2 0 1 4 . 1 2 . 2 6 日本銀行松江支店 鳥取事務所 山陰創生に向けた課題 ―― 生産性の改善と金融機関の役割 ―― 山陰では、人口減少の影響が経済に重くのしかかる中、景気回復の持続性 に対する期待が県民の間になかなか拡がっていかない。これには、賃金水準 を規定する労働生産性の都市圏との格差が解消していないことが影響してい る。都市圏との生産性格差は賃金格差を生み出し、山陰の人口減少(社会 減)を招くと同時に、人口減少が地域の需要を減少させ、山陰企業の生産性 を下押ししている側面がある。山陰の創生には、この悪循環を断ち切ることが必 要であり、そのために果たす地域金融機関の役割は大きい。金融機関が情報 生産機能を強化し、企業の無形資産に対する投資コストを引き下げることで、 企業のイノベーションを促進したり、経済の新陳代謝を改善させていく――すな わち、山陰経済の生産性を引き上げていく――ことが重要である。 注. 本稿は、山陰創生のための様々な課題を包括的に論じたものではない。地域間の生産 性格差に焦点をあて、同格差の縮小が山陰創生の必要条件であることを論じたものである。 1.山陰の人口変動 人口変動と地域の経済状況は相互に関連するため、はじめに、山陰両県の人 口変動について、簡単に整理する。 (自然増減と社会増減) (図表 1)総人口の推移 戦後の第一次ベビーブーム 550 60,000 動が進み、人口は減少に転じ 鳥取県 島根県 全国(右目盛) (資料)総務省「国勢調査」、「人口調査」、補完推計 1 2010 70,000 2005 80,000 600 2000 90,000 650 1995 700 1990 100,000 1985 110,000 750 1980 800 1975 120,000 1970 成長期には、都市圏へ人口移 130,000 850 1965 1970 年代初期にかけての高度 140,000 900 1960 が、その後、1950 年代半ばから (千人) 1955 両県の人口は大幅に増加した (千人) 1950 の世代の誕生)に伴い、山陰 950 1945 (1947~49 年にかけての団塊 (年) た(図表 1)。高度成長期における山陰両県の社会減(転出数>転入数)は、工業 化が急速に進む都市圏において労働需給が大幅に逼迫し、若年層を中心に都市 圏に就職する動きが増えたことによる。その後、山陰においても工業化が進むなど産 業構造の転換が進んでいく中で、労働需給状況(有効求人倍率)の都市圏との 格差も縮小し、社会減は1970 年半ばにかけて大幅に縮小していった(図表 2)。この ため、自然増(出生数>死亡数)が続くもと、人口は1970 年代に入ると増加に転じ、 1980 年代半ばまで増加局面が続いた。 (図表 2)人口の自然増減と社会増減 鳥取県 20000 社会増減数 自然増減数 人口増減数 (人) 社会増減数 自然増減数 人口増減数 15000 10000 5000 0 -5000 -10000 -15000 2010 2005 2000 1995 1990 1985 1980 1975 1970 1965 1960 1955 2010 2005 2000 1995 1990 1985 1980 1975 1970 1965 1960 -20000 1955 10000 8000 6000 4000 2000 0 -2000 -4000 -6000 -8000 -10000 島根県 (人) (資料)総務省「国勢調査」、「人口調査」、補完推計 1970 年代末頃には、社会減がいったん解消し、山陰両県から都市圏への人口 流出が止まったが、1980 年代以降、再び、人口の流出が始まった。都市圏と山陰 両県の有効求人倍率の格差は解消し、時期によっては、山陰の求人倍率の方が 都市圏よりも高くなっているにもかかわらず、社会減が基調として継続している (図表 3)。こうした中、1990 年代半ば頃から少子高齢化をうけて自然減に転じたこと で、人口の減少が再び始まった。 (図表 3)人口の社会増減と有効求人倍率 鳥取県 島根県 1.0 1.0 0.5 0.5 0.0 0.0 -0.5 -0.5 -1.0 -1.0 社会増減(人口比, %) -1.5 有効求人倍率(都市圏との乖離幅, 倍) -1.5 社会増減(人口比, %) -2.0 有効求人倍率(都市圏との乖離幅, 倍) 2010 2005 2000 1995 1990 1985 1980 1975 1965 2010 2005 2000 1995 1990 1985 1980 1975 1970 1965 1970 -2.5 -2.0 (注)有効求人倍率の乖離幅=山陰両県-都市圏。ただし、都市圏の有効求人倍率は、南関東(埼玉・千葉・東京・神奈 川)、東海(岐阜、静岡、愛知、三重)、近畿(滋賀、京都、大阪、兵庫、奈良、和歌山)からなる 14 都府県の平均値。 (資料)総務省「国勢調査」、「人口調査」、厚生労働省「職業安定業務統計」 2 (人口動態の変化) 5 年毎に実施される国勢調査を用いて、1975~1980 年の人口増加局面と、直 近の 2005~2010 年の人口減少局面について、人口動態の観点から比較してみよ う。各局面の 5 年間の人口変化率について、年齢構成毎(5 歳単位)に寄与度分 解をする(図表 4)1。0~4 歳層は出生から人口増に寄与する一方、年齢の上昇と ともに死亡率が高まっていくため、高年齢層ほど人口減に寄与する。こうした出生・ 死亡による自然増減に加え、転入・転出による社会増減から各年齢階層の人口が 変動する。 (図表 4)年齢階層別にみた人口変動 鳥取県 8 島根県 (人口変化率に対する寄与度、%) 8 (人口変化率に対する寄与度、%) 6 1975~1980年(+3.9%) 6 1975~1980年(+2.1%) 4 2005~2010年(-3.0%) 4 2005~2010年(-3.2%) 2 2 0 0 -2 -2 -4 -4 85 歳 以 上 80 ~ 84 75 ~ 79 70 ~ 74 65 ~ 69 60 ~ 64 55 ~ 59 50 ~ 54 45 ~ 49 40 ~ 44 35 ~ 39 30 ~ 34 25 ~ 29 20 ~ 24 15 ~ 19 4歳 9 10 ~ 14 0 ~ 5 ~ 85 歳 以 上 80 ~ 84 75 ~ 79 70 ~ 74 65 ~ 69 60 ~ 64 55 ~ 59 50 ~ 54 45 ~ 49 40 ~ 44 35 ~ 39 30 ~ 34 25 ~ 29 20 ~ 24 15 ~ 19 4歳 9 10 ~ 14 0 ~ 5 ~ (注) カッコ内の数字は、5 年間の総人口の変化率。 (資料)鳥取県、島根県「国勢調査」 1975~1980 年の期間では、出生による 0~4 歳層の人口増加がかなり大きかっ た。そして、より特徴的なのは、15~24 歳層が高校卒業や大学進学をきっかけに県 外へ転出する一方、25~39 歳層は県内に転入するというパターンである。こうした若 い世代の転入は、①県内で結婚出産するケースでは 0~4 歳層の子供の増加をも たらし、②県外で結婚出産した後で転入するケースでは 5~14 歳層の増加をもたら していた。つまり、この時期における山陰両県の人口増加は、女性の出生率が高か っただけではなく、25~39 歳層の県内への転入によって支えられていた。 2005~2010 年の期間においても、15~24 歳層が県外へ転出するパターンは以 1 計算式は以下の通り。 n~n+4 歳層の増減寄与度=[(n~n+4 歳層の人口)-5 年前の(n-5~n-1 歳層の人口)]÷5 年前の総人口 ただし、0~4 歳層の子供は、5 年前には存在していないため、0~4 歳層の子供数は、5 年前 の総人口に対して、必ずプラスの寄与となる。また、85 歳以上の増減数については、「85 歳以上の人口-5年前の 80 歳以上の人口」として計算。 3 前と同じであるが、出生による 0~4 歳層の人口増加が小幅になったほか、25~ 39 歳層が県内に転入しなくなった点は、1970 年代後半の時期と大きく異なる。つま り、近年における山陰両県の人口減少は、女性の出生率の低下に加え、過去にみ られた若い勤労世帯の転入がなくなったことが影響している2。「高校までは山陰で 勉強し、その後、都市圏の大学や企業でスキルを身に付けたうえで、山陰に再び戻 る」という、かつてみられた人口循環のパターンが崩れたことが、山陰経済に長期 的に大きな影響を与えていると考えられる。 2.地域間の人口流出入を左右する生産性格差 それでは、なぜ、かつてみられた人口循環のパターンが崩れ、25~39 歳層が域 外に転出したまま、山陰を勤務地として選択しなくなったのだろうか。賃金水準は、労 働者が勤務先を選択する (図表 5)各都道府県の転入超過数と年収の関係 際に重要な判断要素とな 0.6 東京 る。実際、各都道府県に 労働者の年収の間には、 正の相関がある(図表 5)。 賃金の低い県からは人口 が流出し、賃金の高い都 市圏には人口が流入する 転入超過数( 総人口比%) おける転入超過数と一般 0.4 神奈川 0.2 0 -0.2 鳥取 島根 -0.4 青森 傾向があり、山陰両県にお ける人口の社会減は、基 -0.6 300 れる。 400 500 600 700 年収(万円) 本的には山陰企業の低賃 金に起因していると考えら 愛知 沖縄 (注)転入超過数の総人口比は 2005 年と 2010 年の平均。年収は一般労働者 ベース(2008 年)。 (資料)平成20年「賃金構造基本統計調査(一般労働者)」 、総務省「住民 基本台帳人口移動報告」、「国勢調査」 山陰両県の一般労働者の平均年収は 400 万円弱であり、これは全国平均を約 100 万円下回っており、東京の一般労働者の平均比では 200 万円も差がある。こう した年収の地域間格差には、賃金水準の高い大企業が都市圏に集積する一方、 2 85 歳以上の年齢層の自然減が過去に比べて大きくなっているのは、平均寿命の上昇によっ て、同層の人口ウェイトが増え死亡数が増加しているためである。 4 賃金水準の低い中小企業が地方ではウェイトが大きいことが一部で影響している。 しかし、同一規模の企業を比較しても、地方と都市圏では賃金格差が大きく開いて おり、これが年収の地域間格差の主因である(図表 6)。例えば、山陰両県の一般 労働者の年収は、従業員 1000 人以上の規模、100~999 人の規模、10~99 人の 規模の企業のいずれにおいても、全国平均の同規模の企業に比べ約 15%低い。 既述の通り、有効求人倍率で評価した就業機会に関しては、山陰両県と都市 圏との格差は解消している(前掲図表 3)。しかし、これだけの賃金格差の存在は、 働き手に対して、賃金の低い山陰から賃金の高い都市圏へ移動するインセンティブ を与えていると考えられる。 (図表 6)年収の地域間格差の寄与度分解 150 100 50 (万円) 企業規模の構成比の違いによる寄与 従業員10~99人規模の企業の賃金格差 従業員100~999人規模の企業の賃金格差 従業員1,000人以上の規模の企業の賃金格差 全国平均との格差 0 -50 -100 東京都 神奈川県 愛知県 大阪府 滋賀県 京都府 兵庫県 静岡県 埼玉県 千葉県 茨城県 三重県 栃木県 奈良県 広島県 福岡県 群馬県 岡山県 山梨県 香川県 岐阜県 和歌山県 長野県 宮城県 富山県 山口県 福井県 石川県 福島県 徳島県 北海道 愛媛県 新潟県 熊本県 大分県 鳥取県 長崎県 島根県 鹿児島県 高知県 山形県 佐賀県 青森県 岩手県 秋田県 宮崎県 沖縄県 -150 (資料)平成25年「賃金構造基本統計調査(一般労働者)」 (労働生産性を規定する3つの要因) 各都道府県における労働者の賃金水準は、それぞれの地域の労働生産性に規 定される(図表 7)3。この点を踏まえると、山陰における人口の社会減の根本的原 因は、山陰の労働生産性が都市圏に比べ低いことにある。 3 労働生産性は、各都道府県の実質付加価値を労働投入量(就業者数×労働時間)で除して算出 したもの。詳しくは、下記資料を参照。 徳井他、「都道府県別産業生産性(R-JIP)データベースの構築と地域間生産性格差の分析」、RIETI DP series 13-J-037, 2013. R-JIP2012 データベース 5 一般に、労働生産性は、 (図表 7)年収と労働生産性 ①資本装備率、②労働の 650 質、③技術進歩、の3つの 東京 600 要因によって決まる。資本装 りの資本設備の分量であり、 省力化投資や合理化投資 年収( 万円) 備率とは、労働者一人当た 神奈川 550 愛知 大阪 500 450 などによって機械設備の導 入が進めば、労働生産性は 上昇する。また、労働者数 が一定であっても、労働の 質(スキル)が改善すれば、 やはり労働生産性は上昇す 4 る 。そして、技術進歩とは、 島根 400 鳥取 350 沖縄 300 -0.2 0 0.2 0.4 0.6 労働生産性(全国平均からの乖離、対数表示) (注)年収(一般労働者)、労働生産性のいずれも 2008 年時点。 (資料)平成20年「賃金構造基本統計調査」、 R-JIP2012 データベース 企業のイノベーションの成果である。イノベーションというと、工学的な技術革新がしば しばイメージされるが、企業の生産性を規定する技術進歩とは、それに限定されるも のではなく、企業の様々な取り組みからなる。具体的には、1)新しい製品やサービス の提供、2)新しい生産方法の導入、3)新しい販路や市場の開拓、4) 原材料や部 品の新しい調達ルートの開拓、5)新しい組織の実現である。これら 5 つは、シュンペ ーターが、その著書『経済発展の理論』において、イノベーションとして指摘しているも のである。このうち、新しい生産方法の導入とは、多品種少量生産を可能にするカ ンバン方式やセル方式のような生産工程の改善である。新しい販路の開拓は、販 売ネットワークを拡大させ、企業の収益性を改善させる傾向があり(図表 8)、それを 実現するマーケティングは新しい需要を掘り起こすイノベーションである。また、原材料 や部品の新しい調達ルートの開拓例としては、サプライチェーン・マネージメントの導 入のほか、エネルギーコストの削減を目的とした再生可能エネルギー事業への参入 などがあげられる。そして、新しい組織の実現例としては、事業拡大や新規事業へ 4 労働の質のほかに、資本ストックの質も、労働生産性に影響を与える。例えば、老朽化した設備と最 先端のIT技術を取り込んだ設備とでは、後者の方が生産性が高い。ただし、本稿では、データの制約上、 資本の質については、「技術進歩(全要素生産性)」の中に含めている。 6 参入するために、事業ポートフォリオの再構築や M&A を実施することである。資本関 係を伴わない企業間連携や産学連携も、新製品開発や受注増加をもたらす新し い組織の実現例といえる(図表 9)。こうした企業の技術進歩が、労働生産性を引き 上げることはいうまでもない。 (図表 8)中小企業の販売先の広さと収益性 3.0 (営業利益ROA, %) (図表 9)企業間連携による成果(項目別割合) 30 (%) 25 2.5 20 2.0 15 1.5 10 5 1.0 特にない 研究開発に関する 技術力の向上 コスト削減 受注増加 情報の獲得 人脈の拡大 販路の拡大 販路 国内・ 海外 狭い 国内全域 近隣都道府県 同一県内 近隣市町村 同一市町村 0.0 新製品・ 新技術の 開発 0 0.5 (注)従業員 300 人以下もしくは資本金 3 億円以下の企業のうち、 現在または過去に連携に取組んだことのある先を対象。 (資料)東京商工会議所「中小ものづくり企業の企業間連携に関 する実態調査」2012 年 11 月、信金中金月報「企業間・産学等 の連携で目指す中小企業のイノベーション」2014 年 12 月 広い (注)2010 年度の値。 (資料)中小企業庁「中小企業実態基本調査」 (生産性格差の背景) それでは、山陰の労働生産性が都市圏に比べて低いのは、何に起因しているの であろうか。地域間の労働生産性格差について、資本装備率と労働の質、技術 進歩の3つに要因分解すると、技術進歩の格差の寄与が最も大きいことがわかる (図表 10)5。島根県の技術進歩の水準は、全国 47 都道府県中 46 番目、鳥取県 は 40 番目と低迷している。要するに、山陰企業の技術進歩の遅れ――イノベーショ ンの取組みが相対的に少ないこと――が、低賃金を引き起こし、山陰の人口の社 会減をもたらしていると考えられる。 地方圏の経済成長率の鈍化は、人口減少の影響を受ける労働投入の減少に 起因していると思われがちだが、実際は、技術進歩率の低迷の方がより重要な要 因となっている(図表 11)。 5 図表 10 において、「労働の質」は、就業者の学歴と年齢、性の属性を反映したものである。また、本稿 では、全要素生産性(TFP)の計測値を「技術進歩」と便宜上呼んでいる。 7 (図表 10)労働生産性の地域間格差の要因分解 (全国平均からの乖離、対数表示) 0.5 労働の質 0.4 資本装備率 技術進歩(TFP) 0.3 労働生産性 0.2 0.1 0.0 -0.1 東京都 大阪府 千葉県 愛知県 大分県 三重県 京都府 神奈川県 和歌山県 滋賀県 静岡県 広島県 山口県 兵庫県 茨城県 栃木県 福岡県 富山県 北海道 長野県 岡山県 岐阜県 福島県 埼玉県 奈良県 徳島県 鹿児島県 石川県 秋田県 群馬県 香川県 福井県 佐賀県 新潟県 山梨県 宮城県 青森県 岩手県 宮崎県 山形県 愛媛県 島根県 鳥取県 熊本県 高知県 沖縄県 長崎県 -0.2 (注)2008 年時点。 (資料)徳井他、「都道府県別産業生産性(R-JIP)データベースの構築と地域間生産性格差の分析」、RIETI DP series 13-J-037 (図表 11)県内総生産と技術進歩、労働投入の変化率:都道府県の横断図 4.0 4.0 R2=0.45 3.5 R2=0.14 3.5 県内総生産成長率( %) 県内総生産成長率( %) 3.0 2.5 2.0 1.5 1.0 鳥取 0.5 3.0 2.5 2.0 1.5 1.0 鳥取 0.5 島根 0.0 0.0 -0.5 島根 -0.5 -2.0 -1.0 0.0 1.0 2.0 3.0 -2.0 -1.0 0.0 1.0 労働投入成長率(%) 技術進歩率(%) (注)2000~2008 年の変化率。技術進歩率は TFP の変化率を表示。 (資料)徳井他、「都道府県別産業生産性(R-JIP)データベースの構築と地域間生産性格差の分析」、RIETI DP series 13-J-037 山陰両県の技術進歩の遅れは、どういった産業において顕著であるかをみると、 島根県は、多くの業種で技術進歩率が全国平均を下回っているが、特に非製造 業が低いことがわかる(図表 12)。鳥取県については、電気機械の技術進歩率が 全国平均を上回っているが6、やはり非製造業の技術進歩率の低迷が目立つ。 6 鳥取三洋電機が全盛期だった頃は、電気機械の技術進歩率を大きく押し上げたものと考えられる。同 8 (図表 12)技術進歩率の産業別内訳 鳥取県 島根県 -0.3 サービス業(政府) サービス業(民間) 運輸・通信業 不動産業 金融・保険業 卸売・小売業 電気・ガス・水道業 建設業 その他の製造業 精密機械 輸送用機械 電気機械 一般機械 金属製品 一次金属 窯業・土石製品 石油・石炭製品 化学 パルプ・紙 繊維 食料品 鉱業 農林水産業 ͌ サービス業(政府) サービス業(民間) 運輸・通信業 不動産業 金融・保険業 卸売・小売業 電気・ガス・水道業 建設業 その他の製造業 精密機械 輸送用機械 電気機械 一般機械 金属製品 一次金属 窯業・土石製品 石油・石炭製品 化学 パルプ・紙 繊維 食料品 鉱業 農林水産業 0.62 -0.2 -0.1 0.0 0.1 -0.15 0.2 全国平均からの乖離幅▲0.1%pの内訳(寄与度、%) -0.10 -0.05 0.00 0.05 0.10 全国平均からの乖離幅▲0.7%pの内訳(寄与度、%) (注)1990~2008 年の変化率。技術進歩率は TFP の変化率を表示。下記論文の分析結果をもとに、日銀松江支店が試算。 徳井他、「都道府県別産業生産性(R-JIP)データベースの構築と地域間生産性格差の分析」、RIETI DP series 13-J-037 また、イノベーションの取 (図表 13)企業のイノベーションへの取組みとその成果 り組み状況について、企 10 年間で、新しい製商品 の発売や新規事業の展 開を行った先は、従業員 規模が小さい先ほど少な 従来商品のみ 従業員数でみた企業規模 業規模別にみると、最近 最近 10 年間に新事業を行っているか? 5~9人 10~19人 20~49人 50~99人 0% 高が減少し、雇用吸収 40% 60% 80% 100% 増加傾向 横ばい 減少傾向 従来商品のみ 10 年間の取組み状況 んでいない企業は、売上 最近 たイノベーションに取り組 20% 現在の売上高 売や新規事業を手掛け 力も高いが、逆に、そうし 両方あり 1~4人 (図表 13)。新製品の発 高が増加し、雇用吸収 新分野あり 100人以上 く な る 傾 向 が あ る た企業は、現在の売上 新商品あり 新商品あり 新分野あり 両方あり 0% 20% 40% 60% 80% 100% (資料)日本政策金融公庫「中小企業の新事業展開に関する調査」、2013 年 11 月 社が事業撤退した現在では、こうした電気機械による押上げ効果が従来より小さくなっている可能性も考 えられる。 9 力も小さい傾向がある。 山陰両県では、全国平均に比べ、小規模企業のウェイト が高いため(図表 14)、イノベーションの取り組みが相対的に少ないと推察される。 (図表 14)企業常用雇用者規模別にみた従業者数の割合 島根 鳥取 全国 24.5% 44.0% 50人 以上 0~ 19人 37.4% 45.0% 0~ 19人 50人 以上 37.4% 20~ 49人 20~ 49人 18.6% 17.6% 0~ 19人 50人 以上 63.9% 20~ 49人 11.6% (注)常用雇用者数(国内・海外)によって、企業を3つに分類し、それぞれの分類に属する企業の従業者数(国内)の割合を表示。 (資料)総務省統計局「平成 21 年経済センサス基礎調査」 (経済の新陳代謝) 個々の企業の技術進歩水準は、それぞれのイノベーションの取り組みによって左 右されるが、企業行動を集計した地域の技術進歩水準は、企業間や産業間の資 源配分にも左右される。低生産性部門から、高生産性部門に生産要素が移動す れば、地域全体の生産性は改善する。つまり、生産性の高い企業が新規に市場 へ参入する一方、生産性の低い既存企業は市場から退出し、それに伴って雇用な どの生産要素も移動するという経済の新陳代謝は、地域の技術進歩水準の改善 に寄与する。本稿で定義する技術進歩とは、こうした資源配分の影響も含む「広義 の技術進歩」であり、山陰の技術進歩水準が低いのは(前掲図表 10)、個々の企 業のイノベーションへの取り組みが少ないことだけではなく、経済の新陳代謝が活発 でないことも影響している可能性がある。 経済の新陳代謝の代理変数としてしばしば用いられる開廃業率をみると、日本は 米英に比べ低く、新陳代謝が活発でない(図表 15)。しかも、都道府県別にみると、 かなりのばらつきがあり、島根県の開業率は全国最下位グループに位置する一方、 廃業率は全国最上位である(図表 16)。廃業率と開業率の双方が高ければ、新陳 代謝が高いといえるが、開業率が低く廃業率のみが高いというのは、新陳代謝が かなり悪い状態である。その意味で、山陰経済の健康状態は良好とはいえない。今 10 後も、人口減少と高齢化による後継者問題などが廃業圧力を強めるよう作用する 中で、開業率を増やしていかなければ、山陰経済の活発化は望めない。 (図表 15)開廃業率の国際比較 開業率 14 廃業率 14 (%) 12 (%) 12 10 10 イギリス アメリカ 日本 8 6 6 4 4 2 2 (年) 0 90 92 94 96 98 00 02 04 06 イギリス アメリカ 日本 8 (年) 0 08 90 92 94 96 98 00 02 04 06 08 (資料)日本:厚生労働省「雇用保険事業年報」、アメリカ:U.S. Small Business Administration 「The Small Business Economy : A Report to the President(2010)」、イギリス:Office for National Statistics「Business Demography(2009)」 (図表 16)都道府県別開廃業率 7.5 (%) 6.5 開業率 5.5 4.5 3.5 沖縄県 47 鹿児島県46 宮崎県 45 大分県 44 熊本県 43 長崎県 42 佐賀県 41 福岡県 40 高知県 39 愛媛県 38 香川県 37 徳島県 36 山口県 35 広島県 34 岡山県 33 島根県 32 鳥取県 31 和歌山県30 奈良県 29 兵庫県 28 大阪府 27 京都府 26 滋賀県 25 三重県 24 愛知県 23 静岡県 22 岐阜県 21 長野県 20 山梨県 19 福井県 18 石川県 17 富山県 16 新潟県 15 神奈川県14 東京都 13 千葉県 12 埼玉県 11 群馬県 10 栃木県 9 茨城県 8 福島県 7 山形県 6 秋田県 5 宮城県 4 岩手県 3 青森県 2 北海道 1 2.5 2.5 3.0 3.5 4.0 4.5 5.0 廃業率 (%) (資料)厚生労働省「雇用保険事業年報」、平成 24 年の開廃業率 3.無形資産投資の拡大と金融機関の役割 前節までの分析をまとめると、①山陰両県から人口が都市圏に流出するのは、都 市圏との賃金格差に原因がある、②山陰の賃金水準が低いのは地場企業の低 11 生産性に起因しており、それは技術進歩(イノベーション)の遅れによるところが大きい、 ③特に、技術進歩の遅れは、小規模の非製造業において顕著にみられる、④さら に、経済の新陳代謝の停滞が地域全体の生産性の改善を遅らせている可能性が ある。 したがって、山陰両県における人口の社会減の問題を解決するには、地元密着 型の非製造業の生産性を引き上げ、経済の新陳代謝を改善していく必要がある。 生産性の高い企業を山陰に誘致することは、地域にとってメリットがあるが、それと同 様に――あるいは、それ以上に――重要な課題は、地元企業の技術進歩水準を いかにして引き上げ、活力ある企業の新規参入をいかにして増やしていくかである。 以下では、その対応策を整理する。 (無形資産の生産性効果) 労働生産性を規定する3 (図表 17)無形資産投資と生産性 つの要因のうち、資本装備 率の上昇は、機械設備な どの有形資産投資の拡大 によってもたらされるが、技 術進歩や労働の質の改善 には、無形資産投資の拡 企業の 有形資産投資 資本装備率の上昇 労働の質の改善 企業の 無形資産投資 労働生産性 の上昇 技術進歩 イノベーション 金融機関の情報 生産機能とデット ガバナンスの強化 企業間や産業間の 資源配分の効率化 大が必要となる(図表 17)。 企業のイノベーション活動や人材育成に必要な多くの経費は、人件費や外注費な どの形で支出されるが、それらの支出は無形資産として蓄積され、付加価値を生み 出す生産能力となって顕在化していく。 一般に、無形資産は、①情報化資産(ソフトウェア、データベース)、②革新的 資産(研究開発、著作権・ライセンス、製品開発・デザインのストック)、③経済的競 争力(ブランド力を構築する広告宣伝資産、人的資本、組織資本)、の3つに分類 される。経済的競争力のうち、人的資本は、教育訓練による人材の質の向上―― 高い技能を持った人材の育成――によって蓄積される。また、組織資本は、販路拡 大や新規事業の展開など経営戦略の策定・実行、事業の効率性・有効性の改 善、経営組織や事業組織の改善によって蓄積される。 技術進歩を工学的な技術革新と狭義に解釈してしまうと、技術進歩のためには 12 研究開発投資のみが重要であるということになってしまう。確かに、研究開発費の支 出は革新的資産となって蓄積されていくが、企業の付加価値を高める原動力となる 無形資産は、それに限定されない。既述の通り、企業のイノベーション活動は、1)新 しい製品やサービスの提供、2)新しい生産方法の導入、3)新しい販路や市場の開 拓、4)原材料や部品の新しい調達ルートの開拓、5)新しい組織の実現、という幅広 い取り組みから成る。こうしたイノベーションへの取り組みには、様々なコストがかかる。 例えば、消費者ニーズの変化に的確に対応しながら、新しい製品やサービスを供給 していこうとすれば、データベースやソフトウェアの購入などを含めマーケティング・コス トがかかる。また、販路拡大のためには、営業コストがかかるし、新規事業を展開しよ うとすれば、綿密な下準備のための調査コストがかかる。事業多角化のために、M&A によって新しい組織を実現しようとすれば、仲介業者へ手数料を支払う必要もある。さ らに、いくら優れた製品を作っても、マーケットに埋もれていたのでは売り上げは伸びな いため、消費者に認知されブランド力をつけようとすれば、広告宣伝コストがかかる。 そして、こうしたイノベーションへの取り組みを行う人材を育てようとすれば、当然人件費 がかかる。要するに、これら様々な経費の支出が、情報化資産、革新的資産、経 済的競争力という無形資産として蓄積されていく。 無形資産の生産性効果に関しては、国内外で様々な調査研究が実施されてお り、そのポイントをまとめると、次の通りである。 無形資産投資の多い国ほど、労働生産性(一人当たりGDP)が高い。無形資 産ストックの蓄積は、先進各国における生産性の伸びに対して有意な影響を与 えており、「成長の新たな源泉」になっている。 日本では、1990 年代後半以降、無形資産への投資が低迷し、生産性上昇率 の低下をもたらした。 米国では、2000 年代に入って無形資産投資が有形資産投資を上回るようにな ったのに対して、日本では、依然、無形資産投資が有形資産投資を下回って いる。 無形資産投資の内訳に関する国際比較によれば、日本は、情報化資産や革 新的資産への投資ウェイトが高い一方、経済的競争力(ブランド力を構築する 広告宣伝資産、人的資本、組織資本)への投資ウェイトが低い(図表 18)。 I T投資(コンピュータや通信機器、ソフトウェアへの投資)の生産性効果は、人 的資本や組織資本など経済的競争力に関する無形資産の蓄積―― I Tを効 率的に使いこなす優れた人材と柔軟な組織の有無――に左右される。つまり、 13 I T投資は、人的資 本や組織資本への 投資を伴ってはじめ て、生産性効果が 発揮される。 日本の無形資産投 資を業種別にみると、 非製造業は製造業 に比べ相対的に少 ない。特に、教育訓 練費の削減や雇用 の非正規化により、 人的資本への投資 が大幅に削減され てきた。 (図表 18)日米英の無形資産投資の構成比 100% 80% 経済的競争力 60% 革新的資産 40% 情報化資産 20% 0% 日本 米国 英国 (注)日本は 2000-2005 年、米国は 1998-2000 年、英国は 2004 年。米国のパッケージソ フトは受注・自社開発を含めたソフトウェア全体。人的資源は組織構造を含む。英 国の受注ソフトはパッケージソフトを含む。自社開発ソフトはデータベースを含む。 (資料)Fukao, Miyagawa, Shinoda and Tonogi (2009) 「Intangible Investment in Japan:Measurement and Contribution to Economic Growth」 から作成。 日本の非製造業の生産性が、米欧に比べ低いのは、無形資産の蓄積の少な さが一因となっている。 山陰両県の無形資産に関するデータは揃っていないが、日本全体の傾向を踏 まえると、両県における無形資産の蓄積が十分でないことは想像に難くない。山陰 両県の技術進歩の遅れは(前掲図表 10)、少子高齢化の進展や経済のグローバ ル化といったマクロ経済環境の大きな変化に対して、企業が十分な無形資産投資 を行ってこなかったことに原因があると考えられる。山陰の技術進歩水準を引き上げ ていくには、各企業が無形資産への投資を積極的に拡大させていくことが重要であ る。そのことなしには、山陰の生産性上昇は望めない。山陰の賃金水準を引き上げ、 人口の社会減の問題を解決するためにも、企業の無形資産投資の拡大が不可欠 である。 (金融機関の果たす役割) 無形資産は、有形資産とは異なり、文字通り目に見えにくい(物理的実態が無い) ため、その収益性を評価することは概して難しく、外部者との間に情報の非対称性が 存在する。そのため、金融機関が情報生産機能を強化し、企業の無形資産投資 をサポートしていくことが重要となる。 企業の無形資産投資を支援するためには、「投資コスト」を引き下げていく必要が 14 ある。新規参入企業のように、有形資産の担保余力の少ない先が事業を立ち上げ ていくうえでは、無形資産への投資を金融機関がいかに適正に評価し、それを資金 面で支援していくかが、企業の将来収益を左右することになる。この場合の企業の 投資コストとは、借入金利負担であるが、無形資産の投資コストはそれに限定され ない。例えば、企業が、販路や原材料の調達ルートを単独で新たに開拓しようとす れば、営業コストが嵩む。特に、企業の海外展開はハードルが高い。しかし、金融機 関が自らの情報ネットワークを駆使して、ビジネスマッチングを行ったり、海外事業支 援を行えば、企業の営業コストを節約することができる。つまり、様々な業界や様々 な地域の横断的情報を活用・提供することで、販路や調達チャネルの新たな開拓 という無形資産の投資コストを低下させることができる。また、企業が新しい組織を実 現し、新規事業の展開や事業の多角化・統廃合を進めようとすれば、綿密な下準 備のための調査コストや意思決定コストがかかるが、金融機関がノウハウの提供や M&A などコンサルティング機能を発揮すれば、そうしたコストが低下する。金融機関が 企業間連携や産学連携のコーディネーター役として機能した場合にも、同様の効果 が期待できる。さらに、金融機関は、多数の企業との取引によってこれまでに蓄積し た情報や経験をもとに、個々の企業の技術力や強みを客観的かつ的確に評価し、 新製品の開発コストや広告宣伝コストの引き下げに寄与することもできる。このように、 金融機関は、企業の無形資産の投資コストを引き下げることで、無形資産の蓄積を 促し、企業のイノベーション活動を支援することが可能である。 また、金融機関は、企業の無形資産投資の支援に加え、企業間や産業間の資 源配分を効率化する役割も本来担っている(前掲図表 17)。山陰では地元密着型 の小規模な非製造業の技術進歩が停滞していることを先に指摘したが、そうした企 業の多くを貸出先とする金融機関は、デット・ガバナンスを強化して、経済の新陳代 謝を促していく余地がある。山陰両県に店舗を置く金融機関の貸出が地域経済の 付加価値創出にどの程度寄与しているかをみると、この 10 年間で、貸出一単位当 たりの県内総生産――いわば、銀行貸出の生産性――は低下傾向にあることが 窺える(図表 19)。これは、全国平均の生産性が 10 年前とほぼ同じ水準であることと は対照的である。企業のイノベーションへの取り組みが全体として遅れていることに加 え、山陰経済の新陳代謝の停滞が、銀行貸出の生産性低下の一因になっている と考えられる。地域金融機関が貸出資金の生産性を引き上げるには、事業評価力 15 など自らの目利き力を磨 (図表 19)銀行貸出の生産性 き、取引先企業のイノベ ーション活動を支援する ―― 県内総生産÷金融機関貸出残高 ―― 120 (2001年=100) 鳥取 とともに、事業再生や創 115 島根 業支援によって域内の 110 全国平均 資金配分を効率化させ 105 ていく必要がある。金融 100 機関が貸出の生産性を 95 改善させるために、自ら 90 も積極的にイノベーション に取組んでいくことが 7 、 最終的には、地域経済 85 80 2001 02 03 04 05 06 07 08 09 2010 11 (年) (資料)県民経済計算、日本銀行「預金・貸出関連統計」 の活性化につながって いくと考えられる。 シュンペーターは、その著書『経済発展の理論』の中で、イノベーションを起こす 「企業家」とともに、「銀行家」の役割を重視している。銀行家は、革新的な事業を 創造する企業家を見定め、質の高い起業を識別するとともに、企業の業績改善に つながる情報を生産していていくことで利益をあげる。そうした銀行家の優れた目利き に基づく利益追求行動が、マクロ的にみてより効率的なリスクの再配分を実現し、地 域経済の成長を高めていく。地域経済の新陳代謝を改善させる金融仲介機能の 本質は、今も昔も変わらない。 7 金融機関が経済環境の変化に応じて「新たなサービス」を提供していくこと――例えば、経済のグロー バル化に伴う企業の海外事業支援や、経営者の高齢化に伴う事業承継支援――は、イノベーションと して整理できる。また、銀行貸出の「新たな生産方法の導入」に関しては、動産債権担保融資(ABL)をイ ノベーションの事例として挙げることができる。企業は ABL を利用することによって、経営改善・事業再生を 図るための資金や、新たなビジネスに挑戦するための資金を確保することができる。そのほか、金融機関 が資金需要の旺盛な地域へ店舗展開を進めることは、「販路の拡大」というイノベーションであり、ビジネ ス・マッチングの範囲拡大にも寄与する。さらには、企業間連携が様々なメリットをもたらすように(前掲図 表 9)、銀行間連携も「新しい組織の実現」によって生産性を改善させるイノベーションである。例えば、複 数の銀行が連携して互いの情報を共有することができれば、より広範なビジネス・マッチングやより高度な 与信リスク管理を通して、企業の経営支援を強化することが可能になる。金融機関の統合再編は、こう した銀行間連携というイノベーションの一形態として整理することができよう。 いずれにしても、金融機関自らがこうしたイノベーションを推し進めていくためには、行員の目利き力を磨 くための人材育成投資や、効率的な情報管理を可能とする IT 投資など無形資産投資を行っていく必要 がある。 16 4.生産性とコンパクトシティ 以上の分析では、山陰経済の低生産性(に起因した低賃金)が都市圏への人 口流出を招く側面に焦点をあて、その対応策について整理した。しかし、逆の因果関 係の存在も考えられる。すなわち、地域の生産性が低いから人口が都市圏に流出 するだけではなく、人口流出により人口が減少するから地域の生産性が低くなる側 面もある。 (人口密度と生産性) 既述の通り、販路の広い企業ほど、収益率が高くなる傾向がある(前掲図表 8)。 確かに、生産地と需要地(販売地)が一致する必要のない製造業に関しては、山 陰で製品を生産し、在庫として他地域に運搬し、他地域の需要者に販売することが できるので、販路を拡大させれば収益を増加させていくことが可能である。しかし、対 面販売が前提となるサービス業や小売業では、生産地と需要地が一致するため、 フランチャイズ展開するか、新店舗を他地域に拡大しない限り、販路を拡大させるこ とはできない。したがって、地元密着型のサービス業や小売業の売上や収益は、そ れらが立地する地域の人口密度に左右される側面がある。長期的に人口が減少 傾向にある地域では、サービス業や小売業の生産性は、常に下押し圧力がかかり 続けることになる。いくら新しいサービスや商品を提供し、有能な従業員を確保しても、 客数が少なければ、売上は伸びず、収益性も生産性も伸びることはない。つまり、企 業がいくらイノベーションに取り組んでも、地域に人がいなければ、その成果はあらわ れない。販路の狭い企業ほど、収益率が低くなる傾向があるのは(前掲図表 8)、人 口が減少する地域に立地するサービス業や小売業にとって、ある意味、避けること ができない側面とも言え る。 (図表 20)市町村人口密度が2倍になった時の生産性効果 20 (%) こうした需要密度の経 済性が働くサービス業や 小売業の生産性を引き 上げていくうえでは、個々 15 10 5 の企業の経営努力はも ちろんだが、地域の人口 集積が重要な課題とな 0 サービス業平均 小売業 製造業 (資料)森川正之「サービス業の生産性と密度の経済性」、RIETI DP series 08-J-008, 2008. 17 る。実際、市町村の人口密度が 2 倍になると、サービス業の生産性が 10%以上高 くなるという研究結果もある(図表 20)。これは、販路が地理的に左右されない製造 業では、こうした需要密度の経済性が有意に観察されないことと対照的である。 (日吉津村から学ぶコンパクトシティ形成の効果) 需要密度の経済性を考慮すると、コンパクトシティの形成は、地方創生のための 重要な施策候補といえる。住宅、商業、医療・福祉、公共サービスなどの都市機 能が集約され、人口集積が進めば、需要密度の経済性を強化することになるため、 地域密着型企業の生産 (図表 21)山陰各市町村の一人当たり所得と人口密度 性向上にも寄与するように 町村の人口密度と(生産 性に規定される)一人当た り市町村民所得の間には、 正の相関があり、人口集積 の効果が確認される (図表 21)。 山陰には、コンパクトシテ ィの好事例がある。鳥取県 の日吉津村は、山陰の市 町村の中で、面積が最も 小さい自治体である 一人当たり市町村民所得( 千円) なろう。実際、山陰の各市 2,700 松江市 2,500 境港市 出雲市 米子市 2,300 鳥取市 2,100 1,900 1,700 1,500 2 4 6 8 人口密度(人/km2、対数表示) (注)島根県は全市町村を表示、鳥取県は市のみ表示(町村は所得のデータ無し) (資料)鳥取県、島根県「市町村民経済計算」 、平成 23 年度 (図表 22)コンパクトシティとしての鳥取県日吉津村 (図表 22, 23)。行政関係 施設(役場、小学校、保 育所、児童館、福祉センタ ー等)が集約して立地して おり、面積の小さい村で、 文字通りコンパクトシティが 形成されている。人口は、こ (資料)日吉津村役場ホームページ の30 年間で約3割増えており(1980 年:2552 人→2010 年:3339 人)、人口密度は山 陰両県の市町村において、第3位の高さとなっている(図表 24)。 18 (図表 23)山陰両県の各市町村の面積 800 (Km2) 鳥取県 島根県 600 400 200 鳥 取 市 益田市 浜田市 雲南市 出雲市 松江市 大田市 安来市 邑南町 奥出雲町 日南町 吉賀町 津和野町 美郷町 倉 吉 市 江津市 隠岐の島町 飯南町 三朝町 智頭町 八頭町 若桜町 大山町 琴浦町 伯耆町 日野町 米 子 市 江府町 岩美町 南部町 川本町 湯梨浜町 北栄町 西ノ島町 海士町 境 港 市 知夫村 日吉津村 0 (図表 24)山陰両県の各市町村の人口密度 2 1200 (人/Km ) 1000 鳥取県 800 島根県 600 400 200 境 港 市 米 子 市 日吉津村 松江市 出雲市 北栄町 鳥 取 市 湯梨浜町 倉 吉 市 琴浦町 南部町 岩美町 安来市 江津市 大山町 浜田市 八頭町 大田市 伯耆町 雲南市 海士町 益田市 隠岐の島町 西ノ島町 知夫村 奥出雲町 川本町 智頭町 三朝町 邑南町 津和野町 日野町 江府町 飯南町 吉賀町 美郷町 若桜町 日南町 0 (注)平成 26 年 10 月の人口を基に計算。 日吉津村の人口動態についてみると、1975~1980 年、2005~2010 年の双方の 期間において、人口増加率は 8%台と高い状態を維持している(図表 25)。そして、 日吉津村が特異なのは、 (図表 25)日吉津村の年齢階層別にみた人口変動 2005~2010 年になっても、 25 ~ 39 歳 層 の 転 入 が 8 6 続いていること、しかも、そ 4 の転入数は 15~24 歳 2 層の転出数を上回って いる――つまり、大幅な -2 -4 85 歳 以 上 80 ~ 84 75 ~ 79 70 ~ 74 19 65 ~ 69 (注) カッコ内の数字は、5 年間の総人口の変化率。 (資料)鳥取県「国勢調査」 60 ~ 64 55 ~ 59 50 ~ 54 45 ~ 49 40 ~ 44 35 ~ 39 30 ~ 34 25 ~ 29 20 ~ 24 15 ~ 19 定的に発生していること 0 10 ~ 14 子育て世代の出産が安 2005~2010年(+8.7%) 5 ~ 9 ――ことにある。転入した 1975~1980年(+8.9%) 0 ~ 4歳 社会増が実現している (人口変化率に対する寄与度、%) が、日吉津村の人口増加につながっている。先般公表された日本創生会議の試 算によれば、日吉津村は、2010~2040 年の期間に「20~39 歳の女性人口」の増 加が見込まれる数少ない自治体である(中国・四国地方では唯一)。 日吉津村の人口増加には、コンパクトシティによる集積効果に加え、幾つかの要 因が影響している。第一に、市街化調整区域の宅地化(高齢化した農家による農 地売却)や今吉区画整理事業(2000 年完了)により、子育て世代の住環境が整備 されていること。第二に、多くの事業所が立地する米子市に隣接しているほか、王子 製紙やイオン日吉津(1999 年開業)といった大型の事業所が村内に立地しているな ど就業環境も良好であるこ と。第三に、保育料や国 (図表 26)山陰創生に向けた施策の相乗効果 民健康保険料が県平均 8 よりも安価であるほか 、地 ①子育て世代の生活環境の 改善など人口問題への対応 相乗効果 ②地元密着型企業のイノ ベーションの促進と経済の 新陳代謝の改善 価も隣接する米子市に比 べ低く9、生活負担が相対 ③コンパクトシティの形成 的に小さいこと。つまり、子 育て世代の生活環境の 改善と生産性・収益性の高い企業の立地という二つの条件が揃っていることが、コ ンパクトシティ形成の効果を高めていると考えられる(図表 26)。日吉津村の事例は、 地方創生を考えるうえで重要なインプリケーションを提供している。 5.まとめ 人口減少の影響は山陰経済に構造調整圧力となって重くのしかかり続けている。 特に、販路の限定された地元密着型の小規模企業の業況は、冴えない状況が続 いている(図表 27)。これは、日銀短観でみた(相対的に規模が大きい)企業の景 況感が、2013 年以降、大幅に改善しているのとは対照的である。山陰は、小規模 企業で働く従業員数のウェイトが全国平均よりも高いため(前掲図表 14)、県民の間 8 三歳児未満の保育料(所得 10.3~41.3 万未満)は以下の通り。 県平均:40,410 円、日吉津村:38,000 円、米子:54,000 円 また、日吉津村の国民健康保険料(医療分)は、所得割 4.40%(県平均 6.50%)、資産割 13.28%(県 平均 24.55%)となっている。 9 公示地価は、日吉津村役場周辺で 25,200 円、今吉で 19,100 円。この水準は、隣接する米子市皆生 (41,000 円)や新開(38,200 円)に比べ低い。 20 に景気回復の実感が広まりにくい構造になっている。 (図表 27)企業規模別にみた業況 40 (乖離幅、%ポイント) (「良い」-「悪い」、%ポイント) 65 【1】-【2】 50人以上の規模(日銀短観)【1】 20 55 20人未満の規模(政策公庫)【2】 45 0 35 ▲ 20 25 点線は予測 ▲ 40 15 ▲ 60 点線は予測 5 ▲5 ▲ 80 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 年 0102 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 年 (資料)日本銀行松江支店、日本政策金融公庫松江支店 しかし、地元密着型の小規模企業の業況が冴えないのは、イノベーションの取り 組みが十分でないことにも原因があることは先に指摘した通りである。企業のイノベー ションが活発でないために、都市圏との生産性格差が開き、その結果として賃金が 相対的に低くなり、人口が都市圏へ流出している側面もある。つまり、山陰企業の 業況が冴えないのは、人口減少の結果であると同時に、人口減少の原因でもあ る。 地方では、労働力人口が都市圏に比べ速いテンポで減少しているが、企業の労 働生産性が低く、付加価値一単位を産出するのに必要な労働力は多くなる。このた め、労働需給が地方では逼迫しやすい。しかし、低生産性が故に、賃金を引き上げ ることができず、したがって、人口が都市圏に流出し、人出不足が深刻化しやすい。 そして、人口が流出し人口密度が低下するから、地方企業の生産性が低くなるとい う悪循環が形成されることになる。この悪循環は、出生率の低い東京への一極集 中を招き、日本の総人口の減少の原因にもなっている。こうした悪循環を断ち切り、 人口の地方分散を図っていくためには、地方に立地する企業のイノベーションへの取 り組みと、それを支援する金融機関や地方自治体の取り組みが一体となって実施さ 21 れる必要がある。 今後、都市圏においても、その生産性水準のさらなる引き上げのための努力が続く であろう。山陰の創生のためには、域内の生産性の絶対水準を引き上げるだけでは 十分ではなく、都市圏との生産性格差を縮小させていく必要がある。地方と都市圏 との生産性格差(に起因する賃金格差)を縮小させずに、地方で人口対策や定住 対策を実施しても、その効果は限られる。有効求人倍率に関していえば、地域間格 差は概ね解消しており(前掲図表 3)、数的には「雇用の受け皿」は山陰にもある。 問題は「賃金水準の面で魅力ある雇用の受け皿」を作れるかどうかという点にある。 そうした高いハードルをクリアするためには、企業、金融機関、地方自治体などが、 「オール山陰」となって問題の解決にあたっていかねばならない。山陰では、優れた 技術力や経営力をもって高収益をあげる企業は少なくないが、それでも、山陰経済 全体でみると生産性が全国平均に届かないということは、伸び代が大きいということ である。企業のイノベーション活動がより積極化し、活力ある企業数が増えていくこと で、山陰経済の成長底上げにつながっていくことを期待したい。 22
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