第134回講演会(2016年5月19日,5月20日) 日本航海学会講演予稿集 4巻1号 2016年4月20日 ヘッドマウントディスプレイを用いた航海支援 学生会員○北澤 文香(東京海洋大学大学院) 正会員 古谷 雅理(東京海洋大学) 非会員 軸丸 祐策(東京海洋大学) 正会員 庄司 るり(東京海洋大学) 要旨 近年、ウェアラブル端末の進歩には、目覚ましいものがある。陸上においては、スマートフォンの普及に 伴い情報を得るために最小限の動作しか必要としなくなりつつある。その一方で、船上では様々な理由から 情報の統合や表示が陸上に比べて遅れていることは否めない。安全運航に欠かせない見張りを行いながら、 危険な船舶をいち早く判断し、適切な操船の実行を支援する航海支援端末を作成し、東京海洋大学練習船汐 路丸で実験を行った。 キーワード:航海支援、ヘッドマウントディスプレイ(HMD)、見張り、AIS に安定性のあるものの 2 つを満たす装置として EPSON の MOVERIO (モベリオ)を使用すること にした。以後単に HMD と記す。 1.はじめに 安全運航において見張りが重要であることは、 様々な論文において述べられている。見張りを支援 するために、代表的な先行研究として、疋田ら(1)の 2.2 レーダー画面を船橋前方に重ね合わせる目視認識支 装置について 今回使用した HMD は、両眼式シースルー型の端 援装置が開発、提案されている。 末である。図 1 に製品の写真を示す。右の小型端末 船上の操船者は、安全運航に必要な情報を得るた が HMD 本体と接続されており、画面表示を切り替 めに船橋内を移動する。しかし、移動する際に一時 えるリモコンのような機能を持っている。この小型 的ではあるものの見張りから離れることになる。一 端末には画面表示機能はない。 方、陸上においては、スマートフォンの普及に伴い 端末 1 つで様々情報を瞬時に得るのが日常的になっ ている。 著者等は、ウェラブル端末の 1 つであるヘッドマ ウントディスプレイ(Head Mounted Display , HMD)を用いることで、見張りの妨げになることな く情報を提供することができるのでないかと考えた。 この航海支援端末に求めることは 2 つある。1 つ目 は、航海計器の近くに移動せずに自船にとって危険 な船舶を判断できる情報を提供することである。2 図 1 MOVERIO(BT-200AV)の本体 つ目は、船橋からウィングに出た状態で操船せざる を得ない状況においても情報提供を可能にすること 3.表示する情報の検討 である。 3.1 使用するデータについて 本研究では、東京海洋大学練習船汐路丸の船橋に 2.使用する端末について 設置しているモニタリング装置を経由し、収集して 2.1 ヘッドマウントディスプレイとは ヘッドマウントディスプレイとは、頭部に装着す るディスプレイ装置のことである。ウェアラブルコ ンピュータの 1 つで、スマートグラスとも呼ばれて いる。現在、各メーカーによって製品の名称は異な るが、両眼式と単眼式の 2 つがある。 今回、支援装置を作成するにあたり、見張りや周 囲の状況の把握に支障が出にくいこと、装着した際 いる汐路丸の航海データ、機関データと汐路丸内で 収集している AIS データを使用した。収集されたデ ータより、針路、船速、風速、GPS 緯度経度など表 示に必要な情報を取得することとした。 汐路丸の船内では、船内 LAN を経由し、マルチ サーバーである Open Blocks を用いることで、UDP 78 第134回講演会(2016年5月19日,5月20日) 日本航海学会講演予稿集 4巻1号 2016年4月20日 通信により無線 LAN を利用する一定周期で通信を (4) 行っている。これにより、リアルタイムに HMD へ 情報を配信することを可能にした。 3.2 (5) (6) 操船者の避航行動 操船者は、安全に目的地へと向かうため、常に見 Vt:相手船の速力、Vo:自船の速力、Ct:相手船の針路、 張りを行っている。竹本ら(2)は、操船者の避航すべ Co:自船の針路、Az:相手船の真方位 き船舶を発見し、避航するにいたる行動を次のよう な一連の情報処理系統に基づいて行動していると捉 4.表示画面 えている。最初に他船の認識をし、次に見合い関係 4.1 表示モード HMD で表示できる画面は使用者の視野を大きく の識別を行い、さらに衝突の有無を判断し、最終的 に適切な避航法の選択を行う。本研究では、この4 損なわない大きさになっている。本来であれば つの段階のうち、他船の認識と衝突の有無を支援す HMD の端末上に表示されている画面を直接図とし ることとする。 て表示したいのだが、ヘッドマウントディスプレイ 端末の特性上難しい。そのため、図 2 以降は、HMD 3.3 他船の認識 へ送信しているパソコン上の画面を「HMD の表示 画面」として扱うこととする。図 2 は、装着した際 本研究では、AIS データを用いて他船の情報を得 ることにした。AIS 情報は、 航行中の船舶であれば、 の見え方を西川(5)が作成した図である。 2~10 秒で情報が更新される。AIS 情報の受信範囲 は、アンテナ設置場所や天候状況の影響により常に 一定ではないが、約 20nm ほどあり、かなり広範囲 をカバーしている。 本研究では、広範囲の危険な見合い関係を割り出 すことではなく、海上衝突予防法における互いの視 野の内にある船舶同士の避航操船を支援したいと考 えた。しかし、互いの視野の内にある船舶の具体的 な距離は法律上定義されていない。そのため、海上 衝突予防法に定義されている灯火の視認距離を用い 図2 ることにした。そして、より安全な操船を目指し、 HMD の表示画面 50m以上の船舶のマスト灯の視認距離は 6nm であ ることから、汐路丸で収集された AIS データの中で 図 2 が示すように HMD の表示画面は限られてい 自船から 6nm 以内の船舶を対象とした。 る。情報を全て 1 つの画面に集約してしまうと文字 が小さくなってしまい視認しにくいと考えた。その 3.4 衝突の有無の判断の支援 ため、画面の大きさを考慮し、1 つの画面に全ての 竹本ら(2)は、操船者は衝突の有無を判断するのに 情報を表示するのではなく、3 つのモードに分けて ジャイロコンパスによる方位計測と方位の変化とレ 表示することにした。見張りモード、危険ランキン ーダーARPA(DCPA、TCPA)、AIS の捕捉機能を使 グモード、気象モードである。各モード内で表示す っていると述べている。本研究では、特に衝突の有 る項目は、4.3 で述べる。 無の判断では、DCPA と TCPA は重要であると考え、 AIS 情報から今津(4)の式 (1)~(6)を用いて DCPA と 4.2 TCPA 計算し、端末に表示させることにした。 表示画面の配色について 海上は海面反射や気象海象の影響を受けやすく陸 (1) 上と比較しても物標を視認しにくい。比較的海上よ (2) りヘッドマウントディスプレイの視認性が高いと考 (3) えられる陸上でも冨士原ら(6)が背景色と表示情報の 色が近くなってしまうことによる視認性の低下を防 79 第134回講演会(2016年5月19日,5月20日) 日本航海学会講演予稿集 4巻1号 2016年4月20日 モードと相対風向と相対風速を表示する relative モ 止する研究を行っている。 本研究では操船者は HMD を装着したまま見張り ードの 2 つを作成した。図 5 に True モードを示す。 を行うことを目的としているため、海面上に疑似的 風向、風速は自船にとって低速時に大きく影響を与 に映る数字や文字を読む必要がある。そのため、河 えることから、精度よく自船の移動速度が計測し、 本ら(3)が海上で行った色の視認性の実験で視認率の 情報を加えることができれば、離着桟時に役立つの 高かった黄、黄赤、赤を使うことにした。また、疋 ではないかと考える。 田ら(1)の支援装置では、蛍光緑が使用されていたこ とから、蛍光色も取り入れ、できる限り海上におい て視認することが容易な配色にした。 4.3 4.3.1 作成した表示画面 見張りモード(look out mode) 見張りモードでは、操船者が船首方向の延長上に いることを仮定し、船首方向を HMD の画面の中央 に固定した。この表示形式は、course up の状態で ある。このモードでは、自船と相手船の船名、速力、 図5 距離を図 3 のように表示した。 気象モード true の表示画面 5.実海域における実験と結果 5.1 画面の視認性に関する実験 5.1.1 画面の視認性 航海中視程 2.4nm 天気晴れ 11 時の状況と、錨泊 中視程 3nm 天気雨 18 時の状況において画面を海面 上に映し、視認性の実験を行った。図 6 に被験時の 様子を、表 1 に使用した色について示す。 図 3 見張りモードの表示画面 4.3.2 危険ランキングモード(degree of risk) 危険ランキングモードでは DCPA と TACP が小 さい値の船名を DCPA と TACP と共にランキング 形式で表示した。図 4 に画面を示す。 図 6 HMD 装着時の様子 表1 背景および文字に使用した色(変更前) 背景 文字 モード選択 黒 白 見張りモード 白 紫 危険ランキングモード 白 赤 気象モード(相対) 黒 蛍光緑 気象モード(真) 黒 蛍光黄赤 図 4 危険ランキングモードの表示画面 4.3.3 気象モード(weather mode) 気象モードでは、真風向と真風速を表示する true 80 第134回講演会(2016年5月19日,5月20日) 日本航海学会講演予稿集 4巻1号 2016年4月20日 5.1.2 結果 画面が透過しやすいため、画面に集中しやすいこと 背景に黒を使用した画面は、11 時の実験ではすべ である。2 つ目は、焦点距離が長くなるためである。 て画面が透過してしまい、文字が見えにくかった。 これらの点を踏まえて実用化にむけてより疲労感を 一方、背景に白を使用した画面は、すべて数字や文 感じさせないよう改善していきたいと考えている。 字を読むことができた。18 時の実験では日没後であ 7.結論 ったこともあり、すべての画面において視認性が高 かった。この結果から、実験航海中に RGB の数値 両眼式のヘッドマウントディスプレイ(HMD)を用 を調整し、 最も日中視認性が高かった色に変更した。 いてリアルタイムに操船者を支援する端末の作成と、 図 3~図 5 は変更後の画面である。表 2 に変更後の 東京海洋大学の練習船汐路丸を利用した実海域実験 背景および文字に使用した色を示す。 を行った。端末の表示画面作成にあたっては、実船 実験において視認性の高い色を採用した。表示画面 表2 の大きさを考慮し、データを 1 つの画面に集約表示 背景および文字に使用した色(変更後) 背景 文字 モード選択 白 黒 見張りモード 白 濃紫 危険ランキングモード 白 赤 気象モード(相対) 黒 蛍光ピンク 気象モード(真) 黒 蛍光橙色 するのではなく 3 つに分けて表示する形式とした。 リアルタイムに取得できる AIS 情報と汐路丸の航海 データを使用し、操船者が見張りを行いながら危険 船を判別できるよう自船から 6nm 以内の船舶を対 象として DCPA、TCPA を計算し端末に表示させた。 手に端末を持つ必要がなく、船橋の外に出た状態で 5.2 5.2.1 も情報を得ることができるため、将来的には航海中 情報の送信と表示情報に関する実験 のみではなく離着桟時にも使用することができるの HMD への情報の送信と表示情報の確認 ではないかと考えている。 HMD へ送信した情報と受信した情報が同一かど うか確認した。また、表示情報である船名、速力、 距離、DCPA、TCPA、相対風速、相対風向、真風速、 8.参考文献 真風向をレーダーおよび ECDIS と風向風速計を用 (1) 疋田賢次郎、福戸淳司他:目視認識支援装置の いて確認を行った。 開発,日本航海学会論文集第 122 号,pp7-13, 5.2.2 平成 21 年 10 月 結果 HMD へ送信した情報と受信した情報が同一であ (2) 竹本孝弘、岩崎裕行他:操船者の情報処理シス ることが確認できた。しかし、DCPA、TCPA は小数 テムに基づく避航行動, 日本航海学会論文集 点 2 桁以降にレーダーおよび ECDIS の数値とずれが 第 120 号,pp.35-43,平成 20 年 10 月 (3) 河本健一郎、坂本和也他:Z-21 海上における 生じた。本来であれば DCPA と TCPA の計算には対 地速力を用いるが、汐路丸の計測機器の都合上、本 安全色の視認性, 日本色彩学会誌 実験では対水速力を用いたためだと考えられる。そ 第 35 号,pp138-139,平成 23 年 5 月 (4) 今津隼馬:衝突針路を使った OZT 算出方法,日本 の他の表示情報は一致していた。 航海学会誌第 188 号,pp78-81,平成 26 年 3 月 (5) 株式会社インプレス:大画面/多画面マニア西川 6.今後の課題 善司レビュー, 実海域実験を行った際、想定以上に海面反射の影 響で海面に画面を表示すると、文字や図が見えにく http://www.watch.impress.co.jp/topics/epson かった。文字の縁取りを行うなど更なる工夫が必要 1503/ と考える。表示画面は、船首方向を HMD の画面の (6) 冨土原 匡隆、新井イスマイル:光学透過型 HMD 中央に固定している。しかし瞬時に外の風景と情報 を用いた AR ナビにおける背景色に基づくビュー を重畳し、操船者の動きと追従する形での画面表示 マネジメント,情報処理学会報告,Vol.2014_MB の開発に取り組んでいきたいと考える。また、ヘッ L_70No.11, pp1-5,平成 24 年 3 月 ドマウントディスプレイ装着時には、疲労感を感じ やすくなる可能性が 2 つある。1 つ目は、通常より 81
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