ソフトマターにおける溶媒和効果 岡本隆一 小貫 明 - So-net

最近の研究から
ソフトマターにおける溶媒和効果
岡 本 隆 一 ⟨ 京都大学大学院理学研究科物理学・宇宙物理学専攻 606–8502 京都市左京区北白川追分町 e-mail: okamoto [email protected]⟩
小 貫 明 ⟨ 京都大学大学院理学研究科物理学・宇宙物理学専攻 606–8502 京都市左京区北白川追分町 e-mail: [email protected]⟩
生体物質、コロイド等のソフトマター、濡れ現象等においてイオンは重要な役割を果たす。本稿ではメソスケールからマクロス
ケールの現象に及ぼすイオンの水和効果の重要性に焦点を当てる。イオンの溶媒和自由エネルギーは水中と有機溶媒中で大きく異な
り、多くの場合その差はイオン一個あたり数十 kB T にもなる。そのため水ー有機溶媒混合溶液を含むような系においては少量のイ
オンが大きな効果をもたらす。ここでは特に水和効果が誘起する相分離現象、及びコロイド粒子間の強い引力相互作用に関する最近
の著者らの研究について解説する。
1. はじめに
(r > aion ) なので、
水などの高い電気的極性をもつ溶媒中の混入物 (特にイオ
ン) の水和効果は化学物理の主要な研究対象である。物理学
でも重要な概念であるはずだが認識は不十分である。例え
ば水を含んだ混合溶液においては、イオンは水分子と他の
分子と選択的に相互作用し数十 kB T のエネルギーの損得が
ある。このようなイオンと溶媒との強い選択的な相互作用
(選択的溶媒和) により、少量のイオンが系の性質を劇的に変
化させる。例えば最近、D2 O と 3-methylpyridine 混合溶液
に親水性カチオンと疎水性アニオンからなる塩 (NaBPh4 )
を少量加えると、メソスケールの構造が形成される事が発
見された1) 。また、水を含む溶液、タンパク質、膜系、高分
子電解質など、多くのソフトマター、あるいは生体物質に
おいては、イオンが重要な役割を担っていると考えられて
おり、静電相互作用の観点からはこれまでにも多くの研究
がなされてきた。しかし、従来の研究ではイオンの水和効
果は考慮されておらず、メソスケールからマクロスケール
の現象における水和効果は最近になり研究が始まった2) 。本
4π
µBorn
sol
=
kB T
kB T
∫
∞
drr2
aion
ε
8π
(
Ze
εr2
)2
=
Z 2 ℓB
2aion
(2.1)
となり、誘電率 ε に反比例している。ここで ℓB = e2 /kB T ε
は Bjerrum 長と呼ばれ、300 K の水では約 7Å である。半
径が 1Å のオーダーの 1 価イオンを考えると、誘電率が水
の 1/4 の溶媒と水とでは µBorn
は約 10kB T も異なること
sol
になる。このボルン公式においては、イオン回りの水和殻
の形成 (図 1)、非線形誘電効果は無視されている。また混
合溶媒の場合、イオン回りに誘電率の高い成分が引き寄せ
られる効果も無視されている。従ってボルン公式は定性的
意味しかない。また疎水性イオンには適応外である。
混合溶媒が相分離して二相共存状態にあり、一方の相 (α
相) は極性が高く、もう一方 (β 相) は低いとする。ここに
イオンを入れた場合の両相における溶媒和化学ポテンシャ
α
ル µα
sol 、 µsol の差
∆µsol = µβsol − µα
sol
(2.2)
稿では混合溶液に少量のイオンを添加した場合の相転移現
象に関する最近の著者らの研究を紹介する3, 4, 5) 。主な結果
は、(1) イオンがない場合の相分離領域からはるかに離れた
条件下 (温度、組成) における少量塩が誘起する相分離、(2)
コロイド表面における塩が誘起する濡れによる強いコロイ
ド間引力である。
2. イオンの溶媒和自由エネルギー
は Gibbs transfer energy と呼ばれる (通常は 1 モルあたり
であるが、本稿では 1 イオンあたりとする)。ボルンの公式
(2.1) からも示唆されるように、水ー有機溶媒混合系におい
ては |∆µsol | は kB T よりも遥かに大きくなる。例えば 300
K の水-ニトロベンゼン系における実験7) から ∆µsol /kB T
は Na+ で 13.6, K+ で 10.6, Br− で 11.3, I− で 7.46 である。
さらに Ca2+ で 27.1 である。ただし α 相は水が多い相とす
通常イオンのような荷電を持った粒子は、有機溶媒など
る。また BPh−
4 イオン (tetraphenylborate) はボロンイオ
の誘電率が低い溶媒よりも、水のような誘電率の高い極性
ンが4個のベンゼン環の中心に包まれているため高い疎水
溶媒の中に存在した方が自由エネルギー的に安定である。
性を有しており、∆µsol /kB T は負で-15 位である。以下で
これはイオンと極性溶媒分子 (電気双極子) との相互作用に
見るように混合溶液系においては、溶媒和エネルギーの非
よるものである。このことを簡単に見るために、まずイオ
常に大きな成分依存性ゆえに少量のイオン添加が相転移に
ンの溶媒和自由エネルギーの古典的な表式 (ボルン公式) を
大きな影響を与える。また2相平衡が成り立つと、∆µsol の
紹介する6) 。この理論では、溶媒を誘電率 ε の一様な媒質と
存在のため各イオン種の濃度の違いと静電ポテンシャル差
考え、イオン1個あたりの溶媒和自由エネルギー (溶媒和
が生ずる。後者はガルバーニ電位差と呼ばれる。
が球形電荷による静電場のエネル
化学ポテンシャル)µBorn
sol
∫
2
ギー drεE /8π により与えられるとする。すなわち半径
3. 塩が誘起する相分離
aion の電荷 Ze をもつイオンまわりの電場は E = Ze/εr2
水ーニトロベンゼンのような混合溶液に塩を少量添加し
た場合の相分離について、簡単なランダウ自由エネルギー
にもとづいて議論する。まずは問題を単純化して、電荷を
最近の研究から
ソフトマターにおける溶媒和効果
785
N+
ON
+
O
O
O N+
O
が得られる。溶媒の第一成分と第二成の化学ポテンシャル
に対する条件は、非圧縮極限においては、化学ポテンシャ
O-
O
ルの差 h = ∂ftot /∂ϕ が両相で等しいという条件になる:
OO
N+
O
N+
ON
+
O
hϕ − µn が両相で等しいという条件になる。この条件式から
(b) hydration in water-nitrobenzene
(a) hydration in water
(3.8)
また圧力の条件は、グランドポテンシャル密度 ω = ftot −
O
O
N+
N+
O
O-
h = f ′ (ϕα ) − kB T gnα = f ′ (ϕβ ) − kB T gnβ .
図 1 (a) 水中における水和殻と (b) 水ーニトロベンゼン混合溶媒中にお
ける水和殻。文献2) より転載。
µ = kB T [ln(λ3 nα ) − gϕα + 1] = kB T [ln(λ3 nβ ) − gϕβ + 1]
を消去すれば、
f (ϕα ) − hϕα − kB T nα = f (ϕβ ) − hϕβ − kB T nβ
(3.9)
持たない溶質が一方の溶媒成分に対して強い親和性を持つ
場合を考える。溶媒の第一成分の体積分率を ϕ, 溶質の数密
となる。また α 相の体積比を γα とすると (すなわち α 相
度を n とする。非圧縮性を仮定し、また溶質分子の体積は
の体積は γα V )、式 (3.6) は
無視する。溶媒の第一、第二成分の分子サイズが等しいと
γα = (ϕ̄ − ϕβ )/∆ϕ
すると、第二成分の体積分率は 1 − ϕ となる。溶媒組成 ϕ
= (n̄ − nβ )/∆n
に依存した溶媒和化学ポテンシャルを、簡単のため ϕ に関
して線形であると仮定して
(3.10)
となる。ただし ∆ϕ = ϕα − ϕβ 、∆n = nα − nβ とした。
− kB T gϕ
(3.3)
ここで界面についても簡単に述べておく。相分離がおこ
とする。ここで µ0sol は溶媒第二成分における溶媒和化学ポ
連続的に変化すると考えられる。そのような界面は勾配自
µsol (ϕ) =
µ0sol
テンシャルで、定数とする。無次元パラメータ g が溶質と
溶媒第一成分の強い親和性を表し、g ≫ 1 とする。トータ
ルの自由エネルギー密度 ftot (ϕ, n) は、
ftot (ϕ, n) = f (ϕ) + kB T n{ln(λ n) − gϕ}.
3
(3.4)
持ち、a−1
0 のオーダーである。また壁に接触している場合
言される4, 8) 。
(3.5)
オーダーの長さ)、無次元の相互作用パラメータ χ は温度
に対応するパラメータで、溶質がない場合には臨界温度は
χ = 2 に対応する。式 (3.4) で kB T n ln(λ3 n) は溶質の並進
エントロピー項で、λ は熱的ド・ブロイ波長である。
さて、モデル (3.4) にもとづいて、平均組成 ϕ̄ と平均溶
数値計算および近似解
上に挙げた式 (3.7)-(3.10) を解けば、与えられた χ, ϕ̄, n̄,
g に対する二相共存状態 ϕα , ϕβ , nα , nβ , γα が決定される。
方程式は厳密には解けないのでまずは数値解を図 2 に示す。
図 2 上段では g = 11, v0 n̄ = 6 × 10−4 , ϕ̄ = 0.35 と固定し
て χ を変化させた場合の相分離の様子である。上段の図に
見られるように χp (ϕ̄, n̄) < χ ≲ 2 のところで
∫
ϕ̄ =
け加えることによって、通常のギンツブルク-ランダウモデ
の前駆濡れ転移も通常のカーン-ランダウモデルと同様に予
を採用する。ここで v0 = a30 は溶媒分子の体積 (a0 は数Å
質濃度 n̄ 固定の条件下
∫
n̄ = drn/V,
由エネルギー密度 fgrad = (kB T C/2)|∇ϕ|2 を式 (3.4) に付
ルの要領で記述できる4) 。ここで C は長さの逆数の次元を
とする。溶質がない場合の自由エネルギー f (ϕ) には
f (ϕ)v0
= ϕ ln ϕ + (1 − ϕ) ln(1 − ϕ) + χϕ(1 − ϕ)
kB T
ると α 相と β 相を隔てる界面ができる。そこでは ϕ, n は
dr ϕ/V
(3.6)
ϕα ∼
= 1,
nα ≫ nβ = e−g∆ϕ nα
(3.11)
における二相共存状態を考える。ここで V は系の体積であ
る。溶媒の第一成分が多い相を α 相、少ない相を β 相と呼
という解が存在する (左上図には溶質が無い場合の共存線も
ぶ事にする。また以下では α(あるいは β) の下付き文字は
それぞれの相における物理量の値を表す事とする。例えば
示した。これからわかるように溶質がない場合には χ < 2
では相分離しない。)。またこの解では ϕβ ∼
= ϕ̄ となってい
溶媒の第一成分が水である場合には、ϕα は α 相における
る。右上図に示したように、χ が小さくなる (温度を高くな
水の体積分率を表す。相平衡の条件は、圧力および各成分
る) につれて α 相の体積比 γα は小さくなり、χ = χp でゼ
の化学ポテンシャルが両相で等しい事である。まず溶質の
ロとなり、χ < χp では一相状態となる。図 2 下段左には
化学ポテンシャル µ = ∂ftot /∂n に対する条件から、
104 v0 n̄ = 0.7, 1.3, 2 の場合について χp をプロットした。
これを見ると χp は ϕ̄ ∼
= 0.01 付近に極小を持つことがわか
nα /nβ = eg(ϕα −ϕβ )
786
(3.7)
日本物理学会誌 Vol. 62, No. 10, 2007
る。この事から、平均組成 ϕ̄ がある程度小さい場合の方が
溶質によって相分離が誘起され易いということがわかる。
一方で ϕ̄ と χ を固定して溶質濃度 n̄ を増加させた場合、
χ < 2 であってもある臨界濃度 np (ϕ̄, χ) を超えると、相分
離が引き起こされる。図 2 右下に χ = 1.2, 1.8, 2.2 の場合
について np をプロットした。ここでも ϕ̄ ≲ 0.1 に極小があ
り、平均組成 ϕ̄ がある程度小さい方が相分離が起こり易い
事が見て取れる。また χ = 2.2、0.249 < ϕ̄ < 0.751 では溶
質がなくても相分離するため np = 0 となる。
1
1
0.9
10 -1
0.8
10 -2
0.7
coexistence
without solute
0.6
0.5
10 -3
0.4
10 -5
0.3
10 -6
0.2
10 -7
0.1
0.6
4
0.8
1
1.2
1.4 1.6 1.8
2
2.2 2.4
coexistence
without solute
0.6
ここまでは溶質が電荷を持たないと仮定してきた。しか
し溶質がイオンの場合には電場を考慮しなければならない。
カチオンおよびアニオンの数密度をそれぞれ n1 , n2 として、
sol
対応する溶媒和化学ポテンシャルを µsol
i (ϕ) = µi0 −kB T gi ϕ
(i = 1, 2) とすると、モデル (3.4) は以下のように拡張でき
る9) :
[
∫
F
f (ϕ) C
=
dr
+ |∇ϕ|2
kB T
kB T
2
]
∑
ε|∇Φ|2
3
+
ni [ln(ni λi ) − gi ϕ] +
. (3.14)
8πkB T
i=1,2
ここで Φ は静電ポテンシャルで、ポアソン方程式 −∇ ·
10 -4
spinodal
with solute
電場を考慮した場合
1
1.4
1.8
2.2
10 -2
ε∇Φ = 4πe(n1 − n2 ) を満たす。平衡状態では自由エネル
∫
ギーが溶媒と溶質の平均密度固定 ϕ̄ = drϕ/V , n̄/2 =
∫
drni /V の条件下で最小になる。導出は省略するが、マク
ロな相分離の熱平衡状態においては、対応関係
g = (g1 + g2 )/2,
n = n1 + n2
(3.15)
2
の下で式 (3.7)-(3.10) が成立する4) 。イオンの電荷の効果は
10 -3
0
g1 ̸= g2 の場合に相分離界面付近の電気二重層として表れる
(勿論荷電コロイドや荷電壁がある場合には、その表面付近
においても荷電の効果は重要である。)。図 3 では g1 = 15,
-2
10 -4
-4
asymptotic
-6
0
0.1
0.2
0.3
0.4
asymptotic
0.5
10 -5
0
0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 0.6 0.7 0.8
図 2 水ー有機溶媒混合系に、強い親水性をもつ溶質を少量加えた場合の
相分離の様子。上段には g = 11, 104 v0 n̄ = 6, ϕ̄ = 0.35 として、溶媒組
成 ϕα , ϕβ vs χ (左上)、そして α 相の体積比 γα , 溶質濃度 nα vs χ (右
上) をプロットした。下段には g = 11 とした場合の χp (ϕ̄, n̄) (左下) お
よび np (ϕ̄, χ) (右下) をプロットした。左下 (右下) の図で破線は近似式
(3.12)[(3.13)] を表す。文献4) より転載。
g2 = 7 として、球対称のシミュレーションを行った。シス
テムサイズ (容器の半径) は 600a0 とした。その他のパラ
メータは χ = 1.7, ϕ̄ = 0.35, v0 n̄ = 6 × 10−4 とした。図3
左には横軸を動径方向 r にとって溶媒組成 ϕ と静電ポテン
シャルを示した。イオンがない場合は χ < 2 では一相状態
であるが、イオンの親水性によって相分離が起こり α 相の
ドロップレットが出来ており、r ∼
= 60a0 あたりに界面が形
式 (3.11) を満たす解は近似的に構成する事が出来る4) 。頁
成されている。界面付近では静電ポテンシャルが変化して
数の都合上、ここでは χp と np の近似表式を挙げるにとど
おり α 相と β 相で電位差が生じていることもわかる (ガル
める。この理論の要点は式 (3.11) が成り立つことから、式
バーニ電位差)。図 3 右にはカチオンとアニオンの密度分布
(3.9) において f (ϕα ) ∼ (1 − ϕα ) ln(1 − ϕα ) と出来ること、
そして式 (3.8) において −T gnβ を無視出来ることである。
この近似の結果として、
χp ∼
= [− ln ϕ̄ − v0 n̄eg(1−ϕ̄) ]/(1 − ϕ̄)2 ,
np ∼
= e−g(1−ϕ̄) G(ϕ̄)/kB T
を示した。界面から離れたところでは電気的に中性 n1 = n2
となるが、界面付近では両者の値が食い違っていることが
わかる (電気二重層)。ここでみたような電気二重層やガル
(3.12)
バーニ電位差は、各イオンの溶媒和化学ポテンシャルが異
(3.13)
なる場合 (g1 ̸= g2 ) に生じる。
が得られる。ここで G(ϕ) = −(kB T /v0 )[ln ϕ+χ(1−ϕ)2 ] と
4. 混合溶媒中における荷電コロイド間相互作用
定義した。図 2 左下と右下にはそれぞれ式 (3.12) と (3.13)
前節までは混合溶媒に少量の塩を入れた入れた場合の相
を破線でプロットした。左下図では ϕ̄ ≲ 0.3 では近似解と
分離現象について議論した。では混合溶媒中にコロイド粒
数値計算の結果は良く一致している。溶媒組成 ϕ̄ が大きい
子のような数十 nm∼数 µm 程度の大きさの物質を入れた
ところでは式 (3.11) が成り立たなくなるため近似解が正し
場合、それらの間の相互作用は塩によってどのような影響
くなくなる。右下図では χ = 1.0, 1.8 では近似解と数値計
を受けるであろうか。以下では前節で述べた相分離現象が
算の結果は良く一致しているが、χ = 2.2 では ϕ̄ > 0.249 で
コロイド表面で起こることにより、混合溶媒中における荷
np = 0 となることが近似解では記述出来ていない。
電コロイド間に強い引力相互作用が働くことをみる。
最近の研究から
ソフトマターにおける溶媒和効果
787
衡条件 (F の極小条件) の一つとしてコロイド表面における
3
1D - PB
10
ローカルな解離平衡の式 (質量作用の法則) が導かれる。た
-1
だし解離係数はコロイド表面における水の濃度に依存して
10 -2
おり (∝ exp[(∆1 + g1 )ϕ])、水の濃度が高ければ解離度 α が
1.5
10 -3
0
0
20
40
60
80
100
120
大きくなる。(3) 静電ポテンシャル U = eΦ/kB T と溶媒組
10 -4
成の平均からのずれ δϕ = ϕ − ϕ̄ が小さい場合には F を δϕ
10 -5
と δni = ni − n̄ に関して二次まで展開できる。この場合に
0
20
40
60
80
100
120
は、相互作用ポテンシャルを解析的に計算出来て、DLVO
図 3 球対称のシミュレーションにより求めた静電ポテンシャル Φ(r), 水
の体積分率 ϕ(r) (左図) および、イオン密度 n1 (r) と n2 (r) (右図)。左図
の静電ポテンシャルは一次元非線形 Poisson-Boltzmann 方程式の解 (点
線) とよく一致している。文献4) より転載。
単成分溶媒中における荷電コロイド間相互作用は、ファ
ンデルワールス引力と静電斥力の和になる (この理論は、提
唱した4人、Derjaguin, Landau, Verwey, Overbeek の頭文
字をとって DLVO 理論とよばれている10, 11) 。)。静電気力
はコロイド表面の電荷密度や溶媒中の塩濃度が変わればそ
の強さ、到達距離が変わる。したがって多数のコロイド粒
子がある場合、マクロな相 (凝集、分散、結晶化など) は、
表面電荷密度や塩濃度によってコントロールされる。
一方混合溶媒中では、上記二種類の力に加えて新たな相
互作用が生じる。混合溶媒中においては通常コロイド表面
はどちら一方の成分に対してより親和性を持つために、コ
ロイド周囲では溶媒組成が不均一になる。コロイド粒子同
士が近づくと、不均一な領域が重なり合うために相互作用
が生じるのである。このような相互作用は同種表面間では
引力になり、特に相分離臨界点近くでは強く、長距離に及
ぶ。実験的には、相分離共存線近くの一相領域においてコ
ロイド粒子が凝集することが観察されている12) 。凝集現象
は必ずしも臨界点に近くないところでも観察されており、
そのメカニズムは未だ明らかではない。
∫
Fs = kB T
公式が得られる。
上記モデルに基づいて軸対称の数値計算を行い、荷電コ
ロイド2粒子間の相互作用ポテンシャル Fint (d) を計算した
(図 4)。各粒子間隔 d に対して自由エネルギーを最小化す
るイオン分布、溶媒組成分布、コロイド表面の解離度を計
算し、そのときの自由エネルギーを相互作用ポテンシャル
Fint (d) と定義している。溶媒のパラメータ値は、イオン無
しならば一相状態になるが、イオン添加によって前節の相分
離が起こるように選んである。図 4 右下に示した溶媒組成
ϕ のプロファイルからわかるように、コロイド表面に水が多
い相 (α 相) が形成される (コロイド表面を濡らす)。コロイ
ド間距離が小さい場合にはこれらの濡れ層が連結 (bridged)
して粒子間に強い引力が働く (図 4 右下の (A))。一方コロ
イド間距離が十分大きいときにはこれらの濡れ層は連結せ
ず (disconnected)、粒子間の力は小さい (図 4 右下の (B))。
図 4 左下に示したようにコロイド間距離を変化させていく
と、一つのコロイド間距離に対して連結状態と非連結状態
が共に自由エネルギー極小状態に対応するような領域がみ
られる (ヒステリシス)。真の熱平衡状態は自由エネルギー
が小さい方の状態なので、連結状態と非連結状態は、それ
ぞれの自由エネルギーが等しいところで一次転移すること
がわかる。連結していない状態では、χ = 1.94, 1.95, 1.96
混合溶媒のモデルには式 (3.14) を採用する。コロイド表
面の寄与は
ポテンシャルを溶媒組成不均一性も含むように一般化した
全ての場合において粒子間の力は弱く、Fint がほぼゼロに
なっている事が図4上段から読み取れる。
dS[γϕ + fd ]
(4.16)
とし、全自由エネルギーを F = Fsol + Fs とした3, 5) 。ここ
5. おわりに
で、γϕ はコロイド表面と溶媒との選択的な相互作用、そし
本稿ではイオンの水和効果が関わるメソスケールからマ
て fd はコロイド表面のイオン解離の自由度による自由エネ
クロスケールにおける現象に関する著者らの理論的研究、
ルギーで、fd = σ0 {α ln α+(1−α) ln(1−α)+(∆0 −∆1 ϕ)α}
とした。ただし σ0 はコロイド表面の解離基の密度、α はコ
(1) 少量イオン添加が誘起する混合溶液の相分離現象、(2)
イオンが誘起するコロイド表面の濡れによる強いコロイド
ロイド表面のイオン解離度で 0 から 1 の値を取る。そして
間引力、の二つについて解説した。コロイド相互作用に関
kB T (∆0 − ∆1 ϕ) はコロイド表面のイオンの溶媒和自由エ
しては、我々の研究は2体間相互作用にとどまっており、実
ネルギーで、∆1 ≫ 1 とする。このモデルについて幾つか
際のコロイド系の凝集現象などの振る舞いに関しては未だ
コメントをしておく (詳細は該当論文を参照して頂きたい
解らない部分が多い。この方向でのコンピュータシミュレー
)。(1) コロイド粒子間のファンデルワールス引力は上記
モデルからは独立した物理的起源から生じる。したがって
コロイド粒子間に働く力は、上記モデルにより計算される
ションを中心とした研究が今後の課題となる。混合溶液中
力とファンデルワールス引力との単純な和になる。(2) 平
実験的研究の進展にも期待したい。またコロイド表面の濡
5)
788
のコロイド凝集に関する実験は数多いが、溶媒和効果とい
う観点から調べたものはまだ無いと思われる。このような
日本物理学会誌 Vol. 62, No. 10, 2007
20
参考文献
0
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disconnected
-20
hysteresis
-40
-60
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Opin. Colloid In. 16 (2011) 525.
bridged
-80
0
-100
-120
4
2
0
-2
-4
-6
-8
-10
-12
-14
-16
-18
40
60
80
100
120
(B)
disconnected
140
50
40 (A)
30
20
10
180
50
40 (B)
30
20
10
180
(A)
bridged
160
180
200
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85
90
95
100
105
0.4 0.5 0.6 0.7 0.8 0.9 1
図 4 荷電コロイド2粒子系のシミュレーション結果。荷電コロイド2粒
子間相互作用エネルギー Fint vs 粒子間隔 d (上段) および、荷電コロイ
ドまわりの水の体積分率 ϕ のプロファイル (右下)。コロイド間距離 d に
応じて、コロイド表面の濡れ層が連結 (bridge) した状態と連結していな
い (disconnected) 状態があり、それらは一次転移する。上図の破線の四
角で囲んだヒステリシス部分を左下に拡大表示し、右下の ϕ̄ のプロファ
イル図に対応する点を矢印で示している。文献5) より転載。
れがコロイド間相互作用に大きな影響を与える事からもわ
かるように、より基本的な問題として濡れ (転移) における
溶媒和効果・電荷効果は重要である。固体電極での化学反
応における溶媒和効果、蛋白質表面での溶媒和効果の重要
性は言及にとどめる。
一方で混合溶液に親水性のカチオンと疎水性のアニオン
から構成される塩を添加した場合、全く異なった相転移現
1, 13)
象が見られる
。D2 O と 3-methylpyridine 混合溶液に
NaBPh4 を加えると、秩序相において多重ラメラ (オニオ
ン) 構造が形成される。また一相状態における中性子小角
散乱実験から得られる構造因子が有限波数にピークをもつ。
さらにはこのような溶媒に荷電コロイドを入れた場合、相
互作用エネルギーが粒子間隔に関して振動減衰することが
理論的に予想されている5) 。このような系のメソスケール
∼マクロスケールの振る舞いは未知であり、数値的、実験
的研究が待たれる。
選択的相互作用は高分子・コロイドなどのソフトマター
で著しい。例えば水ー油系に選択的高分子や選択的コロイ
ドを混入した場合などが挙げられる。さらにポリマーブレ
ンドなどの二成分混合系において、一方の成分のみが水と
水素結合をする場合には、選択的水素結合が重要である。
即ち微量な水が相分離を引き起こす14) 。イオンに限らず強
9) A. Onuki: Phys. Rev. E 73 (2006) 021506.
10) B. V. Derjaguin and L. D. Landau: Acta Physicochim
(USSR) 14 (1941) 633.
11) E. J. W. Verwey and J. Th. G. Overbeek: Theory of
the Stability of Lyophobic Colloids (Elsevier, Amsterdam,
1948).
12) D. Beysens and D. Estéve: Phys. Rev. Lett. 54 (1985)
2123.
13) T. Araki and A. Onuki: J. Phys.: Condens. Matt. 21
(2009) 424116.
14) T. Hashimoto, M. Itakura, and N. Shimidzu: J. Chem.
Phys. 85 (1986) 6773.
(2012 年 4 月 10 日原稿受付)
Solvation Effects in Soft Matter
Ryuichi Okamoto and Akira Onuki
abstract: The electrostatic interaction among charged objects
such as ions, charged colloids, and polyelectrolytes have been
studied extensively in soft matter physics. However, the solvation effect has not yet been adequately accounted for. In mixtures of water and an organic solvent (oil), the solvation chemical potential of an ion strongly depends on the local composition. We have examined the phase behavior of water-oil mixtures with a small amount of salt on the basis of a GinzburgLandau model, where we take into account the selective solvation among ions and solvent molecules. With hdrophilic ions
added, the selective solvation can stabilize water-rich domains
enriched with ions in a wide temperature-composition region
where the mixture would be in-one phase states without ions.
We have furthermore studied the effective interaction among
colloids in mixture solvents with ions. The colloid surfaces
can easily be covered by a water-rich wetting layer induced by
selective solvation. Bridging of the wetting layers produces a
strong attractive interaction.
い選択性をもった物質は微量であっても系の振る舞いを劇
的に変化させる。このような効果を積極的にとらえる視点
に立った研究の進展に期待したい。
最近の研究から
ソフトマターにおける溶媒和効果
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