フランスの社会党と環境派政党、原子力政策について 苦肉の妥協

フランスの社会党と環境派政党、原子力政策について
苦肉の妥協
渡辺 一敏(翻訳家)
フランスで来年の春に予定される大統領
実。極右系候補者が中道右派ないし中道左
選挙と下院(国民議会)選挙に向けて、左
派の候補と一騎打ちを演じる可能性もある
派系野党陣営が脱原子力をめぐり分裂して
が、その場合でも、極右候補が最終的に当
いることは前回(11月)すでにお伝えした
選することは考えられない。
が、その後社会党と環境派政党 EELV(欧
大統領選挙の直後には下院選挙が行われ
州エコロジー・緑の党)の対立はいっそう
るが、大統領選選挙で勝利した陣営が勢い
深まり、いったんは決裂寸前までエスカ
に乗って勝利するのが通例であり、オラン
レートした。両党は最終的に和解したもの
ド候補が予想通りに大統領に当選すれば、
の、根本的なスタンスの食い違いを内包し
下院選挙でも中道左派野党が優勢になる。
たままに選挙戦を展開することになるため、
ただし、下院で安定多数を確保するには、
いつまた衝突しないとも限らない。今後も
社会党は EELV と共闘する必要があり、ま
不安定な状況が続くとみられている。
た、EELV の側でも、社会党との選挙協定
今回は両党が結んだ合意の内容に触れた
を通じてできるだけ多くの議席を獲得した
上で、それに対するシンクタンク「モン
上で、連立与党の一角として政権に参加す
テーニュ研究所(Institut Montaigne)
」の
ることを期待している。
評価なども簡単に紹介してみたい。
従って、社会党と環境派政党 EELV の政
治的な利害は一致しているし、過去の選挙
多少前回の繰り返しになるが、来年の5
でも両党は協力しあってきた。しかし、今
月に実施される大統領選挙では最大野党で
回の選挙キャンペーンでは原子力の将来を
ある社会党のオランド候補が現職のサルコ
めぐる論議がかつてないほど注目を浴びて
ジ大統領を破って当選する可能性が強く、
いることが、両党の合意形成を極めて難し
同候補のエネルギー政策構想が注目されて
いものにしている。
いる。
原子力政策についての与野党各陣営の立
一方、環境派野党の EELV は大統領選挙
場をおおまかに整理すれば、サルコジ大統
では独自にジョリ候補を擁立するが、当選
領と現政権は福島原発事故以後も原子力を
の可能性はまずないため、決選投票ではオ
継続する方針を明確にしており、逆に
ランド候補を支持する見通し。なお、世論
EELV は完全な脱原子力を課題に掲げてい
調査での支持率をみても大統領選挙の第一
る。社会党はその中間に位置し、エネル
回投票で過半数の得票を達成する候補者は
ギーミックスに占める原子力の割合を段階
ないと思われ、保革両陣営の主要政党の候
的に減らし、それと並行して再生可能エネ
補による決選投票にもつれ込むのはほぼ確
ルギーを推進する戦略を打ち出している。
−2−
電力生産の75%以上を原子力に依存してい
停止に関する項目がいつの間にか一方的に
る現状に鑑みて、脱原子力を明確に打ち出
削除されていたことが、翌16日に AFP 通
しているのは環境派だけであり、社会党は
信などにより報じられ、EELV の猛反発と
党の公式見解として脱原子力を掲げること
不信感を招いた。この項目の削除はオラン
は控えている。環境派からすればこれが煮
ド候補の指示によるものであり、同候補は
え切らない態度とうつることが、両党の軋
16日中にテレビインタビューであらためて
轢を生んでいる。
MOX 燃料を必要な限りは製造し続けるこ
両党がまず完全な脱原子力の是非をめ
とを支持した。しかも、その裏には、原子
ぐ っ て 対 立 し、つ い で、次 世 代 原 子 炉
力企業アレバからの圧力があったことが判
EPR(欧州加圧水型炉)の建設を継続すべ
明し、物議をかもした。アレバ社は MOX
きかどうかについて衝突したことは前回に
燃料製造工場のあるマルクール原子力地区
述べた通りだが、両党は11月15日にいった
(南仏ガール県)を運営し、また、傘下企
ん合意を結ぶことに成功した。フラマンビ
業のコジェマを通じてラ・アーグ再処理工
ル原発で建設中の EPR については、建設
場(ノルマンディー地域圏・マンシュ県)
中止を要求する EELV と建設継続を支持す
を運営しており、核燃料再処理と MOX 燃
るオランド候補側が折り合えず、結局この
料製造が停止された場合には地元の雇用に
問題は合意の対象外とすることで決着した。
打撃が及ぶことを強調して、マンシュ県選
この点では中途半端な合意ではあったが、
出の下院議員を通じてオランド候補に働き
2025年までに電源ミックスに占める原子力
かけたことを認めた。
の割合を75%から50%へ引き下げること、
その後24時間にわたり両党の間で批判の
現在58基ある原子炉のうち24基を段階的に
応酬などがあり、合意の行方は混迷を極め
閉鎖すること、そのうち国内で最も古い
た。政権側がこれをオランド候補の信用度
フェッセンハイム原発は即時に閉鎖するこ
に疑念を投げかける格好の材料にしたこと
となどを申し合わせた。さらに使用済み核
はいうまでもない。なお、オランド候補は
燃料の再処理と MOX 燃料の製造を停止す
従来から優柔不断で右顧左眄が目立つなど
ることも取り決めた。
と批判されており、そうしたマイナスイ
EELV はこの合意により、全国で60の選
メージが強まった。少なくとも、この問題
挙区において社会党の協力を得ることに
について社会党が一枚岩ではないことが改
なった。
めて露呈したことは否定できない。
EELV との微妙な交渉の末に漸く成立し
ところが、この直後に事態はさらに二転
た合意の内容を社会党側が勝手に改竄した
三転する。1
5日に両党の党首が署名した合
ことはやはり暴挙というほかはなく、
意文書が社会党の執行部により承認された
EELV 側がこれを挑発と受け止めたのも無
段階で、核燃料再処理と MOX 燃料製造の
理はないが、このエピソードは原子力政策
−3−
を取り巻く利害関係の難しさを浮き彫りに
政権側の主張は目新しいものではないが、
した点でも注目される。
社会党の腰が据わらない限り、経済と雇用
社会党と EELV は結局17日に共同声明を
への影響に重点を置いた原子力擁護論は世
発して、核燃料再処理と MOX 燃料製造の
論に一定のインパクトを与え続けるだろう。
事業規模を漸進的に縮小するという一種の
折衷案を提示した。最初の合意案で定めら
さて、社会党と EELV の合意は実際には
れた電源ミックスに占める原子力の割合の
どの程度のコスト負担をもたらすのだろう
削減方針を再確認した上で、これに伴い一
か。こ れ に つ い て、シ ン ク タ ン ク「モ ン
部の原子炉に供給されている MOX 燃料の
テーニュ研究所
(Institut Montaigne)
」
がシ
生産部門の雇用を、数を減らさずに、
「放
ミュレーションを行い、その結果を11月18
射性廃棄物処理と原子炉解体の先進産業」
日付けの経済紙レ・ゼコーに発表した。こ
に振り替えることを計画。EELV のプラセ
のシミュレーションでは瀬戸際になって決
上院議員によると、ラ・アーグ(再処理)
まった MOX 燃料に関する取り決めは考慮
とマルクール(MOX 燃料製造など)の2
されていないが、上記のように、
(1)
2025
拠点は、雇用と共に維持されるが、国内原
年までに電源ミックスに占める原子力の割
発の閉鎖が進むに応じて、徐々に MOX 燃
合を75%から50%へ引き下げる、
(2)
現在
料生産等の事業の規模が縮小されるという。
58基ある原子炉のうち24基を段階的に閉鎖
する、
(3)
このうち最も古いフェッセンハ
社会党と EELV の不協和に乗じる形で、
イム原発は即時に閉鎖する、というシナリ
サルコジ大統領は同じ17日、原子力産業へ
オの経済的インパクトを検討している。
の支持を再表明し、原子力の放棄がフラン
それによると、原子力にかわる代替発電
スの産業に与えるだろう「甚大な損害」に
手段(ガス・風力・太陽など)のコストは
ついて警告を発した。大統領は特にフラン
2025年までに合計で450億ユーロに達する。
スの電力料金の低さを原子力の恩恵だと強
また、省エネ(優遇税制・省エネ建築な
調し、原子力を停止した場合には産業界は
ど)のコストと、現行の集中型発電所(原
今よりも4割高い電力料金を支払うことを
子力)から分散型発電所(風力・太陽発電
強いられると強調した。大統領はさらに、
など)への移行コストを合わせると、2025
原子力の推進は過去50年間にわたり、保革
年までに800億ユーロが必要だと推定され
の違いを超えて歴代大統領が支持してきた
る。なお、これは、2030年まで原子力を継
方針であり、この遺産を安易に無駄にして
続したと想定した場合にかかる原発の保守
はならないと主張した。また、ベルトラン
や安全性強化のコストとの比較における負
労相も、社会党と EELV の合意が実行され
担増の分だけだという。原子力産業の雇用
れば、40万の直接雇用が失われるなどと批
削減に必要な補償費や、原子力への投資削
判した。
減に伴う国際競争力の低下がもたらすコス
−4−
トなどは計算に入っていないため、こうし
べきだとする政治的意志の正否こそを問わ
た要因も考慮すると総コストはさらに増す
なければならない中で、コスト計算のみに
可能性がある。
固執するのは本末転倒というものだろう。
上記の数値だけでも合計で1250億ユーロ
そんな中で、戦闘的環境保護団体グリー
に上る費用を捻出すると想定した場合、一
ンピースの活動家数人が12月5日、ノジャ
部は電力料金の値上げにより家計や民間企
ンシュルセーヌ原発(オーブ県)とクリュ
業が負担するとしても、国が引き受ける必
アス原発(アルデッシュ県)に侵入し、保
要がある支出も膨大なものになり、その場
安体制の杜撰さを明らかにするという事件
合、債務危機対策に配慮した政府財政に関
が起きた。そもそもすでに2007年にグリー
する公約との矛盾が生じる恐れがあること
ンピースの活動家が原発に侵入した前例が
をモンテーニュ研究所は示唆している。
あり、それ以来、フランスの原発の警備は、
他方で、モンテーニュ研究所は、環境派
これを専門とする憲兵の特殊部隊が担当し
政党 EELV が従来から主張してきた完全な
ている。今回の侵入で、いまだに保安体制
脱原子力のコストについても試算した。同
には穴があることが証明されたわけで、そ
党が考案したシナリオに基づいて計算する
れ自体は不安材料だが、一種の快挙といっ
と、2030年を目途に完全な脱原子力を実行
てもよかろう。
した場合の総コストは2200億ユーロに上る
なお、フランスの原子力安全体制におい
という。これは同じシナリオについて
ては、設備・運転面のリスクを対象とする
EELV が 行 っ た い さ さ か 楽 観 的 な 試 算
「セーフティ(安全)
」と、テロなど人為的
(700億ユーロ)を大幅に上回っているが、
リスクに対応する「セキュリティ(保安)
」
産業省が9月に提示した推定額(7500億
とが区別されており、
「セーフティ(安
ユーロ)を大きく下回っている。
全)
」のほうは福島原発事故でもすっかり
おなじみになった原子力安全機関 ASN が、
各種のシミュレーションの結果にあまり
侵入防止などの「セキュリティ(保安)
」
にバラつきがあるので、何をどこまで信用
は憲兵隊が分担する仕組みとなっている。
していいのやら戸惑うところだが、脱原子
今回の事件で、憲兵隊は侵入者に犯行の意
力の本当のコストは、ドイツ、スイス、ベ
志がないことが分かっていたので手荒な対
ルギーなど周辺諸国での進行に連れて、よ
応は自粛したなどと説明しているが、果た
り具体的で正確な試算が可能になるだろう。
して本物のテロリストの侵入なら防げるの
ただし脱原子力の経済的インパクトをめ
かどうか、首をかしげざるを得ない。なお、
ぐる論議は、脱原子力を検討するそもそも
フランスでこれまでに実施された原発のス
の理由であるはずの安全性に関する考察を
トレステスト(耐性検査)では、テロ攻撃
ともすれば背景に押しやってしまう恐れが
への対策などは評価対象に含まれていない。
ある。安全性への配慮から原子力を放棄す
(パリ在住)
−5−