球状黒鉛鋳鉄の黒鉛組織および基地組織に及ぼす Cu と Sn の影響 Effect of Cu and Sn on Graphite Morphology and Matrix Structure of Spheroidal Graphite Cast Iron 305 福原 倫太朗(Rintaro Fukuhara) 1.緒言 鋳鉄は C,Si 量が高く,黒鉛が晶出するので融点が低く,流動性が良く,凝固の際の収縮が 少ないなど鋳物にしやすい材料である.工業的には高 Si および黒鉛の存在によって,耐摩耗, 耐食,耐酸化,切削性,減衰能など大変優れた特性を有している.加えて,鋳造性が良いので 数 g や 1~2kg の小物から 100t を超える大型鋳物,または複雑な形状の製品が製造され,自動 車部品から重工業用製品まで広範囲に使用されている.また、鋳鉄は黒鉛組織の相違によって, 機械的性質が変化する.黒鉛組織に影響を及ぼす化学組成としては,C と Si とが大きな役割を 担っている.黒鉛を球状化させることにより,その特性である鋳鋼に匹敵する強靱性,展延性 に加えて耐摩耗性,耐熱性に優れた鋳鉄にすることも可能である.黒鉛球状化には,一般に Mg 合金が用いられ,Ca 合金や希土類元素合金などもある. また,高強度球状黒鉛鋳鉄には JIS 規格の FCD700-2 及び FCD800-2 があり,これらの製造に はパーライト安定化元素である Mn,Cu,Sb,Sn などの合金元素の添加が一般的である.これ らの合金元素を多量添加した時の機械的性質については不明な点が多い.中でも,Sn はパーラ イト安定化元素でもあるが黒鉛粒数を変化させるのではないかと近年考えられており,機械的 組織と黒鉛組織、黒鉛粒数の関係については不明な点が多い. そこで,高純度銑鉄,電解鉄,Fe-Si 合金,及び Fe-Mn 合金を所定量配合してから合金元素 Cu と Sn の成分量を Cu(0.0~3.0%),Sn(0.00~0.08%)の範囲で変化させて添加した溶湯を 作製した.その後ダクタイル処理るつぼに移し込み,Mg により球状化処理してノックオフ鋳 型(φ22×180)を用いて溶製し,それぞれの試料を比較し合金元素が鋳鉄の黒鉛組織,基地組織, 黒鉛粒数にどのように影響するのか顕微鏡組織の観察及び黒鉛球状化率の測定などで調べ,さ らに引張試験,ブリネル硬さ試験を行うことで黒鉛組織,基地組織と機械的性質の関係につい て調べることを目的とした. また,合金元素は固溶体を作らないので組織中のどこの部分に存在するのか EPMA で観察し, その影響についても調べた. そして,先に実験したノックオフ鋳型試験片による試験で Cu と Sn の適正な添加範囲を明ら かにした後,Cu,Sn が薄肉球状黒鉛鋳鉄鋳物に与える影響を調査した. 2.実験方法 2.1 ノックオフ型試験片 まず,ノックオフ型試験片を作製するにあたって高純度銑鉄,電解鉄,Fe-Si 合金,及び Fe-Mn 合金を所定量配合してから Cu と Sn の成分量を Cu(0.0~3.0%),Sn(0.00~0.08%)の範囲で 変化させて添加した溶湯を作製した.その後ダクタイル処理るつぼに移し込み,Mg により球 状化処理してノックオフ鋳型(φ22×180)を用いて溶製した.供試試料の目標組成を表 1 に示す. 表1 C Si 目標組成 Mn 3.7 2.3 0.6 P S (mass%) Mg Cu Sn tr. tr. 0.045 0.0~3.0 0.00~0.08 溶製した試料を JIS4 号テストピースに加工し引張試験を行った.引張試験後,テストピース の持ち手部分の端から 1cm をマイクロカッターで切断し,研磨,バフ琢磨を行い,ブリネル硬 さ試験を行った. また,硬さ試験と同様の供試試料を用意してレーザ顕微鏡で組織の観察を行 い,黒鉛粒数・粒径・球状化率の測定を行った. 2.2 階段状試験片 ノックオフ試験片での試験結果をもとにノックオフ鋳型(φ22×180)での試料作製時と同様に 溶湯を作製し,Cu,Sn は添加なし,Cu1.0%,Sn0.05%,Cu2.0%,Sn0.05%の三水準の試験片を階段 状試験片鋳型を用いて溶製した.尚,試験片の肉厚の目標値はそれぞれ 2,3,5,10mm とする.ま た,薄肉試験片の模式図を図 1 に示す. 150 標点間距離 35 20 40 R2 0 40 厚さ t = 2,3,5,10 単位,mm 図1 引張試験の寸法図 薄肉試験片を加工後に引張試験後,持ち手部分をマイクロカッターで切断し,研磨,バフ琢 磨を行い,レーザ顕微鏡で組織の観察を行ってから黒鉛粒数・粒径・球状化率の測定を行った. 3.実験結果および考察 3.1 ノックオフ型試験片 引張強さ 800MPa 以上および伸び 6%以上と良好な結果の得られた Cu1.0mass%,Sn0.03mass% のデータを含む,Cu0.0~3.0mass%間(Cu0.0mass%添加時では Sn0.00mass%,この Cu0.0mass% Sn0.00mass%以外の試料の成分については Sn0.03mass%)で含有量を変えて得られた実験データ を下記の図 2,図 3,図 4 に示す. 破断伸び,% 引張強さ,MPa Cu 含有量,mass% 図2 Cu 含有量と機械的性質(Sn0.03mass%) 10μm 10μm (a)添加前 合金元素添加前と添加後(3%ナイタール液腐食) 黒鉛粒径,μm 黒鉛粒数,個/mm2 図3 (b)Cu1.0mass% Sn0.03mass% Sn 含有量,mass% 図4 Sn 含有量と黒鉛の関係(Cu1.0%) 図 2 より Cu 含有量を増やしていくと.引張強さは 2.0mass%までは増加していき,伸びは減 少していく.図 3 よりパーライト化元素である Cu,Sn の添加により組織が緻密なパーライト となった影響であると考えられる.そして,図 4 からは Sn を添加することにより黒鉛粒径は 小さくなり,黒鉛粒数は増加したことがわかる. 3.2 階段状試験片 それぞれの添加量における肉厚と黒鉛粒数の関係と比較を図 5 に示す. 黒鉛粒数,個/mm2 800 700 Cu0.0% Sn0.0% Cu1.0% 0.05% 600 Cu2.0% 0.05% 500 400 300 200 100 0 0.0 2.0 4.0 6.0 8.0 10.0 12.0 試料肉厚,mm 図5 肉厚と黒鉛粒数の関係 図 5 より,肉厚の大きいものに比べて実測値 7mm 程度より薄肉の試験片において Cu の添加 量が増えるにつれて黒鉛粒数が増加している傾向が見られた. 4.結言 本研究で合金元素が鋳鉄に与える影響について検討した結果,以下のことが明らかになった. 4.1 ノックオフ試験片 (1) Cu,Sn を添加することで,黒鉛周辺の組織がフェライト層から緻密なパーライト層になった ため引張強さは増し,伸びは減少した.鋳鉄の機械的性質は基地組織により決まる. (2) 添加した Cu は球状黒鉛鋳鉄組織中では黒鉛と基地組織の界面に存在する. (3) Cu,Sn を含有させると,黒鉛粒数は増加し黒鉛粒径は小さくなる傾向が認められた.特にノ ックオフ試験片での試験においては Sn が顕著である. (4) 高強度球状黒鉛鋳鉄を溶製するにあたってノックオフ試験片の作製時 Cu1.0Sn0.03~0.05 程 度の添加が適正である. 4.2 階段状試験片 (1) Cu,Sn の含有量が増加するにつれ黒鉛粒数が増加したさらに薄肉球状黒鉛鋳鉄の肉厚 5~8 の試料で著しく粒数が増加し,特に薄肉試験片においては Cu の添加時にその傾向が顕著に 見られた. (2) 薄肉の試料,肉厚 3mm 以下の試験片にチル化がみられたので接種などの方法で防ぐ必要が ある. 参考文献 1)鋳鉄の生産技術教本編集部会:鋳鉄の生産技術(素形材センター)(1999) 2)(財)綜合鋳物センター編:鋳造品のエンジニアリング・データブック (1980)64-154
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