在日日系南米人の学校教育における 第二言語に関わる諸問題 ―米国ヒスパニック系移民の事例と比較して― 吉田 朋世 Yoshida Tomoyo <要旨> Second Language Learning and School Education of Japanese -Latin Americans Living in JapanThe research question of this investigation is to find out “What can Japanese-Latin American descendants’educational issues in Japan learn from the U.S. Hispanic education and their second language acquisition?” Also, the purpose of the study is to implement the lessons relevant to the Japanese situation. Since 1990, Japanese-Latin Americans,(Japanese Brazilians and Peruvians) have a legal right to work and live in Japan. Therefore, their long-stay and multiple entries caused some educational issues of their school children. Their living territory is expanding, so how to manage this situation can be a big challenge in this borderless society. Although there is a big difference between U.S. multiculturalism and Japan’s kinship-based society, there may have some points that we can learn from 40-year of experience in managing Hispanic education including ESL, immersion and bilingual programs and their second language acquisition study. Therefore, as a former high school teacher in Mexican-American border area, I assume that my teaching experience with Hispanic students and the applications of U.S. style second language theories and practices enable us to think and find possible applications for Japanese-Latin American descendants’educational issues in Japan. Keyword:移民(immigrant)、学校教育(school education)、在日日系南米人 (Japanese-Latin American)、第二言語教育(Second Language education)、 ヒスパニック(Hispanic) 福井大学大学院教育学研究科教科教育(英語)専攻、修士課程2年次 116 1.本研究の目的と背景 本研究の目的は、在日日系南米人の学校教育における第二言語に関わる諸問題を 米国ヒスパニック系移民の事例と比較考察することにある。それには、社会的背景、 子供と言語の関係、国家と地方自治体レベルでの外国人子女教育政策と学校教育に かかわる問題を考慮に入れる必要がある。 なお、本稿では、米国ヒスパニック系移民とは、主にメキシコ系を指し、日系南 米人はブラジル系、ペルー系日系人を指す。また、米国ヒスパニック系移民にとっ ての第二言語は英語、第二言語教育は英語教育であり、在日日系南米人に関しては、 日本語と日本語教育とする。 福井県では、鯖江市、越前市を中心にニューカマーと呼ばれる南米系外国人を街 でよく見かける。これは、1990年の「出入国管理及び難民認定法」改正により、日 系南米人2,3,4世には就労に制限の無い在留資格が与えられたことによる。当初は 単身の出稼ぎ労働者として短期間来日していた彼らは家族を伴って出稼ぎに来るよ うになった。度重なる訪日、長期滞在化、定住化が進むにつれて日系南米人子女の 教育的課題、例えば、第二言語としての日本語習得(JSL)、義務教育期間中の不 就学、退学を含む教育機会の放棄や日本の学校社会への不適応、青少年非行といっ た問題が群馬県、静岡県、愛知県、岐阜県を中心とした各地方都市へも波及した。 今までは、対岸の火事のように傍観してきた諸外国の移民問題は日本にとっても無 視出来ない状況となっている。事実、米国では1965年の公民権運動 1以来、40数年 の移民政策の歴史があり、多文化主義、言語差を考慮に入れながら移民子女への第 二言語教育、バイリンガル教育、第二言語習得理論(Second Language Acquisition:SLA) に関する実践研究が進んでいる。また、著者が米国大学院で英西バイリンガル教育 を専攻し、スペイン語と学校教育について研究した後、テキサス州公立高校の語学 教師として日頃からヒスパニック系子女に接する機会があったこともこの研究の動 機となっている。勿論、米国と日本の移民政策には、多文化主義、血統主義という 大きな違いがあり、社会的土壌が違う両国の事例を比較するのには無理があるとい うご批判があることも重々承知している。しかし、今回はあえて米国ヒスパニック 系移民の事例と在日日系南米人への学校教育における第二言語教育を比較すること 1 公民権運動=1950年代から1960年代にかけてアフリカ系米国人が公民権の適用を求めて行 った運動 117 にこだわってみたので、日本が学ぶべきことがあればそれを提言したい。 2.本研究の内容 本研究では、米国ヒスパニック系移民と在日日系南米人の社会的背景、子供と言 語の関係、国家、地方自治体レベルでの学校教育政策と現場の実態を比較考察し、 そこから得られた知見を基に学校教育における第二言語に関わる教育的提言を行う。 2.1 社会的背景 2.1.1 米国ヒスパニック系の社会的背景 調査によると、米国ヒスパニック系移民は2005年に全米マイノリティーの筆頭と なった。現在は全人口の13%を占め、2050年までには25%を上回ると予測されてい る。出身国別では、メキシコ系66%、プエルトリコ系9%、キューバ系やその他の 中南米人に大別され、カルフォルニア州とテキサス州はメキシコ系、フロリダ州は キューバ系、ニューヨーク州はプエルトリコ系の様に、出身国別に独自のコミュニ ティーが形成されている。 ヒスパニック系の主言語はスペイン語か英語である。世代、社会的階級、学歴、 男女別で特に英語の言語能力に差が出るが、一般的にはスペイン語の言語的、文化 的アイデンティティーの保持には肯定的である。彼らは、経済的、政治的自由を求 めて米国に滞在する親戚、知人を頼りに合法、非合法で就労する。米国永住を希望 し、決死の覚悟で国境のリオグランデ川を渡る移民がたえない。筆者の知人を例に 挙げ、如何にしてメキシコ系移民が米国に拠点を置こうと努力するかの過程をここ で述べる。 メキシコ人の知人は妹と一緒に留学ビザを持ってテキサス州にやって来た。彼ら は、公立短大に籍を置き、基本的には就労が難しいとされる留学生ビザでありなが らフルタイムで地元の行政機関で働き始めた。妹はすぐに米国人と結婚してグリー ンカードを取得し、兄妹は観光ビザで母親ともう一人の妹を入国させた。やがて、 母親は80歳代の男性の家にお手伝いとして働き始め、一家は母親とその男性の偽装 結婚を目論んだ。一番下の妹は不法入国のままテキサス州内の公立高校へ進学し、 118 卒業後は米国の大学の奨学金を獲得する為に、書類上はお姉さん夫婦の養子となっ て大学進学を果たすなど、知恵を絞りつつ米国に生活の拠点を移す努力をする。故 に、就労、仕送りが主な目的で来日しては母国との往復を繰り返す日系南米人の場 合とは異なる。 また、1964年のアフリカ系米国人に対する公民権運動の高揚と1970年代の政治意 識の高まりを契機として、今ではヒスパニック系移民が出身国別にコミュニティー を形成している。2004年度では①カリフォルニア州、②テキサス州、③フロリダ州、 ④ニューヨーク州、⑤イリノイ州の順でヒスパニック系の人口比率が高くなってい る。政治的、経済的にも米国内で力をつけた結果、2世、3世の中からヒスパニック コミュニティーの代表として連邦議員が既に誕生しており、米国においてヒスパニ ック系移民の勢力が拡大している。 2.1.2 在日日系南米人の社会的背景 次に、在日日系南米人の社会的背景に迫る。基本的に、日系ブラジル人はポルト ガル語、ペルー人はスペイン語が第1言語である。彼らの日本語能力は一般的に生 活言語レベル以下とされている。これは工業地域にコミュニティーを形成している 為、職場と地域を往復しながら暮らしている分には日本語能力はさほど問われない からである。子ども達に関して言及すると、公立学校で日本語指導が必要な外国人 生徒のベスト3にこれら2国の出身者が占めている。①ブラジル系(8633人)、②中 国系(4417人)、ペルー系(3279人)の順で多い。 また、1990年6月、日本の少子化対策や単純作業労働者不足を補うことを背景に 「出入国管理及び難民認定法」 2が改正され、家族を伴う合法的在留資格者が増加 した。在日日系南米人の親は下請工場、組立工場の工員として昼夜を問わず仕事に 従事している。代表的な集中地区は①愛知県豊田市、②静岡県浜松市、③群馬県太 田市、大泉町、④岐阜県大垣市などのように、自動車工場や組み立て部品工場が密 集する地域に固まって住む傾向がある。そして、近年、日本の産業停滞による低賃 金、不安定雇用、母国の経済力の低下などで滞在が長期化、もしくは日本と母国の 往復を繰り返して生活している。 2 出入国管理及び難民認定法=昭和26年制定の外国人の日本国在留に関する許可要件や手続、 在留資格制度、入国管理局の役割、不法滞在などにふれた法律。 119 2.2 子供と言語との関係 2.2.1 米国ヒスパニック系移民 著者の観察からメキシコ系ヒスパニックの子供と言語の関係は以下の4つに分類 出来る。①2世、3世のヒスパニック系米国人、②幼少時に親と米国へ移住したヒス パニック系子女、③出生時のみ母親が国境を越えた書類上のヒスパニック系米国人、 ④Border Crossing Cardを所持し、進学の為に毎日国境を渡って留学する裕福な家 庭のヒスパニック系子女、の順で説明をする。 ① 2世、3世のヒスパニック系米国人 2世,3世のヒスパニック系米国人の子供達の主言語は英語(English-dominant bilingual)で、既に米国人としてのアイデンティティーを確立している。彼らは スペイン語には否定的だが、母親、祖父母との会話にはスペイン語を使用する。何 故ならヒスパニック系の母親は低学歴の傾向があり、子供を育てることが仕事とい う保守的なカトリック教徒の伝統から、英語を学ぶ機会に乏しく自信もないので英 語を使いたがらない。また、1世の祖父母は母語と文化へのこだわりから、スペイ ン語を保持しようという気持ちがある。従って3世はスペイン語を話すことを余儀 なくされる。しかし、兄弟間、あるいは父親に対しては英語で話す傾向がある。そ れは、子供の生活拠点である学校では英語習得が必要不可欠なこと、また、父親は 米国社会で英語を駆使して働いていることから英語を話すことが可能だからである。 ② 子供の時に、親と米国に移住したヒスパニック系子女 子供の頃に親に連れられて米国に移住したヒスパニック系の子供達は、アイデン ティティーを問われると自分はメキシコ人であると回答するが、米国社会で受け入 れられるように、学校では英語を一生懸命学び、家庭ではスペイン語を話す。つま り、時と場所により英語とスペイン語を使い分けることが出来る。スペイン語訛り の英語を話す場合もあるが、一般的には英語とスペイン語の両言語を上手に操る Balanced-bilingualであることが多い。 ③ 出生時のみ母親が国境を渡り、米国籍を保持するパスポート上のヒスパニック 系米国人 出生時に母親が国境を渡り、米国籍を与えられた子供達がテキサス州のエルパソ 市などのメキシコ国境に接する地域では非常に多い。事実、著者の友人にも書類上 のヒスパニック系米国人が何人かいる。本来、これは違法であるが、米国の親戚と 連携して、法の網の目をくぐることが可能なようだ。このような子供達は、生後ま 120 もなく家族がいるメキシコへ戻り、中等教育までは受けるが、就労が出来る年齢に なると、働き口を求めて毎日国境を渡るか、米国に生活の拠点を変える。通常は Spanish-dominant bilingualで、片言の英語を話すか、スペイン語訛りが強い英語 を話す。 ④ Border Crossing Cardを所持し、進学のために毎日国境を渡って留学する裕福 な家庭のヒスパニック系子女 パスポート代わりのBorder Crossing Cardを所持し、進学の為に毎日米国側に渡 って米国の学校に通う中産階級以上のヒスパニック系子女である。彼らは、メキシ コ人としてのアイデンティティーを保持し、家庭ではスペイン語、学校では英語で 上手にコミュニケーションを図るBalanced-bilingualである。従って両言語ともき れいな発音で流暢に話せる子供達が多い。 2.2.2 在日日系南米人 文献によると、在日日系南米人の子供と言語の関係は2つに分類出来る。一方は、 第二次産業に従事する労働者階級子女で、彼らは子供の頃に日本に連れてこられた。 もう一方は、日本生まれの2世、3世である。彼らは、日本語環境で育ち、日本の学 校制度の中で教育を受けている。 ① 第二次産業に従事する労働者階級子女 南米で暮らしていた頃は、1世の祖父母と片言の日本語で会話をし、祖父母が作 った日本料理を食べて日系人のコミュニティーで育ったので、ジャポネ、ハポネス (ポルトガル語、スペイン語で「日本人」)と言われ続けたが、日本に来日してみ ると、南米文化を継承し、ポルトガル語、スペイン語を第一言語としているので 「南米人」と言われる。それ故、アイデンティティーの問題で悩む子供達が少なか らずいる。彼らは、親の仕事の都合や家庭の事情により、日本に長期滞在するか、 日本と南米を頻繁に行き来している。日本の公立学校で学んでいる子供達は学習言 語能力に課題が残り、学校内で取り出し授業などの学習支援を受けているが、やは り、ポルトガル語、スペイン語が主言語なので、日本語は生活言語能力範囲に限定 されている。また、集中地区では日系ブラジル人、ペルー人学校に通う子供達も多 く、Spanish/Portuguese-dominant bilingualである場合が多い。 ② 日本生まれの2世、3世 日本で生まれた2世、3世は、日本語環境と日本の学校制度で教育を受けるが、学 年が進むにつれて学習が遅れがちになる。つまり、両言語も学年相当レベル以下 121 (Semi-lingual:Double-limited)で、言語的、文化的にどちらの社会にも対応出 来ない場合がある。何故なら、家庭ではポルトガル語、スペイン語が主言語で、日 本語を話す機会や親が宿題を手伝うなどの日本語による支援が少ないことが原因と されている。更に、たとえ南米に行ったとしても、現地の社会で通用するだけの言 語能力が育っていない。しかし、子供達の日本語能力は親世代と比較すると高く、 親と日本社会の橋渡しの役目も担いつつあるのも事実である。しかし、SpanishPortuguese dominant bilingualの親とJapanese dominant bilingual の子供との 間でのコミュニケーションに支障が出る場合があり、この事が新たな問題となって いる。 2.3 国家、地方自治体レベルでの外国人子女への教育政策 2.3.1 国家レベルでの外国人子女への教育政策 (1)米国の場合 基本的には米国の教育政策は州レベルで行うと規定されてはいるが、これまでの 移民に対する第二言語教育の経緯は以下の通りである。 1960年代、アフリカ系米国人女性がバス内で白人に席を譲らなかった事件を契機 に公民権運動が全米各地で起こり、人種や出生にかかわらず学校教育が享受できる “Civil Rights Act of 1964”施行された。更に、1964年から1974年の「ラウ対ニ コラス」訴訟が起こり、国家レベルでのバイリンガル教育が開始された。この裁判 の焦点は、「中国系移民の子供達が英語を理解していないのに特別な配慮なしで、 子供を学校側は放置した。」と中国系の親がサンフランシスコの教育委員会を相手 取り裁判を起こして中国系の家族が勝訴したケースである。この事は、米国での外 国人の言語教育に影響を与えた。 現在、米国では、国の公用語は英語であると規定し、英語力がつくまでの、補助 的、移行的手段としての母語教育を認めた過度的バイリンガル教育を容認し、連邦 政府が補助金を捻出している。更に、2004年度から、ブッシュ大統領は、生徒の学 力向上をテストで測り、各学校の努力と成果を調査する子供の落ちこぼれを作らな い法(No Child Left Behind Act of 2001:NCLP法)が施行された。これにより、 新移民や言語的にハンデがある児童、生徒(Limited-Language Proficiency: LLP)に対して英語習得機会と学年相当の学力レベル到達を保障すると規定されて いる。しかし、現実にはその政策を疑問視する声があがっている。著者は施行1年 122 目にテキサス州の公立高校でこの法律にかかわった授業を受け持った。当時、月曜 から木曜の毎朝15分から20分程、読み方(Reading)の授業を1限目が始まる前に担 当した。学校から配布されたワークシートを毎週1枚ずつ生徒に与えて、自学自習 するシステムとなっていた。確か、月曜日から水曜日までは内容を読んで、同時に 分からない語句を調べる内容だったと思う。木曜日はその内容を要約するか、問い に答える形式のワークシートを生徒は行っていた。しかし、英語能力の有無にかか わらず、クラス全員が同じ問題を解かねばならなかったので、当然、低学年生や英 語力が乏しい子供達は、内容が理解出来なかったり、調べる語句が多すぎて時間内 に終われず戸惑っていた。 Krashenの第二言語習得理論の一つであるインプット仮説(Input Hypothesis) によると、自分の能力よりワンステップ高いもの(i+1)を学習するのが効果的と されているが、発達段階や英語力の違いを考慮しないこのワークシートをすること は、NCLP法でうたわれている「LLP児童、生徒に対しては英語習得機会と学年相当 の学力レベル到達を保障する」という目的に沿っていたかは疑問である。しかし、 少なくとも国家政策レベルで外国人子女のことを考慮している点は素直に評価した い。 (2)日本の場合 日本における国家レベルでの外国人子女への教育政策はどうであろうか。1953年 に、旧文部省は、外国人子女教育については、「教育義務ではなく、就学希望を受 け入れる義務があるのみ」と規定している。「日本人」である事を前提に公教育が 行われ、改正教育基本法、学校教育法、新学習指導要領にも外国人児童、生徒の存 在を想定していない。しかし、1992年から外国人子女を対象とした日本語教育に対 する文科省の試みが続いているのでここに紹介したい。 ①日本語教育担当者の加配配置 ②日本語の初期指導の教材開発とJSLカリキュラムの研究開発 ③日本語指導教員講習 平成15年(2003年)勧告から、 ④就学援助制度の周知の徹底 ⑤日本語指導体制の整備と受け入れの推進 ⑥不就学の実態調査への支援 ⑦外国人支援事業 2007年度からの「生活環境適応プログラム」による、 123 ⑧不就学の実態調査への支援 ⑨外国籍子女の学習を支援する専門支援員の配置 ⑩初期指導教室運営 上記の試みが日本では学校教育制度とは違う枠組みで国家レベルの対策として行 われている。 2.3.2 地方自治体レベルでの外国人子女への教育政策 (1)米国の場合 米国における外国人子女に対する第二言語教育は常に政治的議論の的となり、2 つの流れがある。 一つは、イマージョン教育、過度的バイリンガル教育推進派の“English Plus” 派(例:テキサス州)であり、もう一つは教室内での指導言語は英語とする “English Only”派(カルフォルニア州の提案227、アリゾナ州の提案203)である。 つまり、州や学校区により教育政策や方針が違う。 次に、外国人子女を支援する教員免許状取得方法も州によって若干異なるが、一 般的な取得過程をここで説明する。通常、ESLクラス、イマージョン、バイリンガ ルクラスの担当教員は専門の教員免許状の他に、学校区やESLサポート団体が主催 する研修会を修了するか、州のESL、バイリンガル教育用免許状を取得しなければ ならない。ここでは、テキサス州の取得過程を紹介する。 Texas State Board of Educator Certification によると、ESL、バイリンガル 教育専攻の学生は、大学2年次修了前に、Texas Academic Skills Program(TASP) のReading, Writing, Mathのテストにまずは合格しなければならない。単位を修得 するにあたり、バイリンガル教育専攻の場合は英語とスペイン語の語学の単位を取 得しつつTeacher training courseで多文化教育、異文化コミュニケーション、2ヶ 国語対応の教科教育法の単位を取得することになっている。専門と語学が必須で、 取得単位数は他の教育学部生より多く、教員免許取得テスト(ExCET)合格も難し い。また、ESLの教員免許は複数言語に精通する必要はないが、現実的にスペイン 語が理解できないと児童や保護者と連絡が取れないなど業務上支障が出るのでこの 分野の殆どの教員志望の学生はスペイン語を理解出来る。また、大学在学中の成績 は常に日本でいう5段階評価の3.5に相当するGPA2.5を維持し、2セメスター分 (約9ヶ月)の教育実習を経験する。そして、卒業間近のセメスターで前述のExCET に受からねばならない。晴れて合格すると、取得単位数の多さ、複数の語学に精通 124 していること、この分野の専門教員が不足していることから学校区は給料の面でも 優遇する。筆者はこのバイリンガル教育の修士課程を修了したが、大学院のクラス メートはESL、バイリンガル、Readingクラスを担当する現職教員か経験者で、日本 の大学院の様に教員の経験なしで学部から進学する修士課程の学生は殆んどいない。 テキサス州ではこれらの領域の免許状取得者が常時不足している。そこで、各学校 区側も現役教員に対して2種類の免許状取得を奨励し、教育学部出身以外の学士修 得者が教員免許状を取得する為のAlternative Certificate Programという教職課 程を地域の総合大学に設置している。 (2)日本の場合 次に、日本における地方自治体レベルでの外国人子女に対する教育政策に着目す る。ここでは、日系南米人集中地区と分散地区に分けて考察し、次に日本の教員免 許制度の問題点に迫る。 愛知県豊田市、静岡県浜松市、岐阜県大垣市のような日系南米人集中地区の場合、 公立学校に進学する手段もあるが、ブラジル、ペルー政府認定、もしくは非認定の 外国人学校に通う選択肢もある。外国人学校は主に企業献金、地方自治体の小額公 的補助金、授業料で運営されているのが現状で財政状態は厳しい。浜松市のペルー 人学校“Mundo Alegria”や大垣市のブラジル政府認定“HIRO学園”などが有名で あるが、このような集中地区で子供達の教育問題が蓄積している。まず、外国人学 校に通う場合、高額の学費(月平均5万円)を保護者が負担することになる。親の 雇用状態、家庭の財政事情により外国人学校を中途退学、または地元の公立学校に 転校する。そこでは言語や文化的問題、言語能力が問題になり、不就学、不登校、 青少年犯罪へと結びつき易い。 日系南米人分散地区、ここでは福井県、富山県、石川県の北陸3県の地方自治体 と市民グループの試みを例として挙げる。基本的に、地元の教育委員会からの要請 で「多文化共生推進プラン」を実施している国際交流協会や市の国際交流部門が協 力し、委託を受けた市民活動グループが点在して活動する。主な活動内容は以下の 通りである。 ①加配教員を設け、日本語指導、教育相談を担当する教員やスーパーバイザーを 日系南米人がいる公立学校へ派遣 ②外国籍年少者支援の情報サイトの「子どもラーニングサポート北陸」で日系 南米人点在地区間同士の情報交換 ③トヤマ・ヤポニカ、福井県外国籍児童生徒サポーター事業実行委員会、北地区 125 日本語教育ネットワーク主導で北陸地区の日本語教育研究会、勉強会を実施し て、活動報告、教材研究や意見、情報交換を実施 しかし、やはり散在地区特有の課題がある。それらは、①中心となる拠点が出来 にくく、支援の仕方や支援する場所が分からないことや、②教材、活動報告を含め た情報交換の場が限定されること、また、③小中学校の教員免許と日本語教育能力 検定合格のダブル資格保持者で学校内での支援出来る人が少ない等の問題である。 小中学校教員免許がないと公立学校の教育現場に出入りしたり、支援がしづらい状 況がある。また、日本語教育能力の資格や経験がないと、支援の仕方が分からない。 それ故、日本語教育と学校教育現場の更なる連携の為に、経験と資格を兼ね備えた 人材の育成が強く求められている。 また、前述した米国テキサス州の教員免許制度とは異なり、日本の教員免許制度 の中に、日本語教員(JSL)専用の第1種、第2種の教員免許取得システムが確立 していない。現在のところ、日本語教育能力検定試験は民間団体主催のものであり、 これに合格したとしても教員免許状なしでは学校現場で日系南米人子女教育に携わ ることが難しいのが現状だ。 2.4 初等、中等学校教育の現実 (1)米国での現実 ここでは、米国のヒスパニック系子女に対する初等、中等学校教育の現実を著者 の経験を交えて説明する。調査によると、彼らの28%は貧困層で、生活保護を受け ている。両親が揃っている家庭は全体の65%で、母親が筆頭世帯主の割合は25%に 上る。大多数のヒスパニック系子女はマイノリティー在籍者が50%から90%を占め る公立学校に通学している。13%の留年率、20%が7年生から12年生までに、停学 の経験を持ち、28%が義務教育中に退学、除籍処分を受けている。白人が多数を占 める学校と比較すると、ヒスパニック系の親は学校活動に参加する割合が低く、 Open Schoolと言われる保護者面談の日に保護者が学校へこない状況に出くわす。 これには2つの状況が考えられる。一つ目は、ラテンアメリカ社会では学校活動に 関する事は、先生に一任する姿勢を貫いていること、そして、言葉の壁がある親は 学校や担当教師とコミュニケーションを取ることに躊躇うからだ。 例)テキサス州C高校の現実: ここは著者の元職場である。メキシコ国境沿いの地元の進学校で全校生徒約3000 126 人中70%がヒスパニック系で構成されている。低所得者用のFood Stampと呼ばれる 食料調達カードの受給者家庭の割合が多く、この様な状況から学校区から財政的援 助を受けている。スペイン語話者用の取り出し授業であるESLクラス、スペイン語 での教科学習、英語のチューター支援を受けながらメインストリームクラスで学ぶ などの選択肢がヒスパニック系移民にはある。学年が進むにつれて、週末はメキシ コ側での飲み会やパーティーを催し、学内にも飲酒、喫煙、ドラック、学内ギャン グ抗争等が発生している。だから、教員は犯罪防止の為にロッカーの見張りが義務 付けられ、学校には警察官1人と5人の警備員が配置されている。1学年の女子生徒 200人中、毎年5から10人位が若年出産し、学内に保育室も完備してある。女生徒は シングルマザーとなる可能性が高く、貧困層に属して生活保護を受けるケースが多 い。結果的に、子育て、就職により教育機会を放棄してしまう。 (2)日本での現実 在日日系南米人の親がシフト制の工場に低賃金で勤務し、夜勤シフトや長時間労 働に従事しているので、子供達とのコミュニケーション不足が大きな問題となって いる。このような過酷な就労状況から、個別相談、授業参観、役員会議等の学校行 事にかかわれる時間が制限され、結果的に子供の教育問題が後回しになるか、子供 を長時間家に放置してしまう。このような場合、子供達は同じ境遇の仲間と行動を 共にして青少年犯罪へと発展する可能性がある。 在日日系南米人子女の日本での教育機会有無は4つに分類出来る。①日本の公教 育を受ける場合であるが、子供達は母語を忘れるスピードが速く、親とのコミュニ ケーションに支障が出る。②在日日系南米人用の外国人学校で教育を受ける場合は、 母語で母国の学校カリキュラムに沿った学校教育が受けられる等の利点がある。③ 不登校児、不就学児となる場合がある。これは、南米の個性重視教育対日本の集団 調和重視の学校教育文化の違い、学習内容やレベルの差、学校内規律の厳しさ、言 語的ハンデによるコミュニケーションの難しさから仲間はずれやいじめを受け、日 系ブラジル人子女の4分の3は日本の公立学校を退学するという現実を反映している。 ④出入国を繰り返す子供達の場合は、母国や日本国内の経済悪化、雇用の不安定さ から母国と日本間の出入国を繰り返した結果、教育が中途半端になる。どちらの学 校制度にも対応できなくなり、言語能力や学年相当の学力レベルに達することが難 しい。 127 3.教育的提言 本研究から、日本と米国の外国人子女教育、第二言語教育に対する考え方の違い が明らかになった。米国では学校教育の中にスペイン語圏を中心とした外国人子女 の存在を認め、彼らに対する第二言語教育や学校教育に対して、連邦政府、地方自 治体が具体的な政策を打ち出している。日本では、文科省も在日日系南米人に対す る教育政策に着手してはいるものの、あくまで日本人への教育と外国人子女教育は 別のものとして捉えられ、改正教育基本法、学校教育法、新学習指導要領を含む公 教育の法律に外国人子女教育について何ら明記されていない。地方自治体の国際交 流機関や民間団体等の自主性に任すという国の消極的な姿勢はいかがなものであろ う。まずは、国家レベルで教育関連法の改正に着手し、外国人子女教育に対する支 援更に強める事が大切である。次に、民間資格としてではなく、JSL、バイリンガ ル教育専門の教員免許制度を確立し、日本語教員(JSL)専用の第1種、第2種教員 免許状を法的に整備すべきである。学校教職員の中にJSL、バイリンガル教員免許 状を取得した専門家がいれば心強い。また、大学にこの専門分野の教員養成課程を 設けることが不可欠だ。現に、著者が所属する福井大学の学部レベルで地域科学課 程の人間文化領域の科目の一部として日本語教育関連の科目が選択科目として開講 されてはいるが、この課程では教員免許状が習得できないこともあり、たとえ民間 資格の日本語教育能力検定試験に合格しても教員免許状ないのでは学校現場で職を 得ることは出来ない。従って、せっかく取得した資格や知識を学校現場で生かせな い。ボランティアや非常勤であっても、学校で外国人児童、生徒を支援する場合、 小中学校の教員免許を要求される。それは、米国と比較すると、部外者の学内での 活動を煙たがる教育委員会や学校側の保守的体質があるからではないかと考えられ る。 本研究の焦点はあくまで学校教育における第二言語教育であるので、以下を付随 的な意見として付け加えたい。 今後、日本では、多文化共生を目指し、公教育における集団主義と個人主義の考 え方やコミュニケーションの取り方を教える異文化教育専門家を学校内、公的機関 内に増員することが求められよう。日本と南米の歴史、文化、学校教育制度、生活 習慣等の異文化理解を推進し、価値観を伝え合う、橋渡し的な役割を担う異文化教 育専門家が学校現場で活躍できるようになればよい。また、日系南米人子女の教育 的課題は、言葉の問題だけではなく、文化、学校教育制度、生活習慣、コミュニケ 128 ーションの方法といった異文化からくることを認識しなければならない。こういっ た問題から、クラスメートとの間に距離が生まれ、疎外感を抱き、不登校、不就学 につながるケースがある。仮にそうなった場合、彼らを受け入れる公的受け皿や民 間支援を地域内に整備することも多文化共生を目指す日本社会にとって重要であろ う。 また、2008年の後半から始まった不況により、南米日系人子女に対する対応が早 急に迫られている。最近のニュースによると、越前市、武生市の日系南米人の派遣 労働者が中途解雇され、彼らの子供達の就学や進学に支障をきたしていると報じら れた。困り果てた日系南米人の親が県や市の国際交流協会に相談に次々と訪れてい るという。このことからも、日本政府、地方行政、学校組織、民間団体、一般市民 が情報を共有し、協働して課題を解決にのりだすべきである。また、公教育におい ては外国人子女教育をよりいっそう身近な課題として受け入れ、法的整備を進める ことが必要である。その事により、日系南米人子女の諸問題は肯定的に受け止めら れ、日本は多文化共生社会へ大きく一歩を踏み出すことになろう。 <参考文献> ・岩本広美(2006)「日本におけるブラジル人学校の展開と児童・生徒の就学状況―群馬県 大泉町の事例を中心に―」、新地理、pp.33-47. ・小林利郎(2008)「在日日系ブラジル人子弟の教育問題」『ブラジル特報』、Retrieved March,25,2008 from http://bizpoint,com.br-jp/reports/oth/tk0403.htm. ・寺島隆吉・河田素子(2003)「国際理解教育と日系ブラジル人児童の教育(下)」、『岐 阜大学教育学部研究報告 人文科学 第52巻』、第1号、pp.1-33. ・中島和子(1998)『バイリンガル教育の方法―地球時代の日本人育成を目指して―』アル ク. ・西海光(2003)『アメリカの子供に英語を教える:アメリカの公立学校に教師として飛び 込んだ日本人女性の奮闘記』、講談社ペーパーバックス. ・福井市国際交流協会・田上栄子・中河和子(2008)「外国籍児童生徒へのサポート事業の 取り組み」『第1回外国籍児童・生徒サポーター事業研修会』資料、福井市国際交流協会. ・山内啓司(2008)「事例① ペルー人学校:ムンド・デ・アレグリアの設立・運営」 Retrieved March 26,2008 from http://www.nic-nagoya.or.jp/Japanese/kokusai_center_n ews/chikyu_wo_kangaeru/.名古屋国際センター. ・吉田多美子(2007)「総合調査「3.外国人子女の教育問題―南米系外国人を中心に―」 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