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馬の科学 vol.51(1)2014
文 献 紹 介
サラブレッド種競走馬における口蓋不安定の特徴と
軟口蓋背方変位との関連性
Characteristics of palatal instability in Thoroughbred racehorses and their association
with the development of dorsal displacement of the soft palate
K. ALLEN and S. FRANKLIN
Equine Veterinary Journal. 2013. 45: 454 459.
栗東トレーニング・センター 競走馬診療所 浦山俊太郎
口蓋の機能障害として口蓋不安定
(palatal instability:PI)
があり、軟口蓋背方変位
(dorsal displacement
of the soft palate:DDSP)
への進展が疑われる。PIは軟口蓋尾側が背腹方向へ波打つ動作であり、喉頭蓋
は軟口蓋背側面に密着する。DDSPは軟口蓋尾側が喉頭蓋の背側に変位することで発生し、声門裂の閉
塞を引き起こす。DDSPの診断は、発症が起こっているかいないかだけで容易であるが、PIの診断は主観
的であり、その解釈は臨床医の間で異なることがある。PIはDDSPの発生に先行すると示唆される一方で、
PIを伴わずともDDSPは起こり得るとされている。PIを伴う馬は、DDSPを強く示唆させる病歴を持つに
もかかわらず、必ずしも運動試験中にDDSPにならない。本研究の目的は、サラブレッド競走馬における
PIをさらに正確に特徴づけることと、DDSPに先行する内視鏡上の特徴について調査することである。
材料と方法
ヒダが軸側に変位する。
サラブレッド種競走馬72頭で、高速度トレッドミ
●喉頭蓋の形状
ルを用いて内視鏡所見に関する研究を行った。内視
Convex;形状は凸状で運動中も維持される。先
鏡所見は運動負荷試験の最後の10秒またはDDSPが
端のみが軟口蓋と接触する。
起こる直前の10秒間について評価した。披裂喉頭蓋
Flattened;形状は平坦。軟口蓋の表面上に平坦
ヒダの軸側変位
(axial deviation of the aryepiglottic
またはやや凹んで位置するが、喉頭蓋の先端の方が
folds:ADAF)の程度、喉頭蓋の形状、軟口蓋の形
基部よりも低い。
状、軟口蓋による声門裂の閉鎖についてグレード評
Tipped up;形状は平坦または凹状。吸気時に喉
価を行った。
頭蓋の先端が基部と同じ高さ以上になる。
●ADAF
●軟口蓋による声門裂の閉塞
(軟口蓋の安定性)
King, D.S. ら
(2001)
のグレード分類に従った。
Stable;挙上などが見られない。
Mild;軽度の軸側変位で、ヒダは声帯の反軸側の
声門裂の閉塞がないPI;軟口蓋が喉頭蓋基部より
位置を維持。
挙上するが、声門裂の閉塞は認めない。
Moderate;声帯から声門正中の間に対し、ヒダ
声門裂の閉塞を伴うPI;軟口蓋が挙上し、声門裂
の軸側変位は半分未満。
を閉塞する。
Severe;声帯から声門正中の間に対し、半分以上
●軟口蓋の形状
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absent;形状の変化はない
考察
small;軟口蓋尾側は凹状をしているが、外側咽
これまで、PIはDDSPと同様の症状であると考え
頭壁中位以下である。
られていた。本研究でも、DDSPを発症した全ての
large;軟口蓋尾側の幅が正中口蓋筋の両端まで
ウマにおいて先にPIを認め、PIの確認からDDSP発
拡張している。
症までの時間は個体間のばらつきがあった。今回の
結果は、軟口蓋の不安定性の重症化がDDSPの発症
結果
に関連していることを示しており、PIがDDSPの前
72頭中65頭にPIが認められ、そのうち30頭
(46%)
駆段階であることを示唆している。
がDDSPを発症した。
また、今回の結果はAhern, T.(1999)
の結果を支
軟口蓋の安定性は喉頭蓋の形態とADAFの重症
持しており、安定した軟口蓋を持つすべての馬は呼
度に有意に相関していた。喉頭蓋の安定性がStable
吸周期を通じて軟口蓋尾側において凹状となり、激
は 全 て 喉 頭 蓋 の 形 状 がConvexで あ り、Convex、
しい運動中も喉頭蓋の形を凸状に保持していた。PI
Flattened、Tipped upの順にPIの重症度が増加した。
のウマでは吸気時に軟口蓋が凹状でなくなるが、多
ADAFの重症度も喉頭蓋の形態と相関してい
くは呼気時には凹状を維持していた。これは吸気中
た。Convexで はModerate以 上 のADAFが な く、
における気道内圧の陰圧に対し、軟口蓋腹側が形態
Flattenedの多くはMildでSevereはおらず、Tipped
を維持することが困難であることを示唆している。
upではほとんどでADAFを発症し、重症なものが
本 研 究 で はPIの 重 症 度 の 増 加 はDDSPお よ び
多かった。
ADAFの両方に関係しており、これらは同時に起
DDSP発 症 に は、PIお よ びADAFの 重 症 度 の 増
こり得ると考えられた。披裂喉頭蓋ヒダは筋組織を
加と喉頭蓋の形状が関係していた。声門裂の閉塞
含まない粘膜の二重層であることから、PIによる喉
がないPIではDDSPの発症が29%であったのに対
頭蓋の挙上は披裂喉頭蓋ヒダの張力を減少させ、声
し、声門裂の閉塞を伴うPIでは65%が発症した。喉
門への軸側変位を起こすと考えられる。
頭 蓋 の 形 状 がConvexの ウ マ で はDDSPは 認 め ず、
喉頭蓋形状の変化は、ADAFと同様、PIとそれに
Flattenedの24%、Tipped upの57%がDDSPを発症し
続発するDDSPに関与していた。これは、喉頭蓋が
た。
上気道の安定性に重要な役割を果たしていることを
軟口蓋尾側の形状とDDSPの発症に有意な相関は
示唆している。
無かった。
結論として、PIなどの口蓋の機能障害は、DDSP
に発展する可能性がある前駆段階としての症候群で
ある。