国内農業の今後

国内農業の今後
慶應義塾大学 経済学部 寺出研究会
平成 15 年度三田祭論文
立山正史 仲田拓史
目次
序文・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・3
第 1 章 外国農産物と国内農業 (立山正史)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・4
1.1
中国農業の概況
1.2
中国における農産物輸出の位置づけと対日輸出
1.3
外国農産物の影響と国内農業の今後の対応
1.4
おわりに
補論 長期的な視野
中国農業が衰退するケース
参考文献
第2章
米
輸入米による国産米への影響
(仲田拓史)・・・・・・・・・・・・・8
2.1
ミニマム・アクセスとは
2.2
ミニマム・アクセス米が米市場へどのような影響をおよぼしているか
2.3
ミニマム・アクセス制度の改善案
2.4
輸入米と国産米の住み分け
2.5
大規模農業による国際競争力
2.6
関税率引き下げ交渉への対応
2.7
おわりに
参考文献
まとめ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・19
2
序文
今日の日本の食卓にはさまざまな産地の農産物が並ぶ。われわれは日常、食卓に並ぶ農
産物の産地をこと細かに気にするだろうか。実は外国産農産物であることが多分にある。
むしろ外国産の割合の方が高い状況かもしれない。今の日本の食卓において、国内産農産
物のみで「食」が形成されることは難しい。食卓にあがる農産物は国内外を問わずまさに多
様である。
日本の食料自給率が先進国の中で最低水準にあることは一般的に知られているところだ
ろう。日本は食料の非常に多くの部分を外国からの輸入に依存している。一方で、国内農
業の衰退が叫ばれて久しい。国際的な貿易自由化の風潮の中、安易な保護貿易は不可能で
ある。また、日本の食生活の多様化という要因も外国産農産物の必要性を高めている。今
や外国産農産物は日本の食生活にとって不可欠である。
現在、食糧安全保障の視点からも、また国内農業保護・育成の視点からも日本農業の見
直しが迫られている。食の多様化に伴う日本人の消費行動の多様化・高度化が見直しの必
要性をより一層高めている。それでは外国産農産物に対する日本農業のあり方として、ま
た、国内農業そのもののあり方として、今後どうあるべきであろうか。
そこで今回はまず、第1章において外国産農産物の流入に対する国内農業・国内産地の
対応のポイントについて記していく。ここでは中国農産物の日本への流入を例にあげ、外
国農産物の流入一般に関する問題について考察していくことにする。補論としてレスタ
ー・ブラウン氏が提唱した 2030 年の中国農業の問題、
「中国を誰が養うか」について記し
た。これは日本農業の問題は短期的な視点のみならず、長期的な視点からも食糧安全保障
及び国内農業保持の必要性があることを示している。
次に第2章においては、日本の主食として君臨してきた米について考察する。農産物貿
易の自由化における国際的な交渉において、日本の場合、米の問題は非常に大きなものと
なっている。今回はミニマム・アクセスをツールに外国産と日本産のあり方について考察
していくことにする。米の問題は、日本の食料安全保障と国内農業保持の必要性を最も端
的に示す例と考えられる。
以上の考察をもとに、今後の日本農業全体が歩んでいくべき方向性について整理してい
く。日常の食生活が常に安定的であるためにはさまざまな努力が常になされていかなけれ
ばならない。
2003 年 11 月
3
第1章外国農産物と国内農業
立山正史
貿易の自由化は外国農産物の日本農業への影響をますます拡大する。下図に示すように
ここ数年の日本における食料自給率はカロリーベースで 40%程度であり、不足する食料は
外国からの農産物輸入に依存している。近年その輸入相手地域はアメリカからアジアへと
シフトする傾向がみられる。その中でも中国は、世界的に見てもアジアの勢力図の中で見
ても、潜在的な国際競争力が非常に高いと考えられる。中国農業の日本の農業への影響は
必至であろう。そこで、今後外国農産物が国内農業に与える影響について中国を例に分析
し、そのうえで今後の日本農業がどうあるべきなのかについて考察していきたい。
_図 主要先進国の供給熱量自給率の推移
http://www.kanbou.maff.go.jp/www/anpo/pdf/self-sufficiency_ratio/report/1.pdf
1.1 中国農業の概況
中国からの農産物輸入が日本農業に与える影響について考える上で、まず中国農業の概
況を見ていくことにする。
中国は世界の耕地面積の 7%弱で世界人口の約 22%を養わなければならないという食料
事情を抱えている。また、仮に中国国内の農業が衰退した場合、莫大な量の穀物を中心と
した食料を外国からの輸入に頼らざるをえなくなる。そのため、1949 年の建国以来、農業
を政策の柱としてきた。当初、人民公社のもと食糧増産は進まなかった。しかし、1970 年
4
代末頃からの改革開放による人民公社から請負制への以降に伴い、農業生産量は大幅に増
加した。建国以来、中国農業の主体は米やとうもろこしといった穀物であり、2001 年にお
いても栽培面積の約4分の3、生産量の約半分を占めている。また、1990 年代には野菜の
作付けが2倍になるなど躍進をみせている。
中国農業の問題として、経営規模が零細な小農で、機械化などによる農作業の効率化を
阻む要因となっていることがあげられる。中国における農業従事者一人当たりの耕地面積
が、大規模化の進まない日本と比べても 4 分の1程度しかないことから、いかに零細なの
かがうかがえる。その原因は、莫大な農業就労人口(3億3千万人)に対し、耕地面積が東
部沿岸地域に限られることや、平等振り分けという土地制度により一人当たりの耕地が限
られていたことによる。仮に機械化を達成しても余剰労働力の受け皿が社会的に未整備で
あり、960 万人の過剰労働者がさらに発生するといわれている。また、近年の栽培技術の
向上による穀物の供給過剰に対し、市場価格より高い保護価格で政府が買い入れることに
よる国家財政圧の問題もある。さらに WTO 加盟後の安価な外国産穀物流入による影響も指
摘されている。そこで中国政府は対策として、供給バランスの適正化を念頭に、1998 年か
ら構造調整(3 期目)を開始した。そこでは優良品種の導入や適地適作による穀物の国際競
争力の強化、輸入農産物や加工品の生産による付加価値の高い農産物の生産と販売を目標
とした。そのための戸籍制度改正や農地集積、内需拡大といった政策も積極的に行われた。
1.2 中国における農産物輸出の位置づけと対日輸出
2001 年からの第 10 次 5 カ年計画において「農産物輸出は中国農業の発展を促進する」と
明記されている。輸出によって、穀物を海外へ輸出することでの在庫の緩和、外貨獲得に
よる高収益な農業の実現を狙っており、後者は農民所得の向上、国内農業の先進的モデル
としての位置づけも担っている。最近の傾向として中国農産物輸出における比率は水産物
に続き、野菜、穀物の順になっている。しかし、穀物は価格・品質の面から、また機械化
の不可能性等から、世界の農業における国際競争力という点では低く厳しい情況にある。
一方、野菜は低い生産コストが低い販売額へ結びついたことや、近年の品質の向上などに
より注目され、山東省などの東部沿岸部における輸出用野菜生産基地が建設されている。
WTO加盟後も労働集約的であることや、豊富な人口を背景に、野菜は国際的に有利に展
開すると考えられる。
では中国農産物と日本の関係はどのようなものだろうか。結論からいえば、日本は中国
にとって最大のマーケットである。1995 年以来中国農産物輸出における対日輸出量は 4 分
の 1 を占める。特徴は 1990 年代半ばからのたまねぎ、しろねぎ、にんにくなどの野菜輸
出の急増があげられる。その背景には日本の量販店や外食産業が展開する低価格競争によ
5
る、安価で一定の品質を持った中国農産物需要の高まりがある。(表 1 参照)またその影響
として
日本国内における国内農産物価格の低迷がみられる。このような動きを日本企業は助長し
た。つまり、中国農民の労働費は非常に安いため生産コストが低いという特性を活かして、
日本企業は中国で生産・加工・包装された農産物を輸入し人件費を削減しようとしたので
ある。しかしこの動きは残留農薬の検出という安全性の問題を発生させ、一時的ながら消
費者に不安感を与え中国産からの消費者離れをおこした。ところが、この問題は同時に、
品質面が保障されれば中国農産物は価格面での有利性を十分に発揮し日本農業への脅威と
なりうるということにもなる。実際、格安な中国産に対する国内産価格低下のため、2001
年にねぎ・生しいたけ・畳表に対するセーフガードが発動されたという経緯がある。
中国産農産物の日本農家への影響は大きい。まず野菜に関しては中国東部沿岸地域にお
ける輸入野菜生産基地建設による、日本農家との競合があげられる。世界的な自由貿易の
流れの中で農産物に対する保護主義的政策は困難であり、国内生産農家は外国産の影響を
受けやすい環境にあるわけである。また、1996 年以降の中国から日本への外食・加工産業
向けの冷凍野菜輸出量は、生鮮品より保存性がよく、国内人件費の削減につながるなどの
理由から大幅に増加している。国内産業の空洞化に伴う日系加工企業の中国進出はこれを
助長している。米においても中国産の影響は大きい。たとえば中国産日本種ジャポニカ米
というものが開発され、日本からの技術導入により味は日本種と同等であるが、落札価格
が低いという特徴を持つ。先に述べたように、国際的には劣る米の競争力であるが、対日
関係においては大いに競争力を持つわけである。さらに、1996 年に米の輸入制限が事実上
撤廃されたことや、日本商社のもと中国における良質米生産への取り組みがあいまって、
今後さらに多くの中国産米流入の可能性があり、日本農家の脅威となっている。
1.3 外国農産物の影響と国内農業の今後の対応
日本における従来の農産物の流通経路を簡単に表すと、順に産地、卸売市場、中卸市場、
小売店、消費者となっている。ところが最近では大量仕入れによるディスカウント販売を
行う販売店や徹底したコスト削減により安価な食品を提供する外食産業が台頭し、流通マ
ージンの削減が進み、流通経路にも変化がおきている。国内的には卸売市場を経由せずに
直接産地と契約を結ぶ中卸業者の増加による旧来の流通形態の揺らぎがみられる。また、
6
対外的には産地の豊作・凶作に関わらず食料を安定的に供給したいという企業の思惑によ
り、作物の端境期(市場に出回る野菜や果物の種類が入れ替わる時期のこと) や凶作時の品
不足に対応するため輸入してでも代替品を探す必要がある。そのため仕入先が徐々に海外
へと移行していく傾向がみられる。つまり安くて品質のよい農産物や加工品を海外に求め
る流通形態へと変化しているわけである。この傾向を見てもわかるように、中国農産物の
対日輸出の傾向が日中関係にとどまるものではない。外国産農産物が日本へと流入し国内
農業の脅威となっている傾向は一般化することができる。端境期の農産物確保を例に挙げ
ると、南半球において野菜生産を行い日本へ逆輸入するといったことや、生鮮品・加工品
などの東南アジア地域からの輸入などが行われている。
現時点において既に外国農産物の日本農業への影響は多大であり脅威になっているが、
今後途上国における技術向上やインフラの整備、品質の向上が達成されればその脅威はよ
りいっそう大きなものとなるだろう。このような状況下において、日本農業は如何にして
生き残っていくべきだろうか。国内産地対応のポイントは以下にあげられる。
消費者の視点としては、一般的には安価な農産物は魅力的である。しかし一方で、安全
性や、ブランド、健康への志向の高まりもみられる。大別して安価な農産物を選ぶ層と多
少高価でも付加価値を求める層が考えられる。そこで、生産者側としては後者の層を取り
込んでいくことが求められる。外国産に比べ消費者に近い生産者としての立場を活かすべ
きである。当然、安全性やブランド化といった形で評価を得るというのが最も一般的な方
法になる。それには篤農家(熱心で研究心に富んだ農業家)経営の地域化や農業に携わる人
材・機関の育成も必要となる。また味や品質の高度化した消費動向に対応した環境作りも
必要であろう。最近のトレンドでいえば、ユニクロによる高級野菜の販売があげられる。
また、健康志向の高まりに対するオーガニック野菜の生産や、最近開発の進む薬用の米生
産等も環境作りの一役を担うだろう。当然ではあるが、外国産農産物に対してデメリット
になっている国内産農産物の価格を下げていく努力も、生産者側に求められる大きな目標
である。
1.4 おわりに
以上考察してきたように、日本農業は外国農業の脅威と背中合わせである。日本の食料
事情は世界の食糧事情に左右されやすい状況を国民全体が把握し、日本の「農」を見直し、
確保していく必要がある。日本の伝統的な食文化を継承していくためにも、西洋化した、
あるいは多様化した現代の食生活及び、食のレベルを維持していくためにも、日本の農業
の問題は楽観視できない状況にあることを認識し、危機感を持つべきである。国内農業の
持続の面においても、食糧安全保障の面においても、外国産農産物と国内産農産物の棲み
7
分けや共存が求められる。
補論 長期的な視野~中国農業が衰退するケース~
今までの議論では外国農産物が国内に大量に流入してくることに対する脅威について述
べてきたが、実はもうひとつの議論が存在する。
「1.1 中国農業の概況」のはじめに触れた、
中国農業が衰退するケースと関わる議論である。その議論とは長期的な視野に立ったもの
であり、2030 年に中国が農産物、特に穀物の輸入大国になるというものである。このテー
マは 1994 年にレスター・ブラウン氏が「誰が中国を養うか」という論文を発表したことに
端を発し、世界中で話題になったテーマである。
中国の人口予測として 2030 年には約 16 億人になるといわれている。この莫大な人口を
養っていくだけでも食料が大量に必要なのはいうまでもない。ところが、急速な経済成長
は所得を上昇させ、食生活の多様化を促す。牛や豚といった動物性たんぱく質の需要の高
まりは、飼料穀物の大量消費という形で穀物需要を拡大し、酒類をはじめとした製品の消
費も同様に穀物需要を拡大する。また、「緑の革命」成功後は特に方策がなかったため単位
面積あたりの収穫量は頭
打ちとなり、農地転用の
_表 四大食物生産大国における穀物収支
影響で農地そのものが減
(単位:100 万トン)
少傾向にある。さらに、
国
耕作可能地域は東部沿岸
年
アメリカ
穀物生産
穀物消費
収支
1990
290
214
76
2030
377
295
82
1990
329
335
-6
2030
263
479
-216
1990
158
158
0
2030
222
267
-45
1990
182
219
-37
2030
237
262
-25
部にほぼ限定されるため
新たな農地開墾可能性も
低い。以上のような要因
中国
が中国の食料事情を圧迫
し、穀物をはじめとした
インド
農産物輸入大国へと中国
を導き、穀物を中心とし
た世界の農産物市場を圧
旧ソ連
迫するというわけである。
(右表参照)。数値予測と
してはいろいろな議論が
_ 出典:レスター・R・ブラウン著『飢餓の世紀』ダイヤモンド社 1995 年
あるが、年間 2~4 億トンの輸入になるといわれる。2 億トンでも 1993 年の世界全体の穀物
輸出量に匹敵し、いかに脅威になるかがわかる。これに対し中国政府は、2030 年に人口の
ピークを 15 億人で迎えるが、農地拡大、生産性向上、流通革命などの手段で 95%の穀物
自給率を確保するとして反論している。しかし、先にも述べたように農地拡大には限界が
あり、生産性向上においても深刻な水不足という問題が立ちはだかり、中国政府の反論は
8
現実的ではない。日本の立場としては、最近では 40%という先進国中最低水準のカロリー
ベースの食料自給率であるため、影響をまともに受けることは必至である。
この傾向は中国に限ったことではない。現在途上国といわれている国々の今後の動向を
予測してみよう。発展段階で大幅な人口増加が見られるのは確実だろう。また生活水準の
向上によるエネルギー消費量の大幅増加も確実である。環境的に限定される農地利用可能
な土地面積の問題や、食生活の変化による畜産需要増加に伴う穀物需要の増加、さらには
生産性向上の前に立ちはだかる水問題の発生も必至といえる。このような動向から今後中
国・東南アジアを中心とした地域での食糧不足が誘発されるだろう。また、アフリカ諸国
の絶対的な食糧不足も国際的な食糧事情を圧迫するだろう。
では、日本の農家はこのような事態に備えてどのように対応していくべきだろうか。そ
れには当然長期的な安全保障の必要性があるだろう。一番には日本の食料自給率の改善が
なされるべきであり、日本政府も食料自給率を目下 45%まで上げようとしているが、それ
でも依然として半分以上は輸入に依存する。それ以前にこの方法は短期的には非現実的で
あり、日本の食糧事情が破綻する寸前の最終的で究極的な解決策に止まるといわざるをえ
ない。そこで当面の問題は、輸入に依存する 60%分を安全かつ確実に長期的視野で確保す
ることになる。それには途上国の食糧増産のための支援と努力を惜しまず行うこと、先進
国の食生活の改善、現在アフリカで行われている食糧供給早期警戒システムのアジアにお
ける実施が求められる。食糧供給早期警戒システムとは、先進国が途上国の穀物供給量を
早期に予測することにより、不足分の調達を先進国が積極的に行っていくものである。
参考文献
南亮進、牧野文夫『中国経済入門』日本評論社 2001
財団法人自治体国際化協会(北京事務所) http://www.clair.or.jp/
鈴木康司「輸入野菜と国内産地の対応」
『ハーベスト』創刊号 2001
レスター・ブラウン『誰が中国を養うか』ダイヤモンド社 1994
農林水産省ホームページ http://www.maff.go.jp/
9
第 2 章 米 輸入米による国産米への影響
仲田拓史
消費の減退や豊作続きにより慢性的な米余りが続く中、ブランド米であるコシヒカリも
米価が低迷し、日本の米市場は厳しい状況に置かれている。さらには、長引く不況でかつ
てのブランド米志向から消費者が「安く
て値ごろ感のある」商品へ切り替え、中
図1.
■米の一人当たり年間消費量
国・米国などの外国産米が流入してきた
120
こともあり、厳しさを増すばかりである。
100
今後、日本の農業を維持できるかどうか
消費量()
112
88
75
80
は、これからの農業後継者、さらには、
68
64
平成7
平成13
60
日本の農業にとって重要な問題である。
40
しかし、この状況を打破するために輸入
20
米を廃止することは、日本という国全体
0
昭和40
として考えると難しく、輸入米と国産米
昭和50
昭和60
□資料:食糧庁「米の消費動向調査」
の共存という形をとらざるを得ないので
はないだろうか。現時点において多少の
調整はできているかもしれないが、今のままでは、この先も共存していくことが危ぶまれ
る。中国やアメリカなどの国々は、日本産品種米の研究も進めており、生産性も高め、日
本への輸出拡大を望んでいる。この安くておいしい輸入米が大量に輸入され、好まれるよ
うになると、やがて国産米の価格は暴落し、日本の米市場は崩壊してしまうだろう。そう
なると、米作りをしようとする者はいなくなり、自給率はさらに低下していくだろう。日
本の食糧安全保障のためにも、関税の問題も考え、輸入米と国産米の理想的な共存を模索
していく。その上で、国産米と輸入米がどのような状況にあるのかを流通制度を通じて見
ていき、輸入米による国産米への影響を示し、ミニマム・アクセス制度や日本の米市場な
どがどう改善されるべきかを論じていきたい。
10
2.1 ミニマム・アクセスとは
1993 年のウルグアイ・ラウンド農業合意により、それまでほとんど輸入のなかった品目
は、輸入自由化の理念の下、最低限の輸入機会を提供することになった。これをミニマム・
アクセスと言う。日本の場合、米が該当し、「ミニマム・アクセス米」と呼ばれる。日本
政府は、このウルグアイ・ラウンド交渉において、米の関税化回避の特例措置として、1995
年度に国内消費量の 4%を最低輸入量として輸入し、その輸入量を毎年 0.8%ずつ拡大して
6 年目の 2000 年には 8%をミニマム・アクセスとすることで合意した。なお、この際の国
内消費量は、1986 年から 1988 年を基準年とした。日本はミニマム・アクセス以外の輸入
を拒む「関税化の特例措置」を選んだため、ミニマム・アクセス枠が加重された。この措
置は日本の米関税化を受け入れた 99 年 4 月まで続き、2000 年以降は毎年の輸入量は基準
年ベースで 7.2%(76 万 7000 トン)に固定された。ミニマム・アクセス以外の輸入は 490%
の高関税を適用しているため現実には輸入が困難である。ただし、ミニマム・アクセスの
比率を計算する際の分母になる国内消費量が現状ではなく 80 年代後半に置かれているた
め、ミニマム・アクセスによって輸入された米の存在は重くなっている。この理由として、
80 年代に比べ ■ミニマム・アクセス(国内消費量に占める割合、数量)の推移 表
国 内 の 米 の 作 1.
付面積や生産
上段:割合(%),下段:数量(玄米万トン)
量、消費量が 減 少 傾 向 に あ 我が国のミニマム・アクセス数量
る と い う こ と (99 年 4 月関税措置へ切換え)
が挙げられる。 (参考)
こうした事情
特例措置を継続していた場合
1995
1996
1997
1998
1999
2000
4
4.8
5.6
6.4
6.8
7.2
42.6
51.1
59.6
68.1
72.4
76.7
4
4.8
5.6
6.4
7.2
8
42.6
51.1
59.6
68.1
76.7
85.2
もあり、政府
は生産者に影響を与えないよう、ミニマム・アクセス米を加工用や海外の援助などに活用
している。2000 年度までに輸入されたミニマム・アクセス米 371 万トンのうち主食用は約
1 割の 36 万トンで、7 割近くは加工用(139 万トン)と援助用(122 万トン)
、残り 75 万
トンは備蓄用として倉庫に眠る。倉庫の保管費は年間 1 トン当たり約 1 万 1000 円であり、
単純計算すると年間約 100 億円が必要となる。新多角的貿易交渉(新ラウンド)後にミニ
マム・アクセス米の輸入が拡大された場合、国内生産者への影響だけでなく、倉庫で保管
する量が増え、財政的な負担が重くなる可能性が高い。
先に述べたように、このミニマム・アクセス数量の米は国が一元輸入し、それを超える
輸入については高関税を適用することで総合的に管理している。ミニマム・アクセスで輸
11
入される米は、食糧法に基づいて政府が輸入し、国内産米の価格や流通に混乱を生じない
ように備蓄や売渡が行われていく。この際の売買差益(マークアップ:輸入価格と国内流
通価格の差額)は、備蓄の経費に充てられていく。マークアップは国内価格体系に極力影
響を及ぼさないよう最大限の水準が確保できるようにすることとしている。現在、このマ
ークアップは 1 キログラム当たりの輸入価格に最高 292 円を上乗せすることになっている。
なお、ミニマム・アクセス米は国家貿易によって輸入されるが、国家貿易だからといっ
て国が輸入業務を直接に行うわけではなく、国が定める条件を満たす業者(政府指定輸入
業者)が国の委託を受けて輸入業務を行う。そして、ミニマム・アクセス米の買い受けは、
入札方式によって行われる。入札というシステムは、一般的には、高い価値をつけた者が
買い受ける権利を持つが、ミニマム・アクセス米の入札には、「一般入札方式」と「売買
同時入札方式(SBS 方式)
」という二種類の入札方式がある。
前者の一般入札方式では、国別の米の輸入数量割当の枠の中で、指定輸入業者が入札し、
最高値をつけた業者が落札する。業者は利益を上乗せした価格で国に売渡す。国は買い受
けた米を国内の卸売業者(買手)に売渡すことになるが、卸売業者への売渡し価格(政府
売渡価格)は、政府が米価審議会に諮問し、米価審議会の審議を経て答申される。しかし、
政府の諮問価格が変更されることは皆無である。審議の際、マークアップの上限の範囲内
での適用額が決められることになっている。この一般入札米は、国内での買い手が決まっ
ていない場合が多く、それが国の在庫となり、過剰米を生み出す直接の大きな原因となる。
後者の売買同時入札方式(SBS 方式)の場合は、入札の時点で国内での買手(卸売業者)
がすでに決まっている。この売買同時入札方式では、指定輸入業者が販売価格を、卸売業
者が買い入れ価格を同時に入札して、その売買価格差の大きい順に落札していく。この売
買差額は国庫に入り、米の備蓄経費に充てられる。このように、SBS 方式は、売り手(輸
入業者)は国に売った形をとったことにし、国はそれを買手(卸売業者)に売却した形を
とるという「国家貿易」の形式をとっている。しかし、実態は、輸入米は国家の手には入
らず、輸入業者から卸売業者に直接に売り渡されるので、民間貿易に限りなく近い方式で
ある。売値・買値が同時入札されるときは、輸入業者と卸売業者の間で数量や価格が談合
の上で買い付けられるとみなされている。この SBS 方式の売り手にとっての利点は、卸売
業者が入札をする時点で、国内での販売先(最終消費先)を確保しており、輸入された米
がほぼ確実に流通・消費されると考えられる点にある。実際には外食産業などが卸売業者
に事前に発注することによって、この SBS 方式が機能している。このように SBS 方式は輸
入数量、価格などの決定が、国の手を離れて、実質的に民間(輸入業者・卸売業者・外食
産業など)に委ねられ、この方式によって、米の需要者たちが輸入米を安く、確実に入手
できるようになっている。さらに、輸入先(国・産地)や銘柄等について民間の判断と責
任で輸入でき、その用途も選択しうる。ミニマム・アクセスの多くは加工や援助用だが、
商社や卸売業者が需要に応じて輸入する売買同時入札制度(SBS)枠を含んでおり、SBS 米
は主に主食用として外食産業に回っている。SBS で輸入するものは、国産米との適応性が
12
高く、米国産の一部を除いては国産米とブレンドして業務用に販売している。SBS 輸入量
は、第 1 年度(1996 年)は 5,000 トン、第 2 年度は 1 万トンで、第 3 年度以降は 2 年間の
結果を踏まえて決定するとされていたが、おおよその目途としては、第 3 年度はミニマム・
アクセス数量の 4%相当、第 6 年度は 10%相当と計画されていた。しかし、SBS 米の
輸入量は当初の計画をはるかに上回っており、
表
近年、12 万トンに達している。この 12 万トンと ■SBS 米数量の推移
2.
いう量はそれほど多いとは言えないかもしれない
が、食管法時代では年間輸入量が最大でも 5 万ト
単位:万トン
1995 1996 1997 1998 1999 2000
ン程度(大凶作の時は例外)で、沖縄の泡盛の原 SBS 米数量 1.1 2.2 5.5 12 12 12
料やせんべいなどの菓子の原料に当てられ、主食 □資料:食糧庁「SBS 落札結果」から作成
用には全く使用されていなかった。これが現在で
は、12 万トンという量に加え、SBS 米の大半を外食産業で消費している。この SBS 米の拡
大が、日本の米市場にどう影響を与えるか見ていきたいと思う。
2.2 ミニマム・アクセス米が米市場へどのような影響を及ぼしているか
ミニマム・アクセス米の輸入に当たって、国産米の価格・需給に影響を与えないよう、
加工用中心の輸入・販売を行うなどの措置を講じているとされているが、果たして本当に
影響を与えていないのだろうか。ミニマム・アクセス米は心理的影響にとどまり、生産調
整の数量・国産米の価格には影響を与えないとされている中で、77 万トンの輸入米の存在
が、生産・流通・消費に影響しないのかどうかを見ていく。
95 年度から 2000 年度の 6 年間に輸入されたミニマム・アクセス米の量は 371 万トンで、
内訳は主食用 36 万トン、加工用 139 万トン、援助用 122 万トン、在庫 75 万トンとなって
いる。すなわち、6 年間で国内に流通したのは、175 万トンで年平均 29 万トンとなる。こ
れは、石川・福井両県の合計生産量を上回り、岐阜県と三重県の合計生産量に匹敵する量
である。米 1 ㎏当りの価格を 94 年の輸入米と国際比較すると、日本の米価はタイ米の 7
倍、カリフォルニア米の 2.7 倍であり、平均して 1 ㎏当りおよそ 200 円高い。これだけの
量が 流通し ており、 価格
■国産米平均価格の推移 図2.
(円/60)
21,367
21,500
20,500
20,204
国内 産米が それらと 比較
19,806
されるのは避けられない。
19,500
18,500
17,500
16,500
が低位に推移していれば、
国産米の平均価格が 1995
18,508
年度 60 キロ 20,204 円で
17,625
16,904
16,084
16,274 16,157
あ っ た も の が 2000 年 度
15,500
94年産 95年産 96年産 97年産 98年産 99年産 00年産
13 01年産 02年産
第1 第15回入札平均
□資料:食糧庁貿易業務課、自主米価格形成センター
■SBS 米平均価格
単
位
:,
円
/
60
㎏ 16,084 円になった背景には、このミニマ
ム・アクセス米価格の影響があるという
表 3.
1998 年度 1999 年度 2000 年度 2001 年度
見方がある。しかし、ミニマム・アクセ
中国
14,130
14,976
14,682
15,234
ス数量は国内消費量の 1 割未満であり、
アメリカ
16,566
16,500
15,540
15,720
ここまで米価格に影響を及ぼすだろうか。
となれば、国産米の平均価格が低下した
オーストラリ
ア
15,468
18,072
15,906
15,966
もう一つの要因は、やはり消費者の食生
活の変化による米需要の減少であると思
□各年度のSBS米入札の結果表から算出。
われる。需要が減り、供給量が増えると
いう経済においては、当然価格は低下していくだろう。また、先に述べたように、近年の
SBS 米の輸入量は 12 万トンを維持しているが、これは国内で見れば島根県や宮崎県 1 県の
生産量に匹敵する量である。このうちの過半数を占める中国産米の価格が、国内の米の相
対取引上で影響を与えないはずない。中国産米の平均価格は 60 キロ 14,130 円(1998 年度)
14,682 円(2000 年度)と、かなりの低価格である。参考までに、関税抜きで計算すると、
60 キロ当り 5,760 円(2002 年度)である。過去の SBS 価格では 60 キロ 6000 円を割ってい
ることもあり、相場によっては関税を上乗せしてもさらに外国産米価格が国産米価格を下
回る状況もあるといえる。この SBS 米がすべて主食用に使われたとしたら、これはまさに
日本に米主産県が一つ増えることになる。また、主食用に回った分を国産米から加工に仕
向けるといっても、それは国産の加工用米に影響を与えるのは明らかである。
2.3 ミニマム・アクセス制度の改善案
このように、食生活の変化による需要減少とミニマム・アクセスの増加によって、国産
米価格は下落し、日本の米農業は破滅の方向へと向かっている。輸入米が及ぼす国産米へ
の影響、日本の米市場への影響は大きく、適切な対処が求められている。輸入米との共存
を目指していくならば、このミニマム・アクセス米の影響を最小限にすること、つまりは、
ミニマム・アクセス数量の削減を目指すべきであり、ミニマム・アクセス制度が改善され
るべきだということが言える。我が国は、国内消費量減少の中で米のミニマム・アクセス
輸入量が拡大していることに加え、価格の著しい低下の中で生産調整目標面積を拡大して
いるという現状にある。一方で、一定量のミニマム・アクセス米を輸入しなければならな
いという矛盾は、何としてでも改められる必要がある。1999 年に関税化の特例措置を関税
措置に切り換えたにもかかわらず、当初から関税化した場合よりも加重されたアクセス数
量を、これからも提供し続けることは過重なことであり、公平性を欠くといえる。これら
の問題を改善するため、市場アクセスに関する提案の中で、現在のミニマム・アクセス制
14
度についての問題点を指摘し、改善案を打ち出していく。
現行のミニマム・アクセス数量は国内消費量をもとに基準としているが、その基準につ
いて「最新の消費量を勘案して見直す」ことで改善を求められる。国内消費量の基準年を、
1986 年から 88 年ではなく、96 年から 98 年を基準とすれば、消費量は 8%程度減少するこ
とになる。基準年を最新の消費量とすれば、ミニマム・アクセス米の輸入量は減少するこ
とになる。また、特例措置を適用した品目では、後に関税化したにもかかわらず、それま
で加重されていたアクセス数量が継続されるという問題がある。関税化を選択した場合の
ミニマム・アクセス数量は、2000 年までに 5%にまで拡大することになっていた。しかし、
日本の米は当初、特例措置を選択し 99 年 4 月に関税措置に切り換えたため、特例措置選
択の代償としての影響から、7.2%となっている。仮に 5%であれば、現在より輸入量は 23.5
万トン少なくてすむことになる。この提案は、このような加重されたアクセス数量を今後
も提供し続けることは、数年関税化が遅れたからという理由で課される代償措置としては、
極めて重く、公平性を欠くものである。しかし、そもそも関税化を選択した場合は、ウル
グアイ・ラウンド合意の実施期間中に 3%
5%までの増加率となっていた。つまり、関税
化を選択した場合は、最大でもミニマム・アクセス輸入量は 5%どまりとなる。つまり、2
点目の提案は、これを基本ルールとして、関税化への切り換えにともなう上乗せ部分はな
くすべきである。これによってもミニマム・アクセス輸入量は削減される。
2.4 輸入米と国産米の棲み分け
一方、加工用需要の半分を輸入米で充当していることが、加工業者の仕入れコストの低
下に貢献しているとしてミニマム・アクセス米の評価をしている。つまり、輸入米を使う
ことで加工品を低価格で供給できるということは、国産米を使ったときに比べ、かなりの
コスト低下になることから、ある程度のミニマム・アクセス米は必要とされているという
ことが分かる。
しかし、すべてにおいて、輸入米と戦い、国産米で賄おうとするのではなく、住み分け
をすることが重要である。ミニマム・アクセス米に対応できるような低価格の国産米を作
ることは、米生産者にとっては難しく、太刀打ちできないのである。つまり、高品質な国
産米を活かせる部門では国産米を使い、質は良くないが低価格で補えるところは輸入米を
使っていくということである。例えば、ミニマム・アクセス米を加工用に充てることで、
米を使った加工品(せんべい等)を安く作れることが挙げられる。これは、仕入れコスト
が低い分、消費者にとっても生産者にとっても喜ばしい。しかし、このミニマム・アクセ
ス米の影響によって国産米価格は低下すると、生産者にとっては不利益となる。当然、米
15
作りをしようとする人は減少し、供給量が減少する。すると、価格は上昇し、消費者の購
買力が低下する。また、国産米で加工品(せんべい等)を作ったとき、仕入れコストが高
い分だけ利潤が減ってしまい、生産者にとっては不利益である。
以上のように、生産者と消費者のどちらも損をせず得をえることは難しく、生産者の利
益に適うようにするためには生産構造の改革が必要になる。要するに、輸入米の影響を受
けて国産米価格が低下するのではなく、生産性を向上させることで、国産米で低価格のも
のを作れるような環境にしていく。生産構造の改革、すなわち、大規模農業を始めるにあ
たって、一時的なダメージは出るかもしれないが、長期的に見れば、低価格で国産米が供
給でき、結果として輸入米が必要分しか入ってこなくなるので、損失は少ないはずではな
いだろうか。また、この大規模農業によって、価格競争力のある国産米の育成を図れれば、
輸入米にも太刀打ちでき、輸入米による影響を抑えることができるのではないだろうか。
2.5 大規模農業による国際競争力
今後、海外でも品質の良い米の栽培が普及されるようになってくると、国産米の品質競
争力の優越がなくなり、価格競争のみとなった時、現状のままでは、価格競争力において、
国産米は勝ち目がない。タイの低所得労働による低米価と競争するのはとても無理である。
規模の小さい農業をやっていて、しかも、賃金水準の高い国々の米作りでも同じ状況であ
ろう。日本における米の生産性は極めて低く、これは、アメリカ等と比較すれば、耕地が
細分され経営規模が小さく、資本等の投資効率が極めて低くなっていることが大きな原因
である。こうした中で、所得形成力の乏しい農業の担い手は急速に減少している。
この打開策として、構造改革、すなわち、大規模農業を確立していく必要がある。米農
業
図
3
.
の効率化を図り、内外価格差を是正していくことが必要であり、そのためには、大規模
農業を目指し、コストダウン
を図り、生産性を上げること
が不可欠となる。我が国の稲
作は、機械化や圃場整備の進
展などにより、投下労働量が
減少し、単位当たり収穫量が
拡大するなど、生産性が大き
く向上してきた。特に、労働
力や農業機械を集約的に活用
する事で効率的なコストダウ
16
ンを図れる大規模層(5ha 以上層)農家の生産性向上は著しく、近年のデータでは、小
規模層(0.3ha 未満層)農家の 6 割のコストで生産可能なことが明らかになっている。
これに対して、作付面積が小さいために保有する機械の能力をフルに発揮することので
きない小規模農家では、中核になる農家に農地利用を集積し、集団で生産するなど、各
地で経営の効率化を図る試みを開始している。この他にも、コスト低減の具体策として
は、作業の共同化による生産性の向上、土壌の改良、機械・肥料・農薬のコスト削減や
借地料・金利の減少などがある。全国で水田が 271 万 ha(94 年)あるが、これらの効率
経営を行えば、100 万 ha の水田で必要量の米が生産可能となる。そして、大規模化のメ
リットにより、玄米 60 ㎏当りの生産コストを大幅に減少することができる。このよう
に、農業の効率化を図るためには、20ha の水田を 1 つの圃場にまとめることが必要とな
る。圃場整備を進めていけば、余剰土地の流動化を促進して、土地の有効利用にもつな
がる。この米の大規模経営による生産体制を確立していければ、かなりの生産性の向上
が図れ、国産米が品質競争力だけでなく、価格競争力も持つようになるはずである。
2.6 関税率引き下げ交渉への対応
ところで、関税化を受け入れたことは、関税化の理念である関税自由化を受け入れたこ
とを意味する。関税を引き上げてくれという交渉はもちろん不可能、下げていく交渉だけ
が交渉事項となり、その行き着く先は、関税率 0%の完全自由化となる。仮に、完全自由
化となった時、大規模農業による価格競争力を持った国産米は、果たして本当に輸入米に
太刀打ちできるのだろうか。
関税化に切り替わった 1999 年度の関税の額は 1 ㎏当り 351.17 円であった。この関税額
は 1986 年から 88 年を基準に政府が試算した 1 ㎏当り 402 円に対し、毎年 2.5%(1 ㎏当り
約 10 円)ずつ減少し、現在、日本の米に対する関税は 1 ㎏当り 341 円になっている。尚、
関税化の方法には、従量税と従価税があり、従価税は価格に対し%で示されるのに対して、
日本が選択した従量税というのは、品質や市場価格がどうであれ、1 ㎏当り何円、という
ように、価格に関係なく輸入された量だけをみて課税するというものである。従量税は、
従価税に直して考えると、安い米に対しては高関税率になるし、高い米に対しては低関税
率になるという関係がある。輸入した米にかけられている 1 ㎏当り一律 341 円という関税
額は、関税率に換算すれば 400
500%に相当する。しかし、昨年の輸入米平均価格が 1 キ
ロ 43 円であったことは、341 円の関税は関税率相当に換算すると、793%にも及んでいた。
これは、非常に高い関税率であり、この関税を乗り越えて米が輸入されることはないだろ
う。しかし、この関税が毎年 2.5%引き下げられていくとなると、近い将来、この関税の
壁を越えて外国の良質米が輸入されてくることも考えられる。外国産でも国産米と同様の
17
品質のものが生産でき、かつ生産コストも低いとなれば、1 ㎏当り 341 円を払っても国産
米と競争できるものがあるかもしれない。例えば、400
るとなれば、関税率は 220
500%相当の関税が 45%削減され
275%に大幅に下がる。これは、全国農業協同組合中央会(全
中)の試算によれば、米国産米は 1 ㎏ 296 円、中国産米は 283 円となり、国産米の平均出
荷価格 299 円とほとんど差がなくなる。これだけ価格が下がれば外国産米の消費が増え、
国内コメ農家は大きな打撃を受ける恐れがある。関税の大幅引き下げに加え、ミニマム・
アクセスも拡大されるとなると、コメ離れが進む中でその影響は計り知れない。
つまり、問題は、関税をある程度下げても、国際価格にその関税を加えれば日本の国内
価格よりも十分高額な水準に抑えることが必要だと思われる。米農業を守れるぎりぎりの
関税率はどの程度かをよく検討し、譲れるところは譲る姿勢を示すべきである。消費者の
多くは米を購入する時、価格もさることながら、品質と安全で選んでいるのではないだろ
うか。そのために、おいしくて安心できる米作りに農家はさらに努力していくことが必要
であろう。
2.7 おわりに
WTO に全面的に反対しているわけではないが、食糧安全保障のため、ミニマム・アクセ
スの増加はやはり阻止するべきである。そのためには、ミニマム・アクセス制度の改善、
そして、ミニマム・アクセス米に勝てる国産米の生産体制の育成が必要である。この大規
模農業によって、ある程度の価格競争力を持つことができるが、やはり、土地利用型農業
の日本には限界があり、生産性が高く、低賃金の国々の低米価に勝つことは難しい。とな
ると、先に述べたように、完全自由化は阻止するべきであり、米農業を守れるだけの関税
率を保つことが必要になる。そして、ある程度の価格競争力を持つと同時に、安全性・信
頼度・ブランド力といった、品質競争力のさらなる向上を目指していくことで、輸入米に
も太刀打ちできるのではないだろうか。そうすれば、輸入米は必要分だけしか輸入されず、
国産米と輸入米の共存を実現できるのではないだろうか。そして、日本の農業にとって問
題である農業後継者についても、未来が明るければ、当面の農業生産が厳しい状態でも切
り抜けることができ、後継者も出てくるだろう。
参考文献
河相一成 『恐るべき「輸入米」戦略』 合同出版,2000 年
日本農業研究所 『食糧法システムと農協』 農林統計協会,2000 年
綿谷赳夫 『コメをめぐる国際自由化交渉』 農林統計協会,2001 年
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食糧庁 HP http://www.syokuryo.maff.go.jp/
まとめ
日本の農業は衰退する傾向にあるという。食料の安全保障は非常に大きなテーマであり、
また、日本の農業を持続させる必要性も高い。明らかに現状を放置しておくわけにはいか
ないわけである。では、国としての農業に関する取り組みは今後、如何になされていくべ
きだろうか。
まず、消費者サイドの国内産農産物に対する支持を、生産者サイドが如何にして獲得し
ていくかという問題がある。この問題に対しては、新鮮で味のよいブランド農産物の供給
が有効だろう。具体的には、生産者が消費者と相互に情報交換を行い、日本ならではの食
文化や地産地消の取り組みを重視した上で、新鮮で味のよい農産物の供給というブランド
戦略を産地毎に行う。そうすることでブランド農産物の供給体制を確立していこうという
わけである。また、生産・流通を通じた高コスト構造の是正も安価な外国産農産物に対抗
するには必要である。生産技術の開発・向上によるコスト削減、規格の簡素化や流通の多
様化、取引の電子化などによる効率的な流通システムの確立によるコスト削減を狙うわけ
である。さらに、消費者ニーズを踏まえた品種育成等の技術開発や、日本の農産物の安全
性を訴えていくことも重要となろう。
次に日本農業の構造改革についてはどうだろうか。まず、日本の農業就労者の高齢化と
減少傾向は深刻である。ここでは農業をビジネスチャンスとしてアピールしていくことが
もとめられる。つまり、日本農業を担う若い人材の確保である。農村人口のみならず U タ
ーンや新規参入者などを含んだ人材を対象に、研修、資金調達、農地確保などの政策が必
要となる。また、主食である米に関する政策の転換ももとめられる。これは効果的な需給
調整体制の確立等を目標とする。米の生産調整や流通の見直しの検討を深め、経営所得安
定対策をはじめ水田農業に関する施策のあり方を総合的に判断しなければならない。つま
り米などの水田農業の構造改革の加速である。
以上のようにして国内農業の振興を行っていくことは、食料安全保障の面においても、
国内農業の持続のためにも、今後不可欠であろう。その上で必要な分量の外国農産物は輸
入し、国内産でまかなっていく範囲の確保もしていかなければならない。いわゆる外国産
農産物と国内農産物の共存・棲み分けである。言い換えれば、日本農業の存在をベースに
外国産を有効利用していこうというわけである。
今後の日本農業はどのような方向に進むのであろうか。現在はなんとかなっている農業
問題、食料の問題であるが、いつか危機に気付く時がくるだろう。手遅れにならないため
にも国民全体の早期の認識がもとめられる。
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