Pavement Brighten The Corners: Nicene Creedence Edition バンドが在籍していたレーベル、マタドールの20周年を09年 に控え、90年代のインディ・ロック・シーンの最重要バンド、ぺ イヴメントの再結成ライヴの機運がかつてない高まりを見せて いる。 これまでに比べその噂がかなりの現実味を帯びているのは、 バンドの結成20周年、そしてレーベル創設20周年というまたと ない機会が重なっているのもさることながら、グダグダなまま 空中分解してしまったバンドの解散劇に怒り、スティーヴ・マル クマスへの批判を公言してはばからなかったスコット・カンバー グが「みんな今やってるバンドとかを休まないといけないけど、 でもまた一緒にプレイする興奮がそれをクリアすると思うよ」と 発言し、その態度を軟化させたことが大きいと言えるだろう。 実は筆者は出版社に勤めていた頃にプレストン・スクール・ オブ・インダストリーを立ち上げたばかりのスコット・カンバーグ に取材をした事があるのだが、その時の彼のマルクマスへの 怒りときたらかなりのもので、それだけにこうして彼が再結成に 対してポジティヴなメッセージを発していることに正直驚きを感 じていると同時に、彼の怒りを消すまでに過ぎ去った時間の長 さにひとしおの感慨を感じずにはいられないのである。 さて、マタドールでは2002年からぺイヴメントがこれまでリ リースしてきたオリジナル・アルバムに当時のライヴや未発表 音源をたっぷり追加した2枚組のデラックス・エディション盤を 制作し、2年おきにリリースしている。これまで既に、 『Slanted & Enchanted : Lixe & Reduxe』(2002) 『Crooked Rain, Crooked Rain: LA‘s Desert Origins』 (2004) 『Wowee Zowee: Sordid Sentinels Edition』(2006) の3枚がリリースされており、そのヴォリュームと貴重な音源を 惜しみなく収録していることからファンの好評を博しているのだ が、今年は1997年にリリースされたバンド4枚目のオリジナ ル・アルバムである『Brighten The Corners』に、ライヴ音源や 未発表曲、別バージョンの曲を加えた『Brighten The Corners:Nicene Creedence Edition』としてリリースされる運 びとなった。 バンドの実験的な側面を全面に押し出した 『Wowee Zowee』の反動からか、驚くほどシンプルかつポップ でメロディアスな作風となった『Brighten The Corners』。これ までいわゆる大文字のロックをバラバラに解体して遊んでいた 彼らが、自らの手法を音楽的に確立するに至った作品という 意味で、本作はバンドのキャリアにとっても大きな分岐点であ り、そして以降の音楽シーンにとっても非常に重要な意味合い を持った作品であると言えるだろう。 それではここで『Brighten The Corners』の制作背景を振り 返ってみよう。まずは『Brighten The Corners』制作時のぺイ ヴメントのメンバーを改めて確認しておこう。 スティーヴン・マルクマス(ギター/ヴォーカル) スコット・カンバーグ(ギター) ボブ・ナスタノビッチ(パーカッション) スティーヴ・ウェスト(ドラム) マーク・イボルド(ベース) 1990 XX 12月 1991 XX XX 1992 『Brighten The Corners』以前、そして以後のバンドのリリー ス音源を含むバイオは、今回下記にぺイヴメントの年表を制 作しておいたので是非そちらを参照していただきたい。 XX XX 4月 Pav ement Discography & Biography 1953 5月 Gary Youngニューヨークのマナロネックで 生まれる 1962 XX Mark Ibold生まれる 1966 5月 Stephen Malkmusカルフォルニアのサンタ モニカで生まれる Scott Kannbergカルフォルニアのストックト ンで生まれる XX 1967 8月 Bob Nastanovichニューヨークのロチェス ターで生まれる 1981 XX 高校在学中Stephen Malkmus、Scott KannbergとのBag O Bonesの他、The Straw Dogs、Crisis Alertなどで活動 1983 XX Stephen Malkmus、進学したヴァージニア 大学在学中にカレッジラジオWTJUで James McNew(Yo La Tengo)、David Berman(Silver Jews)と共にディスク・ジョ ッキーを務める。この時後のメンバーとなる Bob Nastanovichと出会う 1989 XX XX カリフォルニアのストックトンでStephen MalkmusとScott Kannbergのスタジオ・プ ロジェクトとしてPavementが結成され、後 のドラマーとなるGary Youngのホーム・ス タジオで楽曲制作を行う Treble Kickerからシングル「Slay Tracks (1933-1969)」をリリース Jason Fawkesがドラマーとして参加する 5月 8月 11月 1993 3月 7月 8月 10月 11月 1994 XX Drag Cityよりシングル「Demolition Plot J7」リリース アルバムのレコーディングをスタート 1994 XX XX Drag Cityよりシングル「Perfect Sound Forever」リリース PavementのファンだったMark Iboldがベ ーシストとして加入。 アーティストのセキュリティを勤めていた Bob Nastanovichがパーカッションとして加 入し、本格的にバンドとしての活動を開始 する Drag Cityよりシングル「Summer Babe」リ リース Matadorよりファースト・アルバム『Slanted & Enchanted』リリース Drag CityよりStephen MalkmusとDavid BermanとBob Nastranovichのバンド Silver Jewsがシングル「Dime Map Of The Reef」リリース Matadorよりシングル「Trigger Cut」リリー ス Matadorよりシングル「Watery Domestic」 リリース 1月 Drag Cityより初期シングルを集めた編集 盤「Westing(By Musket & Sextent)」リ リース Drag CityよりSilver Jewsのシングル「The Arizona Records」リリース アルバムのレコーディングをスタート Rykodiscよりリリースされたコンピ盤『Born To Choose』に「Greenlander」を提供 Aristaよりリリースされたコンピ盤『No Alternative』に「Unseen Power Of The Picket Fence」を提供 ChunkよりSilver Jews And Nico名義で New Radiant Storm Kingとのスピリット・シ ングル「The Sabellion Rbellion / Old New York」リリース Gary YoungがPavementを脱退。後任のド ラマーにDrug City Festivalのライヴでお目 見えしていたSteve Westが加入 11月 Mark IboldがKim GordonのバンドFree Kittenに加入 2月 5月 6月 10月 1995 1月 XX 3月 RadiationよりFree Kittenのシングル「Sex Boy」リリース Big Catよりリリースされたコンピ盤『The Big Cat Five』にGary Youngが「Plant Man」を提供 Rage In A Blanketよりリリースされたコン ピ盤『Antiseen Tribute』に「Jayed Coins」 を提供 Matadorよりシングル「Cut Your Hair」リリ ース Matadorよりセカンド・アルバム『Crooked Rain, Crooked Rain』リリース Matadorよりシングル「Haunt You Down」 リリース Chunkよりリリースされたコンピ盤『Hotel Massachusetts』にSiver Jews「Good Advices」を提供 Matadorよりシングル「Gold Soundz」リリ ース Drag Cityよりリリースされたコンピ盤『Hey Drag City』に「Nail Clinic」を提供。Silver Jewsが「Famous Eyes」を提供 Drag CityよりSilver Jewsのファースト・ア ルバム『Starlight Walker』リリース Big CatよりGary Youngがファースト・アル バム『Hospital』でデビュー Big CatよりGary Youngがシングル「Plant Man」リリース WiiijaよりFree Kittenのファースト・アルバ ム『Unboxed』リリース アルバムのレコーディングをスタート WiiijaよりFree Kittenのシングル「Harvest Spoon」リリース Big Catよりシングル「Range Life」リリース Kill Rock StarsよりFree Kittenのセカンド・ アルバム「Nice Ass」リリース Double T Musicよりリリースされたコンピ盤 『Studio Brussel - 't Gaat Vooruit '95』に Gary Youngが「Plant Man」を提供 Third Gearよりシングル「Dancing With The Elders/Chemical(Split With Medusa Cyclone)」リリース Matadorよりシングル「Rattled By The Rush」リリース Pavement Brighten The Corners: Nicene Creedence Edition 1995 4月 6月 7月 1996 1月 2月 4月 7月 10月 1997 XX 1月 2月 6月 8月 Matadorよりサード・アルバム『Wowee Zowee』リリース Kill Rock StarsよりFree Kittenのシングル 「Punks Suing Punks EP」リリース Matadorよりリリースされたコンピ盤 『Amateur Soundtrack』に「Here」を提供 Matadorよりシングル「Father To A Sister Of Thought」リリース Coolidgeよりリリースされたコンピ盤 『Homage : Lots Of Bands Doing Descendents’ Song』に「It’s A Hectic World」を提供 ロラパルーザに出演。観客に野次を飛ばさ れる Big Catよりシングル「Give It A Day」リリー ス Matadorよりシングル「Pacific Trim」リリー ス Atlanticよりリリースされたコンピ盤 『Schoolhouse Rock Rocks』に「No More Kings」を提供 Matadorよりリリースされたコンピ盤『Kids In The Hall : Brain Candy Soundtrack』に 「Painted Soldiers」を提供 Atlanticよりリリースされたコンピ盤『I Shot Andy Warhol Soundtrack』に「Sensitive Euro Man」を提供 アルバムのレコーディングをスタート Drag CityよりSilver Jewsのセカンド・アル バム『The Natural Bridge』リリース Flying Nun Recordsよりコンピ盤『God Save The Clean: A Tribute to the Clean, Flying Nun Records』に「Odditty」を提供 Dominoよりシングル「Stereo」リリース Matadorよりフォース・アルバム「Brighten The Corners」リリース Matadorよりシングル「Shady Lane」リリー ス Matadorよりリリースされたコンピ盤 『What’s Up Matador』に「Texas Never Whispers」「The Killing Moon」を提供 Kill Rock StarよりFree Kittenのリミックス・ シングル「Chinatown Express」リリース 1997 9月 10月 11月 1998 XX 6月 9月 10月 1999 1月 6月 9月 10月 Kill Rock StarsよりFree Kittenのサード・ア ルバム『Sentimental Education』リリース EchostaticよりSteve Westのプロジェクト Marble Valleyがファースト・アルバム 『Sauckiehall Street』リリース Grand Royalよりリリースされたコンピ盤 『Tibetan Freedom Concert』に「Type Slowly」を提供 TelemomoからStephen Malkmusと Silkwormのメンバーによりバンド、The Crust Brothersのアルバム「Marquee Mark」リリース アルバムのレコーディングがスタート バンドがオフの間Stephen Malkmusと Scott Kannbergがソロでライヴを行う Scott Kannbergが後のAmazing Grease Recordsの前身となるレーベルPray for Mojoを立ち上げる DominoよりSilver Jewsのシングル「Send In The Cloud」リリース Drag CityよりSilver Jewsのサード・アルバ ム『American Water』リリース Drag CityよりSilver Jewsのシングル「Hot As Hell – Live 1993」リリース Matadorよりフィフス・アルバム『Terror Twilight』リリース Matadorよりシングル「Spit On A Stranger 」リリース Matadorよりリリースされたコンピ盤 『Everything Is Nice : Matador Records 10th Anniversary Anthology』に「Stereo」 「Grounded(Crooked Rain Version)」を 提供 Grand Royalよりリリースされたコンピ盤 『At Home With The Groovebox』に 「Robyn Turns 26」を提供 Matadorよりシングル「Major League」リリ ース コーチェラフェスでのライヴでMalkmusが体 調不良のため歌えず、バンドがインストでラ イヴを行う。Nastanovichの呼びかけでライ ヴ終了後にミーティングが行われ、マルクマ スがバンドの続行不可能を発言 1999 11月 Stephen Malkmusがロンドンのブリクストン アカデミーでのライヴを最後に解散すると 発言(レーベル、バンドの公式の発表はバ ンドが休止中というものだった) 2000 春 Stephen MalkmusとScott Kannbergがそ れぞれソロ・プロジェクトを準備中との報が 流れる Gary YoungがGary Young’s Hospital名 義でセカンド・アルバム『Things We Do For You』リリース Dominoよりシングル「Carrot Rope, Pt. 1」 「Carrot Rope, Pt. 2」リリース Summersteps Recordsよりコンピ盤 『Naked In The Afternoon : A Tribute To Jandek』にGary Youngが「Take It Easy」 を提供 EchostaticよりMarble Valleyのセカンド・ア ルバム『Sunset Sprinkler』リリース アメリカの雑誌SpinでStephen Malkmus がPavementの解散を認める 4月 5月 11月 2000 12月 Stephen Malkmusが『Swedish Reggae』 というタイトルのソロ・アルバムをリリースす ると報じる Pork RecordingsよりMarble Valleyのシン グル「C-Side / What Do You Do? / Pneumonia」リリース 2001 1月 MatadorよりStephen Malkmusがシングル 「Discretion Grove」でソロ・デビュー MatadorよりStephen Malkmusのファース ト・アルバム『Stephen Malkmus』リリース Off Recordsよりリリースされたコンピ盤 『Colonel Jeffrey Pumpernickel』に「Blue Rash Intact(Quarantines – Hallucinations Due To Severe Allergies) 」を提供 MatadorよりStephen Malkmusのシングル 「Jenny & The Ess-Dog」リリース Amazing Grease RecordsよりPreston School Of Industryがシングル「Goodbye To The Edge City」でデビュー DominoよりPreston School Of Industryの シングル「Whale Bones」リリース Mockingbird Foundationよりリリースされ たコンピ盤『Sharin’ In The Groove』に Preston School Of Industryが「Axilla, Pt. II」リリース FestivalよりStephen Malkmusのシングル 「Phantasies」リリース MatadorよりPreston School Of Industry のファースト・アルバム『All This Sounds Gas』リリース Pork RecordingsよりMarble Valleyのシン グル「Cerveza」リリース DominoよりPreston School Of Industryの シングル「Falling Away」リリース Drag CityよりSilver Jewsのシングル 「Tennessee」リリース Drag CityよりSilver Jewsのサード・アルバ ム『Bright Flight』リリース DominoよりStephen Malkmusのシングル 「Jo Jo’s Jacket」リリース 2月 3月 4月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月 Pavement Brighten The Corners: Nicene Creedence Edition 2002 3月 5月 10月 2003 3月 4月 7月 10月 2004 2月 4月 5月 8月 10月 2005 XX 5月 Amazing Grease Recordsよりリリースさ れたコンピ盤『Ten Years Of Noise Pop』 にPreston School Of Industryが「Save Our Happiness」を提供 TrifektaよりPreston School Of Industryの シングル「The Idea Of Fires」リリース MatadorよりDVD『Slow Century』リリース Matadorより『Slanted & Enchanted : Lixe & Reduxe』リリース MatadorよりStephen Malkmusのセカンド・ アルバム「Pig Lib」リリース HomesleepよりPavementのトリビュート・ アルバム『Everything Is Ending :…. 』リリ ース DominoよりStephen Malkmusのシングル 「Dark Wave」リリース TrifektaよりPreston School Of Industryの シングル「Split 7" with Gersey」リリース MatadorよりPreston School Of Industry のセカンド・アルバム『Monsoon』リリース MatadorよりPreston School Of Industry のライヴ・アルバム『Live At The Riviera, Chicago 2003』をデジタル配信でリリース DominoよりPreston School Of Industryの シングル「Caught In The Rain」リリース Rob JovanocihによるPavement本 「Perfect Sound Forever」リリース OmnibusよりGary Young’s Hospitalのサ ード・アルバム『The Grey Album』リリース TrifektaよりPreston School Of Industryの シングル「The Furnace Sun」リリース Matadorよりリリースされたコンピ盤 『Matador At Fifteen』に「Spit On A Stranger」のPVを提供。Stephen Malkmus「Church On White」「It Kills (Live)」を提供。Preston School Of Industry「Caught In The Rain」「Tone It Down(Pablo Wong Remix)」を提供 Matadorより『Crooked Rain, Crooked Rain: LA's Desert Origins』リリース Mark Iboldが新プロジェクトCam'Ron's Foreskinを始動 MatadorよりStephen Malkmusのサード・ アルバム『Face The Truth』リリース 2005 9月 10月 2006 5月 6月 8月 11月 DominoよりStephen Malkmusのシングル 「Baby C’Mon」リリース Drag CityよりSilver Jewsのフォース・アル バム『Tanglewood Numbers』リリース Indkator RekordsよりMarble Valleyの サード・アルバム『Wild Yams』リリース Sonic YouthのツアーにMark Iboldがツア ー・ベーシストとして参加 DominoよりStephen Malkmusのシングル 「Kinkling For The Master」リリース Matadorより『Wowee Zowee:Sordid Sentinels Edition』リリース 2007 11月 音楽誌Blenderで『Slanted And Enchanted』が史上最高のインディ・ロック・ アルバムに選ばれる 2008 3月 MatadorよりStephen Malkmusのフォー ス・アルバム『Real Emotional Trash』リ リース Matador20周年に合わせPavementが再 結成するとのニュースが流れる。Stephen Malkmus、Scott Kannberg、Mark Iboldも 肯定的な発言 Drag CityよりSilver Jewsのフィフス・アル バム『Lookout Mountain, Lookout Sea』リ リース Indikator RekordsよりMarble Valleyのフ ォース・アルバム『Slash & Laugh』リリース Drag CityよりSilver JewsのDVD『Silver Jews』リリース Matadorより『Brighten The Corners: Nicene Creedence Edition』リリース 6月 8月 9月 12月 『Brighten The Corners』の制作は『Wowee Zowee』のツ アー終了後。マルクマスがレコーディング・スタジオと新たなプ ロデューサーを探すところからスタートしている。 当初マルクマスは、ナッシュヴィル在住のプロデューサーで あるリチャード・マーティネロという人物にオファーをかけてい たようだが、リチャード本人がR.E.M.のI.R.S.時代の初期作品 やヴェルヴェット・クラッシュ、スザンヌ・ヴェガなどを手掛けた ことでも知られるプロデューサー、ミッチ・イースターを推薦。バ ンドにとっては初となる有名プロデューサーの起用であったが、 バンドの音楽性にも大きな影響を与えているR.E.M.を手掛け た人物ということが最終的にメンバーたちの背中を押し、ミッチ を採用することを決定する。そして、バンドは1996年の7月か らノース・キャロライナにあるミッチの新設スタジオ、Piedmont Triedに入り、スタジオ・レコーディングを開始していく。 ぺイヴメントの初期の楽曲はスコットとマルクマス、そして初 期のメンバーであるギャリー・ヤングがスタジオに籠ってひたす らダラダラと作るスタイルだったが、あまりにも非効率的な制作 スタイルだったため、『Slanted〜』『Crooked Rain〜』からは マルクマスがベースとなる楽曲をあらかじめ準備し、セッション に挑み、レコーディングを行う方法が採用されている。ところが 『Wowee Zowee』後にリリースされたシングル「Pacific Trim」 では、マルクマス、ボブ、スティーヴの3人のみでレコーディン グが行われており、『Brighten The Corners』前夜はバンド内 のパワーバランスがかなりマルクマス側に偏っていたと言える だろう。 当時スコットのガールフレンドで現在は彼の妻となっているク リッシーの証言によれば、実験的な作品を作りたいというマル クマスの意向が尊重され、加えてリリースを急かされる中で完 成した『Wowee Zowee』の出来に満足がいかなかったスコット は、『Brighten The Corners』のセッションのためにかなりの数 の楽曲を準備しており、マルクマス主導に傾いていたバンドの 創作体制を初期の頃に戻そうと考えていたのだという。 ところが、『Wowee Zowee』を最後の「クラシック・ぺイヴメン ト」のアルバムと定めていたマルクマスの頭の中には既に 『Brighten The Corners』の構想が出来上がっており、アルバ ム用のデモ曲も完成済みであった。そこに自らの楽曲を持ちこ もうとしていたスコットとの間で何度か衝突が発生。最終的に はマルクマスのコンセプトが優先され、スコットの書いた曲はデ モの中でも最もポップだった「Passat Dream」と「Date With Ikea」の2曲のみがアルバムに収録されることとなった。 ちなみにスコットはこの決定について「出来上がった作品が クールであればいい」と発言しており、一応の納得はしていた 模様。とは言え、こうした制作面でのバランスの変化によるスト レスがメンバー間の底に澱のようにたまっていったことが、後 のメンバー(特にマルクマスとスコット)の不仲に発展したこと は否めず、バンドの関係性が悪化する予兆は『Brighten The Corners』制作のタイミングで既に現れていたと言えるのでは ないだろうか。 さて、話を『Brighten The Corners』のレコーディングに戻そ う。 レコーディング・スタジオは1800年代のレンガのマンションを 改築したもので、周りはのどかな田園地帯。ゆったりとした環 境で、ホテルに宿泊していたメンバーは、朝になるとレンタカー でスタジオに向かい作業を開始。合間に周辺を散策するなど 非常に緩やかな環境下でレコーディングの日々を送っていく。 ちなみに後にミッチはレコーディング中もバンドのことをあまり よく分かっていないまま作業を進めていたことを告白している。 レコーディングに入る前に、バンドはスティーヴ・ウェストの家 で一週間半に渡って収録曲の練習が行われていたこともあり、 全ての楽曲が一発録りで行われ、うち4曲はファースト・テイク のものが採用されている。そのためレコーディング作業は極め て快調に進み、作業が終わるとメンバーは毎晩バーで飲みな がら、午前2時までビリヤードに興じるほど順調な日々を送っ ていたそうだ。 レコーディングとミキシングには、前作『Wowee Zowee』を担 当したブライス・ゴッギンが再び採用されたのだが、スケジュー ルの関係でブライスは途中でニューヨークに帰らなくてはなら ず、残りのレコーディングはミッチ自らの手によって行われてい る。そして、レコーディング終了後のミックスを再びブライスが 担当。引き続きブライスが多忙であったため、ヴォーカル抜き の基本的なトラックをブライスが作り、好きなようにヴォーカル を入れられるような形でバンドに預け、ヴォーカルが入った段 階のトラックを再度ブライスがミックスしていくという少々変則 的な行程でミキシングが行われ、アルバムは完成している。 ブライスによれば通常ミックス作業は1曲あたり4時間ほどで 終了するそうだが、『Brighten The Corners』におけるミックス作 業は1曲仕上げるのに丸1日の時間を要したとのこと。そして、 このような変則的な作業行程によって様々なバージョンが試さ れた結果、に『Brighten The Corners』ではかなりの数のアウト テイク曲が存在することになったようだ。ちなみに『Brighten The Corners』のアウトテイク・セッションの中からは「Harness Your Hopes」「Roll With The Wind」「Carrot Rope」などが生ま れ、再レコーディングを経て後の作品に収録されている。 さて、全ての作業が終わった後、メンバーはそれぞれの自宅 に戻り、ツアーの準備をかねた休養期間に突入。そして、半年 後の1997年の1月にリード・シングルとして「Stereo」をリリース した後、翌月2月にアルバム『Brighten The Corners』が世に送 り出されるのである。 Pavement Brighten The Corners: Nicene Creedence Edition 『Brighten The Corners: Nicene Creedence Edition』は、 オリジナルの『Brighten The Corners』の楽曲をリマスターした ものに加え、未発表、B面曲などが追加収録された構成になっ ている。ここからは追加収録されている楽曲の解説をしていき たい。 <DISC 1> 13.Then (The Hexx) 1999年5月にリリースされた「Spit On A Stranger」のB面に収 録された曲のフルバージョンで、本来は「Stereo」に代わり 『Brighten〜』のオープニング曲の候補に挙げられていた曲。 14. Beautiful as a Butterfly 15. Cataracts 『Brighten〜』のセッションのアウトテイク・ナンバーでいずれも 未発表の曲。 16. Westie Can Drum 17. Winner of the 18. Birds in the Majic Industry 1997年に1月にリリースされた『Stereo』のB面曲。インストで 収録されていた「Birds〜」はフル・ヴォーカル・ヴァージョンに なっている。 19. Harness Your Hopes 20. Roll with the Wind 1999年5月にリリースされた「Spit On A Stranger」のB面曲。 「Then」同様アルバムのレコーディング中に録音されている。 <DISC 2> 1. Slowly Typed 2. Cherry Area 3. Wanna Mess You Around 4. No Tan Lines 1997年6月にリリースされたシングル「Shady Lane」のB面曲。 「Shady Lane」は2ヴァージョンがリリースされていて、1と2は 「Part 1」に収録。3と4は「Part 2」に収録されている。いずれも 『Brighten〜』のレコーディング時に録音されたもの。 5. Then (The Hexx) 6. Harness Your Hopes 7. The Killing Moon 8. Winner of the 5、6、8は1997年1月15日にBBC RADIO ONEのイブニング・ セッションとして収録された未発表バージョン。7はコンピ盤 『What’s Up Matador』と1999年10月2日にリリースされたシ ングル「Major Leagues」に収録された曲。 9. Embassy Row Psych Intro 10. Nigel BTCセッションのアウトテイクの未発表曲。 11. Chevy (Old to Begin) 12. Roll with the Wind (Roxy) BTCセッションから生まれた楽曲の未発表ミックス。異なる ヴォーカルとオーヴァーダブが使われている。 13. Oddity (Clean cover) 1997年にリリースされたThe Cleanのトリビュート盤『God Save The Clean』に収録されたカバー曲。 14. Type Slowly (live) 1997年にキャピトルがリリースしたコンピ盤『Tibetan Freedom Concert』に収録された曲でライヴ・テイク。 15. Neil Hagerty Meets Jon Spencer in a Non-Alcoholic Bar 16. Destroy Mater Dei 17. It’s A Rainy Day, Sunshine Girl (Faust cover) 18. Maybe Maybe 1997年2月25日にラジオ局KCRWの番組「Morning Becomes Eclectic」にてレコーディングされた楽曲で15、16は 未発表曲 19. Date w/ IKEA 20. Fin 21. Grave Architecture 22. The Classical (The Fall cover) BBC Radio Oneのジョン・ピール・セッション(1997年8月21 日)で録った曲。19〜21は未発表ヴァージョン。22は1999年 10月にリリースされたシングル「Major Leagues」に収録 23. Space Ghost Theme I 24. Space Ghost Theme II 1997年2月12日にボストンのWFNXで収録された曲でいずれ も未発表曲。 ヴェルヴェット・アンダーグラウンド、カン、ストラングラーズ、 ワイヤー、バズコックス、ザ・フォール、キャプテン・ビートハー フ、ブラック・フラッグ、ソニック・ユース、そしてダイナソーJr。 ぺイヴメントの活動記録を記したロブ・ジャヴァノヴィクの著 書『Perfect Sound Forever』には、彼らが影響を受けたバンド の名前が数多く記されているのだが、その大半が上記で挙げ たパンク、ポスト・パンク・シーンのバンド、あるいは広義のオ ルタナティヴなスタンスを持つアーティストたちの名前で占めら れており、バンドの中でいかにパンクの影響が大きかったかを 伺い知ることができる(ちなみに他にはキンクスやリプレイスメ ント、イーグルス、ガイデッド・バイ・ヴォイシズ、メルヴィンズ、 R.E.M.などの名前が挙がっている)。 こうした前提を踏まえ、改めて彼らの作品を聴くと、『Slanted 〜』や『Crooked〜』などの作品で、既存のロックのアンサンブ ルから執拗に逃れ、メインストリームのロックをおちょくるような 脱力系ノイズを撒き散らし、やる気のない演奏で聴き手を煙に 巻き、商品化されつつあった絶望や怒りにそっぽを向き、「ロッ クンロールにオヤスミ」と宣告した彼らの意識や姿勢が、極め てパンク的であることが分かってくる。つまり、ワイヤーの「ロッ クでなければなんでもいい」という言葉を90年代という閉塞感 に満ちた時代の中で解放的に鳴らすため、彼らは実に理知的 かつ醒めた視線から、白骨死体となってもなおもがき続ける ロックンロールをバラバラにし、その骨でキャッチボールをして 遊んでみせたのである。 そして、多くの自覚的なパンク・バンドが既存の価値観を壊し た後、新しい音楽を作ろうとポスト・パンクやニュー・ウェイヴに 向かったように、ぺイヴメント(というよりここはステファン・マル クマスと言うべきだろう)もまた遊んでバラバラに散らかった骨 を組み直し、自分たちだけの音楽を作ることを決意する。その ための実験的な試みが「クラシック・ぺイヴメント」のラスト作と マルクマスによって位置づけられた『Wowee Zowee』であり、 新たなる生命体として生み出された完成品が本作『Brighten The Corners』なのだ。 『Brighten The Corners』では『Slanted〜』や『Crooked〜』 で見せたノイズは後退し、かわりに冒頭の「Stereo」からラスト を飾る「Fin」まで、無駄のないシンプルなフォルムで独創的な フレーズが展開され、ペイヴメントのバンド・アンサンブルが確 立されている。そして随所で古典の風格を感じさせるソングラ イティングは、確立されたアンサンブルに支えられ、瑞々しい 響きを得て、真正面から聴き手を強く揺さぶっていく。なよっと しているように見えて実に力強い堂々とした作品である。 ローファイ、テキトーとテキトーの交通事故、脱臼アート・ロッ クなど、「解体」や「批評」といった文脈で語られることの多いぺ イヴメント。しかし、ポスト・ロックという言葉が徐々に世間を賑 わしはじめ、ロック解体の流れが加速化していった97年という 年に、彼らは自覚的に再構築に着手し、新たな骨格を組み王 道を表現したアルバム『Brighten The Corners』を完成させた。 ノイズが暴走し「壊しのダイナミズム」が遺憾なく発揮された 『Slanted〜』や『Crooked〜』のカタルシスや衝撃性に比べる と、同作を「真っ当になってしまった」と評価をする人も多い。し かし、例えばザ・ストロークスやクラップ・ユア・ハンズ・セイ・ ヤーなど、後に堂々とメインストリームを打ち抜くこととなる後 進のインディ・ロック・バンドたちにとってのスタンダードとなる 新たなアンサンブルのあり方を確立したのは間違いなく本作で あると言えるし、本当の意味でのポストなロックと呼べるサウン ドを生み、真正面からポップに接続することに成功した本作の 価値と、それを実現させた彼らの意志とクリエイティヴィティは もっと評価されてしかるべきではないだろうか。 壊すのは簡単だが、作るのは難しい。 90年代を通過し、00年代を生きる人にとって、これほど重く 響く言葉もないだろう。なぜなら90年代にサブカルチャーがメ インカルチャーを駆逐したものの、細分化が進むことでサブカ ルチャーそのものが弱体化し、結果、軸となるべき大きな文化 的な基盤が空洞化してしまっていることが、我々が抱えるひと つの大きな問題であるからだ。そして、過去のアーカイブを消 費しながらその基盤を再興する、あるいは新たにメインとなりう る文化の模索に腐心しているのが今の時代であると言えるだ ろう。 そして、だからこそ、伝統を愛しながら革新を望むアンビバレ ントな嗜好を美しく調和させ、解体から構築へと向かった 『Brighten The Corners』というアルバムは、今の時代のクラ シックとして眩いばかりの魅力を放っている。 ちなみにこれは筆者の仮説であるが、もしメンバーの誰より もバンドの存在意義と時代の流れに自覚的であったがゆえに、 ステファン・マルクマスの抱えていたコンセプトが先行し、結果、 メンバーとの関係性にヒビを入れてしまい、崩壊へと繋がった としたら、それは皮肉としか言い様のない結末なのかもしれな い。 しかし、だとしても私たちはこのアルバムが誕生したことを喜 ぶべきだろう。なぜなら本作が世に出て多くのキッズに影響を 与えたことで、素晴らしい才能を持ったバンドたちが今も続々 と登場し、私たちリスナーの耳を存分に刺激し、楽しませてくれ ているからだ。 『Brighten The Corners』——それはぺイヴメントという90年 代で最も重要なインディ・バンドが、価値観の大きく転換する時 代の「曲がり角」に産み落とした、次代の礎として今も輝き続け る名盤なのである。 2008年11月14日 佐藤讓
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