乳用育成牛にみられたハイエナ病様疾病

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乳用育成牛に認められたハイエナ病
倉吉家畜保健衛生所
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○水野恵
岡田綾子
小林朋子
はじめに
ハイエナ病は、長管骨の成長障害によって、体高や体長の発育不全が起こる疾病で、
特に後肢の発育不全が顕著なため、特徴的なハイエナ様の外貌を呈する。肉眼的には長
管骨や椎骨の骨端軟骨(成長板)の不明瞭化や走
行異常、組織学的には骨端軟骨板の湾曲・消失・
層状構造の異常が認められる。子牛へのビタミンA
(VA)の 大 量 投 与 が 主 な 原 因 と い わ れ て お り 、 哺 乳
期の小さな子牛に大量投与した場合、そのうちの
何頭かが3か月齢以降に発育異常を示し始め、1
年以内に特徴的なハイエナ様の外貌を呈す。
平成24年度に管内の酪農家で複数の育成牛に
ハイエナ病を疑う疾患が発生し、病性鑑定を実施
したので、その概要を報告する。
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発生概要
平 成 24年 7 月 に 臨 床 獣 医 師 か ら 乳 用 育 成 牛 の 発
育 不 良 の 原 因 究 明 の 依 頼 が あ り 、 鑑 定 殺 を 実 施 (牛
① )。 同 居 牛 に も 同 様 の 牛 が い る と の こ と で 、 翌 日
農家に出向いて聞き取りや採血等を行ったが、そ
の 1 か 月 後 に 鑑 定 殺 と な っ た (牛 ② )。 2 頭 と も 平
成 23年 の 夏 ご ろ 生 ま れ で 1 歳 前 後 、 2 頭 の 間 に 2
代祖までに共通の牛はおらず、血統書を見る限り、
遺伝的素因も問題ないと思われた。(表1)
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結果
(1)農場への聞き取り
平 成 23年 生 ま れ の 3頭 が 出 生 後 間 も な く 中 耳 炎 を
発 症 、 1 か 月 後 に 回 復 。 こ の 時 ビ タ ミ ン AD3E剤 を 1
0mlず つ、 VAに して 80万 単 位を 3日 間与 えた 。カー
フハッチにいた 2 頭(牛①②)と、すでに育成牛舎に
移 動 し て い た 1 頭 (牛 ③ )に脱 毛 を 認 め た 。 そ の 後 、
牛①②の手根および足根関節が大きく、発育不良と
なっていることに気付く。牛③は、発育不良は目立
たないが削痩し発情が来ず、その後廃用になった。
7月以降に生まれた子牛には異常はみられなかっ
た。
(2)血液検査
牛①②の立入検査時及び鑑定殺時の血液検査では
TP、 ALB、 BUN、 総 コ レ ス テ ロ ー ル 値 が 低 値 、 リ ン
はやや高めで、カルシウムは正常範囲内だった。牛
①では ALPがや や高め だっ た。(表 2,3 )ビタミン
類 も 測 定 し た が 、 VA及 び ビ タ ミ ン E(VE)は 低 値 だ っ
た 。 ま た VA中 毒 で 検 出 さ れ る VAパ ル ミ テ ー ト は 検
出されなかった(表4)。
(3)解剖所見
牛①の外貌は体に比して頭が大きく、脚が太かっ
た。また尾の付け根が通常より前方に位置し、寛骨
の成長と脊柱の成長がアンバランスと思われた。肉
眼でも長管骨の末端は太く、成長板が不明瞭だった。
(図1)
牛②の生前の農場での観察では、十字部が体高よ
り低いハイエナ様の体型をはっきりとは確認できな
かったが、隣の牛房の正常な牛と比べるとかなり体
高が低く、ずんぐりむっくりだった。解剖所見も牛
①と同様で大腿骨が短く、大腿骨頭や内側・外側上
顆も大きかった。(図2)
(4)組織所見
牛①:ホルマリン固定後の骨の縦断像では大腿骨
の 成 長 板 が 途 中 で 途 切 れ て い る の が 観 察 さ れ た (図 図4 牛①椎骨(縦断像)
3 )。 椎 骨 も 、 成 長 板 が 途 中 で 途 切 れ 、 椎 骨 自 体 の
形状もやや異常だった(図4)。椎骨の組織標本では、
牛①
骨端軟骨板が途中で折れ曲がり、途切れていた。層
状構造、軟骨細胞の柱状配列は見られず乱れており、
まれに軟骨組織の変性壊死が認められた。
牛②:ホルマリン固定後の骨の断面では、骨端軟
骨が波打っているのが観察された。組織でも牛①の
ような明らかな層状構造の乱れは認めなかったが、
骨端軟骨板が湾曲していた(図5)。
このほか牛①では頚動脈に石灰沈着を認めた。
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まとめと考察
VA過 剰症 は 摂取 量 や期 間 、動 物 種、 年齢 などに よ
りそ の 症状 や 病変 は 異な る が、 子 牛で はVA製剤を 、
要求 量 の 100 倍 く ら い の 大 量 を 毎日 投 与す る こと で
成長板の途切れ
正常
発症するといわれる。中毒症状は急性と慢性に分けられ、急性では食欲減退、知覚過敏や
震戦等の神経症状様の症状や、高カルシウム血症、脱毛がみられるとする報告もある。ま
たエステル型ビタミン A である VA パルミテートが大量投与後 1 か月程度血中に検出され
るといわれている。一方慢性例では、骨端軟骨板の軟骨細胞増殖の抑制や分化の異常によ
って骨の発育異常が起こり、それに伴う形態異常や関節痛、歩行異常がみられる。
乳子牛のビタミン要求量について、日本飼養標
準では、例えば3週齢・体重 50 ㎏の子牛では1日
当たり 3,900IU が必要とされている。本症例が何週
齢でビタミン剤を与えられたか定かでないが、1
日 80 万 IU は、要求量に比べてかなり多い量だっ
たと思われる。(表5)
表6に文献から過去の事例をまとめた。事例1
は、事例2~4を参考に、実験を行ったものだが、
いずれも2週齢までの小さい時期に、10 万から 500
万 IU の VA を、1 ~3週間の長期にわたり与えら
れており、体型異常・発育異常の発症は1か月齢
以降である。数例で下痢の対症療法や予防のため
に与えており、事例5では、のちに脱毛を認めて
いる。
本事例では、生後しばらくして一日 80 万単位の
VA を 3 日 間 与 え ら れ て お り 、 そ の 後 脱 毛 を 示 し
ている。また正常に生まれていたのがはっきりと
は分からないが、数か月齢以降に発育異常を示し始めている。病変は肉眼的に長管骨や脊
柱の短縮、骨端の肥大、組織学的に大腿骨及び腰椎骨端軟骨板の形態異常であった。また
牛①では動脈壁の石灰化を認めた。
な お 牛 ① で み ら れ た 血 管壁 の 石 灰 沈 着 は 、 ビ タミ ン D(VD)中 毒 に よ る 転 移性 石 灰化 と
も 考 え ら れ る 。 先 の 実 験 例 で は 、 VD 単 独 投 与 で は ハ イ エ ナ 病 を 発 症 し な か っ た が 、 VA
と VD 同 時投与では 、VA 単独投与 より早く強 く症状が発 現すること から、VA の 骨成長
障害が VD によってさらに強められることが示唆されている。
以上のように本症例では、ビタミン剤の投与歴、発生状況や病変が、ハイエナ病の特徴
とよく 類似し ていた。VA 投与から発 症までに数 か月、さら に家保での 病性鑑定時 は1歳
になっ ていた ことから、 原因が起き てから長期 間が経過し ており、VA 大量摂取後 1か月
間検出される VA パルミテートは検出されなかった。VA、VE や BUN、総コレステロール
等の血 液検査 値も、その 時点での栄 養状態を反 映している ものと思わ れた。VA 大 量投与
時点での中毒は立証できなかったが、解剖及び病理組織所見からハイエナ病と診断した。
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今後の対策
ビタミン剤は農場で健康増進のためによく使用されるものであり、またハイエナ病は過
去の病気であると思いがちだが、ビタミン A や D などの脂溶性ビタミンは特に子牛で過
剰摂取となりやすく、中毒を起こす可能性があることを再認識した。今後は農場にも巡回
時や、広報などを通じて啓発していこうと思う。
参考文献
・加藤ほか
子牛のビタミン A および D3 過剰症
・金内剛ほか
・宇野健治ほか
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・乳牛の飼養標準第 6 版(1990)
・動物病理学各論 440p
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