電子付録 3D-RISM/RISM理論の概略 吉田紀生,丸山 豊, PHONGPHANPHANEE Saree, 清田泰臣, 平田文男 分子科学研究所・理論・計算分子科学研究領域 本文では 3D-RISM/RISM 理論について概念的な説 は動径分布関数ともよばれる.さらにここで“全相関 明のみを行ったが,興味をもっていただいた読者の更 関数”を h(r,r) = g(r,r) − 1 で定義する.全相関関数 なる理解のために,ここで理論の概略を説明する.な は 2 つの位置 r と r における密度ゆらぎの相関を表し お,さらに詳細な理論的背景や方程式の導出などにつ ている. いては参考文献を参照いただきたい . 1)-5) まず,「液体の構造とはなにか?」というところか h(r,r) = 〈dn(r)dn(r)〉/r2 ら始める.分子や結晶の場合,構造を定義するのは簡 単である.孤立分子の場合,タンパク質などの複雑な ここで,dn(r) (=n(r) − r) は密度ゆらぎを表す.液体 分子でさえ,結合距離や角度,二面角などでその構造 理論のおもな命題は統計力学に基づいて,この対相関 を定義することができるし,結晶の場合は格子定数を 関数または全相関関数を支配する方程式を導出するこ 用いることで定義することができる.しかし,液体の とである. 場合,結晶のように複数の分子が密に存在して互いに 全 相 関 関 数 h(r,r) を 支 配 す る 方 程 式 は Ornstein- 相互作用しており,なおかつ自由に動き回っているた Zernike(OZ)方程式とよばれ,別の相関関数, “直接 め分子や結晶のような方法で構造を定義することがで 相関関数”c(r,r) を用いてグランドカノニカル分配関 きない. 数の汎関数微分から導かれる.われわれの分子認識の 液体の構造は分布関数を用いて定義される.分布 理論はこの OZ 方程式を基礎として多原子分子に拡張 関数とは密度場(n(r) = Σi d(r − ri))のモーメントに したものである.これまでに述べた相関関数の定義は 他ならない.系が外場の中に置かれていない場合, 単純液体(単原子分子を構成原子とする液体)を仮定 1 次のモーメント,または平均密度はどこでも一定で していたため,2 つの位置 r と r にのみ依存する関数 ある.すなわち,r(r) = 〈n(r)〉 = r = N/V である.ここ であったが,多原子分子では位置に加えて分子の配向 で,V と N はそれぞれ体積と分子数,〈…〉 は熱力学 が必要になる.多原子分子を扱う理論は分子 OZ 理論 平均を表す.したがって,平均密度からは何ら液体 とよばれ,この理論では相関関数は c(r12, Ω1, Ω2) のよ の(微視的)構造を示す情報は得られない.しかし, うに,分子 1 と 2 の配向 (Ω1, Ω2) とそれらを結ぶベ 2 次のモーメント,r(r,r) = 〈n(r)n(r)〉,を用いれば クトル (r12) の関数として表される.これらの自由度 液体の構造を定義することができる.この値は 2 体 をすべて扱うのは困難であり,これを扱いやすくする 密度分布関数とよばれ,X 線散乱などで求められる動 ために導入されたのが相互作用点モデル(RISM)で 径分布関数と基本的に等価な物理量である.2 体密度 ある.RISM 理論では分子を相互作用点(サイト)に 分布関数は 2 つの位置 r と r に同時に 2 つの分子を 分けて,相関関数を相互作用点間の距離のみに依存す 観測できる確率に比例し,2 つの位置の間の距離が十 るとして記述する.RISM 理論は Chandler と Andersen 分大きくなったときは平均密度の 2 乗になる.すな によって提案され,後に平田らによって拡張 RISM 理 わち, 論へと発展し,多くの溶液内化学過程の問題に応用さ lim r - r→ ∞ れ,成功を収めてきた 2), 3).しかし,分子の配向につ r(r,r) → r(r)r(r) (=r2 in uniform liquids) いて平均を取るという大胆な近似から,タンパク質の ように異方性の強い分子への応用には問題があった. である. そこで,3D-RISM 理論では,溶質分子については平 物理量 g(r,r) = r(r,r)/r は 2 つの位置 r と r の“相 均を取らず,溶質分子を中心とした 3 次元格子座標を 2 関”を表す.そこで,これを“2 体相関関数”とよぶ. そのまま残して記述する 4), 5).3D-RISM 方程式は 系に並進対称性があり,液体の平均密度が一定の場合 001 3D-RISM/RISM 理論の概略 文 献 nn hg(r) = Σ ∫cg(r)(wnn gg (r - r) + rhgg (r - r))dr g 1) Hirata, F., ed. (2003) Molecular Theory of Liquids, Kluwer Academic Publishers, Netherlands. と表される.ここで,g は溶媒の相互作用点を,w は 2) Chandler, D., Andersen, H. C. (1972) J. Chem. Phys. 57, 1930- 溶媒の分子内相関関数で,溶媒の構造を表す.3D- 1937. RISM 理論では,gg(r) = hg(r) + 1 は位置 r に溶媒の相 3) Hirata, F., Rossky, P. J. (1981) Chem. Phys. Lett. 83, 329-334. 互作用点 g を見いだす確率に比例する.このように 4) Beglov, D., Roux, B. (1997) J. Phys. Chem. B 104, 7821-7826. 5) Kovalneko, A., Hirata, F. (1998) Chem. Phys. Lett. 290, 237-244. 3D-RISM 理論では,相関関数は距離ではなく位置を 6) Rowlinson, J. S. (1965) Rep. Prog. Phys. 28, 169. 変数にもつため,溶質から見てどの位置にどのような 7) Hansen, J.-P., McDonald, I. R. (2006) Theory of Simple Liquids, 相関があるかを見ることができる. 3rd Edition, Elsevier, London. 8) Kovalenko, A., Hirata, F. (1999) J. Chem. Phys. 110, 10095-10112. RISM および 3D-RISM 方程式は未知関数を 2 つ(h と c)含むため,これだけでは閉じておらず対となる 方程式が必要である.この方程式を閉じるための式 (クロージャー)として,いくつかの近似式が提案さ れている.代表的なものに HNC 近似がある.HNC クロージャーは対相関関数をダイアグラム展開し,ブ リッジダイアグラムとよばれる項を無視することで得 吉田紀生 られる 6), 7).3D-RISM 形式の HNC クロージャーは gg(r) = exp(−ug(r)/kBT + hg(r) − cg(r)) と書かれる.ここで,u は溶質―溶媒相互作用ポテン シャルで,静電相互作用と van der Waals 相互作用の和 丸山 豊 で表される.kB および T はそれぞれボルツマン定数 と絶対温度である.もう 1 つ,よく用いられるもので 吉田紀生(よしだ のりお) 分子科学研究所理論・計算分子科学研究領域助教 京都大学大学院理学研究科卒, (株)富士総合研 究所研究員,分子科学研究所博士研究員を経て, 現職 研究内容:液体の統計力学と量子化学による溶液 内化学過程の理論的研究 連絡先:〒 444-8585 愛知県岡崎市明大寺町字西 郷中 38 E-mail: [email protected] URL: http://daisy.ims.ac.jp/ 丸山 豊(まるやま ゆたか) 分子科学研究所理論・計算分子科学研究領域博士 研究員 連絡先:同上 E-mail: [email protected] PHONGPHANPHANEE Saree (フォンファンファニー セリー) 分子科学研究所理論・計算分子科学研究領域博士 研究員 連絡先:同上 PHONGPHANPHANEE E-mail: [email protected] Kovalenko と平田によって提案された Kovalenko-Hirata (KH) ク ロ ー ジ ャ ー が あ る 8). こ れ は HNC ク ロ ー ジャーと,PY クロージャーを組み合わせたもので, 計算の収束性がよいことや,HNC が苦手とする密度 Saree の低い液体の物性もよく再現することなどから近年多 清田泰臣(きよた やすおみ) 分子科学研究所理論・計算分子科学研究領域博士 研究員 連絡先:同上 E-mail: [email protected] く利用されている.KH クロージャーは exp(dg(r) for dg(r) ≤ 0 gg(r) = 1 + dg(r) for dg(r) > 0 dg(r) = −ug(r)/kBT + hg(r) − cg(r) 清田泰臣 と書かれる.クロージャー方程式と OZ 方程式の連立 方程式を繰り返し計算法で解くことにより,g, h, c と いった種々の相関関数を得ることができる.g からは 直接的に液体の分布,構造を知ることができる. 平田文男 平田文男(ひらた ふみお) 分子科学研究所理論・計算分子科学研究領域教授 北海道大学理学部卒業.北海道大学大学院理学研 究科博士課程退学.日本学術振興会奨励研究員, 米国ニューヨーク州立大学博士研究員,米国テキ サス大学博士研究員,米国ラトガーズ大学助教 授,京都大学理学部助教授を経て 1995 年分子科 学研究所教授. 連絡先:同上 E-mail: [email protected] 電子付録 002
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