日本列島の自然環境・日本人の自然環境

日本大学文理学部自然科学研究所研究紀要
No.39 (2004) pp.5 - 14
日本列島の自然環境・日本人の自然環境
野 上 道 男
Physical Environments of Japanese Islands and those for the Japanese
Michio NOGAMI
(Received November 20, 2003)
At first I wish to bring out the essential points that the areal or global physical environments are not
environments for the humankind. It is apparent that the global warming, for example, should be detected by
the unbiased data not suffered by human activities. However, do we relate to the air-temperature of observatory stations at the top of mountains or at isolated islands in the oceans ?
In this short articles, I focus on the difference between area-weighted average characteristics of Japanese Islands and population-weighted average ones for the Japanese.
The data used are 1km-resolution raster maps of DEMs, air-temperature, precipitation, geology, landform classification, vegetation type and population density in 1970 and 2000. For these thirty years of high
growth in Japan, it is recognized the noticeable demographic shift from rural zones located usually in mountainous regions to big cities in coastal lowlands. This population shift has produced the environmental change
for the Japanese despite of no change in physical environments
Keywords: air-temperature of Japanese Islands, air-temperature for the Japanese, global environment,
climate mesh data
ルギーと物質移動に関する方程式群)をコンピュー
1 問題の発想
タで走らせると,人間が放出する CO2(温室効果ガ
「グローバルな視点」という言説が普及している。
ス)によって,地球の温度が 30 年とか 100 年とかの
しかし地球の平均気温 15.4℃とか,地球の総人口 54
期間で急激に上昇するという結果が得られる。2)こ
億などというデータは地理的データではない。しか
れは人間の未来に悪影響を及ぼすので,3)それをあ
し地球上の気温分布とか大陸別や国別の人口となる
らかじめ避けるために,現在の時点で政治的に CO2
と,地理データそのものである。すなわち地理学で
の排出を抑制しよう,という 3 つのロジックが地球
は上の階層から地域を俯瞰するときでなければ,あ
温暖化問題の核心である。
る地域に 1 つの属性や特性値をあててこと足りると
することは決してない。
地球気候モデル(気象研究所,CGCM の場合)は
フラックスの調整をしなければ暴走する(好ましく
最近とみに社会の関心を集めている地球温暖化問
ない結果が出る)ほど不完全なところがあるが,3 次
題を取り上げてみよう。1)地球気候モデル(熱エネ
元発展方程式型モデル(平面解像度 2.8°× 2.8°,鉛
日本大学文理学部地理学科:
〒 156-8550 東京都世田谷区桜上水 3-25-40
Department of Geography, College of Humanities and Sciences,
Nihon University: 3-25-40 Sakurajosui Setagaya-ku, Tokyo,
156-8550 Japan
─ ─
5
( 5 )
野 上 道 男
直方向解像度 53 層)であり,シミュレーション結果
日本と日本人の自然環境を簡潔に記述するときの特
を分布図(2 次元の気温や降水量)としてアウトプッ
性は何であるかかを取り上げてみたい。地球温暖化
トすることができる。社会一般で信じられている,
問題における「地球」の平均気温や気温上昇はあく
21 世紀末ごろに 2-3.5℃温暖化などという数値は地
まで,「地球の」であって,「人類にとっての」では
球全体の平均値の話で,実際には低中緯度地方では
ない。同様に,
「日本」の自然環境は「日本人」にとっ
1.5℃くらしか昇温せず,温暖化は主に高緯度地方
ての自然環境ではない。この区別は当たり前のこと
(60°N 以北)で起こるだろうという結果が得られて
だが,地理学と自然地理学の環境に対する本質的な
いる。したがってそれを理解すれば,地球温暖化シ
考え方とも深く関わる問題が潜んでいる。
ミュレーションは意外にも地理的な(空間的な)も
2 日本の代表値
のであるといえる。
社会一般では「温暖化はいろいろ悪影響だけをも
日本の代表値が,気温とか降水量のような量であ
たらす」と考えられている。しかしながらこのよう
るならば,もっとも簡潔な特性値は平均値であり,
な決めつけは,主体と環境の関係をメインテーマと
ついで分布の特性(分散,標準偏差など)が取り上
してきた地理学の立場から見れば,全く一面的で,
げられるべきであることはいうまでもない。地形区
でたらめなロジックであるといわざるを得ない。事
分とか地質区分のような分類であるならば,最頻
象により場所により評価する人の立場により,悪い
(優占)分類がもっとも簡潔な代表値であり,付け
こともあれば良いこともある,と理解することが正
加えるとすれば,第二位分類以下あるいは集中度の
しい。
指数(ジェニの指数など)であろう。
例えば,日本のなかでさえ,夏の暑さを嫌う人も
ところで日本の気温(代表値)とはなんであろう
いれば,その暑さを願う人(北海道や東北地方の農
か。日本の代表が東京であり,東京の代表が大手町
民)もいる。雪は嫌われものかと思うと雪を求める
の気象庁内の露場であるならば観測値はある。しか
人(スキーなど雪産業関係者)もいるのである。さ
し当然のことながらこれは日本の代表値ではない。
らにもっと意地悪な見方をすると,海面上昇を憂う
しかしながら「日本の夏は暑く冬は寒い」などいう
る人もいれば期待する人(対策工事業界関係者)も
記述は地理の教科書でなくてもよく現れる表現であ
いる。
る。ここでいう「日本の」とは特定の観測所のこと
2003 年の 8 月は低温であったが,農作物への被害
ではなく,日本全域,すなわち面積平均的な,とい
を別として,産業界への打撃は 1 兆円という推定も
う意味であると解釈される。しかし日本の面積平均
なされた。米作の冷害補償には公的な資金(税金)
気温はどうやって計算すれば良いのであろうか。
が使われるであろう。その一方で将来の地球のため
気象庁(談話およびホームページ)によると日本
に,温暖化防止を目的とした炭素税の導入が議論さ
の気温の永年変化をみるために 36 地点(観測所)を
れている。生まれてくるはずの命を中絶することさ
選び,さらにそのうち都市化の影響の少ない 17 地
え認めている社会が,まだほとんどが生まれていな
点(網走,銚子,石垣島など)を選んで,その平均
い 100 年後の人類のために犠牲を払って温暖化防止
値で日本を代表させるとしている。降水量について
策を取る,とはどういうことだろう(環境倫理問題)
は 51 地点である。この方法は主要銘柄の株価で株
などなど疑問は尽きない。
式市場指数を計算しているようなもので,全観測点
いずれにせよ,地球温暖化問題は人間と環境の関
の平均値とは当然異なる。さらに全観測地点の平均
わりについて,本質的な問題点を次々に掘り起こし
値を求めてもそれが日本の面積平均値でないことは
ているといえる。それらは科学史的には地理学の本
言うまでもない。
質的な課題であったが,環境決定論をめぐる論争
ふつう面積平均を求めるにはボロノイ分割が用い
後,地理学者が長いこと忘れていた問題でもあっ
られる。すなわち不規則に分布する観測点を頂点と
た。
する三角形網で対象域を埋めつくし,2 頂点からの
そこで,古典的発想に立ち返り,地球的視点から,
( 6 )
垂直 2 等分線で分割を行い,対象地域を(ティーセ
─ ─
6
日本列島の自然環境・日本人の自然環境
ン)多角形網で埋め尽くす(ボロノイ分割)。この場
だ単に全メッシュ(約 38 万点)の平均値を求めるだ
合,頂点は各分割の重心に位置することになる。そ
けである。ただしメッシュサイズが一定でない場合
して各多角形の「面積x観測値」の和を求め,総面
は補正が必要である。
積で除して,面積平均を求める。
それではボロノイ分割法で日本の平均気温が求め
3 日本の面積
られるであろうか,否である。日本の観測所やアメ
メッシュデータを使って面積を計算するには,日
ダス地点(約 1300)の大部分は標高の低い平野に分
本の中に落ちるメッシュポイントの数を数え,メッ
布しており,山地にはほとんど存在しない。アメダ
シュの単位面積を乗ずればよい。この方法はメッ
ス地点は,その平均間隔が 20-30km もあり,山地を
シュの面積が全域にわたって一定の場合(すなわち
またいで存在しているため,平面的なボロノイ分割
等積図法)の場合に適用できる。しかし日本の数値
法では標高が高いが故に低温な山地(日本の面積の
地図のメッシュ分割法は緯度経度法であるので,
約 7 割)の気温がほとんど無視されてしまう。
メッシュの大きさ(面積)は主として緯度によって
1976年気象庁は世界で始めて気候値メッシュファ
変わる。そこで,広域に集計するときは必ず補正が
イルという 1 km 解像度(3 次メッシュという)の平
必要である。地球は球体ではないので,緯線間隔も
年値内挿データ(最高・最低・平均気温・降水量・
若干変わるが無視できる程度である。
積雪)を作成し,1984-88 年にかけて公表した。こ
緯度φにおいて,λだけ離れた経線間の短い距離
のとき使用した観測所データは 1953-76 の 24 年間の
は, acos(sin2 φ+ cos2 φ cos λ)
に比例すると
ものである。これを旧メッシュ気候値と呼ぶ。
いう式を使って,緯度によって変わるメッシュの大
このデータの作成方法の概略は以下のようであ
きさを補正することができる。この方法は日本近傍
る。まず,観測点の標高をはじめとする地形関連の
の緯度帯で地表を球体と見なす近似法であるが,3
特性値を計算する。それらを変数とし,観測値を被
桁目までは十分な精度となっている。
説明変数とする線形多重回帰式モデルを設定する。
北方領土を日本の面積に含めるかどうかという問
そして最小自乗法で係数を求める(気候区ごと)
。
題は,国の公式見解に従うべきであるが,国土地理
この式を用いて 1km(3 次)メッシュごとの気候値
院は歯舞諸島(99.94km2 )を根室市の面積に算入し,
をその点の地形特性から推定内挿する。
日本の面積として,377,887.25km2(H14 年 4 月 1 日の
現時点では最新のデータ(1971-2000 年平年値)
面積)という値をあげている(国土地理院ホーム
はメッシュ気候値 2000 年 (CD-ROM:気象業務支援
ページによる)。日付が付いているのはこの年度に
センター ) に収録されている。新しい版の作成には
は行政的にこの値が用いられる,という意味であろ
観 測 所 デ ー タ だ け で な く,1979 年 か ら 2000 年 の
う。そして H15 年 4 月 1 日までの時点で,5.79km2 の
AMeDAS データを平年値(1971-2000 年の平均値)
面積増加が記載されている。
に換算したものを使用している。このことにより,
国土地理院の値は,内陸水面を日本の面積に入れ
基になる観測点の数が 10 倍近くなったので,空間
ているので,その水位変化は日本の面積に関係しな
解像度の信頼性はかなり増加した。また地形因子だ
いが,海岸では,人工埋め立てや浸食・堆積によっ
けでなく,都市因子(人工被覆率)を導入したので,
て,あるいは地殻の隆起・沈降によって,定義によ
地形因子だけからは表現されない都市域の特性
る平均潮位をまたぐ変化があれば,日本の面積は変
(ヒートアイランド現象)が表現されている。
わるわけである。計測値をもっとも大きく支配する
新版メッシュ気候値に収録されているのは,月値
のは,内湾と湖面の境をどこにおくかという定義で
で気温(平均,最高,最低),降水量,積雪,全天
ある。国土地理院の計測では,境界が場所ごとにき
放射,日射時間である。これは標高を初めとする地
ちんと定義されているいるものと思われるが,メッ
形補正がなされた,もっとも解像度の高いラスタ型
シュ法で計測するときはそれとは独立に行わざるを
気候値データであるといえる。メッシュ気候値があ
えない。
れば,日本の面積平均を求めるのは容易である。た
ここでは 250m-DEM(3 次メッシュ間隔 4 等分)
─ ─
7
( 7 )
野 上 道 男
で外洋と連なる点を海とし,3 次メッシュ内の 4 x 4
地点のうち 9 地点以上が海の場合,その 3 次メッシュ
を海としている。このデータを用い上述の補正方法
表1 日本の自然環境
地形:
2
対象面積
で計算すると,日本の面積は 375,295km2(北方領土
375,671 km
平均標高(m)
382.4 m
は含めない)となる。国土地理院のデータとは,
重心(経度)
137.45.50 E
2,500km2(0.7%)ほどの差がある。この理由はつき
(緯度)
37.19.18 N
とめられないが,点在する小さな島や尖った半島の
先端がメッシュ法では海と判定されることも原因の
1 つと考えられる。
国土地理院では 2.5 万分の 1 地形図を用いて,自
気候:
2
対象面積
375,930 km
年平均気温
10.24 ℃
年降水量
1777 mm
治体ごとに面積を計測し,県別に集計し,さらに日
本の面積を求めている。DEM を用いた面積計算方
表層地質区分:
法とは異なるので,値が異なるのは当然ともいえ
対象面積
る。日本の面積は基本的な値であるにもかかわら
ず,定義や測定法で変わる,意外とファジーな値で
あるといえる。
4 日本の自然環境
2
373,697 km
2
1位 付加体
67,176 km (18.0 %)
2位 第三紀火山
63,187 km (16.9 %)
3位 新第三紀堆積岩
47,202 km (12.6 %)
4位 完新世
45,405 km (12.2 %)
7位 更新世
20,393 km ( 5.5 %)
2
2
2
2
1-km 解像度(3 次メッシュ)のデータとしては,
地形区分:
メッシュ気候値のほかに,国土地理院の地形分類,
対象面積
373,418 km
環境庁の(通称)緑の国勢調査(植生群落メッシュ
1位 中小起伏山地
164,585 km2(44.1 %)
マップ),国勢調査人口密度などがある。さらに解
像度の高いものとして,産業総合研究所(旧地質調
2
2
2位 台地
43,568 km (11.7 %)
3位 丘陵
44,410 km (11.9 %)
2
2
4位 大起伏山地
39,546 km (10.6 %)
査所)の地質メッシュデータ(250m),国土地理院
5位 火山
28,613 km ( 7.7 %)
の 50m-DEM,土地利用などがある。これらの高解
6位 扇状地
29,096 km ( 7.8 %)
像度データから 1km のデータを編集することができ
7位 低地
23,600 km ( 6.3 %)
2
2
2
る。
これらのデータを用いて計算した結果は,表 1 に
植生など:
2
対象面積
375,309 km
1位 自然林・二次林
153,031 km (40.8 %)
2位 常緑針葉樹植林
2
81,458 km (21.7 %)
3位 水田
43,851 km (11.7 %)
ない)の平均標高は 382.4m である。これには内陸水
4位 畑
21,363 km ( 5.7 %)
面が含まれている。内陸水面の高さは周囲のもっと
5位 市街地・住宅地
18,802 km ( 5.0 %)
まとめられている。この表に即して日本の自然環境
の代表値について述べる。
日本列島(都合により鳥島および北方四島を含ま
も低い陸地点の標高から補間されている。日本列島
の重心位置は富山湾の湾口付近(佐渡島との中間点
付近)にある。北方四島が返還されれば,この重心
は佐渡島方向に移動するだろう。
気候については,年平均気温と年降水量の面積平
均値を計算したが,他の要素についても同様に計算
できる。対象面積が異なるのは,メッシュを海とす
るか陸地とするかの基準がそれぞれ異なるためであ
る。気象庁の元データでは内陸水面の値が抜けてい
( 8 )
2
2
2
2
注:
・地形の面積などは 250m-DEM(国土地理院)から計算。
・気候値は 1km 解像度の気候値メッシュマップ(気象庁)
から計算。
・表層地質区分は 250m- 解像度 100 万分の1地質図(旧地質
調査所)のデータを 1km 解像度に編集して利用。
・地形区分は国土地理院のデータ(KS-156-1)を集約して利用。
・植生など,は緑の国勢調査(環境省)を集約して利用。
地形・気候のデータには内陸水面を含まれる。緯度による
3次メッシュの大きさの差は完全に補正済み。
なお,北方 4 島は集計対象から外した。クロス集計を行う
ため,対象面積などは項目によって異なる。
─ ─
8
日本列島の自然環境・日本人の自然環境
表 2 日本人(居住地)の自然環境とその変化
2000 年時点
人口:対象面積
総人口
1970 年時点
2
375,959 km
対象面積
126,925,793 人
2
375,940 km
104,469,645 人
有人面積
2
163,953 km (43.6 %)
175,347 km (46.6%)
DID 面積
2
2
5,748 km ( 1.5%)
2
30,868 km ( 8.2%)
過疎(<40 人)面積
DID 人口
過疎地人口
地形:対象人口
2
8,861 km ( 2.4 %)
2
37,843 km (10.1 %)
66,650,830 人(52.5 %)
50,279,485 人(48.1%)
714,524 人( 0.6 %)
684,940 人( 0.7%)
125,809,254 人
対象人口
103,046,161 人
67.7 m
73.6 m
重心(経度)
137.05.37 E
136.58.07 E
重心(緯度)
35.37.15 N
35.39.45 N
気候:対象人口
125,802,261 人
平均標高
対象人口
103,044,855 人
年平均気温
14.27 ℃
14.23 ℃
年降水量
1542 mm
1562 mm
表層地質区分:対象人口
125,410,915 人
対象人口
102,688,969 人
1位 完新世層
57,914,786 人(46.2 %)
完新世層
49,683,255 人(48.4 %)
2位 更新世層
30,135,384 人(24.1 %)
更新世層
22,377,180 人(21.8 %)
地形区分:対象人口
126,489,774 人
対象人口
104,092,608 人
1位 台地
40,139,083 人(31.7 %)
台地
31,241,773 人(30.0 %)
2位 低地
35,947,131 人(28.4 %)
低地
30,372,900 人(29.2 %)
3位 扇状地
25,782,598 人(20.4 %)
扇状地
22,587,975 人(21.7 %)
4位 丘陵
13,980,370 人(11.1 %)
中小起伏山地
8,605,098 人( 8.3 %)
丘陵
8,511,234 人( 8.2 %)
5位 中小起伏山地
植生:対象人口
8,017,546 人( 6.3 %)
126,205,239 人
対象人口
103,598,717
1位 市街地・住宅地
68,038,652 人(53.9 %)
市街地・住宅地
60,384,280 人(58.3 %)
2位 水田
23,840,743 人(18.9 %)
水田
16,987,440 人(16.4 %)
3位 畑
9,166,925 人( 7.3 %)
自然林・二次林
6,764,916 人( 6.5 %)
4位 自然林・二次林
8,366,457 人( 6.6 %)
畑
5,875,760 人( 5.7 %)
5位 常緑針葉樹植林
4,407,878 人( 3.5 %)
常緑針葉樹植林
4,208,773 人( 4.1 %)
注:
・集計に用いたデータは,表1のものに加えて,1970 年および 2000 年実施の国勢調査人口メッシュマップである。2つのデータ
のクロス集計に際し,両方ともデータがそろっているメッシュだけを取り上げるため,対象人口は項目によって異なる。自然
条件は同じでも,人口分布が変わると日本人の自然環境は当然のことながら,変化する。
・自然環境の各項目の時点については,データの作成年次から次のように予想される。地形:1990 年頃の 2.5 万分の 1 地形図の
等高線, 気候:1971-2000 年の 30 年間の平年値, 表層地質区分:1993 年発行 100 万分の1地質図第3版, 地形区分:1975
年以前の地形図からの計測,植生:1980 年ごろまでの文献などと 1983-86 年の現地調査。
─ ─
9
( 9 )
野 上 道 男
るが,流域水収支を扱うときなどにはこれでは困る
ろが多くなっていることが示唆される。
ので,調和計算の繰り返しで,周囲の値から補間し
DID(単純に 4000 人 / km2 以上と仮定)の面積は
て用いている。湖上にも降雨があり,気温もあるの
1970 年には 1.5%であったが,2000 年には面積の絶
であるから,最初から値を埋めておいてほしいもの
対値も比率(2.4%)も増加している。DID の人口も
である。
増加し,比率も 48.1%から 52.5%へと増加している。
なお,この種の値は旧版の気候値メッシュデータ
過疎地(有人であり,かつ単純に 40 未満/ km2 と
を用いてすでに発表したことがある(野上,1995,
仮定)の面積も比率も増加している。過疎地の人口
2001)。旧版は 1986 年発行で,1953-76 年の観測所
は総数では増加しているが,比率はやや低下した。
データから作成されており,AMeDAS データは使用
以上を通じて,1970 年から 2000 年の間の人口移
動を要約すると(図 2),過疎化の傾向が面積でも人
されていない。
元になるデータの観測所と観測期間が異なるの
で,新版と旧版で値が異なるのは当然であるが,旧
版 を 用 い た 日 本 の( 面 積 ) 平 均 値 は,10.7 ℃,
1,911mm である(野上 2001)。
口についても進行し,いっぽう DID の面積と人口は
著しく増加し,都市化の進行を示している。
人口分布の重心は 2000 年には岐阜県武儀付近に
あり,30 年間に西北西から 10 km ほど移動してきて
表層地質区分・地形区分・植生などについては,
次にまとめて述べる。
現在の位置に達した。重心の標高も 6 m ほど低く
なった。
物理的な日本列島の重心は,富山湾口付近にある
5 日本人の自然環境
のであるから,日本の人口は日本列島の南南西に
前節の日本の自然環境(面積平均値)は,人間と
は無関係な物理的存在としての自然(気候,地形,
地質など)についての代表値であった。しかしここ
偏って分布していることが分かる。また地形の重心
標高より遙かに低いところに偏在している。
人口の分布図(図 1)からわかることであるが,
では主体である人間の環境としてとらえよう。気温
北九州から瀬戸内海・近畿地方をとおり東海地方か
を例に考えてみる。日本人はいろいろな温度環境の
ら首都圏にいたる人口集中地域(人口集中中軸帯)
ところに住んでいる。従って,日本人にとっての平
の存在がこの偏在を作り出している。さらに最近 30
均気温とは,日本人(国勢調査の対象者)全体につ
年間の移動(図 2)は西から東へ,比較的高地から
いて,気温x人口,を集計し,総人口で除すれば良
低地へと向かっている。
いことが分かる。総務庁の国勢調査人口メッシュ
日本人にとっての平均気温(くどいようだが住居
データは 1-km 解像度で全国をカバーしているので
地における)は 14.27℃で,30 年間に 0.04℃ほど上昇
(図 1),これと平均気温のデータから日本人の平均
した。これは人口分布の重心が低下したことに見
気温を計算できる。このほかの要素についても計算
し,表 2 に示した。この節では,表 2 に即して,日
合っている。
なお,日本列島の面積平均気温は 10.24℃であり,
4℃もの差がある。これは暖地に人口が偏在してい
本人の自然環境の特徴について述べる。
日本の人口密度は,総人口を面積で除すれば得ら
ることを示す。日本の平均気温と日本人の平均気温
れる。これは人口が日本全体に均等に分布している
が一致するのは,日本人が面積的に全く均等に居住
と仮定したときの値と等しい。当然のことながら,
している場合だけである。しかし人口の分布は著し
この人口密度は日本の総人口の増加に応じて大きく
く偏っている(図 1)。すなわち人口は人口集中中軸
な る。1970 年 で は,27.4 人 / km2,2000 年 に は 33.5
帯の標高の低いところに多いので,日本人の気温と
2
人 / km である。
日本の気温には大きな差が生じることになる。した
人が住んでいる 3 次メッシュ(約 1km2 )の合計面
がって例えば,高冷地から人口集中中軸帯への人口
積は,1970 年には 46.6%であったが,2000 年には
の移動があると,日本の気温は変わらなくても,日
43.6%に減っている。あくまで 3 次メッシュ単位で
本人の気温は変わる。しかもほとんどの DID 地区で
見たときの値であるが,過疎が進み無人化したとこ
は都市気候が現れており,平均気温は周囲よりも高
( 10 )
─ ─
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図1 2000 年の人口密度 国勢調査データから作成。厳密には3次メッシュの総人口。
地形区分(山地/平野)が読み取れるほど,人口分布には地形の影響が大きい。
北海道では平野でも人口は多くない。いっぽう紀伊半島・中国・四国・九州などの山地の人口密度は北海道東部の平野程度である。
日本列島の自然環境・日本人の自然環境
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図2 1970 年から 2000 年の 30 年間の人口移動の傾向 (2000 年人口- 1970 年人口)
(2000
/
年人口+ 1970 年人口)の値。札幌・
仙台・東京・名古屋・京都・大阪・博多などでは,都市中心部で人口が減少している一方近隣地での人口増加が著しい。その他
の地方の中小都市でも人口増加が顕著である。
野 上 道 男
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日本列島の自然環境・日本人の自然環境
温となっているので,この傾向は加速される。
扇状地では減少しており,中小起伏山地での減少と
現在とちがって,東北地方や北海道地方にも万遍
丘陵地での増加が著しい。これらは都市中心部(下
なく居住していた縄文時代には,日本列島の住民に
町)や山間過疎地での人口減少と,丘陵地・台地で
とっての平均気温は日本の平均気温よりも低かった
のニュータウン建設などが反映しているものと思わ
であろう。低平で温暖な気候が選ばれる弥生時代以
れる。
来の米作の普及と近年の都市化によって,列島住民
植生区分で日本列島を見ると,面積の約 62.5%が
の平均気温は少なくとも数度は上昇してきたと推定
自然林・二次林・常緑針葉樹(ヒノキ・スギ・マツ
される。
など)植林地となっており,日本列島は意外に森が
日本列島の面積平均年降水量は 1,777mm である
多 い。 い っ ぽ う, 農 地 は 水 田 と 畑 あ わ せ て も,
が,人口重み付きの平均値では 1,542mm(2000 年)
17.5%しかない。この植生などのデータを人口デー
である。平野に比べて山地は降水量が多く,人口分
タとクロス集計すると,住居地周辺の土地利用がど
布の傾向を反映して,この差異が生じている。
うなっているか,あるいはどんなところに住んでい
日本列島の降水量の分布をみると,日本海側の
るかを知ることができる。
「越の国」(越前から越後)地方と南九州から四国・
人口の約 54%が市街地住宅地に住むが,農地の
紀伊半島・東海地方の太平洋岸で多雨帯が認められ
そばに住む人も約 26%もいる。さらに 10%もの人
る。瀬戸内地方,中央高地,北海道オホーツク沿岸
が森林のそばに住んでいる。1970 年から 2000 年ま
地方などが少雨帯である。その差は 10 倍近くに達
での変化を見ると,意外なことに市街地住居地に住
する。いっぽう蒸発散量は日本の南北で 2-3 倍ほど
む人の割合は減少し(ただし絶対数は増加),水田・
しか違わないので,その差で表される水資源量は著
畑などのそばに住む人が増加している。都市中心部
しく偏在しているといえる。
から郊外へという人口移動の趨勢が読み取れる。
年降水量を人口で除した値,いわば一人あたりの
降水量の分布について見ると,DID 地区ではこの値
6 地球温暖化問題のアイロニー
は 0.5mm/人程度以下となり,とくに都市で 2 万人
地球温暖化としてしばしば指摘されることに,す
/ km2 くらいの人口周密地帯では 0.1mm/人以下にな
でに地球の温暖化は始まっているということがあ
ることさえあり,まさに都市は砂漠である。すなわ
る。これは実測値に基づくと主張されているが,そ
ち人レベルでみると,水資源の偏在は極端に著し
れほど顕著ではない。奇妙なことにこの温暖化の検
く,その差異は 4 桁以上にも達する。灌漑や水道シ
出は,絶海の孤島や高山,人口の希薄な地域の観測
ステムによって,このような水資源の地域的偏在を
値を用いて議論すべきだとされていることである。
緩和しようとしていることはいうまでもない。
都市の観測所の観測値は都市気候のバイイアス(温
地質区分で日本列島をみると,一番広い面積を占
暖化)がかかっているのでそのデータを使うのは不
めているのは,付加体層であり,以下第三紀火山岩,
適切であり,あるいは都市化による温暖化分を補正
新第三紀層,完新世堆積層(12.2%)-更新世層
する必要があるとされている。要するに地球温暖化
(5.5%)となっている。しかし人間の住居地でみる
とは,上述の日本の「面積平均」気温に相当する地
と,46.2%の人口が完新世層の上に,24.1%人口が更
球の気温であり,地球人類の気温では無いことが分
新世層の上に住んでいる。合計すると人口の 70%
かる。別の表現をすれば,いわゆる地球温暖化は物
が面積で約 18%の第四紀層の上に住んでいる。
理現象であり,主体を見据えた環境問題では無いこ
地形区分で日本列島をみると,中小起伏山地・大
とが分かる。世界の人口の大半(約 7 割)が都市に
起伏山地・火山を合わせた山地の面積は,日本の面
住んでおり,そこの気温は確実にすでに上昇してい
積の 62.5%を占めている。いっぽう住居地の地形区
る。例えば,大手町気象庁の年平均気温で見るとこ
分で見ると,台地・低地・扇状地・丘陵に人口の
こ半世紀で約 2℃昇温している。地球温暖化はもし
91.5%が集中している。1970 年から 2000 年までの変
将来進行するとしても,地域的温暖化(人類の気温
化(比率)を見ると,台地では人口は増加,低地と
の上昇)のバックグラウンドに過ぎないことが分か
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るのである。
東南アジア・南アジアを経て北東アフリカにいたる
宇宙からリモートセンサーで地球の人口分布や人
までの地帯の人口の多さは異常である。南米やアフ
類による環境改変を監視している宇宙人がいるとし
リカの熱帯でも人口が増加している。さらに縄張り
よう。リモートセンシングだけにたよる彼らは,人
(国境)があるらしく,そこを越えての人口移動は
口分布や環境改変のメカニズムは理解できないの
あまり多くないが,近くにあるごく狭いところ(居
で,現象的変化だけを見て,次のように解釈するだ
住地集落)に群がり住み,そこの気温が上がるとそ
ろう。
れを求めるかのようにさらに人口が集中するように
1)水のある砂漠で人口の急増が始まった(古代オ
なる(都市)。過半の人類が居住する都市の温暖化
リエント文明)が,そもそも人類は水さえあれば砂
は産業革命後すでに数度に達している。しかしそれ
漠環境が好きらしい。現在でも,緑の多い地域にア
だけでは不十分であるのか,化石燃料を掘り出し,
スファルトやコンクリートで固めた砂漠気候の地域
(都市)を作り出し,そこに集まって住んでいる。
“無謀にも”惑星地球の全体を暖房しようと企てい
るのではないか,と。
2)人類は温かいところが好きらしい。日本から
引用文献
野上道男(1995):アトラス「日本列島の環境変化」
朝倉書店,p.187(氷見山ほかと共著)
:人口分布の変化
(1975-1990 年)
,日本の自然と人口分布,都道府県
別に見た自然条件,気温・降水量・蒸発量・流出量
の都道府県別値,人口に関する都道府県別集計,地
形と地質,気候,土地被覆,植生帯
野上道男(2001):地理情報学入門,東大出版会,p.163.
(岡部ほかと共著):都道府県別の自然環境,104-
110.
参考文献
PCC(2001): Climate Change 2001: The Scientific Basis.
Contribution of Working Group I to the Third
Assessment Report of the Intergovernmental Panel on
Climate Change [Houghton, J. T., Y. Ding, D. J. Griggs,
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M. Noguer, P. van der Linden, X. Dai, K. Maskell and C.
I. Johnson (eds.)]. Cambridge University Press, UK,
881.
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