居場所づくりの取組みと課題

三 重 短 期 大 学 地 域 問 題 研 究 所 通 信 第 96号
2009年 10月 30日
ISSN1340-5780
発行人
岩
田
俊
二
編集人
島
内
高
太
発行所
三重短期大学
地域問題研究所
津 市 一 身 田 中 野 157番 地
〒 514-0112
TEL(059)232-2341
題字
岡本祐次元学長
居場所づくりの取組みと課題
−三重県の事例を通して−
木下誠一
1.は じ め に
近年、学校の週五日制、少子高齢化、地域社会での人間関係の希薄化、青少年問題など様々な社会的
背景から、公共施設や空き店舗等を利用した居場所づくりの取組みが各地で展開されている。例えば、
※1
青 少 年 が 放 課 後 や 休 日 に 自 由 に 過 ご せ る 健 全 な 居 場 所 (「 子 ど も の 居 場 所 づ く り 新 プ ラ ン 」 等 )、 退 職
後 の 高 齢 者 な ど が 社 会 と 関 わ り を 持 ち 、 生 き が い を 得 る こ と の で き る 居 場 所 (「 ふ れ あ い ・ い き い き サ
※2
ロ ン 」 等 )、 育 児 不 安 を 抱 き 、 孤 立 し が ち な 子 育 て 中 の 主 婦 が 安 心 し て 集 え る 居 場 所 (「 つ ど い の 広 場
※3
事業」 等)などがあり、地域の中で居場所を提供していくことが社会的に重要な課題となっている。
しかし、居場所づくりの取組みはまだ新しく、その多くは個々の居場所ごとに経験的で試行錯誤的に運
営されているのが実情である。そして、それぞれの居場所が地域において相互にどのような関係や位置
づけにあるのかも明確ではなく、今後、地域において計画的に居場所を整備していく必要があると考え
る。
これまで地域には公共施設をはじめ、様々な施設が整備されてきているが、必ずしも地域住民の居場
所になっているとは言い難い。特に公共施設は、制度によって施設の目的、対象者、運営方法などが明
確に規定され、機能的サービスを中心としているため、他者と会話したり、ゆっくりひと時を過ごすと
いった非目的的な滞在的サービスについては疎かになっているといわざるを得ない。地域住民の生活の
質の向上のために、多様なニーズを視野に入れ、居場所の観点から地域施設を捉え直す必要があろう。
こうした問題意識から居場所としての地域施設計画に関する研究に取り組んでいるところであるが、
本 稿 で は 、 三 重 県 が H 15 年 度 か ら 開 始 し た 「 三 重 県 青 少 年 居 場 所 づ く り 事 業 ( 以 下 、 居 場 所 事 業 )」 の
事例を対象に、居場所づくりの実態と課題を整理した研究について簡単に紹介したい。
2.三 重 県 に お け る 居 場 所 づ く り の 取 組 み
三 重 県 に よ る 青 少 年 を 対 象 と し た 居 場 所 事 業 は 、 H15年 度 か ら 開 始 し た 民 間 委 託 事 業 ( H17年 度 ま で の
3年 間 を 補 助 事 業 ) で あ り 、 そ の 活 動 理 念 は 「 中 高 生 の 世 代 の 青 少 年 が 、 土 日 や 放 課 後 の 時 間 帯 を 中 心
に、気軽に立ち寄り、自由に集まることのできる居場所を設け、そこに集まる青少年自らが企画・運営
する「青少年の、青少年による、青少年のための活動」を通じて、地域の大人達との語らいや交流など
により、青少年が、自立心や社会規範を身につけ、また、自分たちが地域の構成員の一部であることの
自 覚 を 高 め て い く こ と 」 と し て い る 。 居 場 所 の 主 な 設 置 基 準 は 次 の と お り で あ る 。 1) 活 動 拠 点 と な る
居 場 所 を 地 域 の 公 民 館 、 空 店 舗 等 に つ く る 。 2) 青 少 年 で 組 織 さ れ た 居 場 所 運 営 に あ た る 「 青 少 年 委 員
会 」 を 設 置 す る 。 3 )「 青 少 年 委 員 会 」 を サ ポ ー ト す る コ ー デ ィ ネ ー タ ー ( 以 下 、 運 営 者 ) を 設 置 す る 。
4 )「 青 少 年 委 員 会 」 で 企 画 し た サ ー ク ル 活 動 ・ 体 験 活 動 等 を 行 う 。 5) 居 場 所 の 利 用 料 は 無 料 と す る 。
6) 原 則 、 土 曜 を 含 む 週 4日 以 上 、 か つ 、 1日 3時 間 以 上 開 館 す る 。 居 場 所 は 県 内 各 地 に 設 置 さ れ 、 設 置 数
は 、 H15年 度 15件 、 H 16年 度 17件 、 H17年 度 16件 で あ っ た 。 設 置 さ れ た 建 物 種 別 は 、 公 共 施 設 で は 、 公 民
館・地区会館、市民活動センター、児童館等であり、民間施設では、古民家、旧旅館、新築戸建等であ
る。
- 1 -
3.居 場 所 づ く り の 実 態 と 課 題
H15年 度 よ り 居 場 所 事 業 に 登 録 す る 15件 の う ち 調 査 協 力 の 得 ら れ た 10件 を 対 象 に 、居 場 所 の 運 営 内 容 、
運営上の問題点や留意点等について運営者に対するヒアリングを行い、居場所づくりの実態と課題につ
いて把握した。その概要を以下に述べる。
1) 立 地
居場所は、駅前地区、中心市街地、住宅地に立地するが、運営者は駅前を除き交通アクセスの悪さや
施設の視認性を問題としており、必ずしも希望通りの立地条件となっていない。一方で、中高生の出入
りによる騒がしさや、居場所を不良の溜まり場とみる近隣の住民感情に配慮し、あえて住宅地のはずれ
に設けた居場所もみられる。また、居場所の設置以前から家主が和裁教室を開いていた古民家や旧旅館
など、従前より地域住民に認知された建物を居場所に開放することで地域と良好な関係を築き、気軽に
利用できるようにした居場所もみられる。
2) 空 間
居場所は、公共施設または民間施設に設置される。公共施設の場合は、施設規模が民間施設より大き
く、設備的に整った複数の諸室を有するため、動的な活動から静的な活動まで活動展開の幅があり、中
高生が各々の目的に応じた場所を複数の中から選べる選択利用を可能とする。民間施設の場合は、小規
模な民家などを利用して家庭的な雰囲気づくりを心掛けているため、限られた空間で他者と場所を共有
しながら自由に過ごせる複合利用が主となる。しかし、問題点として「面積が狭い」ことが挙げられ、
利用時間帯をやり繰りするなど運営上の工夫で対応しているのが現状である。
居場所内の設えでは、公共施設の場合は、既に備品等が比較的整っているため、少ない予算で利用し
やすい環境づくりを行っている。しかし、あくまで内装や備品は公共物であるため、思い通りに手を加
え る こ と が で き な い な ど 、設 え の 自 由 度 が 低 い 点 が 問 題 点 と し て 挙 げ ら れ る 。一 方 、民 間 施 設 の 場 合 は 、
備品の充実度は公共施設より劣るが、古民家利用の場合には建物所有者の理解も得やすく、比較的内装
の変更に関する自由度が高いのが特徴的である。
3) 運 営 主 体
運 営 主 体 に は 、 NPO団 体 の 他 、 市 民 活 動 支 援 団 体 、 ボ ラ ン テ ィ ア 指 導 者 や 行 政 職 員 が 中 心 と な っ て 組
織された団体があり、いずれも、居場所の設置以前から地域で青少年の育成に取り組んできた経験をも
つ 。 NPO団 体 の 多 く は 従 来 よ り 団 体 の 活 動 拠 点 を 有 し 、 子 育 支 援 や 各 種 体 験 事 業 を 行 っ て お り 、 居 場 所
事業を契機に新たに中高生を取り込むことで幅広い世代間交流への展開を図ろうとしている。
NPO団 体 以 外 の 任 意 団 体 で は 、 中 高 生 に 限 ら ず 市 民 活 動 全 般 を 支 援 す る 団 体 、 中 高 生 か ら 成 る 子 ど も
会等の支援団体、地域の青少年指導者らによるボランティア団体、青少年行政に携わる市職員が個人的
に支援者を募り新たに組織された団体がある。
4) 開 館 日
原 則 、 土 曜 を 含 む 週 4 日 以 上 、 か つ 、 1日 3時 間 以 上 の 開 館 が 設 置 要 件 で あ る た め 、 ほ ぼ 日 常 的 に 開 い
ている。開館時間帯は中高生の生活時間に配慮し、平日は放課後や塾帰りなどに利用できるよう午後か
ら夕方もしくは夜まで開館し、休日は午前からの開館が多い。公共施設では、市民活動センターの職員
が 居 場 所 の 運 営 を 兼 務 す る 居 場 所 は 、 毎 日 、 セ ン タ ー が 開 館 す る 10時 か ら 22時 ま で の 長 時 間 、 中 高 生 に
開 放 し て い る 。 ま た 、 児 童 館 館 長 が 運 営 を 兼 務 す る 居 場 所 は 、 従 来 の 夕 方 5時 ま で の 利 用 を 6時 頃 ま で 延
長し、中高生の利用に対応している。個人が実質的に運営している居場所は、仕事上の都合などで常駐
で き ず 、 開 館 日 が 週 3日 程 度 と 少 な い 。 民 間 施 設 で は 、 NPO団 体 の 事 務 所 兼 活 動 拠 点 と す る 居 場 所 は 、 少
なくとも一人以上のスタッフが常駐しているため、平日の幅広い時間帯を居場所として開放しているほ
か、開館時間外に中高生が訪れても受け入れ可能な柔軟な運営がなされている。
5) 企 画 活 動
中高生に対する日常的な居場所の提供だけでなく、ほとんどの施設で中高生主体の企画活動を年に数
回 行 っ て い る 。 N PO団 体 の 居 場 所 は 、 各 種 体 験 事 業 の 経 験 を 活 か し 、 野 外 活 動 や ボ ラ ン テ ィ ア 、 サ ー ク
ル活動などを通した異世代交流の中から社会性を身につける活動を主にサポートしている。一方、市民
活動や子ども会等を支援する団体の居場所は、中高生が祭りなどのイベントを主催し、仲間意識や帰属
感を育む活動を主にサポートしている。また、地域で青少年育成に取り組む行政職員やボランティアを
中心とする居場所は、公民館や児童館等の諸室を活用した各種講座を通して、自己実現へのきっかけづ
くりを主にサポートしている。このように、日常的な場所の提供サービスの他に、異世代交流、仲間意
識の醸成、自己実現のきっかけづくりなどを目的に、運営主体の特色を活かした非日常的な企画活動が
実施されている。
- 2 -
6) 運 営 者 の 存 在
運 営 者 は 、「 大 人 は 指 示 し な い よ う サ ポ ー ト を 心 掛 け る 」 や 、「 挨 拶 す る 以 外 は 様 子 を 見 守 り 、 困 っ
たときに応えてあげる」と語るなど、中高生の主体性を尊重し、思春期特有の心理にも配慮するため、
居 場 所 内 で は 中 高 生 に 対 し な る べ く 干 渉 せ ず 見 守 ろ う と す る 姿 勢 が 窺 え る 。 ま た 、「 中 高 生 は 場 所 で は
な く 、 人 や 活 動 内 容 を 選 ん で い る 」、「 中 高 生 と ス タ ッ フ の 居 場 所 と し て 共 に 育 ち 合 う 場 と し た い 」 と
の意見があるように、居場所が単なる場所提供だけでなく、関わりの場として機能するために、運営者
や他世代の存在が重要であると考えている。このように、運営者は、中高生が気軽に悩みなどを話せる
相談相手や、温かく見守り安心感を与える裏方的存在、また利用者同士や他世代との関わりをつなげ活
動展開をサポートする媒介的立場など、様々な役割を担っているといえる。
7) 広 報 活 動
ほとんどの居場所で、広報活動を行っている。居場所の開設時には、いずれも運営者が以前から馴染
み の 中 高 生 を 中 心 に 声 掛 け を 行 い 、次 第 に 口 コ ミ で 友 人 を 連 れ て く る よ う に な っ た 経 緯 が あ る 。し か し 、
「親の理解が薄い」や「学校から良い場所とは思われていない」と運営者が語るように、居場所は、一
部の人から不良の溜まり場のようにみられており、そのことが利用の障壁にもなっている。運営者は、
学校説明や地域交流により保護者や学校の理解を得て施設の認知度を高め、利用者が固定化している現
状を克服する必要性を感じている。
8) 居 場 所 間 の 連 携
運 営 者 は 「 い ろ い ろ な 居 場 所 と 連 携 を と っ て い き た い 」、「 地 域 の 中 に は 多 く の 居 場 所 が 必 要 」 な ど
と語るように、地域に中高生の居場所が少ないと認識しており、中高生のニーズに対応するには、個々
の取組では限界があり、施設間の連携を望んでいることがわかる。また、空間の機能的な補完関係だけ
で な く 、「 居 場 所 同 士 を イ ン タ ー ネ ッ ト で つ な げ 、 互 い の 長 所 や 短 所 を 補 っ て い き た い 」 と の 意 見 が あ
るように、居場所相互の情報交換を求めている。
9) 運 営 資 金
各 施 設 は 、 中 高 生 に 無 料 開 放 す る た め 、 補 助 事 業 と し て 三 重 県 か ら 支 給 さ れ る 補 助 金 ( 20万 円 ) を 元
手に運営している。使途は、図書、家具設備、講師料、イベント費用などである。特に民間施設の運営
者は運営資金不足を問題点として挙げている。公共施設の場合は、施設を行政から無償で借り受け、備
品等も利用でき、運営者も施設職員やボランティアが主に担っているため、その分、補助金を企画活動
等 に 充 当 で き る の に 対 し 、 民 間 施 設 の 場 合 は 、 運 営 主 体 と な る NP O団 体 の 財 政 基 盤 が 、 主 と し て 支 援 者
からの会費、各種事業の参加費や利用料、行政からの助成・委託費等により築かれているため、利用料
を無料とした居場所事業では、活動費、施設維持費、人件費等を補助金以外にも他の事業費から捻出す
る必要があり、運営資金に苦慮しているものと推察できる。
4.お わ り に
本稿では、三重県の居場所事業の事例を通して、居場所づくりの実態と課題をみてきたが、各居場所
で 様 々 な 工 夫 が み ら れ る 一 方 、 運 営 に 苦 慮 し て い る 実 態 が 明 ら か と な っ た 。 事 業 期 間 後 の H 18年 度 以 降
の 居 場 所 の 継 続 状 況 に つ い て み る と 、 本 稿 で 取 り 上 げ た 居 場 所 10件 の 内 、 空 間 面 、 運 営 面 に お い て こ れ
ま で 通 り の 内 容 で 継 続 し て い る も の は 少 な く 2件 の み と な っ て い る 。 継 続 し な か っ た 居 場 所 に つ い て 、
そ の 理 由 を み る と 、「 運 営 費 の 見 直 し 」、「 老 朽 化 に よ る 施 設 の 解 体 」、「 運 営 者 の 個 人 的 事 情 」 な ど が 挙
げられている。居場所の安定した運営のためには特に経済的、人的支援が課題といえる。
本稿で取り上げた事例以外にも、民間施設では店舗や塾、宗教施設などを開放した居場所が想定され
る。このような地域住民に少なからず認知されている既存ストックを居場所として活用していくことが
有効であろう。一方、公共施設は、既存の公民館や集会所、学校といった従来の固定的な施設種の枠組
みに縛られず、より柔軟な空間づくりと弾力的な運営を行う必要があろう。これら公共、民間各々の特
性をふまえ、地域住民が自分に合った居場所を地域の中で自由に選択できるよう、多様な居場所を提供
し、居場所間の連携を図りながら地域全体で受け入れていく体制を整える必要があるといえる。
本稿では、青少年の居場所を取り上げたが、今後、県内の自治体における取組み、子育て親子や高齢
者の居場所、居場所間の連携のあり方などについて検討を深めていきたいと考えている。
な お 、 本 稿 は 文 献 1の 内 容 の 一 部 を 要 約 ・ 加 筆 し て い る 。 詳 細 は 文 献 1を 参 照 さ れ た い 。
- 3 -
注釈
※1
全国の学校で放課後や休日に、地域の大人の協力を得て、安全で安心な「子どもの居場所」を確保し、スポー
ツや文化活動など多彩な活動が展開されるよう、家庭、地域、学校が一体となって取組む計画。文部科学省が
2004年 度 に 策 定 し 、 2006年 度 ま で の 3カ 年 計 画 。 全 国 で 約 1万 ヶ 所 設 置
※2
( 2006年 度 )。
閉じこもりがちな高齢者の仲間づくり・生きがいづくりなどを目的に行われる、地域住民による小規模で自由
な 自 主 的 活 動 。 社 会 福 祉 協 議 会 が 1994年 以 降 に 活 動 実 施 し 、 2008年 度 時 点 で 、 全 国 で 約 3万 ヶ 所 設 置 (「 社 協 情
報 ノ ー マ No.220」 よ り )。
※3
主に乳幼児をもつ子育て中の親が気軽に集い、うち解けた雰囲気の中で語り合うことで、精神的な安心感をも
た ら し 、 問 題 解 決 へ の 糸 口 と な る 機 会 を 提 供 す る 場 。 厚 生 労 働 省 が 2002年 度 創 設 し 、 全 国 で 829ヶ 所 設 置 。
参考文献
1)木 下 誠 一 ・ 池 谷 辰 仁 ・ 今 井 正 次 : 中 高 生 の 居 場 所 の 成 立 条 件 に 関 す る 研 究
-三 重 県 に お け る 居 場 所 づ く り 事 例 の
分 析 を 通 し て -,日 本 建 築 学 会 計 画 系 論 文 集 , NO.623, pp.39-46, 2008.1
web2.0時 代 の 福 祉 社 会 学 の agenda
平尾竜一・加藤あけみ・横溝一浩
はじめに
本レポートの目的は以下にある。電脳社会からネット社会へと比喩される我が国の情報通信ネットワ
ー ク が 国 民 生 活 に 深 く 浸 透 し 、 現 実 世 界 そ の も の を 変 化 さ せ た こ と は IT基 本 法 (2000)に そ の 証 左 が み ら
れ よ う か 。 ま た 、 ITは 障 害 を も つ 人 た ち の 生 活 や 、 社 会 参 加 の 様 式 に も 変 化 を 与 え た 。 情 報 通 信 技 術 は
障 害 者 基 本 計 画 (2003)な ど に 謳 わ れ る よ う に 、 障 害 者 の 社 会 参 加 の 推 進 、 社 会 の バ リ ア フ リ ー 化 の 促 進
を は か る た め の 、 基 礎 的 環 境 と も な っ た 。 ITは 障 害 者 が 行 政 放 送 な ど の 地 域 で の 自 立 し た 生 活 を 支 援 す
る方途として活用され、また安全でかつ安心して暮らすための防災情報などのネットワークを提供する
一翼をになう。加えて、通勤困難な重度障害者の在宅支援から雇用促進、そして障害者自身が創業・起
業の有効なツールともなる。同時に、福祉事業者というサービスプロバイダにあっても、情報公開や施
設経営という新しいツールを提供する。
こ う し た 状 況 を 鑑 み 、 ま ず ITイ ン フ ラ と い う 新 し い 公 共 性 の 定 義 に ふ れ 、 次 に ITを め ぐ る 「 新 し い 公
共 圏 」 の 議 論 を ふ ま え − そ れ は と り も な お さ ず OS(Operation System)の PBS(Public Domain Software)
の動向であるが−最後に福祉情報教育としての「情報リテラシー教育」から一般教育を包含する新しい
教育へと通底する議論を整理しつつ、近年の福祉社会学的諸議論に対する理解の提案を行う。
1
公 共 財 と し て の IT
−情報プラットフォームは誰のものか?
IT技 術 に 基 礎 づ け ら れ た 情 報 保 障 を 議 論 す る 手 始 め に 、 手 話 通 訳 や 字 幕 を 付 し た ニ ュ ー ス 番 組 ・ 広 報
番組は誰かが視聴するとその価値を減ずることがあるのか、という点から行いたい。
近年、多くの番組で字幕スーパーが付されており、また手話通訳を付したりすることが認知されてき
ている。これは聴覚障害のある方には必要な配慮である。携帯電話端末で安否確認や伝言板、避難所の
場所などの避難情報が提供されるのも同様だ。同時に音声ガイダンスがある携帯端末では、視覚に障害
のある方にも情報提供できるようになっている。
しかもこの情報提供については、技術的にはすべて無料で実施することが可能となっている。具体的
に 情 報 の フ ロ ー を 示 す と 、「 入 力 す る 者 → 入 力 会 社 の ホ ス ト コ ン ピ ュ タ → 広 域 ネ ッ ト ワ ー ク → N T T→ 携
帯電話各社のサーバ→個々の携帯ユーザ」という図式になる。機材のメンテナンスや機材の固定費用は
健常者用に支払っており、情報保障のために二重に支払う対価は経理上発生しない。
公的機関では様々な市民向けの情報を作成する際、既に職員は雇用・配置されており、その部署で作
成したデジタル情報をサーバにアップすることと広報誌にすることは、媒体を問わず情報提供経費は等
価 で あ る 。 ラ イ フ ラ イ ン と し て の ITの 機 能 か ら 、 こ こ で 公 共 財 と い う ア ナ ロ ジ ー を (情 報 保 障 と い う 仕
組 み を 構 築 す る ネ ッ ト ワ ー ク に 対 し て )与 え て も よ ろ し い 。 そ こ で 、 行 財 政 学 的 な 定 義 に 照 ら し て 検 討
したい。それは、消費の非排除性と競合性についてである。
- 4 -
1)非排除性については、手話通訳・点字翻訳・字幕が付した公的機関の広報物が健聴者晴眼者を排除
するとは考えにくい。むしろ、手話や点字といった新しいデバイスツールを目にすることにより、健聴
者晴眼者の理解に役立つ教育効果があろう。今般の障害者自立支援法による障害者の受益者負担論につ
いては、情報保障をすることによって、利益を得るものが出てくる=障害者、という理路を持つ政治家
もいようが、この理路では情報保障という仕組みも公共財ではなく行政の障害者への便宜供与だ、とも
主張するのだろうか。しかし、この法が消えると民主党政権が宣言した今はこうした問題もなかろう。
つ ま り 、 ITに よ り 提 供 さ れ る 情 報 保 障 に は 消 費 の 非 排 除 性 が あ る と い え よ う 。
2 ) 競 合 性 に つ い て は 、 公 共 財 と し て 「 道 路 」 や 「 消 防 」 が も つ 消 費 の 非 競 合 性 は 理 解 で き る が 、「 字
幕 」 や 「 手 話 通 訳 」 な ど の 情 報 保 障 が 公 共 財 の そ れ か 、 否 か に は 説 明 が 必 要 で あ ろ う 。「 同 時 消 費 性 」
については、字幕がついて利用(消費)する人がその価値(そしてそのアクセス可能性)を減少するこ
とがあるのか、が課題となろう。つまり、費用対効果の面で、多く利用する人が出ると誰もが消費でき
るわけではなくなることが徐々に発生することを検討しなければならない。ないしは、誰かが消費した
な ら ば 、他 の も の は 消 費 で き な い と い う こ と は 発 生 す る 確 率 が な い 、と 示 さ ね ば な ら な い 。こ の 議 論 は 、
救急車がよべない、といった問題も都市部では近年社会問題化しつつあり、また、山間地にゆけば医療
そのものがない、ということを想起すればよいのではないだろうか。手話ニュースの視聴者が多くいた
か ら と い っ て 、( ま た は 視 聴 率 が 高 い 番 組 が 多 く 登 場 す る こ と に よ っ て ) 電 波 占 有 帯 が 減 少 す る と い う
ことが起きるとは理論的には想起できるが、そうした事例を浅学ながら知見がない。かくいう理路によ
り 、 ITに よ り 提 供 さ れ る 情 報 保 障 に は 消 費 の 競 合 性 は 存 在 し な い と み な し て よ い 。
と こ ろ で 、 情 報 保 障 と い う 仕 組 み は 公 共 財 だ と い う も の の 、 そ れ を 実 現 す る に は PC端 末 と い っ た ハ ー
ド ウ ェ ア だ け で な く 、 ア プ リ ケ ー シ ョ ン ソ フ ト と 呼 ば れ る OSの 上 に 乗 っ て い る ソ フ ト が 技 術 的 に は 必 要
である。情報保障の仕組みは、無料だとしても、問題はそのソフトを機能させるプラットフォームであ
る 、 OSが 有 料 で あ る 以 上 、 PCを 使 っ た 情 報 保 障 は 受 益 者 負 担 の 色 を 濃 く す る 。 情 報 保 障 行 政 サ ー ビ ス を
行 っ て も OSを 開 発 し た 者 に 利 益 は 流 れ る わ け で あ る 。 こ こ で 話 を 転 換 し 、 OSの 社 会 的 意 義 − そ れ は 情 報
保障という仕組みの公共性であり、とりもなおさず障害者の社会への参画可能性を保障しつつ社会的包
摂 を は た す 枠 組 み の 一 部 と い う も の − は 、ど こ に そ の 源 を も と め る の か 、と い う 点 に 論 点 を 移 動 さ せ る 。
2.迷走するOSの社会的位置
2 . 1 OSの ジ レ ン マ
コンピュータの黎明期においては、ソフトウェアは、アーキテクチャに対して依存度が高く、ハード
ウェアの付随的な存在でしかなかった。この当時のコンピュータは、アーキテクチャは標準化されてお
らず、科学者・技術者などの限られたユーザが利用していた。彼らは、ユーザでもあると同時にソフト
ウェアの開発・修正も自らの手で行っていた。また、ハードウェアメーカーが提供したソフトウェアは
コ ー ド も 公 開 さ れ て お り 、ユ ー ザ の 手 に よ っ て 機 能 の 拡 張 ま で 行 わ れ て い た 。こ れ ら の ソ フ ト ウ ェ ア は 、
同じハードウェアを利用するユーザ間で共有され、それらの知識が多く広がるほどハードウェアの販売
促進につながった。
このメーカーとユーザとの相互依存関係は長くは続かなかった。業界が成熟するにつれアーキテクチ
ャの標準化は進み、メーカーにとっての収入源であるハードウェアによる差別化が困難になると、ソフ
トウェアにその活路を模索するようになった。その結果、競合他社にソフトウェアの技術的なノウハウ
の漏洩を防ぐ意味で、それまで公開していたコードを非公開にして、さらには著作権により保護を強化
した。ソフトウェアは、次第にメーカーの独占的な所有物となり、ユーザはその所有物を利用する権利
を 購 入 す る と い う 関 係 に 変 化 し つ つ あ っ た 。 そ の 流 れ に 意 識 的 に 抵 抗 し 、 後 に FSF(Free Software Foun
dation)を 設 立 し 、 GNUプ ロ ジ ェ ク ト を 進 め た 人 物 が リ チ ャ ー ド ・ ス ト ー ル マ ン (Richard Stallman)で あ
った。ストールマンは、マサチューセッツ工科大学の人工知能研究所でコードを自由に共有し、システ
ム 開 発 を 進 め た 。 そ し て 、 企 業 が 開 発 す る プ ロ プ ラ イ エ タ リ ソ フ ト ウ ェ ア (proprietary software)の
1)
ラ イ セ ン ス を u se r s u b j u g at e ( ユ ー ザ 束 縛 ラ イ セ ン ス ) と も 呼 び 、 こ れ ら と 対 峙 す る フ リ ー ソ フ ト
を 推 進 す る こ と を 決 心 し た ( S t a l l m a n ; 19 98 )。 GNU プ ロ ジ ェ ク ト で は 、 フ リ ー ソ フ ト を 保 護 す る 手 段
2)
と し て パ ブ リ ッ ク ド メ イ ン で は な く 、 一 般 公 衆 利 用 承 諾 契 約 書 (GPL : General Public License) と い
う 法 律 的 な 手 段 が 用 い ら れ た 。 さ ら に 、 完 全 に 自 由 な OSと し て リ ー ナ ス ・ ト ー バ ル ズ ( Linus Benedict
Torvalds) ら に よ っ て Linuxが 公 開 さ れ た 。 こ こ に 、 独 占 的 な OSに 隷 属 す る 購 買 者 と し て の ユ ー ザ で は
なく、誰にも束縛されずに自由に知識を共有したかつてのユーザが復活することになる。
PCお よ び イ ン タ ー ネ ッ ト の 世 界 的 普 及 状 況 を 考 慮 す る と 日 本 と は 異 な る 光 景 が 見 え て く る 。 欧 州 で は
早 期 か ら オ ー プ ン ソ ー ス の 利 用 を 推 奨 し 、 中 国 で も Open Sourceで の 文 書 統 合 ソ フ ト ウ エ ア が 推 奨 さ れ
- 5 -
ている。各国の事例が示すように、今やコンピュータや情報通信技術は「個人的、集団的、組織的、社
会 的 、 国 家 的 / 国 際 的 な さ ま ざ ま な 目 的 を 達 成 す る た め の 強 力 な 資 源 ( Johnson , 2001; 水 谷 他 , 2002 ,
p . 3 1 3 )」 で あ り 、 資 源 へ の 平 等 な ア ク セ ス と い う 文 脈 で 捉 え れ ば 、 O Sは 公 共 的 財 産 を 担 保 と す る 社 会
資本と見なしても異論はなかろう。
現 在 の 情 報 通 信 技 術 は 、 社 会 資 本 と い え る ま で に 成 熟 し 、 送 り 手 と 受 け 手 が 流 動 化 し て 誰 も が w ebを
通 し て 情 報 を 発 信 で き る よ う に 変 化 し た w eb 2.0の 段 階 ま で 発 展 を 遂 げ て い る 。 web 2.0は 、 近 年 、「 す
べての関連するデバイスに広がる、プラットフォームとしてのネットワーク」ともいわれている。ただ
し 、 そ の プ ラ ッ ト フ ォ ー ム へ ア ク セ ス す る た め に 必 要 な PCの OSと し て プ ロ プ ラ イ エ タ リ ソ フ ト を ユ ー ザ
の 圧 倒 多 数 が 利 用 し て い る と い う の が 日 本 の 現 状 で あ る 。 user subjugateな 契 約 で PCを 利 用 し て い る 日
本のユーザには、ユーザ間で自由にプラットフォームの機能を修正し機能を拡大する権利はない。情報
3)
を 交 換 す る に も プ ロ プ ラ イ エ タ リ な オ フ ィ ス ス イ ー ト (office suite) を 利 用 し て い る 限 り 、 そ こ で 作
ら れ た 物 を 単 純 に 交 換 す る だ け で 、 オ フ ィ ス ス イ ー ト の 修 正 や 機 能 拡 大 の 権 利 も な い 。 こ れ は web 2.0
の概念とは反するものであり、また、誰もが社会に参加できるユニバーサルな視点からも、情報保障な
どの参加する権利をユーザはすべて企業側に依存するしか方策はないのである。
2.2
プロプライエタリからオープンソースへ
PCは 電 源 を 入 れ て も OSが な け れ ば 起 動 し な い 。 し か し 、 起 動 し た と こ ろ で 、 毎 回 の 更 新 を 行 わ な け れ
ば 利 用 で き な い と い う 仕 組 み に な っ て い れ ば 、 PCを 購 入 し て も 単 に ハ コ を 所 持 し て い る だ け で あ る 。 ネ
ッ ト ワ ー ク が 完 備 さ れ た 現 下 の 情 勢 に あ っ て 、 PCを ネ ッ ト ワ ー ク に 接 続 し な い ス タ ン ド ア ロ ー ン だ け で
利 用 す る ユ ー ザ は 皆 無 に 近 い だ ろ う 。つ ま り 、ネ ッ ト ワ ー ク へ の 接 続 を 前 提 に PCを 購 入 す る わ け で あ り 、
わ れ わ れ の 機 材 は 更 新 情 報 に 依 拠 し 、そ の 使 用 も 更 新 情 報 を 提 供 す る OS供 給 元 に 支 配 さ れ る 。終 了 時 に 、
画面に「更新を行いますのでこちらのアイコンをクリックして下さい」と表示され、それでも電源を切
る意思をもって「切る」を選択しているにも関わらず、電源は切られることなく、延々と更新作業が実
行されたという経験がどのユーザにもあるだろう。この状況をベンダー支配という。また、ある時期が
く る と 、「 本 O Sは ○ 月 ○ 日 を も っ て そ の サ ポ ー ト を 終 了 い た し ま す 。 以 後 、 サ ポ ー ト は 行 い ま せ ん の で
ご 承 諾 の 上 ご 利 用 を お 願 い い た し ま す 。」 と ベ ン ダ ー は 一 方 的 に 告 知 し て く る の で あ る 。
独占的ソフトウェアの擁護側から、営利目的で利益を生む機会が高ければイノベーションがより加速
される、という意見がある。占有者は時として、経営上の問題からソフトウェア製品の更新やサポート
を停止せざるをえない状況になることもある。営利企業では経営戦略もしくは組織戦略上の目的から、
更 新 版 へ の ア ッ プ グ レ ー ド や 最 新 版 の 購 入 増 を 見 込 ん で 製 品 の サ ポ ー ト を 停 止 す る 場 合 も あ る 。し か し 、
ベンダーが製品の出荷を停止あるいは有効期限を制限し、サポートを停止すると、その製品のユーザは
不便な状況に追い込まれ、そのソフトウェアに問題があったとしても、なんらサポートを受けられない
事 態 に 陥 る 。 PCは そ の サ ポ ー ト を 背 景 に し な け れ ば 、 セ キ ュ リ テ ィ が 確 保 で き ず 、 他 者 か ら 攻 撃 さ れ 、
また故意の利用される危険性が増加する。常時ネットワークに接続することが一般化した社会で、セキ
ュ リ テ ィ 未 確 保 の PCを 利 用 す る と は 、 他 者 か ら の 悪 意 の 利 用 を 無 条 件 に 同 意 す る こ と に 等 価 で あ る 。
ところで、公共性の高いもので似たものに「水」がある。各自治体の下水道局では、ライフラインで
あ る 水 路 を 通 じ て 飲 料 水 を 提 供 し て い る 。 一 方 、 清 涼 飲 料 水 会 社 が 地 下 水 を く み あ げ て 「 privateブ ラ
ンドの水」を販売している。清涼飲料水会社がいくら供給をとめたところで、水を飲むことに不都合は
生じない。単にある商品がなくなるだけである。しかし、自治体の下水道局が供給をとめると直ちに混
乱 が 生 じ る 。 つ ま り 、 OSに つ い て も 事 情 は 同 様 だ と 提 案 し た い 。 あ る OSを 自 治 体 が 買 い 取 る こ と は 不 可
能であるが、オープンソースを自治体が使用し、並立する市場環境を構築することは、可能である(北
海 道 、 会 津 若 松 市 は す で に 開 始 し て い る と そ の HPは 宣 言 し て い る )。 地 方 自 治 体 に お い て 、 そ の 地 域 を
対象にしたオープンソースの啓蒙活動の試みがいくつか始まっているが、学校教育の場では、オープン
ソ ー ス あ る い は G PLな ど の コ ピ ー レ フ ト の 概 念 に つ い て の 教 育 は 行 わ れ て い な い 。 コ ピ ー ラ イ ト を コ ン
テンツと同様に遵守するよう教育するが、対峙するコピーレフトには全く触れられていない。情報処理
関係の国家検定試験においてもコピーライトとしての著作権は出題されているが、コピーレフトの出題
は皆無である。プロプライエタリからオープンソースへの移行(あるいは回帰)については、何の権利
も な い user subjugateな 契 約 の 下 で PCを 利 用 す る ユ ー ザ で は な く 、 自 由 に プ ラ ッ ト フ ォ ー ム を 使 い こ な
す主体的なユーザ教育の検討が必要なのではないだろうか。
3.福祉教育としての情報リテラシー教育の展開と展望
3.1 情報リテラシー教育における私的企業の管理下にあるソフトの利用
- 6 -
ジ ョ ン ソ ン ( Johnson,D.G. ) に よ れ ば 、 社 会 に お け る 機 会 均 等 の た め の 「 最 も 有 力 な 機 構 ( Johnson ,
2 0 0 1 ; 水 谷 他 , 2 0 0 2 , p . 3 1 6 )」 と は 教 育 で あ る 。 教 育 の 機 会 均 等 は 、 将 来 の 仕 事 や 地 位 に 関 す る 機 会
均等の達成に関わり、コンピュータや情報通信技術が教育機関において平等に配分されなければ、この
不平等な配分が将来の不平等な雇用を生み出す可能性が高い。すなわち、教育機関の情報リテラシー教
育は、仕事の機会均等の達成を左右することになる。
日 本 で は 、 現 在 、 Microsoft社 の OS( Windows) と そ の OS上 で 動 く ア プ リ ケ ー シ ョ ン ソ フ ト ( Office) が
多 く 使 わ れ て お り 、 教 育 機 関 の 情 報 リ テ ラ シ ー 教 育 に お い て も 、 M ic rosoft社 の 製 品 を 使 っ て い る ケ ー
スが多くみられる。そのため、情報リテラシー教育がコンピュータ・スキル(コンピュータ・リテラシ
ー )に 限 定 さ れ た 場 合 、Microsoft社 の 製 品 の 解 説 書 と い っ た テ キ ス ト を 中 心 に 進 め ら れ る こ と に な る 。
振 り 返 れ ば 、 MS-DOSの 時 代 に は 、 文 書 作 成 ソ フ ト は 「 一 太 郎 」、 表 計 算 ソ フ ト は 「 Lotas1-2-3」 が 主 流
で 、 当 時 の 大 学 に お け る コ ン ピ ュ ー タ ・ リ テ ラ シ ー 教 育 で は こ れ ら の ソ フ ト の 使 用 が 多 か っ た 。 Micros
oft 社 の 製 品 の 教 育 へ の 浸 透 と い う 現 状 も こ の 流 れ に あ る が 、 PCお よ び イ ン タ ー ネ ッ ト の 普 及 状 況 を 考
えるとスケールが異なる。
特 定 ベ ン ダ ー 製 品 の 教 育 へ の 浸 透 と い う 現 状 は 我 が 国 特 有 で 、 PCお よ び イ ン タ ー ネ ッ ト の 世 界 的 普 及
状況を考慮すると教育事情が異なる光景となる。デジタルデバイドの概念が示すように、今やコンピュ
ータや情報通信技術は、前述のように「強力な資源」であり、等質の教育への平等なアクセスという文
脈 で は 、( 1 ) 教 育 の 質 に 影 響 し 、 教 育 の 質 を 高 め る 有 力 な 資 源 、( 2 ) 教 育 を 平 等 化 で き る 技 術 と し
て と ら え ら れ る ( Johnson, 2001; 水 谷 , 2002, p.316 )。 教 育 機 関 と い う 公 的 な 領 域 に お け る 教 育 の 内
容に私的企業の経営理念に基づく製品が独占的に関与することは、機会均等の実現可能性において懸念
が 生 じ る 。 こ の 懸 念 を 払 拭 す べ く 一 部 教 育 機 関 で は 、 OSS(open source software)を 教 材 と す る 実 践 例
も 増 加 し 、 そ こ で は LINUX( OS) や Open Officeな ど の ソ フ ト が 利 用 さ れ て い る 。
3.2
福祉教育としての情報リテラシー教育
エ ン ゲ ス ト ロ ー ム ( Enges tr om,Y.)は 、 資 本 主 義 社 会 に お け る 教 育 機 関 の 活 動 の 特 徴 と し て 、 交 換 価 値
(労働市場における成功につながるよい成績を得る)と使用価値(教育機関の内外における自分の生に
と っ て 役 立 つ 道 具 に な り う る ) と い う 二 重 性 を あ げ る ( 松 下 , 2002, pp.22-23 )。 前 者 で は 、 主 体 で あ
る「成績達成者」が「記憶、再生、アルゴリズムによる問題解決の道具」を使って「死んだテキスト」
に働きかける。共同体は「バラバラな個人の集団」となり、所与の規範に「競争的に適応」しながら互
いに「孤立」した存在となる。後者では、主体である「意味生成者」が「探求の道具」を使って「文脈
の な か で の テ キ ス ト 」 に 働 き か け る 。共 同 体 は 「 探 求 の チ ー ム 」 と な り 、 し ば し ば 所 与 の 規 範 に 「 反 抗 」
を試みながら互いに「協働」する。これによれば、コンピュータ・スキルに限定された情報リテラシー
教育は交換価値の獲得をめざす学習となり、情報リテラシー教育には、さらに使用価値の獲得をめざす
学習が求められなければならない。
福祉と情報化を考えると、交換価値も使用価値も獲得する必要があろう。情報リテラシー教育は、前
節でふれたようにデジタルデバイドに関連し、情報公開や情報保障もその教育の中に担っていることを
認識しなければならない。ここで、吉田の情報ネットワーク社会の理論を援用し、福祉教育としての情
報 リ テ ラ シ ー 教 育 を 考 え て み た い 。 吉 田 ( 2006) は 、 1990年 代 以 降 の イ ン タ ー ネ ッ ト の 大 衆 化 ・ 商 業 化
に よ る 匿 名 的 大 衆 の 流 入 に と も な う 変 容 に 、 ハ ー バ マ ス が 分 析 し た 公 共 圏 の 構 造 転 換 ( 19世 紀 以 降 の マ
ス・メディアの発達にともなう市民的公共圏の崩壊、政治/経済システムにコントロールされる擬似的
公共圏の出現という過程)との相似を認め、多様な仮想空間のメタ・レベル(インターネット空間を含
む情報ネットワーク社会全体のレベル)においては、生活世界とシステムの二層からなる「近代社会」
が今後も存続しつづけると考えざるをえないと指摘する。したがって、情報ネットワーク社会における
平等性、公開性、自律性という市民的公共圏の理念型である三原則は、情報リテラシー教育の基盤とな
り、平等性および公開性は交換価値の獲得をめざす学習、自律性は使用価値の獲得をめざす学習として
展開されることになる。また、公共圏はさらにミクロ公共圏(組織化されない個人が主要なアクターと
なり、参加者にとってアイデンティティ形成の場となる)とマクロ公共圏(組織化されたアクターが中
心 と な り 、 政 治 シ ス テ ム へ の 批 判 を 中 心 的 役 割 と す る ) に 分 け ら れ る ( 吉 田 , 2006, p.155) が 、 情 報
リテラシー教育は前者に対応し、後者への対応は専門家向けの情報教育に委ねることになろう。
4
おわりに
福 祉 と 情 報 化 を め ぐ る 議 論 を 、ITに よ る 情 報 保 障 の 公 共 性 か ら は じ め 、そ れ が ゆ き つ く 先 を み て み た 。
ITを 支 え る OSは 社 会 に お い て ど ん な 性 質 を も つ の か と い う 、 社 会 を 通 底 す る 疑 問 へ と 続 き 、 ま た 貴 重 な
- 7 -
利益を生み出す開発物が私的財産なのか、公共財なのかという問いを解決しつつ、利害を調整し、合意
形成へのすじみちへとつながる。それは公共圏という視点でとらえると、教育における情報リテラシー
教育こそが、機会均等を保障する人権教育であり、福祉教育の側面であることを示す。今後の情報リテ
ラシー教育のカリキュラムデザインを構築するとは、同時に教育を通した市民の平等性や公開性の市民
性 の 涵 養 を 実 現 す る こ と と も い え よ う 。最 後 に 、情 報 リ テ ラ シ ー 教 育 を 公 共 圏 と い う 視 点 で と ら え る と 、
情報リテラシー教育には福祉教育の側面があり、この側面こそ今後の情報リテラシー教育のカリキュラ
ムデザインの指針となりうるだろう。そして、平等性および公開性を実現するためには、コンピュータ
や情報通信技術のハード面およびソフト面を公共財の視点から再度検討する必要があろう。
<注・参考文献>
1)こ こ で い う "フ リ ー "は 自 由 ( freedom) と い う 意 味 で 無 料 ( charge of free) の 意 味 で は な い 。 誤 解 を 招 く の で 、
こ れ に 代 わ る 言 葉 と し て 1998年 に オ ー プ ン ソ ー ス ( Open Source) と い う 言 葉 が 登 場 。
2) コ ピ ー レ フ ト (著 作 権 を 放 棄 す る の で は な く 、 ラ イ セ ン ス の 形 で 共 有 と 共 同 的 な 創 造 活 動 を 保 護 す る 方 法 )の ソ フ
トウェアライセンスの代表的なもの。プログラムの著作物の複製物を所持している者に対し、プログラムの実行お
よ び 動 作 を 調 べ 、 そ れ を 改 変 す る こ と ( ソ ー ス コ ー ド へ の ア ク セ ス は そ の 前 提 )、 複 製 物 の 再 頒 布 、 プ ロ グ ラ ム を 改
良してこれを公衆にリリースする権利(ソースコードへのアクセスはその前提)を承諾する。また、パブリックド
メインがもつ「第三者が独占的なプログラムに使用する可能性」という欠点を防ぐための措置とも考えられる。
3)パ ー ソ ナ ル コ ン ピ ュ ー タ を 用 い た オ フ ィ ス 業 務 に 必 要 な ソ フ ト ウ ェ ア を セ ッ ト に し た ソ フ ト ウ ェ ア ス イ ー ト (suit
e: ひ と 揃 え と い う 意 味 )の 一 種 。
・草山太郎・平尾竜一・細川磐,障害者の社会参加に関する一考察−サイバースペースにおける障害者のスポーツ
− , 大 阪 体 育 大 学 紀 要 第 29号 , 1998
・ 加 藤 あ け み 、 横 溝 一 浩 , 福 祉 情 報 に お け る 三 つ の 概 念 − 情 報 保 障 情 報 保 証 情 報 補 償 − , 静 岡 福 祉 大 学 紀 要 第 3号 ,
2007
・ 石 橋 一 雄 , 地 方 公 共 財 の 理 論 的 考 察 , 新 潟 産 業 大 学 経 済 学 部 紀 要 大 学 第 35号 , 2008
・ Karl Fogel,Producing open source software,2006(高 木 正 弘 ,高 岡 芳 成 ,オ ー プ ン ソ ー ス ソ フ ト ウ ェ ア の 育 て 方 ,
2009, オ ー ム 社 )
・ Richard Stallman ,The GNU Project,1998
・ D.G.Johnson,Computer Ethics,Prentice Hall,2001( 水 谷 雅 彦 、 江 口 聡 監 訳 , コ ン ピ ュ ー タ 倫 理 学 , オ ー ム 社 , 2
002)
・ 吉 田 純 , イ ン タ ー ネ ッ ト 空 間 の 社 会 学 , 世 界 思 想 社 , 2006( pp.166-168)
・ 松 下 佳 代 , 学 生 消 費 者 主 義 と 大 学 授 業 研 究 − 学 習 活 動 の 分 析 と 通 し て − , 京 都 大 学 高 等 教 育 研 究 第 8号 , 2002
・ 北 海 道 経 済 産 業 局 HP www.hkd.meti.go.jp/hokim/open_houkoku/index.htm
・ 会 津 若 松 市 公 式 HP www.city.aizuwakamatsu.fukushima.jp/ja/shisei/torikumi/ooo/tokucho.htm
編集後記
地研通信第96号が完成いたしました。今号には、今年度から研究員として活躍していただいて
いるお二人に寄稿していただきました。木下論文は、公共施設や空き店舗を利用した青少年の居場
所づくりについて、三重県の事例をヒアリング調査に基づいて検討しています。立地の問題、運営
者 と 利 用 者 ( 青 少 年 ) の 関 係 、「 居 場 所 」 間 の 連 携 、 運 営 資 金 問 題 な ど 、 多 く の 課 題 が 残 さ れ て い
るようですが、 地域住民が自分たちにあった居場所を自由に選べる社会 の実現に向けて手掛か
りが得られそうです。平尾・加藤・横溝論文では、ネット社会における福祉教育のあり方が検討さ
れ ま す 。特 定 の 私 企 業 の 製 品 で あ る OSが 公 的 な 情 報 リ テ ラ シ ー 教 育 に 浸 透 し て い る こ と の 問 題 性 や 、
情報リテラシー教育の福祉教育的側面(機会均等を保障する人権教育の側面)の重要性を提示する
点 は 読 み ご た え が あ り ま す 。 ICTの 発 展 や グ ロ ー バ リ ゼ ー シ ョ ン の な か で 、 地 域 社 会 は い か に 変 化
したのか?地域社会の発展のために必要な取り組みは何なのか?こうした問題について今号は多く
の 論 点 を 提 起 し て い る よ う に 思 い ま す 。( KS)
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