デジタルを勝ち抜くITトランスフォーメーション ~デジタル化時代のIT部門に求められる役割 「 SMACS」の 5 つの要素技術の技術向上と世間一般への幅広い浸透により、 デジタル化の変化がビジネスの世界に押し寄せている。 デジタル化の時代においては、業務の効率化に重きをおいた従来型のITではな を活用し、顧客が何を嗜好し、 どんな く、新しいデジタル・テクノロジー(SMACS) 活動をしているのかを起点として、 新たなサービスを創出することが必要となる。 このようなデジタル化によるビジネスの環境変化に対して企業ITはどのように立 ち向かうべきか。 本稿では、 デジタル化によって変化するビジネス環境を整理し、その変化の中で 生き残るためにIT 部門として必要なアクションを考察する。 薬真寺 秀樹 2002年 アクセンチュア㈱入社 戦略コンサルティング本部 IT戦略グループ シニア・マネジャー 「SMACS (ソーシャル: Social、 モビリティ : デジタル化によって起こる 報をこれまで以上の精細度でリアルタイ Mobility、アナリティクス: Analytics 、 ビジネス環境変化 ムに収集・可視化することが可能となる。 クラウド: Cloud、 センサー: Sensor)」の 顧客接点から取得したこれらの情報を活 1. デジタル化によって、「顧客接点が 5つの要素技術の技術向上と世間一般 広がり」、「顧客からの入手データの への幅広い浸透により、デジタル化の 変化がビジネスの世界に押し寄せてい る。その変化を簡潔に表現すると、 「業 務の効率化に重きをおいた従来型の IT ではなく、新しいデジタルテクノロジー ( SMACS)を活用し、顧客が何を嗜好し、 どんな活動をしているのかを起点とし て、新サービスを創出すること」 と位置付 けられる (図表1) 。 種類と量が爆発的に増え」、 「ユーザ 体験が再構築」される スマートフォンやタブレットのような直感 用し、 「 個」のニーズをより具体的かつ詳 細に定義し、新しいユーザ体験を顧客に 提供することが、他社との差別化におい て重要な要素となる。 的な操作性をもつ利便性の高いモバイ 2. 大量データ処理の高度化/高速化に ル端末は、 ここ数年で爆発的な普及を見 より、そこから得られた示唆・洞察に せている。また、高速モバイル通信の充 基づいたデータ経営が企業経営の 実により、モバイルアクセスの敷居が劇 前提になる 的に下がり、利用者の裾野は拡大し続 ハードウェアパワーの向上と価格の低 ける。このモバイルの普及と通信環境の 下、Hadoop 等のソフトウェアアーキテク 「いつでも・どこでも」あらゆ チャの高度化により、 SMACS のような先進ITを既存の企業ITと 充実により、 ソーシャル/センサ 融合させ、旧来型の伝統的企業から次世 る情報やサービスを提供することが実現 ーなど様々なチャネルからの大量データ 代のデジタル企業に如何に生まれ変わる 可能となる。それは、 企業の立場から見る を処理可能になった。これらのデータを、 かが、金融機関にとっての次の経営アジ と、顧客から収集可能な情報の種類と量 迅速な経営判断や業務上の意思決定に ェンダである。本稿では、 まず、SMACSに が増え続けることを意味する。 結びつける環境が整いつつある。 また、モバイルとセンサー技術を組み合 これまでは、分析作業に関するシステム わせることで、全ての人・モノ (機器) がネ 処理の遅さがボトルネックとなっていた。 ットワークを介して繋がることになり、現 しかし、システム処理を「時間から秒」に 実世界の行動・状態に関するあらゆる情 短縮化することが前述のテクノロジーに よるビジネス環境の変化を共有し、 この デジタル化に向けて企業 ITがどう変わっ ていくべきかを考察したい。 11 図表 1 デジタル化によって起こるビジネス環境変化 2020年における市場およびテクノロジーの変化 スマートシティ 関連サービス Eコマース 国際Eコマースは5倍 1300億ドルに拡大 200兆円を超える 市場規模 出典:OC&C & Google モノのインターネット 2014 (Social) モビリティ (Mobility) 出典:IDC 2013 モバイルデバイス ソーシャル 出典:日経BPクリーン テック研究所 2012 8兆9000億ドルまで IoT市場は拡大 M2M 2120億のモノが デバイス数は750億と 現在の9倍以上に デジタル化によって起こるビジネス環境変化 インターネットに接続 出典:CISCO 2013 出典:Gartner 2013 全世界のデータ量は 40ゼタバイトに到達 (ゼタはテラの10億倍) 出典:IDC Sponsored BY EMC 2013 アナリティクス (Analytics) モバイルの通信速度は2万6千倍を目指す 2001年384Kビット/秒 → 10Gビット/秒 • アクセスの敷居が下がることによる利用者の裾野拡大: 利便性の高いモバイルデバイスと、高速モバイル通信 の充実により、利用者は拡大し続け、顧客から収集可能 な情報は更に拡大 • 多角分析による新たな示唆: ソーシャル/センサーなど様々なチャネルからの大量 データを、多角的視点から高度に分析することが可能 となり、新たな示唆を創出 クラウド • 市場変化に追随できる柔軟なITサービス提供: システム対応がボトルネックとならず、市場や環境の 急速な変化に合わせて、即座に対応可能なIT環境 センサー (Sensor) • 行動・状態をこれまで以上の精細度で把握可能: 全ての人・モノがネットワークを介して繋がり、 行動・状態 に関するあらゆる情報をリアルタイムで収集・可視化が 可能に (Cloud) クラウド市場規模は6倍、 2400億ドル規模に到達 出典:IDC 2013 • 顧客接点はマルチチャネルの組合せによりさらに細分 化され、 「個」のニーズをより具体的かつ詳細なレベル で把握可能に • 企業内の組織や階層の壁を越えた情報共有の実現 出典:NTT DoCoMo 2013 © 2014 Accenture All rights reserved. より現実的となり、 ビジネスのPDCAサイ 産業構造の変化を引き起こす。自動車保 通インフラデータ」、 「センサーで収集した クルをこれまで以上のスピードと正確性 険を提供している保険業界もその1つで 自動車の移動方向と速度データ」、 「GPS を持って回すことが可能となる。これによ ある。自動運転により人間の不注意によ の測位データ」 といった社内外の様々な って、 「タイムリーかつ正確な意思決定」 る事故が減少し、保険需要が変化するこ データ群をインプットに、自動運転の市 をITによって実現することが、経営上の競 とで、新たな商品/制度が誕生する可能 場投入を目指している。 争優位を築く重要な要素となる。 性をもっている。 デジタル化のケイパビリティを備えた 新興技術企業の参入 本件に関するGoogle の競争優位とはど デジタル化のポテンシャルを 取り込み始めた金融機関 こにあるのだろうか。自動 車 産 業 界に 次に、 デジタル化の重要性を認識し、 自社 これら二つの要素に関するケイパビリ とって、カーナビを中心とした通信シス のオペレーションに取り込みつつある金 ティを既にもっているのがGoogleに代表 テムは自動車本来の機能の補助的な役 融機関の事例を紹介したい。欧州のある ラプター” )である。新興技術企業は、顧 センサー/アナリティクス/クラウドの 化された顧客属性、 顧客接点情報 等) を 客接点領域に対してSMACS を適用して 技術を高度に組み合わせることで新しい もとに、顧客生涯価値モデルやチャーン 新サービスを構築し、顧客に新しいユー サービスの構築を試みている。具体的に 行動モデルといった予測モデルを構築し ザ体験を提供することで、従来型の伝統 は、 自社保有や外部の複数データを掛け ている。 しかし、Googleは、 保険会社は、多様な顧客情報(セグメント される新興技術企業( “デジタル・ディス 割という認識だった。 的ビジネスモデルを破壊(ディスラプト) 合わせることで自動運転の実現を目指 しようとしている。 している。すなわち、 「リアルタイムで収 この保険会社の取り組みの特徴的な点 の1つは、SNS 等のソーシャル情報を充分 Carで収集 一例として、 に活用できていることにある。 ソーシャル Googleの自動運転車(Google した路面状況データによる3Dマップ(道 Car)の実用化の取り組みを挙げたい。自 情報をインプットに、顧客ネットワークを 集する天候データ」、 「Google 動運転車の市場投入は、 自動車製造産業 への影響のみではなく、 より広い範囲で 路の勾配、 コーナー曲率と高低差 等) 」、 「Google Map/Google Earthをもとに した画像データ」、 「信号機や標識等の交 「家族」 「知人」 「隣人」 「仕事関係」 といっ たコミュニティに分類し、それぞれのコ 12 図表 2 デジタル時代の企業 IT に求められること • 常に変貌する事例、 新サービス、 新プレイヤー、 新ニーズを恒常的に把握/検討するチーム の設立と実験プロジェクトの推進 1. デジタル戦略を推進 するための組織強化 • データ活用の推進に向けた体制整備、 データ管理組織の設立。データを中心とした視点 でシステム・業務を統括する役員(CDO:Chief Data/Digital Officer)の任命 • パイロット型ビジネスを促進するIT投資管理/投資判断プロセスの導入 • 幅広かつダイナミックに企業内外のITを取り入れることに対するCIO/IT部門の意識変革、 進取の気概で取り組みを進める風土改革 2. リーン・スタートアップ型 人材の育成 • IT主導のビジネス変革機会を啓蒙・提案することができ、新しい要素技術をビジネス/ オペレーションに取り込む構想力を持ったスタートアップ型人材の育成 • 戦略的投資案件/一般保守案件/プロトタイプ (実験的) 案件のそれぞれの案件間で、 必要 なスキルを持った人材の要員調整を柔軟に行える要員管理体制の実現 • クラウド等の社外のIT資産を必要に応じて柔軟に活用・結合することで、ビジネスニーズに 合わせて即座にプロトタイピングが可能な基盤 3. アジャイル型開発を 可能とするIT基盤の整備 • DevOppsの導入。継続的デリバリを支援する運用自動化ツール群(ビルド自動化、単体/ 回帰テスト自動化、 デプロイ自動化 等) の展開推進 • 自社アプリケーションプラットフォームのAPI開放/標準化を推進し、 業界内外を巻き込ん だエコシステム (アプリケーション・ファクトリー) を構築 © 2014 Accenture All rights reserved. ミュニティにおけるアルファ (その集団で 営モデルからそのエッセンスを吸収し、 内部に取り込む必要がある。この変化(IT リーダーとなる存 在 。集 団 内 の 他メン 融合することが鍵だと考える。 トランスフォーメーション)を実現する バーへの影響力が高い) とオメガ(アル ためのポイントについて、いくつか紹介し ファに従う集団内のフォロワー)を識別 し、それぞれのセグメントごとに提供サー ビスレベルの強弱をつけている。 この一連の取り組みによって、 「解約率を 従来型の IT運営モデルとは、 「 “①システ ムを安定的に運用することをミッション” たい (図表2) 。 とし、 “②既存システムの維持/運用に大 1. デジタル戦略を推進するための 半のコストやリソースが割かれており、安 組織強化 定・安全を第一義” とした運営プロセス/ 既存システムの保守運営だけに注力する 5% 抑制」 「クロスセル成約率を2 倍に向 組織文化/IT基盤」である。 のではなく、ビジネス戦 略を実 現する 上」 といった効果を生み出している。 戦 略 的 IT 投 資に軸 足を移 す 必 要 性 は デジタル化時代の IT 部門に 求められること このような、デジタル時代におけるビジ 一方で、デジタル化時代における新しい IT運営モデルとは、 「 “①ITを梃子に新たな 経営・事業モデルやサービスを構築する ことをミッション” とし、 “ ②最小限のルー ネス環境の変化(「SMACSに代表される ルの みを前 提として、創 造 的なことや と 新技術を取り込んで新サービスを提供 新しいアプローチを試すことを第一義” する企業の出現」)に対して、企業 ITはど したアジャイル型の運営プロセス/組織 のように立ち向かうべきか。 文化/IT基盤」である。 これまでの従来型のIT部門の運営モデル IT 部門は、従来型の IT 運営モデルの良 にその答えはなく、新興技術企業(デジ いところは そ のまま残しつ つ 、デジタ タル・ディスラプター)が持っているIT運 ル時代を生き残るために新しい変化を 13 これまでも語られてきた。デジタル時代 においては、他社追随型のビジネス/ サービスモデルでは充分な競争優位性 を築くことは難しく、新技術を取り込んだ サービスモデルや新しいユーザ体験を いち早く構築し、顧客に提供しなければ ならない。 そのためには、常に変貌する事例や新ニ ーズを恒常的に把握/検討し、実験プロ ジェクトの推進を担う専門チームを設置 すべきである。具体的には、 「①新しい技 的確に対応し続ける企業ケイパビリティ 技術をトリガーとしたビジネス変化を先 術要素をトリガーとした仮説ベースの新 を補完するための武器としてとらえなけ 取りすることが、今後のIT部門にとって最 ビジネス/サービスモデルを企画し、② ればならない。 クラウド等の社外のIT資産 大のミッションでありチャレンジであると プロトタイプを自ら構築し、③当初設定し を必要に応じて柔軟に活用・結合するこ 考える。弊社は、海外金融機関での支援 たサービス仮説の確からしさの検証と、 とができなければ、 ビジネスニーズに合 経験に基づいた知見を提供することが可 必要に応じた即時のピボット判断」を推 わせて即座にプロトタイピングを行い、 能である。 このような取り組みをご検討の 進するチームの立ち上げが必要である。 サービス提供を実現することは難しい。 際は、 お声掛けいただけると幸いである。 前述の欧州の保険会社の事例もこれに 該当する。 「 SNSやアナリティクスに着目 し、自社 の マ ー ケティングや サ ービス モデルにどのように適用可能であるかを 企画」 し、 「どのような予測モデルがオペ また、DevOpps (継続的デリバリを支援 する運用自動化ツール群)の積極的な 導 入と展 開推進を行い、アジャイル型 開発を下支えする環境を整えることが求 められる。 レーション向上に最も寄与するかを試行 そのためには、 まずは、 ユーザと直接的に 錯誤」することで、新しい効果を創出でき 関わるフロント・アプリケーションと、基幹 ている。 業務を下支えするバックエンド・サービス 2. リーン・スタートアップ型人材の育成 この仕組みを軌道に載せるには、箱とし ての枠組みの整備だけでは充分ではな く、必要なケイパビリティを備えた人材 確保が重要である。 つまり、IT 主 導 のビジネス変 革 機 会を 発見・提案することができ、新しい要素技 術をビジネス/オペレーションに取り込 む構想力をもった、 リーン・スタートアップ 型人材の育成や獲得が必要である。企業 内外のITを、幅広かつダイナミックに取り 入れ、業 界を跨るエコシステムでオペ とを原 則 的に切り離すためのプラット フォームの構築が必要である。 IT 部門内にデジタル・ディスラプター を組織化する 前述の 3つの改革をどのように進めてい くべきか。伝統的なIT組織が、 この変革に 取り組むには、既存の IT運営モデルの全 ての側面を徐々に変えていくこととなり、 現在の仕組みとの間で様々なコンフリク トが発生する。そのため、IT部門の中に前 述の3つの要素を備えた組織を別働隊と して設置する道が現実的だろう。 レーション構築を提案、発信できるよう つまり、IT部門内にデジタル・ディスラプ な創造性の溢れる人材が要求される。 それらのケイパビリティを備えている、 も しくは、成長ポテンシャルをもった人材を 自社内で探し、社員リソースシフトや育成 を行う必要がある。 3. アジャイル型開発を可能とする IT 基盤の整備 組織の枠組み作りとヒトの確保に続い て、 「 新しい ITサービスを実験し、即座に ターと同じ行動原理を持ったチームを 別働隊として組織化し、自社ビジネス/ サービスモデルを客観的にとらえ、自ら 刷新していかなければならない。 SMACSやデジタル戦略に対する知見と 人材を社内の 1箇所に集約することで、 自社が持つデジタル化のノウハウをレバ レッジしていくことが求められる。 まとめ 展開可能なクラウド型の IT基盤」を整備 SMACSによって間もなく訪れようとして する。 いるデジタル時代とはどういうものなの クラウドをコスト削減策のための手段と して(既存IT基盤の置き換えとして)捉え るだけではなく、事業環境変化に俊敏、 かを整理し、そこに向けて企業 ITが必要 な次のアクションとは何なのかを本稿で は考察してきた。 14
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