2011年12月 - Japan Local Government Centre

(財)自治体国際化協会ロンドン事務所マンスリートピック(2011年12月)
【「2011 年教育法」が成立】英国
背景
過去数十年の歴代政権のうち、特にサッチャー保守党政権(1979~1990 年)とブレ
ア労働党政権(1997~2007 年)は、教育制度改革に重点を置いていた。1996 年秋、当
時野党であった労働党のブレア党首が、基調演説で、次の労働党政権の「3 つの」優先
事項は「教育、教育、教育である」と述べたことは良く知られている。
サッチャー政権下の 1988 年、ケネス・ベーカー教育相(当時)は、「1988 年教育改革
法(Education Reform Act 1988)」を成立させた。同法は、それまでイングランドの公
教育制度の基礎となっていた「1944 年教育法(Education Act 1944)」以降で最大の
教育改革を実現させた重要な法律であった。
「1988 年教育改革法」によって導入された新制度は以下の通りであった。
・「国庫補助学校(grant-maintained schools)」の導入 - 地方自治体の管理
下に置かれず、中央政府から直接補助金を支給される公立学校。
・公立学校の「自主的 運営(LMS)」の仕組みを導入 - 学校予算の策定、運用
に関する権限が、地方自治体から学校の校長及び理事会に移管された公立学校。
・シティ・テクノロジー・カレッジ(CTCs)の導入 - 数学、科学、テクノロジー等の科
目に重点を置いた選抜制の公立中学校。地方自治体の管理下に置かれず、運営
資金は、中央政府から直接補助金として支給されるほか、一部を民間のスポンサー
から調達する。現在の「アカデミー(後述参照)」の前身。
・ナショナル・カリキュラム(National Curriculum)の導入 - 全ての公立小中学
校で教えるべき必修科目について定めた枠組み。
・子供を公立校に入学させたい親が、希望校を指定することを可能にする - これ
以前は、公立校への就学を希望する全ての児童は、地方自治体が指定する学校
に入学しなければならず、入学先の決定に親の意向は反映されなかった。
・学校別全国成績一覧表(league tables)の導入 - 中学卒業時にほぼ全ての
生徒が受ける「GCSE(中等教育修了試験)」などを含む全国共通テストの結果を学
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校ごとに一覧表で発表する仕組み。
労働党は当時、保守党政権によるこれらの教育改革を批判していた。しかし、1997
年に発足したブレア政権は、公教育における学力水準向上を目標に掲げ、サッチャ
ー政権の成果を更に発展させる形で教育制度改革を実行した。デービッド・ブランケッ
ト教育・雇用相(任期 1997~2001 年)のもと、ブレア政権が実行した教育制度改革の
内容は以下の通りである。
・学校別全国成績一覧表制度の拡大 - 全国共通テストの結果のみならず、提
出課題に対する評価等を含め、様々な面から判断した学力の評価を一覧表に掲載
する方針を取り入れた。
・シティ・テクノロジー・カレッジを土台にした「アカデミー」の設置 - サッチャー政
権で導入されたシティ・テクノロジー・カレッジを発展させた新たな公立学校の形態と
して、「アカデミー」を導入した。アカデミーは、自治体の管理下に置かれず、カリキュ
ラムや教師の給与・待遇設定などにおいて大幅な自由裁量を与えられている公立
学校である。運営資金は、中央政府から直接補助金として支給される。民間企業、
宗教グループ、慈善団体、個人などが学校の「スポンサー」となり、学校への出資等
を行う(ただし出資しない場合もある)。
・成績不振の学校に中央政府が直接介入し、改善を試みる方針の導入 - 成績
改善に失敗した学校の一部には、政府の命令で閉鎖されたケースもあった。
・教師の能力及び実績、学校長など学校幹部の指導力、統率力を更に重視する 1。
「2011 年教育法」について
2011 年 11 月、政府が議会に提出していた「教育法案(Education Bill)」が、「2011
年教育法(Education Act 2011)」として成立し、女王の裁可を得た。同法は、イングラ
ンドの公立学校の運営・管理、生徒の規律向上などについて新たな法的枠組みを整備
したものであり、◎素行不良の生徒の指導 ◎学業不振の問題への取り組み ◎学校の
説明責任向上などに関する権限について規定している。教育省は、同法によって、公立
学校の学力水準向上を図ることができると述べている。なお、同法は、イングランドのみに
適用される(ウェールズ、スコットランド、北アイルランドにおける公教育に関する権限は、
1
生徒の成績改善に成功した教師へのボーナス支給制度の導入、学校長など学校幹部のリーダーシップ養成を目
的とした新たな教育機関を設置するなどした。
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各地域の議会に委譲されている)。
「2011 年教育法」の要旨は下記の通りである。
・危険物などを含む学校への持ち込み禁止物の所持の有無を確認する目的で、
生徒の同意がなくとも、生徒の身体検査を行う権限を学校に与える。
・校則違反等に対する罰として生徒に授業時間外の居残りを命じる場合、24 時
間前までに書面でその旨を保護者に通告するという学校の義務を撤廃する。
・教師が学校で違法行為を行ったとの申し立てが生徒からなされた場合、報道
機関が、教師が起訴される前にその件について報道することを禁止する。
・2 歳の子供を持つ貧困家庭の親に対し、週 15 時間まで無料で保育園での保
育サービスを利用できる権利を与える。
・公立学校新設の手続きを改革し、アカデミーまたはフリースクールの設置を優
先させる(「フリースクール」については後述参照)。
・教育基準監査局(Ofsted)が定期的に行う公立学校の査察について、◎成績
◎指導の質 ◎学校の管理とリーダーシップ ◎生徒の素行という 4 つの点に重
点を絞る。
・Ofsted による査察で優秀であると判断された学校を、次回査察の対象から外
す権限を国務大臣に付与する。
・学業不振の学校への対処を目的とした新たな権限を国務大臣に付与する。国
務大臣が有する学業不振の学校閉鎖の権限の拡大など。
・教育関連の 5 つの外郭団体 2を廃止する。これら団体の機能の一部は、より業
務効率の高い政府の新執行機関に移管される。これら執行機関は、国務大臣
に対して直接、説明責任を負うことになる。
2
廃止される 5 つの外郭団体とは、教員養成・開発機構(Training and Development Agency)、イングランド教員委
員会(General Teaching Council for England)、資格・カリキュラム開発機構(Qualifications and Curriculum
Development Agency)、若年者学習支援機構(Young People’s Learning Agency)、教育補助職員報酬交渉審議
会(School Support Staff Negotiating Body)。
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「2011 年教育法」の内容の大半は、2012 年 1 月中旪までに施行される。外郭団体の
廃止に関する条項の大半は 2011 年 3 月末頃に、その他の条項は、2012 学年度の開
始時(2012 年 9 月)に施行される。
* * *
教育省が 2010 年 5 月の総選挙以降に成立させた重要な法律は、今回の「2011 年教
育法」が 2 つ目である。一つ目は、2010 年 7 月に制定され、女王の裁可を受けた「2010
年アカデミー法(Academies Act 2010)」であった。2 つの法律とも、イングランドの公教
育制度の改革と、生徒の学力向上を目的としている。
前述の通り、「アカデミー」は、前労働党政権が開始した制度である。前政権下での同
制度は、都市部の学力不振の学校をアカデミーに移行することによって再建することを
狙いとしていた。これに対し、現政権が成立させた「2010 年アカデミー法」は、学力不振
校に限らず、イングランドの全ての公立校がアカデミーに移行することを可能にした。また、
前政権下において、アカデミーに移行できるのは中学校のみであったが、「2010 年アカ
デミー法」によって、小学校のアカデミーも設置されるようになった。
教育省が 2011 年 10 月に発表したところによると、イングランド内の 166 のアカデミー
を対象に調査を行った結果、これら学校の 2011 年における GCSE の結果の前年比伸
び率は、地方自治体の管轄下にある公立校の 2 倍であることが分かった 3。また、教育省
によると、「2010 年アカデミー法」の成立後、現在までに、イングランドの中学校の 40%
にあたる 1500 校が、アカデミーへの移行を申請した。
また、「2010 年アカデミー法」により、公立学校の更なる新形態として、「フリースクール
(Free Schools)」が導入された。フリースクールとは、公立学校の不足などを背景に、地
域において新たな公立校設置への要望がある場合、親や教師のグループ、コミュニティ・
グループ、慈善団体、宗教グループ、民間企業、私立学校、大学などが設置する学校で
ある。これらグループや団体は、政府にフリースクール設置を申請し、審査で承認された
場合、これを行うことができる。フリースクールは、アカデミーと同様、地方自治体の管理
下に置かれず、中央政府から直接、運営資金を供給される。カリキュラムや教師の待 遇
の設定などで大幅な自由裁量を与えられている点も、アカデミーと同様である。一方、両
者の異なる点の一つは、殆どのアカデミーが、既存の公立校をアカデミーに移行させて
設置されるのに対し、フリースクールは全て新設校である。フリースクールには、小中学校
の両方があり、一部には小中一貫校もある。
GCSE で、英語及び数学を含む 5 つ以上の科目で「C」以上の結果を得た生徒の割合の伸び率を、アカデミーとそ
れ以外の公立校で比較した。GCSE は、「A*(エー・スター)」から「G」までの 8 段階で評価され、「C」以上が良い成
績であると見なされる。
3
4
「2010 年アカデミー法」が施行された結果、2011 年 9 月、24 校のフリースクールが開
校した。政府は、2012 年以降も、更に多くのフリースクールを開校させる計画である。
2011 年に開校したフリースクールの多くは、貧困地区にあり、今後も多くのフリースクー
ルが、貧困地区に設置される見込みである。教育省は、「2010 年アカデミー法」について、
「公立校の教育水準向上に必要な権限と自由裁量を、教師、校長、地域住民に付与す
ることにより、イングランドの公教育制度に重要な構造的変化をもたらす法的枠組みを整
備した」と述べている。
【自治体による地域経済開発業務について】 英国
背景
地域経済開発(LED)は今や、地方自治体の主要な業務の一つである。歴代の政府は、
様々な白書において、自治体による地域経済開発を支援する政策を打ち出してきた。
英国で地方自治体が地域経済開発事業を手掛けるようになったのは 1980 年代である。
その背景には、当時の地方自治体が置かれていた状況がある。当時、特に都市部の地
方自治体は、失業率上昇とそれに伴う社会的緊張の高まりに対し、断固たる取り組みを
展開し始めていた。
地域経済開発事業をいち早く実行した自治体の一つが、当時グレーター・ロンドンを管
轄する自治体であったグレーター・ロンドン・カウンシル(GLC)であり、1982 年に「グレー
ター・ロンドン・エンタープライズ委員会(Greater London Enterprise Board)」を設置
した。同委員会の役割は、特にロンドンの貧困地域に位置する小規模企業への財政支
援などであった。当時の GLC のリーダーは、後にロンドン市長となるケン・リビングストン
氏であった。1986 年に GLC が廃止されると、同委員会は、ロンドンの区が共同所有する
法人となり、同時に、「グレーター・ロンドン・エンタープライズ」に改称された。
1980 年代以前の地方自治体の伝統的な役割は、教育、福祉、環境等の分野におい
て、公共サービスを提供することであった。当時の保守党政権(1979~1997 年)は、地
方自治体が、「干渉主義的」であり、かつ実施に多額の費用を要する地域経済開発事業
を、レイト 4 の税収を使って実施することによって失業率削減を図るよりは、従来の業務の
みを手掛けるべきであると考えていていた(当時の保守党政権は、失業率削減は中央政
府の役割であると考えていた)。
こうした考えに沿って、保守党政権は、1989 年に成立させた「1989 年地方自治・住宅
法(Local Government and Housing Act 1989)」において、地方自治体が地域経済
開発事業に投資できる予算額に制限を設けた(同法はまた、自治体に対し、中央政府を
4
レイトは当時の地方税(rate)。
5
批判するなどの政治的な広告を出版物に掲載することを禁じた)。
しかし、この制限は、「2000 年地方自治法(Local Government Act 2000)」が、イン
グランド及びウェールズの自治体に対し、「経済的、社会的 及び環境面での福 利
(well-being)の追求のため、自治体が有効と考えるあらゆるサービスを一定の制限の下
で実施する権限」を付与したことにより、撤廃された。この権限を付与されたことにより、自
治体は、「越権行為(ultra-vires)の法理」 5 に縛られることなく、地域経済促進を目的と
した政策、プロジェクトを実行できる自由裁量を獲得した(例えば、地域のインフラ施設の
改善への投資などを行っても、越権行為であるとして起訴される恐れがなくなった)。
なお、2011 年 10 月末に国会で成立した「2011 年地方主義法(Localism Act 2011)」
は、2000 年法によるこの権 限に代 わるものとして、「包括的 権限 ( general power of
competence)」をイングランドの自治体に付与した。「包括的権限」とは、自治体が、法律
で禁止されていない如何なる活動をも行うことができる権限である。
地域経済開発及び観光促進等を含むその関連事業の実施は、地方自治体の法的
義務ではなく、それぞれの裁量に任されている。そのため、これら事業の実施状況は全
国でまちまちであり、また自治体財政が窮迫している場合、予算削減の対象になり易い
(なお、最近まで、多くの自治体において、観光促進業務は、図書館及び美術館・博物
館運営などの文化事業と一括りにされており、地域経済開発とは関連がないと考えられ
ていた)。2011 年 1、2 月の月例報告で伝えた通り、現在多くの自治体が、昨今の財政
難を受け、観光促進事業を縮小・合理化している(実際のところは、観光客誘致によって、
地域経済を活性化する必要があるにも関わらず、これら事業を縮小している)。
また、「地域産業パートナーシップ(LEPs)」が設置されたことによって、イングランド内
の一部の自治体には、地域経済開発事業は LEPs に任せ、自らのこうした事業は縮小
する傾向も見られている。LEPs とは、地域経済開発をその役割とする自治体と地域の
企業のパートナーシップであり、2010 年 5 月に保守党と自由民主党の連立政権が誕生
して以降、イングランド各地に設置された。LEPs の運営資金は、中央政府から交付され
る。
一方、前労働党政権が 2009 年に成立させた「2009 年地域民主主義、経済開発、建
築 法 ( Local Democracy, Economic Development and Construction Act Bill
2009)」は、2010 年 4 月より、カウンティ及び一層制の自治体に対し、管轄地域の経済
情勢の評価、分析を行うことを義務付けている。これにより、自治体は、管轄地域の経済
情勢について、その長所、弱点、経済成長につながると思われる好材料、逆に経済成長
の障害となり得る問題点などに関する確固たるデータを得ることが可能になり、それに基
づいて経済戦略・政策を策定できるようになった。
5
「越権行為(ultra-vires)」の法理とは、法人の場合は、その権限が定款で規定された範囲のみに、政府・自治体
の場合は、法律で規定された範囲のみに限定されるという原則である。
6
ケーススタディ 1.
ダービー市(Derby)
ダービー市は、イングランドのイースト・ミッドランズ地方に位置するユニタリー(一層性の
自治体)であり、シティの地位を有する 6 。1974 年の自治体再編以前は、ダービーシャー
県のカウンティ・タウン 7であった。ダービー市の人口は 23 万 6000 人である。経済面では、
依然として重工業に依存している(自動車製造のロールス・ロイス社、鉄道車両製造のボ
ンバルディア・トランスポーテーション社の本社は共にダービー市にある)。
ダービー市は、2010 年、同市の幹部、市議会議員、企業関係者から成る「ダービー・ル
ネッサンス委員会」を設置した。同委員会は 2011 年 6 月、2011 年から 2016 年までを対
象期間とする同市の経済成長戦略を発表した。
「2011~2016 年経済戦略(Derby’s Economic Strategy 2011-2016)」と題する同文
書は、◎2016 年及び 2026 年のダービー市のあるべき姿に関するビジョン ◎地域の雇
用を公的部門に依存している現状を是正し、民間部門での雇用創出を奨励する必要性 8
◎あらゆる機会を利用して、低炭素社会へ移行する必要性などの点を柱に据え、ダービ
ー市の経済戦略を掲げている。また、ダービー市が法的義務として行っている地域の経
済情勢の評価・分析で判明した、同市経済の長所、弱点、経済成長につながると思われ
る好材料、経済成長の障害となり得る問題点なども考慮に入れた。
同戦略はまた、同市がこれまでに策定した以下の文書を参考にして作成された。
・産業成長戦略
・観光経済戦略
・市中心部再開発枠組み
・将来の職業技術への需要に関する調査
・対内投資戦略
* * *
ここで一つ付け加えておくと、自治体による地域経済開発事業は、地域再開発事業と
6
英国の一部の自治体は、国王または女王から、「勅許状(royal charter)」の発行によって、シティの地位を与えら
れている。シティの地位の獲得は、自治体にとって名誉であると認識されているが、新たな権限や機能、政府補助金
を獲得できるなどのメリットはない。
7
日本の県にあたる自治体であるカウンティ(county)の中で、特に人口が多く、行政、司法、商業等の中心地である
街は、一般に「カウンティ・タウン」と呼ばれる。しかし、「カウンティ・タウン」は正式な行政区分ではなく、法律上の定義
はない。
8
ダービー市の雇用が公的部門に依存していることに関連して一つ述べることができる点は、同市及びダービーシャ
ー県が、イングランドの他の多くの自治体と異なり、伝統的に、大半のサービスを外注せず、自治体内で行っているこ
とである。その理由は、この地域が労働党の地盤であり、自治体業務の外注は、同党の方針に反するためである。
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は明確に区別される。自治体による再開発事業は、地域における生活の質の改善及び
地域の持続可能性向上などにより重点を当てている。一方、地域経済開発事業では、
雇用創出、対内投資促進、観光客誘致等を狙いとした地域のプロモーション業務及び
企業とのパートナーシップによる事業などが行われる。このように、これら 2 つの事業は明
確に区別されるが、自治体による地域経済開発事業の成否が、再開発事業の成否に影
響を受けることも事実である。
前述のように、現在、より多くの自治体が、地域経済開発部門を縮小し、LEPs や「エン
タープライズ・ゾーン(Enterprise Zones)」 9 などの中央政府によるプログラムにこうした
事業を任せるようになっている。また、大都市に限って言えば、官民のパートナーシップ
で運営されている地域のプロモーション組織が、各地の地域経済開発事業を担うように
なっている。
ケーススタディ 2.
ラトランド市(Rutland)
ラトランド市は、イングランド中部に位置するユニタリーである。かつてはカウンティであった
が、1974 年の自治体再編で、レスターシャー県の下に位置するディストリクト(基礎自治
体)へと移行し、その後の 1997 年にユニタリーの地位を得た 10。
ラトランド市は、田園地域(rural area)に位置し、四方を陸に囲まれている。人口は 3 万
8000 人と、イングランドの全ユニタリー中、最も尐ない。市内唯一の「街」であるオーカム
(Oakham)地域の人口はわずか 1 万人ほどである。
ラトランド市は現在、同市の地域経済開発に関する方針を掲げた文書である「経済戦略
(Economic Strategy)」を改訂中である。同市は、次の「経済戦略」について、下記の点を
狙いとして策定することを明らかにしている。
・ラトランド市全域の企業及び一般世帯を対象に、優れたブロードバンドサービスの普及拡
大を図る。
・地域の企業と協働し、彼らのニーズを満たす。
・職業訓練、職業技術向上の機会提供を通して、地元の労働力を支援する。
・市のパートナー組織と協力し、地域住民へのより良い住宅及び交通サービスの提供を支
援する。
9
「エンタープライズ・ゾーン」とは、貧困地区、荒廃地区を産業振興地域に指定し、税控除、規制緩和などの優遇策
によって企業を誘致するプログラムである。
10
ラトランド市は、1974 年以降、行政区分としてのカウンティの地位は有していない。しかし、現 在も、法律上の名称
は「ラトランド・カウンティ・カウンシル・ディストリクト・カウンシル(Rutland County Council District Council)」であり、ま
た、依然として、「典礼カウンティ(ceremonial counties)」の一つである。典礼カウンティとは、地方における女王の代
理人である地方長官(Lord Lieutenant)の管轄範囲によって分けた地域区分である。これらの理由から、自治体のウ
ェブサイトなどには、現在も、「ラトランド・カウンティ」との名称が表示されている。
8
・オーカム地域の再開発を実施する。
・アッピンガム(Uppingham)地域及びオーカム地域の企業、業者を支援する。
・田園地域及び村に拠点を置く企業を支援する。
・市全域で、事業所、事務所として利用できる場所を提供する。
・対内投資と雇用創出を奨励する。
地方部の田園地域については、比較的裕福であり、地域経済開発事業をさほど必要
としないとの認識が一般的である。しかし、実際のところは、富裕層が多い田園地域でさ
えも、貧困問題を抱えている場合が多い。
田園地域における自治体の経済開発事業では、マーケットタウン 11のプロモーションや、
地域の事業主に対する事業多様化の奨励(農業従事者に対し、観光シーズン中のみ、
観光客向け宿泊施設を運営することを奨励するなど)に、資金と時間が費やされる傾向
にある。しかし、現政権が地域開発公社(RDAs)の廃止を決定したことによって、田園地
域におけるこうしたプログラムへの RDAs からの資金は途絶えてしまい、他の資金源は現
在のところ、殆ど存在しない。
しかし、都市部か田園地域かに関わらず、現在、全ての自治体による地域経済開発事
業について言えることは、「地域経済の回復力の構築」に重点が置かれているということ
である。地域経済の回復力の構築とは、地域が、経済的、社会的または環境面における
「衝撃」を受けた場合、それに耐え、迅速に回復できる能力を養うことである。こうした「衝
撃」の例には、地域で多くの雇用を創出している大企業の撤退や大災害などが挙げられ
る。2011 年夏にイングランド各地で起きた暴動などの社会的事件も、こうした「衝撃」の一
例である。
一方、 「地域経済戦略センター(Centre for Local Economic Strategies)」 は、
2009 年 7 月に発表した報告書 12の中で、自治体による地域経済開発事業について、
「単に経済成長に焦点を当てるのみならず、地域における住 民間の関係改善、調和の
取れた地域社会作りにも重点を置くべきである。起業支援や事業用地の提供など、経済
開発の『ハード』面にのみ集中することを避け、地域コミュニティの再生、地域の持続可能
性向上、地域経済開発への地域住民による関与拡大等の点も重視すべきである」と指
摘した(地域経済戦略センターについては後述参照)。報告書は更に、「自治体の地域
経済開発戦略は、地域のアイデンティティ、歴史や背景、文化などを考慮に入れる必要
11
「マーケットタウン」に普遍的な定義はないが、一般に、かつて中心部でマーケット(市場)が開かれていた中規模、
小規模な集落を指すことが多い。
報告書のタイトルは「地域経済活動の新たな潮流に向けて(Towards a new wave of local economic
activism)」。
12
9
がある。それを行って初めて、真の意味で、『センス・オブ・プレイス(sense of place)』 13
の要素を地域経済開発戦略に反映させることができる。地域経済の回復力を構築する
ためには、住民が良い意味での『センス・オブ・プレイス』を共有していることが不可欠であ
る」といった趣旨の主張を行った。
同文書はまた、地域経済の回復力構築には、自治体による地域経済開発戦略と土地
開発戦略を相互に関連付けること、地域の第三セクターをより活用することが重要である
と指摘している 14。
地域経済開発を支える組織
イングランドでは、1980 年代、一部の自治体において、社会主義勢力が大きな力を持
ち、中央政府の方針と衝突した。こうした中央と地方の関係悪化を背景として、当時、全
国レベルの自治体のメンバー組織が設置された。その目的は、自治体同士で結束し、中
央政府が、自治体による地域経済開発や社会福祉サービスの提供を止めさせようとした
場合、こうした動きから自治体を守ることであった。それらの組織の例が、シンクタンクの
「地方自治体情報ユニット(Local Government Information Unit)」であり、前述の
「地域経済戦略センター」であった。地域経済戦略センターは、1986 年に設置され、地
方自治体やボランタリー団体などのメンバー組織に向けて、地域経済開発及び地域再
開発等に関する調査のほか、研修、イベントなどを実施する。
一方、大学関連では、ロンドン・サウスバンク大学に 1983 年、「地域経済政策研究所
(Local Economic Policy Unit)」が設置され、地域経済開発に関する調査、分析を手
掛けている。地域経済戦略センター及び地域経済政策研究所は共に現在も存在し、定
期刊行物の発行のほか、ブログでの情報発信などを行っている。
ケ ー ス ス タ デ ィ 1.
地 域 経 済 開 発 担 当 自 治 体 幹 部 職 員 協 会 ( Chief Economic
Development Officers’ Society、CEDOS)
CEDOS は、カウンティ及び一層性の自治体で地域経済開発業務を担当する幹部職員
の代表団体である。3 ヶ月ごとにロンドンで会合を開き、個々の自治体による地域経済開
発事業の事例に関する討論、地域経済活性化に関する中央政府の政策についてのプレ
ゼンテーションなどを行う。また、自治体による地域経済開発プログラムの優良事例及び
13
「センス・オブ・プレイス」とは、多くの人に対し、親近感や思い入れなどを含む特別な感情を抱かせる地域の特徴
やアイデンティティ、または人々が地域に対して抱くそのような感情を指して使われる言葉である。
14
CLES は、同報告書の中で、公的資金によって実現される、インフラ施設建設やサービスの提供などの経済活動
を、「公的経済(public economy)」と呼んでいる。これには、地域経済開発戦略や土地開発戦略によって実現する公
的サービスも含まれる。一方、多くの場合、第三セクターによって、社会的または環境面での目的達成のために行わ
れる経済活動を、「社会的経済(social economy)」との言葉で表現している。
10
地域経済に関するデータの利用などについてまとめた定期報告書を発表している。
CEDOS は、自治体の地域経済開発部門の幹部職員の中から選ばれた執行委員会に
よって運営されている(ウェブサイトは www.cedos.org)。
ケーススタディ 2. 経済開発研究所(Institute of Economic Development、IED)
IED は、官民のあらゆるレベルで地域経済開発業務に従事する人々の利益を代表する
団体である。同組織のメンバーには、自治体の地域経済開発業務担当者のほか、地域
経済開発に関するコンサルティング事務所の職員などがいる。
同組織は非営利団体であり、役員はメンバーの中から選ばれている。その活動は、地域
経済開発事業に関する研修の実施(大学と提携し、地域経済開発に関する修士レベル
の資格を提供している)、この分野における専門的知識・情報の発信などである。
IED の会長は民間のコンサルティング事務所の所長が、副会長はケント県カンタベリー
市の経済開発・観光部門の部長補佐が務めている。その他の役員は、コンサルティング
事務所、自治体、RDAs などから選ばれている。
IED はまた、同組織のメンバーを対象に、「倫理規範」を策定している。全てのメンバー
は 、 IED 加 入 の 際 、 こ の 倫 理 規 範 に 同 意 す る こ と が 求 め ら れ る ( ウ ェ ブ サ イ ト は
www.ied.co.uk)。
11
【ドイツの地方自治体の地域経済振興について】ドイツ
地域経済振興の歴史と階層構造
現在のドイツの地方自治制度の成立は、歴史的に地域経済の振興と深く関連している。
19 世紀初めに、プロイセンでの大胆な近代化改革により、地主や事業を経営している住
民は、自治に参加できることとなり、都市 15 は、産業・企業に課税することが許可され、独
自の財源を持つようになった。結果として、企業が成長できる条件を整備することが都市
の利益にもつながり、経済振興 が自然に都市の役割となり、近代的な地方自治体の基
本が出来上がった。この改革により、都市は産業革命の下で経済発達が進み、ドイツが
早期に産業国となることに大きく貢献した。
公的な経済振興はドイツにおいて 4 つの段階で行われる。
① 欧州連合:欧州連合の地域政策には、欧州全体の地域経済発展政策がある。同
時に、経済発展に欧州連合の競争法が適応される。
② 連 邦 : 連 邦 政 府 に は 、 連 邦 と 州 が 共 同 で 行 う 政 策 と し て
( Gemeinschaftsaufgabe ) 、 「 地 域 経 済 構 造 の 改 善 Verbesserung der
regionalen Wirtschaftsstruktur」がある。それは、特に立地 条 件が厳しい地
域を対象にし、州と調整しながら地域経済振興が行われる。
③ 州:各州は、上記の連邦との共同地域経済振興に参加するほか、自らの経済振
興政策を推進する。
④ 地方自治体:地域経済振興は、市町村及び郡により行われる。
地域経済振興の目的と課題
人、商品、資金が次第に自由に国境を越えて流れるため、経済の国際化により、経済
活動の行われる場所も多様化している。したがって、市町村ごとの経済振興政策の効率
性が弱くなり、地域を大きく考えることが必要となってきている。第 2 次世界大戦後の経済
成長期では、地方自治体は、補助金の提供や税的優遇で企業誘致ができたが、現在で
は、地方自治体の財政危機のため、または EU レベルでの様々な規制政策のために、
誘致はかなり困難な状況になっている。
したがって、現在の地方自治体が行う地域経済振興の重点は、すでに地元にある企
当時の改革の対象は、人口の多い都市のみであった。地方部の市町村が同様の制度を 50 年後に採択するよう
になった。
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業・産業を支援し、発達させることにある。しかしながら、企業が繁栄できる環境作りには、
土地や建物など必要なインフラを提供するハード面の振興策だけでなく、魅力的な住環
境の形成のようなソフト面も含まれている。この点は、地方自治体が常に目指している街
づくり政策と一致しており、ここでは特に言及しない。
ドイツ都市研究所(DIfU)は、地域経済振興の機能について、人口 5 万人以上の 188
都市を対象に 1995 年、2001 年及び 2007・08 年に調査を行った。188 市に送られた質
問表は、地域経済振興を行う組織について、活動内容、特に重要とされる課題、地域経
済振興の価値・評価について回答を得た。最新の調査では、現在一般的にメディア等で
議論され、地方自治体でも重要な課題である「クラスター政策」や「高教育・資格を持って
いる人の不足」というテーマも取り上げられた。
ドイツ市町村連盟(DStGB)は 2008 年に初めて同様な内容の調査を人口 1 万人から
5 万人までの 1,170 市を対象に行った。この調査により初めて郡に所属する市を含む中
小規模都市の地域経済振興策について情報を得ることができた。両方の調査には、人
口 1 万人以下の 10,900 市町村が入っていない(全国の市町村数は約 12,300 市町村
である)。ここでは、この二つの調査結果を主に使用する。ドイツ都市研究所の調査は、
188 都市のうち、144 都市から回答を得たため、大都市の事情については代表的な情報
を得ることができたが、ドイツ市町村連盟の調査では、1,170 都市のうち、277 都市からし
か回答を得られなかったため、学術上の基準では、正規の結果とはならない。しかしなが
ら中小規模の都市での地域経済振興状況の一面を見ることができる。
地域経済振興の組織構造
地域経済振興は、地方自治体の任意的自治事務であり、どのような組織を利用し、ど
のように実施するかは、地方自治体の決定裁量である。経済振興業務を一般の行政構
造に取り入れる、他の地方自治体と共同で行う、または、そのための私法上の法 人を形
成することも可能である。
人口数に関係なく、地方自治体の多くは、地域経済振興の役割を行政組織の中に取
り込んでいる。地域経済振興部を設置したり、異なる部がその業務を執行 したりすること
もある。人口 1 万から 5 万人までの都市の 75%はこの役割を行政組織に取り込んでいる。
そのうち、15%の都市には地域経済振興部があり、57%はその役割を別の部に取り込ん
でいる。どのような部に取り組むかは多様であり、財政部は 20%、建築部や市長室はそ
れぞれ 10%であるが、その他には地方自治体がおかれている事情を反映し、観光部、
都市計画・開発部、市民サービス部などが経済振興を引き受けているケースもある。中小
規模の市町村の 7%だけは、一般行政とは一歩離れて、別の組織を設立している。民間
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企業など第三者と手を組んで、官民共同(PPP)という形態を採用するかは、地方自治
体の決定である。
このように、人口 5 万人以上の大都市の約半分は、地域経済振興を行政機能として直
接実施しているが、残り半分強は、別組織を設立している。民法の法人でありながら、出
費の大部分が地方自治体からのケースが多い。大都会では、この第三者的組織は、観
光戦略、マーケティング及び地域経済振興などをあわせて行う影響力と財源を持ってい
る組織である。
地域経済振興の人員規模
地方自治体の地域経済振興に従事している人員規模が多様であり、地方の経済構造、
自治体の財政状況、自治体が地域経済振興に与える重要性、そしてもちろん自治体の
規模が大きく影響する。人口 1 万人から 5 万人までの都市では、パートタイム職員一人
(フルタイム職員換算 0.5 人)からフルタイム職員換算で 8.5 人までであることが調査から
明らかとなった。平均では、フルタイム職員一人が地域経済振興を担当している。その自
治体のうちの 75%は、1.5 人のフルタイム職員を有し、それ以上の職員を雇用している自
治体は尐数である。
地域経済振興の業務を改善するために、職員を増加させることが大事であると答えた
自治体が 79%を占めることはその背景を見れば、当然の反応であると考えられる。
人口 5 万人以上の大都市においても、地域経済振興の分野の職員事情は似通ってい
る。約半分の都市では、その業務を担当している職員は 5 人以下である。中小規模の都
市や大都市は、それぞれの人口比ではほぼ同数の経済振興担当職員を雇用しているこ
とになる。
地域経済振興の主な業務内容
地域経済振興を行うに当たって、具体的にどのような活動が最も勤務時間を必要とす
るかについては、中小規模都市と大都市の間は、それほど違いがない。主に次のことに
職員が時間を当てている。
① 産業、商業やその他の企業の経済活動のために適切な土地または不動産を確
保し、企業に斡旋する
② すでに開発された産業用土地やその他の経済活動のための不動産を売り込む
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③ 都市計画において、将来のための産業・商業利用のための計画・開発
④ 小売業界を開発・支援する
⑤ 都市のマーケティング(大都市よりも中小規模都市が重要であると考えている)
地域経済振興における最近の課題
DIfUとDStGBの両調査には、地域経済振興の分野での最近の課題について質問項
目があった。この分野では、大都市(5 万人以上)と中小規模の都市の回答が異なる。中
小規模の都市は、「最近の課題」としてあげているものは、上記の地域経済振興の主な
業務内容の①から④までと一致している。それ以外に重要とされているものは、「企業が
利用するインフラの改善」である。その他の最近の課題の中には、「観光振興」、「自治体
間協力」、「広域的 なネットワーク作り」、「企 業の設立支援 」、「学 校と企業の連携の促
進」、「地域の雇用政策と知識・資格を持っている人の不足」、「テクノロジーやイノベーシ
ョンの支援」、そして「クラスター」が挙げられていたが、その頻度は低い。
中小規模都市と大都市が、地域経済振興の最近の課題として共有しているトピックは、
「小売業界を開発する」のみである。大都市がその他に現在関心を持っているものとして
は、「広域的なネットワーク作り」、「企業の設立支援」、「企業が利用するインフラの改善」、
「大学と企業の協力」である。なお、上記の通り、中小規模の都市のためにも重要なトピッ
クであるが、大都市にとっては重要度が高い。
地域経済振興の役割分担があいまい
調査から明らかになったように、一定規模の都市は地域経済振興を通常の業務として
行っている。その他に、郡もその業務を引き受けている。地域経済振興は任意的自治事
務であるため、郡は、郡内の市町村の能力が足りない場合、あるいは市町村間の調整が
必要な場合には、その業務を代行して行う。市町村と郡の間には役割分担、または業務
分担があることが多いが、それが正式な文章に基づくことが尐ない。こうした状況から、重
複の可能性がある上、そして自治体ではない企業やその他の関係者にとって、だれが何
を行っているかを理解することが難しい。
また、大都市ではこの 10 年間に、特に都市再生地区として指定されている区域に、小
規模企業や尐数民族住民のニーズなどに対応するため、小規模な経済振興組織が設
立された。このような限られた区域のみを担当する経済振興の取り組みは、都市再生事
業、例えばドイツ連邦、州と地方自治体の共同で実施する「社会都市プログラム Soziale
Stadt」、つまり尐子高齢化、住民減尐、建物の老化、または失業などに悩まされている
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地区の改善に努めるプログラム、または欧州連合の URBAN プログラムに関連し、運営
期間が限られている。このように小規模の区域の取り組みは、その地区のニーズ、または
チャンスに応えることができたからこそ、成功例もあるが、同時に機能の重複をもたらした。
全市の経済振興に努める機関があれば、一方で区域だけを活動地域とする機関もある
ことから、調整が重要である。
市町村と郡以外にも、州が経済振興のための戦略を立てているため、州レベルでの調
整も必要である。
地方自治体の地域経済振興組織の会議
2001 年に、法人格を有する地域経済振興を行う組織として、「ドイツ地域経済振興組
織連盟 Deutscher Verband der Wirtschaftsförderungs- und
Entwicklungs-gesellschaften DVWE」が設立された。現在では 135 の組織が会員と
なっている。毎年会議を開催し、地域経済振興全般について情報交換し、最近の課題
について議論することが目的である。会議開催の初期には、大都会からの参加者が多く、
ドイツ都市会議から支援を受けていたが、年々に参加者の輪が広くなり、中小規 模都市
や郡からの参加者が増え、多様化してきている。この発展を受け、2008 年には「ドイツ経
済振興担当者フォーラム Forum deutscher Wirtschaftsförderer」という、ドイツ地方
自治体の 3 代表組織(ドイツ都市会議、ドイツ市町村連盟、ドイツ郡会議)の後援を得て、
地域開発で活躍する金融機関など関連組織から資金援助を受けている。フォーラムは
地域経済振興組織の会議の開催者となり、会議の規模が毎年大きくなっている。地域経
済振興の分野での現在の課題や、将来の方向性を見出すためのいい機会である。
2011 年の会議は、11 月 17 日と 18 日にベルリンで開催された。今年のテーマは、「既
存の企業の支援再発見 Renaissance der Bestandsentwicklung」であった。会議で
は、海 外の事例 紹介 や連邦 レベルからの基調講 演があり、分 科 会では特に企 業の支
援・発達政策についてあらゆる方面から議論された。この分野では現在、以下の点が主
な課題となっている。
① 地域経済振興におけるソーシャル・メディアの影響やその利用可能性
② 既存の企業が必要とするサービスや支援を長期的な戦略に基づいて提供するこ
と
③ 要求されている知識や資格を持っている職員の不足問題に対応すること(必要な
人材を確保するための募集キャンペーン等)
④ 企業の技術革新を支援し、地域での知識・技術移転を実施すること
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また、企業のためのインフラ整備には、ブロードバンドの整備が大きく取り上げられてい
る。これからは企業の発展に欠かせない条件として見られている。また、「創造性の高い
知 識 層 Creative Class 」 と 呼 ば れ る 人 々 が 要 求 す る 「 知 識 経 済 Knowledge
economy」を支えている活動環境の整備も掲げられている。他には、都市計画と都市再
開発を統合的に進めることも課題とされた。
上 記のテーマに沿 う先進 事例も紹介 された。たとえば地 域 経済 振興の分野 で
Facebook や Twitter などのソーシャル・メディアを利用することが紹介され、ベルリン都
市州のような大都市だけでなく、シュマルカルデン市(チューリンゲン州、人口 2 万人)な
どでも行われている。また、スマートフォン用のアプリケーションを開発し、企業相手に不
動産情報などの情報を提供するメンヒェングラートバハ市(ノルトライン・ヴェストファーレン
州、人口 26 万人)の例も紹介された。
特に重要視されている知識・技術移転の分野では、最近発達し、かなりの成果を上げ
ている広域的な知識ネットワークが紹介された。1999 年ニーダーザクセン州で設立され
た 広 域 的 な ネ ッ ト ワ ーク 「 エ ルベ 川 及 び ウ ェザ ー 川 地 方 知 識 ・ 技 術 推 進 ネ ッ ト ワ ー ク
ARTIE」は、中小企業がさらなる発展を遂げるために必要とする知識や技術を確保する
ことを支援している。設立当時は2つの郡の参加であったが、現在では 9 郡まで拡大して
いる。このネットワークは、2006 年に知識や高技術の斡旋を行うための「エルベ川及びウ
ェザー川地方移転センターTransferzentrum Elbe-Weser」を設立し、技術的なノー
ハウや企業が必要とする知識と技術を有する、あるいは将来開発の見込みがある大学研
究室、研究機関、コンサルティング社などを中小企業に斡旋している。ネットワークの財
源は、欧州連合の構造基金(欧州地域開発基金)から 75%、ネットワーク加盟の郡やそ
の他に参加している自治体から 25%である。その資金により、一定期間の契約に基づい
て「エルベ川ウェザー川移転センター」に具体的なサービス提供を委託する。移転センタ
ーは以下のことを企業に対して行う。
① すべての技術分野において、中小企業が必要とする技術的な問題を解決するた
めの知識・技術を提供できる相手を探し出し、必要である場合開発できる環境作
りに努める
② 既存技術の最適化に努め、新技術の開発を支援する
③ 中小企業が抱えている法律関係問題の解決に努め、場合によっては特権・特許
の取得を支援する
④ 大学、研究機関や企業との協力で地域における技術的拠点を開発する
⑤ 欧州連合、連邦や州の技術支援事業への申請を支援する
⑥ 企業設立を支援する(特に大学の研究室からの企業設立)
⑦ 大学生の技術分野でのインターンシップや卒業論文のための企業派遣を大学と
企業で斡旋する
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このようなサポートは、企業側にとっては初期段階では無料である。その後に第三者が
入る場合 では有料 となることがあるが、センターのサービスは基本 的には無料 である。
1999 年にネットワークが活動を開始した時から 2011 年 10 月までの間に、2300 件以上
の知識・技術移転活動事業が実施された。
このように地方自治体が行う地域経済振興は、地域の中小企業の更なる発展に貢献し、
ドイツにおいては大都市だけでなく、未解決な問題を抱えている地域が別にあっても、多
くの地方都市が活力を保持しつづけるように支援している。
参考
Deutscher Städte- und Gemeindebund, Publikation Nr 84, 2008 ‘Aufgaben, Organisation und
Schwerpunkte der kommunalen Wirtschaftsförderung – Umfrage zur Wirtschaftsförderung in
kreisangehörigen Städten und Gemeinden unter 50.000 Einwohnern’
Deutsches Institut für Urbanistik, Pressemitteilung 4.9.2009, ‘Kommunale Wirtschaftsförderung
2008: Strukturen, Handlungsfelder, Perspektiven’, accessed 5 Dec 2011
http://www.difu.de/publikationen/difu-berichte-22008/kommunale-wirtschaftsfoerderung-2008-strukt
uren.html
Lötzer, Klaus D., ‘Local and Regional Economic Promotion in Germany’, Konrad Adenauer
Foundation, accessed 6 December 2011
www.kas-benin.de/public/Loetzer-localregpromation.pdf
Weck, Sabine, ‘Local Economic Development in Area-based Urban Regeneration in Germany’, in:
Local Economy Vol.24, Nos.6-7, September –November 2009, p.523-535
Forum Deutscher Wirtschaftsförderer
http://www.forum-dw.de/
Website Transferzentrum Elbe- Weser
http://www.tzew.de/artie.html
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【ドイツの郡の観光振興について】ドイツ
背景
2010 年の末には、ドイツ全国では 301 郡が存在した。2011 年 9 月メクレンブルク・フォ
アポンメルン州の郡改革が実施された後(月例報告 2011 年 10 月を参照)、2011 年 12
月現在では 295 郡となっている。郡の面積は多様であり、人口密度の高い都市圏では
郡の面積が小さい。フランクフルト市の近郊のマイン・タウヌス郡は、222 平方キロメートル
で最も面積が小さい郡であり、今年に合併で生まれたメクレンブルク湖水地方郡は、5 千
469 平方キロメートルで最も大きい郡である。人口規模も多様である。人口 5 万人の郡も
あれば、60 万人を越える郡も存在する。郡の大部分は、10 万人と 20 万人の間である。
郡は、地方自治体であり、地方の行政において重要な 2 つの性質を持っている。市町
村の規模や能力不足により独自のサービス提供ができない場合、共同機関として市町
村を代行して住民に直接サービスを効率的に提供し、郡内の市町村の不均等の調整も
行う。また、連邦や州の担当分野である国家的行政の最低行政機関の役割も果たして
いる。郡が執行する大部分の業務は、義務的事務であり、医療・保健、教育、上下水、
道路などがあるが、一部では任意的自治事務も行う。この分野には、たとえば地域経済
振興や観光振興がある。
郡における観光振興活動のデータについて
2010 年の末にドイツ郡会議が初めて郡の観光振興活動について調査を行い、報告を
まとめた。観光分野に関しては、他の関係機関があらゆるデータを収集しているが、今回
の調査は初めて全国ベースで郡の観光振興活動を調査し、郡によってはどこに焦点が
あてられているかなどが明らかになっていた。集めた情報を元に、ドイツ郡会議が観光振
興を限られた財源や人員でより効果的に行うための手引きを公開した。ここでは、主にこ
のレポートを基本に報告する。
301 郡(当時)のうち、219 郡(73%)から回答があり、以下の分野について情報を提出
し、郡の観光振興のあらゆる面が浮き彫りにされた。
主な質問項目
① 郡において観光の重要性や郡の役割:経済活動の中で観光の重要性、観光目
的地としての郡のイメージ、郡が行う観光活動の目的、郡が定義する自分の役割、
どの事務を行っているか
② 観光政策:観光発展においての困難、将来の展望、観光のための計画策定、他
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の組織・関係者との協力、合併計画等
③ 観光振興のための財政規模:予算、財源の源泉、組織の構造、職員数・構造、職
員の資格、投資の要求について
郡の四つのタイプ
郡の観光振興のための支出を基本に、四つの異なるタイプに区別できる。
① 観光施設の建設、更新及びその運営に注目するタイプ:観光分野支出の 50%以
上が、郡所有、または第三者所有の観光施設の維持・管理に利用される。郡全
体の 16%である。(予算規模は平均で 90 万 9567 ユーロ)
② 郡独自の観光振興組織を持っているタイプ:観光分野支出の 50%以上は、郡独
自の観光振興組織のために利用される。郡全体の 28%である。(予算規模は平
均 27 万 6549 ユーロ)
③ 広域的な観光振興組織の会員を中心にするタイプ:観光分野支出の 50%以上
は広域的な観光振興組織の会費に当てている。郡全体の 30%である。(予算規
模は平均 21 万 9245 ユーロ)
④ はっきりとした焦点を持っていない混合タイプ:郡全体の 26%である。(予算規模
は 41 万 9979 ユーロ)
このように四つのタイプに区分すれば、最も観光予算が高い郡は、観光施設の建設・運
営を中心的に行う郡であることが分かる。
観光は、地域資産創出及び生活の質向上につながる
多数の郡にとって観光は、地域経済の重要 な部分であり、また、現行の世界経済危機
の中でも、弾力性のある分野であることも証明された。観光地として魅力的であることは、
地方の評価に大きく貢献するだけでなく、就職先の増加にもつながる。郡には、地方部
における観光の支援、また発展させるために振興を行い、調整役を果たし、ネットワーク
の形成に当たる重要な役割がある。州、そして市町村と協力しながら、地域の観光業を
支援し、公共のインフラを開発し、観光分野での質改善や従業員の資格取得などに努
める。
しかしながら、比較的限られた予算で達成できるものが限られていることも明らかである。
地域間の競争が強くなる上、必要な投資を行い、革新的な進歩を遂げることが難しい。
郡にとっては、観光振興を行う上での目標がはっきりしており、重要度の順では以下の通
りである。
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・地元の経済を強化する
・郡のイメージを改善し、知名度を高める
・観光のための施設(インフラ)を改善する
・価値を創造する
・地域での就職先を増加させる
・地域住民の生活環境を改善する
その他に挙げられた点もあるが、それを述べた郡は尐数である:
・企業誘致のための立地条件の改善
・公共インフラを確保・改善する
・人口変動(人口減尐)に対応するために観光を利用する
観光は郡の経済構造の中でどの位置を占めるかという質問に対して、全国の回答の平
均では、1から7まである順番のなかでは 5 番目である。しかし、4 分の1の郡では、1 から
3番までのトップに入る。全体の順番では、第1番は製造業、第 2 番は資格職人や商業
(観光業を除く)、続く小売業、観光業、建築業は非常に近く、殆ど同位にある。郡の見
方では、農林業は最後位にある。郡の 3 分の1は、観光業の重要性が高まることを期待し
ている。
観光がもたらす地域の経済効果を計算することは非常に難しい。また、観光業がもたら
す就職効果も、サービス業で働く人々は、観光客だけを対象にすることがまれであるため
複雑である。その上、観光用に建設したプール、多目的ホール、自転車やハイキングの
ためのルートなどの公共施設は、住民の生活の質向上にもなり、商店やレストランも同様
である。また、観光も税収増加の効果がある。
全国の郡では、毎日 500 万人以上の観光客が訪れ、1日当たりの消費額は 2 億ユーロ
である。
このうち、ここでは 2 つの例を紹介する。
エムスラント郡(Emsland ニーダーザクセン州、人口 31 万 3100 人)で観光客が年間
1.1 千万日の滞在日を過ごす。観光客の総消費額は約 2.5 億ユーロで、7200 人分の就
職効果(推定)がある。エムスラント郡は、平らな地域であり、自転車での観光や家族づれ
の自然満喫観光などを中心に観光政策を行っている。
フォクトランド郡(Vogtland ザクセン州、人口 24 万 4000 人)では観光客が年間 1.2 千
万日の滞在日を過ごす。観光客の総消費額は約 3.48 億ユーロで、1 万 1200 人分の就
職効果(推定)がある。フォクトランド郡は、観光地としての歴史があり、冬のスポーツやハ
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イキングが盛んで、また、楽器作りの伝統が有名である。
観光振興のための計画や戦略の策定
観光振興を推進するためには、町、市、郡、地域などが、達成したい目標、対象グルー
プ、方針や事業などが明らかとなっている指針文章に基づいて、実施しなければならな
い。このような基本的な計画がなくては、行政機関、観光振興組織及び観光サービス業
者のそれぞれの共通目的意識が薄く、協力体制を形成することは非常に難しい。
ドイツ郡会議が行った調査の結果、郡の 47%は、郡全体の発展計画を作成し、その中
で最も重要な分野の発展についての方針を明 らかにし、中には観光にも言及することが
多い。郡のすべての活動について統一的な基本方針となっている。また、郡の 39%は観
光戦略を定めており、そのうちの 31%は別に短期、あるいは中期のマーケティング計画
がある。上記の郡の四つのタイプを見れば、30%から 53%までの郡は、この種類の計画
を作成している。広域的な観光振興組織の会員を重視するタイプは、戦略策定が低い
方であるが、独自の観光振興組織を設立している郡は、高い方である。また、10 郡中の
6 郡は、たとえばスポーツ観光、ウェルネスを中心とするなど、重視する観光分野を選択
し、それについて観光戦略を作成している。
郡そのものが観光目的地となっている郡のいくつかは、目標をはっきり定め、ターゲット
を明確にし、インフラ投資のための重点事業などを挙げた独自の観光戦略を作成してい
ない。広域的な観光振興組織の会員である郡は、独自の観光戦略を作成する必要がな
く、それより全会員で合意された計画を支援しながら、郡の役割に集中した方がより有意
義であると考えられる。逆に、広域的な観光戦略と同時に郡独自の観光戦略の存在は、
重複または競争が生じる可能性がある。このような欠点を避けるためには、広域的な戦略
に基づき、合意された目標のために人員や資金能力を有意義に活用する必要がある。
観光戦略の作成に当たっては、できるだけ多くの関係者を参加させることが望ましい。
その中には、ホテルやレストランなどの観光業者、サービス提供者、観光振興組織、地方
行政の関係者、場合によっては住民も含む。多様な参加により、観光戦略の理解と承知
度を高める効果がある。また、戦略には、成功や失敗の確認、そして必要に応じて変更
を可能とする最初段階から評価や進行管理の方法を取り入れることも有意義である。
郡の観光について重要なことは、郡を越える地域を単位にする必要があるかどうかの判
断である。すでに広域的に考え、できるだけ力を合わせ、人員や財源を有効的に利用す
るために努力する観光地域もあるが、多くの郡においては、郡単位だけの取り組みが残り、
重複や無駄遣いにつながっている。例としては、一つの観光地についての行政単位ごと
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の出版物の発行である。それぞれ郡、市町村、そして広域的観光振興組織が異なるデ
ザインやブランディングを使い、資料を発行している。このような重複は逆効果をもたらす
可能性がある。観光客は、行政単位ではなく、「観光目的地」を先に考えるため、ありがち
な小単位の考え方を乗り越える必要がある。「観光目的地」としてのブランド構成、そして
その発展と確定を目指すために、その地域にかかわりのある地方行政組織は、協力し、
その「観光目的地」のイメージを支援し、多数の目的地に分離することを避けるべきである。
そのために重要な要素はデザインの統一化である。だれが発行するにも関わらず、統一
されたデザインやブランドを利用することがその「観光目的地」の強化につながる。発行
組織毎に異なったレイアウトやデザインは効果が低い。
郡の観光振興のための組織構造及び人員状況
観光振興は、分野をまたがる業務であり、複雑な組織構造や互いに依存する関係が多
い。ドイツの行政構造においては分権度が高いため、多様な組織が存在し、業務の重複
が生じる傾向がある。広域においては特に複数の組織が関係することがある。観光が盛
んな地域においては、広域的な観光振興組織が存在することが多い。すでに述べたが、
殆どの郡は観光振興に関係するほか、市町村も独自に観光振興を行うことがある。また、
川など自然の特徴がある地理的な境界から定義できる区域はまた別の組織があり、その
上に様々なテーマを扱っているネットワーク等がある。州ごとでは、州内の観光分野全体
に関しては、だれが何をするか、担当の配分がはっきりしていないことが多い。ドイツ郡会
議は報告書の中でその点を強調し、観光振興業務の執行に関することをできるだけ計画
的、効率的に組織化し、不明確な責任分担や重複をできるだけ避ける必要があると助言
している。
郡に関して言えば、財政基盤と同様に人員配置も多様である。郡の 51%は、広域的な
観光振興組織の会員であるため、直接に職員を雇用するだけでなく、会費によって郡域
以外にも観光振興業務を行う人員を配置している。広域的な観 光振興組織の会員であ
る郡は、観光振興担当職員を経済振興を行っている部署に配置していることが多い。独
自の観光部・観光室を設立している郡は、観光業がそれほど発達していないところが多く、
または、広域的な観光振興組織の会員となっていない郡である傾向がある。
郡が直接雇用している観光業務に従事している人員をフルタイム職員換算で見れば、
その幅はゼロ(郡の 10%)、1 人まで(郡の 43%)、1 人から 2 人まで(郡の 19%)、最大
は 10 人から 15 人まで(郡の 1%)である。郡の 53%は、1 人まで、38%は、1から5人ま
でとなっている。郡当たりの平均は 1.8 人である。また、広域的観光振興組織への会費、
または他の財源を利用することにより、ゼロから 29 人が観光振興に従事する職員がさら
にプラスされる。平均では、郡当たりで 2.4 人となっている。独自の観光局、または観光振
興組織を持っている郡では、平均 3.3 人である。
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ドイツ郡会議は、地域によりそれぞれ異なる解決策が必要であるため、画一的な組織
的構造を提案していないが、成功のためのヒントを挙げている。その中では、役割分担を
はっきりすること、目標を定義することなどである。ただし、郡独自の観光組織の設立は、
広域では能力のある観光振興組織が存在しない時、または郡そのものが「観光目的地」
と一致している時のみに有意義であるとドイツ郡会議は強調している。
ケース・スタディ 1:多数の関係者を統合する観光振興組織 ― ハルツ山地
ハルツ山地は、ニーダーザクセン州、ザクセン・アンハルト州及びチューリンゲン州にまた
がっているが、チューリンゲン州に属する部分は小さい。東西ドイツ統一までは、国境は
ハルツ山 地の真ん中 であった。統一 後に新 しい観 光 振興 組織 「ハルツ山 地観 光 連盟
Harzer Tourismusverband e.V.」が設立され、全地域の新たな観光目的地としてのマ
ーケティングが始まった。現在では約 230 会員があり、その中には、9 郡及び多数の市町
村が入っているが、その大部分は地方の観光企業である。法的な形態は、「登録協会」
いわゆる社団法人となっている。財源は、会費の他に事業のために申請する一時的な補
助金、または独自の営業活動の利益からなる。ハルツ山地観光連盟は、地域内及び国
内でのマーケティング、広報活動、そしてブランド戦略を担当している。このような共同な
組織の形成は、多数の利点がある。観光客を相手に、ハルツ山地は、一つの「観光目的
地」として行動することができ、多数の小さい組織より規模の大きい組織として財源や人
員を効率的に利用できる上、すべての参加地域や観光施設は、高質のマーケティング
により強化される。
財政
郡は、観光振興には一定の予算を当てている。2010 年において、全体ではそのため
に約 1 億 2500 万ユーロを支出した。そのうちの 3 分の 2 以上は独自財源であるが、郡
が観光振興目的のために支出する資金の 25%は EU からの財源であり、残りは州または
連邦の補助金 である。支出の 40%は、観光 振興組 織への維持 費 ・会費 であり、別の
40%は、観光インフラ建設・維持のための支出である。その他には、期限付きの事業やイ
ベントのための出費がある。
平均では、郡の観光振興予算は 39 万ユーロに過ぎない。広域的な観光振興組織は、
平均では 53 万 3000 ユーロの予算規模である。しかし、郡の予算規模の幅が広い。1 万
ユーロしか観光振興予算がない郡もあれば、250 万ユーロを支出する郡もある。最も観
光振興予算が高い郡は、ドイツで観光地方のトップに入っているアルプス地方、ハルツ
山地などの中級山地や海岸沿いなどである。郡の 5 分の1では、観光振興予算は 10 万
ユーロまでであり、財源が不足していることは明らかである。郡での観光振興の障害は何
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かという質問に対して、郡の 54.3%は、財源が不足していることを最大の要素としてあげ
た。
投資の重要性
観光の成長のためには、観光客を受け入れる施設などのインフラへの投資が重要であ
る。郡の多くは、観光インフラ投資が不足していると回答した(74%)。具体的にどこに投
資が必要かというと、宿泊施設や飲食施設がそのトップを占める。投資の不足があると答
えた郡のうち、78.6%はホテルなど宿泊施設の改善が必要であり、レストラン等飲食施設
は 60.4%の改善が必要であり、レジャー施設や道路等の公的インフラへの投資の必要
性があると回答したのは 40%である。
ドイツの地方自治体にとって、公的金融機関が重要な役割を果たしている。この 20 年
間では、合併や再編成が進んだが、殆どの地方自治体は、地域の経済を支援する役目
がある貯蓄銀行と連携している。州立銀行は、さらに地域の貯蓄銀行を支援している。
公的金融機関は、公的インフラのための投資財源を 80%貸付けている上、民間の観光
関係業者にも 52%の投資財源の貸付を行っている。公的建設・維持事業のための資金
の僅か 3%が商業銀行から調達され、民間の観光業者も必要な資金の 12%を商業銀行
から調達している。(残りの部分は、信用協同組合が負担する。)
郡にとっては、観光振興の重点を地域の現実的な可能性に合わせる必要がある。すべ
ての地方が、ハイキング地域、ウェルネス地域、会議・コンベンション地域や医療治療地
域とはなれないため、自分の地域にあった特徴・魅力を考える必要があり、それに投資を
戦略的にあわせるべきである。
ケース・スタディ 2:財政難を乗り越える ― リューゲン島の観光振興税の動き
バルト海に浮かぶドイツ最大の島であるリューゲン島(メクレンブルク・フォアポンメルン州)
は、発展が遅れていたため、EU 構造基金の補助を優先的に受ける地域として指定され
たが、2013 年以降はその特別地位はなくなり、観光振興のための資金は EU 補助金以
外の財源を確保する必要性に迫られている。2009 年から、持続性のある財源確保をテ
ーマとする議論が多くの関係者で始まり、地域での「観光振興税」の導入が検討されてい
る。この「観光振興税」は、観光業であるホテルやレストランだけでなく、税率が規模や活
動の種類に依存しながら、地域で事業を営んでいるすべての企業に課税される考え方
である。観光振興税による財源は、企業の代表、観光業組織、そして郡など地方自治体
の代表者から構成される委員会によって決定され、地方自治体の一般財源にはならな
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い。メクレンブルク・フォアポンメルン州では、地域の観光税を導入できる法的根拠があり、
関係者が同意すれば、近い将来に観光振興税の導入が実現する可能性がある。観光
業の重要性についてはリューゲン島では広く認識されているため、期待も大きい。現在で
は、観光客のための公共交通が不十分であることが特に問題となっており、これを 改善
するための財源を確保することが優先課題である。このように、すべての関係者を早くか
ら議論に参加させることで、合意に至ることができる。
ドイツの他の観光地にはすでに観光税のようなものがある市町村はあるが、大体は、ホ
テルなど宿泊施設のみ、あるいは観光客が対象となっているため、リューゲン島の様に地
域のすべての企業を対象とすることは珍しい取り組みである。
協力体制の重要性
郡の観光振興の特徴の一つは、すでに他の組織と協力していることである。郡の 77%
は、広域的な観光振興組織と協力し、73%は、郡内の市町村とも協力している。さらに、
隣の郡と協力することも多く、広域的な観光振興組織および市町村の観光振興組織も
多い。しかし、観光の専門家は、協力の可能性を 100%まで伸ばしていない状況と見て
おり、また、郡の 80%は、郡そのものが「観光目的地」となっていないと認識していること
を考えれば、協力の重要性が明らかとなっている。郡にとっては、広域の経済振興組織と
の連携、そして州の観光振興組織や戦略との連携という部分で最も力を入れる必要があ
る。
「協力」といっても、多様な形態が考えられ、定期的な情報交換から、共同の法的根 拠
を持って活動し、組織の合併までの段階がある。それぞれの事情にあわせて、尐なくとも
共同目標があれば、あらゆる形態で成功できる。協力するための理由は多様である。
① 人員や資源をあわせることにより、効率を向上させる
② 専門家に任せて、業務執行の質を高める
③ マーケティングやプロモーションを共同実施し、重複作業や競合する活動を同時
に行うことを避ける
④ 行政単位を超える「観光目的地」のイメージやブランドを統一する
⑤ 行政手続などで時間のかかる作業を最低限に押さえ、経費削減を実施する
⑥ 観光客の利便性を高めるため、行政単位を超 える交通ネットーワーク(自転車道
等)を構築し、そのサインや広報のデザインを統一する
組織間の協力が長期的に成功するための条件は、参加組織それぞれに付加価値が
生じることである。しかし、その成果を収めるためには、常に良いコミュニケーションだけで
なく、場合によっては妥協も必要であり、そして相手のことを真に考え、寛大に行動するこ
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とも必要である。お互いに信頼関係があれば、長期的な成功に繋がる。
参考
Deutscher Landkreistag, Organisation und Finanzierung de r Tourismusförderung in Landkreisen:
Erfolgsfaktoren – Strategien – gute Beispiele; Band 99 der Veröffentlichungen des Vereins für
Geschichte der Deutschen Landkreise e.V.
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