見直したい ! 発達領域の食事動作支援

臨床作業療法
Vol.11 No.1 2014
特 集
見直したい !
発達領域の食事動作支援
食事動作の定型発達を理解する 藤坂 広幸 13
食事動作の前に取り組んでおくこと 三和 彩 20
発達障害児の自立した食事動作に
向けての支援 徳永 瑛子 25
食事を通して肢体不自由児の
自己有能感を育む 黒田 穂菜美 31
重症心身障害児の自立した食事動作に向けての支援
成人・壮年期からの自食とその可能性 吉田 雅紀 36
◉ライト☆すぽっと
リハビリテーションと私
―『リハビリテーションの歩み―その源流とこれから』で伝えたかったこと 上田 敏 6
連 載
■スキル
リハビリテーションと上肢運動学 肩関節を理解する! 伸展運動と水平運動 矢﨑 潔,他 41
■レクチャー
作業療法のアイデンティティー 作業を活用し,「作業の力」を知る 甲斐 雅子 45
脊柱管狭窄症と住宅改修 児玉 道子 56
お家を変えよう! 発達領域における IT 活用支援 高橋 知義 65
学習への支援(発達障害)
つ な ぐ
2014 年 年間テーマ 遠望
コラム
■ライフ
あのころ いま 地域リハビリテーションの力 村上 重紀 4
ちょっといいですか? リハビリ計画手帳 グループ・ピアズ 52
慣れない部署での職場復帰 宇田 薫,他 58
女性 OT ひとりで悩まないで ぼくのリハビリ物語 リハビリへの思い―幼少時代編 藤井 規之 60
■View
掘り起こせ“やる気”OT スコップ隊 認知症の人編
ココロの廃用症候群 上城 憲司,他 49
パント大吉のどこでも遊ぼ! 一枚の絵 記憶の森でかくれんぼ パント大吉 50
キ セキ
わが軌跡 蓮田よつば病院 55
■編集部が見つけたキラリ発表
リハビリテーション・ケア合同研究大会 千葉 2013
通所リハビリテーションにおける自宅訪問の意義
―転倒症例から得たもの 伊藤 正和,他 70
医療と介護の間隙を埋める―家政婦を依頼した1症例 佐藤 博文,他 72
アラカルト
◉はじまりのことば 巻頭色頁
◉カメラマン川上哲也の見た世界 目次前
◉インフォメーション 63
◉書評 74
◉投稿規定 75
◉既刊案内 19
◉次号予告 76
【表紙の言葉】文具店でバラ売りされている色鉛筆。今は好きな色だけを選んで買うことが出来
るけれど,それができなかった子ども時代のクレヨンやクレパス,水彩絵の具,色鉛筆は,好き
でよく使う色だけあっという間になくなってしまい,全色セットでもう一度買ってもらうまで
我慢しなくてはならなかったので,描く風景には大好きな色が欠けていたものだ。
(石原雅彦)
突然の依頼
先日,若い内科医の H 先生から,当院(公立みつぎ総合病院)の訪問リハビリテー
ション(以下,リハビリ)の数と住宅改修などについての調査の依頼があった。リハ
ビリだけでなく,訪問看護・介護等在宅への関わりの活動量と,町のいわゆる「寝た
きり」の減の相関を改めてグラフで示したいとの意向だ。
訪問リハビリの数や内訳は,病院から毎年発行される「保健福祉活動」誌に平成 6
年度(1994 年)からのものはある。だがそれ以前,ことに開始時からの毎年の数字と
地域リハビリテー
ションのちから
なれば話は別だ。
「はいはい」とは言ったものの,果たして訪問についてどこまで記し
たものがどこにあるのか自信がない。リハビリ部の本棚をほとんどうろんな記憶をた
よりにひっくり返す。記録もない? いい加減な業務ではないかと叱責されそうだ
が,いい加減にはそれなりのわけがある。
当時のリハビリテーション
当時,広島県では県立の特別養護老人ホーム(以下,特養)を当町御調町へ移設。
併せて県立の「老人リハビリテーションセンター」を合築した。施設を終の住処とせ
ず,リハビリを通し,利用者の自立と在宅復帰,在宅生活の支援を主目的とした。そ
の後の老人保健施設構想の先取りである。きたるべき高齢社会を見据えていた。知事
さんは偉かった。
リハビリセンターと特養の医療面の管理を当院が受託した。その頃の病院にはリハ
ビリ科はなかったので,入職した作業療法士(OT),理学療法士(PT)は,県立のリ
ハビリセンターに詰めた。特養の入所者は,全員リハビリセンター通いが日課となる。
残り少ない生活より,訓練が目的の日々。加齢と合併症,痴呆や肥満は,リハビリの
阻害因子とされた時代である。当然,機能回復はなかなか覚束なかった。
介護保険制度の始まる年に,リハビリセンターはその役割と機能を終えた。それま
でに,50 人近くの入所者が在宅復帰をしたと思う。機能訓練も役立ったが,訓練意欲
より生活意欲,生活ケアの中にリハビリの考え方や技術を活かせばお年寄りは元気に
公立みつぎ総合病院 リハビリ部
村上 重紀
なる。療法士や特養のケアスタッフが気づくまで長い時間がかかった。
当時の訪問リハビリテーション
訪問リハビリは,そのお年寄りの退所前,退所後の生活支援のために自然に始まっ
た。施設では移動や排泄がなんとか自立できていても,物理的にも心理的にもバリア
だらけの家では困難になる。まず,その人の生活の仕方や障害に見合った環境整備が
必要だ。電動ベッドや入浴台などの福祉用具もない頃,家族もじいちゃん,ばあちゃ
んのための住宅改修には消極的だった。だから OT,PT が手すりをつけた。スロープ
4
臨床作業療法 Vol.11 No.1 2014
日本障害者リハビリテーション協会顧問
(元 東京大学附属病院リハビリテーション部教授)
上田 敏
氏
リハビリテーションと私
―『リハビリテーションの歩み―その源流
とこれから』で伝えたかったこと―
2013 年 6 月,元 東京大学附属病院リハビリテーション部教授 上田敏氏が『リ
ハビリテーションの歩み―その源流とこれから』
(医学書院)を上梓された。転換
期にある今日のリハビリテーション領域の歩みを都合 100 年にわたって振り返り
つつ,将来の展望を示す意欲的な歴史書である。この 50 年間,日本のリハ医療を
常にその中心に居られて名実ともに領導されてこられたご本人の手によって書か
れた回顧録でもあり,きわめて信頼性の高い,リハ医療界に現れた久々の名著で
あると思う。
医科学 100 年の歴史をまとめたものは,精神科領域の歴史書を除くと,これま
でほとんど存在しておらず,さらにこれだけ多岐にわたるリハの領域を,正真正
銘お 1 人の力でお纏めになられたことは,驚異的なことである。このインタ
ビューを通じ,読者のみなさんに本書のもつ醍醐味の一端でもお伝えできたら,
望外の喜びである。
6
臨床作業療法 Vol.11 No.1 2014
三輪 敏 氏(㈱シー
ビーアール)
特集
2012 年(平成 24 年)6 月に , 厚生労働省が「今後の認知症の施策について」をまとめ , 作業療法士(以下 ,
見直したい!
発達領域の食事動作支援
OT)の認知症の人に対する役割の重要性がクローズアップされてきた。特に , 施設や病院に入所する前の初
期認知症の人に対して , 居宅へ訪問したり , 外来で対応したりして医療への不安をやわらげながら , 確実に日
常生活への関わりや援助を届けることが期待されている。自分が , どうしてこれまで当たり前にできてきたこ
とにつまずくのかわからず , 家族もどうしてこんな些細なことで衝突するのか戸惑う時 , 認知症の人とのコミュ
ニケーションは重要なポイントとなる。
また , 初期のアセスメントツールとして , 行動観察にもとづくものを利用することも ,OT の得意とするとこ
ろ で あ る。一 部 で は , 認 知 症 キ ャ ラ バ ン メ イ ト の ス キ ル ア ッ プ 研 修 で 利 用 さ れ て い る AOS(Action
Observation Sheet)を使った関わりも始まってきている。
認知症の人が作業療法の利用者として急速に増えつつある現在 ,OT と出会うさまざまな場でのコミュニケー
ションにおいて , 伝えるべき情報が正確に伝わらず苦労する状況は , 病院でも施設でも居宅でも日常的に繰り
返される。
今回の特集では , 認知症の人に対して OT は , どのような手段を使って会話を進行し , 意図を伝え合ってい
るのか , その経験を整理し , 報告してもらう。その中で , どのようなポイントがコミュニケーションの阻害因
子となっていたのか , それをどう変化させたら , よりうまく伝わったのか , 実践の中から日常における伝え方
のポイントを再検討し , その留意点を明らかにする。
普段から認知症中心に関わっている OT に限らず , コミュニケーションの認知で課題のある作業療法利用者
に対して , 対応に悩む多くの OT の参考になれば幸いである。
編集担当:
苅山和生 (佛教大学保健医療技術学部 作業療法学科)
現在,食事動作に関するさまざまな道具が販売されている。しかし,その道具は発達を促すのではなく,
その道具自体を使用できることを目的としているものがある。たとえば,リング付きのしつけ箸などであり,ス
プーンもうまく使えない段階にもかかわらずに,3歳だから箸の練習と称して使用されていることがある。
また,養育者の都合に合わせて開発された発達段階を無視した道具も気になるところである。たとえば,
水分摂取の道具の発達としては,哺乳瓶からスプーンなど,コップ,次にストローであるはずが,哺乳瓶の
次にスパウト,次にストロー,そしてコップと獲得すべき段階が崩れてきている。中には,コップより先にペッ
トボトルから直接飲まされている子どもたちも存在する。
子どもの発達段階やメカニズムについて知らない利用者にとっては,製品に示されている段階にそって使
用することが,子どもの発達にとって良いと勘違いしてしまう。発達に障害のない子どもたちは適応する力
が高いので対応できるが,障害のある子どもたちにとっては,逆に発達を阻害してしまうこともありうる。
食べ物も豊富で,食習慣が乱れやすい状況がある。単に食習慣が乱れるだけではなく,生活習慣病や
自己統制や自尊感情の発達にまで影響することを知っておく必要がある。
障害のある子どもに関わる作業療法士は,正しい発達段階やメカニズムを理解し,適切に子どもの発達
を支援することができる必要がある。本特集が,食事動作に関する内容について見直してみる機会になれ
ば幸いである。
編集担当:鴨下賢一(静岡県立こども病院)
食事動作の定型発達を
理解する
Hiroyuki Fujisaka
藤坂 広幸*
発達障害領域の食事動作支援のポイント
① 子どもの定型発達について理解する。
② それぞれの発達段階で育つ機能を知る。
③ 食事動作支援では,使用する用具操作との相互関係が大切である。
●はじめに
発達に障害をもつ子どもへ関わる際に大切なのは,子どもは発達過程にあると
いう捉え方であり,定形発達の理解である。本稿では,スプーン操作やコップ飲
食事動作
定形発達
ADL
みなどの食事の基本動作が可能となる 36 カ月までの各発達段階について,姿勢
運動機能,口腔機能,感覚認知機能,また使用する用具操作の相互関係などを含
めながらまとめていく。
食べることの意味
人にとって食べることは,単なる生命維持の役割以外にいろいろな意味をもってい
る。美味しさを感じることは人生の楽しみとなり,また美味しそうに食べている(飲
んでいる)子どもの様子を感じたり,食事場面での楽しいやり取りが母と子の絆をよ
り深める。
食事は毎日繰り返されるものであるため,普段と違う様子を把握でき,子どもの健
康状態を知ることができる。また,日々のコミュニケーション,あるいは誕生日など
特別な催し事の場,社会ルールや生活習慣を習得する場ともなり,家族や社会にとっ
ても重要な役割をもっている。
*
北海道立子ども総合医療・療育センター,作業療法士
〔〒006—0041 札幌市手稲区金山 1 条 1 丁目 240—6〕
0917-0359/14/¥400/論文/JCOPY
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食事動作の前に
取り組んでおくこと
Aya Miwa
三和 彩*
発達障害領域の食事動作支援のポイント
① 食事場面だけでなく,環境,発達,生活全般の確認が大切である。
② 発達段階を理解してアプローチする。
●はじめに
発達領域に携わる作業療法士(以下,OT)は,授乳期や離乳食期から食事に関
する相談を受けることがあるが,道具操作獲得期に「スプーンや箸が持てない」
「食べ方が気になる」
「左手を使わない」といった食事動作に直結する相談も多い
食事
のではないかと思われる。しかし,これらの相談内容の背景には,発達的にこれ
環境
以前に取り組んでおくべきことが隠されていることが多い。
発達
そこで,ここでは実際の食事動作を支援する前に,取り組んでおくとよいこと
や配慮点などを述べたいと思う。なお,記載の内容は,チェックリスト(図 1)と
してまとめたので,ご活用いただけたら幸いである。
食事環境
まずは,お子さんの食事環境の調査や設定が必要である。
1 物理的環境
物理的環境として,テーブルの高さの情報は大切である。家では食卓テーブルを使
用しているのか,ちゃぶ台のようなローテーブルなのかによって,支援していく姿勢
の設定が異なってくる。食卓テーブルを使用している場合は,子ども用椅子を使用し
ていたとしても,椅子に対する子どもの身体の大きさの比率が合わないことが多い。
*
美幌療育病院,作業療法士
〔〒092—0030 美幌町美富 9〕
0917-0359/14/¥400/論文/JCOPY
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臨床作業療法 Vol.11 No.1 2014
発達障害児の自立した
食事動作に向けての支援
Akiko Tokunaga
徳永 瑛子*
発達障害領域の食事動作支援のポイント
① ‌‌手の機能の発達に応じた用具の持ち方を指導する。
② ‌‌いろんなものをさわり,操作することが手の発達をうながす。
●はじめに
発達障害をもつ子どもたちは,その特性として不器用さがあり,それが食事動
作に影響を与えていることがある。それを支援するために多くの方法が提案され
発達障害
ている。今回は,その方法の一部を紹介する。
食事動作
手の発達
食事動作の基礎となること
1 食事動作で大切なこと
道具の使用は発達のうえでも大きな課題であり,スプーン,フォーク,はしなどの
食事用具を利用することは,子どもにとって大きな一歩であると思われる。しかし,
Morris ら1)や篠崎ら2)によると,発達障害児は食具の操作に困難をもつ子どもが多いと
いうことが明らかにされている。
用具を使ううえで大切なことは,用具を自分の体の一部,延長としてイメージでき
るかという点である。それには,自分の身体のイメージがどれだけできるのかという
ことが重要になる。単に,手が使えない,不器用という問題のみに起因するわけでは
ない。
さらに,手の感覚の未熟さも食事用具を使ううえで問題となる。食事の際に,感覚
の過敏があるために,手に食べ物がつくことを嫌がる子どもがいる。私たちからみる
と,大きな問題はないと感じるかもしれないが,感覚の受け取り方にはかなり差があ
*
長崎大学大学院 医歯薬学総合研究科,作業療法士
〔〒852—8520 長崎市坂本 1—7—1〕
0917-0359/14/¥400/論文/JCOPY
臨床作業療法 Vol.11 No.1 2014
25
食事を通して肢体不自由児の
自己有能感を育む
Honami Kuroda
黒田 穂菜美*
発達障害領域の食事動作支援のポイント
① 肢体不自由児の食事支援は,自己有能感を育むような支援が大切である。
② 身体特性・認知特性を生かした支援により,活動の成功を援助する。
③ 発達段階に合わせて,自助具を段階づける。
●はじめに
当院(大阪発達総合療育センター)では入院児の食事場面に直接介入し,食事
動作の自律を目指して取り組んでいる。姿勢設定や発達段階に合わせた自助具の
肢体不自由児
食事動作
自己有能感
作製(図 1)などの環境調整とともに,咀嚼・嚥下時の口腔機能,道具を操作す
る上肢機能,姿勢および頭部の制御,肩甲帯の安定といった身体機能面,さらに
障害特性,認知機能,家庭背景を考慮して,自己有能感を育む支援となるよう心
掛けている。以下に,事例を通して述べる。
事例 1:「食べさせられる」ごはんから「自分で食べる」
ごはんへ
1 脳性まひアテトーゼ型の 6 歳女児
GMFCS(Gross Motor Function Classification System)
,BFMF(Bimanual Fine Motor
Function)レベルは共にⅤで,ADL(Activity of Daily Living)は,すべてに介助を要し
た。臨床心理士の評価では,言語性 IQ は 110,言語理解は 118 と判断された。今回,
地域小学校就学に向けて,
「誰の介助でもごはんが食べられる」ことを目標に 3 カ月間
入院した。
食事は全介助で,頭部と下顎の制御が難しく,上下肢の不随意運動が姿勢の崩れを
*
大阪発達総合療育センター,作業療法士
〔〒546—0035 大阪市東住吉区山坂 5—11—21〕
0917-0359/14/¥400/論文/JCOPY
臨床作業療法 Vol.11 No.1 2014
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重症心身障害児の自立した
食事動作に向けての支援
―成人・壮年期からの自食とその可能性
Masanori Yoshida
吉田 雅紀*
発達障害領域の食事動作支援のポイント
① ‌‌重症心身障害児者(以下,重症者)の食事に関する課題は多様で,長期的に根
気強い介入が,有効である。
② ‌‌食事動作の再取得には,環境設定,食事動作訓練,上肢機能訓練の視点が必要
である。
③ ‌‌成人・壮年期の重症者における食事動作は,自食の可能性があるとともに,自
食を維持する戦いになることも多い。
●はじめに
重症者の食事は,経管摂取の場合や経口摂取が可能でも全介助によることが多
い。その一方で,姿勢や食具の工夫,食事動作訓練などにより自食が可能となる
重症心身障害
食事動作
成人
場合もある。重症者とひと言で表わされても,その障害像は多様であり,ライフ
ステージによっても違いがみられてくる。
本稿では,食事の自立を望む 41 歳(1996 年当時)の A 氏に対し 5 年にお
よぶ介入の結果,自食が可能となり 12 年経過した現在も維持されている事例を
通し,重症者の食事と食事動作について検討する。
事 例:41 歳からの食事動作再獲得に向けた取り組み
1 事例概要:A 氏,57 歳女性,脳性麻痺(痙性を伴うアテトーゼ型四肢麻痺)
A 氏は,15 歳の時に家庭での養育が困難なことから,当施設(北海道療育園)への
入所が決まり,現在まで約 42 年半,生活されている。入所当時の療育記録を見ると,
施設生活になじんでいただけるよう集団活動への参加を促したり,日々の生活を確認
*
北海道療育園,作業療法士
〔〒071—8144 旭川市春光台 4 条 10〕
0917-0359/14/¥400/論文/JCOPY
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臨床作業療法 Vol.11 No.1 2014
肩関節を理解する!
―伸展運動と水平運動
矢﨑 潔*,小森 健司**,田口 真哉**
はじめに
が届かない"などといった幅広い状況での訴えを多
く聞くことになる。これらの多くの訴えは,肩関節
長く続いたこのシリーズも,ゴールにたどり着い
の屈曲・外転運動の障害がおもな原因による訴えで
た。まだまだ不十分,またもっと詳しくという部分
あるともいえる。そして,作業療法の治療訓練場面
もあることと思われる。しかし今回をもって,この
でもそれらの改善が中心となることは,当然のこと
シリーズの区切りとする。今回は,表題にあるよう
のように思われる。
に,あまり注目を浴びることのない肩関節の伸展,
しかしながら,
"背中がかゆい"といった緊急時に
水平外転・内転について話を進める。
は肩関節の伸展運動が必要となる。この時,なんら
日常生活での諸動作での肩関節の役割は,手作業
かの原因で伸展運動ができず,手が背中に届かなけ
における手の作業・運動空間,すなわち手の上下・
ればその代用として柱などを利用する。このよう
左右の運動方向を決定し,位置づけ安定させること
に,その場をどうにか過ごすこともある。しかし,
である。
女性には日々欠くことのできない身の回りの動作が
日々の作業・運動を考えると,多くの場合,身体
ある。それは,下着を着けたり,エプロンの紐を結
の前方あるいは側方での手の動作が中心となる。そ
ぶなど,頻繁ではないが不可欠な動作がある。
れは,手の動作を行うにあたり,正確でかつ安全性
これらの日々の身の回り動作の障害(不自由さ)
を保つということも関係すると考えられる。すなわ
は,精神的なストレスを引き起こす一因ともなる。
ち,われわれは作業を正確に,そして安全性を保つ
そして,臨床で耳にすることは,これらの運動は外
には視覚的なフィードバックを使用する必要がある
見的にはその原因が分かりにくく,健康そうにみえ
からである。
ることも多い。そのため,周囲の人からはあまり理
そのためには,肩関節では屈曲や外転運動が必然
解されず,悩む人も多い。よって,セラピストとし
的に中心とならなければならない。そして,これま
ては,これらの運動を正確に理解し,早くその悩み
でに説明してきたように,これらの運動は回旋現象
から解放させてあげることも重要と考える。
が支えているといえる。だから,当然のことではあ
るが,伸展や水平外転運動などは五十肩(肩関節周
伸展運動
囲炎)などの肩関節の機能障害を伴う問題が起きる
伸展運動は,手を大きく開きながら行う深呼吸は
までは忘れられていることが多い。
特殊な例である。しかし,この運動は背中がかゆい
それは,臨床場面でも同様である。患者から"手
時,エプロンの紐を結ぶ時などのように手を身体
が挙がらない""頭に手が届かない"
"棚のものに手
(体幹)の背後に持っていき,そこで行う動作などで
*
**
目白大学 保健医療学部 作業療法学科
愛整会 北斗病院 リハビリテーション科
0917-0359/14/¥400/論文/JCOPY
臨床作業療法 Vol.11 No.1 2014
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第
12回
作業療法のアイデンティティー
作業を活用し,
「作業の力」を知る
甲斐 雅子 (デイサービス えがおで寺塚)
要 旨:作業療法の魅力は,とりもなおさず「作業」の魅力です。臨床での作業療法を通して,私は作業
を利用し,作業に支えられ,作業に教えられ,そして「作業の力」を痛感してきました。人間と作業がリン
クした時,思わぬ化学反応がおき,そして相乗効果が生まれる瞬間を経験した作業療法士(OT)は多いこ
とでしょう。傍らに作業があれば,どんな対象者にも対応できる職種,それが作業療法ではないでしょうか。
はじめに
学生時代に私たちが陶芸をしている時,理学療法学科の学生は運動学の実技を行っ
ていて,なんだか取り残されたような気分になりました。
“作業療法は分かりにくいの
●作業の活用
●作業の力
●作業療法
で,理学療法学科に変わろう”と考え,校長に相談したら「半年間は作業療法の勉強
を続けなさい。それでも気持ちが変わらなければ,また来なさい」と言われました。
結局,それから 40 年,私は作業療法の勉強をずっと続けている気がします。
環境の変化と興味の変化
30 数年前,就職した当時の労災病院の作業療法室は,古いけど広く,陶芸の足踏み
ロクロや電気炉,そして大きな床式織機が所狭しと設置され,屋外作業場や温室もあ
りました。日常生活動作を指導する部屋は別にあり,今にして思えば贅沢な造りでし
た。作業に囲まれた環境の中で,自助具作りも盛んに行われていました。市販化され
ている自助具は少なく,患者に必要な物品は手作りが当たり前の時代でしたので,工
作機械や工業用ミシンも作業療法室に用意されていました。もともと不器用な私は,
先輩 OT に手ほどきを受けながら,社会人生活をスタートさせました。
当時は脊損病棟と呼ばれる病棟があるほど,多くの脊髄損傷の患者がおり,長い人
は 1 年近く入院していました。労災事故で手を損傷する方も多く,useful hand とする
ためには運動機能だけでなく,知覚機能も回復しないと十分ではないと気づきまし
た。知覚障害の経過を追う際は 2PD(2 点識別覚)や SWT(Semmes Westain Test)を
利用していましたが,これらの検査法は検者の技術で検査結果に差が出るため再現性
に問題がありました。
臨床作業療法 Vol.11 No.1 2014
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グループ・
ピアズ
(障碍者交流会)
第 8 回 リハビリ計画手帳
第 8 回は,リハビリ手帳を提案したいと思います。
は成り行き任せ,医師任せ,リハビリ教室任せにな
りやすいのです。このテーマを会の編集会議で議論
1
リハビリ計画手帳の提案
した時に,復職を目指している人は「そんなことは
ない。自分は自分のリハビリ計画を医者と共に立
厚生労働省は,リハビリを単なる機能リハビリだ
て,それに基づいてリハビリをした」と言っていま
けでなく,地域で活き活きと生きるためのリハビリ
した。
と定義しています。そう考えるとリハビリは,単に
復職はしなくても前向きに生きていこうとしてい
機能回復リハビリ(機能リハビリ)だけではなく,
る障害者ほど,自分のリハビリ計画を医者と相談
生活していくためのリハビリ(生活リハビリ)
,生き
し,それに基づいてリハビリをしているようでした。
がいをもって生きていくためのリハビリ(生きがい
しかし,このような積極的なリハビリをしている人
リハビリ),あるいは復職リハビリなど幅広いもの
は少数派でした。
になります。
前向きな障害者でなくても,もしこのステップご
その一連のリハビリ治療の中で機能リハビリはお
とのカリキュラムを事前に理解できていたら,障害
もに病院リハビリで,生活リハビリは地域リハビリ
者もその家族も自覚をもって,リハビリをできるの
教室で,生きがいリハビリは地域自主サークルと個
ではないでしょうか。
人が自己責任でやると考えられます。
そこで提案なのですが,障害者が地域で活き活き
さて,医療関係者や地域リハビリの担当者はそれ
と暮らすためには,その障害者はどこで,どのよう
ぞれリハビリ用のカルテを作り,役割分担に従って
なリハビリをしなければならないかという病院・地
リハビリ指導をしているのだと思いますが,それを
域を通じてのカリキュラムというか,リハビリパス
受けている障害者やその家族は,そういう自覚はあ
を明確にしたらいいと思います。そして,その項目
まりないのではないかと思います。
「そうだったの
ごとに,病院では何をリハビリし,地域リハビリ施
だ,そのような役割分担があったのだ」と分かるの
設では何をリハビリし,障害者自主サークルで何を
はそういうサービスを受けた後,何年も経ってから
リハビリし,自主的に何をリハビリするかを明確に
でしょう。
するような障害者リハビリ手帳を作ったらどうで
そのため,一部の例外を除いた多くは,リハビリ
しょうか。
52
臨床作業療法 Vol.11 No.1 2014
はじめまして
たいと願っていたからです。
ぼくは,大阪市でホームヘルパーの制度を活用し
ぼくと母とリハビリ
ながら一人暮らしをしている藤井規之
(37 歳)
です。
左足の踵でパソコンの操作を行っています。それを
この頃,喋れなかったぼくは,
「すごくきついし,
活用して障害をもっている人の相談に乗っていたり
しんどいし,痛いからリハビリに行きたくない」と
(ピア・カウンセラー)
,本の作製を行っています。
思い,リハビリに行く前になると家で大暴れした記
ぼくは,陣痛促進剤を使った帝王切開で生まれま
憶があります。
した。お腹の中で
へその緒が頭にぐ
るぐる巻きになっ
て,仮死状態で生
まれてきたそうで
す。また,父親は,
「生まれてすぐに
保育器に入れられ
た」と言ってまし
た。その後,脳性
常にそり返っていたぼく
まひ(アテトーゼ型)と診断を受ました。
当時の診断書には,
「生後,仮死状態 30 秒,1 カ
月からよく反る,よく泣くという状況で,3 カ月で
S 園を保健所経由で紹介され,4 カ月からボバース
法などの訓練が開始された」という経過が書かれて
ぼくを歩かせた母
ありました。その時から,親と一緒に病院と家での
母は,
「規くん,大人になって普通の人のように
リハビリの生活がスタートしたのです。
立ったり,歩けるようにするために,リハビリしょ
幼児期には,リハビリをするために大東市から大
うね」と言っていました。それを聞いてぼくは,
阪市に引っ越しました。それは,当時,自分の意思
「はーい,分かった。スゲー! 大人になったら普通
で身体を動かすことができず,しかも不随意運動に
の人になるんや。リハビリ頑張ろう」と信じて最初
よって突然思わぬ方向に身体が動いたり,勝手に声
は,一生懸命に取り組んでいました。
が出たからです。両親は,なんとかして健常児にし
成長していくにつれ,段々と「どうせリハビリし
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臨床作業療法 Vol.11 No.1 2014
発達領域における
IT 活用支援⑫
学習への支援
(発達障害)
Tomonori Takahashi
高橋 知義
1
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日本における障害をもつ学生の
現状
日本学生支援機構の発表した「平成 24 年度(2012
年度)大学・短期大学・高等専門学校における障害
のある学生の修学支援に関する実態調査」1)によれ
ば,大学・短大・高専 1,198 校のうち,障害のある
障害のある学生数8,810人
その他
視覚障害
1,403人
669人
(15.9%)
(7.6%)
発達障害
聴覚・言語障害
1,064人
1,537人
(12.1%)
(17.4%)
重複
165人
(1.9%)
病弱・虚弱
1,619人
(18.4%)
肢体不自由
2,353人
(26.7%)
平成22年度
障害のある学生数11,768人
視覚障害
694人
その他
(5.9%)
2,425人
聴覚・言語障害
(20.6%)
1,448人
(12.6%)
発達障害
1,878人
肢体不自由
(16%)
病弱・虚弱
2,450人
2,570人
(20.8%)
重複
(21.8%)
263人
平成24年度
(2.2%)
図 1 ‌‌障 害のある学生数と障害種別 平成 22 年度
と平成 24 年度の比較
学生の総数は 11,768 人で,全学生の 0.37%にあた
る。その中に占める発達障害の学生は 1,878 人で,
障害のある学生の 16.0%である。その内訳として学
習障害 118 名,注意欠陥多動性障害 256 名,高機能
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インクルーシブ教育と合理的配
慮について
自閉症など 1,324 名と報告されている。平成 22 年度
2006 年に国際連合総会で障害者権利条約が採択
(2010 年度)調査と比較すると,障害のある学生を
された。各国の教育に関する取り組みとして,
「イン
受け入れる学校が年々増えており,その中でも発達
クルーシブ教育」「合理的配慮の提供」「個別化され
。
障害の在籍する割合が増加傾向にある(図 1)
た支援措置」の確保などを求めている。2007 年,日
一方,2008 年の米国国立教育センターのデータに
本はこの条約に署名をし,この条約の理念に基づい
よると,米国の障害のある学生の全学生数に対する
て障害者に関わる法律や国内の制度の整備を始めて
割合は約 11%を占めている。そのうち半数が学習障
いる。
害であり,日本と比較すると非常に多い。このよう
インクルーシブ教育とは「障害のあるなしにかか
に,日本では障害のある子どもが大学などに進学す
わらず,すべての子どもを受け入れ,ともに育ち学
るには,大きな困難を抱えている状況が伺える。
び合う」という教育を目指している。また,合理的
配慮とは「障害者が他の者と平等にすべての人権お
よび基本的自由を享有し,又は行使することを確保
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こぐま福祉会,作業療法士
0917-0359/14/¥400/論文/JCOPY
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