球面三角法に於ける余弦公式 - périhélie

2009年5月
194
天体力学入門講座(12)
井上 猛 T. Inoue
(滋賀県 湖南市)
前回は 六個の積分の中の四個を求めたのであった 1) 。直ちに 残りの二個を
求める計算に入りたい処であるが 少しばかり 横道に逸れる。それは 以下の
計算に 球面三角法に於ける余弦公式が必要となる
z
ので これを手に入れて置きたいからである。
そこで 暫くの間は これまで 赤道座標系として
P
用いて来た 座標系 O − xyz を これに無関係な
~r
座標系として使って行く事にする。
この 系内に 大きさが r の
−→
ヴェクトル ~r = OP を考える。
O
Q
y
R
z
x
P
~r
この ヴェクトル ~r の成分 x, y, z を
y
左に示す 二つの角度 b , A で表わす。
−→
ここに b は ヴェクトル OP が x 軸と
為す角である。 点 P から x 軸の上に
下した垂線と xy 平面とが為す角度を
−→
A とする。 ~r = OP の x, y, z 成分の
O
b
大きさは OQ, QR, RP で与えられる。
A
R
QR = QP cos A 及び RP = QP sin A
Q
図1
先ず OQ = r cos b が得られ 続いて
x
なるのが知れる。此処でQP = r sin bで
あるから 次の 表式が得られる:
  



x
r cos b
cos b
  



~r = y  = r sin b × cos A = r sin b cos A
z
r sin b × sin A
sin b sin A
(1)
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猛
z
只今のヴェクトル ~r に加えて
これと 異なる ヴェクトル ~r1 を
考える。 その 大きさ r1 は 先の
ヴェクトルと 同じである必要は
y
無い。
このヴェクトルが xy 平面の
~r1
中に在って x 軸と角度 c を為す
O
とすれば O − xyz 系 に 於ける
P1
c
成分は 次で与えられる:



  
cos c
r1 cos c
x1



  
~r1 =  y1  =  r1 sin c  = r1  sin c 
z1
0
0
図2
x
(2)
これら 二つのヴェクトル ~r 及び ~r1 を 同時に 座標系 O − xyz 内に 描く。
両者が為す角度を a とする。
z
P
~r
y
a
~r1
O
図3
P1
x
以上の準備の下に 二つのヴェクトルのスカラー積(内積)を計算する事で
所望の 余弦公式 を求めて行く。( 文献
1)
の p.620 参照 )
先ずは (1) 式で成分が表わされたヴェクトル ~r と (2) 式で成分が表わされた
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ヴェクトル ~r1 に対して計算する。
(~r · ~r1 ) ≡ xx1 + yy1 + zz1 =
= r cos b × r1 cos c + r sin b cos A × r1 sin c + r sin b sin A × 0 =
= rr1 (cos b cos c + sin b cos A sin c)
上の計算から 必要な部分を抜き出すが これを 次の形に 書く事にする:
(~r · ~r1 ) = rr1 (cos b cos c + sin b sin c cos A)
(3)
続いて 二つのヴェクトルが 角度 a を 為して居る場合に対して計算する。
(~r · ~r1 ) = rr1 cos a
(4)
一つの量を 二通りに表わしたのが (3) 式 及び (4) 式である。それ故に 次の
等式が得られる:
(~r · ~r1 ) = rr1 cos a = rr1 (cos b cos c + sin b sin c cos A)
(5)
等式は rr1で整除する事が出来る。これを行なうと ヴェクトルの大きさ r にも
r1 にも関係する事の無い 角度 a , b , c 及び角度 A のみに 関係した 次の表式が
得られる:
cos a = cos b cos c + sin b sin c cos A
(6)
これが 求める 球面三角法 に於ける 余弦公式 なのであるが この事を理解する
為には 多少の 説明が必要と思われる。そこで 円弧の長さ に関する復習から
始める事にしよう。
半径 r の 円周上 中心角 ϑ に対する
円弧の長さ ` は ` = r ϑγ と表わされる
のであった 2) 。入門講座 (7) では ϑ を
ϑ = 90°として議論した。 γ なる量は
中心角の計り方に応じて円弧の長さを
正しく与える為の謂わば調整役を担う
定数であった。中心角の ϑ が度分秒で
π
と
表わされて居る場合には γ =
180°
なるのであったし 弧度法で表わされて
居る場合には γ = 1となるのであった。
量 π は 勿論 円周率を表わす。
r
ϑ
`
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先のヴェクトル ~r の大きさ r を半径とする 球に着目する。この球の中心を
通る 一葉の平面は 球の表面に 半径 r の円を描く。斯かる円を大円 と呼ぶ。
球面三角法の基本となる 球面三角形は 斯うした大円を用いて描いて行く。
ヴェクトル ~r 及び r~1 を 只今の球に位置付けた様子を 図4に示す。図1に
導入した角度 A は x y 平面 及び ヴェクトル ~r と x 軸を含む平面とが為す角度と
なって居るのが知れる。詰まり 角度 A は 二つの 大円が為す角と捉える事が
出来る訳である。図3に導入した角度 a は 二つのヴェクトル ~r と ~r1 とが為す
角度であった。この角度 a を 中心角とする 半径 r の 円弧の長さは r a γ である。
同じ事が 図1に導入した 角度 b に対する 円弧の長さ r b γ 図2に導入した
角度 c に対する 円弧の長さ r c γ に対しても言える。
z
P
~r
rbγ
b
O
A
x
c
raγ
a
y
~r1
rcγ
P1
図4
rγb
三つの円弧 r a γ , r b γ , r c γ に
rγa
依って囲まれた図形が 求めて居た
球面三角形 なのである。判り易く
かなめ
A
する目的で 要の部分を抜き出して
右に 描き直して置く。
rγc
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この図形に於ける 角度 a , b , c 及び 角度 A に対して 表式 (6) の関係が存在
すると云う事なのである。ここには 半径 r も 定数 γ も 登場して来ては居ない。
これは 円弧の長さを与えるのに必要となる量 r γ を省略して考えても構わない
と云う事を意味して居る。
そこで 先の 図を 次の様に 描き改める。これを 球面三角形 ABC と言う。
この球面三角形に対して 余弦公式 (6) が成立するのである。改めて この式を
書いて置く。
(6)
cos a = cos b cos c + sin b sin c cos A
C
b
a
A
A
c
B
図5
ここでは 中心角 a を 辺 と言い角度 A は 頂角 と言う。残る 中心角 b 及び
c に対しても これらを 辺と言うのは勿論の事である。
頂角 A は 二枚の平面の為す 角であるから 採用した計り方で 計ればそれで
良い。辺の方は 円弧の長さを与えるべく 中心角の計り方に応じて 定数 γ の
値を選ぶ必要がある。しかし この定数 γ は 辺 a , b , c に 共通の因子となって
居た。従って 中心角も 採用した角度の単位系に応じた γ を想起するだけで
充分と云う事になり 採用した単位系を気にする必要は無いのが知れる。先に
導いた (6) 式の関係が 斯かる状況の下で 成立すると云うのが明らかとなった。
所期の 余弦公式 が得られたので 残る 積分を求める作業に取り掛かる事に
する。先ずは 太陽の周りを運動する惑星を 黄道座標系 O−XY Z に位置付ける
処から始める。この座標系に於ては 成分を X , Y , Z と表記した事に伴って
惑星の位置ヴェクトル ~r を ~r では無しに ~r ∗ と表記する事にしたのであった
(文献 1) の p.623 参照)
:
 
X
 
∗
~r =  Y 
Z
(7)
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惑星は 太陽を含む 一平面内を運動するのであった(文献 1) の p.621 参照)。
この平面を 黄道座標系 O−XY Z に位置付けるには 二つの角度が必要となる。
先ず 一葉の平面を X 軸の周りに 角度 i だけ回転する。続いて Z 軸の周りに
角度 Ω だけ回転すれば良い。i , Ω の 何れもが 定数であるのは 言うまでも無い。
Z
P 惑星
~r ∗
太陽 O
Ω
X
Y
i
黄道面
軌道面
動径 ~r ∗ が X 軸 と為す角を ϑX と
P
すれば ~r ∗ の X 成分は r∗ cos ϑX と
ϑX
なる。 そこで 角度 ϑX を 運動に
O
伴なって 変化して行く量に 結び
~r ∗
X
付ける事を考える。
P
ϑX
黄道面と軌道面との交点を N とし
ψ
O
この点から軌道面内 惑星 P 迄の
角度を ψ とする。
X
N
以上で 余弦公式 適用の為の準備は
総て整った。そこで i , Ω ; ψ , ϑX に
着目して 球面三角形 XNP を描く。
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P
ϑX
左図で ∠XNP が 180°
− i と成る事に
注意すれば 我々の 球面三角形 XNP を
ψ
180°
−i
X
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i
図5 の 球面三角形に 直結させる事が
出来る。 図5 に於ける a , b , c ; A を
ϑX , Ω , ψ ; 180°
− i であるとすれば
直ちに 余弦公式 の適用可能なるのが
知れる。そこで 当該 球面三角形に対して (6) 式の 計算を行なう事にする。
Ω
N
cos ϑX = cos Ω cos ψ + sin Ω sin ψ cos(180°
− i) =
= cos Ω cos ψ − sin Ω sin ψ cos i
Z
続いて 動径 ~r ∗の Y 成分や Z 成分を求める
ϑZ
事を考える。それに供される 球面三角形 は
P
ϑX
どの様に 描いて行けば良いのであろう?
ϑY
これを知る上で参考となる図を右に示す。
右の図を参考に 球面三角形 NYP を描く。
X
Y
N
P
ψ
N
i
90°
−Ω
ϑY 左の 球面三角形 NYP に 余弦公式 を適用すれば
Y 成分を知る上で必要となる cos ϑY を求める
事が出来る。
Y
cos ϑY = cos ψ cos(90°
− Ω)+
+ sin ψ sin(90°
− Ω) cos i =
= cos ψ sin Ω + sin ψ cos Ω cos i
Z 成分を知る上で必要となる cos ϑZ を求めるには
右の 球面三角形 ZNP に着目すれば良い。
Z
ϑZ
cos ϑZ = cos 90°cos ψ + sin 90°sin ψ cos(90°
− i) =
= sin ψ sin i
斯くして (7) 式で必要とした 黄道座標系に於ける
動径 ~r ∗ の 三成分は 余す処 無く 求める事が出来た。 90°
−i
これを基に 次回は 残る二個の積分を求めて行く。
P
90°
ψ
N
参考文献
1)天体力学入門講座(11), 井上 猛 (2007)天界 , vol. 88 p.615-626
2)天体力学入門講座( 7), 井上 猛 (2005)天界 , vol. 86 p.151-157