9~16

フライブルグに学ぶゴミ問題の取り組み等
木村愛子
ドイツ南西部、フランス、スイスの国境近く位置し、石畳とゴシック建築の教会で美しい中世の面影を残
すフライブルグは、人口 20 万人、1120 年には町の基礎ができ、ミュンスター大聖堂が建設着工、フライ
ブルグ大学は 1457 年に設立されています。
市観光インフォメーションセンターにて、ガイドの前田成子さん(フライブルグオフィス前田)と合流して、
早速旧市街地を視察しました。
古い町は、第 2 次世界大戦で90%やられてしまいましたが、中世の町並みを残すために、住民参加で条
例をつくり、効率ではなく、住民にとっての機能を優先させた都市計画を成功させています。市役所の建物は、
あちこちに分かれていて、
「不便じゃないですか?」とか、
鯖江の私たちには継ぎ足しのような建物の赤砂岩の壁の色が気になり、
「ばらばらに見えるけれど」という私たちの質問に、
「市役所の建物は、かつては民家だったし、赤砂岩はどれも赤砂岩の色で、
同じです」との説明でした。そのほかオーストリア・パプスブルグ家の参
謀が住んでいたかつての建物は、現在は公益銀行の頭取が住む家だとか、
古きよきもの・美しさを大切に残し、現在の生活にも生かす古都条例を設置し、都市計画化は住民参加で、一
番力を持っているとのことでした。
また時間差でしか乗用車が入らない石畳のメインストリートには、姉妹都市(松山市がありました)のシン
ボルマークがレンガ等で埋め込まれていて、市役所前はゆったりした広場風景になっていました。
また、町ができたときから用水として作られた全長約6.3km以上にわたる小川が流れていて環境都市計
画行政の一環として整備され、くつろいだ町の雰囲気に一役買っていました。
戦災で残った大聖堂の広場では、午前中「農業バザー・市」がたち、旬
のものを出す人、買う人でにぎわい、集ってきている人々の表情も明るく
輝いていました。近郊 30 分くらいの距離の農業地から並べられているも
のが多く、農家、小売店組合、有機農業と区画されていて、農業バザーは、
ほとんど全部がはだかで、ばら売りの品物ばかりでした。
前田さんより
「買うものだけをさわること」という注意がありました。
広場前の「迎賓館」は、マリーアントワネットがお嫁入りのとき 3 日 3 晩パプスブルグ家の
お祝いが続けられた赤い建物で、戦災を免れ、かつては商業取引所だったそうです。午後から、
環境保全局局長のレクチャーを受ける会場です。
この広場から、ブントへ向かうために、大学ゾーンを通り抜けましたが、大学を中心とした研究機関が市民と
共にまちづくりに貢献し、若い人が町にはあふれていました。市民、学生、観光客がうまく交流しあっている
ことを実感させられました。フライブルグ大学の学生 25,000 人、そのスタッフ 11,000 人、学生は自転車
で街中を動いていて、これも非常に多く(自転車促進法という条例があり、利用者は保護されている)、自然
で、ファッションで、また若さが満ちていました。
9
<ブント>
レクチャー
アクセル・マイヤー氏
通訳
前田成子氏
ブントは、ドイツ環境自然保護連盟のことで、1975 年、
反原発運動の高まりをきっかけにいくつかの自然保護団体が
統合して設立されました。現在会員約 36万人を有するドイツ
最大の環境団体として、国や地域の環境政策に多大な影響を
与え、1989 年からは、フレンド・オブ・ジ・アース(FoE)
インターナショナルのドイツメンバーとしても活動しています。
マクセル・マイヤー氏から、活動内容の説明を、前田さんの通訳で受けました。
自然を守りながら、現代のテーマのもと活動を行い、それも同じ活動ではなく、各地に根付いたグループご
との活動で、州には 40 のグループがあり、ボランティアを行っています。
メンバーは、自分の空いている時間を提供・ボランティアし、グローバルに考え、ローカルに行動すること
をモットーとされています。そのために、専従のスタッフやゼネラルマネージャも配置されて、ブントの組織
はしっかりしていました。
【ブントの組織】
40 グループ(地域プランニングと実践活動)
↓
リージョナブル拠点(社会的な問題点を判断する統括支部)
↓
州の本部(環境教育の現場として有名なエコステーションは、
この段階のプロジェクトで、州の組織では、州議会公認の権利
を取りながら公的な立場で意見をいう、ロビー活動中心)
↓
国の組織(フレンズ・オブ・ジ・アース)
ドイツでは、以前からチェルノブイリの原発事故や化学工場での大規模な事故、黒い森(森林枯死)、山積
するごみ問題などで、人々が環境問題等に非常に敏感です。環境省や州市町村レベルの環境局ができ、環境保
護についてさまざまな法律や条例が交付され、その中に住民参加で決めることが位置づけられています。した
がって、決定権はないが、すべての書類は計画の段階からブントに回ってきて、意見を言うことができるそう
です。
15 年前、行政は、ごみの最終処分場として、36 万トン/年間という大きなサイズの焼却炉を計画してい
ました。その頃は分別もしていなかったので、当時 28 万トンのごみがありました。簡単に行政の処理案含め
認めるのではなく、ブントとしては、焼却炉のサイズの大きすぎることの指摘を行いました。
10
そのために、まず住民も協力してごみ分別の徹底と、ごみを出
さない政策を進めました。現在では 10∼6 万トンにまでごみの
量が減ってきています。今後ごみの量はもっと減らせるし、大き
い焼却処理場は必要なかったことになります。それら焼却炉の建
設費は、ごみ料金にかかってくるわけですから、その付加が少な
くて良かった、と住民自らが助かったわけです。
このようにエコノミカルでエコロジカルな環境対策を行政と
連携しながら進めている活動が、ブントなのです。
今日では、二酸化炭素の排出に伴う気候変動、増加し続ける車、遺伝子組み換え作物、土壌の酸性化、先進
国による大量エネルギー消費など新しい問題も持ち上がり、そのためにも、環境教育を早い時期から始めるこ
との対策をブントは提案し、エコステーションで実践活動を行っています。
マクセル・マイヤー氏は、住民参加は思いもかけないアイデアが出て、成功している事例がずいぶんあり、
メチャクチャ引っ掻き回すというのではなく、役人は面倒くさいなという顔もするし、それによって仕事も非
常に多くなるけれども、総論、各論でいろんな立場の意見があってこそ住民参加だと思う、と最後にまとめら
れました。
<環境保全局>
レクチャー
データ・ベルナー氏
通訳 前田成子氏
午前の部を終え、午後からは、環境保全局局長、データ・ベルナー博士から国際的にも認められている環境
首都フライブルグ市の環境対策を研修しました。原発建設が 30 年前持ちあがり、エネルギーに端を発した環
境政策は、5つの重点を置き、専門官、学術研究員、生物学者といった 60 人のスタッフで仕事を進められて
います。
1. 交通対策
車の利用制限
① フライブルグ市内の主要道路以外、特に住宅
地域を速度 30kmゾーンとして車両規制、空気
汚染の保全、市民の快適な生活空間の確保をめざ
す対策
② 公共交通機関の奨励
路面電車・路線バスを拡張し、乗用車利用者の公共交通機関への乗り換えを奨励する。定期券「R
egio環境カード」を発行し、全長2900kmの広範囲で有効、譲渡使用も可能で、又週末には
家族全員が利用して乗り放題等、ユニークな発想を具体化している。「環境カード」の他にも、使用目
的に合わせたさまざまな乗車券がある。また、市電優先の信号を多く設置し、通行時間の短縮を目指
している。
さらに、市電の延長、路面緑化、Park&Ride方式の整備、車椅子・乳母車用としても都合
11
の良い低床型車両の導入等を推進している。市電 7 番が整備され、2002 年より新しいフライブルグ
の足として運行・利用されている。
③ 自転車の奨励
市民のうち、歩行者・自転車利用者・子ども・
老齢者等、弱い立場のひとびとの生活空間を快
適にするため、また自動車に替わるものとして
公共交通機関同様、自転車利用を奨励。
自転車専用道路全長 163kmを整備
市内自転車置き場の増設
④ 市内駐車場の削減
車の市内乗り入れを制限するために、従来の駐車場を減らし、そこに自転車置き場を設置した。ま
た現存の路上駐車上は料金制、あるいは道路沿いの住民のみが使用可能としたり、メーター式のとこ
ろは料金を上げ、短時間利用を促している。
現在の交通対策は、第 2 次大戦後 1945 年からの歴史を振り返ると、当時の自動車交通にあったプ
ランとして出発したフライブルグ市の交通対策と比較される。
1960 年代の人口増加に伴い都市計画も大幅な改善を余儀なくされたが、1969 年には市電拡張計
画がなされている。
1979 年には、市の中心部に歩行者専用ゾーンが広く設け
られた。その後現在に至るまで、市の中心地区の居住地帯へ
の配慮を下に交通規制を推進している。交通事故件数の減少
も市内自動車利用者数の減少と同様、対策の成果として報告
されている。
とにかく、走っている市電に、でかでかと描かれた絵は、
市
電の1車両は、35 人の交通手段なら、車のエネルギーで
は三台です、という啓発活動・メッセージをしながら走る車
両にドイツを訪れている私たちにも強いインパクトがありま
した。
◆乗車許可数と事故数
年
乗用車許可数
1979
62000
1989
78286
1000 人に付き
事故数
545 台
5142 件
1224
10
4154 件
1209
2
1998
2002
874921
427 台
12
人身
死亡
2.
都市対策
①フライブルグ市は、数々の都市計画において高いレベルでの賞を受けている。
10 分も歩くと、林や森があり、やさしい自然にマッチした生活・自然との共生型の生活スタイルの
まちで、まちの中を流れる小川(Bachle・ベッヒレ)は、1120 年当時から用水と使われていたも
の、市内景観や美観対策として、春や夏には子どもや犬の水遊びする、くつろいだ楽しい姿も見られ
る。
②都市区域活性化と駐車場問題を解決したコンヴィクト通り周辺
は、スラム化して朽ちかけていた住宅地を駐車場問題で解決し、
市内での快適な生活空間の確保は、ブティックの立ち並ぶ、自然
とうまく調和したショッピング小路・美しい住宅になり、徒歩で
町に出られる快適な住居として人気がある。
③州庭園博覧会をきっかけに、砂利採取場跡の公園整備なども行われたが、エコステーションはその
跡地利用で、次の世代を担う子どもたちが、中心地に近い所で野生動物もかかわれるように作られた。
④緑化対策、居住地開発対策、景観保護対策、環境開発に基づいたすべての建設対策がさまざまな局
で実施されている。また、都市計画局は、地下工事局や環境局等とも連絡を取りながら、環境保全を
軸にした対策を練っている。
3. ごみ・廃棄物処理対策
① 生産、購入、廃棄という過程で、出されるごみ処理対策を既存のごみ埋立地の収容限度を見越しな
がら進めている。フライブルグ市では、空気汚染の配慮などから原則的に焼却法をとっていない。
産業廃棄物でも、家庭ごみでも、基本的にはごみを出さない対策を前提にした処理法を検討してい
る。
発生を抑える→リサイクル→それでも出るごみを最小限度に抑え、環境にやさしい処理をする。
分別されていなかった 1988 年のごみ量は、28 万トン、このとき 36 万トン処理の焼却炉建設を
行政では考えたけれど、分別(世帯用ごみ分別容器、3 種類が配布されている)の努力で、2001 年に
は 5 分 1 にごみの量が減って 5、25 万トンにまでなりました。焼却炉を住民の声で建設しなかった
のは正解でした。2005 年までは埋め立て可能の算出で、焼却法は取らない予定である。
それ以降は、いくつかの近郊都市と共同で、焼却を含めた熱処理方法をとることにしていて、
「環境
汚染が極力少ない技術」を公募している。
13
フライブルグ市のごみカレンダー:分離収集システム
ごみ・廃棄物
収集容器・収集先
収集日・開設時間
収集方法
生ごみ等リサイクル不可能な物
グレーの容器
週1回/2 週 1
収集車
回
リサイクル可能なごみ、新聞・古紙・ グリーンの容器
2 週に 1 回
収集車
週1回
市内 4 ヵ
本・雑誌・ダンボール・包装紙
家庭用生ごみ、庭木類
茶色の容器
所
リサイクル可能なごみ、カン、テトラ
黄色のビニール袋
2 週に 1 回
収集車
ガラスコンテナ
平日 8-19 時
持参
パック・プラスチック・金属・プラス
チック容器・透明ラップ・スチロー
ル・
スプレー容器(空)・プラスチックボト
ル等
ガラス瓶(透明・茶色・緑色の 3 種
類)
電池
役所・学校・商店等
持参
靴
市内 16 ヵ所、靴専門店
持参
古着
市内 23 ヵ所収集所
持参
自転車タイヤ
市内 21 ヵ所、自転車店
持参
コルク
商店等
持参
廃棄物管理公社が、市内 2 ヵ所に「リサイクリングホフ」とよばれる収拾施設を設け、生ごみ以外
の上記のものや、電化製品、家具、薬物/毒物、アルミニューム、庭木などを扱っている。また、
薬物/毒物等特殊有害物質の回収のために、年 3 回それぞれ住宅地域を回収専用車が巡回している。
ごみカレンダーには葉書が付いていて、粗大ごみの収集を依頼することもできる。
なお、これらのルールを守らなかった人には、罰金が課せられる
② ごみ埋立地とエネルギー再利用
現在の埋立地の地中からでるメタンガス(CH4)−窒素と共に温室効果現象の原因となる
このガスをエネルギー再利用として、市の一地区(ランドウ゛ァサー地区)の暖房、発電に利用して
いる。
③ ごみを出さないキャンペーン
環境局は、さまざまな方法で、住民との一体化政策を行っているが一例として
*ごみ処理カレンダーの発行
*学校や幼稚園と連絡を取り子どもの環境教育
*民間の環境グループ「ごみ教育を主題にした子供向け劇団」のインフォメーション
*コンポスト(積み肥)の奨励(コンポストを使うとごみ料金が安くなる)、公式行事での使い捨て
14
容器の使用禁止等、これらのパンフレットその他による広報活動
④Fischer(フィッシャー)リサイクリング仕分け業者
みどりのバケツや黄色いビニール袋で収集されたごみを、ベルトコンベアー、磁石バンド等で仕
分けし、パックしてリサイクリング会社に送られる。
紙、プラスチック、金属、アルミ、テトラパックもそれぞれリサイクリング会社に送られる。
⑤ 建設廃棄物リサイクリング業者FEBA(フェーバ)
建設廃棄物として出るごみのうち、土、石、レンガ等を仕分けして砕いて、再利用する。1986
年、市当局が民間の 4 社と共に設立した。リサイクリング方法は、例として歩道の砂利、または、
降雪時の滑り止め用砂利等、自然に帰す方法がとられている。
4・エネルギー対策
①フライブルグ市は、地球温暖化防止にむけて、地方単位でのエネルギー対策と原子力エネルギー
反対の住民運動を背景に、環境を軸に考えた現存のエネルギー対策・代替エネルギーの開発を促進し
ている。また、環境局、市の電気・水道・エネルギー事業団FEW,そしてフラウエンホ―ファー物
理研究所と連携して省エネ対策を練っている。ドイツ連邦より 30%厳しい省エネ住宅の対策を講じて
いる。
ランドウ゛ァサー地区で、コージュネーレーションシステムにより地域暖房・発電を実現している。
ごみ埋立地(市内より 4,5kmのところ)より腐敗ガスを集めることで可能となり、総費用 2100 マ
ルクで、19991 年春に完成。夏はこのごみガスで地域の全エネルギーを、冬場は天然ガスを補充し
て供給している。
②太陽熱エネルギー自給自足のコンセプトのもと、ソーラーハウスを建設し、新しい蓄熱システムを
導入し、現在ソーラーシティーといわれるフライブルグで、個性ある建物や団地計画も次々に進んで
いる。
③水力発電、ライン河に流れ込む支流、ドライザム川の水力をエネルギーとして活用している。
5・住民との委託事業、NGOとの連携事業等
持続ある可能性に向けて、国の強制ではなく、住民参加型、さまざまの業界、団体、NGO等と理
解を深めながら、農業対策、飲料水対策、景観保護対策等、多岐にわたっての環境公害対策がとられて
いる。
データー・ベルナー環境保全局局長から、30 年前に原発建設が持ち上がり、環境を考えたエネルギー政策
をと社会層が立ち上がったことや、大学やNGOの研究機関の活動も背景に、これほど昔からあるものを多く
もつフライブルグだから、保全局が必要ということで 15 年前に、ドイツで一番初めに立ち上げたいきさつと
行政機構等(別紙)の研修もしました。
15
<エコステーション>
レクチャー
ラルフ・フーフラーデン氏
通訳 前田成子氏
町の中の花に飾られた軒先、道路より入ったところに、ごみ容器が並らんで
いる通りをバスで移動し、エコステーションは木立の中にありました。
ブントのメンバー、ラルフ・フーフラーデン氏から早速説明を受けました。
センターハウスでは有機菜園を栽培し、1986 年にゼーパークで州庭園
博覧会が開催されたのをきっかけに、ブントが公的補助を受け、エコステー
ションを建設しました。
フライブルグの行政は、このコンセプトを理解し、協力関係も十分取れて、このプロジェクトが成功する道
筋はできていたようです。また、実行価値のあるアイデアやそのアイデアに熱意を持って取り組む多くのボラ
ンティア、賛助会員がいたことがうまくいっている最大の要因でした。世間にも認められ、またメディアによ
る報道がポジティブな反応を呼んでいることも幸いしたようです。
なお、ドイツでは兵役が義務化されて、この代わりに社会奉仕で当てることも認められていて、ボランティ
アをとる青年もあるそうです。
エコステーションでのプログラムは、
感性の教育→実践→楽しめる経験、を盛り込み、年間 300
イベントを企画し、参加者は 12,000 人、200 グループ
以上もワークショップに参加しているそうです。
草木のにおい、土壌にふれる、心から自然に感激するた
めの体験プログラムは、フライブルグ市の 30∼40km
の人々の参加を促す魅力を持っているようです。
参加費はもらうが、家族相手のプログラムでは、収入が多いものではないために、管理運営をするための財
政は厳しいようです。そのために、行政からの資金は 60%、あと参加費、その際、州政府の応援をもらいな
がらプロジェクトを組まれていました。環境グループや企業スポンサー、個人寄付、外からの資金調達で運営
を賄っていました。
エコステーションは、建物自体も、自然を体感できる工夫が施されていて、ソーラーコレクター、雨水利用、
地域の木材利用、さらに自然により近いビオトープなど身近な環境教育の施設にふさわしいセンターでした。
16