RN13-002

「スポーツによるまちづくり」に関する研究課題の整理
『長崎国際大学論叢』
第13巻 2013年3月 11頁~20頁
総 説
「スポーツによるまちづくり」に関する研究課題の整理
宮 良 俊 行*,小 島 大 輔
(長崎国際大学 人間社会学部 国際観光学科、*連絡対応著者)
Research Trends and Problems in
“Community Development by Sports”
Toshiyuki MIYARA* and Daisuke KOJIMA
(Dept. of International Tourism, Faculty of Human and Social Studies,
Nagasaki International University, *Corresponding author)
Summary
The Ministry of Education, Culture, Sports, Science and Technology drew up“sports nation
strategy-sports community Japan”in 2010. As“what we want for sports nation,”it describes
sharing various meanings and the values which sports have with the whole society, and establishing
“new sports culture.” The fifth item of“the targets and main ways of five important strategies”
is drawn up“infrastructure development to support sports by the whole society”and that sports
are properly placed in the “society.”
It has been argued so far in the research and featured from various angles in the policy that
the so-called entrusting the improvement of a“community”through sports be expressed as“city
planning by sports.”
Here we organize and show the research trends about“community development by sports”
and present the problems.
Key words
Sports,community,event
要 旨
文部科学省は2010年「スポーツ立国戦略―スポーツコミュニティ・ニッポン―」を策定した。そこで
は、「スポーツ立国戦略の目指す姿」として、 スポーツに親しみ、スポーツを楽しみ、スポーツを支え
る(育てる)ことによって、「スポーツの持つ多様な意義や価値が社会全体に共有され、『新たなスポー
ツ文化』を確立することを目指す」ことがあげられている。「5つの重点戦略の目標と主な施策」の5
つ目には、「社会全体でスポーツを支える基盤の整備」があげられ、「地域」におけるスポーツの位置付
けがなされている。
文部科学省は2010年「スポーツ立国戦略―スポーツコミュニティ・ニッポン―」を策定した。そこで
は、「スポーツ立国戦略の目指す姿」として、 スポーツに親しみ、スポーツを楽しみ、スポーツを支え
る(育てる)ことによって、「スポーツの持つ多様な意義や価値が社会全体に共有され、『新たなスポー
ツ文化』を確立することを目指す」ことがあげられている。「5つの重点戦略の目標と主な施策」の5
つ目には、「社会全体でスポーツを支える基盤の整備」があげられ、「地域」におけるスポーツの位置付
けがなされている。
それは、「地域のスポーツクラブ」が、「新しい公共」を担う「コミュニティの拠点(コミュニティス
ポーツクラブ)」となることを推進している。すなわち、「地域の課題(学校・地域連携、健康増進、体
力向上、子育て支援など)の解決も視野に入れ」たスポーツ活動が期待されている。 さらに、「地域ス
ポーツ活動支援」のために、総合型地域スポーツクラブの育成支援とそれを支える広域スポーツセン
ターの機能強化が掲げられている。 加えて、「新しい公共」形成を担う・支援する取り組みを推進する
11
宮良俊行,小島大輔
ための税制措置の検討が記されている。
現在「スポーツによるまちづくり」という言葉に表現されるような、いわゆる地域社会の機能回復す
なわち「コミュニティ」の再生をスポーツに委ねることは、これまで政策の場面において様々な視角か
ら特集され、研究についても長期に渡って議論されてきた1)。
本稿では、「スポーツによるまちづくり」に関する研究動向を整理し、その課題を示す。
キーワード
スポーツ、地域、イベント
Ⅰ 「地域」とスポーツの関係をめぐる議論2)
を期待していた。 また、「組織化されたスポー
戦後、アメリカの「コミュニティ・レクリエー
ツ人、選手、限られた所得階層」に限られたス
ション」が導入され、いくつかの「スポーツ村」
ポーツを生涯スポーツおよび健康スポーツとし
が実現した。しかし、当時の「スポーツによる
て実践し、「生活の質」を向上させることをあ
まちづくり」は、戦後の再建・復興などの運動
げている。この議論は、1973年の「経済社会基
と一体となって展開しており、都市化の進展お
本計画」において打ち出された「コミュニティ・
よび生産活動の変化に伴って農村の生活そのも
スポーツ」の振興と余暇環境の整備を目的とし
のが変容した結果、衰退していった(森川 1975)。
て「コミュニティ・スポーツ施設」の整備をす
一方、地域社会とスポーツの関係を考えると
すめる動き(井上 1974)を端緒として始まっ
いう視点は、戦前より「社会体育論」の文脈で
た。また、それはオイルショック後という社会
検討されてきた。それまで行事中心だったスポー
的・経済的状況を反映した政策として機能して
ツ活動から、「日常生活としてのスポーツ」実
いった(森川 1975)。
践のためにスポーツクラブづくりが重要である
さらに、森川(1978:12)は、
「コミュニティ・
とされた(粂野 1977:182)。このような社会体
スポーツ」を「『健康・体力の危機』
、
『地域崩壊』
育行政の一貫として、「三鷹方式」といった先
という深刻な現状認識の上に、スポーツによる
進的なスポーツクラブづくりの政策が表れた。
『地域連帯心の回復』
『人間性の回復』を通じて、
以降、「社会体育」は多義的に用いられるよ
『健康で明るく楽しいまちづくりをめざすムー
うになる。 中島(1
976:149148)は、 この背
ブメント』
」とし、中島(1
976)も「コミュニ
景として、はたすべき機能として期待されてい
ティ・スポーツ論」が組織論・運動論という性
ること、
「実践的・規範的・価値的機能」、
「『ユー
格を有することを指摘した。この頃から現在に
トピア的な次元』で語られる」場合があったと
至るまで、「コミュニティ・スポーツ」に関し
指摘している。また、
「社会体育」に対する「行
て様々な議論がなされた。
政主導型」イメージ払拭のために、
「『下からの』
1980年代に入り、イギリスの“Sport for all”
という発想を強めた意味で『コミュニティ・ス
政策や北欧の「トリム・フィットネス」運動を
ポーツ』という用語が登場」することとなった
契機に、日本のスポーツ政策のスローガンは
(松村 1990:8
8)。
「みんなのスポーツ」へ転換していった。「みん
19
70年代前半に、政府のスポーツ政策として
なのスポーツ」論は、個々人のスポーツ活動の
「コミュニティ・スポーツ」という概念が現れた。
進行を焦点とした「個人主義的視点」であった。
「コミュニティ・スポーツ」の基本的な考え方
そのため、「地域」や「コミュニティ」に関す
として、富元(1974:614615)は、
「生活の充
る問題は等閑視されていった(佐伯 2000a)
。
実を目標とする市民の自主的な集団、グループ
1980年代半ば、スポーツはレジャー・レクリ
活動を契機とした連帯性」によって人間性回復
エーションの中心として位置付けられ新たな注
12
「スポーツによるまちづくり」に関する研究課題の整理
目を浴びることとなった(松村 1
993)。そして、
生にも寄与する」ことが謳われた。
1987年の総合保養地域整備法(リゾート法)の
「総合型地域スポーツクラブ」は、設立の背
制定後からバブル経済の崩壊にかけて、スポー
景にある「上から」、「政策主体の内実」などの
ツ・リゾートの開発が進展していった。これに
課題を問わず、いかに設立していくかという実
より、スポーツと地域の関係に大きな変化が生
践課題を担って展開されたため、「住民主導」
じ、「スポーツによる地域開発」へと議論が展
との側面との関連を問う必要があることが指摘
開されていった(佐伯 2000a)。しかし、これら
されている(伊藤 2009:21)
。谷口(2008:126)
の地域開発に対して、環境保全や「生活者の論
は、総合型地域スポーツクラブにおいて「行政
理」の点から批判(松村 1993、松村 1997)が
が抱えるコンフリクトや変動」という「揺らぎ」
加えられ、
「スポーツ環境論(松村 2006:247
の存在から、住民の「自立」を促す「ファシリ
248)」へ展開していった。
テーターとしての行政」という立場を導き出し
1990年前後より、「みんなのスポーツ」論は
ている。 また、「総合型地域スポーツクラブ」
「生涯スポーツ」論へと移行していった。 山口
の存在意義を見出すことを積極的に試みた論考
(2000:1415)によると、「生涯スポーツ」と
もある(黒須 2006など多数)。
は、「個人的には、 幼児期から高齢期に至る各
ライフステージにおいて、個人の年齢、体力、
Ⅱ 「まちづくり」論の背景
選好に合った運動・スポーツを継続して楽しむ
「まちづくり」は、 現在多くの地域にとって
ことを意味」し、「社会的にはすべての人々が、
中心的な課題となっている。しかし、この「ま
生涯の各ライフステージにおいて、いつでも、
ちづくり」という言葉の使用法・意味は様々で
スポーツを行うことのできる多様な機会とその
ある。ここでは、まず延藤(1990)に従い、
「ま
条件を整備することを指す」。「全国スポーツ・
ちづくり」とういう言葉について、その経緯と
レクリエーション祭(スポレク祭)」および「全
背景を整理しておく。「街づくり」という語は、
国健康福祉祭(ねんりんピック)
」の開始され
1962年の名古屋栄東地区再開発市民運動におい
た1988年は、「生涯スポーツ元年(山口 2000:
て初めて使用され、都市計画に対して住民参加
15)」とされている。このような「スポーツラ
が求められ始めた。「街づくり」および「町づ
イフの『多様化』の中で、個がどのように自分
くり」が一般的な用語となっていくのは、1970
たちの楽しみの場を構想し、『スポーツに内包
年代前半とされる。当時、区画整理、道路拡張、
される多元的な価値』を自らの手で保証」する
マンション建設による日照権の侵害に対して反
方法として、「クラブライフ」
、「クラブ文化」
対運動が起きたためである。1970年代後半にな
(水上 2
001:2425)が注目されるようになって
ると、
「まちづくり」が「街づくり」および「町
いく。
づくり」と区別されるようになる。これは、大
1995年に、「総合型地域スポーツクラブ育成
都市におけるインナー・シティ再生をめざして、
事業」が始まり、2
000年代に入ると、「総合型
住民自ら環境をつくりかえようとする活動をきっ
地域スポーツクラブ」の議論が開始された。2000
かけしている。そこでは、物的環境(ハード)
年に「スポーツ振興基本計画」が文部科学省よ
の改善のみでなく目に見えない生活面(ソフト)
り発表された。 そこでは、「国民の誰もが生涯
の向上を考える活動として「まちづくり」を謳
にわたりスポーツに親しむことができる『生涯
うようになった。さらに、1980年代には、「ま
スポーツ社会』」実現のために、総合型地域スポー
ちづくり」の個性化が強調され始め、「地域固
ツクラブ育成が必要であり、「地域の連帯意識
有の価値」を創出する個性あるまちづくりを担
の高揚、世代間交流等の地域社会の活性化や再
う「自覚的な生活者」の形成が求められるよう
13
宮良俊行,小島大輔
になった。安井(1997)は、当時の「町づくり
および「まちづくりへ向かう観光」という2つ
や村おこしの場における地域の独自性の追求」
の側面を述べている。前者は、定住人口の増加
が、1980年代後半の「ふるさと創生論」と呼応
に固執するのではなく、交流人口の増大を図る
し、差異化された「ふるさと創り」が開始され
という「交流のまちづくり」という立場をとる
ていったことを指摘している。また、1990年代
ことによって、まちづくりは観光に拡がること
に入ると、中心市街地活性化政策が積極的に図
である。後者は、住民の生き甲斐のあるまちを
られ、また1990年代末から地方自治体のまちづ
つくりあげることが観光客へのアピールにつな
3)
くり関する法的な整備が進展し 、 都市計画に
がるという好循環を目指し、観光とまちの生活
おいて「まちづくり」標榜されるようになった。
とを過度に分離せず全体を構築するということ
他方、「市民まちづくり」
、「住民参加」など
である。このように、まちづくりと観光は互い
といった言葉で称されてきた「住民運動」とし
に「親和」する方向に向かっており、これまで
ての「まちづくり」は、19
95年の阪神・淡路大
「市民まちづくり」
、「地域主導型観光」、「住民
震災におけるボランティアの貢献を契機として、
参加型観光開発」、「まちづくり型観光」、「パー
NPO(No-Profit Organization)への関心が高
トナーシップ型観光」「まちづくり観光」
、「観
まり、1998年の非営利活動促進法の成立によっ
光まちづくり」などと称され議論されている
て新たな展開に入る。そして、近年提唱された
(堀野 2004:116)。
「新しい公共」の担い手として、行政と新たな
「まちづくり」が多義的に使用される背景に
関係を築き発展してきた。 たとえば、「まちづ
は、上述のように「物的環境論」
、「組織論」、
くり」を活動分野とする NPO 法人について、
「プロセス論」
(川上 1994:45)、近年のガバ
NPO 法人全体に占める割合を認証年別にみた
ナンス論へと議論の焦点が変化していったとい
場合、1999年では5.9%に対し2
005年は9.5%に
う経緯がある。この結果、「まちづくり」に求
4)
達している 。
められるものが、経済的効果、「地域文化」
さらに、都市内分権の一事業として、市町村
の維持・再興、地域における紐帯の回復(「コ
よりローカルな地域の「まちづくり」が取り上
ミュニティ」の回復)、「安心・安全」な住環
げられる場合も生じている。これを助長する要
境の創出および協治・自治の獲得として様々
因として、近年の「平成の大合併」で生じた市
なかたちで表出しているといえる。
町村の広域化があげられる。1995年「市町村の
合併の特例に関する法律」の改正以降、いわゆ
Ⅲ 「スポーツによるまちづくり」の研究課題
る平成の大合併といわれ、全国で市町村の合併
1.スポーツのもつ特性と「まちづくり」の
が相次いだ。一方では、近年「ガバメントから
関係の検討不足
ガバナンスへ」といわれ、広域化する地方自治
スポーツと地域の関係については「機能論」
体の補完する機能の必要性が望まれている。実
的な視点で議論されることが多く、スポーツを
際、2005年の地方自治法および合併特例法の改
まちづくりの手段とする「正当性」を検討した
正により、「地域自治区」、「地域自治組織」が
ものはわずかである。
「コミュニティ・スポーツ」
でき、行政区域よりローカルな「都市内分権」
の議論が開始された当初すでに、中島(1976:
の推進が進められている。
144)は、「『地域社会における体育・スポーツ』
さらに、「まちづくり」はその主目的により
が『コミュニティ形成』にとって唯一の手段で
意味するものは様々である。なかでも、観光と
あるとか、あるいは主要かつドミナントな貢献
まちづくりとの関係はしばしば議論されている。
をなしうるというア・プリオリな前提は排除さ
西村(2002)は「観光にひろがるまちづくり」、
れている」ことを指摘している。
14
「スポーツによるまちづくり」に関する研究課題の整理
「機能論」的な視点として、堀(2007:1719)
2.スポーツと地域の関係の検討不足
は、まちづくりのテーマにスポーツをあげる理
次に、スポーツと地域の関係の検討不足があ
由として、「①スポーツが健康と結びついてい
げられる。Ⅱで述べた「コミュニティ・スポー
ること」、「②スポーツの普遍性の高さ」、「③ス
ツ」の「失速」には、「コミュニティ・スポー
ポーツが『する』だけでなく、『観る』ことも
ツが求めた地域生活の漠然たるイメージと、産
楽しい点」という3つの特徴を提示している。
業化の促進を最重要とする国や自治体の政策課
さらに、それぞれの特徴について、①は「健康
題と、そして住民の日常的な暮らしぶりとの間」
につながり」、②は「地域住民同士はもちろん、
に隔たりがあったことも指摘されている(佐
世界規模での他者とのコミュニケーション手段
3:87)も、コミュニ
伯2000b:33)。小林(200
となり」、③は「まちのなかに持ち込みやすく、
ティ・スポーツ「幻想」を脱却し、近年の総合
しかもまちを楽しそうに見せる道具立てとなり
型地域スポーツクラブ設立を自明とせず、地域
やすい」という点からスポーツまちづくりの手
で展開されるスポーツの内実の考察の必要性を
段となりうることを述べている。
指摘した。
また、「スポーツ権」に関する長期に渡る議
須田(1992:241)は、スポーツと地域社会
論においても、地域におけるスポーツのあり方、
の関係の分析について、
「地域の社会構造がスポー
およびその推進の「正当性」に関する定まった
ツの様態を制約する面」
、および「スポーツが
結論は出されていない。 近年、「スポーツ権」
地域の社会構造に作用する面」という2つの側
を論拠とした「スポーツ開発」の進行を危惧し、
面を提示している。そして、システム論の視点
地域住民との関係の問い直し(伊藤 2
009)を求
から、地域社会(システム)のサブシステムの
めている。一方、菊(2000:100)は、「地域ス
1つであるスポーツが、地域社会にどのような
ポーツクラブの公共性を担保していく上では、
作用を及ぼすかは、他のサブシステム(経済、
地域住民の自発的なスポーツへの愛好を核とし
政治、文化など)との構造・機能的関連を通じ、
て、平等な資格と条件の下でのクラブ内・外に
地域社会とどう結びついているかで決定するこ
おける交流権を確保し、個々人の外に開かれた
とを指摘した(須田 1
992:247)。
ボランタリズムをそれとして生かしていく空間
また、スポーツと地域については、松村を中
を構成していくこと」の重要性を指摘している。
心とした批判的論考が数多くある。松村・前田
さらに、「公共性」の視点からのスポーツの可
(1989:135)は、スポーツを文化として捉える
能性が示唆されている(菊 2001)。
場合、「地域文化」総体の中にスポーツを定位
また、コミュニティ型スポーツの限界を指摘
させる必要性を指摘した。以後、スポーツと地
した海老原(2000:182)は、「コミュニティ・
域について議論の次元を分けることを否定し、
スポーツ論は、スポーツを分立的関心を経ない
「生活者の立場」に立つこと必要性を主張し(松
まま共同関心に転化する連結的結合を示すと思
村2006b)、
「住民の生活構造レベルでの『課題』
い違いの典型」とし、「アソシエーション・ス
発見の実証研究の必要性(松村 1993:180)」を
ポーツ」論を展開し、森川(2002)も同調をみ
一貫して説いていった。そして、〈地域スポー
せている。中西(2005:71)は、総合型地域ス
ツ空間〉は「地域住民、地域の熱心なリーダー、
ポーツクラブの担うべき機能を「住民参加・協
調査者(研究者)が協力し、地域の自然に支え
働の仕組み」としつつ「アソシエーション的発
られてきた『暮らし』
」を創り出す「場」とし
展」を遂げる必要があると主張した。
て機能していることを指摘し、さらにそれは暮
らしと不可分であると主張している。そして、
「地域スポーツ」をスポーツの「グリーン化」
15
宮良俊行,小島大輔
というベクトルをもつ〈地域スポーツ空間〉と
し、いかなる「地域」群を形成することが望ま
定義した(松村 1
999)。
「スポーツによるまちづ
しいのかを考えるべきである。すなわち、スポー
くり」においても同様であり、伊藤・松村(2009)
ツによって形成された「地域」間の構造的なア
は、地域空間を創ってきた人びとの諸実践にさ
プローチが欠落しているといえる。そして、こ
かのぼって検討することで初めて内実を得るこ
の意味でのスポーツクラブの競合・協働の関係
とを実証した。
を検討する必要があるのである。
「総合型地域スポーツクラブ」活動の「実行
3.メンバーシップ空間の問題
性」の向上は望めるかもしれないが、「コミュ
地域とスポーツの関係が議論される際、想定
ニティ・スポーツ」としての「正当性」を獲得
する「地域」そのものの領域については無関心
し、「公共性」につながることは難しい。「総合
であった。これまで、総合型地域スポーツクラ
型地域スポーツクラブはスポーツという私的活
ブのゾーニングは自治体の状況に応じて設定す
動と公共的な地域生活とを結びつける『共』と
べきとされ(柳沢(2
002))、「地域スポーツ」
いう活動領域に位置づく自治的な中間集団(柳
の意味する「地域」の領域について議論される
沢 2002:22)」とされ、近年スポーツ NPO(水
ことはほとんどなかった。唯一、松村(2006a:
上 1999)として地域スポーツクラブが注目され
262)が「スポーツを埋め戻すべき『地域』」と
ている。しかし、越境も含めた重層的な集団に
いう概念を主張している。そこでは、
「『水』
『土』
よって「地域」が規定されるのであって、総合
を契機とした共同性に深く彩られた日常生活圏
型地域スポーツクラブの活動領域が「地域」と
域」が想定され、生活環境主義に支えられた「ロー
いうわけではない。
カルな不定型の空間」として定式化されている。
「コミュニティ再生」を最終的な目的にする
前述したようなスポーツと「地域」に関する
場合、クラブの「メンバーシップ空間」は重要
機能論的なアプローチが卓越することによって、
な意味を帯びてくる。特に、行政の支援を受け
「地域内」と「地域外」を規定することは無視
ている場合、「当事者性」という観点から、ク
されてきた。総合型地域スポーツクラブについ
ラブ活動の意思決定が「地域」住民の意志を反
ても、その活動領域を「地域」と想定している
映しているかという問題がある。小島(2010)
わけではない。越境も含めた重層的な「メンバー
が指摘するように、まちづくり活動が、実際は
シップ空間」によって、総合型地域スポーツク
広域な「メンバーシップ空間」を有するアソシ
ラブの寄与する「地域」は異なるということで
エーションの形態をとって進展している一例で
ある。さらに、「地域」は複数存在し、 互いに
あり、「正当性」が確保されているかを検討す
隣接し合っているため、隣接する「地域」にお
る必要があるのではないか。
ける地域スポーツの特徴・発展の程度および地
域の有する人材・施設などの資源が、当該地域
4.「メディアとしてのスポーツ」論の実証
における地域スポーツの様相を規定することも
研究の必要性
あり得る。 小島(2
010)が、「社会性余暇」と
松村・前田(1989:135)は、「
『こども』『か
いう概念を用いて、「観光まちづくり」の実践
らだ』が、地域再編のための生活課題を達成す
は地域住民の豊かな余暇を基盤としていること
る集団形成の『メディア』として機能し、スポー
を指摘するように、スポーツの実践が地域に対
ツがその場を提供した」ことを実証した。この
していかに効用があろうとも、それを実践する
「多次元の『場所』
」を構想すべく、「メディア
ための資源は不可欠である。
としてのスポーツ」への移行を示唆した(松村
以上のことから、「地域資源」の制限を理解
1993:157)。この「多次元の『場所』」と同様
16
「スポーツによるまちづくり」に関する研究課題の整理
の指摘として、「コミュニティ・スポーツ」の
出入りの自由かつ開放的な集団」としている。
議論が開始された時期から、中島・上羅(1975)
また、中島(1976:142)も、
「『コミュニティ・
が、スポーツ活動を契機にした地域住民相互の
スポーツ』は所与の条件として上から与えられ
連帯を基盤にして、地域がかかえている問題に
るものでも、あるいは自然過程的(時間経過的)
とりくむ動きが醸成されていることを示してい
に醸成されるものでもなく、結局はたえざる実
る。 また、 森川(1978:17)からも、「地域に
践過程・不断の累積過程・循環過程を通じて創
ねざしたスポーツ活動の『拠点としてのクラブ』」
出されていくもの」としている。
の重要性を認めながら、住民の他の要求との競
「『クラブの再組織化』はコミュニティ内外の
合、既存のスポーツ組織との競合、行政上の財
社会関係と内部秩序の再生につながる(水上
政・政策上の対立を考える必要性が指摘されて
2005:151)」こ と が 指 摘 さ れ て お り、谷 口
いた。
(2010:199)が指摘するように、地域を「
『スポー
近年の総合型地域スポーツクラブの議論にお
ツで変えていく』作業において『揺らぎ』を引
いても、水上(2002)は、地域内のスポーツ団
き受けることは不安定性に身を置くことであり、
体と自治体のスポーツ振興局を「つなぐ」地域
時として苦痛を伴う」のである。スポーツクラ
密着型のスポーツクラブ育成の試みとして、総
ブのメンバーの流動性および地域スポーツの再
合型地域スポーツクラブがあることを論じてい
構成のダイナミクスについてはまだ検討が進ん
る。 黒須(2
006:133)は、 総合型地域スポー
でいない。前述の地域の内実と併せてその流動
ツクラブは「地域社会における人的ネットワー
性の意義を議論する必要がある。
クとその社会的な連携力を豊かにする」という
より広範な存在意義を示している。しかし、こ
Ⅳ 「オルタナティブ」としてのスポーツイベ
の点を実証する研究はわずかである。多元的な
ント―むすびにかえて―
役割をもつスポーツクラブのメンバーの分析か
総合型地域スポーツクラブをめぐる議論は、
ら、結節点として形成される組織間関係の多様
日常的活動および組織構成に着目されることが
性や多義性を検討し、制度や契約として表出し
多い。しかし、クラブが実施するスポーツイベ
ない組織の「節合(吉原 2008:124)
」の特徴を
ントこそ、そのあり方が直接反映され、流動性
明らかにする必要があるといえる
を規定するものであり、「地域」への視角とあ
スポーツクラブそのものの捉え方においても、
り方がうかがえる重要な研究対象なのではない
柔軟で再帰的なものが想定されている。 荒井
か。須田(1994)が「経済的効果」、「社会的効
(1994)は、 クラブとチームの違いを明示し、
果」、「政治的効果」について詳述したように、
分権・民主的なシステムに移行しやすい「連峰
スポーツイベントは「地域」に様々な効果をも
型」のクラブモデルを示した。 さらに、「マル
たらす。
チ感覚」(多種目・活動)、「ミックス感覚」(性
佐伯(2000:24)は、バブル期のスポーツリ
別・年齢・社会的立場などにおける複層型の関
ゾート開発の対極にあるものとして、「スポー
係)を求めるクラブが、「コミュニティー」を
ツイベントによる地域活性化」をあげ、「優れ
つなげていく「スポーツ・コミュニティー」を
て直裁的な『地域形成』の課題を担っているも
提唱している(荒井 2003:145)。「コミュニ
の」と主張した。また、スポーツイベントのあ
ティ・スポーツ」の議論が始まった当時、粂野
り方として、「地域住民を多数巻きこんだ、 か
(1977:183)は、スポーツクラブは「同じスポー
つ地域住民がコントロールできる『地域密着型
ツを愛する人たちによって結成される人為的・
のイベント』とする(須田 1994:24)」ことが
自発的な集団であって、集団の性格としては、
主張されている。その他、木田(2007)は、ス
17
宮良俊行,小島大輔
ポーツイベントを地域活性化に活用する際の留
の『地方議会人 41
(5)』における「スポーツ DE
意点として、開催目的・意義の明確化およびそ
まちづくり」などの特集があげられる。 また、
の広い告知による住民の賛同の獲得、地域住民
2
000年以降、総合型地域スポーツクラブに関する
特集も2006年の『月刊自治フォーラム 559』にお
の参加を促す仕組み・体制づくり、事後の効果
ける「スポーツによる地域振興」など長期に渡り
の検討をあげている。木田・岩住(2007)は、
活発に議論されている。
スポーツイベントの社会的効果が不明確であっ
2)地域スポーツの展開に関する時代区分はいくつ
た実情と社会的効果と経済的効果の不可分性を
かの説がある。例えば松村(1
988)は、「社会体
指摘しており、今後それらを一体とした地域活
育」、「コミュニティ・スポーツ」そして「生涯ス
性化の施策の重要性をあげている。 実際、「地
ポーツ」に至るまでの議論の連続性を示している。
また、 厨・田上(1990)は、「個別性」・「自己完
域住民の反応」によってスポーツイベントの効
結性」・「コミュニティ意識(-)」―「連帯性」・
果に対する判断は変わりうる(海老原1996:381)
「共同性」・「コミュニティ意識(+)」をX軸、
「他
からである。
本稿では、「まちづくり」の議論において重
律的」―「自律的」をY軸とし、戦後から平成期
に入るまで、第4、 3 、 2 、 1 象限の順に推移し
要な「コミュニティ」の概念の精査およびその
たモデルを示している。本稿では、研究の議論に
対応した構成を採った。
現状の解釈について検討することはしなかった。
3)すなわち、いわゆる1998年の「改正都市計画法」
また、地域における「する」・「みる」・「ささえ
と「中心市街地活性化法」、2
000年の「大規模小
る」スポーツという「スポーツ文化の多様性」
売店舗立地法」に施行された中心市街地の施策に
と「まちづくり」の関係性について述べること
関する3つの法律。一方で、1999年のいわゆる地
ができなかった。また、総合型地域スポーツク
方分権一括法による条例の制定権が拡大し、まち
ラブをめぐる議論については、近年様々な視点
づくりに関する条例が全国の多くの市町村で制定
から研究が蓄積されているが、本稿で扱うこと
された。 さらに、2004年には、「景観法」、「景観
法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律」、
ができなかった。
「都市緑地保全法等の一部を改正する法律」といっ
たいわゆる景観緑三法が制定されている。
付 記
4)日本 NPO センターが2006年に行った調査に基
本研究には長崎国際大学人間社会学部国際観光学科
づいた数値。
共同研究費(代表:宮良俊行、平成22~23年度)の一
部を使用した。
参考文献
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注
荒井貞光(2003)
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1)例えば、1974年の『体育の科学 24
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、2
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18
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