県内で分離された結核菌のVNTR法による遺伝子型別について 保健環境

県内で分離された結核菌の VNTR 法による遺伝子型別について
保健環境科学研究所
○紫竹美和子 川瀬雅雄
角田由紀子 細谷美佳子
吉岡丹
1
はじめに
結核の感染源追跡のための疫学調査は、患者の行動状況などの実地疫学調査やツベルクリン反
応、胸部X線所見などの臨床情報により推定していたが、結核菌の分子疫学研究の進展に伴い、結
核菌の遺伝子型別による分子疫学を連動させることで、正確な集団感染の実像を確認することがで
きるようになった1)。
近年、新たな分子疫学調査の手法として、PCR 法を原理とする variable numbers of tandem
repeats (以下、VNTR 法)を用いた遺伝子型別が新たに開発された2)。
また、国内で分離される結核菌の約7割が北京型結核菌(以下、北京型)と呼ばれる系統群である
こと3)がわかっている。
そこで、これらの北京型を効率良く型別する方法として、 公益財団法人結核予防会結核研究所
(以下、結研)の前田らにより、Japan Anti-Tuberculosis Association (JATA) 12 - VNTR 法(以下、
JATA(12))が標準法として提唱され4) 、その後、識別能を高めるため JATA(15)-VNTR 法(以下、
JATA(15))5)や多形性に富んだ超可変(Hypervariable)領域(以下、HV 領域)を追加した VNTR 法6)
が報告されていた。
今回、県内で分離された結核菌について VNTR 法及び北京型・非北京型の分類による遺伝子型
別を実施し、疫学調査における有用性を検討したので報告する。
2
材料と方法
2.1 供試菌株
2000 年4月~2013 年 12 月に県内の保健所及び医療機関から提供された結核菌株 277 株を
対象とした。
また、対照として結研から分与された結核菌標準株 H37Rv(以下、H37Rv)を用いた。
2.2 北京型・非北京型の分類
Warren ら7)の方法に従い、PCR 法により北京型・非北京型の分類を行った。
2.3 VNTR 法
前田、和田ら4-6)の方法に従い、JATA(15)及び HV 領域である QUB3232、V3820 及び V4120
の3カ所の解析領域(以下、HV1、HV2、HV3)を加えた計 18 領域(以下、JATA(15)HV(3))につい
て VNTR 法を実施し、それぞれの菌株の VNTR 型(以下、プロファイル)を決定した(表1)。
表1 VNTR 法の解析領域
解
析
領
域
V
N
T
R
法
J1
Mtub
04
J2
J3
MIRU Mtub
10
21
J4
J5
J6
J7
J8
J9
J 10
J 11
J 12
J 13
J 14
J 15
HV 1 HV 2 HV 3
Mtub
24
QUB
11b
V
2372
MIRU
26
QUB
15
MIRU
31
QUB
3336
QUB
26
QUB
4156
QUB
18
QUB
11a
ETR
A
QUB
3232
V
3820
V
4120
JATA(12)
JATA(15)
JATA(15)HV(3)
2.4 クラスター形成率
JATA(12)、JATA(15)及び JATA(15)HV(3)の3種類の VNTR 法において、プロファイルが全て一
致した菌株同士を同一クラスターとした。VNTR 法ではクラスターの形成が少ないほど識別能が高
いことから、3種類の VNTR 法の識別能をクラスター形成率で比較した。
3
結 果
3.1 北京型・非北京型の割合
供試した 277 株のうち、北京型が 194 株(70.0%)、非北京型が 83 株(30.0%)となり、北京型が
7割を占めた。
3.2 各 VNTR 法におけるクラスター形成率
供試した 277 株について、各 VNTR 法のクラスター形成率を比較した。
JATA(12)では北京型で 54.1%、非北京型で 41.0%、JATA(15)では北京型で 43.8%、非北京
型で 38.6%となり、北京型のクラスター形成率のほうが高かった。
一方、JATA(15)HV(3)では北京型で 22.2%、非北京型で 30.1%と非北京型のほうが高くなっ
た。
また、北京型では、JATA(12)から JATA(15)、JATA(15)HV(3)と解析領域を追加するごとにクラス
ター形成率が大きく減少したが、非北京型では、北京型ほど減少しなかった(表2)。
表2 各 VNTR 法のクラスター形成率
北京型(n=194)
VNTR法
クラス
ター数
クラスター
形成株数
JATA(12)
30
105
JATA(15)
28
85
JATA(15) HV(3)
17
43
非北京型(n=83)
クラス
ター数
クラスター
形成株数
(54.1)
14
34
(43.8)
13
32
(22.2)
11
25
(%)
計(n=277)
クラス
ター数
クラスター
形成株数
(41.0)
44
139
(50.2)
(38.6)
41
117
(42.2)
(30.1)
28
68
(24.5)
(%)
(%)
3.3 JATA(15)HV(3)におけるクラスター形成株
JATA(15)HV(3)でクラスターを形成した 28 組、68 株の内訳を表3に示す。
B11 と B12 の各2株はそれぞれ家族内感染が疑われた事例であり、2011 年に分離された。ま
た、B12 の残りの1株は分離年が 2013 年であり、他の2株の2年後に分離されており、それらとの関
連は不明であった。
N1 と N2 の各2株はそれぞれ施設内感染を疑われた事例であり、N1 では2年、N2 では4年経過
して分離された菌株のプロファイルが一致していた。
B15 は全国的に多発性大規模感染株の候補型6)として注目されているストレプトマイシン(SM)耐
性のM株8)とプロファイルが一致した。
その他、N4 でも分離年が 11 年経過した菌株でプロファイルが一致したが、疫学情報が不明の
ため関連は不明であった。
表3 JATA(15)HV(3)におけるクラスター形成株
北京型
分類
北
京
型
計
プロファイル
No.
クラスター
形成株数
B 1
B 2
B 3
B 4
B 5
B 6
B 7
B 8
B 9
B 10
B 11
B 12
B 13
B 14
B 15
B 16
B 17
17
2
6
2
2
4
2
2
2
3
2
2
3
2
2
2
3
2
43
分離年
関連
2011
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
2010, 2011
2011, 2012
2010
2005, 2006
2010
2010
2012, 2013
2010
2011
2011
2011, 2013
2011
2011, 2012
2010, 2011
2010
2012
北京型
分類
プロファイル
No.
クラスター
形成株数
非
北
京
型
N 1
N 2
N 3
N 4
N 5
N 6
N 7
N 8
N 9
N 10
N 11
3
3
2
2
2
2
2
2
2
3
2
11
25
家族A
家族B ※1
分離年
関連
2009, 2011
施設C ※3
施設D ※4
2007, 2011
2011
2000, 2011
2012
2010
2012
2011
2012
2012
2010
-
-
※2
-
-
計
※1 3株中2株が家族Bの関連
※2 多発性大規模感染株の候補型6)のM株8)と同一プロファイル
※3 3株中2株が施設Cの関連
※4 3株中2株が施設Dの関連
-
-
-
-
-
-
-
-
-
4
考 察
今回供試した菌株における北京型の割合は 70.0%で、従来の報告3)と同様の結果となり、本県に
おける北京型の分布もほぼ同様の傾向にあることが推察された。
各 VNTR 法におけるクラスター形成率については、北京型では JATA(12)に解析領域を追加する
ごとにクラスター形成率が減少し、識別能が向上した。一方、非北京型では JATA(12)と JATA(15)で
は、あまり変わらず、北京型のような大きな識別能の変動はなかった。北京型と非北京型では、識別
能が異なることから、分子疫学解析を行う場合は、まず、北京型・非北京型の分類で菌株を大別した
のち、JATA(12)を実施し、必要に応じて JATA(15)や JATA(15)HV(3)など解析領域を追加し、判定す
る方法が効率的であると思われた。
JATA(15)HV(3)でクラスターを形成した 28 組、68 株のうち、感染源が同一であることが推定されて
いた B11、B12、N1 及び N2 の4組、8株は、北京型・非北京型の分類及び JATA(15)HV(3)の両方が
一致し、遺伝子型別の実施が有用であったことが裏付けられた。
また、今回供試した菌株に、全国各地で分離地域や分離年にかかわらず散見され、公衆衛生
上、継続的な監視が必要とされている多発性大規模感染株の候補型6)の1つであるM株8)とプロファ
イルが一致した菌株が2株含まれていたことから、本県においてもM株が分布していることが推測さ
れ、今後、単発事例も含めて注視していく必要があると思われた。
「地方衛生研究所全国協議会地域保健総合推進事業」では、平成 20 年度から「結核分子疫学情
報データベース構築」に関する研究が実施されており、その中で JATA(12)の全国的な普及が進めら
れている。
今後、疫学情報を併せた菌株が解析できる体制づくりについて、関係機関と調整しながらデータ
を蓄積し、県内の結核対策に役立てていきたい。
5
まとめ
1) 北京型・非北京型の割合は北京型が 70.0%、非北京型が 30.0%であった。
2) JATA(12)、JATA(15)及び JATA(15)HV(3)の各 VNTR 法のクラスター形成率は、北京型と非
京型で異なった。
3) JATA(15)HV(3)でクラスターを形成した 28 組、68 株のうち、感染源が同一であることが推定さ
れていた4組、8株は、北京型・非北京型の分類及び JATA(15)HV(3)の両方が一致した。
4) 多発性大規模感染株の候補型6)の1つであるM株8)と同一のプロファイルの菌株が検出され
た。
6
謝 辞
本稿を終えるにあたり、検体の提供にご協力いただいた、県内の保健所及び医療機関の関係者
の方々に深謝いたします。
<参考文献>
1) 阿彦忠之,森亨:感染症法に基づく結核の接触者健康診断の手引きとその解説
(平成 22 年改訂版),公益財団法人結核予防会,p.57(2010).
2) Supply.P.,Allix.C.,et al,J.Clin.Microbiol.44,4498(2006).
3) 岩本朋忠:結核,84,789(2009).
4) 前田伸司,村瀬良朗,御手洗聡,他:結核,83,673(2008).
5) 前田伸司,和田崇之,岩本朋忠:日本細菌学雑誌 65, 201(2010).
6) 和田崇之,長谷篤:結核,85,845(2010).
7) Warren.R.M., et al, Am.J. Respir.Crit.Care.Med.169,610(2004).
8) 大角晃弘,村瀬良朗,森正明,他:結核,84,388(2009)