Newton

宇宙物理への招待–ニュートン力学から宇宙論へ
辻川 信二
1
を得ます.速度 v は R の t による時間微分であ
ることから,v = R˙ と書きました.式 (4) の左辺
最近の急速な観測技術の向上により, 宇宙の進 の第 1 項が運動エネルギー, 第 2 項が万有引力に
化に関する精度の良いデータが得られ,宇宙論は よる位置エネルギーに対応します.
詳細科学の領域に足を踏み入れたと言っても過言
ここまでは,通常のニュートン力学のお話と
ではありません.その一方で,宇宙論を本格的に 変わりませんが,式 (4) は実は宇宙の膨張を記
学ぶには相対論などの知識が必要であることか 述する式に対応しています.宇宙の膨張率を表
ら,宇宙論は多くの方々にとって,敷居の高い分 す量として,通常,速度 R˙ を位置 R で割った量
˙
野であるようです.しかし実際には,下記の説明 H = R/R
を定義し,これをハッブルパラメータ
で示すように,ニュートン力学の拡張として簡単 と言います.H に関する式を導くために,式 (4)
に宇宙の進化を記述する式が得られます.また, の両辺を mR2 /2 で割ると,
現在の宇宙を満たしている暗黒エネルギーがある
K
8πG
場合の宇宙進化なども,かなり容易に理解できま
H2 =
ρ− 2
(5)
3
R
す.下記の解説を読み,鉛筆を手にとって実際に
計算してみてください.要求されているのは,大 を得ます. ただし, M = ρ(4πR3 /3) であること
学 1 年生レベルの物理の基礎知識のみです.
を用い,積分定数を改めて K = −2C/m とおき
ました. 式 (5) は, 圧力のない通常の物質に限定
してニュートン力学から導出された式ですが, 相
対論を用いて得られる式と完全に一致します. こ
2 宇宙の進化を記述する式
れを一様等方宇宙におけるフリードマン方程式と
様々な観測から,宇宙は一様等方であり, 空間 呼びます. 式 (5) の定数 K は宇宙の曲率 (曲がり
の任意の点を取ったときその点の周りで球対称と 具合) を表わしており, K > 0, K = 0, K < 0 が
みなすことができます.いま,任意の一点を中心 それぞれ, 閉じた宇宙, 平坦な宇宙, 開いた宇宙を
とする半径 R の球 (体積 V = 4πR3 /3) を考え, 表わします. 様々な観測から, 現在の宇宙は平坦
その球の内部は,圧力を持たないような物質で一 に近く, これは宇宙初期の加速膨張 (インフレー
様に占められているとします.球の一様な密度を ション) からの帰結と考えられています. そこで,
ρ とすると,球の質量は M = ρV と表されます. 式 (5) において K = 0 とおくと,
その球の表面にある質量 m の質点を考えると, こ
8πG
H2 =
ρ
(6)
の質点が受ける重力の大きさは, 万有引力定数を
3
G として, GmM/R2 と表されます. 質点の遠心
方向への速度を v として,時刻 t における質点に となります.この式は,宇宙を占める物質 (ρ) に
よって, 宇宙の膨張率 (H) つまり宇宙の進化が決
関するニュートンの運動方程式は,
定されることを意味しています.
mM
dv
半径 R の球の内部が,圧力のない通常の物質
= −G 2
m
(1)
dt
R
で占められているとき,M = ρ (4πR3 )/3 は一定
ですから,ρ は R−3 に比例し,ρ = ρ0 R−3 (ρ0 は
で与えられます.
ニュートン力学でよく知られているように, 運 定数) と書けます.これを式 (6) の右辺に代入し,
˙
動方程式の両辺に速度 v を掛けて時間 t で積分 H = R/R > 0 に注意して式を整理すると,
はじめに
するとエネルギー保存則が得られます.いまの場
dR
を掛けて t で積分す
合, 式 (1) の両辺に v =
dt
ると,
mv
dv
dt = −
dt
G
mM dR
dt
R2 dt
R1/2
となります.この式を t で積分し,積分定数を B
とおくと,解として
(2)
R=
であり,置換積分を用いると
mv dv = −
G
mM
dR
R2
3
(At + B)
2
2/3
(8)
を得ます.つまり時間が十分たつと,スケール因
(3) 子と呼ばれる量 R は,
R ∝ t2/3
となります.両辺とも容易に積分でき,
1 ˙2
mM
mR − G
=C
2
R
dR
= A , ただし A = (8πGρ0 /3)1/2 (7)
dt
(9)
のように振る舞うことが分かります.これはいわ
(C は積分定数) (4) ゆる物質優勢期と呼ばれる,銀河のような宇宙の
1
大規模構造ができる時期の宇宙の進化に相当し す. 後者の方が前者よりも早く ρ が減少するのは,
ます.上記のように,相対論を用いずに,ニュー 式 (11) で輻射が外部に仕事をする分だけ, 内部エ
トン力学から物質優勢期の宇宙進化が導かれるの ネルギーの減少が大きいからと解釈できます.
暗黒エネルギーの場合, 観測的に w が −1 に近
は,大変興味深い点です.
く, ρ はゆっくりと変化します. 暗黒エネルギー
は, 負の圧力 p を持つため, 宇宙が膨張していて
もそれが外にする仕事 pΔV は負となります. こ
3 暗黒エネルギー
のとき,式 (11) の右辺が正で, 内部エネルギー
今までは,圧力のない物質に話を限定してきま に相当する量 ρR3 が増加します. つまり, 宇宙が
したが,次にもっと一般的な物質に議論を拡張し 膨張しても, あたかも外部から仕事をされエネル
てみましょう.物質の性質を特徴づける量として, ギーが補給されるような状況になっており, エネ
状態方程式と呼ばれる量 w があり, 物質の圧力を ルギー密度 ρ はほとんど減少しないのです.
w が一定のとき, エネルギー密度 ρ の変化は式
p, エネルギー密度を ρ として,
(15)
で与えられるので, 式 (6) に代入し積分する
w = p/ρ
(10)
ことにより (式 (7) から式 (8) を導いたのと同様
で定義されます.例えば, 圧力が無視できる物質 な操作を行う), スケール因子 R の変化は, t が大
の場合は w = 0 ですが, 光の場合には輻射によ きいとき
る圧力があり, w = 1/3 であることが知られてい
2
R ∝ t 3(1+w)
(16)
ます (そのうち統計力学で学びます).現在の宇宙
を満たす暗黒エネルギーの状態方程式は, 観測的 で与えられます (ただし w = −1). よって宇宙の
に w = −1 付近であることが知られています. つ 進化は,輻射優勢期 (w = 1/3) には R ∝ t1/2 と
まり, 暗黒エネルギーの圧力 p は負であり, 通常 なり,物質優勢期 (w = 0) での変化 R ∝ t2/3 と
の物質とは性質が本質的に異なることを示してい は異なります.いずれの場合でも,R
¨ < 0 である
ます.
ことから,宇宙は減速膨張します.宇宙が加速膨
w の値により, エネルギー密度 ρ の変化がどのよ 張をするためには, 式 (16) の t のべきが 1 より大
うに異なるかを見てみましょう. 一様等方宇宙で, きいこと, つまり
空間の任意の一点を中心とする半径 R, 一様密度
w < −1/3
(17)
ρ の球 (体積 V = 4πR3 /3, 質量 M = ρ(4πR3 /3))
を考えます.球内の物質が圧力 p を持っていると が必要です.w が −1 に近づくにつれ,式 (16)
すると, 球の体積が ΔV だけ微小に増加したと の t のべきは非常に大きくなり,急速な加速膨張
き, この物質は外に仕事 pΔV をします. いまこ をすることが分かります.特に w = −1 のとき,
の変化を熱力学的な断熱変化と考え, 物質の持っ 式 (15) より ρ が一定です.このとき式 (6) より,
˙
ている ‘内部エネルギー’ の変化を ΔM とみなす H = R/R
も一定で, これをそのまま t で積分し,
と, 熱力学第 1 法則: ΔM = 0 + (−pΔV ) から
R ∝ eHt
(18)
3
3
Δ(ρR ) = −p Δ(R )
(11)
を得ます.つまり,宇宙は指数関数的に加速膨張
が成り立ちます. この式を, 時間の微小変化 Δt をすることが分かります.
で割り,Δt → 0 の極限をとると
d
d
(ρR3 ) = −p (R3 )
(12)
dt
dt
4 終わりに
となり,より具体的に
以上のような簡単な議論から,宇宙進化のおよ
ρ˙ + 3H(ρ + p) = 0
(13)
その様子がお分かりいただけたと思います.宇宙
と書き直せます.式 (13) は連続方程式と呼ばれ, の初期にインフレーションと呼ばれる加速膨張が
相対論を用いた厳密な計算でも全く同じ式が得ら 起こり,その後は輻射優勢期 (R ∝ t1/2 , ρ ∝ R−4 )
れます.
に移行します.輻射の密度は圧力のない物質の
物質の状態方程式 w = p/ρ が定数のとき, 式 それより速く現象するので,いずれ物質優勢期
˙
(13) を積分してみましょう.式 (13) は,H = R/R
(R ∝ t2/3 , ρ ∝ R−3 ) に移行します.そして現在
にも注意すると,
付近になって,ρ がよりゆっくり変化する加速膨
1 dR
1 dρ
張期に入った訳です.この現在の加速膨張を引き
= −3(1 + w)
(14)
起こす暗黒エネルギーの起源は不明で,それを明
ρ dt
R dt
と書け,これを t で積分し置換積分を用いること らかにすることは今世紀の物理学の最大の課題と
言ってもよく,世界中の物理学者を引きつけてや
により,
まない研究分野になっています.
ρ = ρ0 R−3(1+w) (ρ0 は定数)
(15)
上の話に少しでも興味を持った人は,宇宙論へ
という関係を得ます.つまり,物質優勢期 (w = 0) の扉を開いてみたらどうでしょう.そこには,深
では前に見たように ρ ∝ R−3 ですが,輻射優勢 遠でわくわくするような知の世界が広がってい
期 (w = 1/3) では ρ ∝ R−4 のように振る舞いま ます.
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