2 つの自然数が互いに素となる確率(=既約分数の比率)は 6 である! π2 (本稿は 1997 DOMATH in 焼津 でのレジュメに基く / t.a.) 1. ものを数えることは算術の基本! ここでは,既約分数の個数を数えてみます. もちろん無限個ですから,分母と分子を制限しておいてから数えるのです. 分母も分子が (1 から)4 以下の既約な分数は, 1 1 1 1 2 3 4 3 2 4 3 , , , , , , , , , , 1 2 3 4 1 1 1 2 3 3 4 の 11 個です.16 個の分数のうち 11 個が既約分数というわけです.約 7 割弱ですね. 問 分母分子が 10 以下の既約分数は 63 個であることを確かめて下さい. 既約であるかどうかは ユークリッド互除法(大きいほうの数を,それを小さいほうの数 で割った余りで置き換えることを繰り返す.余りが 1 になる前に割り切れれば,それらは 互いに素でない. )で判定できますから,コンピュータは快適に計算してくれます.表にし てみます.A(N ) は分母分子が N 以下の既約分数の個数,一番右の欄は比率です. N 10 20 100 1000 10000 100000 1000000 A(N ) 63 255 6087 608383 60794971 6079301507 607927104783 A(N )/N 2 0.63 0.6375 0.6087 0.608383 0.60794971 0.6079301507 0.607927104783 この表を観察しましょう.既約分数の比率,別のことばで言えば,二つの自然数を与え るとき互いに素となる確率,これはおおよそ 6 割です.しかし,この比率は,何か,一定 の極限値に近づいてる気がしませんか? 0.60792710 · · · この数値は一体何でしょう? 1 昔の人は計算機を使いませんでしたが,現代人よりはその分だけ直観に富んでいたのか も知れません.この数字の正体をズバリと言い当てた人がいます. π = 3.1415926535897932384626433832795028841971693993 · · · π 2 = 9.8696044010893586188344909998761511353136994072 · · · 1/π 2 = 0.1013211836423377714438794632097276389043587746 · · · 6/π 2 = 0.6079271018540266286632767792583658334261526480 · · · だというのです! 丸くもないのに円周率! ? 不思議ではありませんか. こうして,私たちは,タイトル通りのこと! を主張していることになります. 2. なぜこんな不思議なことになるか,その理由を知りたいと思いませんか.思います. 幸いにして,この問題は見かけほどには難しくない.微積分レベルです.いまからお示 しするように,やさしい説明があります.でも不思議は残る.それが私たちの世界です. (少々数学的厳密さを欠くところがあることを,あらかじめお断りしておきます. ) さて,2つの自然数が互いに素とは,2つの自然数がいかなる真の公約数をも持たない, ということです.いかなる素数 p も公約数であってはなりません.ある2つの自然数が素 数 p を公約数としない確率はいくらでしょうか.余事象を考えて,2つの自然数が素数 p を公約数とする確率を計算しましょう.自然数列には p 番目ごとに p の倍数があります 1 から,ひとつの自然数が p の倍数である確率は です. p が公約数であるには,2つの p 1 自然数がともに p の倍数である必要がありますから,積をとって,その確率は 2 です. p 1 してみるとその余事象,2つの自然数が素数 p を公約数としない確率は 1 − 2 と考えら p れます.ところで,場合の数を数えてみればすぐ分かることですが,偶数のほうが 3 の倍 数になりやすいとか,いや奇数のほうがなりやすい,ということはありません.すなわち, p と q とが異なる素数であるとき,2つの自然数について p が公約数になるならないと いう事象と q が公約数になるならないという事象は独立です.だから p も q も公約数と ¶µ ¶ µ 1 1 1 − 2 です.同様に考えて,結局,2つ ならぬ確率は,再び積をとって, 1 − 2 p q の自然数が互いに素となる確率は µ ¶µ ¶µ µ ¶ µ ¶ 1 1 1 1 1 1− 2 1− 2 1 − 2) 1 − 2 ··· 1 − 2 ··· 2 3 5 7 p であることが分かります.これはすべての素数 p に渡る積です.だから, µ ¶µ ¶µ ¶µ ¶ 1 1 1 1 6 1− 2 1− 2 1− 2 1 − 2 · ··· = 2 2 3 5 7 π 私たちが知りたいのは この等式の証明 ということになります. 2 これからこの等式を証明しましょう.二つの準備が必要です.まず,三角関数 sin x の ベキ級数展開と因数分解式,そして,ゼータ関数のオイラー積です.ここでは高校での数 学と関連づけて sin x の話を少し丁寧に述べてみようと思います. 3. まず「サイン,コサインは無限次多項式なり」ってことを説明しましょう.数 III ま でのおおよその知識を仮定しますネ.一年生にはゴメンナサイ. 三角関数は微積分と並んで高校数学の華です.まず三角比としてそれが登場する数 I の 頃は,名前を覚えるだけでも大変で,ムヤミ面倒ヤタラ迷惑ナリ,という気がします.で も名前を覚えるのを面倒がってるようでは友達はできません.覚えましょう. 数 II では早くも真髄を現わします.加法定理です.こんな美しい公式を持ってるのは三 角関数だけです.魅力を感じたら,あとはひたすら愛して下さい.裏切られることはあり ません.そして,数 III でサインの微分がコサインと知ったり,複素数のところでド・モ アブルなんぞを聞かされると,もうゾッコンでしょう.それに,これからそれを見るので すが,三角関数は,幾何学・代数学(算術) ・解析学(微積分)の数学の三位一体を自ら 具現して私たちに見せてくれます.三角関数バンザイ! さて,正弦関数 sin x は整関数とよばれる一族に属しています.大体のところ,整式す なわち多項式関数みたいのものです.実際,多項式関数も整関数の一員です.ただし一般 の整関数はその無限次版です.いわば,整関数は “無限次多項式関数” です. 整関数 f (x) では次のような計算ができます.まず,ベキ級数展開: f (x) = a0 + a1 x + a2 x2 + a3 x3 + a4 x4 + a5 x5 + · · · 一般には無限次ですから降ベキには書きづらいので,このように昇ベキ順で表します.先 のほうの係数 an が全部 0 である場合が多項式関数です. 整関数のべき級数展開では x にどんな値を代入してもよろしい.それが整関数の特徴 (定義)です.導関数も整関数となり,その展開は項別に微分して得られます: f 0 (x) = a1 + 2a2 x + 3a3 x2 + 4a4 x3 + 5a5 x4 + · · · 高次導関数も同様です: f 00 (x) = 2a2 + 3 · 2a3 x + 4 · 3a4 x2 + 5 · 4a5 x3 + 6 · 5x4 + · · · f 000 (x) = 3 · 2a3 + 4 · 3 · 2a4 x + 5 · 4 · 3a5 x2 + 6 · 5 · 4a6 x3 + · · · ··· ··· ··· x = 0 を代入してみます: f (0) = a0 , f 0 (0) = a1 , f 00 (0) = 2a2 , f 000 (0) = 3 · 2a3 , · · · , f (n) (0) = n! an , · · · これらから,逆に a0 = f (0), a1 = f 0 (0), a2 = f 000 (0) f (n) (0) f 00 (0) , a3 = , · · · , an = ,··· 2 3·2 n! 3 とわかります.これを最初のベキ級数展開の式に代入してみれば, f (x) = f (0) + f 0 (0)x + f 00 (0) 2 f 000 (0) 3 f (n) (0) n x + x + ··· + x + ··· 2 6 n! となります.これが,マクロリン展開とかテイラー展開と呼ばれる公式です. なんだか微積分の教科書みたいになってきましたが,もう少しの間がまんして下さい. 実は,数学のテキストぐらい「すっごい」ことが「なにげな∼く」書いてある本は他にな いです. テイラー展開なんぞも,チョット目には「そりゃあそうでしょうヨ」ぐらいにしか見え ませんが,ジックリ目で眺めると「こいつぁ深刻だんべ」と分かります. なぜなら,見て下さい,右辺に出てくる係数は,x = 0(または x = a)における関数 の値ばかりです.つまり,導関数というものの定義を合わせて考えてみると,右辺は,関 数の x = 0(または x = a)のごくごく近所の様子だけで決まってしまうものです.その 公式が x にどんな値を代入しても成り立つというのです.曲線 y = f (x) のグラフで言 いますと,そのどんな小さなカケラからでも無限の彼方までの全体像が復元できるという ことです.シャーロック・ホームズは,タバコの吸い殻からその人物像を描いてみせまし たっケ.ホームズに感心するなら,ベキ級数では大感激ですね. さてさて,sin x の話でした.この場合は,数 III で学ばれるように, f (x) = sin x, f 0 (x) = cos x, f 00 (x) = − sin x, f 000 (x) = − cos x, f (4) (x) = sin x, · · · f (0) = 0, f 0 (0) = 1, f 00 (0) = 0, f 000 (0) = −1, f (4) (0) = 0, f (5) (0) = 1, · · · と,繰り返しが起きますので, sin x = x − x2n−1 x3 x5 x7 + − + · · · + (−1)n−1 + ··· 3! 5! 7! (2n − 1)! となります.初めての人はビックリ仰天しましょう.これがどんな x についても成り立つ. x = π を代入してみましょう. sin π = 0 ですから, 0=π− π 2n−1 π3 π5 π7 + − + · · · + (−1)n−1 + ··· 3! 5! 7! (2n − 1)! これが信じられますか.ほかに, x = 2π, π π π , , などを代入してみましょう. 2 3 4 問 項別微分して cos x の x = 0 におけるテイラー展開を求めなさい.そして x にいろ いろの値を代入してみなさい. 4 4. ところで, f (x) が多項式(整式)の場合にはベキ級数展開のほかに因数分解とい う表示がありました.特に因数定理によれば, f (x) = 0 の解を α とすると f (x) は (x − α) で整除されるのでした.いま, f (x) = an xn + an−1 xn−1 + · · · + a1 x + a0 (an 6= 0) として, f (x) = 0 の解を α1 , α2 , · · · , αn とすれば, f (x) = an (x − α1 )(x − α2 ) · · · · · (x − αn ) となるのでした.どの解も 0 でなければ,これを µ ¶µ ¶ µ ¶ x x x f (x) = a0 1 − 1− · ··· · 1 − α1 α2 αn と表すこともできます.いわば因数分解の昇ベキ版です.ついでに,因数分解された式を あらためて展開して係数を比べることによって,いわゆる解と係数の関係が得られたこと も思い出しておきましょう: α1 + α2 + · · · + αn = − a0 an−1 , · · · , α1 · α2 · · · · · αn = (−1)n an an あるいは, 1 1 1 a1 1 1 1 a2 + + ··· + =− , + + ··· + = , ··· α1 α2 αn a0 α1 α2 α1 α3 αn−1 αn a0 などです. 整関数の場合には,ワイエルシュトラスの因数分解公式,と呼ばれるものがあります.一般 の整関数についてはやや複雑ですが,幸い, sin x の場合は簡明です.便宜上 f (x) = sin πx とおきましょう.皆な知ってる通り,f (x) = 0 の解は, x = 0, ±1, ±2, ±3, · · · です. つまり f (x) = sin πx は x や (x − 1)(x + 1) = x2 − 1 などで整除されるのです. x = 0 以外の解は 0 ではありませんから,因数分解式を昇ベキ順で表して,つぎの等式が期待さ れます: µ ¶µ ¶µ ¶ µ ¶ x2 x2 x2 2 f (x) = Cx 1 − x 1− 2 1 − 2 · ··· · 1 − 2 · ··· 2 3 n sin πx = π を用いて C = π と計算できます. x→0 x ここでは厳密な証明はできませんが,実際にこの式は成り立ちます.すなわち, 定数 C は, lim µ ¶µ ¶µ ¶ µ ¶ x2 x2 x2 sin πx = πx 1 − x2 1− 2 1 − 2 · ··· · 1 − 2 · ··· 2 3 n これが sin x (ないし sin πx) の因数分解式です.この公式も「すっごい」ですね. 問 sin πx の因数分解式で x = 1/2, 1/3, 1/4, 1/6 などを代入してみなさい.どんなお もしろい公式が出てきますか. 5 5. さあ,ダラダラと述べてきましたが,これで,”無限次多項式” sin πx のベキ級数 展開式と因数分解式が揃いました.これを並べておいて,解と係数の関係を適用すると何 が飛び出すでしょうか? これを世界で最初にやったのはスイス人のオイラーです.オイ ラーはライプニッツの孫弟子です.僕らは二番煎じですが,それでもドキドキしますね. sin πx = πx − π 3 x3 π 5 x5 π 7 x7 π 2n+1 x2n+1 + − + · · · + (−1)n + ··· 3! 5! 7! (2n + 1)! ¶µ ¶µ ¶ µ ¶ µ ¶µ x2 x2 x2 x2 2 1− 2 1 − 2 ··· 1 − 2 ··· sin πx = πx 1 − x 1− 2 2 3 4 n 右辺どうしで x3 の係数を比べてみて下さい.無限積もふつうに展開して OK です. π2 1 1 1 1 1 = 1 + 2 + 2 + 2 + 2 + ··· + 2 + ··· 6 2 3 4 5 n という世にも美しい公式が得られます.自分でちゃんと確かめて下さいね.右辺は単純な 有理数の和で,左辺は超越無理数です.無限和の不思議なところですね.この公式をオイ ラーが発表するとヨーロッパ中が大騒ぎになったといいます.1735 年頃のことでした. 問 x5 の係数を比べて,公式 1 π4 1 1 1 1 = 1 + 4 + 4 + 4 + 4 + ··· + 4 + ··· 90 2 3 4 5 n を導きなさい.少しだけ工夫が要ります. 気がつきましたか,ここで ゼータ関数のお出ましでーす! 今では, ζ(s) = 1 + 1 1 1 1 1 + s + s + s + ··· + s + ··· s 2 3 4 5 n (s > 1) と表わして,リーマンのゼータ関数と呼びます.オイラーの発見から約百年後になります が,リーマンはゼータ関数の研究を本格的にスタートさせました.有名なリーマン予想は この関数の性質に関する問題です. π2 π4 , ζ(4) = を意味します.オイラーは ζ(12) まで計算し 6 90 て, ベルヌイ数との関連に気付き,やがて ζ(2n) (n = 1, 2, 3, · · · ) を一般的に求めること に成功しました.しかし ζ(2n + 1) (n = 1, 2, 3, · · · ) のことは今日になっても殆ど何も分 かっていません. (おお人類よ,目なく耳なき暗黒の大腸菌アタマよ!) 上で見た公式は ζ(2) = 6 6. 最後にゼータ関数のオイラー積と呼ばれるものを説明しましょう. ζ(s) = 1 + 1 1 1 1 1 + + + + · · · + s + · · · , (s > 1) 2s 3s 4s 5s n でした.これは,つぎのように積の形に分解されます: 1 1 1 1 ³ ´ · ··· ¢ ¡ ¢ ¡ ¢ ζ(s) = ¡ 1 · 1 · 1 · ··· · 1 − 2s 1 − 3s 1 − 5s 1 − p1s 右辺の積はすべての素数 p に渡る無限積です.ワイエルシュトラスの因数分解とは別もの です.いまから説明するように,証明はそれほど難しくありません.等比級数の和の公式 1 = 1 + r + r2 + r3 + · · · 1−r (|r| < 1) に注意すれば,右辺は µ ¶µ ¶µ ¶ 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1+ s + 2 s + 3 s +· · · 1+ s + 2 s + 3 s +· · · 1+ s + 2 s + 3 s +· · · · · · 2 (2 ) (2 ) 3 (3 ) (3 ) 5 (5 ) (5 ) となりますが,分配法則を用いてこれを注意深く展開すれば,すべての自然数 n につい 1 (よくよく考えなさい!) て, s が丁度一回づつ現れることがお分かりでしょう. n ここで使われた原理は素因数分解の一意性です.すなわち「素因数分解の一意性」の原 理を等式の形で表したものが「ゼータ関数のオイラー積表示」であります.このことから, オイラーやリーマンはゼータ関数を素数(の分布)の研究に使ったのでした. 以上をまとめて µ ¶µ ¶µ ¶µ ¶ 1 1 1 1 1 6 1− 2 1− 2 1− 2 1 − 2 ··· = = 2 2 3 5 7 ζ(2) π が証明できたことになります. 言いたいことはこれでしたよね. 不思議のなぞは解けたでしょうか. 不思議が不思議によって解かれた,という気がしませんか. 私たちの生きてる世界はそんなところみたいです. 7
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