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緑内障診療ガイドライン
第3版
日本緑内障学会
緑内障診療ガイドライン第 3 版序文
緑内障は, 世界的にも中途失明原因の最上位疾患
の一つであり, それは本邦とても例外ではない. 緑
内障による視機能障害は, 不可逆的ではあるが, 適
切な診断, 治療および管理によりその進行を抑制し,
患者の生涯にわたっての生活, 特に視覚の質を維持
することもまた十分可能であることも, ここに明記
されなければいけない.
21 世紀に入って, 日本緑内障学会及び関係者の
尽力により, 緑内障を主眼においた 2 つの眼科疫学
調査が本邦で行なわれた. その結果, 地域による差
は多少はあるものの 40 歳以上の日本人成人におい
ては概ね 5∼7%が緑内障に罹患していること, お
よびその約 90%が潜在患者であることなどが明ら
かとなった. この罹患率は従来考えられていたもの
の約 2 倍であり, この事実はいやしくも眼科専門医
を標榜する以上は, 緑内障の診断・治療・管理に関
する一定水準の知識を備えていざるを得ないことを
意味している. しかし緑内障に限らず, 近年の眼科
諸分野の診断および治療に関する知識や手段の発展
は目覚しいものがあり, 眼科専門医といえども, す
べての分野における知識を常に up-date していく
ことが困難であることは想像に難くない.
このような背景を考慮し, 日本緑内障学会は
2003 年に, 眼科医が日常診療において緑内障患者
を前にして常に時代の水準に合致した適切な診断行
為を行えるための一助として, 緑内障診療ガイドラ
インを上梓した. 本ガイドラインは 2006 年に第 2
版として改訂が施され, 2012 年にその第 3 版が作
成されることとなった.
本ガイドラインは現時点での本邦における緑内障
診療の一つの基準を体系的に示そうとしたものであ
る. しかし, 本ガイドラインは, その墨守により個々
の状況下における柔軟な個別的対応に齟齬を来すた
めのものではなく, また個々の臨床状況下での医師
の判断を束縛, 強制するものでもないこともまた事
実である.
本ガイドラインの活用が, 本邦の緑内障診療のレ
ベル向上およびよい意味での統一に少しでも資する
ことを祈って序としたい.
2012 年 5 月
日本緑内障学会
理事長
新家
眞
序
緑内障は 40 歳以上の 5.8% 前後が罹患し, 適切
に治療されなければ失明に至る重篤な視機能障害を
もたらす疾患である. 現在の高齢化社会において緑
内障は中途失明原因の第二位をして占めており, そ
の診断・治療・管理を適切に行うことは, 人々の生
活の質の保持の上だけではなく, 社会の医療負担の
増加を抑制する上でも極めて重要である.
緑内障は純粋な疾患単位ではなく, 症候群と理解
されるべきであり, その診断と治療, 管理に際して
はしばしば長期にわたる経過のもたらす錯綜した臨
床所見を整理する知識と思考能力が要求される.
このような背景を考慮し, 日本緑内障学会は眼科
医が日常診療の場で緑内障に対して適切な診断・治
療を含む医療行為を行うことの一助を目的として本
ガイドラインを作成した.
本ガイドラインは現在の緑内障診療の基準とされ
るべき在り方を体系的に示すことを試みたものであ
る. しかしながら, 本ガイドラインは個々の臨床状
況での医師の判断を束縛し特定の方向づけを強制す
るものではない. 本ガイドラインを参考とすること
により, 診療レベルの向上とともに診療間の差異が
減少することが望まれる. 一方, ガイドラインがあ
まりに重視され, 臨床医の個々の状況への個別的対
応を制約し今後の進歩の診療の場への導入に対する
臨床医の柔軟さを損ねることがあってはならない.
本ガイドラインが我が国の緑内障診療の向上に資
することがあれば関係者一同の喜びはこれに過ぐる
ものはない.
2003 年 11 月
日本緑内障学会
理事長
北澤
克明
* その後報告された緑内障疫学調査 (多治見スタディ) では, 40 歳以
上の緑内障の有病率は推定 5.0%であった
第 2 版への序
緑内障診療ガイドライン第 1 版は 2003 年に作成
され, 日本緑内障学会会員のみならず, 日本眼科学
会雑誌やインターネットを通じ, 広く眼科臨床医に
読んで頂くことができた. また, 同ガイドラインは
英語版も作成され, 日本発のガイドラインとして海
外にも知れ渡ることとなった.
第 1 版が作成されてから 3 年あまりになったが,
そのわずかな間にも緑内障診療並びに緑内障研究は
長足の進歩があり, 同時に緑内障の疾患概念も変貌
を遂げることとなった. そのため, 日本緑内障学会
では, 時代の変遷に対応すべく, 緑内障診療ガイド
ライン第 2 版を作成した.
主な改変点として,
1. 緑内障を緑内障性視神経症として定義した.
2. Primary angle-closure (PAC) の概念を取
り入れ, その邦訳を 「原発閉塞隅角症」 とした.
3. 「補足資料」 を設け, 引用を簡便にした.
4. 緑内障性視神経乳頭・網膜神経線維層変化判
定ガイドラインを追加した.
改訂にあたっては, 緑内障診療ガイドライン作成
委員, 日本緑内障学会理事および評議員, 並びに学
会事務局の近藤明氏に多大なご助力を頂いた. ここ
に厚く御礼を申し上げたい.
引き続き本ガイドラインが緑内障診療の一助にな
ることを期待する.
2006 年 3 月
日本緑内障学会
緑内障診療ガイドライン作成委員会
委員長
阿部
春樹
第 3 版への序
日本緑内障学会緑内障診療ガイドライン初版は
2003 年に作成され, その後 2006 年に改訂第 2 版が
作成された. いずれも日本眼科学会雑誌に投稿され
たり, ポケット版が作成されて, 日本緑内障学会の
会員のみならず, 広く一般の眼科臨床医に配布され,
緑内障診療の基本となるガイドラインとして今日ま
で緑内障診療に広く活用されてきた. さらに学会の
ホームページにも掲載されて, 他の医療スタッフや
患者さんにもインターネットを通じて公開され, 情
報の共有化に貢献することができた.
また, 同ガイドラインは英語版も作成され, 日本
発のガイドラインとして海外にも広く知れわたるこ
ととなった.
2006 年に改訂第 2 版が作成されてから 5 年余り
経過したが, その間にも緑内障診療や緑内障研究に
は新たな知見がもたらされた. そのため日本緑内障
学会では, 時代の変遷に対応すべく, 緑内障診療ガ
イドライン第 3 版を作成した.
主な改変点としては
1. 新しい点眼薬 (プロスタグランジン関連薬,
配合点眼薬) を追記した.
2. フローチャートにおける原発閉塞隅角症・原
発閉塞隅角緑内障に対する治療法として, 水
晶体摘出を追記した.
3. 原発閉塞隅角緑内障の分類として, ①隅角構
造と緑内障性視神経症の有無による分類, ②
隅角閉塞機序の分類, ③発症速度による分類
の 3 つを示し, ①において, 原発閉塞隅角症
疑いを追記した.
4. 新しい眼圧計 (iCare と dynamic contour
tonometer) を追記した.
5. 薬物治療において, 「コンプライアンス」 を,
「アドヒアランス」 に改変し, 両者の相違を
示した.
6. 「インプラント手術」 を 「チューブシャント
手術」 に改変した.
7. 抗血管内皮増殖因子 (VEGF) 薬を用いた治
療を追記した.
8. 眼底三次元画像解析装置として, 光干渉断層
計について詳述した.
9. 緑内障チューブシャント手術に関するガイド
ラインを追加した。
改訂にあたっては, 緑内障診療ガイドライン作成
委員, 日本緑内障学会理事および評議員, ならびに
学会事務局の近藤明氏の多大なご助力に感謝申し上
げたい.
引き続き本ガイドラインが, 緑内障診療の一助と
して, 広く活用されることを期待する.
2012 年 5 月
日本緑内障学会
緑内障診療ガイドライン作成委員会
委員長
阿部
春樹
緒
言 ………………………………………………………………
フローチャート
…………………………………………………
Ⅰ. 緑内障の病型・病期の決定 ………………………………
Ⅱ. 静的量的視野計測(自動視野計) ………………………
Ⅲ. 眼圧下降治療:方針
[原発開放隅角緑内障(広義)] …………………………
Ⅳ. 眼圧下降治療:目標眼圧設定
[原発開放隅角緑内障(広義)] …………………………
Ⅴ. 眼圧下降治療:薬物治療の導入
[原発開放隅角緑内障(広義)] …………………………
Ⅵ. 原発閉塞隅角症・原発閉塞隅角緑内障の治療 ……
Ⅶ. 急性原発閉塞隅角症・急性原発閉塞隅角
緑内障の治療 …………………………………………………
第1章
緑内障の定義 ………………………………………
第2章
緑内障の分類 ………………………………………
Ⅰ. 原発緑内障 ……………………………………………………
1. 原発開放隅角緑内障(広義) ……………………………
2. 原発閉塞隅角緑内障 ………………………………………
3. 混合型緑内障 ………………………………………………
Ⅱ. 続発緑内障 ……………………………………………………
1. 続発開放隅角緑内障の眼圧上昇機序 ………………
2. 続発閉塞隅角緑内障の眼圧上昇機序 ………………
Ⅲ. 発達緑内障 ……………………………………………………
1. 早発型発達緑内障 …………………………………………
2. 遅発型発達緑内障 …………………………………………
3. 他の先天異常を伴う発達緑内障 ………………………
第3章
緑内障の検査 ………………………………………
Ⅰ. 問
診 ……………………………………………………………
1. 眼
痛 …………………………………………………………
2. 頭
痛 …………………………………………………………
3. 霧
視 …………………………………………………………
4. 視野欠損 ………………………………………………………
5. 充
血 …………………………………………………………
Ⅱ. 細隙灯顕微鏡検査……………………………………………
1. 角結膜 …………………………………………………………
2. 前
房 …………………………………………………………
3. 虹
彩 …………………………………………………………
4. 水晶体 …………………………………………………………
Ⅲ. 眼圧検査 ………………………………………………………
1. 眼
圧 …………………………………………………………
2. 眼圧計 …………………………………………………………
Ⅳ. 隅角鏡検査 ……………………………………………………
. 隅 角 …………………………………………………………
2. 隅角の観察方法 ……………………………………………
3. 静的隅角鏡検査と動的隅角鏡検査 …………………
4. 補助診断に有用な検査機器 ……………………………
Ⅴ. 眼底検査 ………………………………………………………
1. 視神経乳頭と網膜神経線維層 …………………………
Ⅵ. 視野検査 ………………………………………………………
1. 視
野 …………………………………………………………
2. Goldmann 視野計 …………………………………………
3. 静的視野 ………………………………………………………
4. その他の視野測定 …………………………………………
5. 緑内障性視野異常の判定基準と程度分類 …………
第4章
緑内障の治療総論 ………………………………
Ⅰ. 緑内障治療の原則……………………………………………
1. 治療の目的は患者の視機能維持 ………………………
2. 最も確実な治療法は眼圧下降 …………………………
3. 治療できる原因があれば原因治療 …………………
4. 早期発見が大切 ……………………………………………
5. 必要最小限の薬剤で最大の効果 ………………………
6. 薬物, レーザー, 手術から選択 ………………………
Ⅱ. 治療の実際 ……………………………………………………
1. ベースラインデータの把握 ……………………………
2. 目標眼圧 ………………………………………………………
3. 緑内障と QOL ………………………………………………
4. 緑内障薬物治療におけるアドヒアランス …………
Ⅲ. 緑内障治療薬 …………………………………………………
1. 緑内障治療薬の分類 ………………………………………
2. 薬剤の選択……………………………………………………
3. 治療トライアル ……………………………………………
4. 薬物併用の留意点 …………………………………………
5. 併用療法 ………………………………………………………
6. 点眼指導 ………………………………………………………
Ⅳ. レーザー手術 …………………………………………………
1. レーザー虹彩切開術 ………………………………………
2. レーザー線維柱帯形成術 ………………………………
3. レーザー隅角形成術
(レーザー周辺部虹彩形成術) …………………………
4. 毛様体光凝固術 ……………………………………………
5. レーザー切糸術 ……………………………………………
Ⅴ. 観血的手術 ……………………………………………………
1. 適
応 …………………………………………………………
2. 術
式 …………………………………………………………
第5章
緑内障の病型別治療
…………………………
Ⅰ. 原発緑内障 ……………………………………………………
1. 原発開放隅角緑内障 ………………………………………
2. 正常眼圧緑内障 ……………………………………………
3. 原発閉塞隅角緑内障・原発閉塞隅角症 ……………
4. 混合型緑内障 ………………………………………………
Ⅱ. 続発緑内障 ……………………………………………………
1. 続発開放隅角緑内障 ………………………………………
2. 続発閉塞隅角緑内障 ………………………………………
Ⅲ. 発達緑内障 ……………………………………………………
1. 早発型発達緑内障 …………………………………………
2. 遅発型発達緑内障 …………………………………………
3. 他の先天異常を伴う発達緑内障 ………………………
補足資料 1 ……………………………………………………………
1. 日本における緑内障有病率 ………………………………
2. van Herick 法 …………………………………………………
3. 隅角所見の記載法 ……………………………………………
4. 緑内障性視野異常の判定基準 ……………………………
5. 緑内障性視野異常の程度分類 ……………………………
6. 緑内障治療薬……………………………………………………
補足資料 2 緑内障性視神経乳頭・
網膜神経線維層変化判定ガイドライン ………
1. 眼底観察法 ………………………………………………………
2. 視神経乳頭および網膜神経線維層の観察ポイント …
3. 眼底三次元画像解析装置を用いた
緑内障診断の意義 …………………………………………
補足資料 3 緑内障チューブシャント手術
に関するガイドライン …………………………………
Ⅰ. はじめに ………………………………………………………
Ⅱ. チューブシャント手術実施の留意点 …………………
Ⅲ. 各 GDD の原理, 術式, 成績, 合併症 ………………
緑内障診療ガイドライン
緒
言
緑内障は我が国における失明原因の常に上位を占め, 社
会的にも非常に重要な疾患である. 2000∼2002 年に行わ
れた詳細な緑内障疫学調査 (多治見スタディ) では, 40
歳以上の日本人における緑内障の有病率は推定 5.0%であっ
た (補足資料 1 [1] 参照). さらに, 同疫学調査において,
緑内障の新規発見率は 89%であったことから, 我が国で
は, 未だ治療を受けていない緑内障患者が多数潜在してい
ることも明らかとなった.
緑内障の視神経障害および視野障害は, 基本的には進行
性であり, 非可逆的である. また, 緑内障では, 患者の自
覚なしに障害が徐々に進行するため, その早期発見と早期
治療による障害の進行の阻止あるいは抑制が重要課題とな
る.
近年, 緑内障に対する診断と治療の進歩は目覚しく, 新
たな診断および治療手段が多数臨床導入され, その診断と
治療は多様化している. しかしながら, 個々の症例に適し
た診断および治療手段を選択し, 早期診断と早期治療を行
い, さらに quality of life あるいは quality of vision を
考慮した疾患の管理を長期にわたって行うことは, 必ずし
も容易ではない. また, 診断と治療のさまざまな選択肢を
駆使しても, 障害の進行を阻止あるいは抑制できない症例
が少なからず存在しており, 大きな問題となっている.
特に最近の医療の技術革新に伴って, 治療水準の維持と
向上が重視されており, 治療の質を向上させる目的から,
近年, 診療ガイドライン作成の必要性が高まってきた. さ
らに患者と医療者側のコミュニケーションや, 治療の選択
とその情報の共有化, そしてチーム医療においてガイドラ
インが有用であるとされている. また, 社会的な背景とし
て, 医療のグローバル化への対応や医療経済の観点から医
療資源の効率的利用による医療費の節減が求められており,
規範としてのガイドラインの必要性が指摘されている.
このような背景のもとに, 日本緑内障学会では, 緑内障
診療ガイドラインを作成した. 本書では, まず緑内障の診
断と治療に関する要点を 「フローチャート」 で示した後,
「緑内障の定義」, 「緑内障の分類」, 「緑内障の検査」, 「緑
内障の治療総論」, 「緑内障の病型別治療」 の 5 章と補足資
料に分けて解説を加えた. 本書が日常の緑内障診療の一助
として広く活用され, 役立つことを期待する.
■医療は本来医師の裁量に基づいて行われるものであり, 医師は個々の症例
に最も適した診断と治療を行うべきである. 日本緑内障学会は, 本ガイド
ラインを用いて行われた医療行為により生じた法律上のいかなる問題に対
して, その責任義務を負うものではない.
緑内障診療ガイドライン
フローチャート
Ⅰ. 緑内障の病型・病期の決定
問 診・視 診
視力検査・屈折検査
細隙灯顕微鏡検査
眼 圧 検 査
隅 角 検 査
眼 底 検 査
視 野 検 査
その他の検査
検査所見の総合評価
病 型 決 定
緑内障性視神経障害所見・
緑内障性視野障害所見
病 期 決 定
Ⅱ. 静的量的視野計測(自動視野計)
初 回 検 査
経 過 観 察
スクリーニング検査
閾値検査
閾値検査
再 検
検査の信頼性
(−)
検査の信頼性
(−)
*
(+)
再 検
視野の評価
正
常
(+)
異
視野の評価
常
**
* 動的量的視野計測(Goldmann 視野計)
** その他の視野計による視野の評価
不変・改善
悪
化
緑内障診療ガイドライン
Ⅲ. 眼圧下降治療:方針
[原発開放隅角緑内障(広義)]
治 療 開 始 時
病 期
無治療時眼圧
その他の危険因子
目標眼圧設定
治療選択
目標眼圧達成
(+)
(−)
治療継続
治療変更
視神経所見・視野所見の悪化
(−)
(+)
目標眼圧変更
Ⅳ. 眼圧下降治療:目標眼圧設定
[原発開放隅角緑内障(広義)]
高 値
初 期
高 値
短 い
病 期
無治療時
眼
圧
余 命
後 期
低 値
長 い
遅 い
(−)
目
標
眼
視野障害 その他の
進
行 危険因子
圧
低 値
速 い
(+)
緑内障診療ガイドライン
Ⅴ. 眼圧下降治療:薬物治療の導入
[原発開放隅角緑内障(広義)]
単剤(単薬)投与
目標眼圧達成
(+)
薬剤変更
(−)
多 剤 併 用
(配合点眼薬投与を含む)
目標眼圧達成
(+)
薬剤継続
薬剤変更
(−)
レーザー治療・手術治療*
* レーザー治療・手術治療の選択については第 4 章 「緑内障の治療総論」
を参照
Ⅵ. 原発閉塞隅角症・
原発閉塞隅角緑内障の治療
隅角閉塞機序
相対的瞳孔ブロック機序
レーザー虹彩切開術
可 能
プラトー虹彩機序
水晶体
摘 出
縮 瞳
(薬物治療)
レーザー
隅角形成術
不可能
周辺虹彩切除術
眼圧コントロール
良 好
経過観察
不 良
眼圧下降(薬物治療・手術治療)
緑内障診療ガイドライン
Ⅶ. 急性原発閉塞隅角症・
急性原発閉塞隅角緑内障の治療
薬
眼圧下降
物
治
療
隅角開放
消
炎
レーザー虹彩切開術
可
能
不可能
周辺虹彩切除術
眼圧コントロール
良
好
経過観察
不
良
眼 圧 下 降 (薬 物 治 療 ・手 術 治 療 )
* 症例によっては水晶体摘出も選択肢となることがある(第 5 章 「緑内
障の病型別治療」 を参照)
第1章
緑内障の定義
緑内障は, 視神経と視野に特徴的変化を有し, 通常, 眼圧を
十分に下降させることにより視神経障害を改善もしくは抑制し
うる眼の機能的構造的異常を特徴とする疾患である.
緑内障診療ガイドライン
第2章
緑内障の分類
は じ め に
緑内障の本態は進行性の網膜神経節細胞の消失とそれに対応
した視野異常である緑内障性視神経症(glaucomatous optic
neuropathy: GON)であり, 緑内障は臨床上隅角所見, 眼圧上
昇を来しうる疾患(状況)の有無および付随する要因により分類
することができる. 基本的には, 眼圧上昇ないし視神経障害の
原因を他の疾患に求めることのできない原発緑内障, 他の眼疾
患や全身疾患あるいは薬物使用が原因となって眼圧上昇が生じ
る続発緑内障, 胎生期の隅角発育異常により眼圧上昇をきたす
発達緑内障の 3 病型に分類される. 原発緑内障は原発開放隅角
緑内障(広義)(従来の原発開放隅角緑内障と正常眼圧緑内障を
包括した疾患概念)と原発閉塞隅角緑内障に大別される.
緑内障の治療方針を立てるうえでは, 眼圧上昇機序による分
類が有用である. 続発緑内障の眼圧上昇機序は, 病型により,
また病期により単一でないことにも注意が必要である.
現在, 閉塞隅角緑内障及び関連疾患の診断においては隅角診
断と緑内障性視神経症の有無を考慮した国際分類が主に疫学研
究における診断の統一性のため我が国を含め広く使用されてい
る. 本ガイドラインではこうした観点から, 表 2 1 に示す緑内
障分類を採用する.
Ⅰ. 原発緑内障(primary glaucoma)
1. 原発開放隅角緑内障(広義)
原発開放隅角緑内障(広義)とは, 従来の原発開放隅角緑内障
(以下, 広義と付されないときは, 従来の概念での原発開放隅
角緑内障を意味する)と正常眼圧緑内障を包括した疾患概念.
原発開放隅角緑内障(広義)の発症および進行の危険性は, 眼圧
値の高さに応じて増加する. また, 視神経の眼圧に対する脆弱
表 2 1
緑内障の分類
Ⅰ. 原発緑内障(primary glaucoma)
1. 原発開放隅角緑内障(広義)
A. 原発開放隅角緑内障(primary open angle glaucoma)
B. 正常眼圧緑内障(normal tension glaucoma, normal-pressure glaucoma)
2. 原発閉塞隅角緑内障(primary angle closure glaucoma)
A. 原発閉塞隅角緑内障
B. プラトー虹彩緑内障
3. 混合型緑内障
Ⅱ. 続発緑内障(secondary glaucoma)
1. 続発開放隅角緑内障
A. 線維柱帯と前房の間に房水流出抵抗の主座のある続
発開放隅角緑内障
(secondary open angle glaucoma: pretrabecular
form)
例:血管新生緑内障, 異色性虹彩毛様体炎による緑
内障, 前房内上皮増殖による緑内障など
B. 線維柱帯に房水流出抵抗の主座のある続発開放隅角
緑内障
(secondary open angle glaucoma: trabecular form)
例:ステロイド緑内障, 落屑緑内障, 原発アミロイ
ドーシスに伴う緑内障, ぶどう膜炎による緑
内障, 水晶体に起因する緑内障, 外傷による
緑内障, 硝子体手術後の緑内障, ghost cell
glaucoma, 白内障手術後の緑内障, 角膜移植
後の緑内障, 眼内異物による緑内障, 眼内腫瘍
による緑内障, Schwartz 症候群, 色素緑内障,
色素散布症候群など
C. Schlemm 管より後方に房水流出抵抗の主座のある
続発開放隅角緑内障
(secondary open angle glaucoma:posttrabecular
form)
例:眼球突出に伴う緑内障, 上眼静脈圧亢進による
緑内障など
D. 房水過分泌による続発開放隅角緑内障
(secondary open angle glaucoma:hypersecretory
form)
緑内障診療ガイドライン
2. 続発閉塞隅角緑内障
A. 瞳孔ブロックによる続発閉塞隅角緑内障
(secondary angle-closure glaucoma: posterior
form with pupillary block)
原因疾患:膨隆水晶体, 水晶体脱臼, 小眼球症, ぶ
どう膜炎の虹彩後癒着による虹彩ボンベ
など
B. 瞳孔ブロックによらない虹彩 水晶体の前方移動に
よる直接閉塞(secondary angle closure glaucoma:
posterior form without pupillary block)
原因疾患:膨隆水晶体, 水晶体脱臼など
C. 水晶体より後方に存在する組織の前方移動による続
発閉塞隅角緑内障
(secondary angle closure glaucoma: posterior
form)
原因疾患:小眼球症, 汎網膜光凝固後, 強膜短縮術
後, 眼内腫瘍, 後部強膜炎, ぶどう膜炎,
原田病による毛様体脈絡膜 離, 悪性緑
内障, 眼内充填物質, 大量硝子体出血,
未熟児網膜症
D. 前房深度に無関係に生じる周辺虹彩前癒着によるも
の
(secondary angle closure glaucoma: anterior
form)
原因疾患:ぶどう膜炎, 角膜移植後, 血管新生緑内
障, 虹彩角膜内皮(ICE)症候群, 前房内
上皮増殖, 虹彩分離症など
Ⅲ. 発達緑内障(developmental glaucoma)
1. 早発型発達緑内障
2. 遅発型発達緑内障
3. 他の先天異常を伴う発達緑内障
無 虹 彩 症 , Sturge-Weber 症 候 群 , Axenfeld-Rieger
症 候 群 , Peters’ anomaly , Marfan 症 候 群 , WeillMarchesani 症候群, ホモシスチン尿症, 神経線維腫症,
風疹症候群, Pierre Robin 症候群, 第一次硝子体過形
成遺残, 先天小角膜, Lowe 症候群, Rubinstein-Taybi
症候群, Hallermann-Streiff 症候群, 先天ぶどう膜外
反など
性には個体差があり, 特定の眼圧値により原発開放隅角緑内障
と正常眼圧緑内障を分離できないため, 両者を包括した疾患概
念として原発開放隅角緑内障(広義)とする. 原発開放隅角緑内
障(広義)は, 臨床の場では, 便宜的に高眼圧群(原発開放隅角
緑内障)と正常眼圧群(正常眼圧緑内障)に区分される. 多治見
スタディの対象者眼圧分布によれば, 右眼眼圧は 14.6±2.7mm
Hg(平均値±標準偏差), 左眼眼圧は 14.5±2.7 mmHg(同)で
あり, 正常眼圧を平均値±2 標準偏差で定義すると, 正常上限
は 19.9∼20.0 mmHg となる. したがって, 日本人において眼
圧 20 mmHg を境に原発開放隅角緑内障と正常眼圧緑内障の二
臨床病型に分けることには一定の合理性がある. 原発開放隅角
緑内障(広義)は慢性進行性の視神経症であり, 視神経乳頭と網
膜神経線維層に形態的特徴(視神経乳頭辺縁部の菲薄化, 網膜
神経線維層欠損)を有し, 他の疾患や先天異常を欠く病型. 隅
角鏡検査で正常開放隅角(隅角の機能的異常の存在を否定する
ものではない).
視神経所見と視野所見の対応に不一致のある場合, 視神経乳
頭の色調が陥凹の程度に比して蒼白な場合などのときには, 視
野, 視神経の再検査のうえ, 頭蓋内疾患などの検索を行うこと
も考慮すべきである. なお, 原発開放隅角緑内障(広義)のなか
に, myocilin, optineurin などの遺伝子異常を認めることが
ある.
1) 原発開放隅角緑内障(primary open angle glaucoma)
原発開放隅角緑内障(広義)のうち, 緑内障性視神経症の発生
進行過程において, 眼圧が統計学的に規定された正常値を超え
ており, 眼圧の異常な上昇が視神経症の発症に関与しているこ
とが強く疑われるサブタイプ. 眼圧には日内変動, 季節変動な
どの存在が知られているため, 眼圧測定回数が少ない場合, 眼
圧が異常高値を示さないこともまれでない.
付記) 眼圧など房水動態の点では原発開放隅角緑内障と共通
緑内障診療ガイドライン
する特徴を有しながら, 視神経の特徴的形態変化ならびに視野
異常の存在を欠く病型を高眼圧症(ocular hypertension)と呼
ぶ. 原発開放隅角緑内障の前段階とする考え方がある一方, 視
神経の眼圧抵抗性の強い症例とする考え方がある. 高眼圧症か
ら緑内障へ進行しやすい症例の背景として, 緑内障の家族歴,
血管因子, 加齢, 人種, 屈折異常などが知られている. また,
角膜厚が厚いほど眼圧が高く評価されることに留意する必要が
ある.
2) 正 常 眼 圧 緑 内 障 (normal tension glaucoma, normal
pressure glaucoma)
原発開放隅角緑内障(広義)のうち, 緑内障性視神経症の発生
進行過程において, 眼圧が常に統計学的に規定された正常値に
留まるサブタイプ. 正常眼圧緑内障における視神経症の発症に
眼圧異常が関与していないことを必ずしも意味するわけではな
い. また, 別の発症要因として眼圧非依存因子(循環障害など)
を推定させる所見を呈することも多い. 眼圧には日内変動, 季
節変動などの存在が知られているため, 眼圧が常に正常範囲に
あることを証明することは時として簡単ではなく, 日内変動測
定などを要する場合が多い.
2. 原発閉塞隅角緑内障(primary angle closure glaucoma)
原発閉塞隅角緑内障は, 他の要因なく, 遺伝的背景, 加齢に
よる前眼部形態の変化などで惹起される隅角閉塞により眼圧上
昇を来し, 緑内障性視神経症に至る疾患である.
1) 隅角構造と緑内障性視神経症の有無による分類
(1) 原発閉塞隅角症疑い(primary angle closure suspect:
PACS)
原発性の隅角閉塞があり, 眼圧上昇も, 器質的な周辺虹彩前
癒着(peripheral anterior synechia: PAS)も緑内障性視神経
症も生じていない, すなわち非器質的隅角閉塞(機能的隅角閉
塞, appositional angle closure とも呼ばれる)のみの症例.
(2) 原発閉塞隅角症(primary angle closure: PAC)
原発性の隅角閉塞があり, 眼圧上昇または器質的な周辺虹彩
前癒着を生じているが緑内障性視神経症は生じていない症例.
(3) 原発閉塞隅角緑内障(primary angle closure glaucoma:
PACG)
原発性の隅角閉塞があり緑内障性視神経症を生じた症例.
付記1) 原発性の隅角閉塞の診断は, 第一眼位において対光
反応による縮瞳に伴う隅角開大, 隅角鏡による圧迫を可能な限
り排除して行う静的隅角鏡検査(static gonioscopy)によって
行うことが推奨されている. 隅角鏡診断による隅角閉塞を欧米
では occludable angle(閉塞の可能性のある隅角の意味, 邦訳
なし)と呼ぶ(第 3 章, 検査の項を参照). 隅角閉塞は, 線維柱
帯色素帯が隅角全周の 3/4 (270 度)以上にわたり観察されず虹
彩線維柱帯間の接触が推測される(iridotrabecular contact: I
TC)として定義することが提唱されているが, 範囲を 180 度以
上または少しでも閉塞があれば, と定義すべきとの意見も存在
する. 超音波生体顕微鏡や前眼部光干渉断層装置などによる画
像診断の位置づけも未だ明確でない.
付記2) 現時点の欧米文献では primary angle closure が
原発閉塞隅角症の意味で用いられる場合と, 原発閉塞隅角症と
原発閉塞隅角緑内障を包括した病名あるいは両者を生じる隅角
の病態の意味で用いられている場合があるので, 解釈に注意を
要する. 本ガイドラインは, 語義の曖昧さを避けるため, primary angle closure を原発閉塞隅角症に限定して使用するこ
とを勧める.
2) 隅角閉塞機序の分類
隅角閉塞機序は画像診断の普及以前から論じられており, 主
に治療効果によりその機序の重要性が認識されてきた. 原発閉
塞隅角緑内障は相対的瞳孔ブロックによる原発閉塞隅角緑内障
緑内障診療ガイドライン
と同一視されていたが, プラトー虹彩の機序の関与している症
例も多い. また, 水晶体, 毛様体もその発症に関与する. これ
らの因子, またはその他の因子が複合して関与している.
(1) 相対的瞳孔ブロック(relative pupillary block)
瞳孔領における虹彩―水晶体間の房水の流出抵抗の上昇に引
き続く虹彩の前方膨
により隅角閉塞をきたす. レーザー虹彩
切開術の高い有効性からほとんどの原発性の隅角閉塞に相対的
瞳孔ブロックが関与していると考えられる.
(2) プラトー虹彩(plateau iris)
虹彩根部が前方に屈曲し散瞳時に直接隅角を閉塞する虹彩の
形態異常である. 虹彩形態そのものについてはプラトー虹彩形
態(plateau iris configuration), プラトー虹彩形態による隅角
閉塞をプラトー虹彩機序(plateau iris mechanism)と呼ぶ.
プラトー虹彩機序による眼圧上昇と緑内障性視神経症をプラトー
虹彩緑内障(plateau iris glaucoma)と定義する. 欧米ではプ
ラトー虹彩機序による眼圧上昇と緑内障を性視神経症 plateau
iris syndrome と呼んでいる. 診断には, 隅角鏡とともに画像
診断が有効であるが, 定量的な定義は存在しない. プラトー虹
彩は厳密には瞳孔ブロック解除後に診断が確定する. 相対的瞳
孔ブロックとプラトー虹彩機序の合併症例ではレーザー虹彩切
開術などによる瞳孔ブロック解除後に診断される.
(3) 水晶体因子(lens factor)
水晶体の前進, 膨
, 加齢による増大も原発性の隅角閉塞発
症に関与している. また, 瞳孔ブロックも水晶体と虹彩の間の
房水流出抵抗の増大によるものであり水晶体が深く関与する.
(4) 毛様体因子
画像診断においてのみ診断可能な微少な特発性の毛様体脈絡
膜滲出(ciliochoroidal effusion, uveal effusion)を伴う原発閉
塞隅角症/緑内障の症例が存在し, 浅前房化, 毛様体ブロック
の増強による隅角閉塞に関与することが推測されている. 特に,
急性発作眼において高頻度である.
3) 発症速度による分類
急性型は隅角の広範な閉塞により短時間に眼圧が上昇し, い
わゆる緑内障発作に代表される臨床症状を呈し, 慢性型は隅角
の閉塞が徐々にあるいは間欠的に生ずるために眼圧上昇が軽微
かつ緩徐なものである. 急性型と慢性型の中間型として亜急性
または間欠性というカテゴリーをおく考え方もある.
(1) 急性原発閉塞隅角緑内障・急性原発閉塞隅角症
他覚所見として, 眼圧上昇はしばしば 40∼80 mmHg に達し,
視力低下, 対光反射の減弱ないし消失を認める. 細隙灯顕微鏡
では, 角膜浮腫, 周辺部の浅前房, 周辺部虹彩の前方への突出,
瞳孔の中等度散大, 結膜充血および毛様充血が観察され, 隅角
鏡で広範な隅角閉塞を認める. 眼底で乳頭浮腫, 静脈うっ滞,
乳頭出血などを認めることもある. 他眼は狭隅角ないし閉塞隅
角. 自覚症状として, 視力低下, 霧視, 虹視症, 眼痛, 頭痛,
悪心, 嘔吐などを認める. こうした所見の一部を欠き, 自覚症
状の乏しい症例もある. 薬物による散瞳(散瞳点眼薬, 抗コリ
ン薬内服など), 精神感動, 暗所などが発作の誘因となること
がある.
急性発作寛解後, 視神経乳頭は蒼白あるいは緑内障性陥凹を
呈することがある. そうした症例では, その時点で急性原発閉
塞隅角緑内障の診断が確定する. 治療などにより視神経症の発
症をみる前に寛解した症例では, 発作時には緑内障性視神経症
の有無の判断は困難なことも多い. このため, 発作寛解後にも
視神経症の認められない症例は急性原発閉塞隅角症(acute primary angle closure)と呼ぶ.
(2) 慢性原発閉塞隅角緑内障
原発閉塞隅角緑内障の大部分をしめる. 急性型の自覚症状・
他覚所見ならびに既往の認められない症例. 視神経乳頭陥凹の
拡大, 視野欠損など原発開放隅角緑内障と同様の自覚症状・他
覚所見を示す. 診察時に眼圧は必ずしも高値を示すわけではな
い. 隅角検査において原発性の隅角閉塞に伴う器質的隅角閉塞
緑内障診療ガイドライン
(周辺虹彩前癒着)を伴う症例と伴わない(非器質的隅角閉塞)症
例がある. 原発開放隅角緑内障との鑑別には適切な隅角鏡検査
が必須である.
3. 混合型緑内障(mixed glaucoma)
混合型緑内障とは原発開放隅角緑内障と原発閉塞隅角緑内障
の合併例のことである. 混合型緑内障という用語を用いるべき
ではないという意見も存在する.
混合型緑内障の診断にあたっては, 慢性原発閉塞隅角緑内障,
および狭隅角眼に生じた原発開放隅角緑内障の可能性を念頭に
置かなければならない.
Ⅱ. 続発緑内障(secondary glaucoma)
続発緑内障は他の眼疾患, 全身疾患あるいは薬物使用が原因
となって眼圧上昇が生じる緑内障である. 続発緑内障も緑内障
性視神経症(GON)を有する症例のみで定義するのが本ガイド
ラインの緑内障の定義に沿った一貫性のある解釈である. しか
しながら, 本症の一部では, 原疾患, 他疾患の存在により緑内
障性視神経症による視神経の形態的変化, 機能変化(視野変化)
の評価が困難である. このため, 経過措置として, 従来の解釈
どおり, 続発緑内障には続発性の眼圧上昇を有し, 緑内障性視
神経症を生じていない症例を含めることとする. 続発緑内障の
分類については, 病因による分類, 眼圧上昇機序による分類,
あるいは, 治療手段による分類, などいくつかの視点から考え
ることができる. しかしながら, こうした分類法には一長一短
がある. 例えば, 病因による分類では, 血管新生緑内障が開放
隅角機序として始まり閉塞隅角機序に眼圧上昇機序を変化させ
ながら進展することを表現しにくい.
眼圧上昇機序による分類は, 病因検索および最適な治療法へ
の道標として, 本ガイドラインの趣旨に合い, 有用性が高いと
考えられるため, ここではそれに従って記述する. 同じ病因で
あっても眼圧上昇機序が異なることがありうること, 同一眼に
おいて眼圧上昇機序が変化しうることに十分な注意が必要であ
る. 続発緑内障の診断においては, 眼圧上昇機序確認のための
隅角検査は不可欠である.
1. 続発開放隅角緑内障の眼圧上昇機序
1) 線維柱帯と前房の間に房水流出抵抗の主座のあるもの
線維性血管膜, 結膜上皮などにより, 異常房水流出抵抗が生
ずる.
2) 線維柱帯に房水流出抵抗の主座のあるもの
落屑物質, 炎症性産物, マクロファージ, 虹彩色素などによ
り異常房水流出抵抗が生ずる. 副腎皮質ステロイドの副作用と
しても生じる.
3) Schlemm 管より後方に房水流出抵抗の主座のあるもの
上強膜静脈圧の亢進によるもので, 眼窩内の圧上昇に伴うも
の, 上眼静脈圧亢進によるもの, 動静脈瘻によるもの, 血管腫
によるものがある.
4) 房水過分泌によるもの
2. 続発閉塞隅角緑内障の眼圧上昇機序
1) 瞳孔ブロックによるもの
膨隆水晶体, 水晶体脱臼, 虹彩後癒着などが瞳孔ブロックの
原因となる.
2) 瞳孔ブロックによらない虹彩―水晶体の前方移動による
直接閉塞
水晶体脱臼が原因となり瞳孔ブロックの機序なく直接隅角閉
塞することがある.
3) 水晶体より後方に存在する組織の前方移動によるもの
硝子体前方移動, 毛様体脈絡膜滲出などが原因となる.
4) 前房深度に無関係に生じる周辺虹彩前癒着によるもの
血管新生緑内障, 虹彩角膜内皮(ICE)症候群, ぶどう膜炎,
手術, 外傷などが原因となる.
緑内障診療ガイドライン
Ⅲ. 発達緑内障(developmental glaucoma)
隅角形成異常に起因する緑内障は, 本ガイドラインにおいて,
先天緑内障でなく発達緑内障で統一する。発達緑内障は, 形成
異常が隅角に限局する早発型発達緑内障, 遅発型発達緑内障,
他の先天異常を伴う発達緑内障に分類すると理解しやすい. 早
発型発達緑内障は以前の原発先天緑内障に相当する.
1. 早発型発達緑内障
先天異常が隅角に限局する病型. しかしながら, 虹彩発育異
常による軽度の低形成などを合併することはしばしばである.
また, 従来より牛眼と呼ばれていた角膜径増大, 角膜混濁など
の病態を呈することが多い.
2. 遅発型発達緑内障
先天的な隅角形成異常に起因する緑内障であるが, 異常の程
度が軽いため, 発症時期が遅れる病型.
3. 他の先天異常を伴う発達緑内障
無虹彩症, Marfan 症候群, Axenfeld-Rieger 症候群, Peters’
anomaly, Sturge-Weber 症候群, 神経線維腫症など多岐にわ
たる.
文
献
1) 北澤克明:緑内障クリニック. 改訂第 3 版, 金原出版, 東京, 1996.
2) European Glaucoma Society: Terminology and Guidelines
for Glaucoma, Second edition, 2003.
3) Ritch R, Shields MB: The Secondary Glaucomas. Mosby, St.
Louis, 1982.
4) 北澤克明, 白土城照, 新家眞, 山本哲也:緑内障. 医学書院, 東
京, 2004.
5) Iwase A, Suzuki Y, Araie M, Shirato S, Kuwayama Y,
Mishima HK, et al: Tajimi Study Group, Japan Glaucoma
Society: The prevalence of primary open-angle glaucoma in
Japanese. The Tajimi Study. Ophthalmology 111:1641 1648,
2004.
第3章
緑内障の検査
Ⅰ. 問
診
初診時の問診は, 緑内障診療において基本的かつ重要な検査
である. 詳細な問診は, 緑内障の診断および管理方針決定に際
して必要不可欠である. 続発緑内障の可能性を考慮するために
は, 眼の外傷, 炎症, 手術, 感染症などの既往歴のほか, 全身
疾患の既往歴や薬物治療歴についても聴く必要がある. また,
自覚症状の問診も重要で, 霧視, 虹視症, 眼痛, 頭痛, 充血な
どは急性緑内障発作の既往を疑わせる. さらに, 家族歴の聴取
も重要で, 特に緑内障の家族歴を有する例では, 血縁者の視機
能障害について聴くことが望ましい. 他医における眼圧, 眼底,
視野など診断および治療に関する情報があれば, できるだけ利
用すべきである.
1. 眼
痛
急性緑内障発作などで眼圧が著明に上昇した場合, 強い眼痛
が突然自覚されることが多い. 一般に, 眼圧が正常値から著し
い高値まで急激に上昇した際に強い眼痛が自覚される. 眼痛は,
角膜上皮障害, ぶどう膜炎における毛様体の刺激などでも起こ
りうる.
2. 頭
痛
急性緑内障発作では, 急激な眼圧上昇に伴い, 嘔気, 嘔吐を
伴った頭痛がみられ, 視力低下, 羞明, 虹視症などを伴う.
3. 霧
視
著明な眼圧上昇に伴う角膜浮腫やぶどう膜炎による続発緑内
障などでは, 霧視が自覚されることがある.
4. 視野欠損
緑内障の初期では, 視野検査で視野異常が検出された場合で
あっても, 視野異常が自覚されないことが多い. 患者が視野異
常を自覚した場合, 視神経障害あるいは視野障害が既に相当進
緑内障診療ガイドライン
行している場合が多い.
5. 充
血
充血は, 急性緑内障発作のほか, ぶどう膜炎による緑内障,
血管新生緑内障, 水晶体融解緑内障などの各種続発緑内障にお
いて自覚される.
Ⅱ. 細隙灯顕微鏡検査
細隙灯顕微鏡検査は, 緑内障診療において基本的な検査であ
る. 本検査では, 角結膜, 前房, 虹彩, 水晶体などを観察する
が, 補助レンズの併用により, 隅角や眼底を観察することがで
きる.
1. 角 結 膜
角膜浮腫は急性緑内障発作などで眼圧が著明に上昇した場合
にみられるが, 虹彩角膜内皮(ICE)症候群などの角膜内皮障害
を伴う続発緑内障では眼圧が正常範囲内にあっても角膜浮腫が
みられることがある. レーザー治療(特にレーザー虹彩切開術)
または手術治療後に水疱性角膜症を併発することがあり, 注意
が必要である. 早発型発達緑内障では, 眼圧上昇に伴う眼球の
膨張により, Haab 線と呼ばれる Descemet 膜破裂がみられる
ことがあり, 角膜内皮上の蛇行した隆起線として観察される.
このほか, ぶどう膜炎による緑内障では角膜後面沈着物, 色素
緑内障や色素散布症候群では角膜後面に紡錘状の色素沈着
(Krukenberg spindle)がみられることがある.
2. 前
房
閉塞隅角緑内障の診断において, 細隙灯顕微鏡検査による前
房深度のスクリーニングは簡便かつ有用である. 日本人は欧米
人に比して, 浅前房の頻度が高いことが知られている. van
Herick 法(補足資料 1 [2] 参照)は, 角膜厚と周辺部前房深度
を比較することにより, 隅角の広さを推定する方法である. プ
ラトー虹彩緑内障では, 前房深度がほぼ正常にもかかわらず狭
隅角や隅角閉塞がみられるため, その診断には, 細隙灯顕微鏡
検査による前房深度の評価のみでは不十分であり, 隅角鏡検査
が必須である.
3. 虹
彩
通常, 虹彩は平坦あるいは軽度に前方へ膨隆した形状を呈す
る. 虹彩が著しく前方へ膨隆している場合, 瞳孔ブロックの存
在が疑われる. 虹彩の異常所見として, 虹彩と角膜または隅角
線維柱帯との前癒着, 水晶体との後癒着, 虹彩の血管新生, 虹
彩萎縮, 虹彩結節などが挙げられる.
4. 水 晶 体
緑内障と関連する水晶体異常として, 水晶体の大きさや形状
の異常(膨化水晶体, 球状水晶体など), 水晶体の位置異常(水
晶体脱臼, 水晶体亜脱臼など)などが挙げられる. 水晶体の位
置異常には, 毛様小帯の異常(先天異常, 外傷, 落屑緑内障な
ど)が関与するものがある. 水晶体の位置異常, 白内障進行に
よる水晶体厚増加などは, 隅角閉塞の原因となりうる. 成熟あ
るいは過熟白内障では, 水晶体物質の流出を伴い, 水晶体融解
緑内障を併発することがある. 水晶体前面の観察も重要で, レー
ザー虹彩切開術や周辺虹彩切除術後に水晶体前面と虹彩に虹彩
後癒着が起こることがある. 落屑緑内障では, 水晶体前面や瞳
孔縁などに特徴的な白色物質の沈着がみられる.
Ⅲ. 眼圧検査
1. 眼
圧
多数例を対象とした調査結果により, 眼圧値の分布は, 高い
値への歪みを示し, 完全な正規分布を示さない. 正常眼圧の平
均値(±標準偏差)は 15.5(±2.6)mmHg 前後であり, 統計学的
に求めた正常眼圧の上限値は約 21 mmHg とされてきた. しか
し, これらの値は欧米人を対象とした調査結果に基づいたもの
である. 多治見スタディの対象者眼圧分布によれば, 右眼眼圧
は 14.6±2.7 mmHg(平均値±標準偏差), 左眼眼圧は 14.5±2.7
mmHg(同)であり, 正常眼圧を平均±2 標準偏差で定義すると,
緑内障診療ガイドライン
正常上限は 19.9∼20.0 mmHg となる. 眼圧には日内変動があ
り一般に朝方に高いことが多いが, 個人によりパターンは異な
る. また, 眼圧には季節変動もあり, 一般に眼圧は冬季に高く,
夏季に低いことが知られている. 眼圧に関連する因子として,
年齢, 性別, 屈折, 人種, 体位, 運動, 血圧, 眼瞼圧および眼球
運動などが挙げられ, また, 種々の薬物も眼圧に影響を与える.
2. 眼 圧 計
Goldmann 圧平眼圧計は, 臨床的に最も精度が高く, 緑内
障診療において標準的に使用されるべき眼圧計である. Goldmann 圧平眼圧計では, Schiotz 眼圧計に代表される圧入眼圧
計とは異なり, 測定値が眼球壁硬性の影響を受けにくいという
利点がある. Tonopen や Perkins 圧平眼圧計は座位でも仰
臥位でも眼圧測定が可能なポータブルな眼圧計である. iCare
は点眼麻酔なしで眼圧測定が可能なポータブル眼圧計であるが,
測定原理が全く異なることに留意すべきである.
Dynamic contour tonometer(DCT)は, 角膜厚の影響を比
較的受けにくい眼圧計であるが, 測定値が Goldmann 圧平眼
圧計よりも若干高値となる特徴がある. 非接触型眼圧計は測定
手技が簡単であるが, スクリーニング目的に限定して使用され
るべきである. 測定値には角膜の物理学的特性の影響があるこ
とが知られ, 例えば, 角膜が薄いと眼圧が低く, 角膜が厚いと
眼圧は高く測定されることが知られている.
一般に眼圧測定値には角膜の物理学的特性に注意が必要で
ある. 特に, レーザー屈折矯正角膜切除術(photorefractive
keratectomy: PRK)やレーザー角膜内切削形成術(laser in
situ keratomileusis: LASIK)などレーザー屈折矯正手術後の
眼圧測定値の解釈には十分な注意が必要である.
Ⅳ. 隅角鏡検査
1. 隅
角
隅角鏡検査は, 緑内障診療において必要不可欠である. 隅角
鏡検査では, Schwalbe 線, 線維柱帯, 強膜岬, 毛様体帯など
の隅角を構成する各部位を正しく認識することが重要である
(隅角所見の記載法については補足資料 1 [3] 参照). 病的な隅
角鏡所見として, 糖尿病網膜症, 網膜静脈閉塞症, 内頸動脈閉
塞症などの眼虚血性病変では, 隅角に新生血管がみられること
がある. 生理的にも隅角に血管が観察されることがあるが, 血
管は同心円状または放射状の規則的な走行を示す. 病的な新生
血管は, 不規則な曲がりくねった走行をとり, 多数の分枝を示
すことが多く, 周辺虹彩前癒着を伴うこともある. また, 活動
性のぶどう膜炎では, 隅角に炎症性滲出物がみられることがあ
り, 周辺虹彩前癒着を伴うこともある.
1) Schwalbe 線
Schwalbe 線は Descemet 膜の終わる部分に相当して存在し,
前房内に突出する隆起としてみられる.
2) 線維柱帯
Schwalbe 線と強膜岬の間に線維柱帯と Schlemm 管が位置
する. 線維柱帯の中央から強膜岬側は, 機能的線維柱帯に相当
し, 色素帯として観察される. 落屑緑内障, 色素緑内障, 色素
散布症候群などでは, 線維柱帯に著明な色素沈着がみられるこ
とが多い. 特に落屑緑内障眼では, Schwalbe 線前方に波状の
著明な色素沈着がみられることがあり, これを Sampaolesi 線
と呼ぶ.
3) 強 膜 岬
強膜岬は毛様体帯と線維柱帯の間の白い線として観察される.
しばしば虹彩突起がその表面にみられる. 発達緑内障眼では,
虹彩が強膜岬より前方に付着しており, 強膜岬が観察できない
ことがある.
4) 毛様体帯
毛様体帯は毛様体の前面に相当し, 灰黒色の帯として観察さ
れる.
緑内障診療ガイドライン
2. 隅角の観察方法
隅角鏡検査には直接型隅角鏡による直接法と間接型隅角鏡に
よる間接法がある. 直接型隅角鏡として Koeppe レンズなど
があり, 間接型隅角鏡として Goldmann 隅角鏡や Zeiss 四面
鏡などがある.
3. 静的隅角鏡検査と動的隅角鏡検査
隅角閉塞の正確な診断には静的隅角鏡検査と動的隅角鏡検査
の両方を行うことが必要である.
1) 静的隅角鏡検査(static gonioscopy)
暗室下で細隙灯顕微鏡の光量を極力下げ, 瞳孔領に光を入れ
ずに隅角鏡で眼球を圧迫しないようにして, 第一眼位における
自然散瞳状態での隅角開大度を評価する. 非器質的隅角閉塞と
器質的隅角閉塞を鑑別できない.
2) 動的隅角鏡検査(dynamic gonioscopy)
静的隅角鏡検査に引き続き施行する. 細隙灯顕微鏡の光量を
上げて縮瞳させ隅角鏡または眼位を傾けて軽度の圧迫を加える
ことにより隅角を開大させる. 器質的隅角閉塞の有無や範囲に
加えて結節, 新生血管の有無などを診断する.
3) 圧迫隅角鏡検査(indentation gonioscopy)
動的隅角鏡検査の一種で, 隅角鏡によって角膜中央を圧迫し
て変形させることにより房水が周辺虹彩を後方に押し下げ隅角
底が観察されやすくなる. 角膜との接触面積が小さい専用レン
ズを使用すると効率的に圧迫できる. 隅角が非常に狭いため通
常の動的隅角鏡検査によっても非器質的隅角閉塞と器質的隅角
閉塞の鑑別が困難な場合に行う.
4. 補助診断に有用な検査機器
超音波生体顕微鏡は, 隅角を含めた前眼部組織の微細構造を
断面として観察することができる診断機器で, 緑内障診断にお
ける有用性が報告されている. 前眼部光干渉断層計は非接触性
に隅角部を観察できる診断機器であり, 解像度は超音波生体顕
微鏡に勝るが, 毛様体は観察できない.
Ⅴ. 眼底検査
1. 視神経乳頭と網膜神経線維層
緑内障診断において, 視神経乳頭あるいは網膜神経線維層の
形態学的変化の検出はきわめて重要である. 視神経乳頭や網膜
神経線維層の障害所見は, 緑内障の病期と関連するが, しばし
ば視野異常の検出に先立って検出される. 特に正常眼圧緑内障
では, 眼底検査による視神経障害所見の検出が疾患の発見のきっ
かけとなることが少なくない. 眼底検査による視神経所見の観
察には, ①検眼鏡, ②補助レンズを用いた細隙灯顕微鏡, ③眼
底写真撮影, ④無赤色眼底観察, ⑤眼底三次元画像解析がある.
検眼鏡を用いた観察法の場合には, 直像鏡を用いるべきである.
また, 視神経乳頭陥凹を三次元的に観察する立体的観察が推奨
されるが, そのためには, 細隙灯顕微鏡と補助レンズ(非接触
型レンズや Goldmann 三面鏡など)を用いた方法が簡便かつ有
用である.
視神経乳頭や網膜神経線維層に緑内障による変化が生じてい
ないか, 前述した 5 つの眼底観察法を適宜用いて判定する. 内
容の詳細については, 補足資料 2 “緑内障性視神経乳頭・網膜
神経線維層変化判定ガイドライン” を独立して設けたので参照
されたい.
Ⅵ. 視野検査
1. 視
野
正常視野は, 横長の楕円形をしており, 固視点に対して, 上
側と鼻側で 60 度, 下側で 70∼75 度, 耳側で 100∼110 度程度
である. 視野計測の手法として, 動的計測と静的計測の 2 つが
ある. 視野計では, 視標の明るさは apostilbs(asb)の単位で
表示される. 1 asb は, 0.3183 candela/m2 (0.1 millilambert)
に相当する.
緑内障診療ガイドライン
2. Goldmann 視野計
Goldmann 視野計は, 国際的にも標準的に用いられている
視野計である. 背景輝度は 31.5 asb, 視標と被検眼の距離は 30
cm に設定されている. 視標サイズは, 0 (1/16 mm2), Ⅰ(1/4
mm2), Ⅱ(1 mm2), Ⅲ(4 mm2), Ⅳ(16 mm2), Ⅴ(64 mm2)で,
視標の明るさは, 1 a (12.5 asb)から 4 e (1000 asb)まである.
通常, Ⅴ/4 e, Ⅰ/4 e, Ⅰ/3 e, Ⅰ/2 e, Ⅰ/1 e の設定を用いて計
測を行う. 本視野計による動的視野計測では, 検者が視標を動
かしていくつかイソプターを描く. 熟練した検者による場合,
精度の高い結果を得ることができる.
3. 静的視野
一般に, 静的視野計測は, 動的視野計測に比して, 初期緑
内障における視野異常の検出に鋭敏である. 視野計として
Humphrey 視野計や Octopus 視野計が最も普及している. 静
的視野の感度には, デシベル表示が用いられている[1 decibel
(dB)= 0.1 log Unit]. これらの静的視野では, 中心 30 度以内
の精密測定が主に行われている. 測定プログラムにはスクリー
ニング検査と閾値検査がある. 緑内障の検出にはスクリーニン
グ検査が有用であるが, 経過観察には閾値検査法が必須である.
検査結果には, 眼瞼下垂, 屈折異常, 中間透光体の混濁, 瞳孔
径, 加齢などが影響する. 固視の状態, 偽陰性と偽陽性の出現
頻度, 短期変動などが検査結果の信頼性を評価するうえで有用
な指標となる. また被験者の経験は重要で, 一般に初回の検査
結果はそれ以降の結果よりも信頼性が低い. 検査結果は, 実測
閾値, グレースケール(実測閾値の灰色濃淡表示), トータル偏
差(年齢別正常値からの偏差), パターン偏差(被検者の予測正
常視野からの偏差)などで示される.
4. その他の視野測定
Blue on yellow perimetry(short-wavelength automated
perimetry:
SWAP),
Frequency
doubling
technology
(FDT), Flicker perimetry などが極初期の緑内障診断に有用
である可能性が報告されている.
5. 緑内障性視野異常の判定基準と程度分類
補足資料 1 [4, 5] 参照
緑内障診療ガイドライン
第4章
緑内障の治療総論
Ⅰ. 緑内障治療の原則
1. 治療の目的は患者の視機能維持
現在, 緑内障治療の目的は, 患者の視機能を維持することで
ある. 視機能の障害は, 個々の患者の quality of life (QOL)
を大きく損なうことになる. しかし, 治療にあたっては, 治療
による副作用や合併症のみならず, 通院や入院に伴う社会的・
経済的負担, あるいは失明への不安なども QOL に有害である
ことを念頭に置かなければならない.
2. 最も確実な治療法は眼圧下降
現在, 緑内障に対するエビデンスに基づいた唯一確実な治療
法は眼圧を下降することである. 眼圧以外の因子に対する新た
な治療法として, 視神経乳頭の血流改善治療や神経保護治療が
注目され試みられており, 将来革新的な治療法となる可能性が
ある.
3. 治療できる原因があれば原因治療
眼圧上昇の原因が治療可能であれば, 眼圧下降治療とともに
原因に対する治療が必要である. 原発閉塞隅角緑内障など瞳孔
ブロックが眼圧上昇の原因である緑内障に対する虹彩切開, ぶ
どう膜炎に伴う緑内障に対する消炎治療, 血管新生緑内障に対
する網膜光凝固, ステロイド緑内障に対する副腎皮質ステロイ
ド投与中止などが原因治療にあたる.
4. 早期発見が大切
緑内障では, 現在のところいったん障害された視機能が回復
することはない. また, 後期例では治療を行っても進行する例
があることが知られている. したがって, 緑内障治療において
は早期発見, 早期治療が大切である.
5. 必要最小限の薬剤で最大の効果
現在多数の緑内障治療薬が認可されているが, 薬物治療の原
則は必要最小限の薬剤と副作用で最大の効果を得ることである.
そのためには, 各薬剤の作用機序, 副作用, 禁忌を理解してお
かなければならない. さらに, QOL, 治療にかかわる費用,
アドヒアランスなどへの配慮も必要である.
6. 薬物, レーザー, 手術から選択
緑内障には, 薬物治療, レーザー治療, 手術治療の選択肢が
あるので, 症例や病期・病型に応じて適切な治療を選択しなけ
ればならない. 多剤の併用は, 副作用の増加やアドヒアランス
の低下につながることもある. アドヒアランスの向上のため配
合点眼薬の使用も考慮すべきだが, 原則的に初回から配合点眼
薬を使用することなく, 単剤併用により副作用の有無や眼圧下
降効果を評価することが望ましい. 一般的に, 眼圧コントロー
ルに多剤(3 剤以上)の薬剤を要するときは, レーザー治療や観
血的手術などの他の治療法も選択肢として考慮する必要がある.
Ⅱ. 治療の実際
緑内障は慢性に経過する症例が大部分であるので, ここで述
べる治療は, 原発開放隅角緑内障(広義), 虹彩切開術後の原発
閉塞隅角緑内障, 慢性続発緑内障などを対象としたものである.
1. ベースラインデータの把握
各症例の無治療時の状態はベースラインデータとして重要で
ある. 無治療時の眼圧レベルは, 視神経障害を引き起こした眼
圧であり, このレベルであればさらに障害が進行すると考えら
れる眼圧である. 治療効果を判定するにも無治療時の眼圧を把
握することが必要である. また, 無治療時の視神経乳頭所見や
視野所見を把握することは, 治療方針を決定するためのみなら
ず, 障害の進行を早期に検出し速やかに治療の修正, 変更を行
うために大切である. したがって, 後期例など特に治療開始を
急ぐ必要のある例でない限り, 治療開始の前に眼圧, 視神経乳
頭所見, 視野所見などのベースラインデータを十分把握してお
くことが望ましい.
緑内障診療ガイドライン
2. 目標眼圧
緑内障治療の最終目的は視機能維持ではあるが, 視神経障害
は非可逆的であること, 緩徐に進行するため治療効果の判定に
長期間を要することを考えると, 視神経障害の進行を阻止しう
ると考えられる眼圧レベル(目標眼圧)を設定して緑内障を治療
することは, 合理的な方法である(フローチャートⅢ∼Ⅴ参照).
1) 目標眼圧設定
視神経障害の進行を阻止しうる眼圧を前もって正確に知るこ
とは困難ではあるが, 治療を開始するにあたっては, 緑内障病
期, 無治療時眼圧, 余命や年齢, 視野障害進行, 家族歴, 他眼
の状況などの危険因子を勘案し, 症例ごとに目標眼圧を設定す
る(フローチャートⅣ参照). 一般に, 緑内障は後期例であれば
あるほど視野障害が進行しやすく, かつ, 進行した場合に
QOL に及ぼす影響が大きいので, 目標眼圧は低くあるべきで
ある. また, 無治療時の眼圧レベルが低ければ低いほど, 目標
眼圧を低く設定する必要がある. さらに, 視野障害の進行速度
はもちろん, 患者の年齢や余命と治療の得失のバランス, 他眼
の状態, 家族歴等々のリスクを十分考慮してそれぞれの例に応
じた目標眼圧を設定する.
目標眼圧の例としては, 緑内障病期に応じて, 初期例 19
mmHg 以下, 中期例 16 mmHg 以下, 後期例 14 mmHg 以下
というように設定することが提唱されている1). また, 各種の
ランダム化比較試験2 7) の結果をもとに, 無治療時眼圧から 20
%の眼圧下降, 30%の眼圧下降というように, 無治療時眼圧か
らの眼圧下降率を目標として設定することが推奨されている.
2) 目標眼圧の修正
目標眼圧による治療の限界は, 最初に設定した目標眼圧の妥
当性が経過を経ないと判断できない点である. すなわち視神経
障害の進行を阻止できた時点ではじめて目標眼圧が適切である
と確認できる. 目標眼圧は絶対的なものではなく, 目標眼圧を
達成していても進行する症例もあれば, 目標眼圧を達成してい
なくとも進行しない症例もある. したがって, 目標眼圧は定期
的に評価し修正することが必要である. 例えば, 視神経障害や
視野障害に進行がみられた場合は, さらに低い目標眼圧に修正
する必要がある. 一方, 治療による副作用や QOL に対する影
響がみられた場合には, 目標眼圧を維持することが必要かどう
かを判断しなければならない. また, 長期にわたり進行がみら
れない場合には, 現在の目標眼圧が必要かどうか再考すること
も必要である. 目標眼圧はあくまでも治療の手段であり治療の
目的ではないので, 目標眼圧にこだわらないことも大切である.
3. 緑内障と QOL
QOL は患者にとって最も重要なものの一つである. 緑内障
により視機能が障害されることは QOL に甚大な影響を及ぼす
ことはいうまでもないが, 適切な診断と説明を行っても, 慢性
的でかつ失明に至る可能性がある疾患と診断されることは, 患
者やその家族に心配や不安をもたらす可能性がある. また, 治
療の副作用, 経済的負担, 時間的負担なども QOL に悪影響を
及ぼすと考えられる.
患者の QOL を保つためには, 疾患の治療のみならず我々の
診断と治療が個人に与える影響についても考慮しなければなら
ない. それぞれの患者に対して, 自身の現在の状態や経過をど
のように認識しているのか, 日常生活にどのような困難がある
のかを問いかけるようにして接するべきである. QOL が妨げ
られているようであれば, 治療の中止も患者と話し合うべき選
択肢である.
4. 緑内障薬物治療におけるアドヒアランス
緑内障はきわめて慢性に経過する進行性の疾患で, 長期の点
眼や定期的な経過観察を要し, かつ自覚症状がないことが多い
ので, 治療の成功には患者の協力が保たれることが必須である.
コンプライアンスは医師からの一方的な治療指針を患者が守る
ことを指すが, アドヒアランスとは患者も治療方法の決定過程
に参加したうえ, その治療方法を自ら実行することを指すもの
緑内障診療ガイドライン
と定義される.
緑内障治療薬に対するアドヒアランスは医師が考えているよ
りはるかに悪いことが報告されている. アドヒアランス不良は,
緑内障性視神経症が進行する重要な要因の一つであるので, 治
療にはアドヒアランスが得られやすい薬剤を選択する, 進行し
たときにはアドヒアランスを確認するなどの配慮が必要である.
また, アドヒアランスを改善するために①疾患, 治療, 副作
用について十分に説明する, ②最小限の治療とする, ③ライフ
スタイルに合わせた治療を行う, ④正しい点眼指導を行うこと
も大切である.
Ⅲ. 緑内障治療薬
1. 緑内障治療薬の分類 (表 4 1, 補足資料 1 [6]参照)
1) 交感神経刺激薬
(1) 受容体非選択性
(2)
受容体選択性
2) 交感神経遮断薬
(1)
受容体遮断薬
) 受容体非選択性
)
(2)
(3)
受容体選択性
受容体遮断薬
受容体遮断薬
3) 副交感神経刺激薬
4) プロスタグランジン関連薬
5) 炭酸脱水酵素阻害薬
(1) 全身薬
(2) 局所薬
6) 高張浸透圧薬
7) 配合点眼薬
2. 薬剤の選択
原発開放隅角緑内障(広義)においては, プロスタグランジン
表4 2
交感神経刺激薬
ジピベフリン
主な眼圧下降機序
点眼回数
遮断薬
線維柱帯流出
促進
房水産生抑制
房水産生抑制
+ぶどう膜強
膜流出促進
2 回/日
1∼2 回/日
1∼2 回/日
結膜アレルギー
結膜充血
角膜上皮障害
眼瞼炎
睫毛多毛
虹彩・眼瞼色素沈着
虹彩炎
胞様黄斑浮腫
角膜浮腫
角膜ヘルペス再発
瞳
上眼瞼溝深化
全身副作用
徐
遮断薬
チモロール
ニプラジロール
カルテオロール
レボブノロール
ベタキソロール
局所副作用
縮
主な緑内障
脈
血圧低下
頻脈・血圧上昇
気管支収縮
血漿脂質上昇
配合点眼薬については各薬剤の項を参照のこと
緑内障診療ガイドライン
点眼薬とその特徴
遮断薬
副交感神経
刺激薬
プロスタグランジン関連薬
プロストン系
炭酸脱水酵素
阻害薬
プロスト系
ブナゾシン ピロカルピン ウノプロスト ラタノプロスト ドルゾラミド
ン
トラボプロスト ブリンゾラミ
タフルプロスト ド
ビマトプロスト
ぶどう膜強
膜流出促進
線維柱帯
流出促進
ぶどう膜強膜
流出促進
ぶどう膜強膜
流出促進
房水産生抑制
2 回/日
4回/日
2 回/日
1 回/日
2∼3 回/日
関連薬や交感神経
遮断薬が優れた眼圧下降効果と良好な認
容性により, 第一選択薬として使用されている. しかし, 副作
用などのために交感神経
遮断薬やプロスタグランジン関連
薬の使用が不適当な症例では, 炭酸脱水酵素阻害薬点眼, 交感
神経
遮断薬, 非選択性交感神経刺激薬, 副交感神経刺激薬
などの点眼薬も第一選択薬になりうる. 原則として配合点眼薬
は多剤併用時のアドヒアランス向上が主目的であり, 第一選択
薬ではない.
3. 治療トライアル
薬物の効果には個人差があり, かつ眼圧には日々変動や日内
変動がある. 点眼薬の導入にあたって, できれば片眼に投与し
てその眼圧下降効果や副作用を判定(片眼トライアル)し, 効果
を確認の後, 両眼に投与を開始することが望ましい. ただし,
交感神経
遮断薬では非投与眼にも若干の眼圧下降効果があ
るので評価の際には考慮する.
4. 薬物併用の留意点
・薬剤の効果がない場合, 効果が不十分な場合, あるいは薬
剤耐性が生じた場合は, まず薬剤の変更を考慮し, 単剤
(単薬)治療をめざす
・単剤(単薬)での効果が不十分であるときには多剤併用療法
(配合点眼薬を含む)を行い, 追加眼圧下降効果とともに副
作用に留意する
・多剤併用療法の際には配合点眼薬の使用により, 患者のア
ドヒアランスや QOL の向上も考慮すべきである.
・決められた用法より点眼回数や点眼量を増やしても, 眼圧
下降効果は増加せず副作用が増す
・眼圧下降効果, 副作用, アドヒアランスに与える影響など
を考えると, 多剤(3 剤以上)を要するときはレーザー治療
や観血的手術など他の治療法も選択肢として考慮する
5. 併用療法
薬物治療では, 単剤での効果が不十分であるときには併用療
緑内障診療ガイドライン
法を行う. 交感神経
遮断薬と交感神経刺激薬の併用や, 経
ぶどう膜強膜流出を増加するプロスタグランジン関連薬と経ぶ
どう膜強膜流出を減少するピロカルピンの併用など, 薬理学的
にあるいは眼圧下降機序として相応しくない組み合わせはある
が, 実際はこれらの併用によって眼圧下降が得られることも多
い. 併用効果は, 実際に試用して確認する. ただし, 2 種類の
交感神経
遮断薬併用, 炭酸脱水酵素阻害薬の点眼剤と内服
の併用など, 同じ薬理作用の薬剤は併用すべきでない. 例えば,
ウノプロストン, ラタノプロスト, トラボプロスト, タフルプ
ロスト, ビマトプロストは全てプロスタグランジン関連薬であ
り, 併用してはならない. 配合点眼薬使用時には, 併用薬に同
系統の薬剤が含まれないよう留意する.
6. 点眼指導
点眼薬の眼内移行を増して効果を増大し, 全身移行を減じて
副作用を軽減するためには, またアドヒアランスを向上するた
めには, 以下のように正しい点眼法を指導することが大切である.
・点眼前に手を洗う
・点眼瓶の先が睫毛に触れないように注意する
・点眼は 1 回 1 滴とする
・点眼後は静かに閉瞼し, 涙
部を圧迫する
・目のまわりにあふれた薬液は拭き取り, 手に付いた薬液は
洗い流す
・複数の点眼液を併用するときは, 5 分以上の間隔をあけて
点眼する
Ⅳ. レーザー手術
1. レーザー虹彩切開術
1) 目
的
瞳孔ブロックを解除し前後房の圧差を解消して隅角を開大する.
2) 適
応
瞳孔ブロックによる原発ならびに続発閉塞隅角緑内障では第
一選択の治療である. プラトー虹彩が疑われる症例に対して瞳
孔ブロックの要素を除去する目的で行ってもよい.
3) 術前準備
①
虹彩が伸展・緊張し, 穿孔が容易になるように, 術前 1
時間前に 1∼2 %ピロカルピンを点眼する.
②
術後一過性眼圧上昇の予防のため, 術 1 時間前と術直後
に交感神経
③
刺激薬(アプラクロニジン)を点眼する.
角膜浮腫があるときには炭酸脱水酵素阻害薬や高張浸透
圧薬を投与し角膜が透明化してから施行する.
④
点眼麻酔下で施行する.
4) コンタクトレンズ
虹彩切開用の Abraham コンタクトレンズ, Wise コンタク
トレンズなどを使用する.
5) 術式・施行部位
虹彩切開用コンタクトレンズを使用し, 眼瞼に覆われる上耳
側あるいは上鼻側(単眼複視の予防)の虹彩周辺部に照射する.
ただし, 老人環の部位は避けて角膜の透明な部分を選ぶ.
6) レーザー設定
(1) Nd YAG レーザー虹彩切開術
①
装置によりプラズマ発生エネルギーが異なるため, 使用
機種によって定められたエネルギーを用いる.
②
虹彩表面ではなく虹彩実質に焦点を合わせる.
③
虹彩出血を予防するために, アルゴンレーザーなどで穿
孔予定部位に予備照射を行うこともある.
(2) アルゴンレーザーなど熱凝固レーザー虹彩切開術
①
②
第 1 段階(穿孔予定部位の周囲に照射し虹彩を伸展する)
スポットサイズ
:200∼500
パワー
:200 mW
時
:0.2 秒
間
第 2 段階(穿孔照射)
スポットサイズ
:50
緑内障診療ガイドライン
パワー
:1000 mW
時
:0.02 秒
間
穿孔が得られると照射部から色素が油煙状に立ち昇るので,
さらに照射を加え瞳孔ブロックを解消するに十分な大きさ
(100∼200
)になるよう穿孔創を拡大する.
(3) アルゴンレーザー・Nd YAG レーザー併用法
アルゴンレーザーなどの熱凝固レーザーを照射した後に Nd
YAG レーザーで穿孔創をあける方法である. Nd YAG レー
ザー単独法に比較して出血が少ないという利点がある. また,
アルゴンレーザー単独法に比較して総エネルギー量が小さいの
で推奨される方法である.
7) 合 併 症
レーザー虹彩切開術には以下の合併症があるが, なかでも水
疱性角膜症は重篤であり, 我が国での合併例が多く報告されて
いる. 水疱性角膜症の発症には, 角膜内皮の状態, レーザー照
射の総エネルギー量などが関連すると推測されている. 術前に
角膜内皮の状態を把握すること, 過剰照射を避けることを心が
けなければならない.
・瞳孔偏位
・前房出血
・角膜混濁
・水疱性角膜症
・術後虹彩炎
・限局性白内障
・術後一過性眼圧上昇
・虹彩後癒着
・穿孔創の再閉塞
・網膜誤照射
8) 術後管理
①
術後 1∼3 時間の眼圧モニター測定を行い, 一過性眼圧
上昇の有無を確認する.
②
必要に応じて炭酸脱水酵素阻害薬や高張浸透圧薬を投与
する.
③
術後炎症は, 自然消退することが多いが, 炎症の程度に
よっては副腎皮質ステロイド薬を投与する.
2. レーザー線維柱帯形成術
1) 目
的
レーザーを線維柱帯に照射し房水流出率を改善する.
2) 適
応
原発開放隅角緑内障(広義), 落屑緑内障, 色素緑内障, レー
ザー虹彩切開術後の原発閉塞隅角緑内障, 混合型緑内障など.
ただし, 眼圧が 25 mmHg 以上の例では眼圧正常化は困難で
あることが知られている. 観血的手術に代わりうるものではな
く, 薬物治療に対する補助的な治療法と考えるべきである. ま
た, 経年的に眼圧下降効果の減弱することが知られている.
3) 術前準備
①
術後一過性眼圧上昇を予防するため, 術 1 時間前と術直
後にアプラクロニジンを点眼する.
②
点眼麻酔下で施行する.
4) コンタクトレンズ
レーザー凝固用隅角鏡
5) 術式・施行部位
アルゴンレーザー, ダイオードレーザーなどを用いる. 隅角
の 1/4 から 1/2 周の線維柱帯色素帯に 1 象限あたり均等な間
隔で約 25 発照射する. また, 532 nm の Q スイッチ半波長
YAG レ ー ザ ー を 使 用 す る 選 択 的 レ ー ザ ー 線 維 柱 帯 形 成 術
(selective laser trabeculoplasty;SLT)では, 隅角の 1/2 ∼
全周の線維柱帯に重ならない程度の間隔で照射する.
6) レーザー設定(アルゴンレーザー)
スポットサイズ:50
パワー
:400∼800 mW(小気泡が出現せずに色素の
脱失が得られる程度)
緑内障診療ガイドライン
時
間
:0.1 秒
7) 合 併 症
・前房出血
・周辺虹彩前癒着
・術後虹彩炎
・術後眼圧上昇
8) 術後管理
①
術後 1∼3 時間の眼圧モニターを行い, 一過性眼圧上昇
の有無を確認する.
②
必要に応じて炭酸脱水酵素阻害薬や高張浸透圧薬を投与
する.
③
術後炎症は, 自然消退することが多いが, 炎症の程度に
よっては副腎皮質ステロイド薬を投与する.
3. レーザー隅角形成術 (レーザー周辺部虹彩形成術)
1) 目
的
レーザーの熱凝固により虹彩周辺部を収縮させ隅角を開大す
る.
2) 適
応
プラトー虹彩, 瞳孔ブロックによる閉塞隅角緑内障で角膜混
濁のためにレーザー虹彩切開術が施行不能な例, レーザー線維
柱帯形成術を施行する前処置として狭隅角の原発開放隅角緑内
障(広義)例, あるいは術後再癒着防止のために隅角癒着解離術
の術後眼に行う.
ただし, 既に周辺虹彩前癒着を形成した部位には無効である.
また, 瞳孔ブロックによる緑内障に施行した場合は, できるだ
け早い機会にレーザー虹彩切開術を行うべきである.
3) 術前準備
①
術後一過性眼圧上昇を予防するため, 術 1 時間前と術直
後にアプラクロニジンを点眼する.
②
点眼麻酔下で施行する.
4) コンタクトレンズ
隅角鏡または虹彩切開用コンタクトレンズを用いる.
5) 術式・施行部位
全周または半周の虹彩周辺部に, 一象限あたり 15 発程度,
1∼2 列の凝固を行う.
6) レーザー設定
スポットサイズ:200∼500
パワー
:200∼400 mW
時
:0.2∼0.5 秒
間
7) 合 併 症
・術後一過性眼圧上昇
・術後虹彩炎
・瞳孔偏位
8) 術後管理
①
術後 1∼3 時間目に眼圧測定を行い, 一過性眼圧上昇の
有無を確認する.
②
必要に応じて炭酸脱水酵素阻害薬や高張浸透圧薬を投与
する.
③
術後炎症は, 自然消退することが多いが, 炎症の程度に
よっては副腎皮質ステロイド薬を投与する.
4. 毛様体光凝固術
1) 目
的
毛様体をレーザーにより破壊し, 房水産生を抑制して眼圧下
降を得る.
2) 適
応
濾過手術などの他の緑内障手術が無効あるいは適応がない症
例.
重篤な合併症を来しうるので眼圧下降の最終手段と考えるべ
きである.
経強膜, 経瞳孔, あるいは経硝子体などのアプローチで施行
する方法がある.
緑内障診療ガイドライン
3) 術前準備
球後麻酔下に行う.
4) 術式・施行部位(経強膜的ダイオードレーザー毛様体凝固)
毛様体凝固用プローブを使用し, 輪部から 0.5∼2.0 mm にプ
ローブを当て毛様体を凝固する. 1 回あたり 1/2∼3/4 周に
15∼20 発施行する.
5) レーザー設定(経強膜的ダイオードレーザー毛様体凝固)
パワー:2000 mW
時
間:2 秒
6) 合 併 症
・疼痛
・遷延性炎症
・視力低下, 光覚消失
・交感性眼炎
・眼球癆
7) 術後管理
①
疼痛の予防のため, 消炎鎮痛薬を投与する.
②
術後炎症に関しては副腎皮質ステロイド薬を投与する.
③
一度の照射では眼圧再上昇を来すことが多く, 数回の再
照射によって眼圧コントロールが得られることが多い.
5. レーザー切糸術
1) 目
的
線維柱帯切除術後に濾過量を増加させる.
2) 適
応
線維柱帯切除術後に強膜弁からの房水濾過量が不足している
と判断され, かつ, 過剰濾過を来たさないと判断されたとき.
3) 術前準備
①
術中に強膜弁はナイロン糸で縫合しておく.
②
点眼麻酔下で施行する.
4) コンタクトレンズ
レーザー切糸用レンズを用いる.
5) 術式・施行部位
熱凝固レーザー(結膜熱傷の合併を避けるために赤色レーザー
の使用が望ましい). 結膜をレーザー切糸用レンズで軽く圧迫
し, 透見された縫合糸に焦点を合わせて照射する.
6) レーザー設定
スポットサイズ:50
パワー
:100∼300 mW
時
:0.1∼0.2 秒
間
7) 合 併 症
・結膜熱傷, 穿孔
・過剰濾過
8) 術後管理
眼圧, 濾過胞の状態を確認する.
Ⅴ. 観血的手術
1. 適
応
一般に, 観血的手術は, 薬物治療やレーザー治療など他の治
療法によっても十分な眼圧下降が得られない症例, 副作用やア
ドヒアランス不良などによって他の治療法が適切に行えない症
例, 他の治療では十分な眼圧下降が得られないと考えられる症
例が適応となる. 手術の適応は, それぞれの患者について, 病
型, 病期, 病識, アドヒアランス, 年齢, 全身状態, 患者の社
会的背景などから総合的に判断し決定されなければならない.
また, 手術に限らずすべての治療は, 患者にその治療法や治
療法に伴う偶発症・合併症について十分説明し, 患者に同意の
もとに行うべきものであることはいうまでもない.
2. 術
式
以下に緑内障に対する主な術式を概説した. このほか,
viscocanalostomy などの新しい術式が一部で試みられている
が, その成績は十分検討されていない. 現在, 原発開放隅角緑
内障(広義)をはじめ大部分の病型の緑内障に対して最も広く行
緑内障診療ガイドライン
われている術式は線維柱帯切除術である. しかし, 術式の選択
は, それぞれの術式の奏功機序, 長期成績, 合併症や, それぞ
れの患者の病型, 病期, 手術既往歴などを検討したうえで決定
する必要がある.
1) 濾過手術
強角膜輪部に小孔を形成し, 前房と結膜下組織の間に新たな
房水流出路を作製する手術. 最も重篤な合併症として濾過胞か
らの晩期感染がある. 線維柱帯切除術をはじめ濾過手術を施行
された患者には, 晩期感染のリスクについて十分説明しておか
なければならない.
(1) 全層濾過手術
強膜弁を作製せず前房から結膜下への直接的な房水流出路を
作製する手術. 線維柱帯切除術など強膜弁を作製する濾過手術
に比べて, 濾過量のコントロールが困難で浅前房などの合併症
が多いため, 現在では, 適応は一部のきわめて難治な症例に限
られる.
(2) 線維柱帯切除術
強膜弁を作製し, 強膜弁下に輪部組織の切除を行い, 強膜弁
を縫合して濾過量を調整する術式. 現在, 最も一般的な緑内障
手術である. 濾過部位の瘢痕化抑制を目的に代謝拮抗薬が併用
されるようになり, 線維柱帯切除術の成績は飛躍的に向上した.
また, レーザー切糸術の導入によって術後の眼圧調整が可能に
なり, 低眼圧などの過剰濾過による合併症も減少した. 一部の
症例では再手術や他の治療が必要となるものの, 多くの症例で
長期の眼圧コントロールが維持されている.
(3) 非穿孔性線維柱帯切除術
強膜弁下に一部の組織を切除し, 前房に穿孔しない房水流出
路を形成する手術. 線維柱帯切除術に比較して, 術後早期の合
併症が少ないが, 眼圧下降効果に劣る.
(4) チューブシャント手術
専用のインプラントを用いて前房と眼外の間に新たな房水流
出路を作製する手術. 代謝拮抗薬を併用した線維柱帯切除術が
不成功に終わった症例, 手術既往により結膜の瘢痕化が高度な
症例, 線維柱帯切除術の成功が見込めない症例, 濾過手術が技
術的に施行困難な症例に行われてきた. 近年欧米では早期例へ
の適応も行われている. ただし, 我が国においては医療器具と
して最近その一部が認可されたばかりで使用経験に乏しい.
2) 房水流出路再建術
(1) 線維柱帯切開術
強膜弁下に同定した Schlemm 管内にトラベクロトームを挿
入し, 前房内に回転することで外側から線維柱帯を切開し,
Schlemm 管への房水流出の促進を目的とする手術.
(2) 隅角癒着解離術
閉塞隅角緑内障眼の隅角癒着を解離し, 生理的な房水流出路
からの房水流出を促進して眼圧下降を得る手術. 白内障手術と
の同時手術がより効果的である.
(3) 隅角切開術
隅角レンズで観察しながら, 角膜から刺入した切開刀で前房
側から隅角を切開する手術. 発達緑内障が適応である.
3) 瞳孔ブロックを解消する手術
(1) 周辺虹彩切除術
原発閉塞隅角緑内障など瞳孔ブロックが原因の緑内障に対し
て, 周辺部虹彩を切除することで前後房の間の圧差を解消する
術式. レーザー虹彩切開術の普及により, 観血的周辺虹彩切除
術が施行されることはまれになった.
4) 毛様体破壊術
冷凍凝固装置やジアテルミーを用いて毛様体を凝固し, 房水
産生能を抑制することで眼圧を下降させる手術. レーザー装置
がこの目的で使用されるようになって以来あまり施行されなく
なった. 疼痛が強く眼球癆など合併症が多いため, 他の治療が
無効な難治例のみが適応である.
緑内障診療ガイドライン
文
献
1) 岩田和雄:低眼圧緑内障および原発開放隅角緑内障の病態と視神
経障害機構. 日眼会誌 96:1501 1531, 1992.
2) Collaborative Normal-Tension Glaucoma Study Group: Comparison of glaucomatous progression between untreated patients with normal-tension glaucoma and patients with
therapeutically reduced intraocular pressures. Am J Ophthalmol 126:487 497, 1998.
3) Collaborative Normal-Tension Glaucoma Study Group: The
effectiveness of intraocular pressure reduction in the treatment of normal-tension glaucoma. Am J Ophthalmol 126:
498 505, 1998.
4) The AGIS Investigators: The Advanced Glancoma Intervention study(AGIS): 7. The relationship between control of
intraocular pressure and visual field deterioration. Am J
Ophthalmol 130:429 440, 2000.
5) Kass MA, Heuer DK, Higginbotham EJ, Johnson CA,
Keltner JL, Miller JP, et al: The Ocular Hypertension Treatment Study: a randomized trial determines that topical ocular hypotensive medication delays or prevents the onset of
primary open-angle glaucoma. Arch Ophthalmol 120:701
713; discussion 829 730, 2002.
6) Heijl A, Leske MC, Bengtsson B, Hyman L, Bengtsson B,
Hussein M: Early Manifest Glaucoma Trial Group: Reduction of intraocular pressure and glaucoma progression:
results from the Early Manifest Glaucoma Trial. Arch Ophthalmol 120:1268 1279, 2002.
7) Leske MC, Heijl A, Hussein M, Bengtsson B, Hyman L,
Komaroff E: Early Manifest Glaucoma Trial Group: Factors for glaucoma progression and the effect of treatment: the
early manifest glaucoma trial. Arch Ophthalmol 121:48 56,
2003.
第5章
緑内障の病型別治療
は じ め に
緑内障治療(治療方針の決定, 変更, 治療の実施, 経過観察)
にあたって患者との信頼関係を築くことが, 有効な治療を導く
最大の要点であることを忘れてはならない.
また, 各治療法の効果と副作用(合併症)を理解し, 効果が患
者の視機能, 全身状態, quality of life(QOL)に与える負の効
果を上回る治療法を選択しなければならない. 治療中の経過観
察間隔は各症例の眼圧, 視神経, 視野の状態によって短縮, あ
るいは延長されることを理解し, 画一的観察を行ってはならな
い. 経過観察には眼圧測定, 視野検査, 視神経検査などを行い,
視神経検査では画像記録を行うことが望ましい.
Ⅰ. 原発緑内障
1. 原発開放隅角緑内障
治療の目標眼圧は各症例の病期, 病態によって決定されるが
(フローチャートⅣ, 第 4 章参照), あくまでも目安であること
を銘記し, 目標眼圧が達成されていることに満足して観察を怠っ
たり, 逆に目標眼圧値にこだわって過度な治療を行ってはなら
ない.
1) 薬物治療
・原発開放隅角緑内障の治療は薬物治療を第 1 選択とする.
・薬物治療は眼圧下降点眼薬の単剤療法から開始し, 有効性
が確認されない場合には他剤に変更し, 有効性が十分でな
い場合には多剤併用(配合点眼薬を含む)を行う.
・眼圧下降効果の確認には, 可能であれば片眼投与による非
点眼側との眼圧比較, あるいは無治療時, 治療時の眼圧日
内変動測定を行い, 治療効果の安定性を確認する.
眼圧下降療法以外に視神経血流改善療法や神経保護治療が注
緑内障診療ガイドライン
目され, カルシウム拮抗薬内服の有効性を推定する報告もある
が, 多数例を対象とした多施設共同研究や, 無作為投与試験に
よる明確な治療効果の証明はなされていない.
2) レーザー線維柱帯形成術
・非観血的手術として外来で点眼麻酔下に施行できるという
利点がある.
・眼圧下降効果の持続性については経時的に低下することが
知られており, 術後 10 年の経過では 10∼30%の例で眼圧
下降が維持されているにすぎない.
・さらに, 施術の有効例と無効例を予測することが出来ない.
また, 線維柱帯組織が障害され長期的には房水流出機能を
低下させ, 眼圧上昇を来す可能性もあることから, 最終的
に観血的手術を行えない, あるいは拒否する患者に対して
安易に施術することは避けなければならない.
・眼圧が投薬下で 25 mmHg を超える例での眼圧正常化は困
難であることが知られている.
・施術に際してはレーザー照射後眼圧上昇を来す例があるの
で, 施術後数時間の眼圧モニターを行い, 上昇例では眼圧
値, 視神経, 視野の状態に応じて眼圧下降手段を講じる.
・レーザー照射後の眼圧上昇予防に交感神経
刺激薬(アプ
ラクロニジン)の術前後の点眼が有効性であることが知ら
れているが, その効果が完全ではないことから照射後 1∼
3 時間の眼圧モニターを怠ってはならない.
3) 観血的手術(必要に応じて術後薬物治療を追加)
(1) 濾過手術(代謝拮抗薬併用/非併用線維柱帯切除術, 非
穿孔性線維柱帯切除術, チューブシャント手術)
(2) 房水流出路再建手術(線維柱帯切開術など)
現在最も広く行われている術式は線維柱帯切除術である. ま
た近年では海外においてチューブシャント手術が一般化しつつ
あり, 良好な成績が報告されているが, ただし, 我が国におい
ては医療器具として最近その一部が認可されたばかりで使用経
験に乏しい。 また, 術後合併症の問題も存在する. 線維柱帯切
開術の術後眼圧は線維柱帯切除術に比べて高値で, 術後緑内障
治療薬併用で 10 mmHg 台後半であることが知られているが,
線維柱帯切除術に比べて合併症が少なく代謝拮抗薬を併用しな
い利点がある. 非穿孔性線維柱帯切除術に関しては, 成績は代
謝拮抗薬併用線維柱帯切除術に比較して眼圧下降効果に劣るこ
とは多くの報告で一致している.
(3) 毛様体破壊術
原発開放隅角緑内障(広義)治療で必要となることはまれであ
る. 眼球構造, 機能に影響が大きく適応にはきわめて慎重であ
るべきである.
4) 経過観察
経過観察間隔は各症例の眼圧, 視神経, 視野の状態によって
短縮, あるいは延長されることを理解し, 画一的観察を行って
はならない. 眼圧のコントロールが得られても 1∼数か月に 1
回の眼圧測定, 視神経観察, 年に 1∼2 回の視野測定を行う.
また眼底画像記録も経過を知るうえで有用である.
濾過手術眼では濾過胞感染の危険を説明し, 充血, 流涙, 霧
視, 眼痛などの感染を示唆する症状があれば直ちに来院するよ
うに指示することが大切である.
付記 1) 高眼圧症
眼圧が統計学的に定められた正常上限を超えていながら, 視
神経, 視野に異常のない例が原発開放隅角緑内障に移行する割
合は 1 年に 1∼2%にすぎない. 米国で行われた多施設共同研
究では眼圧が 24∼32 mmHg の高眼圧症例を無作為に無治療群
もしくは治療群(点眼療法で眼圧 24 mmHg 以下を目標とする)
に分けて 5 年間にわたって観察した結果, 視野障害あるいは視
神経障害の発症が治療群で有意に少なかったことが示されてい
るが, 眼圧が 24 mmHg 未満の例にも治療が有効であるかなど
は検討されていない. したがって, 眼圧が正常値上限を僅かに
緑内障診療ガイドライン
超えていることのみでは治療対象とする十分な理由とはならな
い. 繰り返し眼圧 20 mmHg 台後半を示すような例, 緑内障家
族歴などの危険因子(第 2 章参照)のある場合には, 耐用可能な
点眼薬で治療を行うことでは見解が一致している.
経過観察間隔は 1∼数か月ごととし, 眼圧の推移を観察する.
視神経, 視野検査が正常であることが確認され, かつ, 原発開
放隅角緑内障へ移行する危険因子のない例では 1∼2 年おきの
眼圧, 視神経検査, 視野検査を行う.
付記 2) preperimetric glaucoma
眼底検査において緑内障性視神経乳頭所見や網膜神経線維層
欠損所見などの緑内障を示唆する異常がありながらも通常の自
動静的視野検査で視野欠損を認めない状態を preperimetric
glaucoma と称することがある. この状態には緑内障の前駆状
態もしくは緑内障に類似した所見を示している正常眼もしくは
他の疾患の一部が含まれると考えられ, 原則的には無治療で慎
重に経過観察する. しかしながら, 高眼圧や, 強度近視, 緑内
障家族歴など緑内障発症の危険因子を有している場合や, より
早期の緑内障性異常が検出できる可能性があるとされるその他
の視野検査や眼底三次元画像解析装置により異常が検出される
場合には, 必要最小限の治療を開始することを考慮する.
2. 正常眼圧緑内障
治療の目標眼圧に関して, 米国での多施設共同研究の結果で
は無治療時眼圧から 30%以上の眼圧下降を得られた群と無治
療群では視野障害進行に有意の差があり, 眼圧下降が有効であ
ることが報告されている. しかし, 眼圧下降が必ず 30%以上で
ある必要があるか否かは不明である. また報告では 30%以上
の眼圧下降を得るために半数以上で濾過手術が適応されており,
術後の白内障進行が視機能を低下させることも報告されている.
治療と経過観察は, 原発開放隅角緑内障に準じるが, レーザー
線維柱帯形成術は眼圧下降効果が小さいと考えられている.
眼圧下降療法以外に視神経血流改善療法や神経保護治療が注
目され, カルシウム拮抗薬内服の有効性を推定する報告もある
が, 多数例を対象とした多施設共同研究や, 無作為投与試験に
よる明確な治療効果の証明はなされていない.
3. 原発閉塞隅角緑内障・原発閉塞隅角症
3 A. 相対的瞳孔ブロックによる原発閉塞隅角緑内障・原発
閉塞隅角症
レーザー虹彩切開術あるいは虹彩切除術による瞳孔ブロック
解除が根本的治療法であり, 治療の第 1 選択である. 有水晶体
眼では水晶体摘出も有効であるが, 白内障手術の適応のない例
に, 瞳孔ブロック解除を目的とした水晶体摘出を行うことにつ
いては意見が分かれる.
薬物治療による眼圧下降は瞳孔ブロック解消後にも遷延する
高眼圧[残余緑内障(residual glaucoma)]に対する治療法とし
て, あるいは急性緑内障発作などの例では症状や所見を緩和し,
さらにレーザー虹彩切開術や虹彩切除術の施行を容易にし, 安
全性を高める目的で行われる. また, ほとんどの例が両眼性で
あることから, 片眼に原発閉塞隅角緑内障・原発閉塞隅角症が
みられた場合は, 他眼に対しても予防的なレーザー虹彩切開術
や虹彩切除術を行う.
A i ) 急性原発閉塞隅角緑内障・急性原発閉塞隅角症
1) 薬物治療
(1) 高張浸透圧薬
高度の眼圧上昇を沈静化させるのに最も有効な薬剤である.
高張浸透圧薬は細胞外液に分布し, 血液の浸透圧を高めて細胞
内液の水分を細胞外液に移行させる作用を持ち, 眼内では主に
硝子体液が脈絡膜毛細血管に引き込まれ, 硝子体容積の減少に
よって眼圧下降が得られる. 硝子体容積の減少は, 虹彩を後退
させ, 前房を深くし, 急性原発閉塞隅角緑内障・急性原発閉塞
隅角症発作の際に有効性を発揮する.
高浸透圧薬の点滴は最も即効性で眼圧下降効果が強いが, 全
緑内障診療ガイドライン
身的には急激な細胞外液量の増加は循環血漿量の増加となり循
環器系に負担をかけ, 心不全, 肺うっ血の患者では肺水腫を起
こす可能性に注意しなければならない. また高浸透圧薬の眼圧
下降効果は一時的であり, 持続的眼圧下降を期待しての度重な
る投与は全身状態を悪化させるのみであることを銘記しなけれ
ばならない.
a. 点
滴
マンニトール:20%マンニトール溶液 1 回 1.0∼3.0 g/kg を
30∼45 分で点滴静注する. 眼圧が最低値に達するのは 60∼90
分後で, 眼圧下降の持続は 4∼6 時間である. マンニトールは
腎から排泄されるため, 腎障害で排泄が減少していると血漿浸
透圧が上昇し循環血漿量が増加することにより急性腎不全を来
すことがある. また急性緑内障では発作時には既に嘔吐により
脱水に陥っていることがあるが, マンニトールの利尿作用によ
り脱水が悪化する可能性がある.
グリセオール:300∼500 ml を 45∼90 分で点滴静注する.
点滴開始から 30∼135 分で最低眼圧に達する. 効果持続時間は
約 5 時間である. 代謝過程でぶどう糖を生じ, また 1 L あたり
637 kcal のエネルギーを有することから, 糖尿病患者への投与
には注意が必要である.
b. 内
服
イソソルビド:70%溶液
70∼140 ml を 1 日 2∼3 回に分け
て投与する.
グリセリン:50%内服液 3 ml/kg を 1 日 1∼2 回投与する.
(2) 縮
瞳
1%あるいは 2%ピロカルピンを 1 時間に 2∼3 回点眼する.
高眼圧のため瞳孔括約筋が虚血状態になり対光反応が消失
(括約筋麻痺)している場合, 副交感神経刺激薬の頻回投与は効
果がなく, 縮瞳せず, かえって毛様体筋の前方移動の原因となっ
て瞳孔ブロックが増強する. また大量の縮瞳薬の投与は経鼻的
に吸収され全身的な副作用を引き起こし, 腹痛の原因ともなる.
したがって, 強力な副交感神経作動薬の投与は好ましくない.
(3) 房水産生の抑制
a . アセタゾラミド 10 mg/kg 経静脈あるいは経口投与
b . 交感神経
遮断薬点眼
c . 交感神経
遮断薬
d . 炭酸脱水酵素阻害点眼薬
(4) 房水流出の促進
a . プロスタグランジン関連薬点眼
b . 交感神経
c . 交感神経
遮断薬
遮断薬
2) 手術療法
(1) レーザー虹彩切開術
レーザー虹彩切開術は角膜が十分に透明な状態で施行すべき
である. 不透明な角膜を通してのレーザー照射は水疱性角膜症
発症の危険が高い. したがって角膜混濁の例では無理なレーザー
照射をさけ, 手術的虹彩切除術の適応を考慮する必要がある.
レーザー虹彩切開術後の水疱性角膜症発症は, 滴状角膜, 糖尿
病患者, あるいは急性緑内障発作既往のある例, あるいは角膜
内皮細胞が既に減少している例で多いことが知られている.
(2) 手術的虹彩切除術
手術的虹彩切除術はレーザー照射が困難な角膜混濁の状態で
も施術可能であるという利点を有する一方, 内眼手術に伴う危
険がある. 特に原発閉塞隅角緑内障・原発閉塞隅角症の急性発
作眼では悪性緑内障の発症や脈絡膜出血などの危険があり, 術
前に十分な眼圧下降を行う必要がある.
A ii) 慢性原発閉塞隅角緑内障
急性原発閉塞隅角緑内障・急性原発閉塞隅角症と同様, 瞳孔
ブロックの解消が治療の基本である.
瞳孔ブロック解除後の遷延する高眼圧[残余緑内障(residual
glaucoma)]に対する治療は原発開放隅角緑内障に準じ, 薬物
治療, レーザー療法, 手術療法を行う.
緑内障診療ガイドライン
1) 薬物治療(原発開放隅角緑内障に準じて以下の薬物を組
み合わせて使用する)
a . プロスタグランジン関連薬
b . 交感神経
c . 交感神経
d . 交感神経
遮断薬
遮断薬
遮断薬
e . 副交感神経刺激薬
f . 炭酸脱水酵素阻害薬
g . 配合点眼薬
2) 手術療法
(1) レーザー線維柱帯形成術
周辺虹彩前癒着のない部分に適応可能であるが, 眼圧下降効
果が弱い. 狭隅角眼では照射後の周辺虹彩前癒着形成を来しや
すいことに注意が必要である.
(2) 房水流出路再建術(隅角癒着解離術, 線維柱帯切開術)
隅角癒着解離術は周辺虹彩前癒着が広範な例(例えば隅角の
半周以上)が適応となる. 線維柱帯切開術は線維柱帯が開放し
ている部分に適応される. また周辺虹彩前癒着を解離する目的
でも用いられる. 両術式ともに水晶体摘出(眼内レンズ挿入術
を含む)を併用することにより, 手術部の再癒着が予防され,
眼圧下降効果も優れていることが報告されている.
(3) 線維柱帯切除術
薬物治療で眼圧コントロールが不十分な例, 周辺虹彩前癒着
が長期にわたる例, 隅角の透見が困難で隅角癒着解離術が施行
しがたい例, あるいは隅角癒着解離術や線維柱帯切開術が奏功
しなかった例が適応となる. 手術に際して狭隅角眼では, 前房
消失, 悪性緑内障などの合併症が少なくないことに留意する必
要がある.
付記) 原発閉塞隅角症疑い(PACS)
原発閉塞隅角症疑いに対してレーザー治療を含む瞳孔ブロッ
ク解除手術を行うことについては, 必ずしも原発閉塞隅角緑内
障を発症するとは限らないことより意見が分かれる.
しかしながら各種負荷試験陽性眼や定期検査のできない例,
急性発作時にすぐに眼科を受診できない例, 原発閉塞隅角緑内
障の家族歴のある例, 糖尿病網膜症などの眼底疾患で散瞳する
機会が多い例は手術の適応と考えてよい.
原発閉塞隅角症疑いに対する瞳孔ブロック解除は原発閉塞隅
角緑内障・原発閉塞隅角症発症への予防的治療であることから,
観血的虹彩切除術ではなく, レーザー虹彩切開術が適応となる.
白内障手術適応のある例では水晶体摘出も瞳孔ブロック解除に
有効である.
3 B. プラトー虹彩機序による原発閉塞隅角緑内障・原発閉
塞隅角症
1) 薬物治療
縮瞳により周辺部虹彩を中心に向かって牽引し, 隅角を開大
し, 隅角閉塞の進行を予防する. 周辺虹彩前癒着が広範囲で,
縮瞳剤のみでの眼圧下降が得られない場合には, 瞳孔ブロック
解除後の慢性原発閉塞隅角緑内障と同様, 房水産生抑制, 房水
流出促進を目的とした薬物治療を行う.
2) 手術療法
レーザー隅角形成術(レーザー周辺部虹彩形成術)により虹彩
根部を収縮し, 虹彩根部と隅角との距離を広げることが可能で
あるが, 長期的有効性はまだわかっていない. 虹彩切除術やレー
ザー虹彩切開術はプラトー虹彩に瞳孔ブロック機序を合併して
いる場合にのみ有効である. 白内障手術適応のある例では水晶
体摘出によって隅角開大が期待できる.
4. 混合型緑内障
本来は原発開放隅角緑内障と原発閉塞隅角緑内障の合併例を
混合型緑内障と呼称するが, 慢性原発閉塞隅角緑内障, および
単なる狭隅角眼に生じた原発開放隅角緑内障との鑑別は厳密に
緑内障診療ガイドライン
は不可能である. しかし治療の面からは瞳孔ブロックの解消が
第 1 であり, その後は原発開放隅角緑内障として治療を行う点
では原発閉塞隅角緑内障・原発閉塞隅角症と同様である.
Ⅱ. 続発緑内障
続発緑内障の治療は可能な限り原因疾患の治療を第 1 とする.
併発症である緑内障治療法は各疾患で大きく異なることから,
各疾患の眼圧上昇機序を把握して治療法を選択する必要がある.
続発緑内障は開放隅角緑内障と閉塞隅角緑内障に大別されるが,
原疾患ならびにその病態によって必ずしも明確に開放隅角と,
閉塞隅角に区別できないことに注意が必要である. 隅角検査は
眼圧上昇機序の判断のみならず, 病型診断にも不可欠である.
以下に主な眼圧上昇機序による分類とそれに属する各疾患を
挙げ, 代表例についての治療法を記す.
1. 続発開放隅角緑内障
1 A. 線維柱帯と前房の間に房水流出抵抗の主座がある続発
開放隅角緑内障
A i ) 血管新生緑内障, 異色性虹彩毛様体炎, 前房内上皮増
殖など
1) 薬物治療
原発開放隅角緑内障に準じて薬物治療を行うが, 副交感神経
刺激薬は無効例が多く, 血液房水柵の破壊による病態悪化を来
す場合もある. また, 保険適用外ではあるが, 血管新生緑内障
に対して抗血管内皮増殖因子(vascular endothelial growth
factor: VEGF)薬の眼内投与の有効性が報告されており, 短期
的な症状緩和や手術成績の向上に有効である.
2) 手術療法
線維柱帯切除術(代謝拮抗薬併用/非併用)を行う. レーザー
線維柱帯形成術は無効であるばかりではなく有害である.
非穿孔性線維柱帯切除術, 房水流出路再建手術(線維柱帯切
開術)の有効性は確認されていない.
血管新生緑内障ではレーザーあるいは冷凍法による可及的網
膜凝固が行われなければならない.
1 B. 線維柱帯に房水流出抵抗の主座のある続発開放隅角
緑内障
B i ) ステロイド緑内障
(1) 副腎皮質ステロイド薬の中止
(2) 眼圧下降薬の点眼および全身的な投与
(3) レーザー線維柱帯形成術
(4) 線維柱帯切開術, 線維柱帯切除術(代謝拮抗薬併用/非
併用)
B ii) 落屑緑内障
(1) 点眼療法
(2) レーザー線維柱帯形成術でしばしば大きな眼圧下降が得
られる
(3) 線維柱帯切除術(代謝拮抗薬併用/非併用), 線維柱帯切
開術
B iii) 炎症性疾患(Posner-Schlossman 症候群, サルコイ
ドーシス, Beh et 病, ヘルペス性角膜ぶどう膜炎,
細菌/真菌性眼内炎など)
(1) 消炎療法
(2) 点眼療法
(3) 線維柱帯切除術(代謝拮抗薬併用/非併用)
B iv) 水晶体融解緑内障
(1) 眼圧下降薬の点眼および全身的な投与
(2) 原因である水晶体や水晶体断片の摘出, 抗炎症剤の点眼,
場合により硝子体切除術
(3) 線維柱帯切除術(代謝拮抗薬併用/非併用)
B v) Schwartz 症候群
(1) 眼圧下降薬の点眼および全身的な投与
(2) 網膜復位手術
(3) 線維柱帯切除術(代謝拮抗薬併用/非併用)
緑内障診療ガイドライン
レーザー線維柱帯形成術は無効である. 線維柱帯切開術の有
効性は確認されていない.
B vi) 色素緑内障, あるいは色素散布症候群
(1) 点眼療法
散瞳薬は色素散布を招き, 房水流出を悪化させる危険がある.
(2) レーザー線維柱帯形成術
線維柱帯の色素沈着が高度であるため, 通常より出力を低く
する. 眼圧の反応は変動が大きい.
(3) 線維柱帯切除術(代謝拮抗薬併用/非併用)
(4) レーザー虹彩切開術, 水晶体摘出術
逆瞳孔ブロックが明らかな例では虹彩と水晶体の接触による
色素散布を減少させ, 不可逆的な線維柱帯の障害を予防しうる
可能性がある.
1 C. Schlemm 管より後方に房水流出抵抗の主座のある続
発開放隅角緑内障
C i ) 甲状腺眼症などの眼球突出, 内頚動静脈瘻などの静脈
圧亢進
(1) 原疾患の治療
(2) 眼圧下降薬の点眼および全身的な投与
(3) 症例に応じて手術療法
2. 続発閉塞隅角緑内障
2 A. 瞳孔ブロックによる続発閉塞隅角緑内障
A i ) 膨隆水晶体, 小眼球症, 虹彩後癒着, 水晶体脱臼, 前
房内上皮増殖など
瞳孔ブロックの原因となる機序の臨床像によって, 治療法を
考慮する必要がある.
(1) 眼圧下降薬の点眼および全身的な投与
(2) レーザー虹彩切開術
(3) 水晶体摘出術, 硝子体切除術
(4) 縮瞳薬が原因の瞳孔ブロックでは縮瞳薬の中止
2 B. 水晶体より後方に存在する組織の前方移動による続発
閉塞隅角緑内障
B i ) 毛様体の前方突出, あるいは虹彩・水晶体(硝子体)壁
の移動による緑内障(広義の悪性緑内障)
悪性緑内障, 網膜光凝固後, 強膜内陥術後, 後部強膜炎, 原
田病, 網膜中心静脈閉塞症など
(1) 縮瞳薬は毛様体前方突出を助長するため禁忌
(2) アトロピン点眼による瞳孔散大と毛様体弛緩
(3) 高浸透圧薬の全身投与および眼圧下降薬の点眼および全
身投与
(4) 人工水晶体眼あるいは無水晶体眼ではレーザーあるいは
手術的前部硝子体膜切開術や水晶体
切開術
(5) 前部硝子体膜切開を伴う硝子体切除術(有水晶体眼では
水晶体摘出術を併用する場合もある)
B ii) 眼内占拠病変による緑内障
眼内腫瘍,
腫, 眼内タンポナーデ(ガス, シリコーンオイ
ルなど), 眼内出血(脈絡膜出血など)など
(1) 眼圧下降薬の点眼および全身投与
(2) レーザー
胞破壊術あるいは手術的
胞摘出術
(3) 腫瘍切除
(4) タンポナーデ物質除去
(5) 眼内出血除去
2 C. 前房深度に無関係に生じる周辺虹彩前癒着による緑内障
C i ) 遷延する前房消失あるいは浅前房, 炎症性疾患, 角膜
移植後, 血管新生緑内障, 虹彩角膜内皮(ICE)症候群,
後部多形性角膜ジストロフィー, 虹彩分離症など
(1) 薬物治療
(2) 線維柱帯切除術(代謝拮抗薬併用/非併用)
遷延した前房消失, 浅前房による周辺虹彩前癒着例では水晶
体摘出と隅角癒着解離術が有効である可能性もある.
(3) 血管新生緑内障ではレーザーあるいは冷凍法による網膜
緑内障診療ガイドライン
凝固を可及的に行う.
Ⅲ. 発達緑内障
1. 早発型発達緑内障
治療の第 1 選択は手術療法である. これは本症発症の原因が
隅角の発育異常であり多くは手術的に解決可能であるという経
験的事実, また乳幼児では薬物治療の実効ならびにその効果確
認が困難であることによる. 薬物治療は手術療法後の補助手段
として行われる.
1) 手術療法
(1) 隅角切開術
透明な角膜を有する例に対して適用される. 1 回の隅角切開
術で 90∼120 度の切開が可能である. 3 回までは手術の追加効
果がみられることが多い. 本術式と線維柱帯切開術との選択は
術者の経験による.
(2) 線維柱帯切開術
隅角切開術に比べて角膜の透見が困難であっても施術できる
利点を有するが, 施術に際しての結膜弁, 強膜弁を作製する必
要があり, 将来濾過手術を要した際にその施術を困難にする可
能性がある. また, 巨大角膜例では Schlemm 管の同定が困難
である場合もあり, 施術に際しては豊富な手術経験を必要とす
る.
(3) 濾過手術
隅角切開術あるいは線維柱帯切開術の無効な例が適応となる.
早発型発達緑内障患者の強膜は薄く, 強膜弁の作製が困難であ
るばかりでなく, 虹彩, 毛様体の解剖学的異常が多いことを念
頭に置く必要がある. また乳幼児では代謝拮抗薬を併用しても
濾過胞形成が困難である例, あるいは濾過胞が形成されても,
その後の長い人生で術後感染の危険にさらされることを考慮し
て適応を決定しなければならない.
(4) チューブシャント手術
(5) 毛様体破壊術
2)
薬物治療
原発開放隅角緑内障に準じて, 薬物を組み合わせて使用する
が, 乳幼児では点眼薬であっても体重, 体表面積に比して投与
量が多くなることを念頭に置き, 可能な限り低濃度薬剤から使
用すべきである. またどの薬物も乳幼児, 小児における安全性
および効果についてのデータは確立していないことを忘れては
ならない.
2. 遅発型発達緑内障
原則的に原発開放隅角緑内障の治療に準ずるが, 隅角形成異
常や著しい高眼圧など早発型と重なる部分も大きいため, その
点も考慮に入れて治療にあたることが必要である.
3. 他の先天異常を伴う発達緑内障:無虹彩症, Sturge-Weber
症候群, Axenfeld-Rieger 症候群, Peters’ anomaly, 第一次
硝子体過形成遺残, Marfan 症候群, 神経線維腫症, 風疹症候
群, 先天小角膜, 先天ぶどう膜外反, Weill-Marchesani 症候
群, ホモシスチン尿症, Pierre Robin 症候群, Lowe 症候群,
Rubinstein-Taybi 症候群, Hallermann-Streiff 症候群など
以上の疾患が緑内障を併発することが知れられているが, 発
症確率は十分に検討されていない. また, 発症時期も生下時か
ら成人まで多岐にわたり, さらに眼圧上昇機序も異なるため,
治療法も一定ではない. 原則として乳幼児期の発症例に対して
は早発型発達緑内障に準じて手術療法が第 1 選択であり, 小児
期以降の発症では薬物治療を第 1 選択とする.
緑内障診療ガイドライン
補足資料 1
1. 日本における緑内障有病率1, 2)
病
型
男
性
女
性
全
体
4.1(3.0−5.2)
3.7(2.8−4.6)
3.9(3.2−4.6)
原発開放隅角緑内障
0.3(0.0−0.7)
0.2(0.0−0.5)
0.3(0.1−0.5)
正常眼圧緑内障
3.7(2.7−4.8)
3.5(2.6−4.4)
3.6(2.9−4.3)
原発閉塞隅角緑内障
0.3(0.0−0.7)
0.9(0.5−1.3)
0.6(0.4−0.9)
続発緑内障
0.6(0.2−1.0)
0.4(0.1−0.7)
0.5(0.2−0.7)
原発開放隅角緑内障(広義)
早発型発達緑内障
全緑内障
―
5.0(3.9−6.2)
―
5.0(4.0−6.0)
―
5.0(4.2−5.8)
有病率(95%信頼区間). 多治見スタディによる 40 歳以上のデータ.
文
献
1) Iwase A, Suzuki Y, Araie M, Yamamoto T, Abe H, Shirato S,
et al: Tajimi Study Group, Japan Glaucoma Society: The
prevalence of primary open-angle glaucoma in Japanese: the
Tajimi Study. Ophthalmology 111:1641 1648, 2004.
2) Yamamoto T, Iwase A, Araie M, Suzuki Y, Abe H, Shirato S,
et al: Tajimi Study Group, Japan Glaucoma Society: The
Tajimi Study report 2: prevalence of primary angle closure
and secondary glaucoma in a Japanese population. Ophthalmology 112:1661 1669, 2005.
2. van Herick 法
細隙灯顕微鏡のスリット光束と観察系との角度を 60 度とし
て, スリット光束を角膜輪部に対して垂直に当て, 周辺部前房
深度と角膜厚を比較することにより, 隅角の広さを推測する方
法である.
Grade 1:前房深度が角膜厚の 1/4 未満
Grade 2:前房深度が角膜厚の 1/4
Grade 3:前房深度が角膜厚の 1/4∼1/2
Grade 4:前房深度が角膜厚以上
3. 隅角所見の記載法
1) Shaffer 分類
Grade 0:隅角閉塞が生じている(隅角の角度:0 度)
Grade 1:隅角閉塞がおそらく起こる(隅角の角度:10 度)
Grade 2:隅角閉塞は起こる可能性がある
(隅角の角度:20 度)
Grade 3∼4:隅角閉塞は起こり得ない
(隅角の角度:20∼45 度)
2) Scheie 分類
Grade 0 :開放隅角で隅角のすべての部位が観察できる
GradeⅠ:毛様体帯の一部が観察できない
GradeⅡ:毛様体帯が観察できない
GradeⅢ:線維柱帯の後方半分が観察できない
GradeⅣ:隅角のすべての部位が観察できない
4. 緑内障性視野異常の判定基準
1) Humphery 視野における視野異常の判定基準1)
以下の基準のいずれかを満たす場合
・パターン偏差確率プロットで, 最周辺部の検査点を除いて
%の点が 3 つ以上隣接して存在し, かつそのうち 1
点が
%
・パターン標準偏差または修正パターン標準偏差が
%
緑内障診療ガイドライン
・緑内障半視野テスト(Glaucoma Hemifield Test)が正常
範囲外
文
献
1) Anderson DR, Patella VM: Automated Static Perimetry. 2nd
edtion, Mosby, St. Louis, 121 190, 1999.
5. 緑内障性視野異常の程度分類
1) 湖崎分類1), 2)
Ⅰa :いかなる視野検査法でも異常がない
Ⅰb :Goldmann 視野計(GP)の動的視野検査で異常はない
が, 他の視野検査法で異常がある
Ⅱa :GP のⅤ 4, Ⅰ 4 イソプターは正常だが, Ⅰ 3, Ⅰ 2,
Ⅰ 1 イソプターで異常がある
Ⅱb :GP のⅤ 4 イソプターは正常だが, Ⅰ 4, Ⅰ 3, Ⅰ 2,
Ⅰ 1 イソプターで異常がある
Ⅲa :GP のⅤ 4 視野の狭窄が 1/4 まで
Ⅲb :GP のⅤ 4 視野の狭窄が 1/4 以上 1/2 まで
Ⅳ
:GP のⅤ 4 視野は 1/2 以上狭窄するが, 黄斑部視野が
残存する
Ⅴa :GP のⅤ 4 視野が黄斑部のみ残存する
Ⅴb :GP のⅤ 4 視野は黄斑部で消失するが, それ以外で残
存する
Ⅵ
:GP のⅤ 4 視野がない
2) Aulhorn 分類 Greve 変法3)
Stage 0 1:6∼10 dB の感度の低下を示す比較暗点で, 大き
さが Mariotte 盲点を超えない(確実な測定法により検出した 6
dB 未満の比較暗点も含む)
Stage 1:感度低下が 10 dB を超える比較暗点または絶対
暗点で, 大きさが Mariotte 盲点を超えない
Stage 2:不完全な弓状絶対暗点(Mariotte 盲点から鼻側水
平経線に連続しない)
Stage 3:完全な弓状絶対暗点(Mariotte 盲点から鼻側水平
経線に連続する), または鼻側穿破を伴う不完全
な弓状暗点
Stage 4:鼻側穿破を伴う完全な弓状絶対暗点で, 大きさは
1 象限を超えない
Stage 5:鼻側穿破を伴う完全な弓状絶対暗点で, 大きさは
緑内障診療ガイドライン
1 象限を超える
Stage 6:黄斑部視野は消失するが, 耳側視野が島状に残存
する
3) Humphery 視野における視野欠損の程度分類4)
初期:以下の基準をすべて満たす場合
・平均偏差>− 6 dB
・30 2 プログラムの 76 検査点のうち, トータル偏差確率プ
ロットで
%の点が 18 点より少ない
・30 2 プログラムの 76 検査点のうち, トータル偏差確率プ
ロットで
%の点が 10 点より少ない
・中心 5 度以内に 15 dB を超える感度低下を示す検査点が
ない
中期:早期の 1 つ以上の基準を超えるが, 末期の基準は満た
さない場合
後期:以下の基準のいずれかを満たす場合
・平均偏差<−12 dB
・30 2 プログラムの 76 検査点のうち, トータル偏差確率プ
ロットで
%の点が 37 点を超える
・30 2 プログラムの 76 検査点のうち, トータル偏差確率プ
ロットで
%の点が 20 点を超える
・中心 5 度以内に感度が 0 dB の検査点がある
・固視点から 5 度以内に 15 dB を超える感度低下を示す検
査点が上半視野にも下半視野にもある.
文
献
1) 湖崎 弘, 井上康子:視野による慢性緑内障の病期分類. 日眼会
誌 76:1258 1267, 1972.
2) 湖崎 弘, 中谷 一, 塚本 尚, 清水芳樹, 木下 茂:緑内障視
野の進行様式. 臨眼 32:39 49, 1978.
3) Greve EL, Langerhorst CT, van den Berg TTJP: Perimetry
and other visual function tests in glaucoma. In Cairns JE(ed):
Glaucoma. Vol. 1. Grune & Stratton, London, 37 77, 1986.
4) Anderson DR. Patella VM: Automated Static Perimetry. 2nd
edition. Mosby, St. Louis, 121 190, 1999.
緑内障診療ガイドライン
6. 緑内障治療薬
以下に各種緑内障治療薬の作用機序, 用量, 禁忌, 副作用な
どを概説する.
なお, いずれの薬剤も小児に対する安全性は確立していない
ので, 小児には慎重に投与する. また, 妊婦あるいは妊娠して
いる可能性のある婦人には, 治療上の有益性が危険性を上回る
と判断される場合にのみ投与する. 多くの薬剤は乳汁へ移行す
ることが報告されているので, 授乳中の婦人には投与しない,
あるいはやむを得ず投与する場合には授乳を中止させる.
1) 交感神経刺激薬
(1) 受容体非選択性刺激薬
一般名
ジピベフリン
作
用
経 Schlemm 管房水流出の増加
房水産生の減少
用法・用量
ジピベフリン
0.04%
0.1%
1日2回
主な副作用
アレルギー性結膜炎・眼瞼炎, 結膜充血, 散瞳, 眼痛, 心
悸亢進, 色素沈着(結膜, 角膜, 鼻涙管), 眼類天疱瘡, 黄
斑浮腫, 頭痛, 発汗, 振戦
禁
忌
1. 狭隅角や浅前房などの眼圧上昇の素因のある患者
(急性閉塞隅角緑内障の発作を起こすことがある)
2. 本剤の成分に対し過敏症の既往歴のある患者
慎重投与
1. 高血圧症
2. 動脈硬化症
3. 冠不全又は心不全などの心臓疾患
4. 糖尿病
5. 甲状腺機能亢進症
(2)
受容体選択性刺激薬
レーザー手術後の一過性眼圧上昇の予防に用いる
一般名
アプラクロニジン
作
用
房水産生の減少
用法・用量
アプラクロニジン 1%
レーザー手術の 1 時間前と直後に
点眼
主な副作用
結膜蒼白, 散瞳, 眼瞼挙上, 口渇, 鼻の乾燥感, 連用でア
レルギー性眼瞼, 結膜炎
禁
忌
1. 本剤またはクロニジンに対し過敏症の既往歴のある患者
2. モノアミン酸化酵素阻害剤の投与を受けている患者
慎重投与
1. 重篤な心血管系疾患
2. 不安定な高血圧症
3. 血管迷走神経発作の既往
2) 交感神経遮断薬
(1)
遮断薬
一般名
1. 受容体非選択性
チモロール
カルテオロール
レボブノロール
2.
受容体選択性
ベタキソロール
作
用
房水産生の減少
緑内障診療ガイドライン
用法・用量
チモロール
0.25%, 0.5%
1日2回
1日1回
長時間作用型では
カルテオロール
1%, 2%
レボブノロール
0.5%
1日2回
1 日 1∼2 回
ベタキソロール
0.5%
1日2回
主な副作用
眼刺激症状, 角膜上皮障害, 涙液減少症, アレルギー性結
膜炎, 接触性皮膚炎, 眼瞼下垂, 喘息発作, 徐脈, 不整脈,
動悸, 低血圧, 心不全, 脂質代謝異常, 頭痛, 抑うつ
禁
忌
受容体非選択性:
1. 気管支喘息, またはその既往歴のある患者, 気管支痙攣,
重篤な慢性閉塞性肺疾患のある患者( 受容体遮断によ
る気管支平滑筋収縮作用により, 喘息発作の誘発・増悪
がみられるおそれがある)
2. コントロール不十分な心不全, 洞性徐脈, 房室ブロック
(Ⅱ, Ⅲ度), 心原性ショックのある患者( 受容体遮断に
よる陰性変時・変力作用により, これらの症状を増悪さ
せるおそれがある)
3. 本剤の成分に対し過敏症の既往歴のある患者
受容体選択性:
1. 本剤の成分に対し過敏症の既往歴のある患者
2. コントロール不十分な心不全のある患者(症状を増悪さ
せるおそれがある)
3. 妊婦または妊娠している可能性のある婦人(動物実験で,
胚・胎児の死亡の増加が報告されている)
慎重投与
受容体非選択性:
1. 肺高血圧による右心不全
2. うっ血性心不全
3. 糖尿病性ケトアシドーシスおよび代謝性アシドーシス
4. コントロール不十分な糖尿病
受容体選択性:
1. 洞性徐脈, 房室ブロック(Ⅱ, Ⅲ度), 心原性ショック,
うっ血性心不全
2. コントロール不十分な糖尿病
3. 喘息, 気管支痙攣, あるいはコントロール不十分な閉塞
性肺疾患
(2)
遮断薬
一般名
ニプラジロール
作
用
房水産生の減少
経ぶどう膜強膜房水流出の増加
用法・用量
ニプラジロール
0.25%
1日2回
主な副作用
遮断薬と同じ
禁
忌
1. 気管支喘息, 気管支痙攣, またはそれらの既往歴のある
患者, 重篤な慢性閉塞性肺疾患のある患者( 受容体遮
断による気管支平滑筋収縮作用により, 喘息発作の誘発・
増悪がみられるおそれがある)
2. コントロール不十分な心不全, 洞性徐脈, 房室ブロック
(Ⅱ, Ⅲ度), 心原性ショックのある患者( 受容体遮断
による陰性変時・変力作用により, これらの症状を増悪
させるおそれがある)
3. 本剤の成分に対し過敏症の既往歴のある患者
慎重投与
遮断薬と同じ
緑内障診療ガイドライン
(3)
受容体選択性遮断薬
一般名
ブナゾシン
作
用
経ぶどう膜強膜房水流出の増加
用法・用量
ブナゾシン
0.01%
1日2回
主な副作用
結膜充血
禁
忌
本剤の成分に対し過敏症の既往歴のある患者
3) 副交感神経刺激薬
一般名
ピロカルピン
作
用
経 Schlemm 管房水流出の増加
用法・用量
ピロカルピン 0.5∼4%
1日4回
主な副作用
縮瞳による暗黒感, 視力低下, 毛様体筋収縮による調節障
害, 近視化, 眉毛痛, 毛様痛, 結膜充血, 眼瞼炎, 眼類天
疱瘡, 網膜 離, 白内障, 下痢, 悪心, 嘔吐, 発汗, 流涎,
子宮筋の収縮
禁
忌
虹彩炎の患者(縮瞳により虹彩の癒着を起こす可能性があ
り, また炎症を悪化させるおそれがある)
慎重投与
1. 気管支喘息の患者
2. 網膜
離の危険のある患者
3. 悪性緑内障では毛様筋の収縮により毛様体ブロックが増
悪する
4. その他, 水晶体亜脱臼や膨隆白内障による緑内障では眼
圧がかえって上昇する場合があるので注意を要する
5. カルバコールでは, 急性心不全, 消化性潰瘍, 胃腸痙攣,
腸管閉塞, 尿路閉塞, Parkinson 症候群, 甲状腺機能
亢進症の症状を悪化させることがあるので慎重に投与す
る
4) プロスタグランジン関連薬
一般名
ウノプロストン
ラタノプロスト
トラボプロスト
タフルプロスト
ビマトプロスト
作
用
経ぶどう膜強膜房水流出の増加
用法・用量
ウノプロストン
0.12%
1日2回
ラタノプロスト
0.005%
1日1回
トラボプロスト
0.004%
1日1回
タフルプロスト
0.0015%
1日1回
ビマトプロスト
0.03%
1日1回
主な副作用
ウノプロストン:一過性眼刺激症状, 角膜上皮障害, 結膜
充血, まれに虹彩色素沈着
プロスト系:結膜充血, 眼刺激症状, 角膜上皮障害, 眼瞼
炎, 虹彩・眼瞼色素沈着, 睫毛・眼瞼部多毛, ぶどう膜炎,
胞様黄斑浮腫(無水晶体眼または眼内レンズ挿入眼)上眼
瞼溝深化
禁
忌
本剤の成分に対し過敏症の既往歴のある患者
緑内障診療ガイドライン
慎重投与
1. 無水晶体眼または眼内レンズ挿入眼
2. 気管支喘息またはその既往歴のある患者
3. 眼内炎(虹彩炎, ぶどう膜炎)のある患者
4. ヘルペスウイルスが潜在している可能性のある患者
5. 妊婦, 産婦, 授乳婦など
5) 炭酸脱水酵素阻害薬
(1) 点眼薬
一般名
ドルゾラミド
ブリンゾラミド
作
用
房水産生の減少
用法・用量
ドルゾラミド
0.5%, 1.0%
1日3回
1%
1日2回
ブリンゾラミド
主な副作用
眼刺激症状, 結膜充血, 点眼直後の朦視, アレルギー性結
膜炎, 眼瞼炎, 角膜炎
禁
忌
1. 本剤の成分に対し過敏症の既往歴のある患者
2. 重篤な腎障害のある患者
慎重投与
肝機能障害のある患者
(2) 内服, 注射薬
一般名
アセタゾラミド
作
用
房水産生の減少
用法・用量
アセタゾラミド内服
1 日 250∼1,000 mg を経口投与
アセタゾラミド注射用
1 日 250∼1,000 mg を静脈内また
は筋肉内注射
主な副作用
一過性近視, 四肢のしびれ感, 味覚異常, 代謝性アシドー
シス, 低カリウム血症, 高尿酸血症, 食欲不振, 胃腸障害,
悪心, 嘔吐, 下痢, 便秘, 多尿, 頻尿, 腎・尿路結石, 急
性腎不全, 易疲労性, 全身倦怠感, 眠気, めまい, 性欲減
退, 抑うつ, 精神錯乱, 再生不良性貧血, 溶血性貧血, 無
顆粒球症, 薬疹, 皮膚粘膜眼症候群(Stevens-Johnson 症
候群), 中毒性表皮壊死症(Lyell 症候群), ショック
禁
忌
1. 次の患者には投与しないこと
A. 本剤の成分またはスルホンアミド系薬剤に対し過敏症の
既往歴のある患者
B. 無尿, 急性腎不全の患者(本剤の排泄遅延により副作用
が強く現れるおそれがある)
C. 高クロール血症性アシドーシス, 体液中のナトリウム・
カリウムが明らかに減少している患者, 副腎機能不全・
Addison 病の患者(電解質異常が増悪されるおそれがあ
る)
D. テルフェナジン又はアステミゾールを投与中の患者(QT
延長, 心室性不整脈を起こすおそれがある)
2. 次の患者には長期投与しないこと
A. 慢性閉塞隅角緑内障の患者(緑内障の悪化が不顕性化さ
れるおそれがある)
慎重投与
1. 進行した肝硬変症の患者
2. 重篤な冠硬化症または脳動脈硬化症の患者
3. 重篤な腎障害のある患者
4. 肝疾患・肝機能障害のある患者
5. レスピレーターなどを必要とする重篤な高炭酸ガス血症
緑内障診療ガイドライン
の患者
6. ジギタリス剤, 糖質副腎皮質ホルモン剤または ACTH
を投与中の患者
7. 減塩療法時の患者
8. 高齢者
9. 乳
児
6) 高張浸透圧薬
(1) マンニトール
一般名
D マンニトール
作
用
硝子体容積の減少
用法・容量
20%D マンニトール
15%D マンニトール+10%果糖
15%D マンニトール+5%D ソルビトール
通常 5∼15 ml/Kg 1.0∼3.0 g を点滴静注(ただし, D マン
ニトールとして 1 日量 200 g まで)
主な副作用
頭痛, めまい, 口渇, 悪心, 下痢, 悪寒, 利尿, 尿閉, 血
尿, 脱水・電解質異常, 腎不全, 狭心症, うっ血性心不全,
肺水腫, 糖尿病性昏睡(果糖を加えた製剤), 反動性眼圧上
昇
禁
忌
1. 急性頭蓋内血腫のある患者(急性頭蓋内血腫を疑われる
患者に, 頭蓋内血腫の存在を確認することなく本剤を投
与した場合, 脳圧により一時止血していたものが, 頭蓋
内圧の減少とともに再び出血し始めることもあるので,
出血源を処理し, 再出血のおそれのないことを確認しな
い限り, 本剤を投与しないこと)
2. 果糖を加えた製剤では, 遺伝性果糖不耐症の患者(果糖
が正常に代謝されず, 低血糖症などが発現し, さらに肝
不全や腎不全が起こるおそれがある)
慎重投与
1. 脱水状態の患者
2. 尿閉または腎機能障害のある患者
3. うっ血性心不全のある患者
4. 尿崩症の患者
5. 高齢者
(2) グリセリン
一般名
グリセリン
作
用
硝子体容積の減少
用法・用量
50%グリセリン内服液
3 ml/kg を 1 日 1∼2 回経口投与
10%グリセリン+5%果糖(グリセオール)1 回 300∼500 ml
を点滴静注
主な副作用
頭痛, めまい, 口渇, 悪心, 下痢, 悪寒, 利尿,
点滴製剤では, 尿閉, 血尿, 脱水・電解質異常, 腎不全,
狭心症, うっ血性心不全, 肺水腫, 非ケトン性高浸透圧性
高血糖, 乳酸アシドーシス, 反動性眼圧上昇
禁
忌
先天性のグリセリン, 果糖代謝異常症の患者(重篤な低血
糖症が発現することがある)
慎重投与
1. 糖尿病の患者
2. 重篤な心疾患のある患者
3. 点滴製剤では, 腎障害のある患者
4. 点滴製剤では, 尿崩症の患者
緑内障診療ガイドライン
(3) イソソルビド
一般名
イソバイド
作
用
硝子体容積の減少
用法・用量
70%イソソルビド溶液
1 日 70∼140 ml を 2∼3 回に分け
て経口投与
主な副作用
嘔気, 嘔吐, 下痢
禁
忌
急性頭蓋内血腫のある患者(急性頭蓋内血腫を疑われる患
者に, 頭蓋内血腫の存在を確認することなく本剤を投与し
た場合, 脳圧により, 一時止血していたものが, 頭蓋内圧
の減少とともに再び出血し始めることもあるので, 出血源
を処理し, 再出血のおそれのないことを確認しない限り本
剤を投与しないこと)
慎重投与
1. 脱水状態の患者
2. 尿閉又は腎機能障害のある患者
3. うっ血性心不全のある患者
7) 配合点眼薬
一般名
ラタノプロスト/チモロールマレイン酸塩
トラボプロスト/チモロールマレイン酸塩
ドルゾラミド塩酸塩/チモロールマレイン酸塩
作用, 主な副作用, 禁忌, 慎重投与
各薬剤の項を参照のこと
用法・用量
ラタノプロスト 0.005%+チモロールマレイン酸塩 0.5%
1日1回
トラボプロスト 0.004%+チモロールマレイン酸塩 0.5%
1日1回
ドルゾラミド塩酸塩 1%+チモロールマレイン酸塩 0.5%
1日2回
緑内障診療ガイドライン
補足資料 2
緑内障性視神経乳頭・網膜神経線維層変化判定ガイドライン
1. 眼底観察法
視神経乳頭部や網膜神経線維層の観察においては, 事情が許
す限り十分に散瞳をし, 十分な光量を用いて行うのが基本であ
る.
1) 検眼鏡法
視神経乳頭の観察には十分な拡大が必要であり, その意味で
検眼鏡による観察で推奨されるのは直像鏡法である. 中間透光
体混濁が強く直像鏡での観察が困難な場合を除き, 14 あるい
は 20 D のような倍率の低いレンズによる倒像鏡検査は乳頭像
が小さくなりすぎ観察には不向きである.
2) 細隙灯顕微鏡法
視神経乳頭や網膜神経線維層を立体的に観察することは重要
である. この場合, 細隙灯顕微鏡下に眼底観察用レンズを用い
て行う.
直接法としては, Goldmann 型三面鏡などの中央部分を用
いて細隙灯顕微鏡下に行う. スリットビームにて陥凹の広がり
と深さを強拡大で観察する.
間接法としては, 78 D, 90 D などの前置レンズを用いて行
う. この場合, 像は倒像となるので注意する.
3) 眼底写真撮影法
眼底変化の観察と経過の記録に有効な方法の一つは写真撮影
することである. 立体写真が撮れれば最良である.
撮影は乳頭を中心とし, 乳頭部の記録には画角 30 度程度,
網膜神経線維層の記録には画角 45 度以上の撮影が適している.
4) 無赤色眼底観察法
網膜神経線維層の観察は日本人の眼底の場合, これまで述べ
てきた方法で十分観察可能ではあるが, 視神経線維層のわずか
な欠損の検出には無赤色光による眼底撮影が推奨される. 高解
像度の白黒フィルムを使用し, 無赤色光にて眼底撮影する. 無
赤色フィルターが附属していない眼底カメラでは, 最大透過率
が 495 nm 付近にあるフィルターを用いて撮影する.
5) コンピューター三次元眼底画像解析法
現在臨床応用されている眼底画像解析装置として,Heidelberg
Retina Tomograph (HRT), GDx Nerve Fiber Analyzer
(GDx), 光干渉断層計(optical coherence tomograph: OCT)
などが挙げられる.
HRT は共焦点走査型レーザーシステムを用いて, コンピュー
ター制御により, 焦点面を少しずつずらしながら眼底の光学的
断層像を得, それを立体的に再構築することにより, 視神経乳
頭などの後極部眼底の三次元画像を得たうえで乳頭形状の量的
解析を行う装置である.
GDx は共焦点レーザー走査検眼鏡の一つであり, 780 nm の
ダイオードレーザーを光源として用いている. HRT が視神経
乳頭内の定量的解析を主としているのに対し, GDx は乳頭周
囲の網膜神経線維層の厚さを評価する. 網膜神経線維層に偏光
ダイオードレーザー光を照射することにより, 複屈折性を持つ
網膜神経線維層から通過速度の異なる 2 つの反射光が得られる.
この反射光が網膜を通過する時間差(retardation)が網膜神経
線維層の厚さと正相関することから, 網膜神経線維層の厚さが
計算される.
OCT の原理は超音波エコーの B モードに似ているが, 超音
波の代わりに近赤外線低干渉ビーム(波長 820 nm)を測定光と
し, 高い解像度の網膜断面画像が得られる. 視神経乳頭周囲の
網膜神経線維層厚, 視神経乳頭形状, 黄斑部網膜内層厚などが
解析される. これまでタイムドメイン方式の OCT では, 1 軸
方向に A スキャンが必要であり, それを重ね合わせて 1 つの
網膜断面像を得ていた. したがって, 例えば視神経乳頭形状の
解析においては, 放射状に長さ 4 mm, 6 本のラインスキャン
緑内障診療ガイドライン
(30 間隔)を行う必要があり検査に要する時間も長かった. し
かしながら軸方向のスキャンが不要なスペクトラルドメイン方
式の OCT が実用化され, 機種によって多少違いはあるが, 深
さ方向の分解能は 5
に向上し, スキャン速度は 26,000 A ス
キャン/秒かそれ以上となり, 視神経乳頭やその周囲の網膜神
経線維層の高速解析が可能となった. そのため, ラインスキャ
ンの数が倍になったうえで解析時間が 1 秒を切り, 視神経乳頭
や網膜神経線維層厚の評価において従来の断面だけでなく, 面
と体積よる形状解析が可能となっている.
2. 視神経乳頭および網膜神経線維層の観察ポイント
視神経乳頭や網膜神経線維層に緑内障による変化が生じてい
ないか, 前項で挙げた 5 つの眼底観察法を適宜用いて判定する.
判定法は大きく, ①質的判定と, ②量的判定に分かれる. 以下
に, それぞれの判定の基準となるポイントを挙げる.
1) 質的判定
・視神経乳頭の形状
・視神経乳頭陥凹(以下, 陥凹)の形状
・視神経乳頭辺縁部(neuroretinal rim, 以下, リム)の形状
・視神経乳頭出血(以下, 乳頭出血)
・乳頭周囲網脈絡膜萎縮(parapapillary atrophy, 以下, PPA)
・網膜神経線維層欠損
(1) 視神経乳頭の形状
視神経乳頭の形状はさまざまであるが, 通常やや縦長で, 縦
径は横径に比べて 7∼10%程度長い. 一般に 8 ディオプトリー
以下の近視眼では, 乳頭形状その他に正常眼との明らかな差は
認めないが, −12 ディオプトリーを越える近視眼では, 縦長の
程度が強くなると報告されている. 乳頭形状は, 年齢, 性別,
体重, 身長とは関連しない.
視神経乳頭の大きさ, すなわち乳頭表面を面としてみた場合
の面積は一定ではなく, 個人差が非常に大きい. 小さい場合で
は約 0.8
から, 大きい場合は 6
までのばらつきがあ
る. 視神経乳頭の大きさは, 約 10 歳以降は年齢と相関しなく
なる. 性別, 身長, 体重, 屈折異常との関連については, 報告
によって異なり, 一定の見解は出ていない. しかし, 屈折との
関連については, 少なくとも±5 ディオプトリー以内では, 乳
頭面積は屈折度に相関しない.
(2) 陥凹の形状
視神経乳頭内に観察されるへこみの部分を陥凹と呼ぶ. 陥凹
の拡大は視神経乳頭にみられる緑内障性変化における最大の特
徴の 1 つである. 正常眼の陥凹は, やや横長の広がりをもち,
その位置は視神経乳頭の完全な中央ではなく, やや上方に偏位
する. また, 正常眼では陥凹の大きさは乳頭の大きさに比例し,
大きな乳頭ほど大きな陥凹を持つ. 陥凹の広がりを観察するに
は立体観察が最適であるが, それができない場合は, 乳頭内の
血管走行で判断する. 網膜血管は, 陥凹壁に沿って這い上がり,
陥凹縁まできたところで, 走行を変化させる. 平面的に観察す
ると, 血管の走行が屈曲して見えるところが陥凹外縁と判断で
きる.
緑内障において, 陥凹の拡大が生じる場合, それは二次元的
な拡大と三次元的な深さの拡大とが平行して生じる. すなわち,
既に存在する陥凹はより深くなりながら新たな陥凹が生じてい
く. 陥凹が急速に拡大していくと, 本来陥凹縁の内側に沿って
走行する小血管がその拡大に追いつけず, 拡大した陥凹の底部
あるいは, 陥凹のスロープ中に取り残され, 露出した状態が生
じる. これを bared vessel(露出血管)と呼ぶ. このような血
管の存在があれば, 陥凹の拡大が進行していることを示す重要
な所見となる. 陥凹の拡大に伴う乳頭内の血管の変化としては,
この他に網膜中心動静脈の乳頭鼻側への偏位が挙げられる. こ
の変化は比較的目立つものなので, 眼底写真などで乳頭陥凹を
経過観察する場合, 変化を示す指標として役立つ. 陥凹の深さ
の程度は, 陥凹底を通して篩板孔が透見できるかどうかによっ
て, およそ知ることができる. 篩板孔が透見できれば相当深い
緑内障診療ガイドライン
と考えてよい[ラミナドットサイン(laminar dot sign)]. ただ
し, この所見は緑内障性の変化だけに特異的なものではなく,
生理的な陥凹でも, 時に観察されることがある.
(3) リムの形状
リムとは, 検眼鏡的には乳頭陥凹の外縁と乳頭外縁との間の
部分であり, 乳頭部において神経線維が存在する部位である.
一般に大きな乳頭ほどリム全体の面積はより大きくなる. ただ,
これは一般的な傾向であり, 実際には神経線維数, 神経線維密
度, 篩板の構築, グリア細胞の数の個人差により, 結果的にリ
ムの大きさにも多くの個人差が存在する.
一般的に正常の視神経乳頭はやや縦長であり, 逆に乳頭陥凹
はやや横長であることから, リムの形状はこの乳頭陥凹の形態
との関係でさまざまに変化する. 通常リムの一番広い部分は,
乳頭下方であり, ついで上方乳頭, 鼻側乳頭の順で薄くなり,
一番薄いのは耳側乳頭部分である(ISN’T の法則). このことか
ら, 乳頭耳下方の神経線維層の視認性は通常高い. この傾向は
しかし大きな視神経乳頭ではあまり明瞭ではなくなり, リムは
全周にわたって比較的均等な幅をもつようになる. また, 近視
眼では, 耳側乳頭部のリムが一番薄く, 一番広い部分は通常,
鼻側乳頭部である.
緑内障性変化を生じた視神経乳頭では, 陥凹は乳頭全周方向
に浅く均一に拡大するが, 多くの場合陥凹の拡大は乳頭の上下
方向どちらかにより強く生じる. これに伴い, 乳頭の上極もし
くは下極あるいは両極でリムの進行性の菲薄化が生じる. さら
に進行すると, 浅く陥凹した部分は深みを増し, 陥凹とリムの
境界はより明瞭になり, リムの局在性の菲薄化, すなわち切痕
(ノッチング)が生じる. この変化は, 視神経線維欠損が存在す
ることを示唆する重要な所見となる. 病期が進行すると初期病
変として観察された切痕部はさらにその幅と深さを増し, 血管
は乳頭縁で強く屈曲するようになる. この時, 血管走行が銃剣
状に屈曲してみえる状態を bayoneting と呼ぶ. さらに進行す
ると陥凹は最初の切痕部と対側にあたる方向にも伸展し明瞭な
縦長の陥凹となり, リムは上下耳側で消失する. この時期にな
ると視野障害は上下に弓状暗点を示すようになる. 後期に至る
と陥凹は乳頭全体に拡大し, リムは通常, 鼻側の一部を除いて
ほぼ全周消失する.
(4) 乳頭出血2)
視神経乳頭出血は, 緑内障性変化を持つ視神経乳頭にかなり
特異的に生じ, 健常者ではまれで(0∼0.21%), 特に反復して
みられた場合は病的意義が高い. 乳頭出血の頻度は他の緑内障
眼に比して正常眼圧緑内障眼において高い. また, リムの切痕
部や網膜神経線維層欠損の存在する部と一致して出現しやすく,
乳頭出血の約 80%は網膜神経線維層欠損部に一致するか, そ
の近傍に観察される. これらの結果は, 乳頭出血と乳頭の局所
的障害の関連性を裏付けるものであるが, かならずしも正常眼
圧緑内障眼に特徴的な所見とは言い切れない. いずれにせよ,
乳頭出血はそれが観察された段階でリムの切痕や神経線維層欠
損の存在を示唆しており, さらに, 乳頭出血が観察された症例
ではそうでない例に比して視野障害進行の割合が高いことも知
られており, 臨床上重要な所見である.
(5) PPA2)
乳頭周囲網脈絡膜萎縮すなわち PPA は, 健常者に比して緑
内障眼で高頻度に観察され, 面積も大きい. 原発開放隅角緑内
障(広義)眼においては, PPA は約 80%にみとめられ, その面
積は視野指標の MD(mean deviation)値, CPSD(corrected
pattern standard deviation)値のいずれともよく相関する.
PPA が生じる原因と緑内障の進行とが直接結び付いているか
否かはまだ証明はされていないが, 緑内障の進行と PPA の存
在の有無が有意に関連し, また視野障害の進行とともに PPA
の大きさも拡大することが知られている. また, 乳頭部血流と
PPA の面積との間に相関のあることが示唆されており, 緑内
障性視神経乳頭障害に必ずしも特異的な変化ではないとしても,
緑内障診療ガイドライン
視神経乳頭部の何らかの血流障害因子に関連した脆弱性を示唆
する所見として重要である.
(6) 網膜神経線維層欠損の有無
網膜神経線維層欠損は, 乳頭陥凹拡大や視野欠損に先行して
生じる場合も多く, 最も早期に生じる緑内障性眼底変化といわ
れており, その所見は重要である. 正常眼においては, 検眼鏡
的に網膜神経線維層は耳下方で最も視認性が高く, ついで耳上
側, 鼻上側, 鼻下側の順になる. 乳頭直上, 直下, 耳側, 鼻側
は, 検眼鏡での確認は難しくなる. この網膜神経線維層の視認性
は年齢とともに減弱し, これは 140 万本近くある神経線維が加齢
により減少(年間 4∼5000 本)することと一致する. 通常の臨床
の場では, 細隙灯顕微鏡で, 78 D か 90 D の前置レンズを用い,
無赤色フィルター光にて最もよく観察できる. 神経線維束は,
白銀色の筋として見られる. 視神経乳頭から約 2 乳頭径離れる
と, 網膜神経線維層は薄く刷毛状になり徐々に見えなくなる.
網膜神経線維層において, 網膜血管径より細いスリット状,
溝状, あるいは紡錘状の, 一見欠損に見える変化は正常眼でも
観察される. しかしながら, 網膜血管径より太いスリット状,
楔状欠損が観察される場合は, 緑内障性変化である可能性が高
い. この場合, その部分の網膜は視神経乳頭外縁から延びる暗
い帯状の変化として認められる. 網膜神経線維層欠損が検出さ
れ, かつ視神経乳頭にも緑内障性変化を伴えば, 緑内障性視神
経障害の存在はほぼ確実となる. 一方, 網膜神経線維が菲薄化
してくると, 網膜血管周囲の神経線維層が薄くなり, 血管壁は
より明瞭に観察され, 神経線維の上に浮き上がったように見え
るようになる. このような変化も, 網膜神経線維層の欠損を示
唆する重要な所見となる.
また, 網膜神経線維層欠損はリムの萎縮がみられる部位に多
く観察され, さらには, 既に述べたように, これに近接してリ
ムから隣接する網膜上に及ぶ乳頭出血のみられることがある.
2) 量的判定
視神経乳頭, 神経線維層の半定量的把握のために以下に挙げ
る 2 つのパラメータが知られており, 緑内障診断, 経過観察に有
用である. ただし, ここでのパラメータは臨床観察における定義
であり, 近年開発された画像解析装置における定義とは異なる.
・陥凹乳頭径比(cup-to-disc ratio, 以下, C/D 比)
・リム乳頭径比(以下, R/D 比)
(1) 視神経乳頭外縁の定義
視神経乳頭外縁は, 検眼鏡的に観察される乳頭周囲の白色の
強膜リング(エルシェニッヒの強膜リング)の内側と規定される.
視神経乳頭の大きさには, 小さい場合では約 0.8
大きい場合は 6
から
までの非常に大きな個人差がある. 大き
な視神経乳頭では生理的陥凹は大きく, 小さな乳頭では陥凹が
明瞭でない場合もある. したがって, 乳頭陥凹が緑内障性か否
かを診判断する際には, 乳頭サイズを念頭に置きながら判定す
ることが重要である. 細隙灯顕微鏡と前置レンズを用いてもお
よそのサイズが判定できる. この場合. スリットビームの長さ
を 1 mm にセットして観察軸と光軸を一致させ, スリット光
を乳頭上に当てて乳頭のおよその垂直径を判断する. 一方, 視
神経乳頭中心から黄斑部中心窩までの距離はおよそ一定である
ので, 視神経乳頭径(DD)と乳頭中心から中心窩までの距離
(DM)の比をとることにより, およその乳頭のサイズを知るこ
とができる(DM/DD 比). 通常この比は, 2.4∼3.0 の間である
ので, それより小さい場合は大きな乳頭, 大きい場合は小さな
乳頭であるといえる(図 1).
(2) 視神経乳頭陥凹外縁の定義
立体的観察では, 陥凹外縁は視神経乳頭外縁で境界された視
神経乳頭部の中で, 陥凹が始まる一番外側部分と規定される.
細い乳頭内血管の走行を追い, その屈曲部位の頂点が通常陥凹
の外縁と一致する. 陥凹は, 陥凹外縁で境界された範囲の内側
の部分と定義される. 通常, パラー(pallor)と呼ばれる乳頭の
緑内障診療ガイドライン
図1
DM/DD 比の模式図. 通常この比は, 2.4∼3.0 の間
であるとされる.
蒼白部は, 陥凹底に見られる所見であり, この部分だけを観察
して乳頭陥凹を判定するべきではない.
(3) リムの定義
視神経乳頭外縁と乳頭陥凹外縁の間に存在する部分をリムと
呼称する.
(4) C/D 比の定義 1)
視神経乳頭陥凹の最大垂直径と最大垂直視神経乳頭径との
比を, 垂直 C/D 比と定義し, 陥凹の水平径と水平視神経乳頭
径との比を, 水平 C/D 比と定義する(図 2). 緑内障性変化有
無の判定には, 垂直径がより有用である. C/D 比には, 乳頭
径と陥凹径を同一線上で判定する方法もあるが, 本ガイドライ
ンでは, Gloster ら1) の判定法を採用した.
正常眼では, その分布は正規分布ではなく, 多くの場合
C/D 比はゼロから 0.3 以内であり, 0.7 を越えるものは全体の
1∼2%である. しかしながら, 立体視を用いて行われた評価で
a
図2
b
水平・垂直 C/D 比の測定の実例(a)と模式図(b).
乳頭や陥凹の傾きなどにかかわらず, 水平あるいは
垂線方向の径を決定し, その比をとる.
は, C/D 比は正規分布しており, 平均 0.4 で 0.7 以上は 5%で
あったと報告されている. また, 正常者では陥凹は左右眼で対
称的であり, 水平 C/D 比の左右差が 0.2 を越えることは, 成
人, 乳幼児ともに正常者の 3%以下にしか認められない.
(5) R/D 比の定義 1)
リム部の幅とそこに対応して乳頭中心を通る乳頭径との比
(図 3)を R/D 比と定義する. 放射状に乳頭のすべての部分で
R/D 比は算出できる. 比の値がゼロに近いほど, リムは薄い
ことになる.
(6) 視神経乳頭の量的判定による緑内障診断基準
以下に, 垂直 C/D 比と R/D 比の判定結果をもとに, Foster
ら3) が提唱する診断基準を参考に作成した緑内障診断基準を示
す. しかしながら, 最終的な診断は, 質的, 量的所見を組み合
わせて総合的に判断するべきである.
) 信頼性のある視野検査結果で視神経乳頭形状, 網膜神経線
維層欠損に対応する視野異常が存在する場合の判定基準:
垂直 C/D 比が 0.7 以上, あるいは上極(11 時∼1 時)もしく
緑内障診療ガイドライン
a
b
図3 R/D 比の測定の実例(a)と模式図(b).
は下極(5 時∼7 時)のリム幅が, R/D 比で 0.1 以下, あるいは
両眼の垂直 C/D 比の差が 0.2 以上, あるいは網膜神経線維層
欠損が存在する3).
) 乳頭所見のみから緑内障と診断してよい場合の判定基準
(ただし, 信頼性のある視野検査で, 正常範囲内の視野
である, もしくは明確に緑内障性視野障害が否定されれ
ばこの限りではない):
垂直 C/D 比が 0.9 以上, あるいは上極(11 時∼1 時)もしく
は下極(5 時∼7 時)のリム幅が, R/D 比で 0.05 以下, あるいは
両眼の垂直 C/D 比の差が 0.3 以上3).
) 緑内障疑いと判定する場合の基準 3):
次のような所見, すなわち①垂直 C/D 比が 0.7 以上である
が 0.9 より小さい, ②上極(11 時∼1 時)もしくは下極(5 時∼
7 時)のリム幅が, R/D 比で 0.1 以下であるが 0.05 より大きい,
③両眼の垂直 C/D 比の差が 0.2 以上であるが 0.3 より小さい,
④網膜神経線維層欠損が存在する, が単独もしくは複数存在し
ながら, 視野検査の信頼性が低い, あるいは視野結果を参照で
きない, あるいは, 視神経乳頭形状, 網膜神経線維層欠損に対
応する視野欠損が示されない.
3. 眼底三次元画像解析装置を用いた緑内障診断の意義
これまで述べてきたような方法を用いて経験のある者が眼底
を観察して緑内障を診断する効率は高いが, 各検者の眼底評価
には個人差が存在するため, 緑内障性眼底変化を標準化された
方法で評価, 判定する方法の確立が望まれている. このような
意味から, 測定精度が高く, 測定再現性も良好で, かつ操作が
容易なコンピュータを用いた眼底画像解析装置の利用は有望な
解決法の一つと考えられている. 現在臨床応用されている眼底
画像解析装置として, Heidelberg Retina Tomograph , GDx
Nerve Fiber Analyzer , 光干渉断層計 などが挙げられる. こ
れらの診断機器では, 視神経乳頭あるいは網膜神経線維層厚を
定量的に評価することが可能であり, 緑内障診断における有用
性が報告されている. しかしながら, 視神経乳頭形態や神経線
維層厚には個人差があり, 緑内障眼と正常眼の間で測定された
数値のオーバーラップがみられることや, 解析装置の測定精度
の限界などから, 緑内障と正常を完全に分別することは未だ成
功していない. 自動診断プログラムが搭載されている装置にお
ける, 緑内障診断の特異度, 感度は 80%前後と報告されてお
り, 緑内障の診断には経験を積んだ眼科専門医の最終判断が必
要である. 重要なことは, 緑内障による質的眼底変化を検出す
ることであり, 器械に診断を任せることではない. したがって,
現時点ではあくまで眼底三次元画像解析装置は補助的に用いら
れるべきものである.
文
献
1) Gloster J, Parry DG: Use of photographs for measuring cupping in the optic disc. Br J Ophthalmol 58:850 862, 1974.
2) 日本緑内障学会緑内障診療ガイドライン作成委員会:緑内障診療
ガイドライン.日眼会誌 107:126 157, 2003.
3) Foster PJ, Buhrmann R, Quigley HA, Johnson GJ: The definition and classification of glaucoma in prevalence surveys Br
J Ophthalmol 86:238 242, 2002.
緑内障診療ガイドライン
補足資料 3
緑内障チューブシャント手術に関するガイドライン
Ⅰ. はじめに
緑内障手術の中で, 濾過手術は房水を非生理的流出経路で結
膜下に導き眼圧を下降させる術式であり, 線維柱帯切除術に代
表されてきた. しかしながら, 複数回の濾過手術によっても眼
圧下降が得られない, あるいは濾過手術が実施困難な症例も多
数存在し, このようないわゆる難治緑内障に対する治療手段と
して海外では人工物(Glaucoma drainage devices : GDD)の
眼内挿入によって房水流出促進経路を確保し眼圧下降を図る手
術が行われてきた. これに対して我が国では長い間, GDD が
医療器具として承認されず難治緑内障の治療に困難があったが,
今回, 従来の緑内障手術の実施が困難な症例, 従来の緑内障手
術では奏功が期待できない, あるいは重篤な合併症が予測され
る症例など, GDD の使用が従来の緑内障手術に勝ると考えら
れる症例に限っての使用が認められると同時に, 海外で使用さ
れている GDD の一部が医療器具として承認された.
本ガイドラインでは今回承認された GDD を含めた代表的
GDD についてその原理, 適応, 術式, 成績, 合併症について
解説する.
なお, GDD を使用する術式は英文では Tube-shunt surgery,
Drainage-device surgery, あるいは Drainage implant surgery など様々に呼称されるが, 本ガイドライン補遺では日本
緑内障学会による緑内障診療ガイドライン(第 3 版)に従い 「チュー
ブシャント手術」 の呼称を用いる. また, GDD は Aqueous
Shunts とも呼称されるが適切な邦訳がない. 本邦では一般に
単に 「インプラント」 の語が用いられているが, 「インプラン
ト」 は GDD あるいは Aqueous Shunts を特定する言葉では
ないため, 本ガイドラインでは英文のまま GDD(Glaucoma
drainage devices)を用語として用いる.
Ⅱ. チューブシャント手術実施の留意点
海外では近年, チューブシャント手術の適応が拡大し, 難治
緑内障以外の通常の緑内障に対しても手術療法の選択肢として
認知されつつある. しかしながら我が国ではいまだその使用経
験に乏しく, 現時点ではチューブシャント手術の適応には慎重
でなければならない. 従って, チューブシャント手術の実施に
当たっては人工物を眼内に移植する手術であることを認識し,
従来の緑内障手術では治療困難であること, ならびにチューブ
シャント手術に伴う短期, 長期合併症について説明をし, 十分
なインフォームドコンセントを行うことが必要である.
また, 施術にあたって術者は従来の緑内障手術, 並びにその
合併症への対処法に習熟しているだけではなく, チューブシャ
ント手術を見学する, 補助を行う, あるいは手術ビデオを参照
するなどその手技に精通することが不可欠である.
Ⅲ. 各 GDD の原理, 術式, 成績, 合併症
1. プレートを用いる GDD
a . バルベルト緑内障インプラント(Baerveldt Glaucoma
Implant)(エイエムオー・ジャパン社)
原
理
シリコン製のチューブとそれに接続するやはりシリコン製の
プレートで構成された GDD で, 房水をチューブに通してプレー
トに流出させ, プレート周囲に形成される結合織の被膜を通し
て周囲組織に房水吸収させることで眼圧を下げる仕組みである.
現在, 3 種類の製品(BG103 250, BG101 350, Pars Plana BG
102 350)があり, BG103 250 および BG101 350 は基本的にチュー
ブを角膜輪部より前房内に挿入して使用するモデルであり, 限
られた症例に対しては後房に挿入して使用することもできる
緑内障診療ガイドライン
(ただし, 前房用をこのように使うことは本邦における承認範
囲外である). 一方, Pars Plana BG102 350 は硝子体切除術
後もしくは硝子体切除同時手術の症例に対して毛様体扁平部よ
りチューブを硝子体腔内に挿入して使用するモデルである.
BG103 250 は面積 250
の馬蹄形のプレート, BG101 350
および Pars Plana BG102 350 は面積 350
の楕円形のプ
レートを持ち, チューブ外径は 0.61 mm, 内径は 0.30 mm で
ある. プレートには眼球壁へ固定するための縫合穴が開いてお
り, 強膜に縫着して固定できるようになっているほかに, プレー
ト中央部にも穴が 4 つ開いており, その部分を通して結膜下結
合織と強膜を癒着させることで, よりプレートを強膜に密着さ
せて固定させるようになっている. なお, 後述するアーメド緑
内障バルブと異なり, チューブに調圧弁はついていない.
適
応
従来, 海外では代謝拮抗薬を併用した線維柱帯切除術が不成
功に終わった症例, 結膜の瘢痕化が高度な症例, 線維柱帯切除
術の成功が見込めない症例, 濾過手術が技術的に施行困難な症
例に行われてきた1, 2) . 近年では初回手術への適応を含めて積
極的な使用も検討されているが, 本邦における使用経験は少な
く, 通常の線維柱帯切除術では見られない合併症である術後の
GDD の露出・感染, 長期的な角膜内皮障害などが生じる可能
性があることより, 少なくとも当面は通常の線維柱帯切除術の
施術が困難である, 奏功が期待できない, あるいは従来の線維
柱帯切除術では重篤な合併症が予測される症例に適応を限定す
べきと考えられる. また, 角膜内皮がすでにある程度以上障害
されている症例や強膜上でのチューブの被覆が困難と考えられ
る症例にチューブの前房内留置は行うべきではない. さらに硝
子体の除去が十分でない症例に対するチューブの硝子体腔内留
置も行うべきではない. また, 禁忌とは言えないが赤道部付近
にバックル材料などがおかれて瘢痕の強い眼では手術が難しい
ことが知られている. 浅前房, 高度の虹彩前癒着眼, 角膜内皮
減少例, 硝子体手術既往眼, 硝子体手術が必要な網膜硝子体疾
患では硝子体腔内に挿入するチューブが選択され, それ以外で
は前房内に挿入されることが多い.
術
式
①前房内チューブ挿入法:原則として上耳側に円蓋部基底の
結膜弁を作成し, 強膜を十分に露出させ目的とするプレートを
置くスペースを確保する. 症例によっては, 上耳側以外の場所
を用いたり, 輪部基底結膜弁で施術する場合もある. 上鼻側へ
のプレートの設置は眼球運動障害を来しやすく, 下方への設置
は術後の整容上の問題や感染の危険性からできる限り避けるべ
きである. プレートを輪部から 8∼10 mm の位置の直筋の下
に設置し(直筋上にプレートを置くのは眼球運動障害を来しや
すいため, なるべく避ける), 縫合穴に通糸して強膜に縫着す
る. 次にチューブを一時的に閉塞するためにプレートの 2∼4
mm 前でチューブを結紮する. 適宜チューブの一部に注射針
やメス等で一時的な漏出孔を開けておくことでチューブ結紮に
伴う術直後の高眼圧を予防することができる. このように準備
したチューブを前房内に 2∼3 mm 挿入できるよう長さを調整
する. チューブ先端はベベルアップで斜めにトリミングする.
結紮した縫合糸は過剰濾過の可能性が無くなったと考えられる
時点で切糸もしくは抜糸するが, 吸収糸を使用した場合は, そ
のままでよい.
次いで, 輪部近傍強膜に直接もしくは強膜半層弁作成後に
23 ゲージ(G)針で前房へ穿刺し, それを通してチューブを前房
内に挿入する. その際, チューブ先端が角膜内皮および虹彩に
接触しないように注意する. チューブが術後眼外へ露出するこ
とを防ぐために適当なパッチ材料(海外では保存強膜, 保存角
膜, 保存心膜等が用いられている), あるいは自己強膜半層弁で
チューブを覆うことが必要である. 最後に結膜を縫合被覆する.
緑内障診療ガイドライン
②硝子体腔内チューブ挿入法:前房内にチューブを挿入する
場合と同様にプレートを強膜に縫着し, チューブ結紮および術
直後の眼圧上昇予防のためにチューブへの穴開けをした後, 角
膜輪部より 3.5 mm の毛様体扁平部の位置に 23 G 針で穿刺し,
それを通して Hoffmann elbow を繋げたチューブを硝子体腔
内に挿入する. チューブの挿入部をパッチ材料(あるいは自己
強膜弁)で被覆し, 結膜を縫合被覆する.
成
績
難治性緑内障や小児例を対象とした成績は, 成人の原発開放
隅角緑内障よりやや劣るものの眼圧コントロールの成功率が
70∼90%と良好であったと報告されている3 9).
近年, 以前に白内障手術もしくは/および線維柱帯切除術を
施行されたことのある緑内障患者を対象とした多施設無作為化
臨床研究による線維柱帯切除術との比較結果が発表された10).
それによると術後 3 年の時点におけるバルベルト緑内障インプ
ラントによる眼圧コントロール成績(85%)は線維柱帯切除術の
それ(69%)を上回り, また術後合併症の発生率も線維柱帯切除
術の 60%に対し, 39%と有意に少なかった. また, 後述する
アーメド緑内障バルブとの多施設無作為化臨床研究の結果11) で
も 1 年後の成績で 86%とアーメド緑内障バルブの 84%に比べ
て有意差は無いものの, やや良好な成績を示している. なお,
代謝拮抗薬の併用, ステロイドの内服, テノン
効果があるという確かな証拠は無い
1, 2)
の除去などに
.
合併症
GDD ではいずれも類似の合併症が報告されており, 以下の
ようなものがあげられる.
① チューブに関連した合併症
1. 術後閉塞(フィブリン, 出血, 虹彩, 硝子体, 製品の不良)
2. チューブ(プレート)の露出
3. チューブの偏位, 後退
4. 房水漏出
5. 術後感染, 眼内炎
②
術後低眼圧
③
術後高眼圧
1. 被
濾過胞(encapsulation)
2. チューブ閉塞による眼圧上昇
3. プレート周囲の瘢痕形成による眼圧上昇
④
角
膜
1. 内皮減少, 機能不全
2. 角膜混濁
3. 角膜移植片の混濁
4. 凹窩(Dellen)形成
5. 眼内上皮増殖
⑤
前
房
1. 浅前房
2. 悪性緑内障
3. 前房出血
4. 前房蓄膿
⑥
ぶどう膜に関連する合併症
1. 慢性虹彩炎
2. フィブリン反応
3. 虹彩癒着, 萎縮
4. 瞳孔偏位
⑦
白内障
⑧
網膜硝子体
1. 脈絡膜
離(漿液性, 出血性)
2. 減圧網膜症(decompression retinopathy)
3.
胞状黄斑浮腫
4. 硝子体出血
5. 低眼圧黄斑症
緑内障診療ガイドライン
6. 網膜
離
⑨
複視, 斜視, 眼球運動障害, 眼瞼下垂
⑩
違和感
⑪
眼球癆
b . ア ー メ ド 緑 内 障 バ ル ブ (AhmedTM Glaucoma Valve)
(New World Medical 社)
原
理
アーメド緑内障バルブ(AhmedTM Glaucoma Valve)は調圧
弁を持つ GDD で, 眼内に挿入するシリコン製のチューブ(内
径 0.305 mm, 外径 0.635 mm)と内圧 8∼12 mmHg で開く調
圧弁(ベンチュリー弁)を持つプレートからなる. 眼圧を下げる
ためにチューブを眼内に差し込み, 流出する房水をプレート部
分でその周囲に形成される結合織の被膜を通して周囲組織に吸
収させることで眼圧を下げる仕組みである. AGV は調圧弁を持
つので術直後の低眼圧が起こりにくいという特徴を持つ.
プレートの材質はポリプロピレン(S シリーズ)のものとシリ
コンゴム(FP シリーズ)のものがあり, それぞれ大人用(S 2,
FP 7:巾 13 mm 長さ 16 mm, 表面積 184
型のもの(S 3, FP 8:表面積 96
)と子供用の小
)が販売されている. この
GDD は種々の状況に対応するために, 付属部品を追加して設
置できるようになっており, 硝子体腔内に挿入するためにチュー
ブに毛様体クリップ(pars plana clip)をつけて硝子体用に変
換することが可能(PC 7, PC 8)である. また眼圧下降をより強
力にするために別売の連結用のチューブをつけたうえでプレー
トをもう一枚設置して房水吸収部分を倍の面積に拡大すること
もできる(B 1, FX 1 表面積 364
適
).
応:バルベルト緑内障インプラントに準ずる.
近年, 初回手術への適応を含めて積極的な使用が検討されて
いるが, 本邦における使用経験は少なく, 術後の GDD の露出・
感染, 長期的な角膜内皮障害などが生じる可能性があるため,
当面は難治で通常の線維柱帯切除術の施術が困難である, 奏功
が期待できない, あるいは従来の線維柱帯切除術では重篤な合
併症が予測される症例に適応を限定すべきと考えられる. また,
角膜内皮がすでにある程度以上障害されている症例や強膜上の
チューブの被覆が困難と考えられる症例にチューブの前房内留
置は推奨できない. さらに硝子体の除去が十分でない症例に対
するチューブの硝子体腔内留置も行うべきではない.
術
式
①前房内チューブ挿入法:AGV を挿入するために適切な象
限を選び, その部位で約 120 度の輪部切開を行う. 症例によっ
ては, 輪部基底結膜弁で施術する場合もある. 必要な場合は 2
直筋に牽引糸を置いて術野を確保する. 自己強膜弁を使用する
場合はここで強膜弁を作成する. AGV の弁の動作を確認する
ためにチューブ先端から灌流液を注入して通水確認(プライミ
ング)を行う. 次に術野を十分に広げて AGV のプレートに付
随する固定用の穴に通糸し輪部から 8∼9 mm の距離で強膜に
縫着して固定する. 次に 23 G の針で前房に穿刺しチューブを
適当な長さにトリミング(べベルは前方を向くようにする)して
角膜と虹彩に接触しないように挿入するが, チューブの安定性
を担保するために斜めに入れることが多い. チューブが適当な
位置に固定されたことを確認した後チューブの露出を防ぐため
にパッチ材料あるいは強膜弁でチューブを覆い縫合する. さら
に結膜を縫合閉鎖する.
②硝子体腔内チューブ挿入法:硝子体手術が完了していない
場合はチューブシャント手術の前に硝子体を十分に除去する,
特に扁平部の硝子体が残存しないように注意が必要である. 硝
子体手術が終了すると AGV を設置しようとする象限の輪部に
6×6 mm の大きめの強膜弁を作成し, 前房内に挿入する場合
緑内障診療ガイドライン
と同じようにプレートを強膜に固定してチューブに毛様体クリッ
プをつけチューブを硝子体腔内に挿入後, 強膜弁下で毛様体ク
リップを縫着固定し, さらに強膜弁を縫合した上で結膜を縫合
閉鎖する.
成
績
いわゆる難治緑内障に対する治療成績では, 術後眼圧 5∼21
mmHg を成功とすると成功率は一年で 76∼87%, 2 年で 68∼
77%, 4 年で 76%程度と報告されている12 14). マイトマイシン
C の術中塗布によって成績の改善が見られるかについては否定
的な見解が多い1, 2) . シリコンゴムプレートとポリプロピレン
のプレートでの成績を比べるとシリコンゴムの方が優れるとい
う報告もある15). 小児の難治性緑内障に対しても外国では一年
で 70∼93%, 二年で 58∼86%という報告がなされている16) .
バルベルト緑内障インプラントとの比較試験で術後合併症はアー
メド緑内障バルブの方が有意に少ないが, 術後平均眼圧はアー
メド緑内障バルブの方が 2.2 mmHg 高いと報告されている11).
合併症
プレートを持つ GDD ではいずれも類似の合併症が報告され
ており, バルベルト緑内障インプラントと同一のものがあげら
れる.
2. プレートを用いない GDD(ミニチューブ)
a . EX-PRESS Glaucoma Filtration Device(Alcon 社)
原
理
EX-PRESS は調圧弁を持たないステンレス製の GDD で,
線維柱帯切除術と同様の強膜弁下で前房内に挿入し, 房水を結
膜下へ導き濾過胞を形成させる 「線維柱帯バイパス」 である.
他の GDD とは異なり, 結膜下に房水貯溜空間を形成するため
のプレート部分を持たない. 構造は, GDD の眼内迷入あるい
つば
は眼外突出を防ぐ目的で GDD の強膜側には扁平な鍔が, また
前房側には突起(釣り針の “かえし” に相当)がつけられている.
さらに GDD 先端部が虹彩などで閉塞した場合に備えて前房側
上面, 側面に開放ポートが開けられている.
専用のデリバリーシステム(EX-PRESS delivery system,
EDS)に装着された状態で販売されており, 全長と内径の大き
さから R 50 PL, P 50 PL, P 200 PL の 3 種類がある. 全長は
R タイプが 2.9 mm, P タイプが 2.6 mm である. また内径につ
いて, 50 シリーズは 50
, 200 シリーズは 200
となってお
り 日 本 で は P 50 タ イ プ の み が 承 認 発 売 予 定 で あ る . EXPRESS の長所は, 挿入が比較的容易なこと, 流出路の大き
さが標準化できること, 虹彩切除が不要であることが挙げられ
る. 虹彩切除を行わないため, 炎症による濾過胞の瘢痕化や,
出血による流出路の栓塞が少なくなる可能性がある. EXPRESS はステンレス製であり, 組織反応, 炎症反応が少な
く, 通常の MRI 撮影であれば偏位せず, 安全とされている.
適
応
初回手術ならびに, 白内障, 緑内障手術既往眼, 硝子体手術
既往眼, 角膜移植術既往眼などでも奏功することが報告されて
いる. 狭隅角眼, ぶどう膜炎, 眼感染症などでは, 術後合併症
のリスクが高いことが想定される. 術後角膜内皮の減少は検討
されていないが, 長期間では内皮が減少する可能性が否定でき
ないため, ある程度以上の角膜内皮減少例での使用に際し注意
が必要である.
本邦における使用経験が少なく, 通常の線維柱帯切除術では
見られない GDD の露出, 術後感染, 長期的な角膜内皮障害な
どが生じる可能性があることから, 少なくとも当面は, 通常の
線維柱帯切除術の施術は可能ではあるが, EX-PRESS 使用に
よる前房開放時間の短縮, あるいは虹彩切除の回避が従来の線
緑内障診療ガイドライン
維柱帯切除術よりも明らかに勝ると考えられる症例に適応を限
定すべきと考えられる. また, 発達緑内障早発型に対しては使
用報告も少なく, EX-PRESS の位置ずれなどの可能性もある
ことから, 使用は推奨できない.
術
式
線維柱帯切除術に準じる. 術式は, まず原則として上方の象
限に円蓋部基底もしくは, 輪部基底の結膜輪部切開を行う. 次
に, 輪部基底の半層切開強膜弁を作成し, 症例によっては結膜
下に適量のマイトマイシン C を塗布する必要が出てくる17) .
25 G 針にて, 強膜岬前方から前房に穿刺する. その孔を通して,
EDS に装着した EX-PRESS を前房側へ押し込み, EDS を引
き抜いて EX-PRESS を強膜弁下に留置する. 排出口につい
ている鍔の位置を確認し, 強膜弁および結膜弁を各々縫合する.
成
績
① 線 維 柱 帯 切 除 術 と の 比 較 : 術 後 早 期 の 眼 圧 値 は EXPRESS 群の方が有意に高いが, 術後 3 ヶ月ではほぼ同等で
あり, 生命表解析では術後 15 ヶ月の時点において, 両者に有
意差を認めなかったと報告されている17). 眼圧下降率に関して
も同等とする報告が多い18) が, EX-PRESS 群の方が眼圧をよ
り下降させるとする報告もある19).
②水晶体乳化吸引術との同時手術:術後 3 年での成功率(眼
圧≦21 mmHg)77%と報告20) されている. また, 同時手術と
EX-PRESS 単独手術では両者に差がなかったと報告されてい
る21).
③線維柱帯切除術後の難治症例:結膜が瘢痕化した症例での
報告は少数例(11 眼)ではあるが成功率(術後眼圧≧5 mmHg,
≦21 mmHg)が64%, 成功例での術後平均眼圧は約 14 mmHg
であったと報告されている22) . また再手術などの重篤例での
成績も少数例(24 眼)の検討ではあるが成功率(術後眼圧≦21
mmHg), 83%(術後平均眼圧は約 15 mmHg)と報告されてい
る23).
合併症
EX-PRESS では, 線維柱帯切除術と類似の合併症が報告さ
れており, 以下のようなものがあげられる. ただし, 虹彩切除
に伴う合併症は回避できる.
①
GDD 自体に関連した合併症
1. 術後閉塞(フィブリン, 血液)(YAG レーザーで修復
可能)
2. GDD 強膜側部露出
3. 前房内への迷入
4. 位置ずれ
②
過剰房水流出, 術後低眼圧
1. 結膜からの房水漏出
2. 脈絡膜
離
3. 脈絡膜出血
4. 低眼圧黄斑症
5. 網膜
③
離
術後高眼圧
1. 被
濾過胞(encapsulation)
2. 結膜瘢痕化, 濾過胞平坦化
④
前
房
1. 浅前房
2. 悪性緑内障
3. 前房出血
⑤
術後感染, 炎症
1. 術後感染, 濾過胞炎, 眼内炎
2. 慢性虹彩炎
3. フィブリン反応
4.
胞状黄斑浮腫
緑内障診療ガイドライン
文
献
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■日本緑内障学会緑内障診療ガイドライン作成委員会
委員長:
阿部春樹
委員(五十音順):
相原 一, 桑山泰明, 酒井 寛, 白柏基宏, 白土城照,
鈴木康之, 谷原秀信, 富田剛司, 中村 誠, 東出朋巳,
八百枝潔, 山本哲也
■日本緑内障学会緑内障診療ガイドラインの執筆者
執筆者(五十音順):
相原 一, 阿部春樹, 北澤克明, 桑山泰明, 酒井 寛,
白柏基宏, 白土城照, 鈴木康之, 谷原秀信, 千原悦夫,
富田剛司, 中村 誠, 東出朋巳, 布施昇男, 山本哲也
執筆協力者:
八百枝潔
緑内障診療ガイドライン
平成 24 年 5 月
(第 3 版)
第 3 版発行
発行所
日本緑内障学会
〒270 2218
千葉県松戸市五香西 3 24 3
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