スペイン アンダルシャ地方の地下住居-2 その2:グアディックスとセテニールのクエバス 愛知江南短期大学 1 はじめに スペインのアンダルシャ地方で訪問調査した地下 住居のうち、典型的なクエバス(スペイン式洞窟住居) 稲葉一八 玄関の鉄格子扉と木製扉を開けて中に入ると、幅約 3.0m×奥行き 3.2m、天井高約 2.6m の談話室でその 天井はアーチ状をしている。 が多く現存するグアディックス地区と崖寄り添い長 壁、天井は石灰仕上げ、床にはリノリューム系のク 屋住宅と呼べそうなクエバスが連続するセテニール ッションフロアーが敷いてある。ソフアーやテレビも 地区の二例のクエバスの主として住環境について報 置いてある。その左手に大な窓のついた明かるい子供 告する。 部屋(大きさ約 2.2m×2.0m)、談話室の奥には幅平 2 均約 2.6m×奥行き 9.0m の細長い居間兼食事室があ 調査内容 (1)グアディックス(Guadix)のクエバス る。談話室の右手の通路は立派な暖炉のある家族室に グアディックスはグラナダ市の北西約 50Km に位 通じ、その家族室に接して台所があり、大きな窓から 置し、ネバダ山脈北側の前山の麓、グアディックス川 光が一杯入り込み、ステンレスの流し台や大きな電気 左岸の、潅漑による豊かな耕作地に囲まれた町である。 冷蔵庫などが備えてあり近代的な部屋である。暖炉の グアディックスのサンティアゴ Santiago 区では、凝 ある家族室の奥には、ベットが二つとタンスの置かれ 灰岩の斜面に古く掘られたクエバスに多くのシプシ た幅約 3.0m×奥行き 3.3m の子供寝室があり、更に ーが住み、生活している。緩やかな斜面のあちこちに その奥には夫婦寝室(幅約 3.2m×奥行き 3.8m)が 穴の空いたオブジェのようなものが突き出ている、こ ある。夫婦寝室は幅 1m の通路で左手の居間兼食事室 れは換気筒の役割をも果している煙突でスペインの とつながっており、また右手には外部のベランダへと クエバスのシンボルともなっている。 出ることが出来る幅 93cm の通路がある。 調査したクエバスは、グアディックス駅の裏手にあ たる地区の小高い禿山に五十~六十年前に掘られた ものを、改修したものである。正面の外壁は石灰で奇 麗に仕上げられ、頂部には飾りもかねてスペイン瓦が のせてある。入り口の床にはレンガが敷いてあり、台 所と子供部屋の窓は大きく、明かりを十分に取り入れ ることができる。生け垣のある広い前庭とうす茶色の 砂岩(凝灰岩)と真っ白い外壁とのコントラストの鮮 やかさを見ていると、洒落た別荘かと思える。地下住 居(洞窟住居)の暗いイメージは全くない。 写真-2 グアディックスのクエバス(居間・食事室) 写真-1 洒落たクエバスがあるグアディックスの禿山 (調査したのは右端のクエバス) 写真-3 グアディックスのクエバス(夫婦寝室) その通路は、クエバス内部全体の換気と通風に重要な 二階への階段から隣の禿山を眺めると、崩れた洞窟 役目を果しており、奥まった寝室に僅かではあるが明 の跡があちらこちらに見える。 かりも入れている。すべての部屋の内部仕上げは家族 (2)セテニール(SETENIL)のクエバス 室と同じであるが、台所の暖炉まわりのレンガや各部 セテニールはベニベティカ地溝の南端部に位置し、 屋の入り口部分のレンガアーチがクエバス内の石灰 歴史的に有名なロンダ RONDA の北 18Km のところ と調和して、明るい雰囲気を作り出している。 にある小さな町で、「白い村」としても有名である。 外部階段を上ると、スペインの技術学校教員である ここのクエバスは、南のセッラニア・デ・ロンダから 主人が一年がかりで、掘って作っている二階の書斎 流れ出るセテニール川の両岸の岩にへばり付くよう (幅約 2.8m×奥行き 4.6m)と倉庫・書庫(幅約 2.3m に長屋状に連なっており、他の地域とは異なった形式 ×奥行き 3.0m)がある。まだ完成はしていないが、 の地下(洞窟)住居である。外観から「崖寄り添い長 書斎には回りをブロックで補強し、テラスに出ること 屋地下住居(クエバス) 」と名付けてみた。 の出来る大きな開口部から明かりが一杯入り込んで 谷川の道路に沿って、横穴をうがち、岩崖に白い煙 いる。周囲の本棚、パソコン、広い机など羨ましい書 突や貯雨水用のドラムカンをのぞかせたこの「崖寄り 斎である。 添い長屋地下住居(クエバス)」が続く景観は、セテ このクエバスは六年前に買い取り、改修したもので ニールの自然に溶け込んでおり違和感は感じられな あるが、明るく、広くそれに立派な家具調度品や電気 い。この地域のセテニール川の谷は深く、対岸まで約 製品の整った台所(主燃料はプロパンガス)など、地 100~300m の所もあり、町は各所で分断されている。 下住居の将来に明るさを見ることができる。隣のクエ 調査測定したクエバスは写真に示すように、断面 V バスもドイツ人が住み、このクエバス(奥さんはイギ カットの谷底を流れるセテニール川から約 10m 上に リス人)に負けず劣らず立派に見える。 ある幅 5~6m の道路に沿ってオーバーハングしてい この一帯も昔は多くの貧民がフランコ政治を逃れて、 る岩に、横穴を穿った形式のもので、岩屋住宅が崖に クエバス(洞窟)で生活していたという。 へばり付いており、まさに「崖寄り添い長屋地下住居 (クエバス)」の典型的な形をしている。正面の外壁 部分はブロックやレンガを積み、その上にモルタル塗 りで白ペンキ仕上げがしてあり、岩の色とのコントラ ストがよく、瀟洒な感じさえ受ける。そして、クエバ スの約 15~20m 上の崖の頂部には小道があり、更に 野菜畑やオリーブ樹木園が広がっている所もある。 写真-4 グアディックスのクエバス(二階の書斎) 写真-5 グアディックスのクエバス(明るい台所) 写真-6 崖にへばりついたセテニールのクエバス 道路からコンクリート造りの階段を3段(約 3 まとめ 60cm)上がり、木製のドアを開けると、カーペット グアディックスのクエバスは五十~六十年前に掘 の敷かれた幅約 3.4m×奥行き 2.7m、天井高 2.6m の られたものを改良したものであるが、土質の良さ、乾 居間兼客間で、深々と腰掛けることの出来るソフアー 燥した気象条件もあって内壁、天井部の白石灰はきっ や飾り棚、テレビが置かれ、石灰で仕上げた壁には巣 ちり仕上がっている。床のクッションフロアータイル 立って行った、子供達や孫の写真が多く飾られている。 も痛んでいない。気象条件、土質、住む人の経済状態 天井は、二階の木製床組を構成する小口丸太むきだし などにもよるが、ここまで改良できればスペインのク であるが、水色のペンキが塗ってある。一階の奥行き エバスは地下住居のモデルとしてアピールできると は外観から想像していたより深く、居間の奥に、幅 思う。 約 3.4m×奥行き 2.2m で天井高は居間とほぼ同じの セテニールのクエバスは「崖寄り添い長屋地下住居 夫婦寝室があり、大きなベットが置いてある。壁、天 (クエバス)」と名付けたように、独特な形をしてい 井とも岩肌に石灰仕上げであり、この部屋の床には赤 る。オーバーハングした岩を広く穿ち、外壁はレンガ 茶色のペンキが塗ってある。居間の左には少し小さい やブロックで開口部を作りながら構成し、白いモルタ がベットのある予備室 ルか石灰で仕上げている。岩の持つ自然の熱ネツエネ (幅約 2.2m×奥行き 2.9m、天井高 2.6m)があり、 ルギーをうまく利用していて、この地方の自然条件 その部屋の横にコンクリート製でペンキ仕上げの幅 (谷川、土質、気象など)に適したスタイルなのだろう。 約 80cm の階段がある。 二階は3つのベットが置かれた子供部屋で、幅約 4.5m×奥行き 3.0m の大きさであるが、天井高は高 写真-8 調査したセ い所で約 1.8m と低い。床は木構造下地の上にモルタ テニールのクエバス ル塗りで、他の部屋と同様赤茶色のペンキ仕上げであ (家具一杯の居間) る。子供達は都会へ出て行っていないが、いつ来ても 泊まれるようにしてあると老夫婦は語っていた。階段 の上に天井は低いが納戸、物置がある。 道路の向かい側にブロック造で屋根をトタンで葺 いた建物があり、屋根には貯雨水用のドラムカンが設 写真-9 セテニールの 置されている。その中に台所、食事室、家事室、浴室 クエバス(夫婦寝室) などがある。更にクエバス住居の隣には、大きな扉が ついた物置・倉庫があり、ここの壁、天井は岩肌その ままで傾斜している。全て、自分が苦労して岩を掘っ て作った、と老主人が語っていた。 写真 -10 セテニール のクエバス(ペイントさ れた階段) 写 真 -11 セ テ ニ ールのクエバス (二階の子供 部屋) 写真-7 調査測定したセテニールのクエバスの外観 (*これは 1992 年発表の研究報告を再構成したものです)
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