曳航水槽における風圧力計測実験に関する研究

第131回講演会(2014年10月31日, 11月1日) 日本航海学会講演予稿集 2巻2号 2014年9月30日
曳航水槽における風圧力計測実験に関する研究
正会員
南 清和(東京海洋大学) 学生会員○柴尾 陵(東京海洋大学大学院)
正会員 増田 光弘(東京海洋大学)
要旨
本研究は、曳航水槽に設置した送風機からの風を用いて供試模型船に対する風圧力を計測し、その計測値
を検証することにより、得られた幾つかの知見を報告するものである。
実験に用いた供試模型船は、水面上の構造が大きく、受風面積が広い自動車運搬船を採用した。実験では、
模型船に対して任意の角度から送風を行い、模型船と風との出会い角を変化させた。また送風機には、風が
一定の流れを保持された状態で送風されるエアカーテン(市販)を用い、インバータ制御により任意の風速設
定を可能とした。実験の結果、計測された値を係数化した後に過去の研究結果により示された係数値と比較
したところ、両者は定性的な一致を見た。以上の結果から、任意の送風機を設置し送風を行うことにより、
曳航水槽においても風環境下における模型実験が可能となることが確認できた。
キーワード:造船・海洋工学、実海域水槽、風圧力
2.実験装置
1.序論
近年の世界経済の急速な発展に伴い、国際的な物
対象船舶模型には、自動車専用船(PCC)船の模
流量は増大している。これに応じ海上輸送では船舶
型を用いた。模型船のスケールは 1/140 であり、模
の専用化や大型化が進んでいる。なかでも自動車専
型船の外観を Fig. 1 に、模型船の諸元を Table 1
用船、コンテナ船、客船については、船舶は他の船
に示す。
種に比べ喫水が浅く、喫水線以上の上部構造物が大
きいという特徴があるため、大型化に伴い、風圧力
が船体に及ぼす影響が大きい。このような船舶が風
の影響をどの程度受けるのかについては風洞水槽に
て模型船の風圧力を測定することにより検討されて
きた。しかしながら、船舶が実海域を航行する際は、
風および風浪さらにはうねりや潮流等、さまざまな
外力影響が同時に作用している。風洞水槽では、船
舶に作用する風圧力は精度よく測定できるが、他の
Fig.1
Photograph of the test model
外力が複合的作用する状況下を再現することは難し
い。一方で近年、実海域の環境を再現した水槽が稼
Table1 Specifications of the model
働し、実海域を想定した模型実験の実施が可能とな
(1)
った 。
本研究では船舶への風による影響を取り入れ、さ
らに波等の影響も再現できる水槽実験の実施を目的
として、曳航水槽である東京海洋大学船舶運航性能
実験水槽において風圧力測定実験を実施した。実験
SHIP
MODEL
Loa
225.0 m
1.610 m
Lpp
B
d
W
210.0 m
32.2 m
9.0 m
1.500 m
0.230 m
0.064 m
31382 m3
0.0114 m3
では供試模型船として自動車専用船を用い、そこに
市販の送風機を用いて風圧力測定を行った。風圧力
次に送風機に関して述べる。実験で使用する送風
の測定においては、模型船に対して風の出会角を変
風機は、既存の研究を参考に直線的な風を送ること
化させるため、受風角度を変えた計測を行った。さ
が出来る物を使用することにした。本来の使用目的
らに模型については受風面積を増加させた場合の風
は夏季において商業施設の入り口に設置し、施設内
圧力の増加分の測定も行い、その変化量を検証した。
部の冷気を外に逃がさないよう風の力で遮断する、
118
第131回講演会(2014年10月31日, 11月1日) 日本航海学会講演予稿集 2巻2号 2014年9月30日
市販の「エアカーテン」を採用した。この送風機を
全体の表面積を増加させ、実験を行った。
使用することで模型に対し均等に一様な風を送るこ
3.1 測定方法
とが出来る。
Fig.3 に実験における配置および座標を図で示す。
2.1
風速計およびインバータ
風圧力の測定に本実験では三分力計を用いた。三分
上記で述べた送風機はインバータにより周波数を
力計を模型船の内側の船底に取り付け、その上に
変更し風速を調節することが出来る。そこでインバ
ータの周波数と送風機から出力される風速の関係を
調査した。その結果を Fig.2 に示す。この図はイン
バータの周波数を 10Hz 刻みで送風機の限界の 60H
z まで計測した際の風速計の値をデータロガ―で記
録したデータより作成した。図の縦軸は周波数(Hz)
で横軸が風速(m/sec)である。この結果から、周波
数に対し得られる風速が線形的に得られていること
が分かる。これにより実験で使用する風速に対する
設定周波数が得られた。
Frequency (Hz)
50
40
30
20
Fig.3
10
0
Fig. 2
Figure of summary of the experiment
曳航電車を接続する。尚、三分力計の取り付け位置
0.5
1
1.5
2
Wind velocity (m/sec)
は模型船の重心位置とする。送風機は直線的に風を
2.5
送ることができるエアカーテンを使用し、実験に使
用する風速は 2.11m/s(実風速は 25m/s)である。模型
Relations of frequency and the voltage
船を Fig.3 の状態で 0°とし、回転方向に 15°おき
3.
実験概要
に模型船を回転させ 180°まで計測を行った。三分
本実験では、送風機を用いて模型船に風を送り風
力計からの電圧信号は増幅器を介しデジタルデータ
圧力の測定を行った。送風機は直線的に風を送るこ
ロガ―により記録された。曳航台車に模型を取り付
とができるエアカーテンを用い、風速は 2.11m/s(実
けた際の実際の写真を Fig.4 に示す。
風速で 25m/s 相当)とした。
本実験の概要図を Fig. 2
に示す。模型船は送風機から 2.0m 距離を離した位置
に取り付け、Fig. 3 の状態を 0°とし、15°おきに
模型船を左右に回転させ、180°まで計測した。風圧
力の測定には三分力計を用いた。曳航電車に接続さ
れた三分力計を模型船の内側の船底部分に取り付け、
計測を行った。なお、三分力計の取り付け位置は模
型船の重心位置とした。
本研究では、はじめに本実験結果の妥当性を確認
Fig.4 Photograph of the model setting
するため、風圧力の推定式から得られた推定値との
比較を行った。その後、表面積の増加における風圧
4.風圧力推定式
力影響について検討を行うため、模型船の upper
本研究では、Isharwood(2)による推定式と山野ら(3)
deck 上に上部構造物を新たに設けることで模型船
119
第131回講演会(2014年10月31日, 11月1日) 日本航海学会講演予稿集 2巻2号 2014年9月30日
による推定式を用いて、水槽実験結果と比較・検討
本実験では、upper deck 上の上部構造物を 2.0 倍と
を行った。紙面の都合上推定式は船体縦方向のみ掲
した新たな upper deck 上上部構造物を設け、模型船
載する。なお、近年の研究においては、北村および
全体の側面投影面積を 1.2 倍となるようにした。こ
藤原ら
(4)
の場合の投影面積は、画像解析により算出した。
の推定式も提案されていることをここで
は付記しておく。Isharwood の推定式は以下の式(1)
5.風圧力測定実験結果および考察
ように構成されている。
Fig.5 に模型船本来の upper deck 上上部構造物を
C X  A0  A1
2 Ay
2
oA
L
 A2
用いた計測結果と推定式を用いて、船体縦方向風圧
2 Ax
L
S
C
 A3 OA  A4
 A5
2
B
B
LOA
LOA
 A6 M  1.96S .E.
力、船体横方向風圧力、船体旋回モーメントの各係
(1)
数を比較したグラフを示す。まず、船体縦方向につ
いて 100°を超えてからの傾向は推定式と一致して
このとき、式(1)中における各係数については、Ax
いると言える。しかし、50°~100°の区間は推定式
は水線上正面投影面積、Ay は水線上側面投影面積、
同士を比較しても差が見られ、実験値とも異なるこ
S は側面投影面積周りの長さ、M はマストやデリック
とが確認できる。これは、山野ら (3)の研究におい
ポストの数、Loa は全長、A0~A5 及び B と C は風洞実
ても上部構造物の種類が異なる場合、同様の傾向が
験により得られた風抵抗係数を船種ごとに統計解析
見られるため、本実験で使用した模型船の上部構造
により解析した係数、S.E は標準誤差を表す。
物の形状特有の傾向であると考えられる。船体横方
次に山野らの推定式を以下の式(2)に示す。
向においては、実験結果は推定式とほぼ同様の傾向
が見られることが確認できる。しかし、真横となる
90°においてピークを迎えず、その近辺の角度にお
いて最大となる傾向が確認できる。この原因を検討
するために、船舶を模した長方体および、片側の角
このとき
は相対風向、 は船体前後方向に作用す
を切り落とし、船首の形状を模した簡易的な船体形
る風圧係数を表す。これらの推定式は複数の船型に
状の角度ごとの側面投影面積の変化を計算により求
対して実験を行い、そのデータをもとに三角級数に
めた。その結果から直方体の形状において真横であ
近似し、風圧力を推定している。山野の推定式では、
る 90°の時がピークではなく 90°前後でピークを
Xについては変化が複雑であるため、
5θの項まで考
迎えることが分かった。船の形状はほぼ長方形に近
慮してされている。
い形状を有していることから、今回の実験結果は面
また本研究で行う水槽実験結果は、以下の式(3)
積の変化によるものと考えられる。船体旋回モーメ
によって無次元化し、推定式との比較を行った。
ントについては、傾向は概ね推定式と変わりはない
が船体縦方向に見られる 50°~100°の区間におけ
る差が影響していることが確認できる。また、船に
対して風圧力が回転方向に及ぼす影響が出やすいの
は 45°~60°の区間と 135°~150°の区間である
ことが確認できる。
次に模型船本来の upper deck 上上部構造物を 2.0
倍にした場合の模型船と推定式をその船形に合わせ
このとき、
式(3)中のパラメータは以下のようになっ
た場合とで比較したグラフを Fig.7 に示す。
ている。このときρは空気密度、Ua は相対風速、
この結果から各項目を見ると上部構造物の増加に伴
Xw,Yw,Nw はそれぞれ実験値として得られた X 軸方向
い風圧力係数の増加が確認出来る。Cx に関しては
の風圧力、Y 軸方向の風圧力および Z 軸周りの回転
推定式と差が出た 50°から 100°の区間において差
モーメントを表す。風圧力を無次元化するためには
がみられることから形状による差が出ていると考え
模型船の喫水線上側面投影面積および喫水線上正面
られる。Cy、Cz に関しては傾向が概ね一致してお
投影面積が必要となる。模型船本来の投影面積の算
り、表面積の増加分だけピークも大きくなっている
出は一般配置図を元に計算を行い算出した。
さらに、
ことが確認できる。
120
第131回講演会(2014年10月31日, 11月1日) 日本航海学会講演予稿集 2巻2号 2014年9月30日
0.1
Experiment
Yamano
CN
1.0
CX
0.5
0
0
-0.5
-1.0
0
Experiment
Yamano
Isharwood
45
90
135
The incident angle (deg)
-0.1
0
Fig.6
180
45
90
135
The insident angle (deg)
180
comparison and differences of the projected area
5.結論
1.2
本研究から、以下のような結論が得られた。
CY
(1) 船体縦方向、船体横方向、船体旋回モーメント
について、模型船と推定式の比較・検討から、
0.6
0
0
水槽実験結果と推定式は船型の違いによる差は
Experiment
Yamano
Isharwood
45
90
135
The insident angle (deg)
あるものの、傾向は概ね一致した。また、上部
構造物を変えた場合についても実験結果と推定
式の傾向は概ね一致していることが確認できた。
180
これにより、曳航水槽での風圧力測定実験およ
び実験結果の妥当性を得ることができた。
0.1
(2) 本実験で使用した模型船に対して、風圧力が角
CN
0.2
度ごとに及ぼす力の特性を示すことができた。
0
-0.1
-0.2
0
Fig.5
また、上部構造物の増加に伴い、風圧力も増加
experiment
Yamano
Isharwood
45
90
135
The insident angle (deg)
していることが確認できたことから、上部構造
物の増加に関して船舶の安全性を踏まえて今後
180
十分に検討する必要があることがわかった。
Comparison of the estimates with the
今後の課題として実験を行う模型船の船種を
experimental value
変え、実験回数を増やし様々な船型を有する船
舶に対する風圧力影響を調査し、風圧力の特性
を詳しく見ていく必要がある。
0.6
CX
6.参考文献
0
(1)
谷澤克治ほか「実海域再現水槽」海上技術安全
研究所報告
-0.6
0
Experiment
Yamano
45
90
135
The insident angle (deg)
Ships 」 The royal institution of naval
180
architects, pp327-338, 1972.
(3) 山野惟夫・斉藤泰夫 「船体に働く風圧力の一推
定法」
0.8
関西造船協会誌 No.228,pp.91-100,
1997.
0.6
CY
(4) 北村文俊、上野道雄、藤原敏文「船舶風圧力簡
0.4
0
0
第 4 号基調論文,2011
(2) R. M. Isherwood 「Wind Resistance of Merchant
1
0.2
第 10 巻
易推定プログラムについて」海上技術安全研究
Experiment
Yamano
45
90
135
The insident angle (deg)
所報告
180
121
第9巻
第 3 号研究調査資料,2009