実の耳を超越した(中略)耳」― すなわち,
「心耳」と呼ばれるもの ― である.(48)「心耳」とは,
「心を耳にして聴く」(49)こ
とであるとか「物事をよく聞き分ける心の働き」(50)であるとか言われる「耳」
のことである.
「『心』全体」あるいは「心の内」(51)を「みずからの心の奥深く
で感じ取る」(52)ことであると考えてよいと思われる.
このように考えると,こうした二つの耳がどのように働くかで人と人とのコ
ミュニケーション(関係)のあり方は大きく違ってくると思われる.
「現実の耳」
はもちろんのことであるが,「心耳」がより豊かに機能することで,自分が今
向き合っているその人の心の奥にあるものにより一層近づくことができるであ
ろうし,そうすれば,相手の人に「まみえる」ことのできる可能性もより一層
高まってくるのではないかと思われる.そのためにも「心耳」を豊かに働かせ
た,人との向き合い方が大切になってくるであろう.相手の人の「側に立って」
「みずからの身を屈めて」接することによって「心耳」はより一層その働きを
増すであろうし,そうした中でこそ,相手の人は」
「心の奥深く」にあるもの
を「感じ取」らせてくれるようになるのではなかろうか.(53)(注 5)(注 6)
教師として「重い障害」のある子どもたちと長年向き合ってきた経験から,
安藤ら(1982)は次のように述べている.すなわち,
「重い障害を持っ」ていて,
一見,「反応がない」と思われる子どもであっても,人間としての思いを持っ
ていることには何ら変わりがない.だから,教師は子どもの「思いを見抜く」
ことが重要であると.(54)こうした指摘は教育・発達支援の基盤についてとこれ
に携わる人々の「心耳」の大切さとを改めて気づかせてくれる言葉である.
― 129 ―
皇學館大学教育学部研究報告集
第8号
6.おわりに
本稿は前回の報告(55)において述べ切れなかったことを補足しながら,さら
にもう一歩踏み込んで,障害のある子どもの教育・発達支援に携わる人々の「向
き合う姿勢」について検討を進めたものである.
障害のある子どもの教育・発達支援に携わる人々は,子どもたち一人ひとり
のニーズ(障害のあることから生じるニーズにとどまらず,人間として豊かに
生きていくためのニーズも合わせて)を的確に把握し,それらに適切に応えて
いくことを求められている.(56)(57)(58)そして,そのためには,教育・発達支援に
携わる人々の子どもと「向き合う姿勢」が大切であることが改めて浮き彫りに
された.
本稿では障害のある子どもの教育・発達支援に携わる人々の子どもと「向き
合う姿勢」について,「まみえる」ということ,「聴く」あるいは「聴く力」と
いうことを主な手がかりとしながらさらに考察を進めてきた.気づかされたこ
と,示唆されたこと等は本文中に記したとおりである.今後はさらに障害のあ
る子どもの教育・発達支援の本質にも目を向けながら,この「向き合う姿勢」
についてなお一層の掘り下げをはかっていくことが求められていると考えて
いる.
一人の教師の語ってくれた言葉が本稿の中で随所に示されている.それほど
に,この教師の語ってくれた言葉は本稿のテーマについての考察を進めていく
上で,本質的な問いかけと考えるヒントの数々を提起・提供してくれていると
筆者は考えているからである.そしてまた,この教師の言葉の中には,障害の
ある子どもの教育・発達支援の根本について考えていくさいの大切なテーマが
なお数多く隠されていると思われる.これらについても今後さらに検討を続
け,障害のある子どもたちの成長発達そしてまた,すべての子どもたちの成長
発達にとって,より一層望まれる教育・発達支援のあり方について探っていき
たいと考えている.
― 130 ―
障害のある子どもの教育・発達支援に携わる人々に求められる「向き合う姿勢」についての一考察(Ⅱ)
文
献
( 1 )林竹二『問いつづけて ― 教育とは何だろうか ― 』径書房,1981,p.25,
27,135
( 2 )中内敏夫『教育学第一歩』岩波書店,1990,pp.4-5
( 3 )栗原輝雄『特別支援教育臨床をどうすすめていくか ― 学校臨床心理学
の新たな課題 ― 』ナカニシヤ出版,2007,pp.12-16
( 4 )系賀一雄『福祉の思想』日本放送出版協会,1968,pp.173-179
( 5 )津守真『子どもの世界をどう見るか ― 行為とその意味 ― 』日本放送出
版協会,1987,pp.113-115
( 6 )上田敏『ICF(国際生活機能分類)の理解と活用 ― 人が「生きること」
「生きることの困難(障害)」をどうとらえるか ― 』きょうされん,2005,
pp.15-28
(7)
( 1 )に同じ.p.156
( 8 )中村雄二郎『臨床の知とは何か』岩波書店,1992,p.71,73
( 9 )栗原輝雄「
『臨床』という言葉の意味に関する一考察」皇學館大学教育
学部研究報告集,第 6 号,2014,pp.76-77
(10)安藤哲夫・斎藤時子・林竹二「Ⅰ
いのちを問いなおす」
『季刊
いま
人間として』径書房,1982,p.80
(11)栗原輝雄「障害のある子どもの教育・発達支援に携わる人々の『向き合
う姿勢』についての一考察 ― 『臨床』という言葉の意味に関する考察
から示唆されたこと ― 」皇學館大学教育学部研究報告集,第 7 号,2015,
pp.15-33
(12)( 9 )に同じ.
(13)(11)に同じ.
(14)(11)に同じ.
(15)(11)に同じ.
(16)( 9 )に同じ.
(17)日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部(編)
『日本
国語大辞典(第二版)』(第12巻),小学館,2001,p.909
― 131 ―
皇學館大学教育学部研究報告集
第8号
(18)(17)に同じ.p.918
(19)O.F.ボルノウ(森昭・岡田渥美訳) 教育を支えるもの』黎明書房,2006,
p.33,41,44
(20)(19)に同じ.p.41,206
(21)(11)に同じ.p.24
(22)(11)に同じ.p.24−25
(23)( 9 )に同じ.pp.58-64
(24)(17)に同じ.p.507
(25)( 9 )に同じ.pp.58-64
(26)ダニフ・マウラ&チャールズ・マウラ(吉田利子訳)『赤ちゃんには世
界がどう見えるか』草思社,1992,
(27)増井武士『不登校児から見た世界 ― 共に歩む人々のために ―』有斐閣,
2002 pp.32-81
(28)( 5 )に同じ.pp.134-157
(29)栗原輝雄「子どもの『生きる力』と教師の『聴く力』 ― さらに求めら
れる『子どもの目線に立つ』ことと教師の『豊かな応答性』―」鈴鹿国
際大学紀要CAMPANA,No.16,2009,pp.1-14
(30)栗原輝雄「教師の『聴く力』」教育と医学,第63巻第 7 号,2015,pp.26-32
(31)(26)に同じ.p.303
(32)ドナ・ウィリアムズ(河野万里子訳)
『自閉症だったわたしへⅡ』新潮社,
pp.366-367,p.517
(33)新村出(編)『広辞苑(第六版)
』岩波書店,2008,p.2661
(34)中田祝夫(編)『新選古語辞典(「常用」新版第四版)
』小学館,1990,
p.1046
(35)(17)に同じ.p.507
(36)( 3 )に同じ.pp.26-28,p.83-86
(37)(11)に同じ.pp.15-33
(38)林竹二『授業の成立』〈林竹二著作集7〉筑摩書房,1983,p.344
(39)吉田章宏『授業を研究するまえに』明治図書,1977,p.207
― 132 ―
障害のある子どもの教育・発達支援に携わる人々に求められる「向き合う姿勢」についての一考察(Ⅱ)
(40)岡昌之「クライエント中心療法と統合失調症」村瀬孝雄・村瀬嘉代子
(編)『ロジャーズ ― クライエント中心療法の現在』日本評論社,2004,
p.153
(41)影山誠一・新垣淑明監修『新漢和辞典』緑樹出版,1993,p.53,p.727
(42)(40)に同じ.p.152
(43)上田薫『教育哲学』誠文堂新光社,1964,p.119
(44)( 3 )に同じ.p.81
(45)( 3 )に同じ.p.69
(46)( 3 )に同じ.p.73
(47)栗原輝雄「子どもの育ちの基盤 ― いま,親に求められているもの ― 」
吉田宏岳監修・萩吉康編著『家族と子どもの育ち』(保育と人間6)福村
出版,1997,pp.144-145
(48)花田春兆『心耳の譜』こずえ,1978,p.110
(49)大野晋・浜西正人『類語国語辞典』角川書店,1981,p.518
(50)(41)に同じ.p.291
(51)(27)に同じ.p.107
(52)栗原輝雄「子どもの『生きる力』をはぐくむ教師の『聴く力』 ― 発達
支援・教育(保育)における意義 ―」鈴鹿国際大学紀要 CAMPANA,
no.17,2011,p.21
(53)栗原輝雄「幼児児童生徒とのコミュニケーションおよび教育〈保育〉発
達支援の基盤としての教師の『聴く力』
について ― 教師を対象とした『聴
く力』についての調査から ―」三重大学教育学部研究紀要,第59巻〈教
育科学〉,2008,p.227
(54)
(10)に同じ.p.45,53
(55)
(11)に同じ.
(56)
( 3 )に同じ.pp.79-91
(57)宮下俊彦『障害幼児の保育』全国社会福祉協議会,1975,p.5
(58)Pearl S.Buck The Child Who Never Grew Woodbine House, 1992,
pp.62-63
― 133 ―
皇學館大学教育学部研究報告集
第8号
注
(注 1 )例えば,林竹二氏は「どの子どもでもその深いところにしまいこんで
もっているもの」(p.105)を「さがしもとめて掘りおこす」(p.100).
こうした教師の姿勢があってこそ,「教師と子どもとの間」の「ふかい
心の交流」(p.101)が生まれ,その「技法」
「技術」
(p.101)は真に意
味を持ってくるという主旨のことを述べている.
(林竹二「『わかくさ学
級』のこと ― はじめて心身に重い障害をもつ子の教育のことを知っ
て ―」『季刊
いま,人間として ― 序巻
いのちを問いなおす ― 』径
書房,1982,pp.92-107)また,
「重症心身障害児」の教育についての
林竹二氏との座談会の中で,齋藤時子氏と安藤哲夫氏はそれぞれ,教師
の子どもと「向き合う姿勢」として,子どもを「思いやる気持」
「人間
としてみる気持」
(齋藤時子氏)
,子どもに対する「人間性」
(安藤哲夫氏)
をあげている.(文献10,pp.79-80)筆者はこのような見解に深く耳を
傾けつつ,筆者なりの視点に立って考察を進めていきたい.(「臨床」と
いう言葉についての検討や,「まみえる」ということ,「聴く」というこ
とについての吟味を通して.)
(注 2 )ボルノウ(2006)も,教師と子どもとの関係を「完全に分離すること
は困難であるが」としつつも,「叙述の便宜上」教師の側からと子ども
の側からの双方から検討している.(O.F.ボルノウ著/森 昭・岡田渥
美訳『教育を支えるもの』黎明書房,2006,p.41)
(注 3 )詩人の吉野弘氏は,「ふだん何気なく使っている文字や言葉」が「な
にかの折に新しく見直」されることによって「それまでの考え方がずれ
ることがあります」と述べ,
「漢字の字形」や「外国語の綴り」から「暗
示を受け」たり「物を新しく見るきっかけ」を与えられたりした例を著
書の中で記している.(吉野弘『詩の楽しみ ― 作詩教室 ― 』
(岩波ジュ
ニア新書52)岩波書店,1982,pp.170-189)この吉野氏の所論に筆者
は大変共感を覚えている.筆者自身も同様の体験を数多く持っているか
らである.また,「文字の形や綴り」はもちろんであるが,その言葉の
語源(ルーツ)あるいは「言葉の意味のふえ方」をたどってみることの
― 134 ―
障害のある子どもの教育・発達支援に携わる人々に求められる「向き合う姿勢」についての一考察(Ⅱ)
大切さ(吉野弘『同上書』pp.31-40)は筆者自身も常々感じさせられ
ており,多くの気づきを与えられている.本文中にも記したように,
「向
き合う」,「まみえる」等についてはこうしたことを通して多くの示唆と
気づきとを与えられたところである.
(注 4 )「まみえる」という言葉(関係)は「向き合う」ということについて
考えるさい,
もっとも重要なキーワードになると筆者は考えている.「ま
みえる」ということについては,すでに発表した論文(栗原輝雄「『臨床』
という言葉の意味に関する一考察」皇學館大学教育学部研究報告集第 6
号,2014,pp.51-77)の中で詳述した.参照していただければ幸いで
ある.ここでの引用部分はそのp.61からのものである.
(注 5 )増井(1997)は「フォーカッシングの臨床的適応」という題の論文(こ
ころの科学74, 1997, pp.49・53)の中で,クライエントは「治療者の『耳』
」
によって「自分のこころを聞こうとする」と述べ,
「治療者の『耳』」の
重要性を指摘している.このことは教育・発達支援について考えていく
上でも大切なことを示唆してくれていると思われる.すなわち,教育・
発達支援において教師・支援者が子ども自身の「心の奥深く」にあるも
のを「感じ取らせてもらう」ためには,教師・支援者の「耳」が大切で
あり,この「耳」がその働きを増すことによって,子どもは自身の「心
の奥深く」にあるものをよりはっきりと知ることができるようになり,
結果的に,子どもはそれを教師・支援者によりいっそう伝えやすくなる
ということであろう.
(注 6 )教師・支援者の子どもに対する向き合い方(態度)の重要性について
は,教育臨床の観点から近藤(1997)(近藤邦夫「クライエント中心療
法と教育臨床」,こころの科学74,1997,pp.64-68)も指摘していると
ころである.
― 135 ―
ゲーム・リテラシー教育に関する
基礎的研究
小
孫
康
平
1.はじめに
最近,北海道教育委員会(北海道子どもの生活習慣づくり実行委員会)は毎
月第 1,第 3 日曜日を「ノーゲームデー」とし,大人も子どもも,ゲーム(コ
ンピュータゲーム,携帯式のゲーム,携帯電話やスマートフォンを使ったゲー
ムを含む)をしない日を設定し,実践を呼びかけている[1].
このように,ビデオゲームに対する不安は,保護者や教師を中心に依然とし
て根強いものがある.これは,ビデオゲームの使用が発達や健康に悪影響を及
ぼす可能性について懸念がもたれていると考えられる.また,教育におけるビ
デオゲームの利活用に関する研究が,世界的に見ても非常に少ないことも不安
を与える一因であると考えられる.
今後は,ただ単に「ビデオゲームをするな」ではなく,ビデオゲームの特性
を知り,上手に付き合う方法を指導していく「リテラシー教育」が必要である
と考えられる.
馬場(2008)[2]は,メディア・リテラシーの中でも,メディアとしてのゲー
ムの特質を知り尽くしてゲームと上手に付き合っていく力を,特にゲーム・リ
テラシーと呼んでいる.また馬場(2006)[3]は,ゲーム・リテラシーとはメディ
ア・リテラシーを基礎としつつも,他のメディアよりもインタラクティブなメ
ディアであるゲームに対する付き合い方であると述べている.さらに,馬場・
遠藤(2013)[4]は,ゲーム・リテラシーとはゲームの本質を批判的に理解して,
ゲームを使いこなし,ゲームを開発する基本的能力であり,ゲームを制作する
人やゲームをする人はもちろん,ゲームをしない人も含めて全ての人に必要で
― 137 ―
皇學館大学教育学部研究報告集
第8号
あると指摘している.
Zagal(2010)[5] は,ゲーム・リテラシーには「ゲームをプレイする能力」
,
「ゲームに関する意味を理解する能力」,
「ゲームを作る能力」があると定義し
ている.
ゲーム・リテラシーを身につけるためには,ゲームプレイヤーの心理的側面
も 知 ら な け れ ば な ら な い.ゲ ー ム の 心 理 面 に 関 す る 研 究 に 関 し て,井 口
(2013)[6] は,人々がどういった目的を持ってビデオゲームを利用するのか,
どのような満足を得ているのかに関する研究は少ないのが現状であると指摘し
ている.
このような状況においてビデオゲームを行うプレイヤーの心理特性を研究す
ることは非常に重要であり,社会的貢献も大きいと考える.例えば小孫(2010,
2011,2012,2014)[7][8][9][10]は,ゲームプレイヤーの心理状態とボタン操作行動
を中心に研究を行っている.しかしながら,現状ではビデオゲームに関する心
理学的研究,特にゲーム・リテラシーの研究が十分になされているとは言い
難い.
特に問題視されているゲーム依存に関しては,ゲーム・リテラシーを身につ
けることによって防ぐことができる可能性があると考えられる[11].
この点に関して,戸部・竹内・堀田(2010)[12]は,ビデオゲームの使用と心
理・社会的問題性を検討する際には,使用時間以上にゲームの依存傾向に着目
する必要があると述べている.
したがって,ビデオゲームに対するイメージやビデゲームのプレイで生じた
感情とゲームへの依存との関係が明らかになれば,ゲーム・リテラシー教育の
教材開発を行う上で,有力な材料になると考えられる.
2.目
的
本研究では,ビデオゲームに対するイメージおよびビデゲームのプレイで生
じた感情とビデオゲームの依存傾向との関係を明らかにすることを目的とする.
― 138 ―
ゲーム・リテラシー教育に関する基礎的研究
3.方
法
3.1.調査対象者
本研究の調査対象者は,625名の大学生であった.回答に不備がなかった550
名(男性312名,女性238名,平均年齢19.5歳,SD=1.21)を分析対象とした.
なお,調査の趣旨と内容については,口頭で説明を行った.
3.2.質問項目と回答形式
(1) ビデオゲームの利用回数
1 週間あたりのビデオゲームの利用回数(
「ほとんど毎日」,
「週に 3 ∼ 4 回」
,
「週に 1 ∼ 2 回」
,「ほとんどしない」)を問うた.
(2) ビデオゲームのプレイ時間
1 週間あたりのビデオゲームのプレイ時間を問うた.
(3)ビデオゲームが子どもに及ぼす影響
ビデオゲームが子どものどの点に影響を及ぼすか,について問うた.「勉強
時間や学力低下」,
「運動能力や興味の低下」,
「コミュニケーションの低下」
,
「素
行の乱れ(言葉遣い,嘘をつくなど)」
,
「生活習慣の乱れ(時間管理など)
」,
「視
力低下」,「その他」の 7 つの選択肢の中から 1 つ選ぶという方法を採った.
(4)ビデオゲーム依存傾向
ビデオゲーム依存傾向では,戸部・竹内・堀田[12]が作成した11項目(「テレ
ビゲームをする時間が、思っていたよりずっと長くなる」
,「テレビゲームのし
すぎで、睡眠不足になる」など)を使用した.回答形式は,
「よくある」
( 3 点),
「時々ある」
( 2 点),
「あまりない」
( 1 点)
,
「ない」
( 0 点)の 4 件法であった.
(5)ビデオゲームに対するイメージ
ビデオゲームに対するイメージでは,森・湯地(1996)[13]が作成した「欲求
不満の解消になる」など15項目を使用した(表 1 参照)
.回答形式は,「全然思
わない」,「あまり思わない」,「少しそう思う」,「とてもそう思う」の 4 件法で
あった.
― 139 ―
皇學館大学教育学部研究報告集
第8号
(6)ビデオゲームのプレイで生じた感情
ビデオゲームのプレイで生じた感情では,湯川・吉田(2001)[14]を参考に,
「もの悲しい」,
「不安」などの19項目を使用した(表 2 参照)
.回答形式は,
「まっ
たく感じられない」から「非常に強く感じられる」の 6 件法であった.
4.結
果
4.1.ビデオゲームの利用回数
ビデオゲームの利用回数に関しては,「ほとんど毎日」
(232名,42.2%)が
最も多く,次いで「ほとんどしない」
(169名,30.7%)
,
「週に 3 ∼ 4 回」
(82名,
14.9%),「週に 1 ∼ 2 回」
(67名,12.2%)の順になっている.
4.2.ビデオゲームのプレイ時間
図 1 は,プレイ回数別の 1 週間あたりの平均プレイ時間を示したものである.
1 要因の分散分析を行った結果,主効果が有意を示した( (3,546)=63.51,
<.01).LSD 法を用いた多重比較の結果,「ほとんど毎日」が最も長く,次い
で「週に 3 ∼ 4 回」
,
「週に 1 ∼ 2 回」
,
「ほとんどしない」の順になっている.
ほとんど
毎日
図1
週に
3∼4回
週に
1∼2回
ほとんど
しない
プレイ回数別の平均プレイ時間
4.3.ビデオゲームが子どもに及ぼす影響
ビデオゲームが子どもに及ぼす影響に関しては,
「視力低下」
(169名,30.7%)
が最も多く,次いで「生活習慣の乱れ(時間管理など)
」
(137名,24.9%),
「勉
強時間や学力低下」(111名,20.2%),「コミュニケーションの低下」(67名,
12.2%),「運動能力や興味の低下」
(48名,7.8%)
,
「素行の乱れ(言葉遣い,
嘘をつくなど)」(15名,2.7%),「その他」
( 8 名,1.5%)の順になっている.
― 140 ―
ゲーム・リテラシー教育に関する基礎的研究
4.4.ビデオゲーム依存傾向得点
図 2 は,プレイ回数別の平均ビデオゲーム依存傾向得点を示したものである.
1 要因の分散分析を行った結果,主効果が有意を示した( (3,546)=15.88,
<.01)
.LSD 法を用いた多重比較の結果,
「ほとんど毎日」の方が「週に
1 ∼ 2 回」
,
「ほとんどしない」よりも高かった( <.05)
.また,
「週に 3 ∼ 4 回」
および「週に 1 ∼ 2 回」の方が,
「ほとんどしない」よりも高かった( <.05)
.
ほとんど
毎日
図2
週に
3∼4回
週に
1∼2回
ほとんど
しない
プレイ回数別の平均ビデオゲーム依存傾向得点
4.5.ビデオゲームに対するイメージ
(1)ビデオゲームに対するイメージの因子分析
ビデオゲームに対するイメージの評定値を基にして,最尤法による因子分析
が行われた.固有値が1.0以上の 3 因子を抽出後,プロマックス回転を行った.
その結果,十分な因子負荷量を示さなかった 1 項目を分析から除外し,再度
因子分析を行った.
回転後の各項目の因子負荷量を表 1 に示す.第Ⅰ因子は「欲求不満の解消に
なる」
(.71),「ストレス発散になる」(.70)などの項目で因子負荷量が高く,
「欲求不満発散因子」と命名した.
第Ⅱ因子は「空想の世界へ導いてくれる」
(.91)
,「ファンタジーの世界を楽
しむことができる」
(.78)などの項目で因子負荷量が高く,
「自己陶酔因子」
と命名した.
第Ⅲ因子は「自分の能力を知ることができる」
(.92),「反射神経を試すこと
ができる」
(.72)などの項目で因子負荷量が高く,
「能力競争因子」と命名した.
― 141 ―
皇學館大学教育学部研究報告集
表1
第8号
ビデオゲームに対するイメージの因子分析
項
目
因子Ⅰ
Ⅱ
Ⅲ
欲求不満の解消になる
.71
−.04
.01
ストレス発散になる
.70
−.02
−.02
友だちとつき合うよりもわずらわしくない
.64
−.01
.00
自分一人の時間を持つことができる
.63
.07
−.03
暇なときに時間の埋め合わせをしてくれる
.50
−.06
−.04
私にとっていい友だ
.48
.06
.21
自分が一人でいることを忘れる
.41
.08
.13
空想の世界へ導いてくれる
.04
.91
−.11
−.11
ファンタジーの世界を楽しむことができる
.06
.78
主人公になった気分になる
−.09
.70
.14
自分が英雄になった気になる
−.07
.43
.29
自分の能力を知ることができる
−.04
−.01
.92
反射神経を試すことができる
.04
−.06
.72
競争心をかきたてられる
.07
.06
.55
(2)プレイ回数群別によるビデオゲームに対するイメージ
図 3 は,各因子におけるプレイ回数群別の平均因子得点を示したものである.
プレイ回数群別条件(4)×因子別条件(3)で,2 要因の分散分析を施した.そ
の結果,プレイ回数群別条件において主効果に有意傾向( (3,546)=2.61,
<.1)が見られた.ほとんど毎日プレイする群の方が,週に 1 ∼ 2 回および
ほとんどプレイしない群よりも有意に因子得点は高かった( <.05).また,
週に 3 ∼ 4 回および週に 1 ∼ 2 回プレイする群の方が,ほとんどプレイしない
群よりも因子得点は高かった( <.05).
プレイ回数群別条件と因子別条件の交互作用( (6,1092)=2.35, <.05)
が有意であった.そこで,要因ごとに単純主効果の検定を行った結果,欲求不
満発散因子ではプレイ回数群別条件の効果が有意( (3,546)=5.62, <.01)
であった.LSD 法を用いた多重比較の結果,ほとんどプレイしない群は,ほ
とんど毎日および週に 3 ∼ 4 回プレイする群より低かった( <.05).
― 142 ―
ゲーム・リテラシー教育に関する基礎的研究
ほとんどプレイしない群では,因子群別条件の効果が有意( (2,1092)=
4.77, <.01)であった.LSD 法を用いた多重比較の結果,欲求不満発散の
方が自己陶酔よりも有意に因子得点は低かった( <.05).
図3
プレイ回数群別の平均因子得点
4.6.ビデオゲームのプレイで生じた感情
(1)ビデオゲームのプレイで生じた感情の因子分析
ビデオゲームプレイ後の感情の評定値を基にして,最尤法による因子分析が
行われた.固有値が1.0以上の 3 因子を抽出後,プロマックス回転を行った.
その結果,十分な因子負荷量を示さなかった 1 項目を分析から除外し,再度因
子分析を行った.回転後の各項目の因子負荷量を表 2 に示す.第Ⅰ因子は「も
の悲しい」
(.80),
「不安な」
(.79)などの項目で因子負荷量が高く,
「不安因子」
と命名した.
第Ⅱ因子は「イライラした」(.92),
「ムシャクシャした」(.76),
「ムカムカ
した」(.72)などの項目で因子負荷量が高く,「不快因子」と命名した.
第Ⅲ因子は「爽快感」(.83),
「すっきりした」(.68),
「愉快な」(.65)など
の項目で因子負荷量が高く,「爽快因子」と命名した.
― 143 ―
皇學館大学教育学部研究報告集
表2
第8号
ビデオゲームのプレイで生じた感情の因子分析
項
目
因子Ⅰ
Ⅱ
Ⅲ
.80
.79
.77
.74
.73
.72
.71
.62
.60
.43
−.10
.09
−.10
−.10
.00
.09
.00
.23
.30
.02
.05
−.08
.09
.02
.08
−.10
−.04
−.03
−.06
.21
イライラした
ムシャクシャした
ムカムカした
怒り
−.13
.12
.15
−.03
.92
.76
.72
.66
.04
−.05
−.05
.14
爽快感
すっきりした
愉快な
ドキドキした
−.06
.00
−.01
.20
.03
.07
−.03
.03
.83
.68
.65
.50
もの悲しい
不安な
重苦しい
無力感
動揺した
嫌悪
虚しさ
沈んだ
憎らしい
恐怖
(2)プレイ回数群別によるビデオゲームのプレイで生じた感情
図 4 は,各因子におけるビデオゲームのプレイで生じた感情の平均因子得点
を示したものである.
図4
プレイ回数群別の平均因子得点
― 144 ―
ゲーム・リテラシー教育に関する基礎的研究
プレイ回数群別条件(4)×因子別条件(3)で,2 要因の分散分析を施した.そ
の結果,プレイ回数群別条件において主効果( (3,546)=3.49, <.05)が
見られた.ほとんどプレイしない群の方が他の群よりも有意に因子得点は低
かった( <.05).
プレイ回数群別条件と因子別条件の交互作用( (6,1092)=4.22, <.01)
が有意であった.そこで,要因ごとに単純主効果の検定を行った結果,爽快因
子ではプレイ回数群別条件の効果が有意( (3,546)=11.55, <.01)であっ
た.LSD 法を用いた多重比較の結果,ほとんどしない群は他の群より低かっ
た( <.05).
ほとんど毎日プレイする群では因子群別条件の効果が有意傾向( (2,1092)
=2.63, <.1)であった.LSD 法を用いた多重比較の結果,爽快の方が不安
および不快よりも有意に因子得点は高かった( <.05).
ほとんどプレイをしない群では因子群別条件の効果が有意( (2,1092)=
8.51, <.01)であった.LSD 法を用いた多重比較の結果,爽快の方が不安
および不快よりも有意に因子得点は低かった( <.05).
4.7.ビデオゲーム依存傾向とイメージ因子および感情因子との相関関係
ビデオゲーム依存傾向得点とビデオゲームに対するイメージ 3 因子(欲求不
満発散,自己陶酔,能力競争)の因子得点およびビデオゲームのプレイで生じ
た感情 3 因子(不安,不快,爽快)の因子得点との関連を見るため,相関係数
を算出した(表 3 ).
表3
ビデオゲーム依存傾向とイメージ因子および感情因子との相関関係
依存傾向
欲求不
満発散
自己
陶酔
能力
競争
不安
不快
爽快
.61**
.35**
.45**
.38**
.36**
.48**
** <.01
ビデオゲーム依存傾向得点とイメージ因子および感情因子との間に有意な正
の相関が見られた
特に,ビデオゲーム依存傾向得点とビデオゲームに対するイメージ因子であ
― 145 ―
皇學館大学教育学部研究報告集
第8号
る欲求不満発散との間の相関係数は最も高かった.次に,ビデオゲームのプレ
イで生じた感情因子である爽快との間の相関係数が高かった.
4.8.ビデオゲームに対するイメージ因子およびゲームプレイで生じた感情因
子からビデオゲーム依存傾向の予測
ビデオゲームに対するイメージおよびゲームプレイ生じた感情がゲーム依存
傾向に及ぼす影響について検討するために重回帰分析(強制投入法)を行った.
ゲーム依存傾向得点を従属変数,ビデオゲームに対するイメージ因子である欲
求不満発散,自己陶酔,能力競争の因子得点およびゲームプレイ生じた感情因
子である不安因子,不快因子,爽快因子の因子得点をそれぞれ独立変数とした.
その結果,重決定係数は.41( <.01)であった.それぞれの独立変数から
従属変数への標準偏回帰係数は,表 4 に示す通りである.なかでも,欲求不満
発散は,ビデオゲーム依存傾向の重要な要因となっている.
表4
重回帰分析の結果
独立変数
標準偏回帰係数
.50**
欲求不満発散
自己陶酔
−.07†
能力競争
.03
不安
.10†
不快
.08
.12**
爽快
†
5.考
**
<.1,
<.01
察
5.1.ビデオゲームに対するイメージの因子分析
ビデオゲームに対するイメージの因子分析を行った結果,
「欲求不満発散因
子」,「自己陶酔因子」
,
「能力競争因子」を抽出した(表 1)
.次に,プレイ回
数群別と 3 因子との関連性を検討するために分散分析を実施した結果,欲求不
満発散因子では,ほとんど毎日および週に 3 ∼ 4 回プレイする群は,ほとんど
― 146 ―
ゲーム・リテラシー教育に関する基礎的研究
しない群より高かった(図 3 )
.つまり,欲求不満の発散ができるために,ほ
ぼ毎日プレイすると考えられる.
5.2.ビデオゲームのプレイで生じた感情の因子分析
ビデオゲ−ムプレイで生じた感情に関する因子分析を行った結果,
「不安因
子」,「不快因子」,「爽快因子」を抽出した(表 2 ).次に,ほとんどプレイし
ない群の平均は,爽快因子において他の群より因子得点は有意に低かった(図
4 ).このようにテレビゲームのプレイで生じた感情,特に爽快因子はプレイ
回数別による評価視点の相違があることが明らかになった.
5.3.ビデオゲーム依存傾向とイメージ因子および感情因子との相関関係
ビデオゲーム依存傾向得点とビデオゲームに対するイメージ因子である欲求
不満発散との間に中程度の相関が見られた(表 3 )
.つまり,ビデオゲームは
欲求不満発散が出来るメディアあるとイメージしている人ほど,ビデオゲーム
の依存傾向得点が高くなる傾向が見られた.
また,ビデオゲーム依存傾向得点とビデオゲームのプレイで生じた感情因子
である「爽快」との間に中程度の相関が認められた.ビデオゲームのプレイで
「爽快」の感情が生じたと思っている人ほど,ビデオゲームの依存傾向得点が
高くなる傾向が見られた.
5.4.ビデオゲームに対するイメージ因子およびゲームプレイで生じた感情因
子からビデオゲーム依存傾向の予測
重回帰分析の結果から,欲求不満発散因子は,ビデオゲーム依存傾向の重要
な要因となっていることが明らかになった(表 4 )
.
次に,ビデオゲーム依存傾向は,プレイ時間と関連があると考えられるので,
相関係数を求めてみると, =.24( <.01)となり弱い相関であった.ビデ
オゲームへの依存傾向はプレイ時間と関連するが,プレイ時間のみで特徴づけ
られるものではないと考えられる.欲求不満の発散,ストレス解消などの心理
的側面を踏まえて検討する必要がある.
― 147 ―
皇學館大学教育学部研究報告集
第8号
新井(2013)[15]は,ソーシャルゲームを長い時間,頻繁に行っているからと
いって依存であるとは限らず,より健全な関わり合いを持っていることも多い
と述べている.例えば,ソーシャルゲームがストレス発散の場として機能して
いる場合は,日常生活において心理的安定の場として活用していると考えられ
るのである.
今後の課題としては,ゲーム・リテラシー教育に関する教材を開発する必要
がある.
なお,本研究は,教育システム情報学会第 6 回研究会にて発表した内容[16]
を加筆・修正したものである.また,JSPS 科研費26350346の助成を受けたも
のである.
文
献
[ 1 ]北海道教育委員会(北海道子どもの生活習慣づくり実行委員会),
「どさ
んこアウトメディアプロジェクト」
,2014
http://www.dokyoi.pref.hokkaido.lg.jp/hk/sgg/messeage.pdf(参照
2015.10.26)
[ 2 ]馬場章,
「ゲームの教育と研究の役割:ゲームの明るい未来のために」,
『テレビゲームのちょっといいおはなし(社団法人コンピュータエンター
テインメント協会)』,5,pp.1-13,2008
[ 3 ]馬場章,
「ゲーム学の国際的動向:ゲームの面白さを求めて」,
『映像情報
メディア』,Vol.60,No.4,pp.491-494,2006
[ 4 ]馬場章・遠藤雅伸,「ゲーム・テクノロジーから教育を変える」,2013
https://www.youtube.com/watch?v = mGvfbo5hHfw(参照 2015.10.26)
[ 5 ]Zagal, J. P.,「Ludoliteracy: Defining, Understanding, and Supporting
Games Education」
,ETC Press, 2010
[ 6 ]井口貴紀,
「現代日本の大学生におけるゲームの利用と満足:ゲームユー
ザー研究の構築に向けて」,『情報通信学会誌』,31(2),pp.67-76,2013
[ 7 ]小孫康平,
「ビデオゲームプレイヤーの操作行動が脈波のカオス解析によ
る心理状態と主観的感情に及ぼす影響」,
『デジタルゲーム学研究』
,Vol.
― 148 ―
ゲーム・リテラシー教育に関する基礎的研究
4,No.2,pp.1-12,2010
[ 8 ]小孫康平,「ビデオゲームプレイヤーの心理状態とコントローラのボタン
操作行動の分析」,『デジタルゲーム学研究』,Vol.5,No.2,pp.1-12,
2011
[ 9 ]小孫康平,『ビデオゲームに関する心理学的研究』,風間書房,東京,
2012
[10]小孫康平.「未習熟者群および習熟者群のビデオゲーム操作活動と時間経
過との関連」,
『デジタルゲーム学研究』,Vol.7,No.1,pp.13-21,2014
[11]財津康輔・樋口重和.
「ゲームリテラシーを測定する尺度の開発」,
『デジ
タルゲーム学研究』
,Vol.6,No.1,pp.13-24,2012
[12]戸部秀之・竹内一夫・堀田美枝子,
「児童生徒のテレビゲーム依存傾向お
よび暴力的なゲーム使用と,メンタルヘルス,心理・社会的問題性との
関連」,『学校保健研究』
,Vol.52,No.4,pp.263-272,2010
[13]森楙・湯地宏樹,
「テレビゲームの心理的充足機能とコンピュータ・リテ
ラ シ ー と の 関 連」,『日 本 教 育 社 会 学 会 大 会 発 表 要 旨 集 録』,48,pp.
228-231,1996
[14]湯川進太郎・吉田富二堆,
「暴力的テレビゲームと攻撃−ゲーム特性およ
び参加性の効果−」
,『筑波大学心理学研究』
,23,pp.115-127,2001
[15]新井範子,「ソーシャルゲームにおけるユーザーの心理特性と課金行動の
関連性について」
,
『上智大学経済論集』
,Vol.58,No.1・2,pp.277-287,
2013
[16]小孫康平,「大学生のゲームリテラシーに関する実態調査」
.『教育システ
ム情報学会研究報告』29(6),pp.131-138,2015
― 149 ―
テキストマイニングを用いた
シリアスゲームの教育利用の分析
小
孫
康
平
1.はじめに
藤本(2007)[1]は,シリアスゲームとは,
「教育をはじめとする社会の諸領域
の問題解決のために利用されるデジタルゲーム」であると定義している.すな
わち,シリアスゲームは通常のゲームと違い教育の意図があり,学校教育,企
業内研修,公共政策,軍事,政治,医療・福祉など諸領域の「問題解決」がゲー
ムのベースになっているという点が特徴である.
一方,学習意欲を高めるためにゲームが持っている要素(興味をもたせる,
人を引きつけるなど)を,ゲーム以外の領域に活用するというゲーミフィケー
ションの研究も行われている[2].
しかし,本論文で検討するシリアスゲームとゲーミフィケーションとの違い
を明確に解説した論文や書籍は少ない.この点に関して,松本(2014)[3] は,
シリアスゲームとゲーミフィケーションとの相違点について検討している.つ
まり,シリアスゲームは現実的な問題の解決手段として「ゲーム」を使うのに
対して,ゲーミフィケーションは「ゲーム」の要素を用いるという点で大きく
異なると述べている.
教育にシリアスゲームを利用する研究や実践は,世界的に見ても徐々に増え
てきている.日本でも携帯型ゲーム機(任天堂 DS など)を教育現場に導入す
るといった実践や教育向けゲームの開発も活発になってきている.例えば,
ゲームを通じて脳を鍛えるソフトや,英語学習ソフトなどが発売されている[4].
従来,学習用のゲームは補助教材的な位置づけで扱われることが多かった.
しかし,近年はゲームから得られるプレイデータを活用した学習評価の仕組み
― 151 ―
皇學館大学教育学部研究報告集
第8号
づくりが重要視されている.今後さらにゲーム学習の知見を生かした新しい教
育方法を確立し,更なる教育改善に貢献していくことが期待されている[5].
シリアスゲームは,リハビリにおいても利用されている.例えば,高齢者が
自発的・積極的に起立−着席運動を行うことを支援するシリアスゲーム「樹立
の森リハビリウム」が開発された.その結果,一人で運動を行った場合と比較
して,シリアスゲームを使用して行った場合に連続起立回数が多くなったと報
告している[6][7].
世 界 最 大 の 人 道 支 援 機 関 で あ る 国 連 世 界 食 糧 計 画(WFP: World Food
Program)の活動に着想を得た「Food Force」というゲームがある.プレーヤー
は,食糧を確保し,様々な緊急事態に対応,物資輸送のノウハウを高めながら
世界中の飢餓地域に食糧を届けるというシリアスゲームである[8].
今枝(2010)[9] は,国際食糧支援の戦略に関して,疑似体験ゲーム「Food
Force」を活用することで,学生の意欲を高め,専門知識を理解させることが
できたと報告している.
また,和田(2014)[10]は,教員養成大学の学生を対象に,フェイスブック上
の「Food Force」を利用した授業計画案を作成させた.その結果,
「Food Force」
のゲームは食糧問題を学習するための動機づけとして考えられていることを明
らかにした.また,メリットとして学習の容易さ,デメリットとして課金など
の課題があると指摘している.
このようにシリアスゲームを通じて,学校や社会で必要とされる能力の向上
を図ることができる可能性がある.しかし,ゲームに対する不安は依然として
根強いものがある[11].
ところで,調査によって得られるデータには,大きく分けて量的データと質
的データの 2 種類がある.質的データとは,アンケートの自由記述など,数値
の形になっていないデータ全般である[12].
アンケートの自由記述などの質的データの分析では,どうしても主観的な解
釈となってしまう可能性がある.そこで,本研究では,客観性の向上を図るた
めに,テキストマイニングの手法を用いることとした.
なお,テキストマイニングとは,テキストを対象としたデータマイニングの
― 152 ―
テキストマイニングを用いたシリアスゲームの教育利用の分析
ことである.文章からなるデータを単語や文節で区切り,単語の出現の頻度な
どを解析することで有用な情報を取り出す分析方法である[13].
今回は,テキスト型データを統計的に分析するために制作されたテキストマ
イニングソフトウェアである「KH Coder」を用いた[14].
尾鼻(2011)[15]は,ビデオゲームの「物語設定」の変遷を明らかにするため
に,ファミリーコンピュータ用ゲームマニュアルを対象にして,テキストマイ
ニングの手法を用いた分析と考察を試みている.しかし,シリアスゲームを学
校に導入することへの賛否の理由(自由記述)を検討した研究はほとんど行わ
れていないのが現状である.
そこで,本研究では,シリアスゲームを小学校および中学校に導入すること
に対する大学生の賛否の理由(自由記述)を分析し,問題点を明らかにするこ
とを目的とする.
2.方
法
2.1.調査対象者
大学生277名を対象に分析を行った.なお,調査の趣旨と内容について口頭
で説明を行った.
2.2.質問項目と回答形式
2.2.1.シリアゲームの導入に対する賛否
シリアスゲームを「小学校の 5 ∼ 6 年生」および「中学生」に導入すること
に対する賛否を問うた.回答形式は,
「賛成」,
「どちらかというと賛成」
「反対」
,
,
「どちらかというと反対」の 4 件法であった.
2.2.2.導入に対する賛否の理由
シリアスゲームを「小学校の 5 ∼ 6 年生」および「中学生」に導入すること
に対する賛否の理由を自由記述で求めた.
― 153 ―
皇學館大学教育学部研究報告集
3.結
第8号
果
3.1.シリアゲームの導入に対する賛否
シリアスゲームを「小学校の 5 ∼ 6 年生」に導入することに「賛成」は64名
(23.1%),
「どちらかというと賛成」は125名(45.1%),
「反対」は19名(6.9%),
「どちらかというと反対」は69名(24.9%)であった.
一方,シリアスゲームを「中学生」に導入することに「賛成」は54名(19.5%),
「どちらかというと賛成」は123名(44.4%),
「反対」は20名(7.2%),「どち
らかというと反対」は80名(28.9%)であった.
今後,「賛成」と「どちらかというと賛成」を賛成する群,「反対」と「どち
らかというと反対」を反対する群として分析する.
3.2.導入に対する賛否の理由
3.2.1.小学校への導入に賛成
表 1 は,小学校への導入に賛成する群において,出現回数の多い単語から順
に出現回数 7 までの単語をリストアップしたものである.
「ゲーム」が101回で一番多く,次いで「勉強」が77回,
「思う」が55回となっ
ている.
表1
抽出語
ゲーム
勉強
思う
楽しい
興味
楽しむ
感覚
学習
子ども
学ぶ
児童
持つ
学べる
小学校への導入に賛成する群の頻出語
出現回数
101
77
55
50
35
32
32
28
25
17
15
15
14
抽出語
意欲
身
小学生
脳
考える
関心
授業
賛成
使う
導入
遊び
良い
― 154 ―
出現回数
13
12
11
11
10
9
9
7
7
7
7
7
テキストマイニングを用いたシリアスゲームの教育利用の分析
図 1 は,小学校へのシリアスゲームの導入に賛成する群の各語の関係を共起
ネットワーク(サブグラフ検出)で示したものである.
なお,共起ネットワーク分析とは,単語と単語の間の関連性を検討し,2 つ
の単語について同じ文章中に同時に出現すると関連が強いと見なす手法であ
る.一方,サブグラフ検出を用いると,共起の程度が強い語を線で結ぶことで
関連性を把握できる.また,共起関係が強いほど太い線で示し,大きい円ほど
出現数が多いことを示している[15].
実線で結ばれた語は,①「ゲーム」,「勉強」,「楽しい」
,「思う」
,「楽しむ」,
「感覚」,
「子ども」の 7 語,②「興味」,
「児童」
,
「関心」
,
「取り組める」の 4 語,
③「小学生」,
「考える」,
「学べる」の 3 語,④「脳」
,
「鍛える」
,
「使う」の 3 語,
⑤「子供」,
「持つ」,
「教育」の 3 語,⑥「身」
,
「知識」
,
「遊び」の 3 語,⑦「良
い」,「好き」の 2 語,⑧「導入」
,「シリアス」の 2 語,⑨「意欲」
,
「学ぶ」の
2 語,⑩「学習」,「意識」の 2 語であった.
図1
小学校への導入に賛成する群の共起ネットワーク
― 155 ―
皇學館大学教育学部研究報告集
第8号
3.2.2.小学校への導入に反対
表 2 は,小学校への導入に反対する群において,出現回数の多い単語から順
に出現回数 7 までの単語をリストアップしたものである.
表2
小学校への導入に反対する群の頻出語
抽出語
出現回数
ゲーム
56
勉強
19
思う
14
書く
14
学習
12
鉛筆
9
可能
8
小学生
8
使う
7
「ゲーム」が56回で一番多く,次いで「勉強」が19回,
「思う」および「書く」
が14回となっている.
図 2 は,小学校へのシリアスゲームの導入に反対する群の各語の関係を共起
ネットワーク(サブグラフ検出)で示したものである.
図2
小学校への導入に反対する群の共起ネットワーク
― 156 ―
テキストマイニングを用いたシリアスゲームの教育利用の分析
実線で結ばれた語は,①「ノート」,
「鉛筆」,
「書く」,
「必要」
,
「習慣」
,
「身」,
「持つ」,
「小学校」の 8 語,②「シリアスゲーム」,
「授業」,
「教育」
,
「遊び」,
「区
別」の 5 語,③「画面」,
「目」,
「悪い」,
「考える」の 4 語,④「小学生」,
「勉強」,
「学習」,「楽しい」の 4 語,⑤「実際」,「思う」の 2 語であった.
3.2.3.中学校への導入に賛成
表 3 は,中学校への導入に賛成する群において,出現回数の多い単語から順
に出現回数 7 までの単語をリストアップしたものである.
「勉強」が69回で一番多く,次いで「ゲーム」が62回,「思う」が60回となっ
ている.
表3
出語
勉強
ゲーム
思う
学習
楽しい
学ぶ
考える
知識
中学生
覚える
授業
集中
生徒
感覚
難しい
意欲
英語
中学校への導入に賛成する群の頻出語
出現回数
69
62
60
34
17
14
14
14
14
13
13
13
13
12
11
10
10
抽出語
良い
導入
シリアス
学べる
楽しむ
興味
子
時間
忙しい
賛成
自分
取り組む
少し
上がる
増える
内容
出現回数
10
9
8
8
8
8
8
8
8
7
7
7
7
7
7
7
図 3 は,中学校へのシリアスゲームの導入に賛成する群の各語の関係を共起
ネットワーク(サブグラフ検出)で示したものである.
実線で結ばれた語は,①「生徒」,
「部活」,
「忙しい」,
「時間」
,
「嫌い」
,
「子」,
「知識」,
「自分」,
「定着」,
「違う」,
「身」,
「使える」,
「シリアスゲーム」
,
「集中」
,
― 157 ―
皇學館大学教育学部研究報告集
第8号
「増える」の 15 語,②「学習」
,
「楽しい」,
「学べる」,
「内容」,
「難しい」
,
「導入」
,
「考える」,
「授業」の 8 語,③「ゲーム」
,
「感覚」,
「勉強」
,
「英語」,
「学ぶ」,
「中
学生」
,「頭」,「思う」の 8 語,④「意欲」
,「向上」,
「学力」,
「上がる」,
「取り
組む」の 5 語,⑤「楽しむ」,
「覚える」,「効率」,「良い」の 4 語,⑥「少し」,
「賛成」の 2 語であった.
図3
中学校への導入に賛成する群の共起ネットワーク
3.2.4.中学校への導入に反対
表 4 は,中学校への導入に反対する群において,出現回数の多い単語から順
に出現回数 7 までの単語をリストアップしたものである.
「ゲーム」が60回で一番多く,次いで「勉強」が27回,「思う」が21回となっ
ている.
図 4 は,中学校へのシリアスゲームの導入に反対する群の各語の関係を共起
ネットワーク(サブグラフ検出)で示したものである.
実線で結ばれた語は,①「遊び」,
「感覚」
,
「集中」
,
「自分」
,
「考える」
,
「力」,
「必要」,
「良い」,
「頼る」の 9 語,②「学校」
,
「使う」
,
「機会」
,
「生徒」
,
「教師」,
― 158 ―
テキストマイニングを用いたシリアスゲームの教育利用の分析
「コミュニケーション」,「低下」の 7 語,③「中学校」,
「書く」,
「学習」,「増
える」,
「学ぶ」,
「楽しい」の 6 語,④「シリアス」,
「ゲーム」
,
「中学生」,
「勉強」,
「思う」の 5 語,⑤「目」,「依存」,「可能」の 3 語,⑥「他」,
「悪い」,
「持つ」
3 語であった.
表4
図4
中学校への導入に反対する群の頻出語
抽出語
出現回数
ゲーム
60
勉強
27
思う
21
学習
12
学ぶ
10
中学校
8
中学生
8
シリアス
7
楽しい
7
考える
7
書く
7
中学校への導入に反対する群の共起ネットワーク
― 159 ―
皇學館大学教育学部研究報告集
4.考
第8号
察
4.1.小学校への導入に対する賛否
小学校への導入に「賛成」,
「どちらかというと賛成」を合わせると68.2%で
あった.一方,
「反対」
,
「どちらかというと反対」を合わせると31.8%であった.
小学校への導入に賛成する理由としては,子どもがゲーム感覚でやることで
楽しいと思い,勉強を楽しむことができる.興味・関心を持って取り組める.
脳を鍛え,知識や遊びを身につけられるので賛成と解釈できる.一方,小学校
への導入に反対する理由としては,ノートに鉛筆を持って書く習慣を身につけ
る必要がある.授業では,教育と遊びを区別する必要がある.画面を見続ける
ので目に悪いと不安を抱いているので反対と解釈できる.
4.2.中学校への導入に対する賛否
中学校への導入に「賛成」,
「どちらかというと賛成」を合わせると63.9%で
あった.一方,
「反対」
,
「どちらかというと反対」を合わせると36.1%であった.
中学校への導入に賛成する理由としては,部活で忙しく時間がない生徒や勉
強が嫌いな子でも,自分でシリアスゲームを使うことで集中して知識を身につ
け定着できる.ゲームを導入することで難しい学習や授業内容を楽しく学ぶこ
とができる.特に,英語の勉強をゲーム感覚で学び,意欲や学力の向上が期待
できるので賛成と解釈できる.一方,中学校への導入に反対する理由としては,
遊び感覚に頼るので,自分で考える力が必要である.生徒と教師とのコミュニ
ケーションが低下するのではないかという不安を抱いている.書いて学習する
ことが重要であるので反対していると考えられる.
小・中学校とも賛成の理由として,興味・関心を持たせることができる.中
学生では英語の学習に期待していることが分かる.小・中学校とも反対の理由
として,遊び感覚になり書くことが疎かになるのではないかという不安や,目
に悪いという懸念があることが明らかになった.今後,シリアスゲームが学校
に導入される可能性があるので,ゲーム・リテラシー教育のプログラム開発や
学習者・指導者の心理的影響を考慮した指導法の確立が急務である.
― 160 ―
テキストマイニングを用いたシリアスゲームの教育利用の分析
なお,本研究は日本教育工学会第 31 回全国大会にて発表した内容[16] を加
筆・修正したものである.また,公益財団法人科学技術融合振興財団の助成を
受けたものである.
文
献
[ 1 ]藤本徹,『シリアスゲーム−教育・社会に役立つデジタルゲーム−』,東
京電機大学出版局,東京,2007
[ 2 ]井上明入,
「ゲーミフィケーション:ゲームがビジネスを変える」
,NHK
出版,東京,2012
[ 3 ]松本多恵,
「ゲーミフィケーションとシリアスゲームの相違点について」,
『情報の科学と技術』,Vol.64,No.11,pp.481-484,2014
[ 4 ]藤本徹,
「シリアスゲームと次世代コンテンツ」,財団法人デジタルコン
テンツ協会(編)
,『デジタルコンテンツの次世代基盤技術に関する調査研
究』
,第四章,2006
[ 5 ]藤本徹.
「ゲーム学習の新たな展開」
,『放送メディア研究』
,No.12,pp.
233-252,2015
[ 6 ]財津康輔・林田健太・梶原治朗・松隈浩之・樋口重,「起立−着席運動を
支援するシリアスゲームの生理・心理的影響の評価」,『体力科学』
,Vol.
63,No.5,pp.469-473,2014
[ 7 ]松隈浩之・東浩子・梶原治朗・服部文忠,
「超高齢化社会におけるリハビ
リ用シリアスゲームの意義」
,
『情報の科学と技術』
,Vol.62,No.12,pp.
520-526,2012
[ 8 ]国連WFPニュース:WFPとKONAMI,ソーシャルゲーム「Food Force」
を公開
http://ja.wfp.org/news/news-release/111130(参照 2015.10.26)
[ 9 ]今枝奈保美,「国際食糧支援の疑似体験ゲームによる公衆栄養戦略の理解
向上」,私立大学情報教育協会平成22度 ICT 利用による教育改善研究発
表会,2010
― 161 ―
皇學館大学教育学部研究報告集
[10]和田正人,「ユネスコ
ム
第8号
教師のためのメディア情報リテラシーカリキュラ
評価 2:教員養成におけるソーシャルゲーム,フードフォースを利
用した学習効果」,
『東京学芸大学紀要』
,総合教育科学系,Vo.65,No.2,
pp.423-435,2014
[11]小孫康平,『ビデオゲームに関する心理学的研究:ゲームプレイヤーの心
理状態とボタン操作行動を中心に』,風間書房,東京,2012
[12]樋口耕一,「KH Coder 2.x チュートリアル」
http://khc.sourceforge.net/dl.html(参照
2015.10.26)
[13]越中康治・高田淑・木下英俊・安藤明伸・高橋潔・田幡憲一・岡正明・
石澤公明,「テキストマイニングによる授業評価アンケートの分析:共起
ネットワークによる自由記述の可視化の試み」,『宮城教育大学情報処理
センター研究紀要』,COMMUE (22),pp.67-74,2015
[14]樋口耕一,『社会調査のための計量テキスト分析 ― 内容分析の継承と発
展を目指して ―』,ナカニシヤ出版,東京,2014
[15]尾鼻崇,「ビデオゲームソフトウェア付属マニュアルの内容分析的研究:
物語設定を対象とした調査と考察」
,『Core Ethics』
,Vol.7,pp.35-49,
2011
[16]小孫康平,「シリアスゲームの教育利用に関するテキストマイニング解
析」,『日本教育工学会第 31 回全国大会講演論文集』
,pp.256-257,2015
― 162 ―
絵本への興味付け
∼尾鷲市における絵本の読み聞かせの経験から∼
中
1.目
條
敦
仁
的
尾鷲市立尾鷲図書館にて,こどもから大人までを対象に絵本の読み聞かせを
おこなった.今回は,読み手の解釈をもとに,演じて読むという「演じ聞かせ」
をした.この実践をもとに,本稿の目的として,以下の 2 点について述べたい.
①演じ読みを選択した意図や実践後感じた効果まとめ
②事後アンケートに記された参加者のコメントから浮かび上がった絵本の
演じ聞かせの有効性
2 .実
践
ここでは,企画から,実践後に至るまでの内容をまとめ,今回の実践結果に
対する稿者の印象と見解を述べる.
2−1.企画と準備
尾鷲市立図書館の求めにより,大人を対象とした「絵本を見ながら,こども
の気持ちを考えてみましょう」という読み聞かせの講演会を企画した.
その概要は,以下のとおりである.
尾鷲市立図書館
第69回読書週間企画図書館講演会
日
時:平成27年10月24日(土)13:30∼15:30
場
所:尾鷲市中央公民館
3階
大会議室・和室
― 163 ―
皇學館大学教育学部研究報告集
第8号
対象者:保護者や読者ボランティア等(大人向け)
講演題:「絵本を見ながら,こどもの気持ちを考えてみましょう」
内
容:こどもが心の中に秘めている気持ちを,絵本を手掛かりに考えて
みるという読み聞かせを中心としたもの
企画段階では,講演題に「絵本を見ながら,こどもの気持ちを考えてみましょ
う」とあるように,大人を対象とした読み聞かせの予定であった.
しかし,事前申し込みの結果,こどもとともに参加申込をした保護者が多かっ
たため,実践の準備段階で,こども向けの読み聞かせも含めて,こどもから大
人までを対象としたプログラムへと変更し,架蔵本から大人向けの絵本ととも
に,こども向けの絵本も持っていった.
そのリストは,本稿末に付した.
2−2.実践当日
当日の参加者は,幼児から小学生までのこども27名,
保護者と読書ボランティ
ア等の大人46名の,計73名であった.
今回は,簡易の本立てを用意してもらい,参加者から見て,右に「こどもの
気持ちが描かれた絵本」,左に「お父さん,お母さんの気持ちが描かれた絵本」,
そして中央に「こどものための明るく楽しい絵本」を展示し,そこから数冊選
び取り,読み聞かせをした.
今回は,一般的な「なるべく声に抑揚をつけず,声色を変えたり,役柄を読
み分けたり,演じ分けたりせず,なるべく淡々と読む」という教育的な観点か
らの読み聞かせではなく,読み手である稿者の解釈に重きを置き,参加者の雰
囲気や反応にも合わせ,「演じる」ことを中心とした読み聞かせをおこなった.
稿者はこの読み方を「絵本の演じ聞かせ」と呼んでいる(以下,
「演じ聞かせ」
とする).
一般的に,演じ聞かせは否定されることが多い.それは,「こどもたちの自
由な読みが阻害される」,
「声色や読み手の表情や動きなどへの印象が強くなり,
絵本そのものの内容が残りにくい」,「その絵本に対して一定のイメージを与え
― 164 ―
絵本への興味付け
てしまい,読み返しの時に読みが固定化されてしまう」などのデメリットが想
定されているからである.
この考え方は,もっともである.ただ,それは,聞き手が,すでに絵本の読
み聞かせに対してワクワク感などを持ち,興味を示していることが前提にあっ
て成立するのではないだろうか.
今回の講演の目的は,普段読み手となっている大人が聞き手となり,絵本に
もっと興味を持ってもらうこと,こどもに絵本をもっと自由に楽しむものだと
感じてもらうことという 2 点であった.つまり,絵本に興味を持ち楽しんでも
らうことに特化した読み聞かせである.
より効果的に絵本に興味を持ってもらうために「演じる」という要素を含め
た演じ聞かせを選択したのである.この演じ聞かせに参加することを通して,
絵本は大人にもこどもにも楽しさ,悲しさを感じてもらい,心の内面を描いた,
人間の成長や振り返りに対する有意義な教材であることを知り,身近で気軽に
手に取ることのできるおもちゃのひとつであることを認識してもらいたかった
のである.
実際,こどもは笑顔で,時には大笑いし,おもちゃとしての絵本を楽しんで
いたし,大人もこどもと一緒になって笑っているシーンが多く見られた.
また,こどもの気持ちの描かれた絵本を演じ聞かせた時,涙を浮かべる保護
者の姿を見ることもできた.
先述したデメリットは想定できるが,演じ聞かせによって絵本への興味がよ
り持てたという点でいえば,効果的であったといえる.
2−3.実践後
講演終了後,こどもからもっと読んでほしいとの要望があり,数冊読んだ.
今回の演じ聞かせによって,絵本を読んでもらうことへの興味が湧いたと考え
られる.また,保護者から絵本の選びのポイントやこどもが興味を持って聞い
てくれる読み方のポイントなどを尋ねられた.このことからも,今回の演じ聞
かせに対する興味を感じた.
また,大人46名を対象とし「図書館講演会アンケート」を実施,今回の講演
― 165 ―
皇學館大学教育学部研究報告集
第8号
会に対する感想を求めた.
このアンケートの内容分析から得られた演じ聞かせの効果について,次項に
おいて詳述する.
3.図書館講演会アンケート
今回参加した大人46名を対象とし,感想を自由に書くという自由記述のアン
ケートを実施した結果,37名分の回答が得られた.
37名分の感想から演じ聞かせによる聞き手への興味付けができたと考えられ
るコメントを抽出し,演じ聞かせの可能性を示す.
3−1.抽出したコメント
抽出したコメントをおよそ分類すると,は以下のようになる.
①絵本への興味付けを示唆する
①a
子どもたちと関わっていく際,より様々なことを意識していこうと
思いました.また,絵本というツールの素晴らしさについて知ること
が出来たので,今後活用していきたいです.
①b
特に対象者(お父さん,お母さん,子どもたち,先生のお気に入り
など)をわけて紹介していただいた本棚もはじめてで面白かったで
す.いろいろな角度から絵本を思えて今日からまた楽しんでめくれ
そうです.
①c
いろいろな絵本を紹介してもらって楽しかった.もっと読書したく
なりました.
①d
子供と一緒に絵本に夢中になってしまいました.
①e
子どもと共に参加できとても良かったです.
①f
大人も楽しく過ごせました.
①g
5 歳の子どもが大喜びでした.
①h
子どもも喜んでとても良かったです.
― 166 ―
絵本への興味付け
①i
小 4 の息子と来ましたが,最後まで絵本の内容が気になるようでし
た.年齢は関係ないんだなと思いました.
①j
絵本の読み聞かせが,昔を思い出し,なんとも言えずよかったです.
②絵本の効果を示唆する
②a
自分自身がじっくり絵本を読んでもらうことが最近なかったので,
今日はとても楽しかったし,癒されました.特に「おこだでませんよ
うに」は,子育てママとしての立場としてきき,普段の自分を反省し,
心にしみるものがありました.
②b
今まで,どちらかといえば,役立ったり,ためになったり,気持ち
が伝わるような本ばかり選んでいたので,今回のような子ども自身が
楽しめるような本も選ぼうと思いました.
②c
初めての参加ですが,子どもに接する方法が,おはなしの中にヒン
トがあるのではないかと思いました.
③演じ聞かせの可能性を示唆する
③a
絵本の読みきかせは今までたくさん聞かせてもらいましたが,今日
の講師の先生が一番楽しそうで上手でした.
③b
先生の笑顔がステキだった.
③c
子どもたちの絵本に対する反応と先生の読みきかせの楽しさ!とて
も楽しいひと時でした.
③d
家で読んでもつまらなそうなのに,意外とくいついて喜んでいまし
た.びっくりです.
③e
とても良かったです.先生の読み方もとても参考になりました.
③f
読みきかせのボランティアをしていますが,私たらは絵本の持ち方,
― 167 ―
皇學館大学教育学部研究報告集
第8号
めくり方,読みきかせの間,声の調子など講習でも勉強しましたが,
先生の自由でたのしい読み方,表情.それもまた楽しくて,子どもた
ちも絵本を楽しんでいて,
こういうよみ方もいいものだと思いました.
3−2.コメントの分析
今回は「演じ聞かせ」を方法とし,その結果がコメントに現れていることい
うことを前提とし,分析を試みた.結果として,先に示した①∼③の 3 つの視
点に分類することができた.それぞれの視点に対して,分析を試みる.
①「絵本への興味付けを示唆する」について
①に分類した①aから①jに共通することは,「楽しみ」「喜び」である.演
じ聞かせたことによって,「楽しみ」「喜び」の意見が多かったかどうかはわか
らない.少なくとも①から読み聞かせることで,絵本に興味を持たせることが
できるといえる.
②「絵本の効果」について
②に分類したものに共通することは,「心」である.
②b下線部「今回のような子ども自身が楽しめるような本も選ぼうと思」っ
たから,こどもの「心」を大切にした絵本選びによって,これまでにない効果
が得られる可能性を示唆する.
また,②c「子どもに接する方法が,おはなしの中にヒントがあるのではな
いか」から,絵本の内容からこどもの心に触れること,絵本を介して心と心の
触れ合いを図ることができる可能性を示唆する.
つまり,絵本を,心と心の交流を図る効果が高いツールといえる.
さらに,②a下線部「癒されました」
,「自分を反省」
,
「心にしみる」から,
絵本は,読み手・聞き手そのものの心へ働きかける効果もあるといえる.
特に,②aは,演じ聞かせの効果と捉えたい.今回は,聞き手に委ねた読み
ではなく,読み手の解釈をもとに,場面の臨場感やセリフに重みを持たせて演
― 168 ―
絵本への興味付け
じた.そのことによって,聞き手の心に深く印象つけることができるであろう.
③「演じ聞かせが有効である可能性を示唆する」について
③に分類したものに共通することは,これまでの経験とは異質のものに触れ
たことによる発見である.ここでいう異質なものとは,本来の読み聞かせには
ない,「演じる」という要素である.
③a下線部「絵本の読みきかせは今までたくさん聞かせてもらいましたが,
今日の講師の先生が一番楽しそう」,③b下線部「先生の笑顔がステキ」,③c
下線部「子どもたちの絵本に対する反応と先生の読みきかせの楽しさ!」,③
d下線部「家で読んでもつまらなそうなのに,意外とくいついて喜んで」にみ
られるように,これまでの経験ない読み手がまず楽しむ,そして内容に合わせ
て喜怒哀楽の表情を作り読むという演じ聞かせに触れ,楽しさや喜びを感じて
いるのである.
また,絵本の読み聞かせのボランテイアの意見として,③e下線部「先生の
読み方もとても参考にな」った,③f下線部「絵本の持ち方,めくり方,読み
きかせの間,声の調子など講習でも勉強しましたが,先生の自由でたのしい読
み方,表情.それもまた楽しくて,子どもたちも絵本を楽しんでいて,こうい
うよみ方もいいものだ」とあり,一定の評価を得ることができた.
3−3.コメントの分析から言えること
3−2 で,①・②・③の 3 つの視点から,絵本効果と演じ聞かせの可能性を
まとめた.
絵本は,1「人と人とを繋ぐコミュニケーションツールであること」
, 2 「心
と心を繋ぐツールであること」, 3 「自身の内面を見つめ直すツールであるこ
と」がわかった.
その上で,演じ聞かせは,絵本への興味付けをし,さらに 1.2.3 の効果をよ
り引き出す方法のひとつとして有効なものであるといえる.
― 169 ―
皇學館大学教育学部研究報告集
第8号
4 .絵本を開きたいと思う気持ちを育てるための 演じ聞かせ
今回の実践とアンケート結果から,演じ聞かせは,絵本を読む方法のひとつ
として一定の効果を発揮できるものと結論付けたい.
絵本は,こどものために存在し,こどもにとってのおもちゃであり,エンター
テインメントツールのひとつなのである.
一般的なおもちゃで遊ぶことを通して想像力や発想力が自然付いていくのと
同様,絵と活字により構成されたおもちゃとしての絵本でこども自ら遊ぶこと
でさまざまな能力が自然についていくのである.
そのおもちゃとしての絵本に興味を持たせるきっかけとして,内面を知り,
心の触れ合いを演出する方法として,演じ聞かせは有効と考える.
5 .今後の展開
今後,興味付け,おもちゃとしての絵本に触れるきっかけ作りを目的とした
演じ聞かせを継続的におこなうことで,以下のことを考察・検証していきたい.
①興味付けとしての演じ聞かせの方法の確立
②家庭における絵本の読み聞かせにおいて「演じる」ことの有効性
③就学前教育として,演じ聞かせを用いた基礎的能力開発の可能性
謝
辞
尾鷲市立図書館の講演会という形で,貴重な読み聞かせの機会を与えていた
だいたこと,アンケートの結果の使用を許可いただいたことに対して,関係者
の方々に感謝申し上げる.
― 170 ―
絵本への興味付け
―絵本リスト―
題
個
人
的
に
好
き
な
絵
本
お
と
う
さ
ん
・
お
母
さ
ん
絵
本
名
作
者
出 版 社
1
アンジュール∼ある犬の物語∼
ガブリエル・バンサン
BL出版
2
うえきばちです
川端誠
BL出版
3
おにぎりがしま
やぎたみこ
4
だるまさんが(だるまさんと,だるまさんの) かがくい
5
つきのよるに
ブロンズ新社
ひろし
いもと ようこ
かずひこ
ブロンズ新社
岩崎書店
6
おいしいともだち とうふさんがね 他 とよた
7
ちがうねん
8
どこいったん
ジュン・クラッセン 作
長谷川義史 訳
9
どうぞのいす
香山美子 作 柿本幸造 絵 ひさかたチャイルド
10
はるのゆきだるま
石鍋
11
パンダ銭湯
tupera tupera
12
ほげちゃん
13
ほげちゃんまいごになる
14
もうふのなかのダニィたち
15
ぽぽぽぽぽ
16
んんんんん
17
あかちゃんがやってくる
ジョン;バー二ンガム
18
おかあさん
村上
19
おかあさんがおかあさんになった日
長野ヒデ子
童心社
20
おかあさんげんきですか。
後藤竜二
ポプラ社
21
おかあさんだいすきだよ
みやにしたつや
金の星社
22
おかあさんのいのり
武鹿悦子
岩崎書店
23
かあちゃんかいじゅう
内田麟太郎
ひかりのくに
24
ぼくおかあさんのこと…
酒井駒子
ぶんけい
25
ママ、あててみて
すえよしあきこ
偕成社
26
おとうさんがおとうさんになった日
長野ヒデ子
童心社
27
おとうさんだいすき
司修
28
おとうちゃんとぼく
にしかわ
29
たすけて!クマとうさん
デビ;グリオリ
30
ちいさくなったパパ
ウルフ;スタルク
小峰書店
31
とうさん
内田麟太郎
ポプラ社
32
とうちゃんなんかべーだ!
伊藤秀男
ポプラ社
33
どんなときもきみを
アリスン;マギー
岩崎書店
34
パパだいすきママだいすき
やすいすえこ
岩崎書店
35
ゆうたくんちのいばりいぬ6
ゆうたのおとうさん
きたやまようこ
あかね書房
芙佐子
童心社
クレヨンハウス
クレヨンハウス
偕成社
絵本館
偕成社
やぎたみこ
偕成社
ベアトリーチェ・アレマーニャ ファイドン
偕成社
五味太郎
だいすき 1.2.3
― 171 ―
偕成社
勉
こどもプレス
あかね書房
啓林館
おさむ
ポプラ社
評論社
皇學館大学教育学部研究報告集
第8号
36
いつもいっしょ
かさいまり
くもん出版
37
おはな
武内祐人
くもん出版
38
おへそのあな
長谷川義史
BL出版
つんつん
いまは話したくないの
39
(親が離婚しようとするとき)
ジニー;フランツ;ランソン 大月書店
40
うさぎさんてつだってほしいの
シャーロット;ゾロトウ 冨山房
41
うれしくてうれしくて
かさいまり
くもん出版
42
おいし∼い
いしづ
くもん出版
43
おこだでませんように
くすのきしげのり
44
おでこぴたっ
45
おててたっち
46
おやすみ∼
いしづ
47
きもち
谷川俊太郎
48
けんかのきもち
柴田愛子・伊藤秀男
ポプラ社
49
ごめんね
岡村好文
偕成社
50
さっき
柴生田ますみ
銀の鈴社
51
ぜったいぜったいねるもんか!
マラ;バーグマン
ぽるぷ出版
52
だきしめてほしくって
カール;ノラック
ぽるぷ出版
53
ちいさなヒッポ
マーシャ=ブラウン
偕成社
54
ちびゴリラのちびちび
ルース;ボーンスタイン ホルプ出版
55
ちゃんとたべなさい
ケス;ゲレイ
小峰書店
56
なきむし
長崎源之助
童心社の絵本
57
に∼っこり
いしづ
58
ねつでやすんでいるキミへ
しりあがり寿
59
ねむれないの?ちいさなくまくん
マーティン;ワッデル
評論社
60
はやくはやくっていわないで
益田ミリ
ミシマ社
61
ぷくちゃんのたくさんだっこ
ひろかわさえこ
アリス館
62
ボクはじっとできない
バーバラ;エシャム
岩崎書店
63
やさいさんごめんね
志茂田景樹
KIBA BOOK
64
しろとくろ
新井洋行
岩崎書店
65
きょうのおやつは
わたなべちなつ
福音館図書館
思
66
にじをつくったのだあれ?
ベティ・アン・シュワルツ 世界文化社
考
67
ふまんがあります
PHP研究所
力
68
ぼくのニセモノをつくるには
ブロンズ新社
69
りゆうがあります
70
りんごかもしれない
お
と
う
さ
ん
・
お
母
さ
ん
絵
本
ちひろ
武内祐人
ごん
ごめんね
ちひろ
ちひろ
ヨシタケシンスケ
小学館
くもん出版
くもん出版
くもん出版
福音館図書館
くもん出版
岩崎書店
PHP研究所
ブロンズ新社
― 172 ―
市町村における5歳児健診の実際と課題
名張市子ども発達支援センターの事例を中心に
檜
垣
博
子
はじめに
現在多くの自治体で行われている乳幼児健診は, 3 ∼ 4 か月健診, 1 歳 6 か
月健診, 3 歳児健診である.この他に自治体によっては 6 か月健診,10か月健
診, 1 歳児健診, 5 歳児健診などが行われている. 3 ∼ 4 か月健診については
母子保健法第13条および厚生労働省からの通知に基づき昭和40年代から多くの
自治体で実施され, 1 歳 6 か月健診,及び 3 歳児健診については母子保健法第
12条で市町村の責務として掲げられており,実施が義務付けられている.
地域のすべての子どもを対象としてスタートした乳幼児健診は,かつては疾
病の早期発見に主眼をおいたスクリーニングの意義が大きく,子どもの疾病を
早期に発見し,適切な処置を講ずることが目的であった.しかし,近年では,
急増する児童虐待の予防と,その早期発見の場として期待されている.かつて,
主流だった疾病のスクリーニングの意義が次第に薄れ,子育て支援,虐待予防
へとその方向が転換されてきているとも言われている.
平成17年に施行された」「発達障害者支援法」では地方自治体の責務として,
発達障害の早期発見,発達障害児に対する早期支援が求められているが,以後
発達障害の早期発見・早期対応を目的として, 5 歳児健診を実施する自治体が
増 え て き て い る と 言 わ れ て い る.学 習 障 害(LD)
,注 意 欠 陥 / 多 動 性 障 害
(ADHD),自閉症スペクトラム(ASD)
,軽度知的障害といったいわゆる軽度
発達障害は,集団生活を経験する幼児期以降になってはじめて,その臨床的特
徴が顕在化してくると言われる.そのため, 3 歳児健診を最終とする現行の乳
― 173 ―
皇學館大学教育学部研究報告集
第8号
幼児健診システムの中では充分に対応できていない可能性が指摘されている.
しかしながら,一般社団法人
日本臨床心理士会が平成24年に行った「乳幼
児健診における発達障害に関する市町村報告書」によれば,回収された1,006
市町村(指定都市,行政区も含む)のうち, 5 歳児の健診が実施されている市
町村は99と,全体の 1 割弱であり,集団生活に入ってからの時期で健診が行わ
れる例は少ないということであった.
三重県名張市では,これまで実施してきた 4 か月,10か月, 1 歳 6 か月,
3 歳 6 か月健診に加え,平成24年 4 月から 5 歳児健診を実施している.開始後
3 年を経過した 5 歳児健診の意義とこれまでの実施からみえてきた課題につい
て探っていく.
1
名張市における個別発達支援システムについて
近年発達障害児に対する地域発達支援システムの必要性が重要視されてきて
いるが,乳幼児期から就学・学校教育まで一貫して有機的な連携が構築されて
いる地域は稀であるのが実態である.
名張市では,平成19年度から名張市個別乳幼児特別支援事業が策定され,運
営委員会・作業部会にて個別指導計画を継続的に検討・策定し,発達支援を行
うとともに,出生から乳幼児健診,幼保育園,学校までの成育・発達支援情報
を一貫して管理する個別乳幼児発達支援 Database システムを構築し,市内関
連施設を繋ぐ Intranet を介して情報共有を行い,地域での発達支援を進めて
きた.
名張市では,発達障害を抱えた子どもたちにとって集団生活への適応力を高
めるためには,早期発見と早期療育が重要であるとして,乳幼児健診などを実
施する中で障害の早期発見に努めてきた.しかしながら,障害が現れる時期は,
障害の種類や個人差によって様々なため,早期発見の取り組みをさらに強化し
ていく必要があった.また,同時に発見後の受け皿としての早期療育の体制を
作ることも重要な課題とされていた.
平成23年度からは名張市立病院小児科に発達支援外来を設置し,市内の保育
所(園)・幼稚園において 5 歳児健診を開始し,さらに平成25年 4 月には名張
― 174 ―
市町村における5歳児健診の実際と課題
市子ども発達支援センターを開設して,市内の要支援児を適切な時期に早期発
見し,その療育支援を行える体制を構築してきている.
2
子ども発達支援センターについて
障害児をめぐる国の動向として,平成17年 4 月の「発達障害者支援法」の施
行に始まり,平成18年 4 月の「障害者自立支援法」の施行,同年 6 月の「学校
教育法」等の改正に伴う平成19年 4 月からの特別支援教育の実施,平成21年 4
月の「児童福祉法」等の改正による次世代育成支援対策の推進,平成22年12月
の「障害者自立支援法」の一部改正,平成23年 7 月の「障害者基本法」の一部
改正,平成25年 4 月の「障害者総合支援法」の施行と従来の施策からの大きな
転換が続いてきている.
名張市では,子どもの発達のために保健・医療・保育・福祉・教育の関係機
関が連携し,総合的に支援できるシステムの構築を図り,
「まち」全体で発達
障害をサポートする取組を行うことを重要施策として位置づけてきた.このた
め, 0 歳から18歳までの途切れのない子どもの発達支援を行える仕組みを構築
し,相談,医療,療育を総合的かつ継続的に提供できる体制と中核施設を整備
することとして,その整備計画を平成23年11月に策定し,平成25年 4 月に名張
市子ども発達支援センターと名張市教育センターを併設する名張市子どもセン
ターが開設された.子ども発達支援センターは①家族支援を中心とした相談援
助機能,②医療と連携した支援体制
③発達障害児を対象とした療育体制
④医療・保健・福祉・教育に連携における中枢機能などを骨子として運営され
ている.
3
名張市における 5 歳児健診の取り組み
乳幼児健診システムでは検出されず,集団不適応などで初めて障害が明らか
になる,いわゆる軽度発達障害児の発見には 5 歳児健診が重要なのは明らかで
あるとされているが,名張市では 5 歳児健診を実施するにあたって,小児科医
の不足がネックとなった.
平成19年度から始まった名張市個別乳幼児特別支援事業により,各園に発達
― 175 ―
皇學館大学教育学部研究報告集
第8号
支援コーディネーターが配置され,作業部会において対象児の個別支援計画の
策定を積み上げることによって,発達支援の実績を積み重ねてきていたので,
これを利用して各園においてコーディネーターによる 5 歳児スクリーニングを
行い,この後小児科や専門機関での 2 次精密健診に繋げる方法が選ばれた.平
成23年度は市内公私立 5 園で試験的に 5 歳児健診を行い,平成24年度から市内
全園および未就園児も含めて,市内すべての 5 歳児の健診が行われている.
実際には年中児を前半( 4 月∼ 9 月生まれ)
・後半(10月∼ 3 月)の 2 グルー
プに分け,実施されている.就学の 1 年以上前に健診を実施し,支援が必要と
なった子どもに対しては,よりよい就学に向けての環境を築く期間とするため
である.
①
まず,保育所(園)・幼稚園から保護者に案内通知を行い,
「 5 歳児健診問
診表」(以下「問診票」
),
「成育記録表」を記入してもらう.子ども発達支
援センターは園から提出された 5 歳児健診対象児名簿を元に「問診票」の
内容を確認するとともに, 1 歳 6 か月健診・ 3 歳 6 か月健診結果を確認する.
②
その後子ども発達支援センターの職員(保健師,保育士,場合によっては
臨床心理士,教員が加わって 3 − 4 名)が各園に出向き,個別及び集団で
の発達検査を行い,園児の発達の程度を確認する.各園での健診人数のめ
やすは30名程度.8:30から事前打ち合わせのためのカンファレンスを開始
し,健診終了後のカンファレンスを含め健診時間の目安は約 3 時間半であ
る.身体計測,視力検査,歯科相談,栄養相談などは行っていない.
●個別の発達観察
「 5 歳児健康診査票」
(小枝方式改訂版)
(以下「健
診票」)21項目の内容を実施者と記録者の 2 名 1 組
で実施.
●集団の発達観察
ア
自由遊び
イ
朝の会
(呼名,歌 2 曲)
ウ
集団遊び(クラスとは異なる 5 人程度の少人数
集団での手遊び,ゲーム.指示を統一するためセン
ター職員の保育士が保育を担当する)
― 176 ―
市町村における5歳児健診の実際と課題
③
発達観察終了後,カンファレンス
園での普段の様子で気になる子どもの聞き取り,発達観察で気になる子
どもを抽出する.
④
園医が「問診票」「成育記録表」「健診票」を確認の上,保育所(園)・幼
稚園にて園児を観察・診察する.
この結果を基に,園医・幼保育園担当者・健診実施者とで検討会を行い,
結果判定(健康・治療経過観察中・要経過観察)を行う.さらに,園児へ
の今後の関わり方や保護者への結果の伝え方について検討する.
⑤
「問診票」で面接希望のある保護者・健診の結果判定で「要経過観察」と
なった保護者に対し,子ども発達支援センターが保育所(園)
・幼稚園に
出向いて結果の説明・面談を行う.
「健康」と判定された場合には各保育
所(園)・幼稚園より健診結果の文書を保護者に配布する.
なお,市外就園児・未就園児については,健診案内通知,「問診票」
「成育記録
表」を直接保護者に郵送し,子ども発達支援センターにおいて,健診児の発達
を観察し,
「健診票」に記録する.その後,
「成育記録表」
「健診票」を持参して,
市内小児科を受診し,小児科医によって判定を受けることになっている.平成
25年度の 5 歳児健診の結果を以下に示す.受診率は98%であった.
表1
対 象 者
受診者数
682
669
平成25年度
健
康
5 歳児健診結果
治療経過観察中
要経過観察
未 受 診
14
124
13
531
ここで,「健康」は健診結果に問題が見られなかったもの,「治療経過観察中」
は 1 歳 6 か月健診や 3 歳 6 か月健診あるいは保育所や幼稚園などから障害の指
摘を受け,個別乳幼児特別支援事業の対象となり,加配を受けている子どもで
ある.平成25年度に「要経過観察」となった124人の内訳を以下に示す.
― 177 ―
皇學館大学教育学部研究報告集
表2
内
訳
平成25年度に「要経過観察」となった124人の内訳
終
再 健 診
39
了
19
個別乳幼
園での 発達支援
移 行
二次健診 児特別支 転出・退園
支 援 教
室
シート
援事業
12
4
−
4(2)
発達支援教室
12
1
4
二次健診
8
4
1
−
園での支援
65
30
30
4
124
54
45
合
計
第8号
4
7
2(1)
1
15
4(4)
7
3
1
3(1)
2(2)
22
15(2) 11(6)
3(1)
45
再健診は時期を半年ずらして再度健診を行うこと,二次健診は市立病院発達
支援外来への紹介である.(
)内は結果判定の時点での人数であるが,経過
観察の結果,内訳が変更されたため,人数は一部重複している.
健診結果を保護者に伝えるには,個別に,時間をかけ,丁寧に行っている.
5 歳児健診は保護者の出席がないので,園や健診での様子を一方的に伝え,気
持ちの準備がない保護者に余計なショックや不安感,不信感を与えることのな
いよう,保育所(園)
・幼稚園のクラス担任の同席(場合によっては園長や主任,
発達支援コーディネーターも同席)の上で,保護者の家庭での困り感を中心に
保護者が受け入れやすいように話し方を工夫しながら行っている.二次健診の
必要な子どもについては,保護者の了解を得たうえで後日書類を整えて郵送す
ることになっている.
4
5 歳児健診後の支援メニュー
5 歳児健診は健診の結果を求めること自体が目的ではなく,翌年度(就学前
の 1 年間)に継続的支援を行い,子どもの特性に応じた適切な対応をすること
で,集団生活をスムーズに送れるようにすることがねらいである.また,健診
の結果を保護者に知らせることによって,保護者の気づきや理解を促し,子ど
もや保護者を支えることにある.したがって,健診後の支援体制につなげてい
くことが重要である.
― 178 ―
市町村における5歳児健診の実際と課題
①
園での支援
各園担当の保健師,保育士を決め,健診にも担当保健師,保育士が関わる.
年 3 回の定期巡回+園の要望に応じて随時巡回を行い,子どもの発達や特
性に合わせた関わりができるよう保育所(園)
,幼稚園の支援を行っている.
②
個別乳幼児特別支援事業
保育所(園),幼稚園に在籍する発達障害のある乳幼児に対して,保護
者の同意のもと,支援計画を作成し,就学とともにデータを引き継ぐこと
により,就学のスムーズな支援を行っている.
③
発達支援教室
保育所(園),幼稚園の就園児を対象に,課題遊びを通して幼児の発達
を支援しながら,集団で安心して楽しい園生活が送れるように支援を行っ
ている.また,対象児の担任も教室に参加し,幼児の発達特性の理解の場
とするとともに,教室やカンファレンスの内容を保育に生かせるように連
携している.
保護者に対してはペアレント・トレーニングの実施,わが子の見方・ほ
め方の学び合いなどを行っている.また,就学の際には「支援の移行シー
ト」を保育所(園)
・幼稚園から作成して小学校に送ってもらうことを勧
める.教室は 1 クール10回を原則としているが,教室終了後の集団での様
子を保育所(園)
・幼稚園への定期巡回の中で確認している.
就学前には同窓会の開催を行い,教員との遊びを取り入れた内容(ゲー
ムやリズム遊び,製作など内容的には発達支援教室で行っているものと同
じであるが,小学校との接続を意識してグループの人数を少し多くし,子
ども発達支援センターの教員が指導している),保護者の就学に関しての
不安等の聞き取り,保育所(園)・幼稚園で「移行シート」を作成しても
らうことの確認などを行っている.
④
専門療育
主として 1 歳 6 か月健診や 3 歳 6 か月健診で,障害が発見された子ども
を対象として,日常生活における基本的動作の指導,自立した生活に必要
な知識や技能の付与または集団生活への適応のための訓練が行われてい
― 179 ―
皇學館大学教育学部研究報告集
第8号
る.名張市では子ども発達支援センターと同じ建物の中に児童発達支援セ
ンターがあり,場所的近接,人的交流を進めながら,相談,医療,療育が
一体となって提供できる体制作りを段階的に行って行こうとしている.
5
小学校との連携
「個別乳幼児特別支援事業」の対象となる子どもについては先に述べたよう
に保護者の協力の下に支援計画を作成し,特別支援学校,特別支援学級に引き
継がれる.「個別乳幼児特別支援事業」の対象ではないが,「要経過観察」の中
で小学校への引継ぎが必要と考えられる子どもについて,保育所(園)・幼稚
園への定期巡回の中で現場の先生方との話し合いの上で,
「支援の移行シート」
作成児の調整を行い,保護者の同意を得て,保育所(園)
・幼稚園で作成する.
保育所(園)・幼稚園で行っていた「こうすればこの子が伸びた」「この方法で
対応すると,この子どもが安心した」などの支援のポイントを具体的に書いて
小学校につなぐものであり,入学式までに担任の先生に知ってもらうことで,
入学後すぐに小学校に慣れたという子どもも沢山いる.紛失などがないよう,
子ども発達支援センターで取りまとめて各小学校に持っていく.従来の小学校
への引継ぎは口頭での申し送りが多かったが,文書にすることで,就学前の子
どもの情報が確実に小学校の担任へと引き継がれ,「通常学級」に在籍する要
支援児を支援する際の有効な手助けとなっていく.保護者にとっても「支援の
移行シート」により子どもの特性を理解したり,小学校の担任との連携が取り
やすくなるというメリットがある.年間 2 回小学校への定期巡回が行われ,
「支
援の移行シート」が送られた子どもの観察や聞き取り,保護者の同意が得られず,
「支援の移行シート」での申し送りがなされなかったが,保育所(園)
・幼稚園で
支援が必要であった子どものフォローアップを行っている.
6
名張市における 5 歳児健診の課題
①
市立病院発達支援外来での診察は子ども発達支援センターの保健師の協力
の下に行われ,その結果は各園での巡回相談の際にも生かされている.し
かしながら,最終的な診断がどのようなものであったか, 3 歳 6 か月児健
― 180 ―
市町村における5歳児健診の実際と課題
診時にはどのような判断であったのか,などについては十分に整理されて
いない.
「幼稚園,保育園などの集団生活の場では,発達障害のあるなし
にかかわらず,行動上の問題を抱える子どもたちは少なくない.実際の集
団生活では診断によって困難が軽減されるわけではなく,行動やコミュニ
ケーションの問題に適切に対応することによってこそ軽減することも銘記
しておく必要がある」と平岩は述べておりⅰ),筆者もその意見に賛成であ
る.しかし, 3 歳児時点での診断(疑いを含む), 5 歳児健診時点での診
断(疑いを含む),フォローアップ後の診断など経過をより丁寧に見てい
くことによって,健診自体の精度も上がり,発達障害児の発見における 5
歳児健診の有用性を高め,より効果的な支援につながっていくと考えられ
るⅱ).
②
次にマンパワーの問題である.子ども発達支援センターの職員はセンター
長(保育士)の他,事務職 1 ,保育士 2(臨時職員 1 を含む)
,保健師 3(健
康支援室兼務),教員 2(教育センター兼務)
,臨床心理士 1 の計10名であ
る.健診に時間と人手がかかるため,これ以上対象児が増えると対応でき
ないという.特に保健師は 1 歳 6 か月健診, 3 歳 6 か月健診とこれまでの
健診結果との照合,健診後のフォローなど負担が大きい.
③
5 歳児健診をフォローも含め全体を子ども発達支援センターでみている
が,ケース数が多いため,他の母子保健の事業とどのようにすみわけてい
くかが課題となっている.子ども部にある子ども発達支援センターの保健
師は 1 歳 6 か月健診, 3 歳 6 か月健診を実施する健康福祉部健康支援室と
兼務になっているが,行政組織上は別組織になっている.データの一元化
が図られているとは言え,これまでの乳幼児健診の結果とどのように一貫
性,統一性,連続性を持たせていくかが課題である.
④
子どもと日常的に接している,保育所(園)
・幼稚園などの保育者の気づき,
気がかりは子どもの抱える問題を早期に発見していく上で重要な役割を果
たす.また,健診後の保育所(園)
・幼稚園での子どもへの支援においても
同様である.保育現場との連携,保育現場の質の向上が非常に重要である.
⑤
保護者への対応については,結果通知のための面談時には十分な配慮を
― 181 ―
皇學館大学教育学部研究報告集
第8号
行っているものの,結果を受け入れがたい保護者もいる.センター職員の
面談技術の向上とともに,日頃保護者と接触している保育所(園)・幼稚
園の保育現場の担当者と保護者への働きかけ,信頼関係が重要となる.こ
こでも,保育現場との連携,保育現場の質の向上が大切になってくる.
おわりに
5 歳児健診は,軽度発達障害児を早期に発見し,その後,子ども一人ひとり
の特性にあった適切かつ丁寧な支援をしていく中で,子どもの不安感や困り感
を解消し,少しでも自信をもち,また,スムーズな集団生活ができることを助
けることにある.また,正しい診断をすることで,本来の発達障害に起因する
行動特徴だけではなく,周囲の否定的な評価や本人の自己肯定感の低さからく
る,社会に対する反社会的行動や非社会的行動など,いわゆる将来にわたる二
次障害の芽を摘むことができる.
厚生労働省でも平成19年 1 月に「軽度発達障害に対する気づきと支援のマ
ニュアル」を作成し,発達障害児の発見における 5 歳児健診の有用性,早期発
見・適正支援のための 5 歳児健診に対する共通認識を図ろうとしている.
しかしながら,すでに述べたように,現在のところ 5 歳児健診は法制化され
たものではなく,自治体のコスト負担で実施されている. 5 歳児健診が開始さ
れておよそ20年になるが,実施自治体はまだまだ限られており,なかなか広が
りが見られないのが現状である.
コスト以外にも健診方法が確立されていない,健診実施後のフォロー体制を
検討していく必要がある,などの理由から実施に至らないことが多いようである.
平成 8 年から鳥取県で 5 歳児健診に取り組んできている鳥取大学地域学部の
小枝達也は「 5 歳児健診の難しさとフォローアップの大切さ」の中で,発達障
害の診断の難しさと保護者が気づきを深めて納得する場の提供,子育ての見直
し,保護者へのガイダンス,就学へのつなぎとしてフォローアップの重要性に
ついて述べているⅲ).子吉知恵美は発達障害児の早期発見と支援継続のための
課題内容のひとつとして「支援システムの確立」をあげ,①健診と事後相談を
1 つのパッケージにする
援体制の整備
②地域で母子ともに利用しやすい事後支援・育児支
③事後指導として,健診後の子ども,保護者を支援するネット
― 182 ―
市町村における5歳児健診の実際と課題
ワークが地域にあることが必要(健診結果を健診後の支援,就学後の支援に結
びつけるには教育との連携が必要
④通園しやすい施設をつくる必要がある
⑤通園しやすい施設をつくるには,行政からの手厚い支援や診療報酬などの財
源的裏付けなどの問題
をあげているⅳ).このような支援システムの確立が各
自治体において一日も早くなされることが期待される.
最後に,「相談活動の留意点」として小枝の述べる「子どもの行動にはいろ
んな理由があり,診断がつくこともあるがつかない子もたくさんいるという当
たり前の事実を見失わないようにする」ことに留意しつつこの稿を終わりたい.
謝
辞
本論文をまとめるにあたって,インタビューにお答えくださり,貴重な資料
をご提供いただきました名張市子ども発達支援センター長岡崎みどり先生,同
保健師有年貴子先生に心から御礼申しあげます.
注
ⅰ)平岩幹男「 5 歳児健診の実際 ― 戸田市の場合 ― 」外来小児科 Vol.11
No.1 2008 p.31
ⅱ) 5 歳児健診は軽度発達障害児の適正発見と事後指導を行うことに主眼をお
いているが,すべての軽度発達障害児が 5 歳児健診で発見されるというわ
けではない.岡田らの研究によれば,PDD,MR は 3 歳児健診までにほ
ぼ把握され,ADHD,構音障害では 5 歳児健診で新たに把握されたケー
スが多く,LD は 5 歳児健診から就学前までに把握されることが明らかに
なった,としている(岡田香織他「発達障害児の発見における5歳児健診
の有用性 ― 就学前までのフォローアップを通して ― 」児童精神医学とそ
の近接領域
55(1)
2014
pp.15-31).また,小枝らによれば,3 歳児健
診の時点で学習障害リスクと思われる子どもを学童期まで追跡調査したと
ころさまざまな様相を呈していたと言う.子どもの臨床像は年齢,療育的
な係わり,生育環境などによって大きく変化するので,
丁寧なフォローアッ
プによって過剰なあるいは過小な診断を減らすことにつながる,と小枝は
述べている(小枝達也,汐田まどか,赤星進二郎,竹下研三「学習障害児
― 183 ―
皇學館大学教育学部研究報告集
第8号
の実態に関する研究(第 2 報)
:3 歳児健診における学習障害リスク児は
どんな学童になったか」脳と発達
ⅲ)小枝達也
63号
27(6);461-465
1995)
「診断の難しさとフォローアップの大切さ」母子保健情報
2011
第
p.23
ⅳ)子吉知恵美「文献から見る発達障害児の早期発見と支援継続のための5歳
児健康診査の現状と課題」石川看護雑誌
Vol.9
2012
p.135
参考文献
倉田敬子「 5 歳児健診,
「子どもカルテ」で引き継がれる子育て支援 ― 子ども
行政の一元化・連携と情報共有の取り組み」子育て支援と心理臨床
3
68-75
Vol.
2011
倉田敬子・三澤美智代「教育委員会と学校から見る支援連携について」LD 研
究
第20巻
第1号
pp.24-26
小枝達也編「 5 歳児健診 ― 発達障害の診療・指導エッセンス」診断と治療社
2008
小枝達也「 5 歳児健診から見えてくるもの」児童精神医学とその近接領域
Vol.51
No.4
pp.7-11
2010
小枝達也「育てにくさに寄り添う乳幼児健診」発達障害研究
pp.213-219
第35巻
第3号
2013
厚生労働省「軽度発達障害児に対する気づきと支援のマニュアル」平成19年 1 月
下泉秀夫「 5 歳児健診における発達障害への気づきと連携」母子保健情報
63号
2011
第
pp.38-44
名張市「(仮称)名張市子ども発達支援センター整備計画」2011年11月
平岩幹男「幼稚園・保育園での発達障害の考え方と対応」少年写真新聞社
2009
三重県医師会「 5 歳児健診マニュアル」
宮崎雅仁「 5 歳児健診の意義と実際 ― 香川県の現状を踏まえて ―」小児科診
療
Vol.66
No.3
2013
pp.375-380
― 184 ―
皇學館大学教育学部研究報告集編集要項
教育学部研究報告集編集委員会
1.性
格
学術雑誌とし,研究論文,研究ノート,調査・実践報告,資料紹介,翻訳等
を掲載する.
2.編
集
教育学部研究報告集編集委員会(以下,編集委員会)がこれを担当する.
3.編集主任
編集委員会委員長がこれに当る.
4.編集方針
(1)投稿資格
執筆者は原則として教育学部専任教員および元教員とす
る.本学部教員(または元教員:以下において省略)以外の者の執筆は
本学部教員との連名の場合に限る.本学部教員以外の執筆者については
その所属,職名を記入する.
(2)募
集
年度初めの学科会議において執筆者を募る.
(3)発行回数
研究報告集の発行回数は原則として年1回とする.
(4)締 切 日
原稿締切は原則として10月末日とする.
(5)受
理
原稿は編集委員全委員に提出し編集主任が取りまとめる.
(6)掲 載 等
投稿原稿の掲載,分載,論文等の配列,書式その他の体裁
等,全般的編集に関しては,編集委員会に一任するものとする.印刷の
体裁は,A5版とする.
5.投稿原稿
(1)原稿は未発表のものに限る.ただし口頭発表の場合は,この限りでない.
(2)原稿の字数は,以下の通りとする.ただし,依頼原稿など,編集委員
会が特に指定した場合は,この限りではない.
①和文の場合は,40,000字(400字詰原稿用紙100枚)以内とする.
・横書き…35字×30行×約38枚(図表・注を含む)以内
・縦書き…52字×18行×約42枚(図表・注を含む)以内
②欧文の場合は,ダブルスペースで,原則として70字×20行とし28枚
以内を原則とする.
(3)原稿の提出は,論文データの入ったメディアを,教育学科研究室内の編
集委員会に提出するか,下記のアドレスに添付ファイルとして送付するも
のとする.ただし,丁寧に書かれた手書きの原稿によることも出来る.
<送付先アドレス:[email protected]>
(4)和文原稿題目には欧文訳を,欧文原稿題目には和文訳を必ず付記する
ものとする.
6.校
正
(1)執筆者による校正は期限内に限り最大四校までとする.
(2)第三校の段階では,誤植の訂正に限るものとし,原稿字句の修正,挿
入,削除等は最小限に留めることとする.
7.原稿の著作権について
(1)本論文誌に採録が決定された論文等の著作権は,本編集委員会に帰属
する.
(2)投稿に際し,採録された論文の著作権が本編集委員会に帰属すること
を同意しているものとする.
(3)採録後の掲載論文について,著者自身による学術教育目的(著者自身
による編集著作物への転載や掲載,複写による配布,Web上での公開
等を含む)で利用する場合,本編集委員会に許諾申請をすることなく使
用することができる.
(4)ただし,使用する場合,当該論文の初出が本集であることを明記する
ことが望ましい.
8.配
布
(1)執筆者には,各2部(ほかに抜刷50部−それ以上は執筆者負担),執
筆者以外の教育学部教員および名誉教授には各1部とする.
(2)彙報欄に略歴,研究業績等を記載された前年度退職教員には各1部と
する.
(3)特に配布を希望する教育学部以外の専任教員および事務職員には各1
部とする.
(4)学外への寄贈・交換その他の配布については別に定める.
9.保
管
(1)残部の保管は教育学科研究室がこれに当る.
(2)各号の永久保存はそれぞれ10部とし教育学科研究室がこれを保管する.
附
則
この編集要項は,平成20年6月5日から施行する.
附
則
この編集要項は,平成23年11月9日から施行する.
『皇學館大学教育学部研究報告集』 第8号編集後記
「皇學館大学教育学部研究報告集」第 8 号(平成27年度)が,ここに刊行さ
れました.第 8 号ということは,学部創設から 8 年, 2 サイクルが経過し,卒
業生たちを 5 回送り出したことになります.
改めて本報告集の創刊号を見ますと,本報告集創刊の意義が「学校教育法」
に示されている大学の目的から説かれています.すなわち,大学の目的は「学
術の中心として,広く知識を授けるとともに,深く専門の学芸を教授研究し,
知的,道徳的及び応用的能力を展開させること」にあり,その使命として「そ
の目的を実現するための教育研究を行い,その成果を広く社会に提供すること
により,社会の発展に寄与するもの」
(第83条)と規定されています.その趣
旨を踏まえて,本報告書創刊の意義を,教育学部の教員集団として研究成果を
社会に提供し学部の存在意義を世に問うことに求めています.
現在,大学教育の質的向上が,ますます求められています.大学における教
育は,各教員による研究と不可分のものであり,当たり前のことですが,高校
までとはちがって大学の教育には学習指導要領に当たるものはありません.各
領域を担当する教員が自らの研究成果から導かれる内容を構成し,それに基づ
き教育していくことが前提となっているからです.
第 8 号には 9 編の論文が掲載されました.本学部の教育研究を向上させるた
めの研究成果を発表する場として,本報告書が活用されることを願っていま
す.今,教員養成をめぐり,教育学部等の養成機関に改めて大きな役割が期待
されようとしています.本報告書がその役割の一端を担い,いっそうの学部の
発展にとって活用されんことを期待しています.
(教育学部長
中村哲夫記)
執筆者一覧
本学
教
(掲載順)
授
深
草
正
博
准 教 授
井
上
兼
一
准 教 授
片
山
靖
富
教
授
叶
俊
文
教
授
栗
原
輝
雄
教
授
小
孫
康
平
教
授
小
孫
康
平
准 教 授
中
條
敦
仁
教
檜
垣
博
子
授
平成28年3月31日
印刷
平成28年3月31日
発行
発行所
皇學館大学
代表者
教育学部
中村哲夫
〒516-8555 三重県伊勢市神田久志本町1704
印刷所
株式会社オリエンタル
〒510-0304 三 重 県 津 市 河 芸 町 上 野 2 1 0 0
ISSN 1883‐7727
Report of the Faculty of Education
KOGAKKAN UNIVERSITY
No.8
<The 40th Anniversary of the Department of Education
−Special Issue>
Looking back upon the Reorganization from Department to Faculty of Education
― In the year of 40th anniversary of the Foundation of Department of
Education ―
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Masahiro FUKAKUSA(
1)
A short history of the Department of Education 
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Ken-ichi INOUE( 55)
The Educational Reform of Elementary Curriculum in 1930’
s in Japan
― Re-examining The Structure of“The Reform Draft Proposed by
The Secretary”in The Educational Council(1937∼1941)―
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Ken-ichi INOUE( 61)
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Does an accelerometer with immediate feedback of sedentary behavior
contribute to increase physical activity and decrease sedentary behavior
in Japanese university students? 
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Yasutomi KATAYAMA( 89)
A study of Badminton game structure
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Toshifumi KANO(105)
― Case of Woman’
s college athletes ― 
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Reconsideration on Professionals’Way of Facing to Children with
Special Needs in Educational/Developmental Support(Ⅱ)
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Teruo KURIHARA(119)
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Yasuhira KOMAGO(137)
Research for Education of Game Literacy 
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An Analysis of the Educational Use of the Serious Game Using Text Mining
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Yasuhira KOMAGO(151)
Interest with to the picture book
― From Storytelling experience of picture books in Owase city ―
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Atsushi CHUJO(163)
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Current State and Future Agenda for the 5-year-olds Medical Checkup
― Focusing on the Case of the Developmental Support Center
for Children with Disabilities in Nabari city ― 
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Hiroko HIGAKI(173)
2015
KOGAKKAN UNIVERSITY
Ise, Mie, Japan