生命保険の原価について 2010. 4. 20 坂本 嘉輝

生命保険の原価について
2010. 4. 20
坂本 嘉輝
ライフネット生命がその販売する商品について付加保険料を開示し、それを「生命保険の原価の開
示」と宣伝して以来、あるいはもっと昔、荻原博子さんが「生命保険の原価」という本を書いて定期
保険の付加保険料を計算して発表して以来、この「生命保険の原価」なる言葉は不思議な「人を惹
きつける魔力」を持っているようです。
これに関わる様々なコメントにはかなり誤解や思い違い・思いこみ、要は「間違い」「ウソ」が含まれ
ているようです。そのあたりちょっと整理して確認してみたいと思います。
その前に、商売柄かどうかは良くわかりませんが「生命保険の原価」という言葉は良く目にしますが、
他の物については普通「原価」という言葉はあまり目にしません。
「このエルメスのカバンの原価はいくらだろう」とか「この液晶テレビの原価はいくらだろう」とか「この
マンションの原価はいくらだろう」というのはあまり目にしません。保険でも「この自動車保険の原価
は」とか「その火災保険の原価」とか考えることもありません。「このスタバの珈琲一杯の原価は」と
か「このボールペンの原価は」ということもあまり考えません。
どうして生命保険ばっかり、皆が「原価」を気にするのでしょう。ちょっと不思議ですね。
純保険料=生命保険の原価?
さてこの生命保険の原価ですが、ライフネット生命は「付加保険料の全面開示」という標題のニュー
スリリースで「保険料を純保険料と付加保険料に分けて開示します」と言って、その具体的な金額を
開示しているのですが、そこで「純保険料」の所に【年齢・性別・金利水準等によって変化する、いわ
ば生命保険料の原価に相当する部分】という誤った解説をつけています。これが原因で「純保険料
は生命保険の原価だ」という誤解が一気に広まってしまったもののようです。
ついでにこのニュースリリースでは付加保険料についても、【生命保険会社の運営経費に相当する
部分】という誤った解説をつけています。これがその後ライフネット生命の出口社長の書いた「生命
保険は誰のものか」という本では、断りもなく「付加保険料」という言葉と「手数料」という言葉の両方
を混用することにより混乱を広げ、誤解を拡大しているものです。
この本では「手数料」という言葉をこの「付加保険料」という意味で使ったり、また別のページでは募
集人や募集代理店に支払う「募集手数料」の意味に使ったりして、さらに混乱を拡大しています。
このような言葉の使い方が意図的なものか無意識的なものかはわかりませんが、もし意図的にこの
ような言葉の使い方をしているとしたら、現実の本当の姿をわからなくしてイメージだけで何となく良
く見せる、見事なマーケティング戦略といえると思います。もし無意識的にやっているのであれば、
あまりにも不用意な乱暴な言葉の使い方です。
さて議論が原価の話からちょっとずれてしまいました。元に戻って原価の話を続けましょう。
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上にも書きましたが、ライフネット生命が「純保険料は(いわば)生命保険料の原価」と言って、最初
は(いわば)を付けていますが、こんな余分な(いわば)はすぐに取れてしまって
「純保険料=生命保険の原価」
となってしまいます。
ライフネット生命がニュースリリースの標題にもしている「付加保険料の開示」とする分には別に「ご
自由にどうぞ」ということですが、
「純保険料=生命保険の原価」
などという誤解を世間に広めることになってしまっては、大いに問題です。
マスコミはこんな議論は大好きですし、ライフネット生命やその社長の出口さんも好きなようで、この
「付加保険料の開示」はすぐに大々的に取上げられ、その過程で「付加保険料の開示」は「純保険
料=生命保険の原価」という算式とともに「生命保険の原価の開示」となり、ついにはダイヤモンド
社などホームページに「生命保険の原価計算機」なるサイトも公開するようになりました(今確認した
所、もうこのページはなくなってしまっているようですが)。
原価とは
もともと「原価」というのは会計の用語で、「原価計算論」というタイトルで千ページにもなる教科書が
出版されるほどのものです。
商売というのは売上を上げて、その売り上げを上げるためにかかった費用を差引いて利益を上げる
というものです。この商売の仕組を分析するため、費用の全体を「売上げたものやサービスを作る
のにかかった費用」と「販売のための費用」、「商売の全体を可能にするための全体的な管理費」と
に分解し、「売上」からその「売上げた物やサービスを作るのにかかった費用」を差引いた「売上総
利益」、その売上総利益から「販売のための費用」と「管理費」を差引いた「営業利益」のそれぞれを
計算します。そうすることにより、商売の現実の姿がわかりやすくなり、もっと儲かるようにするには
どこをどうすれば良いかわかってくるという仕組みです。
商業の世界ではこの「売上げた物やサービスを作るのにかかった費用」というのは、基本的に売上
げた商品の仕入値、「仕入原価」ということになり、売上からその売上に対する仕入れ原価を差引い
た「売上総利益」はいわゆる「粗利(アラリ)」と言われるものです。
工業の世界ではこの「売上げた物やサービスを作るためにかかった費用」というのは、売上げた製
品に対してその製品を作るのにかかった原材料費・経費・人件費(労務費)ということになり、その合
計が「製品原価」になります。
「原価計算論」というは、この仕入れ原価あるいは製品原価をどうやって計算したら良いかというノ
ウハウをまとめたものです。
ある商品を1個 80 円で仕入れて 100 円で売る。1個あたりの粗利 20 円。仕入れた商品は全て完売
で売れ残りなしというのであれば簡単ですが、現実の商売はなかなかそう簡単にはいきません。途
中で仕入値が変わるかもしれないし、売値を変えるかも知れない。年始にもいくらか売れ残りがあり、
それは今年仕入れたものと合わせて今年売ってしまったけれど、今年もまた売れ残りがある・・・な
んて場合、売上げた商品の仕入値が総額でいくらになるかというのを計算するには、それなりの工
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夫が必要になります。仕入れた商品の仕入値はすぐわかっても、売上げた商品分の仕入値の合計
をどうやって計算するかというのはそう簡単ではありません。
さらに製品原価の方になると、製品を作るのに買った原材料は全部使い切ってしまうわけではなく、
製品に仕上げる途中の仕掛品もあるし、工場で働く職人の給料は全部労務費にして良いかもしれ
ないけれど、工場長の給料は管理費も一部入っているかも知れないし、その労務費を全部製品原
価にするんじゃなく、一部は仕掛品の方にも振り向ける必要がありそうだし、製品の方もまた売れ残
っているものもあるし、製品を作るための機械の購入費はどうやって原価に入れたら良いのか・・・
等々、考えなければならないことが山ほどあります。「原材料をいくら買った」・「職人の給料をいくら
払った」という数字だけでは売上げた製品を作るのに使った原料代・職人の給料がどれだけになる
かはすぐには出てきません。このため千ページもの本が必要になるというわけです。
実際に原価計算をやったり会社の決算をやったりした人は、この原価計算が結構やっかいなものだ
と知っていますが、そうでない人は一般に上記の「80 円で仕入れて 100 円で売って、粗利が 20 円」
という簡単なモデルで理解してしまっているようです。
5 円おまけして売ったら粗利が 5 円減って 15 円になってしまう。売れ残りそうだから思い切って 50
円で売ったら粗利が 30 円のマイナスだから明日は 1.5 倍の売上を挙げないとトントンにならない・・・
という具合です。
現実の商売は、このように仕入値と売値が決まっていてあとは何個売るか数だけの勝負、あるいは
仕入値は決まっていて売値だけが勝手に決められるという単純な世界ではありません。同じ商売を
やっている競争相手もあるので売値は勝手には変えられない。だから仕入値を何とか安くしなくて
はとか、この値段で売る契約をしてしまったんだからあとはどう安く仕入れるかが勝負とか、この製
品の納入価額は指定されてしまっているからあとは何とかして安く原料を仕入れて原価を売値より
安く抑えなきゃとか、売値を変えるとのと同じくらい、あるいは売値を変えるのより何倍もの努力を、
原価を減らすために使っているというのが現実の世界です。
家電の新製品や自動車メーカーの新車の開発の物語なんかでは、どこかの段階で市場の実勢を
見て製品価格が先に決まってしまって、あとはそれを実現するために原価をトコトン削る努力をする
とか、そのために部品メーカーには部品の納入価格を買い手が勝手に決めて発注し、それが嫌な
ら他の部品メーカーに注文を出すぞとか、何年もかかる工事を受注したは良いけれど、途中で原材
料が値上がりして大赤字で工事を完成させたとか、原価がダイナミックに変化する事例はいくらでも
耳にします。
生命保険の原価
そこで生命保険の原価ですが、一体何が生命保険の原価なんでしょうか。
まず原価の対象となる売上は?と考えると、それは加入者から払って貰う保険料だということになる
ことにはあまり異論がないでしょう(ここで異論を唱える人もいますが、そんな人とはまた別の議論を
する必要があります)。
加入者が保険料を払って生命保険会社から購入するのは「何か」と考えると、それは死亡保険金の
支払い・満期保険金の支払い・色々な給付金の支払い・解約返戻金の支払い、もしかすると契約者
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配当金の支払いという「(保険契約にもとづく)各種の支払い」です。逆に言えば、保険会社は加入
者にこのような「支払い」を売っているわけです。とすると「生命保険の原価」というのは、このような
「支払額そのもの」のことです。この支払額は純保険料とは異なります。
生命保険の場合、売上(保険料)が先にあって原価(保険金等の支払い)が後から発生するというこ
とで、例の 80 円で仕入れて 100 円で売るというモデルからするとちょっと変に思うかも知れませんが、
上でいくつか示したような原価がダイナミックに変動する事例を考えれば、違和感は少なくなるので
はないでしょうか。
フーテンの寅さんなんかの商売も、実は 80 円で仕入れて 100 円で売るという形の商売ではなく、土
地の親分の所へ行って適当な商品を預かり、それを縁日の屋台でうまい口上でお客さんに買っても
らい、店仕舞してから親分の所に戻って売れ残った商品を返して、売上金の中から売れた分の商品
の卸値を差引いてもらうという形のようです。であればこそ、仕入れのための資金がないオケラの寅
さんでも何とか稼ぐことができるわけです。
このように、生命保険の原価というのは生命保険契約にもとづいて、生命保険会社が加入者その
他に支払う保険金・給付金・返戻金・配当金の合計ですが、生命保険の保険料が平準保険料にな
っていて、年齢が高くなった時の支払額が増える分を平準化して計算している部分を考慮に入れる
とすれば、上の支払額の合計額に責任準備金の積増し額を足した額、ということになります。
これが生命保険の原価ですから、保険会社も一般の会社と同様、原価をできるだけ安くするための
努力をしています。死亡保険金や医療関係の給付金の支払を少なくするために新契約時の査定を
厳しくして、支払が増えそうな加入者を排除するのはその努力の一つです。あるいは解約防止活動
で、解約返戻金の支払いを抑えるというのもその一つです。その努力が行き過ぎると、本来払わなく
てはいけない保険金まで払わない、いわゆる「不払問題」を引き起こしてしまったりします。
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純保険料
もうここまでで、「生命保険の原価が何か」ということはっきりしたと思いますが、それでは「純保険料
とは何か」ということもはっきりさせておきましょう。
純保険料というのは
保険料 = 純保険料 + 付加保険料
という式が示すように、保険料の構成要素の一つです。すなわち「原価」ではなく、「売上高の一部」
だ、ということになります。
生命保険では通常保険料(はっきりさせるため以下しばらく「営業保険料」ということにします)を計
算するのに、予定利率・予定死亡率(+医療関係の予定発生率)・予定事業費率の3種類の計算基
礎率を使います。
そのうち予定事業費率をゼロとし、予定利率・予定死亡率(+医療関係の予定発生率)をそのまま
にして同じ式で計算した結果を「純保険料」といいます。これは純保険料の定義ですから、解釈の問
題ではありません。
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このように純保険料というのは予定事業費率をゼロとして計算した営業保険料ですから、営業保険
料の一部、売値の一部です。たとえばホテルのディナーショーのチケットが 5,000 円だとします。ここ
のホテルのディナーはこの料理だとだいたい 2,000 円位だから、ショーの方は 3,000 円位だなと見積
もったとして、料理の 2,000 円もショーの 3,000 円も、どちらも「売値」であって「原価」じゃぁないという
ようなものです。
予定死亡率や予定利率は、日本の生命保険会社はほぼ同じものを使っていますから、その意味で
純保険料がどこの会社でもほぼ同じということは言えます。しかしそれは生命保険の原価が同じと
いうことではありません。
追加的な経費をかけて、保険の原価である保険金の支払・解約返戻金の支払を減らそうとしている
会社もあれば、余分な経費をかけずにさっさと保険金を支払ってしまって、保険の原価がちょっと高
くなってもその分経費の節約で元を取ろうと考える会社もあります。
付加保険料
次に、このように計算した純保険料と営業保険料の差を【付加保険料】といいます。
付加保険料 = 営業保険料 - 純保険料
です。
すなわち営業保険料と純保険料をそれぞれ計算すると、営業保険料の方が大きくなっている。純保
険料を幾分か割増したことになっている。この割増分のことを【付加保険料】と言います。これも定義
ですから、解釈の問題ではありません。
上の式をちょっと変形すると
営業保険料 = 純保険料 + 付加保険料
となります。これも付加保険料の定義から直接導かれる等式ですから、たまたまこうなったという性
質のものではなく、必ずこうなるものです。
このように付加保険料というのは、単なる「割増し」という以外のものではありません。
このように純保険料というのは売上につながる売り値の一部ですから、これは原価ではなく儲けを
上乗せしたものになっています。この儲けを上乗せした純保険料にさらに付加保険料という上乗せ
分を加えたものが【営業保険料】ということになります。
すなわち【純保険料を超える割増の部分が付加保険料】ということになります。
ライフネット生命流の
純保険料 = 生命保険の原価
というのは、売値と仕入値を混同した、とんでもない間違いということになります。
予定事業費
付加保険料というのは単なる「割増し」あるいは「上乗せ」ということでしかないのですが、これに似
た言葉で「予定事業費」という言葉があります。この「予定事業費」が「付加保険料と同じだ」という誤
解もかなり広まってしまっています。困ったことに生命保険の保険料計算の専門家でもあるアクチュ
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アリーでも、付加保険料と予定事業費は同じものだと信じている人がいるようですから、その話を聞
いたアクチュアリーでない人がそのように誤解してしまっていても仕方ない話ではありますが。
さきほど純保険料の説明で、予定事業費率をゼロとして計算した営業保険料が純保険料だといい
ました。
ですから
付加保険料 = 営業保険料-純保険料
=営業保険料-(予定事業費率をゼロにして計算した保険料)
=予定事業費率をゼロにしなかったことによる割増分
=予定事業費
ということになり、この場合結果として、付加保険料=予定事業費
となります。
これは【結果としてたまたまこうなる】というだけのことで、常にこうなるということではありません。言
葉ではちょっとゴチャゴチャしてしまいますので、具体的な計算例で考えてみましょう。
たとえば 50 歳の人の死亡率が 0.9%だったとします。死亡保険金 100 万円の1年定期保険を
考えると、年払保険料 9,000 円でこの 100 万円の死亡保険金がまかなえることになります。
すなわち 0.9%の死亡率で計算した純保険料は、9,000 円ということになります(100 万円×
0.9%=9,000 円)。
しかし実際の死亡率が 0.9%から上下にぶれるかも知れないので、死亡率としてはちょっと上
乗せして(安全割増して)1%の予定死亡率を使うとします。そうすると純保険料は 10,000 円に
なります(100 万円×1%=10,000 円)。
この契約を引受けるにあたり、予定事業費として保険金額の 0.2%を貰うとすると、予定事業費
は 2,000 円となります(100 万円×0.2%=2,000 円)。
営業保険料をこの純保険料と予定事業費の合計とすると、それは 12,000 円になります
(10,000 円+2,000 円=12,000 円)。
こうなると、 付加保険料 =営業保険料(12,000 円)-純保険料(10,000 円)
=2,000 円
で、
付加保険料 =予定事業費=2,000 円
ということになるのですが、予定死亡率を1%にする前の元々の 0.9%の死亡率を基準に考え
ると、
営業保険料(12,000 円)=純保険料(9,000 円)+付加保険料(3,000 円)
ということになります。
すなわち 10,000 円 の純保険料を基準にすると
⇒ 付加保険料は 2,000 円
9,000 円の純保険料を基準にすると
⇒ 付加保険料は 3,000 円
ということです。
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保険料の決め方
上の例の中で「営業保険料を純保険料と予定事業費の合計とすると」と書いたのに気が付いたでし
ょうか。この「とすると」というのは、通常は「だから」というふうに理解されているのですが、実は「単
にそのように決めている」というだけのことです。
日本の生命保険会社の営業保険料の決め方は、営業保険料を計算するための予定利率・予定死
亡率・予定事業費率等を決めておき、その率を使った営業保険料の計算式を決めて、その計算結
果が営業保険料だというやり方を採っています。
これは単に「採っています」というだけのことで、たとえばアメリカなどでは「30 歳の所は狙い目だか
ら、ライバルのA社の保険料の1割引にしよう。50 歳の所は売れなくても良いからB社の保険料の
1.2 倍にしよう。間の年齢のところは適当にもっともらしく増えるようにしよう」なんていう保険料の決
め方もあります。こうなるとそんな保険料を出す基礎率や計算式なんてものは、作りようがありませ
ん。
それでも営業保険料は決まりますから、純保険料との「差」を取れば付加保険料は決まります。
純保険料のいろいろ
「純保険料」というのも、ここまでの説明ではあたかも1つの「決まったもの」のように説明してきまし
たが、実はこれは正しく表現すると「保険料計算の基礎率の予定利率・予定死亡率を使った平準純
保険料」ということになります。
予定利率や予定死亡率は通常は「保険料計算用」のものと、「責任準備金計算用」のものは同じも
のを使うのですが、これは必ずしも「そうでなければならない」ということではありません。法律では
定期保険・養老保険・終身保険等では、責任準備金を計算するための予定利率・予定死亡率は「こ
れこれを使いなさい」という指示がありますが、「保険料計算にも同じものを使いなさい」という指示
はありません。そこで保険料計算で違う予定利率・予定死亡率を使った場合、「保険料計算の予定
利率・予定死亡率で計算した純保険料」と、「責任準備金計算の予定利率・予定死亡率で計算した
純保険料」とはどちらも「純保険料」ですが、値が違ってきます。
さらに「責任準備金」というのも、「平準純保険料式(略して純保式)」というものの他に、「5年チルメ
ル式(5チル式)」とか「全期チルメル式(全チル式)」という計算方法があると聞いたことがあるでしょ
うか。これに対応して純保険料も、「平準純保険料式の純保険料」・「5年チルメル式の純保険料」・
「全期チルメル式の純保険料」と様々な純保険料があり、それぞれ違った値になります。もちろんそ
れぞれの純保険料に対応して、それぞれの付加保険料も違った値になります。
損害保険と生命保険
生命保険では保険料計算に使う基礎率として通常予定利率・予定死亡率・予定事業費率という形
で表現するので、どうしても予定事業費と付加保険料を混同してしまい勝ちになるのですが、損害
保険ではこの基礎率を【純率】と【付加率】という形で表現するので、付加保険料が単に「割増し」と
いう意味であることがより分りやすくなっています。その上で、付加保険料というのは会社の事業費
に充てられる部分と代理店手数料に充てられる部分、会社の儲けになる部分から成り立っていると
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説明されています。
生命保険は「生命保険は助け合いで、生命保険会社は儲けてはいけない」という迷信が長らく支配
してきた世界なので、その中で付加保険料を説明するためやむなく【付加保険料=予定事業費】と
いう誤解をバラ撒いてしまったのかも知れません。
生命保険の原価
以上、生命保険の原価と付加保険料について説明しました。納得できたでしょうか。
生命保険の原価は上記のとおり、保険金や給付金の支払額のことです。ライフネット生命はまだ始
まったばかりで保険金の支払いはほとんど出ていません。一般に生命保険では契約してからしばら
くは保険金等の支払いが殆どないのが普通ですから、ライフネット生命の原価が安いのか高いの
かはまだわかりません。
ただし原価が安いか高いかというより、保険会社にとっては全体として収支・利益がどれだけ出るか
というのが大切なことで、その点契約件数がまたそれほど増えていないのでライフネット生命は当
分赤字決算となる見込みです(これももちろん折り込み済の話ですから、赤字でも別に問題はない
のですが)。
保険の加入者にとっては生命保険の原価がどうのこうのと言っても実際に負担するのは営業保険
料ですから、営業保険料が高いとか安いとかはそれなりに意味のある議論ですが、生命保険の原
価について議論してみてもあまり意味がないことかも知れません。
予定事業費の保険料比例と保険金比例
最後に【予定事業費の計算方式】についても、ちょっとコメントしましょう。
ライフネット生命の出口社長が「生命保険は誰のものか」の本の中で、保険金比例と保険料比例の
予定事業費(本の中では「手数料」という言葉に置き換えています)について議論して、またもや余
計な混乱を巻き起こしているようです。
すなわち、ライフネット生命は保険料比例の予定事業費となっているので若い年代で保険料が安く
なっているが、他の会社は通常保険金比例の予定事業費となっているので若い年代の保険料が高
いというような議論です。
ライフネット生命の付加保険料の開示のニュースリリース
<http://www.lifenet-seimei.co.jp/newsrelease/2008/1304.html>
を見てもわかるように、ライフネット生命も単純に保険料比例の付加保険料としているわけではあり
ません。ライフネット生命の付加保険料は
(A) 1件あたり月あたり 250 円
(B) (月払営業保険料-(A)の 250 円)の 15%
(C) 予定支払保険金・給付金の 3%
の3つの合計ということになっています。
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この(C)の「予定支払保険金・給付金の 3%」というのも、ライフネット生命では良くある、説明もなし
に言葉を言い換える手法の1例ですが、言わんとしているのは「純保険料の 3%」ということです。せ
っかく「純保険料」と「付加保険料」という言葉を使って保険料の構成を説明しているのに、その付加
保険料の計算式の説明に、その「純保険料」を使わずにわざわざ断りもなく別の言葉に言い換えて
いるのは何故なんだか私には理解できません。
この付加保険料の決め方から
営業保険料=純保険料+250 円+(営業保険料-250 円)×15%+純保険料×3%
ということになり、これを式の変形で整理してやると
営業保険料-250 円-(営業保険料-250 円)×15%=純保険料+純保険料×3%
(営業保険料-250 円)×(1-15%)=純保険料×(1+3%)
営業保険料-250 円 =
営業保険料 =
純保険料×(1+3%)
1-15%
純保険料×(1+3%)
1-15%
+250 円
純保険料×1.03
=
0.85
+250 円
ということになります。この 250 円の部分だけ必ずしも保険料比例にはなっていないということです。
この 250 円の部分も保険料比例に直すことができるのですが、そうすると多分若い人の保険料が安
くなり過ぎて経費が賄えないということになるんだと思います。あともう1つ・・・この 250 円の意図は、
保険金額が高くなっても 250 円は変わらないので、保険金額が高いほど保険料率(保険料/保険
金)が安くなるということです。
「保険料を安くする」というスローガンを掲げるライフネット生命が保険料比例の予定事業費を使って
いるので、
保険料比例
=
保険料が安い
保険金比例
=
保険料が高い
みたいな感覚になりますが、そうではなく
保険料比例
=
若い人の保険料は安く、高年齢の保険料は高い
保険金比例
=
若い人の保険料は高く、高年齢の保険料は安い
ということになります。
そこで生命保険会社では一般にどのように予定事業費の体系を決めるかということになるわけです
が、そこでは
1. 狙い目の年齢帯の保険料を魅力的なものにしたい
2. 保険料が安過ぎたり高過ぎたりしないようにしたい
3. 全体として不公平にならないよう、バランスの取れるものにしたい
という、いくつもの点を考慮しなければなりません。
たとえばライフネット生命の 10 年定期保険・保険金 1,000 万円のケースで、
<http://www.lifenet-seimei.co.jp/shared/pdf/premium_200811_01.pdf >
予定事業費率(予定事業費/営業保険料)が 20 歳の男性で 36%、50 歳の男性で 21%。20 歳の方
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が 50 歳の 1.7 倍と高くなっているというバランスと、予定事業費自体が、20 歳の男性で 397 円・50
歳の男性で 1,237 円。50 歳の方が 20 歳の 3.1 倍と高くなっているというバランスと、どちらの方がバ
ランスが取れているかということです。
保険金額 1,000 万円のケースでは、上の 250 円の定額の部分の影響であまり差が顕著に出ないの
ですが、保険金額 5,000 万円の方ではもっと明確に差が出ます。
予定事業費率ベースでは、20 歳 22%・50 歳 18%でほとんど差が出ないのに対し、予定事業費の額
では 20 歳 985 円・50 歳 5,184 円で 50 歳の方が5倍以上になっています。
同じ保険金額 5,000 万円の期間 10 年の定期保険で、予定事業費に5倍もの開きがあるのが公平な
のかという議論も当然起こってきます。「純保険料が 6.7 倍になっているんだから予定事業費が 5.3
倍になっても良いじゃないか」という議論もありますが。ここで予定事業費の方でもう少し公平にしよ
うとすると今度は予定事業費率の方でその分バランスが崩れて、20 歳の予定事業費率が 50 歳に
比べて割高な度合いが大きくなるということになります。
一般にこのようなことを考えながら、生命保険会社は保険金比例部分と保険料比例部分をうまく組
合わせる形で、予定事業費を決めています。
ライフネット生命は今の所ねらい目の若年層の保険料を安くするために、保険料比例の予定事業
費を使っているということですが、今後目標を高年齢層に拡大していこうとする時、高年齢の予定事
業費が高過ぎる状況を何らかの形で修正しなくてはならないことになるのかも知れません。
最初の生命保険の保険料
これはおまけですが、今のような形の生命保険事業が始まったのは、250 年ほど前のイギリスのエ
クイタブル生命という会社からです。この会社は保険料を計算するのに、予定利率と予定死亡率し
か使いませんでした。ですから
営業保険料=純保険料
付加保険料=0
予定事業費=0
ということです。
それじゃあ「とんでもなく赤字か」というと、決算をしてみると「とんでもなく儲かっている」ことがわかり
ました。安全を見込んで予定利率を低めに設定し、また予定死亡率もかなり高いものを使ったので
利差益・死差益がたんまり発生し、その中から事業費を支払ってもまだたんまり利益が残ったという
ことです。
エクイタブル生命の方はあらかじめそのような事態を想定し、敢えて予定事業費を取らなくても会社
の経営に問題は生じないと判断したわけです。
「付加保険料が大きい・小さい」という議論も良いですが、このような付加保険料が0で保険会社は
大儲けというケースもあることを考えてみて下さい。
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